skullの外堀
D・スペードside
背後で崩れる瓦礫の音が遠く聞こえる。
痛みがじくじくと身体を
しかし、どれもこれも気にしている余裕など微塵たりともありはしない。
腕の中に力を失くした愛しい、愛しい彼女が今にも事切れようとしていた。
「
「エレナ!エレナ!」
喉から絞り出た声がその場に反響する。
愛しい 愛しい 私のエレナ
どうか どうか 死なないでおくれ
神にも縋る願いは無残にも見放され、そして冷徹なまでに温度を失くした現実だけが突きつけられた。
瞼を閉じた彼女の透き通る肌から溢れ出る鮮血が
彼女の頬を伝う透明な涙が
ぼやけた視界に映った、音を立てて崩れる瓦礫が
全てが鮮明に 己の瞼の裏に焼き付けられた
忘れてなるものか 忘れてなるものか
視界が明瞭になる頃には、腕の中の温もりは何一つ残ってはいなかった。
ふと、
天井を呆然と眺め、ふいに自身の手を目の前に
そこにあるのは見慣れた自身の手の平ではなく、他人の手の平である。
緩やかな動作で上体を起こし、窓に反射する顔を見やる。
幼さの残る顔に印象深い顎髭、本来の人物ならば決して映すことない絶望の色を垣間見せる瞳、一度溜め息吐き心身を切り替える。
役に入り込むことこそが今の己に出来る、喜劇への膳立てである。
「今日も可愛い女の子、見つかるかなぁ」
今日もまた加藤ジュリーの仮面を被り、自室のドアを開く。
仮面の下では、歪んだ笑みが今か今かと仮面が剥がれ落ちるのを待ちわびていた。
「ジュリー!どこをほっつき歩いていたの!」
刺々しい口調と共に、アーデルハイトが少しだけ垂らしている前髪と、一纏めしている後ろ髪を揺らしながらこちらへ向かってくる。
眉間に皺が寄ってもなお端正な顔がより一層険しくなりながら、カツカツとヒールの音を引き立たせる。
「今日は初日なのよ、それを登校したかと思えば途中から堂々と怠けて!」
「あーあー、悪かったよアーデル…それよりもボンゴレはどうだった?」
彼女の小言は聞き飽きたとでもいうような態度で、話の軌道を変える。
「明日、雲の守護者に仕掛ける予定よ…あなたも明日からちゃんと授業も受けなさい」
「はいはい」
雲の守護者、雲雀恭弥か…今の時点の彼らの戦力を測るのも悪くはない手だが、まだ真の実力を発揮出来ない彼女が雲の守護者に勝てるかどうか…
私が演じているジュリーの態度で溜め息を吐きながら、眉間の皺を若干緩めた彼女は隣を歩き出す。
シモンファミリーが借り切った家に行けば、全員が揃っており既に夕食が準備されていた。
「ジュリー遅いよ」
「悪ぃ悪ぃ、遅くなっちまって」
「いただきます…」
らうじの小言を軽くいなし、端で炎真がぼそりと呟き夕食に手を付けていた。
アーデルがふいに思い出したのか、炎真に声を掛ける。
「炎真…アランさんからの連絡はあったの?」
「…来てないよ……並盛に来てからはまだ…」
「そう」
アーデルは再び夕食を口に運ぶ。
アラン…何かとシモンファミリーの金銭的な援助を率先しているイタリア警察官。
何故シモンファミリーの援助をしているのか、それには至って単純な理由があった。
それは、彼が狂人スカルに対して並みならぬ憎悪を抱いており、スカルとの接触があったでろう古里炎真に、スカルが再び接触する時を監視するには持ってこいの立ち位置が欲しかったからである。
実際炎真とスカルにこれと言って接点はない。
というよりも、私が
アランも恐らく何らかの理由でスカルを追い、古里一家の虐殺にスカルが関わったことをどこからか嗅ぎつけたのだろう。
だがスカルと古里炎真の間に直接的関係性はないし、それは探ろうと思えば直ぐに分かる事実だ。
であれば何故今もまだ古里炎真をマークし続けているのか、それは単に私が彼を駒として利用したかったからにすぎない。
いうなれば保険だ。
Dという存在を使わずに裏でシモンを焚きつけ、そして利用する人物が欲しかったのだ。
二重三重と隠し通したDという名の存在を面に出さぬよう、アランという男の存在を利用した。
これによって、もし今回の計画が頓挫したとしてもそれを企てたのは私ではなくアランという男。
そしてアランの口から私の名が出ることはない、なんせ彼から見た私はただの幻術であり架空の人物なのだから。
にしても彼はよくやってくれている。
スカルについての偽情報と引き換えにボンゴレの情報を彼らに流すよう指示したりと、スカルに関することとなると目の色を変えて食い付くあの男があまりにも滑稽であり、その復讐心が愚直なまでに道化師のようだった。
スカルについての偽情報とは、スカルの存在をそのままボンゴレに
幸いアラン自身スカルの姿を見たことはなく、替わりに古里一家を殺した時に幻術で見せていた沢田家光の姿を目視している。
これによってアランはスカルと沢田家光が同一人物であると思い込んでいる。
彼に必要以上にマフィアの世界を知られスカルの正体に感づかれては困ると、幻術で情報操作をしている為、彼が本物のスカルを知ることはない。
スカルという男の望んでいるままを描いているのではないかとさえ思える程、
私がそう仕向けたのにも関わらず、それもまた奴の巡りに巡らせた糸にまんまと引っ掛かっているようで癪に障る。
だが奴はまだカルカッサの人間だ、まだ今はボンゴレの不利益を願う者であることに変わりはない。
ああ、実に滑稽だ。
古里炎真はボンゴレを憎み、アランもスカルという名を通してボンゴレへと憎悪を膨らませている。
これも全ては腐った今のボンゴレを立て直す為のものであり、腐った部分を一掃し、新たなボスを据えたその時はどちらも捨てるだけだ。
そしてカルカッサお抱えの軍師であるスカルを、ボンゴレの軍師に据える。
まぁスカルに関しては望みが薄いが、彼の趣向を考えれば、今回の喜劇を気に入りボンゴレへの移動を思案してくれるのではと思っている。
黙々と食事をしながら思考に耽っていると、目の前に座っている炎真のスプーンが止まるのが視界に入り、現実へと思考を切り替える。
「アーデル、ボンゴレの情報は全てアランから聞いてるよ…これ以上彼らに近付く意味ないんじゃ…」
「だめよ、他人の情報を鵜呑みにしたまま何かを見逃して私たちの計画に支障を来たしたらどうするの」
「……」
炎真の言葉にアーデルが正論で返し、言葉に詰まる炎真はいつものように眉を八の字にする。
「ま、別に無理して関わらなくてもいーだろ…どうせあと一週間限りの組織だ」
炎真を
というのも、必要以上に彼らと関わって情が移られては困る。
炎真はコザァートの血を受け継ぐ者であり、今の沢田綱吉を殺しうる可能性を持つ者。
それと同時に小心者な上にまだ年幅も行かぬガキ…故に流されやすい。
情に流されては困る、最後までボンゴレを悪と見なし徹底的になぎ倒していって欲しいのだ。
真の計画の為にも、だが。
冷めた食卓を終えれば後は寝るのみ。
シモンファミリーを監視する為、真の計画の為にも恐らくあと2週間以上この身体を借りなければならない。
睡眠とは何故こうも不便なのか…そう不満を漏らすことも出来ず体が欲している休息の為にベッドへと横になる。
仰向けになる私の目の前にあるのは、ただの天井と窓から差し込む一抹の光だけであり、静寂がその場を支配する。
あと もう少し
シモンファミリーは念願の復讐を果たし、それを踏み台に腐ったボンゴレ内部を一掃し、新たなボンゴレとしてより高みへと押し上げる。
これを喜劇と言わずして何と言う。
私に
生ぬるいボンゴレなど、いつかのジョットが望んでいたとしても…私が認めない。
噎せ返るような鉄の匂いと
背後に響く瓦礫の崩れる音と
腕の中の冷めきった重さと
脳裏を過ぎ去る忌々しい記憶と共に意識は
アランside
「シモンが動いたか」
片耳に入れていた機器を外し、何枚もの資料が重ねられているデスクの上に置く。
浮き上がった血管が目立ってきた若くない手の甲を眺めながら、誰もいないオフィスで一人深く息を吐く。
遂に、あと一歩のところまで追いつめた。
奴を見つけ出して殺す、それだけに何年という年月をかけたことだろうか。
シモンファミリーという若者のマフィア集団を利用して早数年、既に俺はいくつか昇進し、自身のオフィスを貰える程の地位を得ていた。
色々な人脈を駆使し、忌々しいあの男を探していた。
だがいつになっても名前どころか存在さえ掴むことが出来ずにいた。
奴と、奴が殺し損ねた少年に直接的関わりを見つけられず、少年から手を引こうとしていた時期だった。
少年が何故狙われていたのかが分かった。
少年の父親はマフィアであり、マフィア間の揉め事で命を狙われていたのだ。
そして殺したのはスカルという男であり、彼はボンゴレというマフィア組織に属している男だった。
そう、俺の人生を狂わせた男の名前…
様々な人脈の中の一人、目立たぬ容姿をした男からやっとのことで得た情報だ。
だがスカルの属するボンゴレという組織はかなり強大で、表の顔も持ち合わせており下手に手が出せない存在でもあった。
そこで俺が目を付けたのは家族を殺された少年と、その少年が属しているマフィア集団だった。
彼らはボンゴレという組織の傘下であると同時に、家族を殺したボンゴレに憎悪を抱いている。
目的は一緒…だが俺の立場上表立って動くことも出来ず、かといって人脈を手放すことは出来ない俺は、少年を利用した。
ボンゴレというマフィア組織を壊すべく、少年の復讐心を見事なまでに焚きつけた俺は、シモンファミリーというマフィア集団に一抹の希望を乗せた。
俺はボンゴレという組織に興味はないが、そこに所属しているスカルという男を殺したい。
シモンファミリーは家族を惨殺したスカルを筆頭としてボンゴレの全てに憎悪を向けている。
ズレながらも噛み合う利害にこれ以上何を求めるというのだろうか。
俺はシモンファミリーに全てを賭けることを決意し、金銭的援助や入手したボンゴレに関する情報を流していたりと、彼らの復讐を
少年の人生にもっとマシな道はあっただろうが、俺がその未来を全て潰して復讐というドス黒い泥水を啜るような
復讐心に満たされた心に残った僅かばかりの良心の嘆きに耳を傾けることはなく、シモンファミリーが着々と力を付けていく様を見守り続けてきた。
だがそれももうすぐだ。
時が、時が来た。
一週間後のボンゴレ継承式にシモンファミリーが
そしてシモンファミリーが所有する無人島に彼らを誘い込み、ボンゴレの後継者を殺し、ボンゴレをあますことなく叩き潰す。
それに乗じて俺はスカルを見つけ出し、この手で殺すだけ。
一週間だ。
全てはその時に決まる。
俺は日差しが差し込む窓を眺め、再び盗聴器を手に取り、誰にも見つからぬようデスクの引き出しに置き、二重ロックを掛けてオフィスを出る。
既に今日中にやるべき仕事を終わっていたアランは帰路に着いた。
陽が沈んだ頃に帰った家には誰もおらず、あるのは寂れた空間と、今にも身震いしそうな寒さだけである。
くたびれたコートを椅子に掛け、いるはずのない妻と眠っていた寝室の扉を眺める。
最後に妻の顔を見たのは1か月前だ。
妻に逃げられる形で別居をした。
親権は妻にあり娘も妻もいなくなってしまった家の中は酷く寂しく思える。
妻と別居した原因を言うならば、俺の精神的な問題だ。
人を殺した挙句、それを隠蔽した。
その罪悪感は測り切れず、何も知らぬ妻と子を見ると、癒される一方何故自分の苦労を理解してくれないのだと理不尽な苛立ちを覚え始めた。
それからだろうか…俺の精神が本格的におかしくなっていったのは。
まず夢にあの男が出てきて、俺を殺そうとしたところ、命からがら逃げきった俺が男を殺す夢を見た。
目の下の濃くなる隈に妻が心配そうにしてくるが、何でもないと口を閉ざすばかりだった。
17回目の男を殺す夢を見る頃には、妻が俺を病院に連れていこうとしたが、何とか誤魔化し続けた。
妻の心配と疑心の浮かぶ二つの瞳が俺を射抜くたび、心臓が鷲掴まれたように苦しかった。
一か月、半年、一年、数年と、緩やかに家庭内は冷めきっていく。
24回目の男を殺す夢を見る頃には、妻と話す機会が少なくなっていた。
娘もまた、俺が無理をしているのが分かっていたのか、それとも気味悪がっていたのか、遊んでとせがむことがなくなっていた。
遂に、俺が38回目のあの忌々しい男を殺す夢を見て魘されながら目を覚ました時には既に妻が家を出ていった後だった。
妻も娘も、何も言わずに家を出ていってしまい、残された俺はただ茫然と額に浮かぶ汗を拭うことも出来ず、律儀に鍵まで閉められた玄関の扉を眺めることしか出来なかった。
妻に出ていかれることはなんとなく気付いていた。
もうずっと彼女と喋っていなかった俺が今更戻ってきてくれなんて言えるわけもなく、連絡しようと開いた携帯を仕舞い込み、復讐が終わってから…と後回しにしたのだ。
それほど、俺はあの男を殺したかったんだ。
家族の仲がどれだけ悪かろうと、あの男を殺した瞬間のことを想像すると、家族間の問題もちっぽけなものにしか思えなくなる。
ぐぅ、とお腹の音が寂しい空間に響き、俺はキッチンへと足を向ける。
確か一昨日の残りものが冷蔵庫になかっただろうか…
ああ、ちくしょう…変な匂いがする、多分腐ってるな。
今タッパーから出してゴミ箱に捨てれば、ゴミ出しの日まで家の中にこの匂いが充満してしまうのかと考えると、俺はタッパーのふたを閉め再び冷蔵庫の中に入れる。
ゴミ出しする直前に出せばいいだろうと安易に考え、他の食材に手を付ける。
男を殺す夢に出てくる、どの家庭にもあるような包丁を手に取り、野菜や肉を切り刻み、鍋に入れ、煮込んでいく。
食欲をそそる匂いが鼻を通り、ますます空腹感を覚える。
いつもの癖なのか、3人分作ってしまった俺は、その事実に溜め息を吐き残りを空いたタッパーの中に入れ、一人分を皿に盛っていく。
誰もいない食卓で一人夕飯を口に入れては、咀嚼し飲み込む。
食べ終わる頃に家の電話が鳴り響いた。
電話番号を確認すると、それは妻の実家の義母親からだった。
『はい、もしもし』
『あら、アランさん…シンディとまだ別居中なの?』
『ええ…一応……
『まぁね、元々実家に帰りたがる子じゃなかったから……それよりもいつ復縁を?』
『今回の喧嘩…というよりも別居は俺が悪いんです、俺が仕事にかまけて家族を放っていたせいで……だからシンディが俺の話を聞いてくれるまで一応待ってみて、それからちゃんと頭下げて謝ろうと思います』
『あらそうなの?良かったわ…その様子だとシンディも許してあげそうだものね、ええ』
直接対峙していないにも関わらず、電話の向こうの義母さんの化粧の乗った顔が浮かんでくる。
次に香水、妻が付けているネーブルオレンジの香水は確か母から譲ってもらったものだとか…要らぬ記憶ばかりが蘇り眉を顰める。
赤い口紅をべっとり付けた義母さんの口付けを嫌がる娘の顔まで出かかったところで、チャリンと、金属が擦れる音が耳に入り我に返る。
ポケットに入れている家と車の鍵の摩擦した音だと直ぐに気付き、俺はポケットから鍵を取り出し、家の鍵のスペアが既に掛かっている鍵掛けのもう一方の突起に鍵を掛ける。
固定電話のすぐ近くに鍵かけを置いておいてよかった、と何気なくそう思っていると電話の向こうの声に現実へと引き戻される。
『アランさん?』
『ああ、えっと……取り合えず急ぎの仕事が一週間後まで詰まっているので、あまりこちらから連絡出来ないこともあってシンディとちゃんと会って謝るのはその後になるかもしれません』
『そうね、シンディに謝る時くらい仕事のこと考えながらなんて嫌よね…私は貴方たち夫婦のことにあまり口を出すつもりはないけれど、孫のことも考えると早く仲直りして欲しいのよ』
『本当に迷惑とご心配をおかけして申し訳ないです…』
『じゃあ、お仕事頑張って…』
『ええ…』
通話の切れる音を聞きながら、疲れと共に溜め息が零れる。
一週間後とは言ったものの、シンディに謝りに行くのはあの男を殺してからだ。
少し期間は伸びるかもしれないが、ちゃんとシンディに謝りに行く気持ちはある。
テーブルの上の一人分の皿の隣にある携帯電話を手に取り、着信履歴を見るがそこに妻の名前はなく、虚しさが込み上げてくる。
無駄に時間を過ごした後、盗聴器に触れる気力もなく、俺は寝室に足を運び、一か月近く変えていないシーツに身を沈める。
最後の哀れみだったのか、洗い立てのシーツに変えたその日に彼女が出ていき、案の定俺は最低限の洗濯しかしておらず、シーツはあの日のままだ。
少し前まであったであろう彼女の温もりを思い出しては瞼を閉じて掻き消す。
意識が朧げになる頃に鼻を掠めるのは、ネーブルオレンジの香でも、柔軟剤の香でもなく、少しばかりの汗臭さだけだった。
神よ、俺は…いや、俺こそが罰せられるべきなのは重々承知です。
否、だからこそ最後の審判であなたの下した決断に迷いを残さぬためにも、今私は自分の思い描く未来を進みましょう。
神であるあなたの存在さえも踏みにじり、手放し、
そして今日も俺は53回目の夢を見る。
スカル:今回はお休み
D:加藤ジュリーに絶賛憑依中、原作通りシモンとボンゴレを見つつニマニマしてる。
アラン:いい具合に狂ってきている、妻子とは別居中らしい。
今回はこれからの展開に必要な内容をザックリと入れただけの話です。
多分シモン編でスカルの登場はないかもしれない。
次炎真side入れたいです。
今回スカルお休みだったので絵を貼っておきます。
【挿絵表示】