Skull   作:つな*

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風とスカルのとある日


番外編
skull 番外編1


呪いが解かれてから数か月経った頃、体が徐々に成長していることに気付いた俺は調理中の手を止め両手を眺める。

右手に持っていた子供用の包丁は購入当初はまだ上手く持つことが出来なかったのに、今じゃ取っ手のところに指が回っていた。

成長しているにはしているが、やはり自分のこととなると気付きにくいものなのかとまじまじと目の前の紅葉のような白い手の平を眺めていたら、背後でドサリと何かが地面に落ちた音がして俺は振り向く。

するとそこにはスーパーの袋から飛び出た野菜や肉などの食材が地面に散乱していて、それらの真ん中にこちらを凝視して呆然と固まる風がいた。

散らばる食材は先ほど冷蔵庫にないからといって風が買い足しに行ったもので、まさにこれから作るであろう料理のメイン食材だろう。

何故拾わないのだろうか、そう聞こうとした俺の言葉は風によって遮られた。

 

「な、何をしているのですか……?」

 

風の質問の意図が分からないまま、首を傾げながらこう述べる。

 

「切ろうと……して…」

 

キャベツを切ろうとして包丁をもったところで、自分の手が大きくなっていることに気付いた丁度同じタイミングで風が戻って来たんだが、何故入口で固まっているのか。

あ、キャベツがまな板から転がって流し台に落ちてた。

拾おうと動こうとすれば、風に包丁を持っている手を力強く握られ、俺は驚いて包丁を手放す。

すかさず落ちた包丁が地面に着く前にキャッチする風は、何かを言いあぐねている様で口を開いては閉じてを繰り返し、眉間に指を置き呆れたように溜息を吐き出した。

 

「私がやるので、あなたは横でやり方を見ていてくれませんか?」

 

遠回しにお前下手くそだから何もするなと言われてしまい、地味に傷付いた俺は風にまな板の場所を譲り、風の包丁さばきを眺めていた。

料理は得意と豪語するだけあって手際のいい風の包丁さばきは滑らかで、あっという間にキャベツが千切りにされていく。

千切りにされたキャベツをひき肉と混ぜ合わせる役目を任され、ニラを切り始める風の横でボウルに手を突っ込み捏ね始める俺は無心に作業していた。

何故俺がこんなことを……と、いつもならばインスタントで済ませる俺は事の始まりを思い出す。

 

 

 

いつもと変わらぬ惰性で生きる日々を謳歌するつもりだった俺は、最近学校が忙しくて訪問してこないユニにほくそ笑み誰もいない家の中を見渡していた。

ぐちぐち私生活にいちゃもんつける輩がいない今、俺はとても生き生きしながらキッチンへと向かう。

手を伸ばすはコンロの上にある棚で、棚を開ければ奥の奥に見えにくいが確かにあるカップ麺を取り出した。

不健康の象徴といわんばかりの添加物の多さを誇るメーカーのカップ麺は、その健康さを代償として万人受けする味を確保したであろう濃厚なスープを誇示している。

かやくを容器に入れ、沸かしたお湯を並々と入れていった。

キッチンにカップ麺を常にいくつか隠している俺は、まだ誰にも気付かれていないことに胸を撫で下ろしながら、一昨日から続けているラーメン生活を満喫する。

ふたをあければ湯気と共にスープの濃厚な香り、麺本来の何とも言えない慣れ親しんだ香りが俺の鼻を燻ぶる。

こういう不健康な生活ほど安心するのは何故だろうか。

いや、俺の場合は今までの自堕落な生活を邪魔……というか更生させようとしてくる幼女とか殺し屋とかが押し寄せてくることへの過度なストレスが、こういうところで爆発してジャンクフードに安らぎを感じるという事態にまで発展しているのだ。

まさに監獄に入れられた囚人たちの抑圧された状況下での楽しみが食事のみとなっていく状況とそう大して変わりはしないのだろう。

ただ俺が何故抵抗しないのかというと、それはひとえに生活費を全てボンゴレ企業が負担しているからである。

流石にヒモになってまで我儘を通すのはゲスいなと俺の道徳心に反した。

だからといって今は狂人スカルとやらの噂が消えるまで外出は控えなきゃいけないし、就職も出来ない…いやしたくないけれど。

強制ヒモにされている俺がやることと言えば、ゲーム・PC・テレビ・読書・敷地内の散歩のみである。

物凄く満ち足りているはずのこの状況だが、数々の訪問者で色々と台無しになっているのは言うまでもない。

過度なストレスは段々と相手への不信感を募らせ、次第に嫌悪と姿を変えていくのが自分の中でハッキリと気付いていた。

ユニは幼女だから許せるけれど、ツナ君はただのお人好しのお節介焼きってだけでグレーゾーンかなぁ………だがリボーンお前は許さん。

毎度毎度突撃訪問したかと思えば、いきなり中学校の教科書開いて勉強を教えるのはやめろ。

確かに俺は中退だけれど、別に学無しで困ったことはないし、これからも学を活かすことなんて有り得ないと思ってんだ。

俺は必ずここを抜け出して、誰もいないところでニートライフを築くと心に決めている。

勉強なんてくそくらえ、何でこの年になってまでやらなきゃいけねーんだよ、死ね。

ラーメンをずるずると啜っている俺は敷地内に誰かが入って来た報せを耳にする。

毎度ながらアポなしで訪問してくる輩が多すぎると文句を言ったところ、この家の半径2㎞以内に足を踏み入れた途端玄関から音がするように設定してもらった。

誰かが来たことが分かり、朝ご飯を取りに行ったポルポかもしれないと玄関のカメラを確認すると、赤い影が見えた。

すぐにそれが誰なのか分かった俺はラーメンを口にかき入れ、ゴミをまとめ、誰にも気付かれない為にダストシュートに投げ入れる。

ご飯も作らずラーメンばっか食べてたことがユニや綱吉君、リボーンの耳に入るとしこたま面倒なのだ。

ブレスケアも室内消臭も完璧な俺がカップ麺を食べていたことを知っている者はいない、と証拠隠滅にご満悦で玄関の鍵を閉めた。

そう、閉めたのだ。

 

「久しぶりです、スカル」

 

まぁ鍵があまり意味ないって分かってるけど、来るなという言外の意思表明はとても大切だと思っている。

にこやかに不法侵入してきたのは風は俺の背後から丁寧な物腰で挨拶をしてきたのだった。

訪問者の中で破壊行動を取らない、外出を強要しないという点ではかなりマシな方である風は、家に入るなりキョロキョロと辺りを見渡している。

 

「最近はどうですか?健やかに暮らせていますか?」

 

お前は俺の何なの?

風の言葉に何も返さない俺を横目にキッチンへと歩き出す風に、ラーメンのことで少しドキっとした俺は風の挙動を見守る。

 

「おや、スカル……食事をしている形跡が一つもありませんが、きちんと食べていますか?」

 

おっと、そこに気付いたか。

これならフェイクとして食器とかを流し台に置いといたり、ゴミ袋を出しておけばよかったかもしれない。

さっきダストシュートに生ごみ諸共入れてしまったからキッチンのゴミ箱の中身はすっからかんだ。

風の言葉に詰まっていると、風が(おもむろ)に冷蔵庫を開ける。

 

「ふむ、食材が足りませんね……買い足しにスーパーに行ってきますがあなたも一緒にどうですか?」

 

何をする気だお前。

俺の疑問に気付いたのか、風が普段の笑顔と共に言い放つ。

 

「食生活が杜撰(ずさん)過ぎるあなたに、料理を覚えてもらおうと思いまして」

 

外出を頑なに拒んだ俺に諦めた風は買い出しにいくからその間キャベツを切っていて欲しいとだけ言い残して出て行き、俺は冒頭へと戻る。

包丁を取られてしまった俺が無心でひき肉とその他の色々な食材を混ぜて捏ねていると、風が次はこれに包み込みますといって白い円形の薄っぺらい皮を取り出してきた。

そこで俺は漸く風が何を作りたかったのかに気付く。

 

餃子(ジャオズ)です、食べたことはありますか?」

 

風の言葉にあると言おうとして止めた。

そういえば生まれ変わって一度も食べてないな………

もう何十年も食べてないからどんな味だったか忘れちゃったし、これはノーカンでいいだろ。

自己完結した俺は首を横に振っては、無いと意思表示をした。

そうですかと返って来た後、風から餃子の皮を渡されて巻き方を教わり、数十分の奮闘の末無事餃子を作ることが出来た俺は、それらを皿に盛り付けている風を横目に水を飲みながらリビングのソファに座り込む。

作ったはいいが先ほどカップラーメンを食べた俺は正直お腹が空いていない。

どうしようかなぁと考えているとリビングのテーブルに風が姿を見せ、皿を並べていくごとに鼻を掠めるにんにくの匂いに胃もたれを起こしそうになった。

そろそろポルポ帰ってきてくれないかなぁ………

 

「餃子と、残りもので作った肉野菜炒めです」

 

出された料理は店に出してもいいレベルの見た目で、本当にコイツは料理が得意なんだなと思い直しながら目の前に出された料理に口を噤む。

お腹が減っていないどころか満腹な俺は一体どうすればいいのか分からず、白米を出してきた風に今度こそ泣きたくなった。

 

「これは白米といって、日本で主食として食べられているんですが最近の私のブームなんです」

 

悠々と目の前に座り茶碗を片手に大量にある餃子と野菜炒めに手を伸ばす風を見ながら、俺は茶碗に盛られている白米とその横に鎮座するフォークとスプーンを見つめる。

俺がイタリア人であることを配慮して置かれているであろうそれらに風の気遣いが見え隠れするが、俺はどっちかっていうと箸の方が使い方は上手だと思う。

まぁ箸持って来いと言いづらかったのでそのままフォークを餃子に突き刺し、自分の白米の上に置く。

先ほどから餃子の食べ方をレクチャーしてくれている風の行動を反復するように、小皿に入っている餃子のタレをつけ口の中に放り込む。

普通に美味しかった。

っていうか餃子ってこんな味だっけ?

餃子の皮を歯で噛みちぎると溢れ出る肉汁とにんにくの香ばしさ、ほのかなニラの味がキャベツと肉の食感と共に口の中に広がっていく。

多分満腹でなければ二人分くらいペロリだと思う程度には美味しくて、それが顔に出ていたのか目の前の風が破顔していた。

 

「あなたの舌に合ったようで何よりです」

 

んー、これは美味しく頂いてしまったのは失敗だったかもしれない。

これで美味しくなかったから食べない、という手段は使えなくなったわけだが、俺はこれ以上入らない。

吐く覚悟で全部食べるべきだろうかと、ちびちびと時間をかけながら餃子を食べ進めていった俺は案の定というかなんというか…餃子4つ目に突入する頃にはフォークがピクリとも動かなくなった。

あれだ、お腹一杯過ぎて最早気持ち悪いレベルだ。

4つ目の餃子を気合で口の中に放り投げたが、噛む気力がなく口の中でもごもごしている俺に気付いたのか風が喋りかけてきた。

 

「スカル、大丈夫ですか?顔色が優れないようですが………」

 

口の中のものを半ば無理やり飲み込んだ俺は目を泳がせながらも正直に風に告げた。

 

「お、お腹が……いっぱいで……これ以上は……」

「え、ですがあなた全然食べてませんよ?」

「……えっと………」

 

ハイソウデスヨネ。

だって白米なんて三口で終わってますからね!

ででででででも、入らないのは入らないんだもん。

 

「スカル……まさか……」

 

風が次の言葉を告げようとした時、俺の胃袋が限界だったのか内容物がせり上がってくる感覚に血の気がサッと引いたのが分かった。

このままリバースしようと考えたけど、流石に食べ物の目の前では失礼すぎると思った俺は両手で口を塞ぐ。

俺の異常事態に困惑の色を隠せない風が立ち上がり、こちらへ手を伸ばしては名前を呼んでいる。

 

「スカル!どこか具合が悪いんですか!?」

 

背中を丸めてせり上がる内容物を食道で感じながらえずく俺の背中に風の手が被さる。

吐き気を催していると気付いた風がビニール袋を持ってきては俺の目の前に持ってきてくれたので、それに甘えてそのまま袋にリバースしようと思ったその時、俺は思い出した。

 

これ、ラーメンも一緒にリバースする感じ?

 

あ、アカン。

ラーメン食ったことバレる。

リバースするつもりで開いた口を即座に閉じ、喉元に溜まる胃酸臭に生理的な涙がじわりと目尻を濡らした。

我慢せず吐けと背中を(さす)ってくる風の追撃に、これもう無理とその場を勢いよく立ち上がりトイレへ駆けこんだ俺はトイレの鍵を掛け便器に向かって勢いよくリバースする。

トイレの向こうで風の声がするが、俺は落ち着くまで便器に手を付けえずいていた。

すっぱい匂いでさらに気持ち悪くなるというループに陥ってから数十分、漸く吐き気が治まり思考が冴えてくる。

便器の中には案の定先ほど食べていた餃子とラーメンの残骸があり、あの場面で吐かずに良かったと安堵しながら水を流した。

個室の中についている手洗いで口の中を(ゆす)ぎ、手を石鹸で洗い流しトイレの鍵を解き外に出る。

外では風が待っていて、出てきた俺に心配そうに駆け寄っては額へと手を伸ばす。

 

「熱は、ないですね……気分が優れませんでしたか?」

 

本気で気遣ってくれている風に、悪いことしたなと思い目を伏せながら首を横に振った。

水で濡れた口元を服の袖で吹きながら、体調が悪いわけではないことは弁明する。

 

「気分は…悪くない……」

「舌に合いませんでしたか?」

「ちがっ……美味しかった………けど、」

「…けど…?」

「お、お腹…一杯で………もう、入らなくて………ごめん…なさい…」

 

折角作ってくれたのに本人の前でえずいて挙句の果てに吐くって中々ひどいよな。

これ以上口を開けば胃酸臭でまた気持ち悪くなりそうだったので、口を(つぐ)み目を伏せながら生理的に溢れた涙と鼻水を拭おうと、口元を拭っていた袖を移動させ目元へ袖を押し付け鼻を啜った。

 

「無理をする必要はありませんよ、私も少し急かしました…すみません」

 

何故か謝る風に申し訳なさが残りながらも、そのまま寝室で休むことになった。

暴飲暴食の、いわゆる食あたりなので寝れば消化されてほぼ体調が治るであろう俺は、片付けは私がしますと告げた風に甘えてそのままベッドで眠ることにする。

吐いたりえずいたりした所為で体力を使った俺は気怠い体を丸めて毛布を肩まで被せては瞼をゆっくりと閉じた。

 

 

あれだ、ラーメンは暫く控えよう。

 

 

トイレの便器の中に浮かぶ消化し切れていない麺の残骸を思い出しては、暫くラーメンは食べれないなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風side

 

 

代理戦争から数か月、私は己の成長を感じながら修行を怠らず過ごしていた。

そんな中、私の罪であり咎であるスカルの様子が気になり数週間ぶりにイタリアへ足を運んだ。

ボンゴレの私有地である彼の家に訪れると鍵が掛かっていて、私は二階の窓を見て鍵が掛けられていないことに気付くとそちらから中へと入った。

リボーンならばピッキングで入るが生憎私にその技術はなく、窓から入り一回の玄関に立っていたスカルへと声を掛ける。

 

「久しぶりです、スカル」

 

眉を顰めるスカルに挨拶を告げながらも周りを見渡す。

最初に目に入ったキッチンに、私は違和感を覚えた。

 

「おや、スカル……食事をしている形跡が一つもありませんが、きちんと食べていますか?」

 

そう、食事した形跡が全くなかったのだ。

ゴミすらもない、食器すらも洗し台にない、キッチンのコンロは普段使用していないことが分かる程綺麗なままだ。

恐らくユニが来た時使うくらいだろうそのキッチンから生活感が見当たらず、私はスカルの食生活が気になった。

使われないキッチンで何を言うでもなく冷蔵庫を開ければ、中には空ではないものの食材がほぼない。

そんな中、存在を主張しているキャベツに目がいきある提案を思いついた。

だが…それをするには食材が足りなかったので私はスカルへ話しかける。

 

「ふむ、食材が足りませんね……買い足しにスーパーに行ってきますがあなたも一緒にどうですか?」

 

スカルの顔を見ればこちらを覗っている様子で、私は思いついた提案とやらを教えた。

 

「食生活が杜撰(ずさん)過ぎるあなたに、料理を覚えてもらおうと思いまして」

 

独り暮らしなのだから最低限の食生活は確保しなければと思った私の提案に案の定というかなんというか、スカルは少し不機嫌になりながらも無言でこちらを見ていた。

買い出しに誘ったが頑なに拒んでいたので、キャベツだけでも千切りにして欲しいとだけ言い残して彼の家を出た。

買い出しの道中、私はスカルのことを思い出す。

 

この数か月で彼の本性、というよりも本来の彼の性格がなんとなく分かって来た。

すぐにわかったことと言えば、彼はとても感情が顔に出やすいということだ。

嫌なことがあれば顔を(しか)め、驚いた時は目を丸くさせ、苛立った時は眉に(しわ)を作る。

特にリボーンが顔を出せば露骨に怯えたり怖がったり、挙句の果てには無表情になったりと、内心がダイレクトに伝わってくるお陰か、リボーンがその度ショックを受けていたりする。

しかし、恐怖は彼が初めて取り戻した感情の一つだ。

恐怖は人が生きて行く為に必要な自己防衛本能の一種であり、彼にとって恐怖はまさしく狂気を押し付けた周りの人々へ向いている。

それは、彼が狂人になりたくないという意志から来たものであり、今まさに自我を確立している最中という証拠だ。

その感情はまさしく彼を人間たらしめる為に必要不可欠なものだった。

だからこそマイナスであれど感情を抱きそれを表に出すことが今のスカルにとって一番重要であり、私たちはそれを受け入れ導かねばならない。

ただ少しばかりの懸念事項といえば、彼が嬉しかったり、楽しかったり、面白かったりとプラスな感情を顔に出すことがないことだ。

それは(ひとえ)に彼がまだその感情を知らないだけか、それらを感じることが出来ないかだ。

まだスカルが笑った顔を誰も見ていない。

直ぐに笑える程精神的に安定するとは思っていないけれど、本人が人との関わりを極端に嫌がるのもまた事実で、病院にすら行こうとしないのが現状だ。

精神科に見せようと提案はすれど家から出たがらず、無理強いをしようとすれば激しく抵抗する。

しまいには古代生物を盾にしようとして皆慌てて手を引いて事なきをえたが、本人は外へ出ることに並みならぬ忌避感を覚えているのは間違いない。

彼にとって外は地獄、か。

ただ、ひたすら籠っていて傷が癒えるかと言われれば限りなく可能性は低い。

出来るだけ多くの人と関わって欲しいが、急いては事を仕損じるだけだ。

スカルを信じ彼の側に寄り添うことが一番の近道なのかもしれない。

 

 

 

それが私の独りよがりであることに気付くのはすぐだった。

 

 

 

玄関を開きキッチンへと足を入れた私の目の前には、包丁を手首に添えて今にも切ろうとしていたスカルの姿があった。

視線は揺るぎなくか細い手首へと向けられている。

思わず手に込めていた力が緩み、重くなった買い物袋が床に落ちる大きな音が鳴り響く。

 

「な、何をしているのですか……?」

 

喉が渇いたように引き()り、上擦った声が出てしまうのにも構わず私は彼に向ってそう問いかけた。

今すぐ叫びをあげようとする心臓を抑え口を噤みながら目の前の紫色の瞳を捉える。

紫色の瞳を丸くしながら当たり前のように、そしてそれが不思議でならないような素振りで彼は答えた。

 

「切ろうと……して…」

 

掠れた小さな声は確かにそう呟いたにも関わらず、まな板にの上には何もありはしなかった。

何を切ろうとしたのか、私の中で直ぐに浮かんだのは彼の細く青白い腕に青々と透き通る血管だったのは仕方ないことだったのかもしれない。

彼が僅かに動いたその瞬間に包丁を持っていた彼の手を握りしめると、彼が肩を盛大に跳ね上げ包丁を手から落とした。

すかさずそれを拾い上げると共に、視界の端に洗面台に転がる野菜が入り、彼の言葉が脳裏を反芻(はんすう)する。

キャベツを、切ろうとしていた………だけなのか?

心臓が竦み上がったあの光景は見間違いだったとでもいうのか。

そんなはずがない、あれは確かに切り掛からんばかりの勢いだったのだ。

 

無意識…なのだとしたら………

 

予想外の事態にどう対処していいのか分からず深呼吸をして、スカルを包丁から遠ざけた。

横目で彼を見やれば、彼は何事もなかったように私の手元を見ていて、私は背中に嫌な汗が流れたのを感じながら笑みを作る。

 

「私がやるので、あなたは横でやり方を見ていてくれませんか?」

 

素直に頷く彼の側で野菜を次々に切っていきながらも、途中途中で料理の過程を手伝ってもらう。

これから作るのは餃子だが、スカルはそれを知っているだろうかという疑問がふいに浮かび、そのまま質問してみればスカルは首を横に振る。

餃子の皮に具を詰めていく手作業はぎこちないながらも確かに一生懸命に取り組んでいて、先ほどの光景がまるで嘘のようだった。

不格好な餃子を蒸す間に私は野菜炒めを作り出し、スカルにはリビングで待つよう言い渡せば彼は素直にソファに座る。

考え事をしているのかぼうっとしているスカルへ盛り付けを終えた皿を次々と出していく。

二人分には少し多いので、残ったものはタッパーなどに入れて後日食べるよう告げながら、炊きあがったばかりの白米を同時に出した。

恐らくユニが買って来ては置かれたままだったであろう白米は、高級そうなパッケージに見合うほど見栄えが良かった。

 

「これは白米といって、日本で主食として食べられているんですが最近の私のブームなんです」 

 

そういいながら餃子と白米を口に含み咀嚼(そしゃく)する。

我ながら美味しいなと思いながらスカルの方を見れば、私の行動を真似て餃子と白米を口にし分かりにくいながらも目を輝かせた。

やはり彼は感情が顔に出やすい。

私は思わず笑みが零れ、また餃子を作ってあげようと思った。

 

 

ああ、早く彼が笑顔になってくれれば——————————…

 

 

 

そんなことを思っていた私は、彼の表面に自己満足していただけに過ぎなかったのだと、直ぐに突き付けられることになった。

 

スカルが4つ目の餃子を口に入れた時に、その変化に気付いた。

輝いていたはずの瞳は濁りを見せ、額には僅かに汗が滲んでいることに気付いた私は口の中のものを飲み込み声を掛けた。

 

「スカル、大丈夫ですか?顔色が優れないようですが………」

 

スカルの喉元が一際大きく動き、飲み込んだ音と共に眉を(しか)めた彼は狼狽えたように口を小さく開く。

 

「お、お腹が……いっぱいで……これ以上は……」

「え、ですがあなた全然食べてませんよ?」

「……えっと………」

 

満腹だと彼は言うが、正直彼が食べたのは雀の涙ほどの量だけだ。

外食を行った様子も、内食していた様子もなかった彼が、これだけしか食べずに満腹を訴えた。

味が嫌いというわけではなさそうだったので、残るは体調面だろうかと思いついた私は彼に話しかける。

 

「スカル……まさか……」

 

その時だった。

スカルの顔から一気に血の気が引き、青白い顔のまま両手で口を塞いだのだ。

震える背中を丸めて何かを堪える様子に、えずいていると気付いた私はすぐさまキッチンからビニール袋を持っては彼の口元を前に広げたが、一向に彼は吐きたがらず何故我慢しているのか分からず背中を摩る。

するとスカルは勢いよく立ち上がり、トイレまで駆け込み鍵を掛けた。

 

「スカル、大丈夫ですか!?」

 

鍵が掛かっていて中に入ることが出来ない私は、壁越しに聞こえる苦し気なうめき声をただひたすら耳にしていた。

鼻を掠める胃酸の酸っぱい匂いに眉を顰めながら、壁の外から絶え間なく声を掛け続けるがその声に返される言葉はありはしない。

返事のない向こう側へと募る焦りは徐々に不安に変わり、私は拳を握りしめる。

今にもこの壁を蹴破って彼の震える背中を摩れば、胸の内に巣食う有耶無耶は晴れるだろうか。

 

ああ、きっとそれすらも私のエゴなのかもしれない………

 

数十分ほど待っていると、ゆるりと鍵が開きトイレの扉が音を立てて開かれた。

中から顔色が幾分かマシになったスカルが顔を出しこちらの様子を伺っているようだった。

そんな彼の額に私は手を伸ばし熱の有無を確かめる。

 

「熱は、ないですね……気分が優れませんでしたか?」

 

体温はほぼ平常だが、どこか具合が悪いのかもしれないと聞けど彼は首を横に振るだけだ。

 

「気分は…悪くない……」

「舌に合いませんでしたか?」

「ちがっ……美味しかった………けど、」

「…けど…?」

 

焦ったような、それでいて戸惑ったような彼の紫色の瞳には、疲労を隠しきれず頬を伝う額の汗と共に私を映し出す。

(おもむろ)にスカルが袖で彼自身の瞳を隠し遅緩(ちかん)な動作のまま汗を拭う中、ふるりと瞼が瞬きをしてまつ毛に溜まっていた極僅かな水溜まりが弾けた。

そして彼は目を伏せたまま、口を数度開閉した後喉から絞ったような声を零す。

 

 

「お、お腹…一杯で………もう、入らなくて………ごめん…なさい…」

 

 

鼻を啜る音が遠くに聞こえる中、その言葉と心臓が竦み上がったあの光景が脳裏で反芻(はんすう)した。

無意識で手首に向けられたナイフ、自殺願望、不安定な精神、無意識的な拒食、(しばら)く使われた形跡のないキッチン……

きっと今日だけではなかったはずだ。

変化を望む顕在意識に潜在意識がまだ追いついていないだけだと……そう思いたい。

表情を取り繕った私は、掠れた声で謝る彼に優しく言い聞かせる。

 

「無理をする必要はありませんよ、私も少し急かしました…すみません」

 

 

ダメだ、受け入れろ………受け入れるんだ…

 

 

これが私の罪なのだから。

 

 

彼の目尻に残った涙の跡を眺めながら、心に燻ぶる有耶無耶が色濃く鎮座したような…気持ち悪さだけが私に残った。

 

 

 




スカル:ラーメンと餃子をリバース、食あたりでダウン、起きたら元通りになる、拒食症()←NEW!

風:SAN値が削れた番外編被害者第一号、拒食症疑惑をリボーン達に報告しSAN値チェック拡散。

番外編が穏やかにいくと…いつから錯覚していた?(CV速水)



蛇足↓
今回の話をTRPG風にSAN値チェックシーンだけ抜粋して描いた漫画があったんですが、内容分からない人もいると思うので、画像一覧に貼るだけにしときます。

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