太陽の日差しがじりじりと肌を焦がし、今にも脳が沸騰しそうな気分だった。
暑さにやられた思考回路ではもはや顎を伝う汗すら拭うことを忘れさせ、俺は素知らぬ顔で降り注ぐ日差しに嫌気が差し、太陽を睨みながら目を細める。
太陽は西から登るんだっけ、東から登るんだっけ…東からだった気がするが引っ掛けを疑って敢えて西だと判断する俺は多分かなりヤバかった。
横から何かが視界に映り目線をそちらに移せば綱吉君がジュースを差し出してきている。
「スカル、何かかなり具合悪そうだけど大丈夫?」
「………」
頷く気力もない俺はひとつ瞬きをして、ゆるりとした動作でペットボトルのキャップを回す。
うんともすんとも言わぬ俺に綱吉君が心配した様子で伺ってきているのが視界の端に映った。
ペットボトルの口から流れ出す流動体が乾いた喉を潤し、冷たさが心地いい。
何故俺が外にいるかというと、残念ながら俺にも分かっていない。
いきなり外出すると言い出した綱吉君とその他の友達らしき人物達に部屋から連れ出された俺だが久々の日差しがかなりきつく、グロッキーになりつつあった。
日本の夏って何でこう……蒸し暑いんだろうか。
いやそれよりも人口密度による暑苦しさの方が体感温度を上げている気がする。
遊びに行こうと言われて綱吉君達に連れて来られた場所は海で、誰かがビーチパラソルを持ってくるまでの間日干しされている俺は、目の前の人混みを横目に苦々しく呟いた。
「人……」
「え?」
「人が……多くて……」
暑苦しい。
暑さのせいで掻いた汗のせいか首が痒くなっていく感覚に、またか…と思った。
日本に来ると毎回
帰りたいとか思う前に取り合えず一人になりたい、せめて人混みから離れたい。
元々人混みは嫌いだし、引き籠りに海はハードルが高いんじゃないだろうか。
気を抜けばあれこれ愚痴り出して綱吉君達の機嫌を下げそうで、口を噤みながら眉を顰める。
ああ、ポルポがいれば直ぐイタリアに帰るのに……くそ、何で俺がこんなとこにいなきゃいけないんだ…
俺の意図を組んでくれた綱吉君達が人混みから少し離れた場所へと移動するが、それでもまだ人がちらほらいたりする。
「ツナ、コイツは俺が見てるからおめーらはさっさと遊んでこい」
「え、でもリボーン…」
「いーから行け」
「う、うん…」
リボーンが綱吉君達を先に行かせ、俺は山………山なんとか君が持ってきてくれたビーチパラソルの陰に座り込み一息つく。
ぼんやりと海を眺めながら覚束ない思考回路でふと何故海が青いのか考え込む。
「人が怖ぇか?」
ふいに背後から掛けられたリボーンの言葉を理解するまで数秒を要した。
何でそんな質問をこいつが俺に投げかけるのか分からず、一向に後ろを振り向かない俺は自分の眉間に皺が増えていくのが分かる。
今ここで聞かなかったことにして無視したら拳銃突きつけられると考えたので、渋々…本当に渋々と、是、と吐き捨てた。
「あぁ…怖い」
今も少し離れた場所で休んでいる家族ですら、俺を見ているんじゃないかと思っては気が気じゃないのだから。
赤ちゃんになってから奇異な目を向けられることがあったけれど、呪いを受ける前は不審な目を向けられていた。
学校は?親は?子供が何で一人で住んでるの?仕事はしているの?
大家さんから向けられる疑いの眼差しは間違ってはいない。
都心でならそこまで疑われることはなかっただろうが、俺が住んでいた場所は田舎で、田舎は人との繋がりに重きを置くものだ。
だから両親の遺産とバイクだけで住みついた子供の俺はかなり不気味だっただろう。
第二の人生を混乱と共にスタートダッシュで
陰口叩かれたってそれを教えてくれる奴もいないし、直接罵倒されたって当時の俺の母国語の理解力じゃ幼稚な罵倒しか分からなかったし、何よりも独りで考える時間が欲しかった。
やっと安定した自分の世界でふと我に返った時にはもう誰も周りにはいなくて、一人でいすぎたのだと気付くには他人との距離が遠すぎた。
両親や村の子供達、大家さんにアルコバレーノ達……今世では他人から向けられる感情はどれも良いものじゃあなかったわけで、塞ぎこむのは仕方ないことだと思いますまる
「お前はこれからどうやって生きるつもりだ」
リボーンの質問に思わず息を飲む。
社会的地位のない引き籠りな俺が、人々の軽蔑の眼差しを一心に受け入れることが出来るオリハルコン並みのメンタルなんて持ち合わせていない。
前世でニートという堕落者がかなり叩かれていた事実が、俺が対人恐怖症を若干患ってしまった原因の一部ではあるものの、最もな原因は俺の後ろで悠々と佇んでいるであろうリボーン及びアルコバレーノのせいだ。
人違いで狂人という真に遺憾なレッテルを貼られて、変な仕事強要するし、命狙ってくるし、殺されかけたし……何なのもう…言われようのない悪意は混乱と恐怖と不安しかなくて、正直リボーンを許せるかといわれて、ハイと軽く頷くことは出来ない。
人違いから始まったあの悲惨な事故をお互い水に流すことで新しく関係を築けるわけねぇだろ、視界の端にだって入れたくないのが本音だ。
言ったらキレて乱射してきそうだから言わないけど。
「なぁ、お前は……これからを生きる覚悟は……あるのか?」
社会で生きる覚悟ですねわかります。
そしてそんなものないと大声で宣言出来たらどれだけ俺が救われるだろうか。
それに外の世界は怖いが、出ることが出来ないわけじゃあないんだ。
「何も………何も………したく、ない……」
単に俺が仕事したくないというのが最大の理由だ。
まだ呪いを受けていない頃は渋々生きるためにバイトをしていたが、アルコバレーノになってから仕事というよりもマスコットに近いことをしてそれなりの金をもらっていたわけで、貯金自体もかなりあったし一生食うに困らない金額だったと自負する程だった。
元々仕事したくなかった俺が週一出勤ですら渋っていたのだから、天変地異が起ころうとも未来永劫真面目に働くことはない。
そんな俺に死体蹴りの如くやってくれたのがリボーン達だ。
狂人のスカルとかいう奴が死んだことで人違いであることが発覚したが、あろうことか死亡偽装する為に俺から絶好の職場を奪い、口座を凍結しやがったのだ。
これを何故許そうと思えるだろうか、いや、思えない。
ハローワーク?何それ美味しいの?
どうせ今は赤ちゃんの姿だから働かなくても大丈夫だろうと自分に言い聞かせて家に籠っている毎日だが、まぁお金が必要になったらなったでその時考えようと思っている。
「………そうかよ」
リボーンの声が一段と低く、そして小さくなったことに一瞬焦ったが、何もしてくる様子がないことに安堵の息を漏らした。
青と白が組み込まれているパラソルの陰が目の前に現れ始め、太陽の傾きに気付いた俺は時計を探そうと空に手を彷徨わせては、持っていないことを思い出して再び地面に置く。
今頃冷房の効いた部屋でお菓子を摘まみながらゲームをしていたハズなのに、何故こんなことに……と嘆くのは何度目か。
海の水飛沫が遠くの方で音を立てては引いていく様子を見ながら、むず痒さの残る首に小さな爪を立てる。
爪の中に汗が溜まるのも気にせず皮膚を引っ掻いていると、リボーンにいちゃもんつけられて舌打ちされた。
ボリボリうるさいってか、この野郎。
イタリア帰りたい……
リボーンside
「元の世界に戻るまででもいいからさ……少しでも楽しい思い出とか作れたらなーって……」
そう言い放ったツナの言葉に山本は笑顔で返し、ツナは照れ臭そうに頭を掻いた。
それは学校の帰り道、山本が夏休みに遊びに行こうとツナを誘ったことがきっかけで、獄寺や炎真、他のシモンファミリーなどかなりの人数で遊びに行く予定を立てていた時、ふとツナがスカルのことを口ずさんだ。
スカルがこちら側に来てから既に5日経っているが、奴が外出する様子はなく、空き部屋のベッドの上でただ茫然と時間が過ぎることを待っているだけだった。
外に出ないのかとツナが聞いても奴は首を横に振るだけで、頑なに玄関からの一歩を踏みたがらない。
何故外が嫌なのかを聞いても黙りこくっているだけでそれきり聞くことはなかったが、やはり籠りっきりという現状にツナは納得していなかったようで、奴が引き籠っているのはまだ自分たちを警戒しているからではないのかと思っていた。
だから今回の夏休みの間で心を開いてくれるよう努力する方向で意思を固めたのか、山本にその旨を伝えれば山本はあっさりと首を縦に振っては賛同する。
その後獄寺にもこのことを伝えると、獄寺もなんだかんだでスカルのことが気になっていたのか反対する意思は欠片もなかった。
二人にはあちら側のスカルの過去を事細かく伝えていた訳じゃなかったが、大まかではあったもののスカルの過去が壮絶なものだったことは伝わっている。
生きる気力を失うほど、悲惨で残酷だったことを。
この世界のスカルとは正反対とすらいえる程異なる性格に狼狽えはしたものの、奴の態度を先に見ていた二人は何となくではあったが納得している様子だった。
「笑わないんだ……ずっと、塞ぎこんでて……顔すらまともに見ることもないし……心配だなぁ」
声も、物音も立てない小さな身体は、何かの陰に怯えているように布団の中で震えているのだ。
俺もツナも奴の過去を知っている、知っているからこそ何も言えずに立ち尽くすしか出来ないでいた。
奴にとって俺達は第三者であり、赤の他人であり、部外者だ。
あちらの世界の事情に干渉することはあまりにも無責任で、手を出したところでスカルはそれを良しとはしない。
今以上に距離を作るのは得策ではないと、なるべくあちら側の話を避けて、日常的な会話をしようとツナが努力しているものの、平穏で一般的な日常を知らないスカルにとってそれは理解しかねるものだった。
そんな様子に誰よりも心を痛めていたツナが、夏休みを利用して現状を打破しようと画策する。
入江の方にも進行状況を定期的に確認しているが、今のところスカルが元の世界に戻る目途は立っていない。
そんな中ずっと塞ぎこんでいられるのも胸糞悪い俺は、ツナの提案には賛成したし、それが奴にとって悪いことではないと思っていた。
そんなことがあった今、大人数は流石に無理だろうからと、ツナ、獄寺、山本、炎真、俺だけで海に行くことになり、砂浜でパラソルを取りに行った山本を待っていた。
「スカル、何かかなり具合悪そうだけど大丈夫?」
ふいにツナがスカルの不調に気付いたのか声を掛けていて、俺はスカルの方に視線を移す。
額から垂れた汗が頬を伝い顎を濡らしながら、虚ろな瞳の奥でアメジストが濁っていた。
元々青白かった顔色が今では真っ赤に染まり、明らかに体内の熱を放散出来ていないことが分かる様子にツナも気付いたのか冷えたペットボトルを渡している。
スカルの目線は焦点が合っていないのか数秒泳いだが、ツナからペットボトルを受け取り覚束ない動作で開けては唇を濡らしていた。
スカルは周りをちらりと見ては眉を顰めてぽつりと小さな声で呟く。
「人……」
「え?」
「人が……多くて……」
それきり口を噤んで何も言おうとしなかったが、人混みを忌避していることだけは分かり、俺達は少し人混みから離れた遊泳可能ギリギリの場所まで移ることとなった。
山本がパラソルを肩に担ぎながら戻ってきて設置し始める様子を眺めながら、横目でスカルを見れば案の定奴の眉間に皺が刻まれている。
不機嫌、というよりも居心地が悪いという方が合っているように、足元へと視線を落としていた。
「ツナ、コイツは俺が見てるからおめーらはさっさと遊んでこい」
「え、でもリボーン…」
「いーから行け」
「う、うん…」
そう言って海へと歩いていくツナを見ながら、パラソルの陰に座り込む。
数十㎝離れた場所に座るスカルの背中は、暗い影を背負っているように見えては無意識に口から言葉が零れ落ちた。
「人が怖ぇか?」
お前を苦しめた不特定多数の周囲の人間が、今もまだお前を指差して嘲笑っては憎悪を、恐怖を、殺意を向けているように見えるのだろうか。
狂人スカルは死んで、お前はもう…ただの……スカルなんだろうが……
「あぁ…怖い」
静かに、そして小さく呟かれた言葉に、俺は何を思えば良かったんだ。
悲痛に塗れた残酷な感情に、俺は何を言えば良かったんだ。
ここはお前を傷付ける世界じゃあねえのに、お前は自分の殻に閉じこもってこの先もずっと逃げ続けるつもりなのか。
お前、本当に生きたいと……思ってんのか?
「お前はこれからどうやって生きるつもりだ」
背中越しからも息を飲んだのが伝わった。
返ってくる言葉はなく、波の音と子供の笑い声だけが辺りを包んでいく。
「なぁ、お前は……これからを生きる覚悟は……あるのか?」
生きるつもりなんて……本当はないんじゃないかと、思う時がある。
布団の中で震えるお前を見て、忌々しく玄関の先の世界を見ているお前に気付いて、過去に囚われたお前の声にならない悲鳴を聞いて、お前の生きる意味を探す自分がいた。
白蘭から聞いたこいつの過去からして、死ぬのが怖いなんて言うような奴じゃないことくらい分かっているからこそ、不可解に思ってしまった。
何の為にお前は生きてるんだ、と。
何度も死を望んだ先に生きろと望まれた哀れな野郎だと一蹴したくなった。
でも、出来なかったのは……アメジストの奥に宿した恐怖を垣間見てしまったから。
「何も………何も………したく、ない……」
何かに
生きることも、死ぬことも諦めたのならば、それは一体何なのか。
摩耗しきった心が何物にも響かぬというのなら、お前は既に死んでいたんだろうな……取り返しのつかなくなったその時に。
どれだけ大切な奴だとしても、どれだけ屑な奴だとしても、どれだけ興味のなかった奴だとしても…そこに私情を挟んだところで頭の隅では命の価値は皆すべて同等なのだと思っているからこそ、あちらの世界の俺を今更ながら恨めしく思う。
今まで俺が殺してきた命と、これから殺す命を天秤に掛けたとして、どちらにも傾くことはないだろう。
そして、目の前で紫色の髪を
何度もお前の心を殺しておきながらも、あちらの世界の俺にとってお前の命は須らく同等で、いっそ殺してやればと思った。
こいつを殺して、こいつへの罪悪感から解放されたと清々して、一生後悔しながら生きればいい、そうすればお前も
まあ口に出しては言わないが、少しだけ、ほんの少しだけ口から漏れそうになった悪意を飲み込み、吐き出そうとした言葉に自分で驚いた。
コイツに会う前の俺ならば絶対に考え付かないだろう、明確で醜悪な悪意に…薄ら寒いものを覚えながら、俺は辛うじて会話の終止符を絞り出す。
「………そうかよ」
狂気が移る、と一瞬だけ本気でそう思ってしまった。
あのアメジストは危険だと。
何気ない感情さえも、それに触れれば惹き付けられて、溺れていく。
そんな錯覚さえも覚える程、思考回路があらゆる感情で綯い交ぜにされたことが衝撃的だった。
ガリ、と小さく何かを引っ掻く音に我に返った俺は目の前の小さな背中に視線を向けて、音の出所に気付き眉を顰める。
爪を立てられているスカルの首は、あと数回引っ掻けば血が滲みそうなほど赤みを帯びているにも関わらず、未だ立てる爪を下げようとはしていない。
無自覚なのか、あれだけ掻けば逆に痛みが勝るはずで、これ以上見ているわけにもいかず少しばかり強い口調で声をかけた。
「おい、それ以上引っ掻くな」
ふと指が止まり、宙を彷徨った後ゆるりと腕を下ろした様子に安堵の息を漏らそうとしては、誤魔化すように舌打ちを吐き出した。
緩やかなさざ波とは裏腹に穏やかではない内心では、言い知れぬ激情が鳴りを潜めてはこちらの隙を伺っているような感覚に陥る。
コイツは俺の知っているスカルじゃない。
その事実だけが俺の中で渦巻くどす黒い感情への免罪符になっているような気がした。
コイツは俺の知っているスカルじゃない。
(だから、コイツに抱く罪悪感と、あちら側の俺に抱く殺意は仕方のないものだと―――――)
スカル:ニート、狂人()、敏感肌、SAN値チェックマン、精神汚染スキル()←New!
リボーン:セコム予備軍、SAN値チェックを成功して精神汚染になんとか耐えた、さすが原作ヒットマン。
第二の狂人が出来るところでしたね、危ない危ない。
次回予告?あれは嘘だ。
番外編はこれといってプロット組んでないのでその場の思いつきで書いてます(笑)
そろそろ展開進めようかと思います。
※先週は投稿出来ずすみません。
いや別にこの作品不定期ではあるんですけど、大体土日に書いて月曜に添削して投稿の流れだったんです(火~金の投稿は絶望的だと思ってくれていいです)。
でも先週の土日があんまり時間が作れなかったのと、急いで執筆したらひどい出来のものになって即ボツになってしまいました。
更新待っていた読者様には本当にすみません。