Skull   作:つな*

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俺は恐ろしかった


skullの本心

りんごの甘さと酸味、そしてパイ生地の食感を味わう中、アップルパイの入っていたパッケージを見つめる。

店の名前はなく、どこかの雑貨店で買えるであろう代物だということがパッと見で分かるそれは、今自身が口にしているアップルパイが手作りであることを意味していた。

身振り手振りで表現するほど美味しいというわけではないこのアップルパイだが、なかなかどうしてフォークが伸びてしまう。

キャラメル色のパイ生地は光沢を帯び、熱されたリンゴの黄色がパイ生地の間から見え隠れしているそれは少しばかり冷めているものの、僅かに温かさを帯びていて焼き立てだと分かった。

料理を得意としているわけではない自身の作る料理はどれも質素で、お世辞にも美味しいと言えるものではないことを自覚しているので、美味しいと素直に喜べる食べ物は久しぶりだったような気がした。

アップルパイのパッケージには手紙とまではいかない小さなメモ程度の紙が貼られていて、アップルパイの保存方法と期間が書かれていることに、差出人の気遣いが表れている。

最後に買い出しをしたのが一週間前とあって冷蔵庫は空っぽで、アップルパイを箱ごと入れるスペースがあったのを考えて、食べきれない分をパッケージへと戻した。

その際、仕舞ったまま忘れぬようパッケージに付いていたメモを冷蔵庫の扉に貼る。

翌日の朝、冷蔵庫に入れていたアップルパイを取り出し一切れだけ皿に装い口へ運ぶと、焼き立ての時とは異なり抑えられた甘さが口に広がった。

まだ半分以上あったなとは思ったけれどこれ以上甘いものを食べる気分にもなれず、少しずつ食べることにする。

その夜冷蔵庫を開けてみれば存在を主張していたハズのパッケージの姿はなく、首を傾げながらキッチンを見渡すと、ペットの口元からアップルパイの甘ったるい匂いがするではないか。

折角のおやつが…と落胆しながら名残惜しそうに別のおやつへと手を伸ばした。

 

数日後、仕事の都合で隣町へ訪れた時に鼻につく香ばしい匂いに足を止め、辺りを見渡す。

視界の端にはケーキ屋さんがあり、懐かしい匂いにその店へと入れば案の定アップルパイが陳列していた。

ペットが食べてしまったアップルパイを思い出し店員にアップルパイを数切れ注文すると、店員は一切れずつ切られたパイをパッケージに詰め、レジへと誘導する。

財布の中にある数枚のコインと引き換えに得た香ばしいアップルパイを腕の中に納め、ご満悦で帰路に着いた。

自宅に着けば早速と言わんばかりにフォークでつついたパイを口の中へ放れば、焼き立ての熱さと甘さが口の中に広がり、グラスに並々と注がれた水を飲み込む。

予想通りの美味しさに満足するが、何故か今一つ物足りない。

手作りと店で売られるものの違いだろうか…と首を傾げるも、冷蔵庫で冷ました後のパイも物足りなかった。

はて、過去の記憶は美化すると聞いたがまさにそれが原因だろうかと自己完結し、それ以来アップルパイを買うことはなくなった。

人並みに料理の知識があるかと言われればないと答えるのは、知ったところで覚えることが出来ない以前に覚える気すらないからだ。

 

にも関わらずアップルパイの保存方法と期間だけきちんと覚えているのは、きっと冷蔵庫の扉にマグネットで貼られているメモ用紙が、外されるのを忘れられてポツリとまだそこに在るからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生暖かい風が頬に(かす)め、前髪が後ろへと流れ額が露わになったのをぼんやりと感じた。

全身の感覚が覚束(おぼつか)なくて、長く眠っていた後の気怠さが覆いかぶさるように重く感じる瞼を通して

太陽を直視したような眩しい光が瞳へと差し込み眉を(しか)める。

うっすらと瞼を開ければ、辺り一面の眩いオレンジ色の光が視界一杯に映った。

驚くのも束の間、驚愕で眠気が冷めつつあった脳が危険信号を送るように頭と心臓に激痛を流し込み、俺は声にならない悲鳴を上げる。

そこで漸く額を流れる何かに気付き痺れる感覚の残る腕を動かし額を指でなぞれば、案の定赤い色がべっとりと付いている自分の指の腹に何とも言えぬ恐怖を抱く。

二日酔いさながらの頭痛を堪えながら心臓の場所へと手を伸ばせば、そこにはぽっかりと穴が一つ。

穴が……一つ。

 

 

 

あ、コレ死んだわ。

 

 

熱風に包まれた俺はそう悟ってしまった。

え、まずこんなにポッカリ空いときながら何で生きてんの?何で意識あんの?

俺の生命力に脱帽通り越してもう怖さしかねぇよ。

痛いまま死にたくないし、そのままスヤアって逝きたかった。

口の中に溜まる血で咳込み、地面が赤一面で覆われる光景に本格的に泣きたくなった。

痛いし怖いし苦しいし、なにこれ辛い。

痛みで眠れなくてこのまま苦しみながら死んで逝くのかと思うともうガクブル状態で、膝が笑い過ぎて立てない。

頭の痛みが吹っ飛んだ今とにかく心臓が痛い。

意識がこんだけハッキリしてるってことはもう少し起きたまま痛みに堪えなきゃいけないわけで……いっそ殺せよ。

あ、ポルポ……ポルポどこ。

頭のおかしなアルコバレーノ達にリンチされてたらどうしよう。

最期まで一緒にいてくれるって言ったのに、どこ行ってんのアイツ…

目に血が入って前が良く見えない。

あ、風が止んだ…

 

風に(なび)いていた前髪が額に降りてくると共に、何度か瞬きをしてると目の中に入ってしまっていた血がとれて視界が露わになっていく。

激痛に顔を歪ませながら仰向けで横たわる体を回し、うつ伏せの状態で肘を地面に着け上体を少しだけ持ちあげれば視線を前へと移した。

そこには抉られた地面と焼き尽くされた木々しかなく、一瞬にして思考が固まる。

そんな中で視界の端に黒い影が見え、目を凝らした俺は痛みも忘れて声を零す。

 

「ポ………ルポ……」

 

 

くたびれたように横たえ、黒い墨が辺り一面に血のように飛び散っていて、少し離れた場所に人の影があった。

人の影はまさしく先ほどポルポが戦っていた奴等で、俺を殺そうと活気になっていた殺人集団だ。

悲惨な光景に言葉を失った俺に湧き上がったのは恐怖と怒り、悔しさだった。

ポルポが死んだかもしれないという恐怖と、ポルポを傷付けたあいつらへの怒りと、何も出来ずに死ぬかもしれない自分への悔しさが入り乱れる中、鮮血で潤う喉を鳴らしながら震える指で拳を握り締める。

小さく咳き込んだ拍子に地面に零れ落ちる赤と、ゴトリと何かが地面へと落ちる音を聞き、腰に引っ掛かる感覚に視線をズらせば視界の端に映るのは黒光りしている金属光沢だった。

社長から渡された時は絶対に今後使う機会はないと思っていたお陰で何年も手入れをしていないソレは、正しく発砲出来るかなんて不確かだったけれど、もう天国への片道切符を渡された俺に怖いものはないと数十年前に握って以来触らなかった拳銃へと指を伸ばす。

ポルポから離れろと叫ぼうとしたが、口から洩れた声は喉からせり上がって吐き出された血で掻き消された。

流石にこの体勢で撃てないと思った俺は、地面に着けた手と震える膝を曲げながらふらりと起き上がる。

心臓から血が流れ出て全身から力が抜けていくような感覚に歯を食いしばり、絶え間なく血が流れる心臓を左手で押さえながら、ぼやけた視界で一番嫌いな人影を捉えた俺は銃の照準をそいつへと絞った。

ハッキリ言って初心者な俺の射撃センスは底辺で、当たる確率なんて何万分の一以下であることは分かり切っているし、仮に当たっても達成感や爽快感よりも罪悪感が上回ることくらい分かっているけれど、何か一つでも報いることが出来るならば………俺はきっと後悔することなく死ねると思ったんだ。

 

 

 

 

未だ立ち上がった俺に気付いていないあいつに向かって、俺は引き金を迷いなく引いた。

 

 

 

 

 

 

リボーンside

 

 

ツナのXXBURNER(ダブルイクスバーナー)が周りの森林を一掃し、その場を中心に暴風が荒れ狂った。

近くにいたアルコバレーノを横目で確認すれば各々衝撃波を凌いでいて、奥にいた風がユニを庇っているのが分かり一先ず味方への被害がないことに視線をツナのXXBURNER(ダブルイクスバーナー)へと戻す。

段々と威力が収まり死ぬ気の炎が鎮火していけば、ツナの目の前数m先に古代生物が横たわっていた。

あれを正面から喰らって尚まだ息があるのか巨体が上下に揺れていて、腹部に走る痛みに途切れそうになる警戒をその巨体へと向ける。

右手に拳銃を構えたまま、肩で息をしているツナの隣を通り過ぎ古代生物の息の根を止めようと引き金を引こうとした瞬間だった。

 

一発の発砲音と右腕に伝わる衝撃に目を見開き、自身の腕から飛び散る血飛沫と同時に激痛がこの身を襲う。

すぐさま銃で撃たれたことを理解した俺は、衝撃で右手から離れ地面に落ちた銃に目もくれず、発砲源へと視線を移せば驚愕を露わにした。

 

「あれで……生きてたのか!?」

 

俺の視界の先には、表情が見えぬほど夥しい量の血を額から流し紫色の髪を所々赤く染めながら左手で心臓を抑えているスカルの姿があった。

あの傷と出血量で死んでいないことに、チェッカーフェイスの半不死性という言葉を思い出しては口の中に広がる鉄の味を飲み込んだ。

いつ死んでも可笑しくない重症でこちらを見据えている奴の姿に、俺の側にいたツナが俺を庇うように目の前に出てきて、俺は驚くと共にスカルの指が僅かに動いたのを視認してツナをどけようと手を伸ばした。

 

刹那、その場に声が木霊(こだま)す。

 

 

「やめてスカル!」

 

 

ツナへと血まみれの腕を伸ばそうとした俺は、予想に反して聞こえた哀愁を覚えるその声にまず思い至ったのが幻聴だった。

声のする方へと目線をズラせば幻覚を疑う光景がそこにあったのだ。

俺よりも背丈の少し低い白い影がツナと俺の前に両手を広げて立ちはだかり、ネイビーの後ろ髪を揺らす。

 

 

俺は一度たりとも 忘れたことはなかった 

 

 

その大空のように広く温かな背中を

 

 

「ルー…………チェ……」

 

 

 

俺の零した名前に他のアルコバレーノ達がその名前を呟きだしたのを聞き、あれが俺の幻覚ではないことを理解し困惑する。

死んだハズの人間が目の前にいる現実に、問いただすべき言葉が見つからず喉を血生臭い吐息だけが通る。

動揺している俺の隣でツナがユニと呟いていて、俺は違うと零した。

 

「ユニじゃねぇ……あれはルーチェだ」

「ルーチェ?ユニのおばあさん…?その人は死んだハズじゃ……」

「ああ、ルーチェは死んだ………はずだ」

「ほ、本当は生きてたってことなのか!?」

 

違う、あの時ルーチェの亡骸を俺達はこの目に刻んだ。

あの花を胸に抱きながら安らかに眠った亡骸を、俺は一度たりとも忘れたことはない。

けれど、目の前の光景に僅かな期待を持ってしまった俺はツナの言葉に返すことが出来ずにいた。

俺はユニのいた場所へと視線を向けるが、風だけが呆然とそこに佇んでいるのが視界に映り、ユニを探そうと忙しなく視線を動かしているとふいにルーチェが歩き出した。

その場にいた誰もがルーチェへと視線を定めては唾を飲む中、俺はルーチェの向かう先を見て言葉を失う。

 

 

血まみれで表情が読めないはずのスカルの顔が………確かに恐怖で満ちていた。

 

 

 

 

 

 

ルーチェside

 

 

おしゃぶりに宿る私の残留思念が意思を持ったのは、娘の死を見届けた時からだった。

私の一族の宿命とすらいえる短命の呪いは娘を殺し、孫をも縛り付け、悲しい連鎖を延々と連ねていった。

何故私という残留思念が意思を持ったのかは分からないけれども、これも運命(さだめ)なのだと自分に言い聞かせ、アルコバレーノの生末をおしゃぶりを通して見守ることにしたのだ。

けれど、あの子の話を聞けば聞く程私の中に渦巻く言い知れぬ激情が沸き上がってしまう。

最期に垣間見たあの子の愛を知りながら祈ることしか出来ずに死んでしまった私の(とが)とでもいうように、あの子は今も尚苦しみ誰にも手を伸ばせず悪名だけを皆の心に残していく。

私が導かねばいけなかった……いけなかったハズなのに、彼の心を荒らしたまま私は彼を置いて逝ってしまった。

リボーンがあの子を忌み嫌っている姿に胸を痛ませながら、あの子の無事を祈ることしか出来ない自身の無力に嘆くばかりで、私の思念が現おしゃぶりの所有者であるユニへと流れ、ユニを不安にさせていることさえ気付かなかったのだ。

スカルの故郷へと足を運ぶ頃には私は気が気でなく、彼の過去を耳にした時は思わず涙した。

そしてクロユリを叩き落としたあの時の彼の心情を今になって漸く理解したのだ。

怖かったに違いない……辛かったに違いない……

村人から指を指され罵られ貶され傷付いた心の傷はそう容易く癒せるものではない。

村から逃げた彼が殺しへと手を染め、マフィアに関わり、裏世界で悪へと昇華したのはきっと私たちのせいだ。

あの子の本質を誰も見つることが出来ず、ただ狂った偶像を押し付け、助けを求めることすら知らぬ幼い子供に呪いを植え付けた。

きっと、きっと…愛などあの子にとって恐怖以外の何物にもなりはしないのだ。

触れたことすらない愛を彼に教え導こうとしたのは私のエゴで、彼がさらにもがき苦しむことなど容易に想像出来ておきながら愛を願って欲しいと中途半端に彼に情を与え置いて逝った。

私が死んでから20年以上…彼はずっとずっと、私の植え付けてしまった愛という名の呪いに苦しみ生きてきたのだ。

ああ、私の罪は一人の子供の狂った人生をさらに修羅の道へと落としたことだ。

自分だけ救われ、満たされた死を迎えるなど………なんて浅ましく愚かだっただろう…

それでも…自由()を願うあの子を救いたいなどと……

 

愛しいのだ 愛しいのだ 愛を知らぬ哀れなあの子が

 

どれほど身勝手なことかは理解していても、周りが彼という哀れな()()を理解してくれるのは今しかないと分かっているからこそ、私はあの子をこの世に繋ぎ止めたいと思うのだ。

だから、あの子が横たえる未来を垣間見た私はユニの体を借りてまで手を伸ばした。

 

死んでいい人などいない 死んでよかった命などないのだ

 

限界の近づく幼い体を酷使してまで森を走り続けた私に待っていたのは残酷な現実だけだった。

目の前で鮮血が飛び散る中、私の中で今までの思考が走馬灯のように脳裏を過ぎる。

今にも消えそうな命に、あるはずのない心臓が打ち震え涙が零れた。

 

 

「ユニ‼」

 

 

側から聞こえる張り上げた声に我に返ると、コロネロが私を抱き上げその場から離れる。

咄嗟のことに反応出来なかった私は、視界の端に映る横たえたあの子に手を伸ばすも虚しく空を切った。

風の隣へと連れて来られた私を置いて前線に戻ったコロネロに、すぐさま立ち上がろうとした私は側にいた風に押さえ付けられる。

 

「だめですユニ!危険だ!」

「あ………」

 

風の言葉に口から零れるのは私の言葉ではなく、ユニの恐怖に震えあがった悲鳴にもならない呟きだった。

どれだけ私の意志が強くてもこの身体はユニのものであり、ユニの意識はそのままなのだ。

まだ幼いユニにこの惨状は酷で、心を壊してしまうと気付いた私はこれ以上この子の体を身勝手に使うことはいけないと無意識に駆け出そうとする自身に言い聞かせた。

目の前の戦いよりも、その奥で横たえる血まみれのあの子が視界に映る度に、心臓が押し付けられるように苦しくなる。

今すぐにでも駆け付けて、抱きしめて、泣き出したかった。

 

「……ルーチェ、おばあさん……なのですね」

 

ふいにユニが口を開き、私の名前を呟く。

 

「ずっと……ずっと………スカルを助けようと…叫んで、いたのは………あなただったんですね…」

「ユニ?」

 

いきなり喋り出したユニに側で風が困惑しているのも関わらず、私は愛しい孫であるユニの涙を零す瞳を覗き込んだ。

敏いユニは今までの現象が私の思念故のものだということに気付いたのだ。

 

「私は……怖くて…動けません…だから…ルーチェおばあさんが、スカルを……私の代わりに……助けて下さい」

 

ユニはおしゃぶりの埋まっているであろう胸を震える両手で押さえ、私に語り掛けるようにそう呟いた。

瞬間、温かな炎と共におしゃぶりに宿った私の思念が膨れ上がる。

スカルを…彼を救いたいんです、と心の底から聞こえてくるユニの声に私の意志が共鳴し、既に失った生者としての温もりが私に蘇った。

閉じられた瞼をうっすら開けば、心臓の鼓動が、体を巡る血液が、口から漏れ出す吐息が…全てを物語っていた。

 

「ユニ、一体どうしたんですか」

 

その声に横を向けば風がこちらを心配そうに見つめていて、私は肩を押さえられていた彼の手を解くと立ち上がる。

走りだそうとすれば風が慌てて私を引き留め、声を荒げた。

 

「あちらへ行っては駄目だ!ユニ!」

「風、離して」

「!」

 

凛とした声が喉を通り、口から零れる。

 

「いや………そんな馬鹿なっ…」

「私はあの子に救われた」

 

風が驚きに目を見開いていて、私は掴まれた腕をやんわり解き、風の瞳を見つめた。

 

「あ、あなたは……」

「今度は私があの子を救うわ」

 

風の口が私の名前を形どるが、その震える喉から漏れた音はその場に響き渡った大きな騒音に掻き消された。

私が目の前を振り返れば大空の炎がその場を埋め尽くし、私は腕で顔を覆いながらスカルの倒れているであろう場所へと走りだす。

距離が離れている上に暴風が前方から進みを妨げる中、目を細め砂埃で見え辛い前へと視線を向ける。

漸く視界が晴れたと思った瞬間、一発の発砲音がその場に鳴り響き私は目を見開く。

先ほど重症を負わされ横たえていたスカルが、リボーンへ銃口を向けていたのだ。

リボーンの前に庇い立つボンゴレ10代目にスカルが引き金を引こうとした時、私は思わず地面を蹴って駆け出した。

 

 

「やめてスカル!」

 

 

喉が張り裂ける程大声で叫びあげた私は両手を広げてスカルの前に立ちはだかる。

私の後ろ髪が風に流される中、背後から聞こえるアルコバレーノ達の困惑した声に、生前と同じ容姿になっていることに気付いたが、それでも私の目線はスカルに注がれていた。

およそ20年ぶりに見るあの子の顔はあの時と変わっておらず、血で見え隠れした美しいアメジストの瞳は恐怖を描いていた。

私の存在に心底怯えているあの子の唇は僅かに震えていて、口元から血が垂れるのにも関わらずスカルは声を絞り出す。

 

 

な……で…あんたが………

 

 

掠れた小さな声が、ポツリと…零れる。

 

「スカル」

 

スカルの怯えた声に反して、私は穏やかな声で彼の名前を呟いた。

私が近付けばあの子が一歩ずつ後ろに下がり始め、その顔は恐怖で塗り潰されている。

あと数歩で触れるところまで来ると、スカルは銃口を私へと向け、後ろの方で誰かが何かを構える音が聞こえた。

 

「やめなさい…攻撃をしては駄目」

 

私の凛とした声が響き、背後で皆が動揺するのが気配越しで伝わる。

私が一歩歩いたと同時スカルが拳銃の引き金を引くが、発砲音と共に銃弾が私の頬の直ぐ側を通過した。

急な発砲音に誰もが焦りを見せるが、依然として私は怯えることなくスカルへと手を伸ばす。

 

触るな‼

 

乾いた音と共に私の伸ばしかけた手がスカルによって払われ、悲痛に塗れる掠れた声が私を断罪しているようで心臓を締め付けられるように苦しかった。

スカルは心臓を押さえていた左手で顔を覆うと、うつらうつらとか細い声で呟いていく。

 

ああ、あんた…は……死んだ……死んだんだ………

「…スカル、聞いて」

嫌だ…いやだ、いらない……来るな、きえろっ

「スカル、お願い…私の声を聞いて」

いやだっ……いやだ!

 

まるで子供の癇癪のようだった。

否、癇癪だったのだ。

愛を恐れた彼の精一杯の拒絶で、今まさにスカル(あの子)の領域へと踏み入れる瞬間に、私は立たされている。

私は出来る限り優しく彼の名前を呼びながら彼の顔を覆う左手へと触れれば、僅かに彼の肩が震えた。

 

「スカル……大丈夫、私はあなたを傷付けない」

うそだ……うそだ、うそだ……

「私はいつだってあなたの味方よ」

 

固く覆われている左手をゆるりと解いてやれば、それはいとも容易く剥がれ落ち、隠れたアメジストが露わになった。

いつか見た美しい瞳からは止めどなく涙が零れていて、額から流れる血と混ざりあって頬を伝う。

怯えた瞳を真っ直ぐと向けられた私は一瞬たじろぐも、両手でスカルの頬を包み込み視線を交わす。

 

「あなたを置いて逝ったことを…ずっと後悔していたわ…」

 

意地汚く生き延びていれば……きっと、あなたにここまで苦しい道を歩ませはしなかった。

 

「私しか……あなたの本質を知る者などいないと……分かっていたのに」

 

スカルの瞳から零れる涙を拭おうと指を動かそうとした時彼の体がガクリと傾き、崩れ落ちると思ってしまった私は彼を支えるように抱きしめる。

膝を地面に着いた私と彼の距離はゼロで、彼の体温がレーシングスーツ越しに伝わった。

腕の中で離れようと力の入らない体で暴れる彼を宥める様に背中に回した腕で彼の背を(さす)る。

私の白い服が彼の血で赤く染まる中、彼の体がずっと震えていることに気付き私は涙した。

 

「……ああ、哀れで…愛しい……スカル……泣かないで…」

 

もう、あなたを傷付ける者はここにいないのよ……と優しく語りかければ、(ようや)くスカルの抵抗が止まる。

耳元で聞こえる鼻を啜る音に、落ち着くまで背中を摩ろうとしたが、彼の零した言葉に私の手は空を彷徨った。

 

なんで………なんで…俺、だった…んだよ………

 

 

掠れて苦し気な声が  悲し気で哀れな声が  私の胸を突き刺す

 

 

何で………俺が………狂人に…ならなきゃ、いけなかったんだよ………

 

 

狂った偶像を押し付けられた哀れな子共は初めて自らの言葉を発するのだ

心の奥底に閉じ込められた彼自身の言葉を

 

いやだ………もう、いやだぁ"………

 

血だらけの喉を掻きむしりながら息をしていた彼の本心を

 

怖いのも……痛いのも…苦しいのもっ…つら、いのも………

 

傷だらけの心が 壊れかけの心が 今にも死んでしまいそうな心が叫んだ助けを

 

 

「もういやだぁぁあ"あ"っ…」

 

 

それは ひどく か細い 悲鳴だった

 

 

 

私はスカルを優しく零れ落ちぬよう抱きしめ嗚咽(おえつ)を漏らした。

怖かったね、悲しかったね、苦しかったね、辛かったね、痛かったね………頑張ったね…

 

「もう大丈夫……大丈夫だから…私が、あなたを傷付けさせやしない」

たす…けて……たすけてっ………たすけ、て……た…すけて……たすけて…っ……

 

一心不乱に漏らす悲鳴を、彼が精一杯叫んだであろう助けてを、救いを求めて必死に伸ばされた血濡れた手を、私は唇を噛み締めながら握りしめたのだ。

段々と温もりを失っていく彼の体温に、私は焦りながら言葉を投げかける。

これからあなたは自由になるのだと、好きな場所に住んで、好きなように生きて、好きなことを見つけて、好きなものを食べて、好きな人に出会えて……これから幸せに生きるのよと何度も言い聞かせるように声を掛け続けた。

スカルの反応が著しく低下したことに私は誰かを呼ぼうと視線をアルコバレーノ達へと移そうとしたが、耳元に届く小さな、小さな声に息を飲んだ。

 

アップ、ル………パイ…………手作り、の……あたた、かい…

 

……何十年も昔のソレを………覚えていた……

捨ててしまっててもいいと、自己満足のような形で渡したソレを…覚えてくれていた

 

 

「ああ、スカル………ありがとう……ありがとう…」

 

 

救われたのは私なのか

 

 

来世……では……普通に―――――――――

 

 

 

そう云い残してだらりと脱力したまま気を失ったあの子を、あらん限りの力で抱きしめた私は声に出してみっともなく泣いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スカルside

 

 

カチン、と軽い音と共に引き金が途中で止まり、俺は一瞬思考が止まった。

そして直ぐにとある単語が頭に浮かび、声もあげずに心の中で叫ぶ。

 

 

セイフティロックぅぅぅぅぅうううううう……‼

 

 

ここは普通に発砲する場面だろうが空気読めよお前‼

ちくしょう、セイフティってどうやって解除すんだよ。

銃の知識なんてゼロな俺が構造を知っているわけがなかった。

側面についてるそれらしい奴を血濡れの左手で弄ってみれば、カチンと何かが嵌まる音がなり、ほぼ同時に拳銃を握っていた右腕に大きな衝撃が襲う。

続いて聞こえた発砲音に目を見開いていると、視界の先で赤い液体が飛び散るのが分かり一気に我に返った。

そこには腕から多量に血を流しているリボーンのあんちくしょうがいて、俺は思わず自身の握る拳銃を見るが、引き金は引かれていない。

 

もしかして:暴発

 

嘘だろおい。

ここでまさかの暴発っておい………おい。

俺が、決死の覚悟で撃とうとしてからの暴発はないんじゃない!?

っていうかよく当たったな………ああ、あんなに血が出てる………

まさか当たると思わなかったんです…、とニュースで流れる犯罪者の供述が脳裏に過ぎりながら、血飛沫を散らしたリボーンの腕を眺めていた。

案の定罪悪感に良心を往復ビンタ並みに叱咤(しった)されている俺だが、冷静になった直後でぶり返してきた激痛で卒倒までのカウントダウンが遠くで聞こえる。

 

 

「やめてスカル!」

 

そんな時にやってきた死神もとい幽霊を間近で直視した俺氏、今度こそ白目向きそうになった。

ちょ、先生何やってんすか。

いや待てあれは先生じゃなくて人違い……そうだ、親族の可能性も…

 

「ユニじゃねぇ……あれはルーチェだ」

「ルーチェ?ユニのおばあさんなのか…?その人は死んだハズじゃ……」

 

デスヨネー。

リボーン達が驚いてるってことはやっぱりこの人はルーチェ本人であって、足のない幽霊とかなにそれ美味しいの?ってレベルで地面に足ついてる系幽霊のルーチェ先生が降臨された今、天国への片道切符渡されてる俺からしたら死神にしか見えない。

もう天国への片道切符を渡された俺に怖いものはない、とか内心決め顔で言いながら銃口向けといてあれなんですけど、俺幽霊だけはちょっとNGっていうか……正直に言って死ぬより幽霊の方が怖い。

 

な……で…あんたが………

 

激痛なんてなんのこっちゃ、あわばばばばばと内心慌てまくりながら目の前の近寄ってくる白い死神さんから数歩下がる。

俺の名前を呟きながら近寄るルーチェはもはやホラーで、泣き出したい俺はてんぱり過ぎて物理干渉出来るわけない幽霊に向かって銃口を向けるという奇行に走ってしまったんだが、流石幽霊…全然気にも留めない様子でまた一歩ずつ近づいてきた。

 

「やめなさい…攻撃をしては駄目」

 

そんなのどうせ無駄ですよ、って言ってることくらい理解してるけど恐怖で指が滑って発砲した俺オワタ。

しかも当たってねーし…

発砲したのをきっかけにルーチェはまるで、これで正当防衛の理由出来ましたよね?といわんばかりの穏やかな笑みで俺に手を伸ばしてきて、俺は思わず叫んでしまった。

 

触るな‼

 

伸ばされたルーチェの腕を払えば、動いた拍子で心臓に走る激痛に霊障やらなんやらを疑っては怖がるという悪循環に嵌まっていることすら気付かない俺は右手に拳銃を構えながら左手で顔を覆う。

これはきっと夢だと極論ぶちかますが、怖かったんだもん仕方ない。

覚めろ、覚めろ、覚めろ…と頭の中で連呼し夢オチ展開を希望したが、そうは問屋が卸さないのが現実の非情さである。

 

ああ、あんた…は……死んだ……死んだんだ………

「…スカル、聞いて」

嫌だ…いやだ、いらない……来るな、きえろっ

「スカル、お願い…私の声を聞いて」

いやだっ……いやだ!

 

幻聴だと自分に言い聞かせ、何度も消えるよう口に出してみたけど遂には左手に何かが触れる感覚があり、盛大に肩をビクつかせた。

やだもう泣きたい……

鼻水とまではいかないけれど目の奥が熱くなるのが分かった。

幻聴は段々と明確に聞こえ、すぐそこにいる気配まで伝われば後はもう泣くしかないと、堪えていた涙を盛大に流しまくるいい歳こいたおっさんだが、これは誰もが泣くと思う。

 

「スカル……大丈夫、私はあなたを傷付けない」

うそだ……うそだ、うそだ……

「私はいつだってあなたの味方よ」

 

出血多量で全身の力が抜けていく俺は、ゆっくりと顔から剥がされる左手を絶望した心地で眺めることしか出来なかった。

もう目の前にあるルーチェの顔が悪魔にしか見えない時点で、早く気を失いたかった。

 

「あなたを置いて逝ったことを…ずっと後悔していたわ…」

 

道連れルート一直線の台詞にやっぱこの人悪霊の方だと再確認した俺は本格的に泣くことになるが、もう体裁なんて構っていられるかというのが正直な心境である。

ルーチェの口が開いたり閉じたりしてるけど視界が涙でボヤけている上に、声が聞こえ辛くなっている。

これはきっと俺がそろそろ死にそうだからなの?

ふいに足の感覚がなくなって脱力してしまった下半身が崩れ落ち、ルーチェに抱きしめられる体勢になった。

よく見ればルーチェの服が真っ赤で、それが自分の血であることに全く気付いていない俺は悲鳴に上げそうになる。

ルーチェの豊満な胸に顔を突っ込むという一世一代のラッキースケベすら気にしてる余裕のない俺は恐怖に駆られてルーチェの腕の中から逃げ出そうともがき出したが、腕の感覚が痺れてきていることに再び絶望する。

なんとか首を動かしルーチェの肩から顔を出した俺は、視界一面に見えた空に目を見開いた。

 

まるで俺が今死ぬことさえも些細なことだと言わんばかりの晴天がひどく薄情に見える。

澄み切った青空には雲一つなくて、綺麗なのに怖かったのは何でだろうか……

 

 

 

大空は雄大なり

 

どんなに醜悪な言葉を感情を欲望を吐き出したところで空はいつもと変わらずそこに在るのだから

 

 

 

と、どこかの学者か空想家(ロマンチスト)(のたま)っていたであろう言葉を思い出した。

いつもであれば一蹴するか流すその言葉に、今人生を分ける境目を見た気がしたんだ。

 

 

 

俺のままならない人生が憎くて、辛くて、悔しかった

 

楽になりたくてもなれなくて

自由を手に入れようとしても邪魔が入って

逃げても追いかけられて

 

相手の顔を一度だって見やしなかった俺の自業自得なんだと納得できるほど大人でもなくて

 

 

なんで………なんで…俺、だった…んだよ………

 

狂人と呼ばれたその時に、声に出して違うと叫べばよかったのに

 

何で………俺が………狂人に…ならなきゃ、いけなかったんだよ………

 

怖くて(つぐ)んだ口で違うと言えばよかったのに

 

 

「いやだ………もう、いやだぁ"………怖いのも……痛いのも…苦しいのもっ…つら、いのも………もういやだぁぁあ"あ"っ…」

 

 

もう失うものなんて何もない俺の 辞世の句にもならない嘆きを 

 

些細なことだと 物ともしない目の前の大空が

 

ひどく憎たらしくて  

 

でも やっぱり澄んだ大空は 綺麗だった

 

 

 

悪あがきのつもりで俺は痺れて力の入らない腕をルーチェの背中に回し、精一杯の力で引き剥がそうとするが、ルーチェは微動だにするどころか俺をより一層抱きしめてくる。

 

「もう大丈夫……大丈夫だから…私が、あなたを傷付けさせやしないっ……」

 

うつらうつらとしていた意識の中で正しく機能していない脳にヤンデレエンドという文字が浮かび、恐怖のあまり脳内が助けての一言で埋め尽くされたわけだが。

ああ、寒気がしてきた……

氷のように冷たくなっていく自分の体に、震える喉がより一層に震えだした。

これは死ぬる……と目を閉じて寝るまでの間を待っていると、遠くの方で声が聞こえる。

 

 

「好きな場所に住んで、好きなように生きて、好きなことを見つけて、好きなものを食べて――――――」

 

 

そんな時、りんごの甘さと酸味、そしてパイ生地のサクサクとした食感を思い出した。

 

アップルパイ食べたい…………眠い……手作りの……寒い………あったかい……

 

もう何を考えてるのかすら分からないほど朦朧としていた俺が最後に自分の人生を振り返って気付いたことがあった。

 

 

 

今世の目標のニートライフは結局一年とちょっとだけだったなぁ

 

 

来世……では……普通に――――――――――

 

 

就職活動します、って言う前に口が動かなくなってしまった俺の意識はゆっくりと遠くなっていく。

 

 

既に血の味などしなくて、血で潤う喉は心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 




スカル:何も言うまい………何も言うまい(大事なことなので二度(ry)
ルーチェ:スカルにヤンデレ死神と認識されている、知らぬが仏とはまさにこのこと、スカルを守り隊創設者。
拳銃:見事なフラグ回収ありがとうございました。
顔バレ&花言葉:アップを始めました。


次回予告「SAN値の貯蔵は十分か…?」


一万字を軽く超えました(笑)
でも途中で切って分けるのは微妙だったのでそのまま繋げて投稿しました。
字数多くて申し訳ない……


以下蛇足。

書くよりも描く方にハマってしまってストックが溜まらないこの頃ですが、本編が4月中に完結するかなぁと思ったんですけど、今の進行状況だと五月の上旬…又は中旬…になるかなぁと予測してます。
原作外+最終章というのもあって展開がかなり遅めですが、最期まで何卒宜しくお願い致します。

↓つい先日までハマってた厚塗りイラストですが、既に飽きちゃったので未完成のまま貼っつけときます。

【挿絵表示】

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