その少女は、災厄(ノイズ)であった   作:osero11

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 今度は8か月かかってしまいましたが、なんとか書けました……。楽しみにされていた方には、お待たせいたしました……。

 例のウイルスで大変な時期ですが、まずは自分がかからないように思いつく限りの予防策を取りながら過ごしています。
 そんな生活の疲れのためか、執筆意欲が湧かなくなってしまうことが多いですが、これからも小説を書いていければとは思っております。相変わらず亀更新になってしまうとは思いますが、それでもという方は、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

 一応今回は、この章での新たな敵の登場回となっております。
 それでは、どうぞ。


牙をむく竜たち

 長き時を越え、この世に再び顕在した人類の脅威、竜。

 確認生物のどれもを凌駕する力を持った生物、それを先導するメリュデの目的が、この地球全体におけるリュウの完全復活にあることを知った装者たちは、パヴァリア光明結社の一員であった錬金術師リリスの作戦のもと、行動を起こした。

 

 この星の命が流れるレイライン――それを励起することで目的を遂げようとするメリュデに対し、活性化の起点となる場所へシンフォギアを先回りさせ、リュウの少女を迎撃して無力化する。それが、リリスの作戦であった。

 彼女が率いているであろう竜の戦闘能力、そして「神の力」に関する一件で竜の体を手に入れたメリュデ本人の未知なる能力など不確定要素は多分にあるが、これ以上の悲劇を引き起こさないために、少女たちは戦場へと進んでいく。

 

 

 

 道中に襲撃を受けるようなこともなく、無事に目的地へとたどり着いた装者たちは、それぞれが決められた場所へと配置され、リュウの少女がやってくるのを待ち構えていた。

 

「……しかし、待たされる身ってのは、なんかキツイもんがあるな……」

 

 そうボヤくのは、聖遺物「イチイバル」から作られたシンフォギアを纏う雪音クリス。

 弓をベースにした少女兵装の使い手にして、シンフォギア装者のなかで唯一の狙撃手でもある彼女だが、ターゲットを待つだけの状況には意外と不慣れであった。

 

 今までの出動はこちらから攻め込むものが多く、今回のように相手の先回りをして待ち受けるような機会は少なかった。そのため、いざ迎え撃つ側となると、敵がどこからやってくるのか、いつ攻め込んでくるのか分からないという状況が彼女を緊張させてくる。

 神経をはりつめながら待たなければならない現状は、彼女のメンタル面を考えるとあまり良い状況とは言えなかった。

 

 そんな時、端末から着信音が鳴り響き、気を張っていたクリスは思わず「うわっ!」と声を上げて驚いてしまう。しかし、その音が仲間からの連絡によるものだとすぐに気づいたため、何でもないことに心臓を跳ねさせてしまった恥ずかしさを抱えながらも通話ボタンを押した。

 

『雪音、そちらの状況はどうだ?』

 

「先輩か。こっちは特に何も。そっちの方はどうだ?」

 

 連絡の相手は、クリスにとっては“シンフォギア装者”としても“学生”としても先輩にあたる、風鳴翼であった。

 彼女もまた、クリスからそれなりに距離を取られた場所にて、因縁ぶかき宿敵と未知なる脅威を討つために待ち構えていた。

 

『こちらも今のところ、襲撃の予兆は依然と見られない。何も起きないということは、平時であるなら望むべきことなのだろうが……』

 

「向こうにその気がなくても、こっちから戦いを仕掛けなくちゃいけない状況だからな。来るなら早く来やがれ、って思っちまう」

 

『そうだな……。敵の襲撃が何時になるか……そう考えながら時間が過ぎていくことが、私の精神を擦切っていくように感じる。

 しかし、相手が「ソロモンの杖」による空間転移で現れる可能性がある以上、事前の反応もなく姿を現してくることも十分に考えられる。最低限の警戒は必要だろう』

 

「あのバカはしびれを切らして、『バビロニアの宝物庫』までのゲートを自力で開くかもしれないけどな」

 

『それは確かに』

 

 そう言って、二人で少しばかりの笑みを浮かべる。緊張状態にあるなか、軽い冗談で和みあうことで、ほんの少しだが精神的余裕を取り戻す。

 

「じゃあ、そろそろ切るぞ」

 

『ああ、また後でな』

 

 状況の把握のためとはいえ、長時間連絡を取り合う訳にもいかないので、話もそこそこにして通話を切る。そしてクリスは、先ほどの会話に出した「バビロニアの宝物庫」という単語から、ふと昔のことを思い出した。

 

 フロンティア事変、当時はF.I.S.の装者だったマリアたちと戦った事件の終盤。

 ノイズの生産プラントであったバビロニアの宝物庫に、何もかもを消し飛ばし、溶解するであろう爆発と熱をまき散らす寸前のネフィルムを残し、クリスの恩人である小日向未来の手によってゲートが閉じられたことによって、地上に被害を出すことなくノイズを生み出す空間は徹底的に破壊された。ノイズという人類にとっての天敵は、この時に存在しなくなったと彼女は信じていた。

 

 しかし、消滅したと思っていたノイズはまた自分たちの前に姿を現し、さらなる力をつけていった。そして今、竜という古代生物を復活させて、人類を滅ぼそうとしている。

 ノイズを自身の体から生み出し、操る少女が何者なのかは、正直、なぜこんなことをするのかも含めて問いただしたい気持ちはある。だが、まずは人類が追い詰められていく現状をどうにかすることが優先だと、クリスは感じていた。

 

 決着をつけ損ねた過去の因縁に終止符を打つ。そのことを胸に、クリスはその機会を再び待ち始めた。

 

 

 

 各装者が指定の場所で待機し始めてから数時間、日も沈んで、夜の闇が辺りを包み込むようになってきた。

 最初は即戦闘態勢に移れるほどの緊張感をもって任務に臨んでいたのだが、時間がたつにつれて維持ができなくなっていき、もともと我慢強くないものに至っては、むしろ初めて訪れる場所の方に興味を抱き始めていた。

 

「おお! 今度はインコデース!」

 

 その最たる例が、イガリマの装者である暁切歌だった。

 彼女たちがリュウの少女の襲来に備えているこの場所は、自然豊かな場所であった。切歌が現在配置されている場所は、大陸から少し離れた場所にある孤島であり、そこには彼女が初めて見る動物たちが数多く生息していた。

 

「赤いインコに、青いインコもいるデスよ! 調のいるところにもいるデスか!?」

 

『うーん……私の近くにはいないかな……』

 

 切歌は、右手に持った双眼鏡で遠くの動物たちを眺めながら、もう片方の手で持った端末で、彼女の親友である調と話をしていた。

 調の方も、長い時間待ち続けて集中力が切れてしまったらしく、電話の向こうで切歌と同じく、双眼鏡で近くの動物を探していた。任務中に行なうようなことではないのだが、幼いころからつい最近まで米国の研究所に閉じ込められていたことを考えると、初めて見る動物たちに目を輝かせている彼女たちに酷なことは言えないだろう。

 

「あ! 今度はライオンさんを見つけたデスよ!

 ……あれ? でも、黒くて丸い模様がたくさん入ってるデス?」

 

『多分、それはジャガーなんじゃないかな?』

 

「おお! アレがジャガーデスか!」

 

 笑顔を浮かべて、初めて見るジャガーに興奮する気持ちを隠せない切歌。こんな非常事態でなければ、存分に楽しませてあげたいと彼女たちの保護者は思っただろう。

 

「ライオンさんもいいですけど、こうしてみるとジャガーもカッコいいデスねぇ……。

 ……ん? お、およー!!」

 

『どうしたの、切歌ちゃん?』

 

「今度はおっきなトカゲさんを発見デース! まるで恐竜みたいデース!」

 

 さらに興奮する切歌が見たものは、二足歩行で立つ大きなトカゲであった。大人と同じぐらいの大きさであろう体は水色の鱗に覆われ、黒いストライプ模様が刻まれていた。

 頭には赤いトサカと鋭いくちばしを備え、前脚の爪は異常に長く、その姿は切歌に獰猛そうだという印象を与えた。

 

「はえ~。ここって、あんな生き物もいるんデスねぇ~」

 

『う~ん、ガイドブックにそんな動物のってたかな……?

 ワニならともかく、恐竜みたいな動物なんていないみたいだけど……』

 

「でも、本当に恐竜みたいデスよ?

 ……ハッ! もしかしてアタシ、本物の恐竜を見つけちゃったデスか!? これは世紀の大発見デース!」

 

 能天気なことを言っている切歌は、そのうち自分が見ている動物が、今まで誰にも見つからずに現代まで生き残っている本物の恐竜だと思い至り、その喜びで彼女の声はさらに大きくなっていく。

 留まることを知らない切歌の声量は、やがて彼女が見ていた「恐竜らしき生き物」にも届き、そのUMAに自身の存在を気づかせることになった。

 

 切歌の方を向き、その姿を視認した生物は、すぐさま上を向き、くちばしを開き、その低い鳴き声を辺りに響き渡らせた。

 この一連の行動を見ていた切歌は、気づかれてしまったことに動揺した。

 

「デデデッ!? 気づかれちゃったデス!」

 

『嘘ッ!? 任務中だから持ち場を離れるわけにはいかないのに……』

 

「しかも、お仲間まで出てきちゃってるデス!」

 

 突然のトラブルに慌てる切歌をよそに、仲間の鳴き声に呼ばれてトカゲのような生き物が更に2、3匹姿を現し、切歌の方に向かっていった。

 

「こっちに来たデス! ど、どうすればいいデスか!」

 

『距離を取りつつ、シンフォギアを展開してください!』

 

「『!?』」

 

 通信に割り込みように聞こえてきたのは、錬金術師リリスの声だった。

 彼女の指示にとっさに従い、切歌は向かってくる爬虫類たちに背を向け、走り出す。それと同時に、任務中にこのようなトラブルを起こしてしまったことに罪悪感を感じ、通信越しに謝らなければならないと思った。

 

「ご、ごめんなさいデス! 竜を待たなきゃいけないのに、こんなことになっちゃって――」

 

『その生き物こそが、我々が待っていた《竜》です!』

 

「『!』」

 

 だが、リリスのその言葉を聞いて、切歌のその思いは吹き飛んでいった。

 

 

 

「あれもまた、竜だと……!?」

 

 現存している「禁忌の地」にて撮影された「竜」の姿、それと比較すると一回り小型で、どちらかというと既知の生物である「恐竜」を創造させる生物もまた「竜」であることを知り、S.O.N.G.本部内で弦十郎が驚きの声を上げる。

 

「はい。竜とは言っても、その種類はピンキリ。よみがえっているもののなかでは、あの種類は個体の能力で言えばピン――通常兵装でも十分通用するレベルです。

 しかし、その戦闘能力に反比例して数が多いため、今回の襲撃において偵察と斥候の役割を果たしているのでしょう」

 

 切歌の前に現れた小型の竜についてリリスが説明している間に、モニターに映る状況も変化していく。

 先ほどまでは「竜」という見慣れない生物のみが切歌を追っていたのだが、どこから現れたのか、彼ら彼女らにとっては嫌というほど目にした存在――人類種の天敵がそこに加わっていた。

 

「小型の竜に加え、ノイズの出現も確認しました!」

 

「反応パターンからも、アルカ・ノイズではなく、従来のノイズで間違いないと思われます!」

 

 切歌の前にノイズも出現し、オペレーター二人が報告を挙げる。

 ノイズを視認したことで、今が戦うべき時だと判断したのか、モニターに映っている切歌は既にシンフォギアのペンダントを握りしめ、その身にイガリマの装束を纏うところであった。

 

  ――Zeios igalima raizen tron――

 

 聖詠とともに光が彼女の身体を覆い、ペンダントの中の聖遺物の力が歌によって増幅されて彼女を包み込む。

 光がやんだ時には、切歌の姿は緑を基調としたシンフォギアを身に着けたものとなっていた。そのプロテクターはアダムとの決戦時にリビルドされており、今はもう無きイグナイトモジュールを連想させる厳つさが加わっていた。

 

 敵と戦うためのプロテクターを身に纏った彼女は、イガリマの魂を刈る力が籠められた鎌を手に、因縁の、そして新たな敵へと反撃を開始した。

 

 

 

「デェェェースッ!」

 

 切歌は掛け声とともに、自身へと襲い掛かってくるノイズ数体を、自身の身の丈ほどある鎌で両断した。位相差障壁を中和されて、もろに聖遺物の力による攻撃を受けたノイズは、切断面から黒く変色していき、やがて形を保つことができずに崩れていく。

 

 同類がいとも簡単に消滅したにもかかわらず、今は竜と化している少女の眷属たちは、主から与えられたオーダー――人間を殺す――を実行するため、切歌(ニンゲン)へと無謀な突撃をしていく。

 それに追随するかのように、小型の竜たちも大地を蹴って、その牙と爪を目の前の少女に突き立てようと接近していく。

 

「ハアアアアアー!!」

 

 切歌は、自身の体を軸に回転しながら鎌をふるい、敵の攻撃を防御しながら斬りつける。

 イガリマによる攻撃を受けたノイズはいともたやすく倒され、竜もまた攻撃の衝撃で彼女から少し遠くへ弾き飛ばされた。地面にたたきつけられたのち、立ち上がり体勢を立て直す竜だが、その体には鎌による裂傷が確かにつけられており、傷からは血も流れ出している。

 

「……やっぱり、ちゃんとした生き物みたいデスね」

 

 それを見ながら、ノイズとともに自身に襲い掛かってきた目の前の敵が、明らかな生物であることを切歌は再認識した。

 今までは、装者といった人間と戦ったことこそあるが、彼女にとって命のやり取りをした相手と言えば、ノイズやアルカ・ノイズ、自動人形(オートスコアラー)といった非生物がほとんどであった。ネフィリムのような自律型完全聖遺物でもない、血の通った生物と殺し殺される関係にある今の状況は、切歌に経験したことのない緊張感を持たせていた。

 

 しかし、彼女がそんな緊張感になれない間にも、状況は刻々と変化していく。

 先ほどから攻撃を仕掛けようとしている群れに加えて、ノイズが数十体と、新たな小型の竜――最初の竜とは鱗の色が違ったり、頭にエリマキが生えている個体だったので、亜種や別種だと思われる――が十数体、木の陰などから現れて、切歌への攻撃に加わっていく。

 ノイズと竜、異なる二種類の敵の突撃を、ある時は刃で切り裂き、ある時は鎌で受け流しながら切歌は耐えていたが、敵の数が増えていくにつれ、次第に無理が出てくる。

 

「くっ、このままだと、少し厳しいかもデス……」

 

 そうぼやきながらも、前方から束になって襲い掛かってくる敵の攻撃を、鎌を回転させることで防御する切歌。

 そんな彼女の後ろを、一匹の小型の竜が音もなく近づいていく。そして、ある程度距離が縮まったところで、口を大きく開いて駆け出した。

 

「! しま――」

 

 切歌が後ろからの不意打ちに気付くも、時すでに遅し。竜の牙は、無防備な彼女の背中へと突き立てられようとした――

 

 

 

「させない――!」」

 

 

 

 ――α式 百輪廻――

 

 しかし、真横から小型の円形鋸が大量に飛んできて衝突したため、切歌に牙を向けた竜は、ノコギリに切り裂かれながらも衝撃で空中に投げ出された。

 切歌を竜の攻撃から護った人物は、いうまでもなく彼女である。

 

「調! 来てくれたデスか!」

 

「切ちゃん大丈夫!? 間に合ってよかった!」

 

 自分を助けてくれた調の方を見て、先ほどまで厳しい表情をしていた切歌も顔をほころばせた。

 先ほどまで敵に囲まれていた彼女を心配しながら近づいていた調だったが、言葉を交わすことなく二人は自然に背中を預け合い、自分たちを囲む竜たちを相手にする。

 

「竜だろうがノイズだろうが、ザババの刃がそろえば――!」

 

「トカゲのしっぽみたいに、たやすく切り裂いてやるのデス!」

 

 その言葉を皮切りに、二人に襲い掛かっていく竜とノイズたち。まだ幼さを残す少女たちは、鎌で切り裂き、ヨーヨーで弾き飛ばし、肩の装甲で突き飛ばし、巨大に展開した鋸で刻みつくし、そのギアから繰り出される多彩な攻撃によって、過去から蘇った敵たちを迎撃した。

 

 切歌と調、この二人のシンフォギア装者が集ったことで、彼女たちに攻撃を加えてくるノイズの数は確実に減少していった。また、戦闘不能になるほどの深手を与えられたことで、地面に伏す竜たちの姿も多くなっていった。

 やがてノイズはすべて消し炭にされ、竜たちもほとんどが地に倒れ、立っているものは少しばかりとなっていた。その竜たちも、互いに顔を向けた後、まるで逃げ去るように彼女たちのもとから離れていった。

 

「とりあえずは……」

 

「なんとかなったみたいデス!」

 

 目線だけで相手を見ながら、その顔に笑みを浮かべる二人。敵の第一陣との戦闘は、ザババの刃によって勝利に終わったことがよく分かる光景であった。

 

 

 

「切歌ちゃん、調ちゃん、すべてのノイズを殲滅しました!」

 

「また、小型の竜も97%を無力化、および3%を撤退させたことを確認しました!」

 

 未知の敵――それも、恐るべき力を持った少女Vと大きく関わる「竜」という存在相手にシンフォギア装者たちが善戦し、そして撃退したことは、S.O.N.G.本部の面々に少なくない歓喜をもたらした。

 

「本番はここからとはいえ、まずは機先を制することができたのは幸先がいい」

 

「そうですね。圧倒的な力を持つ少女Vの存在により無意識に抱いていた『竜』への不安が、自分たちの力が通じたことである程度取り除かれたのではないかと思われます」

 

 弦十郎の言葉に、戦闘の結果が装者のメンタルという点で状況を少し良くしたことを認識したリリスが答えた。

 

「先ほどの襲撃にて、少女V及び『竜』の狙いがこの場所にあることが確定した。

 切歌君と調君は一度待機から外れ、十分な休息をとってくれ。他の装者は、次の襲撃に備えて引き続き警戒態勢を維持してくれ」

 

『了解(デス)!』

 

 

 

「切歌ちゃん、無事でよかった~!」

 

 切歌たちと竜の戦闘があった場所から少し離れた陸続きの地。そこで待機していた響は、学校の後輩であると同時に肩を並べて戦う仲間の身に大事がなかったことを喜んでいた。

 

(でも、あの生き物がここに来たってことは、リリスさんの言っていたことが当たっていたってことだよね……)

 

 ――それはつまり、少女Vもまた、ここに来る可能性が高いということ。

 その結論に思い至ったことで、仲間の無事に安堵を覚えていた響の心に、影が差していく。

 

 ノイズによって大量殺戮を繰り返したとしても、彼女はまだ少女Vと分かりあうことを諦めたくないと思っている。

 しかし、いざ向かい合う時が来るとなると、なぜか不安が心の中から湧いて出てきたのだ。

 

(止めるために、拳をふるうことが怖いんじゃない……。なんだかよく分からないけど、あの子と会うのが凄く怖いんだ……)

 

 今度こそ話し合い、分かりあいたい。そうすれば、きっと同じ人間を殺すことなんて止めてくれる。

 そう思っていたのに、今になって恐怖を感じている。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを知ってしまったかのように。

 

「……だとしても、」

 

悪い方向に思考をめぐらしてしまいそうになった響は、不退転の言葉を口にすることで、ぐっと心を引き締める。

 揺らいでいる心で向き合えるほど、ノイズの少女が甘い相手ではないと知っているからだ。

 

「私は絶対に、手を繋ぐことを諦めたりはしな――!?」

 

 決意を口にすることで覚悟を固めようとする響だったが、その言葉を言い切る前に、自分の足元の地面から眩しいほどの光があふれ出てきたことで、その身を硬直させた。

 

 その直後、響の体を雷に打たれたかのような衝撃とダメージが襲った。光りを放っていた地面から、響の体を呑み込みながら天へと凄まじい電撃が立ち昇ったのだ。

 

「うわあああぁぁぁ!!」

 

 突然の、そして予想外のことではありながら、決して少なくはないダメージを受け、思わず響は悲鳴を上げる。

 電撃が止まった途端、響は両の足で立っていることができず、ギアの各部から青い残留電気を発しながら、片膝をつくことになった。

 

「ぅ……一体、何が……?」

 

 気を抜いていたとはいえ、周りに敵の姿が見えないにもかかわらず、本人にとっては余りにも急な攻撃を受けたために、電撃――いや、まさに雷と呼ぶにふさわしいほどの威力を持つ攻撃によるダメージから回復した響は、辺りを見回す。

 そして、数十メートル離れた高台から、自分を見下ろす4つの目があることに気付いた。

 

「! あれは――」

 

 その視線の持ち主も、また「竜」であった。しかも、二体とも偵察のための小型とは違い、竜の中でも確実に「上位」に入るほどの戦闘能力を持つ個体たちであった。

 片方は、鱗と体毛で体を覆い、鋭く飛び出た爪と重量感のある二本の角を持ち、体の至る所から蒼い電気を発する四足歩行の個体。もう片方は、すりこぎのような形状をした両腕と一本ツノを持ち、その先端が緑色の「ナニカ」に覆われている二足歩行の個体。

 そのどちらも、響を敵として見る目で視線を向けていた。

 

「まさか、あれも――」

 

 二体の竜が、高台から跳躍し、響に向かって襲い掛かってきた。それは、人間と竜の戦いの、本番の始まりだった。

 

 

 

『響ちゃんが、新たな竜とエンゲージ! 戦闘を開始しました!』

 

「なんデスと!?」

 

 小型の竜やノイズとの戦闘を終わらせて、その場で少しのあいだ体を休めていた切歌と調だったが、本部から聞こえてきた通信に、そうもいっていられなくなったことを感じ取る。

 

『さらに、翼さんとクリスちゃんも敵性体を確認! どれも、先ほど切歌ちゃんたちが戦った個体を遥かに上回るエネルギーを保有しています!』

 

『まずい……響ちゃんのところだけ2体もいる! 不意打ちで受けたダメージも、かなりきつそうだ!』

 

『響くんは、敵の目標地点と思わしきポイントに二体の竜が向かわない程度に、牽制することだけに集中するんだ! 決して無茶はするな!』

 

 本部からの通信から、少なくとも3か所で竜との戦闘が始まっていることが分かる。そのなかでも、響はかなり危険な状況にあるらしいことも。

 

「調! 今すぐ響さんを援護しにいくデス!」

 

「うん! 切ちゃん!」

 

『待て! その辺りもまた襲撃される可能性がある! 響君の援護には調君が――』

 

『調ちゃんと切歌ちゃんの付近に、新たな敵性反応が――!』

 

 弦十郎の指示を遮るように挙げられた友里の報告。それが事実であることを示すかのように、人の大きさほどある火の玉が上の方から彼女たちを襲ってきた。

 

「! 切ちゃん!」

 

 それにいち早く気づいた調が、それ以上の大きさに鋸を展開して防ぐ。しかし、そんな彼女のスキを突くかのように、背後からも火球が向かってきて、調に衝突し炸裂する。

 

「きゃあああ!」

 

「調えぇぇ!!」

 

 風圧によって吹き飛び、地面に倒れる調。無防備になってしまった彼女を守るために、すぐに切歌が彼女のもとに駆け付け、大切な人を背にかばいながら、火球の下手人を見つけ出そうと鋭い目で辺りを見渡す。

 

 そして切歌は、上空を羽ばたきながら同じ場所にとどまり、こちらに目を向けてくる二体の竜を発見した。

 どちらの個体も、大きな翼と二本の足を持ったワイバーンのような姿形をしており、大きな棘の付いた長い尻尾を垂らしながら飛行している。片方の体は金色、もう片方の体は銀色で彩られており、この二体が並んでいる姿は月と太陽をイメージさせるかもしれない。口からは、火球を吐き出した名残なのか、黒い煙が漏れ出ているのが見えた。

 

「さっきの火球は、お前らデスか!」

 

 自分の大切な調を傷つけた敵の姿を視認し、警戒心を抱きながらも、切歌の思考は怒りに染まっていく。そんな彼女を落ち着けるかのように、リリスからの通信が入る。

 

『その二体は、「金火竜」と「銀火竜」です! 火竜と分類される竜の中でも、最上位に位置する種です! 一体一体の能力も厄介ですが、この二体となると連携がうまい分、一人で相手取るのは非常に危険でしょう……。

 イガリマとシュルシャガナなら通用するでしょうが、それも両者が万全の状態でのこと……。ここは一体態勢を立て直すために、一時離脱を――』

 

 リリスからの助言を遮るように、金と銀の火竜が咆哮する。二体の竜の、威圧のために発せられた咆哮は、周りの空気を大きく震わせ、その声量に向けられた切歌の体は一時的に硬直してしまう。

 咆哮を終えた二体は、切歌に向かって滑空し、人間よりもはるかに頑丈で重量のある体で攻撃を仕掛けてくる。

 

「切ちゃん! ダメ……逃げて!」

 

 地面に手をついた態勢で調が悲痛な声で叫ぶも、体が動かない切歌は、調を抱えて攻撃を避けることができず、悔しげな表情で迫ってくる二体を睨みつけることしかできない。

 そして竜の体が、あと数メートルというところまで来たとき――

 

「はあああー!!」

 

 ――真横から、渾身の力でぶん殴られたことで、まず金火竜が横に殴り飛ばされ、その横を並んで飛んでいた銀火竜にぶつかり巻き込む形で、二体の竜は切歌にぶつかることなく吹き飛ぶことになった。

 二体の竜は、なんとか空中で体勢を立て直し、自身に攻撃を加えた人物から距離を取るように離れていく。

 

「――それなりに距離があったから柄にもなく焦ってしまったけど、なんとか間に合ったようで良かったわ」

 

「「マリア!」」

 

 ザババの二人の窮地を救ったのは、彼女たちの家族と言っていい存在であるマリアであった。

 二人の担当場所から比較的近い場所に配置していた彼女は、自分が担当していたところに竜が出てきていないこともあり、急遽こちらの方に応援に来たのだ。

 

 やがて火竜の咆哮を受けたことによる硬直が解け、切歌と調は自分たちを助けてくれたマリアのもとへと駆け付け、彼女と同じように滞空している二匹の竜と対峙するように向き合う。

 

「あれが『竜』ね……。話は聞いていたけれど、さっきの状況を見ると、やっぱり強敵のようね」

 

「ちょっと待つデス! 確かにさっきはちょっぴり危なかったデスけど、あれは不意打ちを喰らっちゃったからデス!

 正面から戦っていれば、調の作ってくれた朝ごはん前デスよ!」

 

「切ちゃん、『朝飯前』だよ。別に私の作ったものじゃなくても……」

 

「それでも、決して油断していい相手じゃないことは重々承知しているでしょ。それに――」

 

 いったん言葉を切って、マリアは火竜たちの方――正確に言うと、火竜たちよりも若干低い高さの場所――を厳しい目で見る。

マリアの様子に疑問を覚えた切歌と調は、彼女と同じところに視線を向ける。その目に映ったものに、思わず彼女たちは目を見開いた。

 

 

「どうやら、今一番会いたいようで、二度と会いたくない子も来たようよ」

 

 

 金の火竜と、銀の火竜。その二匹が陣取る間の真下には、ノイズを操り、竜を蘇らせた、通称「V」と呼ばれる少女の姿をしたものが、音もなく現れていた。

 敵である三人の装者たちを見つけるその目には、人間を殲滅せんとする強い意思が籠められていた――。

 

 




 お読みいただき、ありがとうございました。
 久しぶりの投稿ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

 アンケートの結果を確認した結果、「挿絵はあった方がいい」と仰ってくれる方が思った以上にいらっしゃったので、執筆がてら、メリュデの絵を描いてみました。
 読者の皆様のイメージに合うものかどうかは分かりませんが、一応作者のイメージに近いものとして見ていただければと思います。下のおまけの方に載せておきますので、よろしければご覧ください。
 最初に投稿した際は、公開設定にしていなかったので画像が開かれませんでしたが、今は修正したので開くことができます。ご覧になることができなかった方には、申し訳ないことをしてしまいました……。

 次回もよろしくお願い申し上げます。ご感想などがあれば、お書きいただきますようお願いします。



おまけ メリュデ(通常状態)

 
【挿絵表示】


 へたくそですみません……。せめて5頭身になるように描ければよかった……。

オリジナルキャラの挿絵などもあった方がよろしいでしょうか?(作者自身が描くが、画力は期待しない方がいいレベル。描くならペイントか手描きの二択)

  • 挿絵はあった方がいい(ペイント)
  • 挿絵はあった方がいい(手描き)
  • 挿絵はない方がいい
  • どちらでもよい

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