Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】 作:たたこ
――土御門が、まさか……いや、可能性はあった……けど。
土御門と言う魔道の家は、日本に複数存在した。ただ陰陽道の多くは民間習俗化しており、かつて陰陽師だった家は多くても、今も本当に魔術師としての営みを行っている陰陽師の家はごくわずかだ。
それに一成からは魔術師としての気配を全く感じず、碓氷家に挨拶に行った時もこの地に陰陽師はいないと聞いていた。
ゆえに土御門一成は魔術師ではない。理子はそう結論付け、普通のクラスメイトとして付き合ってきたのだが、それは早計だったのではないだろうか。
疑惑を抱えたものの、友人を待たせ続けるわけにもいかない。スミレを迎えに、理子は足早に階段を上ってカフェへ戻った。すでに中の光景とかけられる言葉には予想がついて、早くも笑ってしまった。
「理子! 写真撮って!」
店員大和の腕にくっついているスミレが、戻ってきた理子を見るなり満面の笑みで声をかけた。大和は特に邪魔そうにもしていないが、掃除の手は止まらざるを得ない。
スミレのこの図々しさやミーハーっぷりには困るものの、うらやましいと思うことも多い。理子は鞄の中からデジカメを取り出した。
「すみません、写真とってもいいですか」
「俺は構わないが」
大和はちらりと視線をキッチンの店主へ向けた。いつの間にか店主はカウンターまで出て来ていて、半笑いだが真面目に言った。
「そいつと撮ってもいいが、いんすたとかついったーには上げないでくれ」
「? どうしてですか?」
「ここは半ば趣味でやってるような店だからな。こいつのツラ目当ての客が大量に来られても困る。正直碓氷さんの話でも雇うのを迷ったもんだ」
今は口コミ、SNSの宣伝がバカにならない時代である。単なる一般人の理子たちであるが、それでも何の拍子に投稿が多くの人に知られるかわからない。今日日商売っ気のない店だが、趣味ならば店主の意向もわかる。
スミレは少々不承不承だったが、友達に自慢するのはいいよね、と逞しかった。
「今まで顔で困ると言われたことはなかったのだが……店主、俺は覆面を被って働いた方がいいのか」
「いったいウチは何の店なんだ。お前減給」
「げっ……待て、これ以上減給になったら俺が給料を払わなければならないではないか!
ろ、労働基準法というものがあるのは知っている!」
コントのようなやりとりだが、理子としては実は少々頭が痛い……というか眩暈がする。それはともかく、スミレ御所望の写真を撮らなければならない。
スミレと大和のツーショット、ついでに店主も入ったショット。
自前のカメラを持ち歩く理子だが、彼女の撮影技術が優れているわけではない。
彼女の生まれもった力を活用することで、プロ顔負けの映りになる――むしろ、プリクラで眼を大きくするとか肌を白くする加工に近いのだが、違和感のない程度に手加減はしている。また、タイマーをかけて理子も一緒に映る写真も取った。
「はー店長さん、大和さんありがとうございました! 理子、後で送ってね!」
「うん……」
すっかり満足げで帰る準備を始めるスミレ。理子はその場で立ち竦み、もじもじとカメラを触っていた。
柄でもないのはわかっているが、この機会を逃すのもまた違うと思う。
「ね、ねえスミレ。私も大和さんと撮りたいから、頼んでもいい?」
「……! めっずらしい! うん、いいよいいよ! 任せて!」
きっとスミレは「堅物の理子もこのくらいの男前になるとイイと思うのかあ」と考えているに違いない。理子には弁解したい気持ちもあるが、本当のことは言えないのでそう思っていてもらうことにした。
コピー――
しかし、御祭神と写真を取る機会など普通はないし、逃す手もないのであった。
*
「ん~~人間はスイーツ★」
目を細めて貪る女の口元からは、一筋赤い液体が垂れていた。ぺろりと、みずからの指先についた赤を妖艶に舐めとった女は、恍惚の表情で笑む。
「おお~~人間はすい~~つ」
女の向かいに座る男は、先が四つ叉に別れた鋭い道具で人の形をしたものを何度も何度も執拗に突き刺し、バラバラにして、そして食らっていた。
生前は「人を取って食らう鬼」と平安京を震撼させた彼女とその部下であるが、現代でも同様に人を――食べているわけではなかった。
ここは春日駅に隣接するビルの七階に新設されたフルーツパーラー、その店の目玉は九十分三千円で食事とスイーツ食べ放題のブッフェである。ブッフェコーナーにはシャインマスカットやメロンがきらきらと輝き、整然とカットされたケーキたちが待ち構えている。
丁度一成がカフェを訪れている、平日昼間の比較的人の少ない時間帯。妙齢の赤毛の美女――マキシ丈の朱色のスカートにオフショルダーの上着にサンダル――と、黒の長袖パーカーに茶色のカーゴパンツ、素足にスニーカーのおかっぱ揃えの青年がもりもりとスーツバイキングを楽しんでいた。
バイキングあるあるの「最初の三十分で急いで食べてしまい後半苦しくなる現象」と、この二人は無縁だった。全く変わらないペースで、豚のピラフやじゃがいものビシソワーズ、ベーコンと鮭のパスタを食べてからミニパフェ、クレープ、ジェラート、ゼリーにフルーツと食べ続けている。
彼らに元を取ろうという発想はないので、素の食欲である。
女性――キャスターが食べているのはラズベリームースケーキで、赤いソースが口元についている。男性――キャスターの使い魔(眷属)たる茨木童子は、ショートケーキの上に載っていたメレンゲ細工の人形をフォークで突き刺して食べていた。
傍から見て美男美女の二人組は、その異様な食欲を除けば仲睦まじいカップルであり、奇異なところは何もない。
「みんな来ればよかったのにね~」
「仕方ない。きのこたけのこ戦争で殺し合いしてダウンしてるアホなんか知らん」
「でも不思議よね。あ、まず、星熊死んだって思ったのに」
ショートケーキのイチゴを口に放り込んで、茨木童子は黙り込んだ。
きのこたけのこ戦争は「山で採れるものできのことたけのこ、どっちが美味いか」という果てしなくどうでもいい議題が白熱して星熊童子と虎熊童子が喧嘩を始め実力行使のバトルになったという、やっぱり死ぬほどどうでもいい昨夜の出来事である。
生前二人が些細なことから喧嘩をしはじめてお互いに殺し合ってお互いが死ぬ、ということは日常茶飯事で、次の日には何事もなかったようにぴんしゃんしているのが常だった。
だが今は事情が違う。茨木と四天王は、キャスターのサーヴァントとして召喚された酒呑童子によって召喚された、サーヴァントもどきの眷属である。そして大江山は既に無く、彼らは一度死ねば本当に死ぬ体である。
それを知るからこそ、昨夜の星熊童子と虎熊童子の殺し合いを見咎めた熊童子とかね童子が止めに入ってくれたようなのだが、――茨木童子が気づいた時には、星熊童子はこと切れていた。
キャスターの宝具『
今やセイバー・ヤマトタケルの宝具で形が変ってしまった大西山の霊脈は乱れており、また聖杯戦争が終わった今「宝具使う意味ない」としたマスターのキリエの意向もあり、眷属たちは「死ねば死ぬ」状態にあるのだ。
――だから星熊童子が
否、あれは――生き返ったと言っていいのでは?
キャスターはフルーツゼリーを飲み物のように食べきると、すっくと席を立った。
「お代わりとってくる~」
キャスターはその蘇生については「何故だろう」と不思議に思っている程度だったが、茨木童子の方は深刻に受け止めていた。
生き返る? 生前ならまだしも、今そんなバカがあってたまるものか。
今も昔も
しかし調べるにしても、茨木童子はサーヴァント未満の存在であるため宝具もなく、そもそも生前からして調査に向く力を持ってはいなかった。
「こりゃあ管理者の碓氷に聞く方が早いか?」
しかし碓氷のマスターは現在春日を留守にしている。
管理者は同じ土地の教会と適宜協力しているらしく、悪くはないと茨木童子は思った。
「茨~~タイムサービスでマロンパフェあったから持ってきたわ~」
「おうあ……は?」
顔を上げると、目の前には見慣れた酒呑童子の姿と――その後ろに、傲然とした態度のヤマトタケルが皿の上にケーキを山盛りにして立っていた。
お菓子は往々にして見た目を楽しむものでもあるのだが、とにかく数を盛ることを優先した結果か、皿の上のケーキは得体のしれない塊になっていた。
「ヤマトタケルのセイバーかよ……お前、何の用だ?」
「用はない」
「は?」
「私が見つけて声をかけたの。一人だったら一緒に食べないって」
茨木童子は脱力した。そういえばお頭はこういう鬼だった。聖杯戦争でこの護国の英雄に追いつめられたことはもうどうでもいいのだ。大江山で金色の
隣で笑っていたかと思えば首を断つ。首を断たれても恨まず笑いかける。良くも悪くもそういうもの。
そしてまた、
「……お前も一人でこんなとこくるなんて物好きだな。坐れよ」
ヤマトタケルは無地のTシャツにGパン、スニーカーとラフな夏の恰好をしていた。左手首に鈴つきのミサンガをつけており、ちりんと涼やかな音がした。
茨木童子自身はヤマトタケルを好きではなかったが、これは碓氷のサーヴァントだ。何かしら聞けるところもあるかもしれない。
「やっぱ栗っておいしい。茨も食べて」
「お、おう。ところでセイバー、最近春日でなんか変なことないか」
同じテーブルに着きはしたものの、全く酒呑童子と茨木童子を気にせずケーキを貪る男は声を掛けられて手を止めた。
「……変な事? そう聞くからには、変なことはお前が見つけたのだろう」
「まあな。死んでも蘇る、なんてのは変な事だろう」
「……ふむ、そんなことが起きているのか。マスターに伝えておく」
「ってこたあ、お前の方は特に何も知らねえってことか」
「あっ店員さん? このサンガリア、ってお酒樽で。樽なんかない……じゃあ一番大きいので。バイキングの値段に入ってない? 全然いいわ」
キャスターが昼間から酒を所望する傍ら、茨木童子とヤマトタケルはきな臭い話をしていた――とはいっても主に話すのは茨木のほうで、ヤマトタケルはあまり興味なさそうだった。
結局茨木はこれと言った情報はつかめず、やはり神父にでも聞いてみるかと思った時に追加注文されたサングリアが運ばれてきた。ガラスの大きなピッチャーになみなみと入った赤ワインの中に沈むリンゴ、バナナ、レモン、オレンジのフルーツ群。
ワインの渋みも抑えられフルーティな飲み口から若い女性にも人気のカクテルだが、キャスターに注がせるとほぼ日本酒に見えてくるのは不思議である。自分に注ぎ、茨木童子にも注いで、彼女は残る一人にもピッチャーを向けた。
「ほら、あなたも」
「お頭、そいつ酒には酔わねえ。美味いと思ったこともねえって言ってたんだろ」
聖杯戦争中、碓氷邸での聖杯酒宴でヤマトタケルはそう言った。そもそも、
「え? そんなことないわよね」
「……」
男は手元のグラスを手に取り、無言で上げた。キャスターが喜んで注いだそれを一息に飲み干し――大きく息を吐いた。すると珍しいことに、彼はお代わりとばかりに引き続きグラスを差し出している。
「いい飲みっぷり~! うん、私、今のあなたの方が好きかも。さて次いってみましょ~」
結局サングリアを何度も追加注文し、三人共周りのテーブルが呆れるくらいに酒臭くなりながらバイキングの時間切れを迎えた。スイーツバイキングで浴びるほど酒を飲む奇異な客だったが、サーヴァントはそれくらいで前後不覚になりはしない。
キリエからもらった小遣いで茨木童子が会計を済ませている間、残る二人は先に店の外に出た。
「ところであなた、何でこんなところに来たの?」
「理由はない。だが飯を食うというのはそれだけで楽しいものだろう?」
最初に声をかけたときよりは、大分口が軽くなっている。キャスター・酒呑童子は満面の笑みを浮かべた。
「……ええ、そうね! いまならもっと、あなたと楽しく殺し合いができそう!」
「ほざけ妖鬼。俺はスイーツバイキングする程度にはヒマだが、お前と殺し合いするほどヒマではない」
酒呑童子は知らぬ闇、漆黒の太陽。一体悪鬼羅刹はどちらなのか。酒呑童子の目の前の男は、言葉とは裏腹に嗤っている。
ぢりん、と鈍い鈴の音が響いた。刹那キャスターは咄嗟に己の顔を両腕でガードしていた――殆ど反射であり頭で考えてはいなかった。しかし鬼の勘は外れず、その腕にはびりびりと強烈な衝撃が走っていた。
男が攻撃に移る
伊吹大明神は八岐大蛇の娘子として山に自然と共にあったゆえ。
――合気。森羅万象との気の和合により、自らの気配を自然に溶け込ませる技術。普通はアサシンの気配遮断スキルのように身を隠すために使うが、ヤマトタケルは自然な所作のまま攻撃動作に移ることで、攻撃動作の認知を遅らせたのだ。
「……やーね。私殺し合いは好きだけど、一方的に殴られるのが好きとは言ってないわ。バーサーカーだったらここでやり合うのもいいけどね」
一瞬浴びせられた殺気をものともせず、キャスターは先ほどまでと変わらない調子で答えた。仕掛けたヤマトタケルも、昼間の駅チカの立地で本気で殺すつもりはないようで、軽く手を振って息を吐いた。
「お頭、星熊たちへの土産も買ったぞ……ってあいつは?」
片手にケーキの入った紙バッグを下げた茨木童子が出てきたころ、既にヤマトタケルの姿はなかった。
首を傾げる茨木童子に対し、キャスターはいつものようにほけほけと笑っていた。
「帰ったわ。私たちも今日は帰りましょ……今度は皆で来ましょうね。焼肉食べ放題でもいいけど!」
「おう」
仲良く人込みに紛れたキャスターとその眷属は、軽い足取りで駅前を後にした。
FGOで酒呑童子と茨木童子が実装されたのは2016年2月だったと思うんですが、その時には本編beyondでキャスター陣営が消滅していたので、実装後に書くのは何気に初めて(ドキドキ