Skull   作:つな*

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俺は寂しくなった。


skullの寂寞

最近町の人を見かけることすら無くなったこの頃、ポルポが6m超えた。

こいつどこまで伸びるんだろうなーと思っている俺だが、未だにブラック会社を辞められないでいた。

いや辞めたいよ?

すごく辞めたいよ?

でも社長が辞めさせてくれないんだもん。

主に銃をちらつかせて。

この前も、銃の手入れをしながら俺に話し掛けてきたからな。

あれあからさますぎるだろ、オイ。

あと漸く仲良くなった同僚がパタリと来なくなった。

名簿にもそいつの名前はどこにもなかったので、クビになったか、はたまた会社を辞めたのか。

俺に何も言わずに辞められたことは何気にショックだ。

 

「流石スカルさん、あいつがトロイであることを最初から知ってたんですね」

 

ってなこと言われたんだけど、あいつそんなにとろい奴だったかな…

はきはきした喋り方してたけど、仕事はどんくさかったとか?

何だよ仕事遅くてクビになるんだったら俺も手抜きすればよかった。

今からやろうと思っても、今実際やる仕事なんてないし。

俺マスコットだし。

あー、詰んだ。

何で俺働いてるんだろう。

いや、まぁ週一でただ座ってるだけの俺がそんなこと言ったって、世間様から冷たい視線を浴びせられることだって分かってるけど。

でも今は赤ちゃんなわけじゃん。

やっぱ仕事はさせるべきじゃないと思うんだよね、うん。

俺のニートライフは何処。

 

 

ポルポの散歩で家から数十㎞離れた公園内をバイク押しながら歩いていたら、ポルポが鳥に夢中になってはぐれた。

またか。

バイクで追いかけようにも、今は公園の中。

流石に公園内でバイクを走らせてはいけないことくらい常識は持ってる。

ポルポを追いかける気力もないし、直ぐに戻ってくることを願って俺は公園のベンチで待機する。

公園の砂場や遊具で子供たちが遊んでいるのを見て和む。

子供の相手は面倒だが、見ているだけなら天使だよな。

 

「何する?」

「俺何でもいいぜー!」

「あ、あの!僕も遊びにいれて…ほしいんだけど……」

「あー………じゃあサッカーしようぜ!お前ボールな!」

「え……」

 

前言撤回、めっちゃ怖い。

なにあれ悪魔やん。

イジメだよな?怖っ

子供怖い。

あ、ボール役の男の子が逃げてった。

いやそれが最善の判断だ。

にしてもポルポどこ行ったんだろ。

やっぱり探しに行った方がいいかもしれない。

 

「スカル…?」

 

ベンチから立ち上がろうとしていたら、横から名前を呼ばれた。

 

「スカル!」

 

この声は、ルーチェ先生!

視線を声のする方に向ければ懐かしき聖母マリアの如き笑みを浮かべるルーチェ先生がいた。

数年振りくらいに見たけど、痩せたね。

って違う、出産したのか。

俺の方に向かってくるルーチェ先生の隣に幼女がいることに気付く。

ルーチェ先生の子供かな?

 

「久しぶりね、スカル…」

「…」

「ああ、この子はアリア…私の娘よ、この前5歳になったばかりなの」

 

やっぱりルーチェ先生の子供だったんだ。

にしても5歳か、時の流れってすげーな。

まだお腹の中にいた子が5年でこんなに育つのか。

ルーチェ先生は俺の隣に座ると、娘のアリアもルーチェ先生の隣に座り出す。

 

「アルコバレーノの呪いを貰ってから姿を消したあなたを心配していたわ……何か不便はない?」

 

アルコ…なんだって?

呪い…ああ、赤ちゃんになったことか。

不便っていうか、ブラック会社を辞められない悩みっていうか。

正直俺のことを心配してくれるルーチェ先生、マジ聖母。

ほら、俺あのチームの中じゃ一番影薄かったし…ハブられてたし……

か、悲しくねーし。

 

「お母さん、この赤ちゃん誰?お母さんの友達?」

「え、ああ、彼はスカル…仲間よ」

 

娘のアリアちゃんが話に入って来た。

中々可愛い幼女だ。

いや俺はロリコンではないから、普通に微笑ましいと思うだけだが。

にしてもルーチェ先生が俺のことを仲間と言った件について。

俺は断じてあの殺人集団の仲間ではない。

人違いなだけだから。

 

「何でヘルメット被ってるの?」

「シャイなのよ、きっと」

「ねぇヘルメット取ってよ、顔が見えないわ」

 

アリアちゃんがベンチから下りて、俺の目の前に来た。

俺よりも若干大きな身体で俺のヘルメットを取ろうとしてくる。

ら、らめぇぇぇぇえええ!

これないと俺人と目も合わせられないコミュ障だから!

赤ちゃんの俺の腕力と、5歳児のアリアちゃんの握力とじゃ結果は一目瞭然で。

 

「えい!」

 

努力も虚しくヘルメットを強奪された。

外でヘルメットを脱ぐのが久しぶり…っていうか、人前で脱ぐのが久しぶりすぎて固まる俺氏。

寝ぐせ直さずにそのままヘルメット被って来たから、すげー髪がボサボサだった。

 

「ア、アリア!勝手に取るのは失礼よ」

「はーい、ごめんなさーい」

 

ルーチェ先生のお叱りの末、素直に謝ってきたアリアちゃんは俺にヘルメットを返して来る。

子供を怒る気にもなれないし、その前にコミュ障の俺に誰かを怒れる程の勇気はない。

目を泳がせているとルーチェ先生が声を掛けてくる。

苦痛ながらも一言二言喋った。

何で俺の声が小さいのかってアリアちゃんが聞いてきた。

悪かったな、ちっさくて。

これでも頑張って喋ってんだよ。

 

「スカル、あなたはっ、ごほっ…」

 

帰りたいなーって思ってるとルーチェ先生がいきなり咳込み出した。

何か病気なのかな。

とっても辛そうだ。

 

「お母さん!」

「ごほ……アリァ、だいじょ…ぶ……ごほっ、うぐ……」

「あ、あたし!誰か呼んでくる!」

 

アリアちゃんが走ってどこかに行ってしまった。

俺、どうしたらいいの。

ひえ、血吐いた。

これヤバくね?

結構重い病気でも患ってんの?

 

ルーチェ…

 

名前を呼んでみたら反応した。

よかった、一応反応は出来るのか。

応急処置の前に人に触ること自体久しぶり過ぎるから何していいか分からない。

…取り合えずルーチェ先生の背中でも摩っておけばいいかな。

背中を摩ろうとすると、ルーチェ先生が喋った。

 

「スカル……私は、だいじょ…ぶ…だから」

「お願い……はやく、ここから……はなれ、て…」

 

!?

え、何で。

俺いたら迷惑的な?

 

「皆が、来てしまう…まえに……はやく……」

 

俺と仲良くしてると思われるのが嫌ってか。

地味に傷付いた。

確かに赤ちゃんの俺が何か出来るわけでもないけど。

いても迷惑なだけだし帰ろうかな。

いや帰れって言われたし帰ろう。

バイクに乗って公園出たら、いつの間にかポルポが後ろをついてきてた。

そういえばお前探すの忘れてた。

 

後日ルーチェ先生の様子が気になって、あの公園の近くの病院を探してみた。

2つ目の病院でルーチェ先生を見つけたけど、周りに黒服の人達ばかりで怖くて近寄れない。

諦めて帰ろうとしていたら、丁度看護師がルーチェ先生の病室から出てきた。

その看護師にルーチェ先生の容態を聞こうと後を付けていたら、出くわした同僚の看護師と喋り始めた。

 

「あの人どう?」

「ああ、ルーチェさん?もう長くないと思うわ」

「とっても優しい方なのに…」

「本当にそうよね…原因不明だし、手の施しようがないって辛いわね」

 

ルーチェ先生が思ってた以上にヤバかった。

血を吐くくらいだから重病かなと思ってたけど、悪い意味で予想が裏切られたな。

あの人まだ30いくかいかないかくらいだろうに。

そこまで思い入れがある人かと言われれば、そうでもないけど。

実際一緒に何かしてたの何年も前だし…

でもまぁあのヤバイ面子の中での唯一のオアシスだったのは事実だしなぁ。

花を贈るくらいしよう。

そういえば庭先に綺麗な花が咲いていた。

あれを送ろう。

家に帰って庭を見るとお目当ての花があったので、数本摘んでみた。

おいポルポ、これ食べる奴じゃねーから。

食べるなアホ。

ポルポに数本食われて、一本だけしか残らなかった。

辛い。

テキトーに家にあるものでラッピングしてみたら、贈り物としてなんとか許容できる見た目になった。

それとこの花を調べてみたんだけど、スノードロップらしいね。

花言葉は…えーと…「希望」か。

うむ、いい言葉だ。

諦めずに生きて下さい的な意味合いで捉えてくれるだろ。

さて、どうやってこの花送ろうか。

あの病院に送っても意味ないし、ルーチェ先生の家分かんないし、その前にあの人ずっと病院にいそうだし。

あれ?これ直接届けるしか出来なくね?

マジか。

でも病室の前には見張りみたいな怖い人いるし。

うーん…………あ。

 

「ポルポ」

「?」

 

お前がいたじゃないか!

次の日の夜中、ポルポと一緒にこの前いった病院に向かう。

何故夜中かというと、まぁ病院に入る手段がアレだから、その、バレないように夜中にした。

率直に言えばポルポに壁よじ登ってもらう。

あいつの吸盤は何の為にあると思ってんだよ。

この為だよ、うん。

病院に着いたので、ルーチェ先生の部屋の位置を確認してポルポに壁登らせてみた。

確か4階だったっけ。

ポルポの触手に巻かれてるからか、めっちゃ安定感ある。

あ、ルーチェ先生みっけ。

起きてるラッキー。

ポルポ、ストップ。

ルーチェ先生の病室の窓の上でポルポ待機されて、壁ノックしたら中のルーチェ先生と目が合った。

ルーチェ先生めっちゃ驚いてる。

うん、俺も知り合いが窓からこんばんわしてきたら絶叫する。

 

「スカル!?どうやって…」

 

窓が開き、ルーチェ先生の声が聞こえた。

その前に中入らせて、いくらポルポの触手の安心感あっても4階は流石に怖い。

ポルポは頑なに中に入ろうとしなかったので、そのまま外に待機させた。

無事病室に入れたところで、ルーチェ先生に花を差し出した。

 

「これ……私に…?」

 

頷いたらルーチェ先生は受け取ってくれた。

 

「とても……嬉しいわ…スカル、ありがとう」

 

めっちゃ笑顔でお礼いってくるので、余程気に入ったと見える。

よかった、よかった。

 

「スノードロップかしら?花言葉までは覚えてないけど…」

 

花の名前は知ってるのか。

すげーな、俺ひまわりとタンポポとチューリップとバラと桜しか知らんぞ。

流石に花言葉は知らないらしいから教えてあげるけど。

 

希望……

 

そう言うと、ルーチェ先生は俺の意図に気付いたのか泣き出した。

病気と闘っている人の中には、直接頑張ってねと言われるのはイラつく人もいるらしい。

まぁそうだよな、誰よりも辛いのに周りから頑張ってとか言われたらそりゃ腹立つわ。

だからまぁ遠回しではあるけれど、こういうのが一番励ますにはいいんじゃないかなと思いましたまる

まだルーチェ先生には娘いるし、もっともっと生きて欲しい。

何よりも善人ってオーラやばいもん、この人。

死ぬには惜しいよ。

代わりにリボーンが死ねばいいのに。

 

「ありがとう……ありがとう、スカル……」

 

泣きながらお礼を言ってくるルーチェ先生は思いの外心にぐっとくるものがあった。

残りの時間が少ない人はいつ見てもこんなに悲しいものなのかな。

 

「あなたの顔、見せて欲しいわ…お願い……」

 

結構ヘビーな要求きたな。

まぁ、病人相手だし少しくらいは我慢しよう。

俺はヘルメットに手を掛けて、ソレを外す。

一気に広がる視界と共に、目の前のルーチェ先生に視線を移す。

 

「やっぱり、綺麗な…瞳ね」

 

瞳?気にしたことなかった。

俺の目の色って紫なのかな…

 

「最後に、いいものが見れたわ…ありがとうスカル」

 

寝る前だったのかな。

結構遅い時間だし、こんな時間帯にきてごめんね。

じゃあもう眠るらしいし、俺帰りますわ。

外で待ってもらったポルポを呼んで、行きと同じように壁を這いずって降りる。

地面に着くと、そのままバイクに乗って家に帰った。

ああ、この身体になってから夜更かしがきつくなってる。

眠い。

危うく事故りそうになること数回、無事家に着いたと同時に爆睡した。

朝起きたらちゃんとベッドの上だったからポルポが運んでくれたらしい。

俺のペットまじ有能。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルーチェside

 

 

 

 

それは偶然だった。

 

「スカル…?」

 

公園をまだ5歳になったばかりのアリアと歩いていると、小さくなってしまったあの子の姿を目にした。

皆がアルコバレーノの呪いを貰ったあの日から、誰にも語らずに姿を消してしまった哀れな子供。

何度も探そうと試みたが、他の者がそれを渋っていた上に私自身出産が近かった為に何も出来ずに会うことすらもうないのだろうと思っていた、呪いを押し付けられた子供。

私は自身の目が可笑しくなってしまったのかと瞬きを繰り返すが、そこには黒いライダースーツとヘルメットを被った赤子が確かにベンチに座っていた。

 

「スカル!」

 

私はアリアの手を軽く引きながら、スカルの下へ早歩きをした。

スカルはこちらに気付いたのか、ヘルメットが私の方へ傾く。

 

「久しぶりね、スカル…」

「…」

「ああ、この子はアリア…私の娘よ、この前5歳になったばかりなの」

 

いつものように彼は何も喋らない。

私はアリアと共にスカルの側に座る。

 

「アルコバレーノの呪いを貰ってから姿を消したあなたを心配していたわ……何か不便はない?」

 

私の問いにスカルは何も言わず、じっとヘルメット越しで私の方を見ている。

すると、後ろにいたアリアがベンチから下りてスカルの前に立った。

 

「お母さん、この赤ちゃん誰?お母さんの友達?」

「え、ああ、彼はスカル…仲間よ」

「何でヘルメット被ってるの?」

「シャイなのよ、きっと」

「ねぇヘルメット取ってよ、顔が見えないわ」

 

アリアのスカルにずけずけと言い放つ様に、私は内心ひやひやしていた。

スカルはこちらが何かをしない限り、何も危害を加えては来ないと分かっているものの、彼が起こした数多の大虐殺を思い返すと娘の行動に気が休まらないのだ。

女子供に対しても容赦の文字など彼にありはしないし、実際民間人を数百名ほど爆発に巻き込み殺している。

彼を冷酷で、残虐な奴だと誰もが口を揃えてそう言うのだ。

けれど私はそう思ったことはない。

彼は残酷でも、冷酷でも、非情でもない。

何も知らないだけだ。

命の大切さも、愛も、全て知らないだけだ。

愛しいという感情も、悲しいという感情も、恐ろしいという感情も、怒るという感情も何もかも知らないのだ。

だから誰にも理解されず、自身をも理解していない。

無知は罪だと誰かは断罪するだろう。

けれど、間違いであることを教えてくれる大人が周りにいなかっただけだ。

彼はただ生きていただけだ。

何も知らず、何も教わらず、何も与えられず、何も分からないまま生きていた。

怒られたことも、愛されたことも、喜ばれたことも、悲しまれたこともないであろう目の前の彼は、ただあるがままに生きている。

大人によって人生を狂わされた目の前の子供が、私にはただ訳もなく生きているだけの哀れな迷い子にしか見えなかった。

 

「えい!」

 

アリアの陽気な声に我に返ると、目の前でアリアがスカルのヘルメットを奪い取っていた。

そして私の視界に美しいアメジストが現れた。

風に晒される乱雑な髪が靡き、アメジストの瞳をこれでもかというほど見開いていた。

 

「ア、アリア!勝手に取るのは失礼よ」

「はーい、ごめんなさーい」

 

アリアは直ぐにヘルメットをスカルに返すが、スカルはアリアの奇行に始終驚いている様子だった。

驚く…というよりも困惑しているように見える。

子供という存在に間近で接するのは初めてなのだろうか。

 

「スカル…?子供が珍しいの?」

あ……いや…………違う

「?」

 

スカルの声を聞くのはこれで3度目だ。

一度目は初対面の時の自己紹介、二度目は地震の時、そして今。

アルコバレーノの呪いで幼くなった彼の声は以前よりも数段高くなり、威圧感も前程ではなかった。

それでもまだ誰かを威圧する程度には周りを警戒しているようだけれど。

 

人と…話すのは………久しぶり…だ……

 

か細く小さな声だったが、確かに聞こえた彼の本当の声。

私は目を見開いた。

人と話すことが滅多にない、なんて…そんな悲しいことを言わないで。

何度だって私はあなたを受け入れるわ、と抱きしめたかった。

小さな小さなその体で、精一杯立ち上がるその背中が、とても悲しく見えた。

 

「ねぇ何で声が小さいの?」

 

アリアが気になったようにスカルにそう聞いた。

そういえば、と私はふと思い返す。

いつだってスカルの声は聞こえるか聞こえないかのギリギリの声量だった。

元々沈黙な性格なのだろうと思っていたが、何か理由でもあるのか…

 

…………元々…声があまり、出ない……

 

元々…?生まれつきか、はたまた発達障害か…

喋らない子だとは思っていたが、喋れなかったのね。

スカルの周りを渦巻く謎が解ければ解けるほど、彼を知れば知るほど、噂とかけ離れていく。

全ての(もや)を取り払えば、皆の偏見も消えるだろう。

彼に人らしい感情さえ芽生えれば、きっと、これ以上…無益な虐殺なんて———…

 

「スカル、あなたはっ、ごほっ…」

「お母さん!」

「ごほ……アリァ、だいじょ…ぶ……ごほっ、うぐ……」

「あ、あたし!誰か呼んでくる!」

 

急に息苦しさに襲われ、咳と胸の痛みに顔を(しか)めた。

視界の中でアリアがどこかへ駆けていくのが見える。

私はそれを止めようと手を伸ばしたが、息が詰まる苦しさでそれどころではなかった。

苦しい…

心臓が縮んでいくような苦しさに、固く閉じた瞼から涙が零れ落ちる。

ベンチから崩れ落ちそうになるのを必死に(こら)え、そのまま横になって荒い息を繰り返す。

 

「はぁ……はっ、ごふっ…」

 

何かが胃からせり上がり、口から零れ落ちる。

そして鉄の匂いが鼻を掠め、吐血したのだと気付いた。

ああ、苦しい。

 

ルーチェ…

 

か細い声が耳に伝わる。

震える瞼を開くと、目の前に小さな紅葉のような手が見える。

どうしていいか分からず途方に暮れる手を見て、私は苦しさの中無性に嬉しかった。

 

「スカル……私は、だいじょ…ぶ…だから」

 

先ほどアリアが部下を呼びに行ってしまった。

この世界で最悪といってもいい印象を持たれているスカルが今ここいることはマズい。

最悪部下がスカルに危害を加えようとして、彼に殺されてしまう。

あらぬ疑いを持たれて欲しくない。

それ以上に、彼を、心が芽生え始めている彼を、失望させたくない。

この子を孤独にさせては駄目だ。

私は精一杯の笑顔を作り、彼を安心させたかった。

 

「お願い……はやく、ここから……はなれ、て…」

 

今はただ彼を遠ざけることしか出来ない。

 

「皆が、来てしまう…まえに……はやく……」

「…………」

 

自身の立場を思い返したのか、スカルは宙を彷徨っていた手を下げ、ベンチから離れ始める。

鉄の匂いの充満する中、ボヤける視界で遠ざかる彼の背中を見つめていた。

スカル……愛しい哀れな子供……

彼がヘルメットを被り、バイクに跨るまでを見ると、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

次に意識を取り戻した時は病室だった。

どうやらアリアが部下を呼んできて、病院に運ばれたらしい。

既に私の寿命は残り僅かであることは知っている。

アルコバレーノの呪いを受けたあの時から、自身の死期は悟っていたのだから。

漸く体が思考に追いついたのだと、そう理解したのだ。

医者には原因不明の衰弱だと言われたし、アリアや部下には心配をかけた。

挙句にはリボーンやラル、コロネロに風、バイパー、ヴェルデまでもが顔を出してきてくれた。

皆私の死期をなんとなく気付いているように思えた。

それでも、誰もがそれを口にすることはなかったが。

いつ死んでも、それが運命であることは既に受け入れている。

だけど、やはり、心残りはあるのだ。

アリアはちゃんと真っ直ぐ育ってくれるだろうか。

アルコバレーノの皆は大丈夫だろうか。

 

哀れで、愛しい、あの子は…これから先自身の理解者に会えるだろうか。

 

 

いつまた発作のようなものが起こるか分からない今、下手に動くのは(かえ)って皆の不安を招くので私は入院することにし、この身に迫る死に段々と気落ちする日々を過ごしていた。

ああ、次の朝日は拝めまいと病室の中一人で今までを想い耽っていた時だった。

 

 

コンコン

 

窓からノックのような音がして、小鳥だろうかとそちらを振り向くとスカルが窓に手を付けていた。

私は一瞬、状況が把握出来ずに固まった後、慌てて立ち上がって窓を開ける。

 

「スカル!?どうやって…」

 

そう言おうとした矢先に、スカルの胴体に巻き付いている触手に目がいった。

それは、アルコバレーノの呪いを受けたあの日に見た、あのバケモノの触手と同じで私は一瞬身体を強張らせた。

スカルは謎の生命体の触手を引っ張っていたが、入ろうとしない生命体に外で待つようジェスチャーしていた。

知能指数が高いのか、生命体もそれを理解した素振りで窓の上で待機し出す。

病室の中に入って来たスカルは、私に一輪の花を差し出した。

 

「これ……私に…?」

 

そう尋ねると、彼は頷いた。

純粋に、私は嬉しかったのだ。

彼がくれた一輪の花を眺める。

白い花弁がとても綺麗で、私は心が温まるようだった。

 

「とても……嬉しいわ…スカル、ありがとう」

 

スカルにお礼を言うと、一輪の花を見つめる。

 

「スノードロップかしら?花言葉までは覚えてないけど…」

 

花の特徴で名前を思い出してはみたが、花言葉までは思い出せず、その花の美しさだけでもと目に焼き付けようとした時だった。

 

希望……

 

小さな、とても小さな声で紡がれたその言葉に目を見開いた。

心臓に湧き上がった名前のない感情に目からは涙が零れ落ちた。

小さな口から紡がれた、たった一言の、言の葉。

それだけで十分だった。

 

      希望

 

ああ、そうだ……私は怖いのだ

死が、すぐそこまで来ている死が怖いのだ

受け入れてなどいない…運命を受け入れてなどいなかった

 

生きたい…

 

私は生きたい

死にたくなんてない

 

誰もが口にする在り来たりな言葉よりも、彼の、たった一言が、あの言葉こそが、私に突き刺さった

命の尊さを知らなかった、その子が…今まさに

 

私に生きろと

 

言ったような気がしたのだ

 

 

「ありがとう……ありがとう、スカル……」

 

涙で前が見えず、片方の指で涙を拭う。

 

「あなたの顔、見せて欲しいわ…お願い……」

 

スカルは少し考えた後、ゆっくりとヘルメットを脱いだ。

アメジストの瞳がこちらを捉えていて、その透き通る美しさに息が詰まった。

 

「やっぱり、綺麗な…瞳ね」

 

生命が満ち溢れているその瞳が、今の私を突き放す。

 

「最期に、いいものが見れたわ…ありがとうスカル」

 

スカルは再びヘルメットを被ると窓から出ていく。

彼が地面に無事着くまで私は見守り、彼の姿が見えなくなってからベッドの上に戻る。

 

既に日を跨いでいて、私の死は確定されるところまで来ている。

 

希望を貰った今なら、この未来に抗えるだろうか…

 

ああ、だけど…

心残りがあったはずなのに

今は酷く、満たされている

きっとそれはあの子の言葉のお陰だ

 

 

 

 

 

眩しい生命よ

愛を知ったあなたは きっと輝くだろう

命の尊さを 知る日が来たのだ

酷な運命を彼に強いるけれど それでも 彼に 知って欲しい

命ある喜びを 尊さを 儚さを…

私の死はきっと彼を突き動かすだろう

 

それでも 愛を 願えたなら

 

きっと  きっと

 

私の命に その意味は あったと——————

 

 

 

 

 

 

 

希望を胸に抱き寄せ、ゆっくりと重い瞼を閉じる。

 

 

私が朝日を見ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風side

 

ルーチェが亡くなったという報せを聞いたのは、彼女を見舞って直ぐだった。

昼頃に彼女と他愛もない会話をして、その夜に彼女の訃報(ふほう)を耳にした。

私は動揺が隠せず、すぐさま彼女のいる病院へと駆け付けた。

するとリボーンとラルが既にいた。

ルーチェは霊安室に運ばれていて、その表情はとても穏やかだった。

 

「とても…穏やかな顔をしていますね」

「ああ、こんな顔されちゃ、嘆こうにも無理な話じゃねぇか」

「確かに…ルーチェの手に花がありますが、誰かが持たせたのですか?」

「いや、それは見つけた時からルーチェが握っていた」

 

ルーチェの手には一輪の白い花があり、誰かが持たせたのか疑問に思いリボーンに聞いてみると、隣のラルが答えてくれた。

 

「スノードロップ……確かそんな名前だったハズだ」

「綺麗な花ですね」

「だがちと不思議なことがあんだ…」

 

花の名前と共にリボーンが手を顎に持っていき、何かを考える仕草をしていた。

 

「不思議とは?」

「ルーチェの病室の外は交代で見張りが付いていた…そして誰もこの花を見た者はいないそうだ」

「それは……まさか」

「そう、誰かが病室に侵入した…そう捉えてもおかしくはねぇ」

「病室にはそのような痕跡はあったんですか?」

「痕跡なら病室の窓枠に何かの粘液があった、今ジッリョネロファミリーが解析している」

 

これは少し、雲行きが怪しくなってきたと思った。

そんな時、後ろから足音が聞こえた。

 

「何だ、お前たちも来ていたのか」

「ヴェルデ…あなたも訃報(ふほう)を聞いて来たのですか」

「ふん、偶々近くにいただけだ」

 

久しく見ていなかったが、あの日と変わらぬ姿でヴェルデはルーチェの方へと歩く。

 

「む、この花はスノードロップ…これまた根っからのお人好しなルーチェを嫌うひねくれ者がいたものだな」

「?」

「どういうことだ、ヴェルデ」

 

ヴェルデの言葉にリボーンが問いただす。

 

「スノードロップの花言葉を知らんのか?」

「花言葉だと?」

「ああ、私の記憶が正しければ…」

 

 

私はこの時、ヴェルデの言葉が酷く明瞭に耳に響いた。

 

 

 

「あなたの死を望みます」

 

 

 

一人、一人だけ、ふと浮かび上がった人物に、私は直ぐにその思考を否定する。

我ながら安直な考えをしてしまった。

そんなハズはない。

 

「こんな酔狂なことをするような奴には見えなかったが…人間、何をするか分からんな」

「ヴェルデ、何を言って…」

「何だ、お前たちも同じ人物が脳裏に浮かび上がっただろう?」

 

私は直ぐにヴェルデを諫めようとしたが、視界に映るリボーンに口が開かなかった。

 

「ま、なんせ奴は狂ってる…奴の思考など私に分かる、ハズ、も……」

 

ヴェルデもリボーンの表情に気づき、口を噤む。

リボーンは無言で霊安室を出ていった。

皆重苦しい雰囲気の中、ラルもヴェルデも出ていく。

私も、これ以上ここにいてもとルーチェの顔をもう一度眺めてからここを出ようとした。

 

彼女の顔は、酷く穏やかで、幸せなまま眠っているようにしか見えなかった。

まるで、明日が待ち遠しいというかのように

 

 

「ルーチェ………何故、そんなにも幸せそうに眠っているのですか…」

 

 

誰もその問いに応える者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 




スカル:どこぞの機関からのスパイを直ぐに見抜いたと思われている最高の軍師()

ポルポ:ご主人様、何それ僕にくれるの?(ムシャムシャ、沢山咲いていた希望(の花)をまぐまぐした、そろそろコイツは喋ってもいいかなと思っている。

ルーチェ:( ˘ω˘)スヤァ…、安楽死?出来てよかったね。

アルコバレーノ:バイパーとコロネロも一応あの後顔を出した、風はなんとなく踏みとどまってる、おや?リボーンの様子が…

トロイ:諜報員を指す隠語、語源はトロイの木馬、何かの洋画でスパイに対して使われていたなーと思って入れてみました。

とろい:鈍い、にぶいさま、地域差で使わないところもあるようなのでここで明記。

スノードロップ:「希望」と「慰め」の反対に「あなたの死を望む」という意味も兼ね備えている。

まさかの!1万字越え!読みづらくてスミマセン。
いつもは5~6千字に収めよるようにしてたんですが、今回は無理でした。




ルーチェ↓

【挿絵表示】




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