この話にて、過去編は終了となります。次回から、いよいよオリジナルの章に突入いたします。どうかお楽しみに。
それでは、どうぞ。
災厄の少女は、憎悪のままに人類を殺戮していく。
もはや、彼らが善か悪かは関係ない。「人類そのものが呪われた存在である」と悟った今の彼女にとって、人間というだけで星にとって害となる存在にしか目に映らないのだ。
そして、運命の時が来る――。
●
――や、やめろ……やめてくれぇ! 助けてくれぇ!!
殺した。
――いやぁ! 死にたくない! 死にたくない!!
殺した。
――私が誰だが分かっているのか!? 私に手を出せば、後悔することに――
殺した。
――お願いします! この子は、この子だけは!
殺した。
殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。
助けを求める人間を殺した。
死を否定する人間を殺した。
自分の立場に頼る人間を殺した。
自分の子どもだけでも助けてほしいと懇願する人間を、子供ごと殺した。
《仲間》のかたき討ちをしたときは多少はスッキリしたのに、今は人間を始末しても何も感じない。まるで、ただの作業のようだ。
……いや、これはただの作業でしかない。他の種族を、この星を護るために、私はルル・アメルを殺しているんだ。当然のことをやって感慨があるわけがない。
ただ、人間を殺すたびに、あの時別々になった《人間》の自分の心が壊れていくのを感じた。今となっては、もはやこちらに語り掛けてくる意思すらなくなってしまったようだ。
まあ、どうでもいいことか。アイツの心がどうなろうと、私は私のしたいことを、すべきことをするだけだ。
さあ、今日も奴らをぶち殺そう。
●
メリュデが、ノイズという力を手に入れ、竜と「禁忌の地」を滅ぼしたルル・アメルに逆襲をした日から、人類は新たな災害に襲われることになった。
彼女は、自分を捕らえていた人間たちを皆殺しにした後、人類への憎悪のままに行動していた。それこそ、エネルギーにされた仲間たちの存在に気付かないほど――。
まず、自分のしもべに辺りを探索させ、人間たちの集落を見つけ次第、そこに向かい、ノイズを大量に生み出して全滅させる。この繰り返しで、虐殺の範囲を広めていっていた。
無論、人類とてただやられるばかりではない。通常の物理法則に縛られた兵器では歯が立たないが、聖遺物を使って反撃をおこなう都市もあった。
だが、それが通じるのも普通のノイズ相手の話。そのうち、黒いノイズを生み出せるようになった少女は、その死神に城壁といった障害物を位相差障壁ですり抜けさせ、そのノイズのみが宿している
ただし、黒いノイズを生み出す際には、大きなリスクがあった。
一つは、普通のノイズよりも、製造に多くのエネルギーを使うこと。
もう一つは、彼女の中に存在する、ルル・アメルへの憎しみ、怒りといった負の感情をありったけ注ぎ込む必要があるため、その最強の
この状態になったノイズの少女に気力というものは存在せず、虚ろな目から涙を流すばかりになる。まるで、居場所と仲間を失ったのち、人類に殺意を抱くまでの彼女のように……。
しかし時間がたつと、元のように憎悪の炎がどす黒く燃え盛るようになり、また人間を殺すために行動するようになるのである。
なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。
星と人をこよなく愛する少女は、同族であるはずのルル・アメルから幾重にもわたって残酷な仕打ちを受け、人間への絶望の果てに殺戮の化身と化してしまった。今では彼女自身が、心優しいヒトですらもお構いなしに命を奪うことになってしまっている。
これは、人類から相互理解を奪ったバラルの呪詛のせいなのであろうか。それとも、人間の中に眠る底知れない悪意のせいなのであろうか。いずれにせよ、これが運命なのだとしたら、あまりにも誰も救われないことは確かである。
人類の敵となった災厄の少女は、ヒトの命を奪い続ける。
その足は、殺すべき人間を探していくうちに、南へと向かっていった。
●
『――王よ』
その宮殿は、あまりにも壮大であった。
――その壮大さは、王の大いなる力をあらわす。
その宮殿は、あまりにも煌びやかであった。
――その絢爛さは、王の隆盛をあらわす。
まるでこの世の栄華を極めたかのように美しき宮。そこに存在する、広大でありながらも余分な空間など一切感じさせない玉座の間に、何人もの家臣が膝をつき、自分たちの王に頭を垂れて物を申している。
⁅我らが偉大なる主よ、恐れ多くも申し上げます⁆
⁅お力を、どうかおふるいくださいませ⁆
否、物を申しているのではない。恥を忍んだうえで頼み込んでいるのだ。
自分たちが今対処している問題は、絶対的な王の力を借りないと解決できないと分かっているからこそ、このようなことを彼らはしていた。
彼らは、「魔法」という異端技術を使いし者たちであった。
自らの中に存在する「魔力」というエネルギーを、術式によって別のエネルギー・質量へと変換し、外界へと干渉する術である。錬金術と近似しているため、錬金術が魔法と呼ばれる、もしくはその逆が起きることもよくある。
違いがあるとすれば、術式という存在の大きさであろうか。錬金術は等価交換を前提としているが、魔法は術式の良しあしによって、対価とした魔力に対して、それ以上の成果にもそれ以下の出来にもなりえるのだ。
ここにそろった彼らは、間違いなく優れた魔法の技量を持っており、対価の何倍もの魔法を行使することを可能とした魔導士たちである。
そんな彼らが、自分たちの王に頼らなければならない理由とは――
⁅現在、民は未曽有の危機に陥っております⁆
⁅東の方よりやってきた異形により体を炭へと変えられ、息絶える者が大勢出ております。
一度に、集落の大きさにかかわらず全ての民が殺しつくされ、このままでは我が国の政にも大きな影響が出てくることになってしまいます⁆
そう、彼らが向き合っている問題とは、ノイズのことであった。
ノイズの少女の滅びの手は、この国に伸びていたのだ。彼らはまさに、災厄を前にしていたのだった。
⁅調べたところ、その恐るべき異形は、一人の少女が作り出したものであると判明しました⁆
⁅ですが……ああ、わが王。どうかお許しください……⁆
⁅我々には、その少女を、どうにかすることができません……!⁆
そして彼らは、ノイズではなく、それを生み出す少女の恐ろしさを実感することができていた。
魔法という特殊な力を得ている彼らは、相手の存在をある程度理解する術も持っていた。
そして、彼らは実際にノイズの少女を目にして――心が折れた。
その少女の存在は、あまりにも巨大であった。
自分たちを脅かしている災厄を操ることができるだけではない。膨大なエネルギーを宿し、リュウの力が内に潜み、そして星すら動かしうる権能を持つ少女。
その存在に、彼らは恐れおののき、迷わず自分たちの王に頼ることを決断させた。
異形なら、対処することができる。だが、あの少女はだめだ。
今の状態なら、自分たちの魔法で何とかできないこともない。しかし、もしそれで奥底に眠るリュウの逆鱗に触れてしまったら――。
⁅わが王よ。どうか、どうかあの少女をどうにか……!⁆
⁅なにとぞ、お願い申し上げます……!⁆
災厄の少女に怯える魔導士たちは、自分たちの王に必死の思いで頭を下げる。
誰よりも優れた技量と何物にも勝る魔力を持ち、神が定めた理にすら鑑賞できる力量を有する、魔導士の頂点である自分たちの王に。
王は、家臣たちの懇願に対し――
●
その日は、不思議なくらい人間に遭遇しない日だった。
いつものように、作り出した自分のしもべに集落を見つけさせ、少女は人間を殺すために移動していた。だが、そこに着いた後に見たのは建物ばかりで、人間は影も形も見えなかった。
一度目こそ「こんなこともある」と思った少女だが、別の集落を見つけさせ、そこに向かっても、まるで人間は見つからない。また次の集落へ……と移動を繰り返しても、まるでルル・アメルという存在が消えてしまったかのように殺すべき対象がいない。
流石に少女も、これが偶然ではないことに気づき、なにか嫌なものを感じたことでじんわりと汗をかき始める。
(……いっそのこと)
少女は、黒いノイズを作り出そうかと考えた。
あの黒いしもべなら、自動的に人間たちが集まっているところを見つけ、そこに向かって攻撃を仕掛ける。その存在を感知して後を追えば、忌々しいルル・アメルを見つけることができるだろう。
そうすることで、現状を打破できると思った少女は、両手を胸の前に構えて黒き死神を作ろうとして――
⁅――流石にそれを作らせるわけにはいかない⁆
上からの急な圧力によって、中断せざるを得なかった。
⁅ガッ……!⁆
自分の上には何も乗ってなどいないはずなのに、上から強い力で押さえつけられているような感覚に、ノイズの少女は体を動かすことができない。
どうにか目だけは動かして、声のした方を見てみると、そこにはこんな状況を作り出しているであろう人間の姿があった。
赤い衣を身に纏い、長い三つ編みを二つ作ってもなお有り余るほどの青い髪を持った男。その手には、豪華な装飾が施された杖がある。
彼は、ノイズの少女に対して、怒りを抱くわけでも、ましてや恐れを向けるわけではなく、ただただ悲痛そうな顔で見ていた。
少女は、作り出していたしもべに命じて、その男を殺そうとする。
男に向かって、弾丸となって襲い掛かるノイズたち。しかしノイズたちは、男に触れる直前で、何かにぶつかったかのように崩れ去り、炭へと還っていく。
男からノイズを守ったものの正体は、魔力で作られた防御膜であった。悪意のある攻撃に反応し、自動的に反撃をおこなう、魔導士のカウンター手段。
男は、途方もなく優れた魔導士であった。それこそ、
⁅無駄だ。その攻撃は、俺には通じない⁆
そう少女に宣言する魔導士の男。そして彼は、少女に対して、ある魔法を発動する準備をおこなっていく。
しかし、彼は突然、なにかに驚いたような表情をする。その直後、空を飛ぶノイズによって少女は横に吹き飛ばされ、上からかかっていた重力から解放される。
⁅……そんな手段で、重力魔法から逃れるとは思っていなかった……⁆
魔導士は、彼女のルル・アメル殲滅に対する執念に驚きを隠せなかった。
それでも、彼はなんとしてもノイズの少女の殺戮を止めなければならない。例え、向こうの事情をある程度理解することができた今であっても。
一方、重力から解放された少女の方は、大量のしもべを生み出して魔導士を殺そうと指示を出す。その中には、巨大なサイズのノイズの姿もあった。
それらが、一斉に魔導士の男に飛び掛かる。しかし、そのどれもが攻撃を届かせることかなわず、見えない防御に妨げられて黒く崩れ去る。
――こうなったら……!
通常のノイズでは攻撃が通用しないことを理解した少女は、黒いノイズを作り出して攻撃させることを決断する。
周りを通常のノイズで固めて防御壁とし、切り札を生み出すまでの時間稼ぎにしようとする。そして、少女はさきほどのように両手を構え、そこに力を集中していく。
やがて手のあいだに黒い塊ができはじめ、だんだんと膨らんでいく。彼女の心から憎悪が削られ、塊へと注ぎ込まれていく。そしてようやく出来上がる、まさにその瞬間だった。
⁅グ、ガッ……!?⁆
突然苦し気な表情を浮かべ、胸を手で押さえる少女。作業が中断されたことで、黒いノイズになるはずだった塊は地に落ち、炭となって風に乗って崩れ去る。
少女が苦しみの発生源である胸元を見てみると、そこから半透明に見えるナニカが自分の中から外に出ていっていることに気づいた。その光景に困惑する少女だったが、答えをくれたのは魔導士の男だった。
⁅――それはお前の魂だ。お前は今、魂を肉体から抜かれている最中だ。
その苦痛は、魂が肉体とのつながりが切れることを拒むからこそのものだ⁆
そう答える魔導士が右手に持つ杖をふるうと、近くの空間がゆがみ、別の杖が現れる。全体的に灰色であり、中央に紫色が配色された杖だ。
⁅この杖に、お前の魂を封印する。肉体は、《棺》に入れたうえで異空間に封じる⁆
その言葉を聞き、驚愕するとともに、激しい怒りを覚える少女。
ふざけるな。まだ人間どもはこの星にのさばっているのに、こんなところで封印なんてされてたまるものか。
必死の思いで抵抗しようとする少女。しかし、いくら魂が抵抗しようとも、少しずつ心と体は引き裂かれていく。
この星から害悪たるルル・アメルを守ることも、なにより自身の憎悪を晴らし、仲間の無念を晴らすこともできないことを悟り、少女は抵抗をつづけながらも涙を流す。
そんな少女を、魔導士の男は悲しげに見つめる。
⁅……すまない⁆
彼は、《理解》していた。何物をも超越した魔導士である彼は、相手のことを理解することができる魔法すら編み出していた。
ゆえに、彼には分かっていた。少女のこれまでの生きざまも、人間たちから受けた仕打ちも、仲間であるリュウへの想いも、彼女の優しさも、そしてそれらを踏みにじられたことによる絶望と憎悪も。
救いたい、と思わなかったわけではない。しかし、彼にはこうすることしかできなかった。なぜなら、彼は《王》だからだ。
自国の民のために、脅威となるものを排除しなければならない。民の命を危険にさらしてまで彼女をとることなど、あってはいけないのだ。
だからこそ、彼は謝罪の言葉を漏らした。かつて、この杖の力を用いて他の世界へと逃がした人間以外の種族にそうしたように。
⁅せめて、夢の中で安らかに眠っていてくれ……⁆
だが、相互理解が失われている今、ノイズの少女に彼の気持ちなど伝わるはずもなく、あふれんばかりの憎悪を、瞳に、顔に、全身に現わして絶叫する。
⁅アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!⁆
魂がほとんど抜け出しているにもかかわらず、少女は全身からノイズを生み出しながら、《王》へと駆け出す。
防がれ、崩れ去るノイズ。しかしそれでも彼女は憎悪をかき抱く人間との距離を縮めていく。そして右腕を構え、殴りかかる。ありったけの感情を込めた拳は、《王》の防御すら打ち抜き――
⁅……すまない⁆
《王》に届く直前に、魂がすべて抜かれたことにより、力を失った。
魂とのつながりが切れた肉体は、《王》に寄りかかるように倒れ、魔法によって引き抜かれた魂は、かの《王》が用意した空間を歪める杖へと封じられた。
この後、ノイズの少女の体は、外部からの影響を可能な限り受けないようにした特殊な棺に納められ、魂を封印した杖の元々の機能でこじ開けた異空間に封印された。
これにて、災厄の少女と人類との初の決着がつき、かの《王》の手によって、彼女は何千という年月にわたり眠りにつくことになった。
しかし、彼女の憎悪は、ほかならぬ人間たちの悪意により、眠りについてなおルル・アメルを脅かすことになる。
●
⁅まさか、あの《王》がお亡くなりになってしまうとは……⁆
⁅あの方も、やはり我々と同じ人間だった、ということか……⁆
⁅しかし、かの《王》なくして、我々はどうすれば……⁆
⁅そのことについてだが……《王》が封じ込めた《災厄》を利用するのは、どうだ?⁆
《王》亡き後、途方もなく大きな戦力を失ったことを憂う家臣たちの手により、ノイズの少女は解析され、オリジナルとは別にノイズを発生させる装置が作られた。ノイズの少女が静かに眠るはずだった空間は、ノイズを量産するためのプラントと化し、やがて「バビロニアの宝物庫」と呼ばれるようになる。
少女の魂を封じ込めた杖も、そのことを利用されて、空間を歪めるだけでなく、ノイズを操るための杖へと改造された。
災厄の力を手に入れた国は、一時のあいだだけ他国を圧倒できる力を有していたわけだが、やがて醜い欲求による内部分裂が起き、彼ら自身に災厄の牙が向く結果となってしまう。
ノイズ、いや、人災によって多くの民の命が犠牲となり、その国の先史文明の技術も失われてしまった。そして、その杖を次に手にした国もまた――。
長い年月が経ち、誰も手にする者がいなくなった杖は基底状態となり、人の手でノイズが操られることはなくなった。
開け放たれたバビロニアの宝物庫から漏れ出るノイズによる被害は出るものの、千を超える月日において、災厄は
これが、《王》の望んだこと。彼女も人類も傷つくことなく、この世界が終わるその時まで、このままにしてほしいという、身勝手ながらも優しい願い。
しかし、その願いを知らない人間たちによって、災厄は永き眠りから解き放たれることになる。
「やったぞ! 聖遺物を発見した!」
「しかも完全な状態! これで我が国の発展にまた繋がる」
神代からの独立を謳いながら、過去の技術を掘り起こす大国によって杖は発掘され――
「これが、『ソロモンの杖』……」
災厄の少女と同じ時代から、転生を繰り返し世界に君臨してきた先史文明期の巫女の手にわたり――
「これを、あなたの歌で励起させれば、あなたの夢へとまた近づくわ」
「アタシの夢……争いのない世界……」
この世から争いを無くすために力を求める少女の歌で再び起動し――
「お呼びではないんだよ! こいつらでも相手してな」
道具として使われ――
「ノイズに、取り込まれて……」
「そうじゃねぇ! アイツがノイズを取り込んでるんだ!」
兵器として使われ――
「そしてこの杖の所有者は、今や自分こそが相応しい!」
欲望をかなえるための手段として使われ――
「バビロニア、フルオープンだぁぁーー!!」
「明日をぉぉーー!!」
ネフィリム・ノヴァの超爆発から地球を守るために使われ――
「もう響が、誰もが戦わなくていいような、世界にぃぃーー!!」
少女の願いを受けて、使われて、消滅した。
――誰もが、戦わなくていい世界?
災厄を封じていた
――なら、その誰もが存在しない、殺しつくされた世界にしよう。
そう、彼女が目覚めるのは、全ては――
「キャロルちゃん! 何を!?」
「復讐だっ!!」
「俺の歌は、ただの一人で70億の絶唱を凌駕する、フォニックゲインだぁぁ!!」
愚かな人類への、この星からの復讐のために――。
ピシッ……。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ご感想等がございましたら、お願いいたします。新章「人類を滅ぼすリュウの災厄」も、どうかよろしくお願いいたします。
オリジナルキャラの挿絵などもあった方がよろしいでしょうか?(作者自身が描くが、画力は期待しない方がいいレベル。描くならペイントか手描きの二択)
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挿絵はあった方がいい(ペイント)
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挿絵はあった方がいい(手描き)
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挿絵はない方がいい
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どちらでもよい