Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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夜⑤ LAST

 最初、それは実にうさんくさい話ではあった。

 春日園一泊の前日、アーチャーのホテルに泊まった時、ライダーは我が物顔でホテルに居座っていた。理子は一成とアーチャーとともに、話を聞くことになった。

 

「結論だけ言うと、公たちはこの世界の消滅と同時に消える。防ぐ手立てはない。そして仮に防ぐ手立てがあったとしても、公はやる気がない」

「……いやそれ、前にも言ってたよな?」

「だがお前たちは、そのまま消えてしまうことを善しとするか? ここにいるのは腐っても魔術師ばかり、その事実を受け入れてはいるが気持ちは……といったところだろう」

 

 一成を筆頭に、皆黙り込んだ。一度人生を終えているサーヴァントはまだしも、一成や理子はここに生きる一個の人間だ。

 

「繰り返すが消滅を防ぐ手立てはない。だが、草どもの心を僅かばかり慰めることはできるやもしれん」

「……は?」

 

 間の抜けた声は、ライダー以外の本心を現していた。前半はともかく、後半はライダーから出たにしては似つかわしくない言葉だったからだ。

 だが当の本人は意に介さず、顎に手を当て思い出すように口を開いた。

 

「聞いたところによると、人間は二度死ぬらしい。一度は肉体が滅びた時、二度目は――」

 

 ――この世界にいる者で、現実の世界から来た者は三人。

 それ以外は消滅するが、その三人はこの世界の記憶を持って現実世界に帰還することができる。

 その三名とはキャスターとシグマと碓氷明だが、キャスターは消滅し、残りの二人も現実世界に戻っても長くはない。ん? 何故か、と? 

 それは気になるなら当人に聞くがいい。

 

 つまりこの世界の事象は本当に誰にも記憶されることなく、虚数に葬られるというわけだ。

 だがもし、他に現実世界から来た者がいたとすれば? その者は現実世界に戻ってもここの記録を保持しつづけることになる。こちらの世界にいたお前たちのことを、覚えている者がいる――二度目の死は、まだ先の話となるだろう。

 

 ――他にも現実世界から来た者がいたのかと? 阿呆、先程三人、といったろう。

 

 ここにいる誰か一人を、現実世界からきたことにするのだ(・・・・・・・・・)。つまり、固有結界に造られたのではなく、現実世界にいる人間がそのまま固有結界内に招かれたということに因果律を書き換える。

 さすればこの世界の崩壊後、その一人はここの記憶を持ったまま現実世界に帰還できる。

 

 ――そんなことができるなら全員そうすればいい? ハッハッハ、阿呆。あまりに因果律に干渉しすぎるとあとの修復が厄介なのだ。精々一人が限度だ。

 

 ――そして一人は決まっている。最も因果律干渉による歪みが少なくなる人物だ。

 そしてこれは公一人では不可能でな。最低――貴族、陰陽師、巫女の手は必要だ。

 

 だからもし今の話に興味がなければ忘れろ。

 もしやろうと言う気になったのなら、明後日夜十時、ホテル春日イノセントの屋上に。

 

 

 一成たちは半信半疑だったが、ライダーは具体的に何をするかの説明を厭わなかったため、その内容を聞くことができた。

 

 簡潔に言うと――神代具現化による因果律の書き換え。神代具現化自体は真の目的ではなく、神代の世界を蘇らせることでライダーの持つ権能を十全に使えるようにすること。

 

 そもそも布津御霊剣や天叢雲剣は真エーテルに満ちた神代を想定して製造され使われるものであるため、エーテルの薄れた現代では性能が劣化してくる。

 

 建御雷のアルターエゴ。断絶剣・布津御霊剣の完全開放を持って因果律を切断操作するための一時的神代回帰である。

 煩悶もあったが、どうせ滅びてしまうのであれば、その一人に「消えた世界があったこと」を憶えていてほしいと――一成たちはライダーの案に乗ることにした。

 

 

 そうして開かれる望月の固有結界。アーチャーの心象風景――月下に桜散り、優雅な寝殿造の屋敷で奏でられる雅楽の調べ。

 その世界にそぐわない、巻き込まれた黒狼を、アーチャーは言葉一つで悉く屠り去る。この固有結界は、春日全体を包み込む規模で展開されており、ほぼほぼキャスターの結界の大きさと重なる。その分、魔力消費も著しいため長持ちはしない。

 

「矢よ降り注げ、犬を殺せ!」

 

 何処からともなく空からわき出で、空を埋め尽くさんばかりの数の矢が一斉に降り注ぎ、悉く黒狼たちを突き刺し、蹂躙し、押し潰す。

 だがそれも、これから行うことの前哨戦でしかない。言葉一つで敵を葬り去るこの世界において、平安の貴族の役目はひとつ。

 

「一成や――そなたは今一度、安倍晴明の力を行使せよ」

「……おう!」

 

『固有結界内でのアーチャーの発言は、すべて現実化し、過程は省略される』――一見何でも現実化できそうに思えるアーチャーの固有結界だが、もちろん万能ではない。

 アーチャーの発言を固有結界内において現実たらしめる――だが、その実アーチャー自身にはっきりと思い描ける現実でなければ成就はしない。

 

 たとえば「矢に射られて死ね」であればその通りに具現化するが、「死ね」だけだとどのように死ぬかはわからない。

 ゆえに「この結界内を神代にする」と告げても、アーチャー自身が神代をよくわかっていないためにまともに成就しない。

 

 だが安倍晴明はアーチャーと同時代を生きた伝説の陰陽師にして、部下でもある。

 その力、その姿は今でも脳裏に焼き付いている――!

 

 一成の魔術回路がアーチャーの言霊により激しく変化をはじめ、彼は一瞬目を閉じた。だが次に目を開いた時には、はっきりと意識を持っていた。

 

「――榊原、俺の手を掴め!」

「ええ!」

 

 巫女衣装の理子が一成の手を握り、彼女も目をつむった。それと同時に怒涛に脳になだれ込んでくるのは――言語化も難しい遠き世界。

 世界が真エーテルにつつまれ、現在の魔術の多くが魔法であった時代の光景。

 

 理子はその映像に飲まれないように、理解しようとしてはいけない世界をただ光景として記憶する。それと同時に、流れ込んでくる魔力を受け入れる――手をつないでいるだけで高い共感状態には遠いにもかかわらず、いかなる手段で送っているのだろうか。

 

 今まで、念写をこんなことに使ったことはなかったけれど。

 

 理子は目の前、フェンスの上に仁王立ちしている初代天皇――神霊(建御雷)の姿。

 

 アーチャーの固有結界により、一成に安倍晴明レベルの魔術を付与し、一成が千里天眼通を用いて神代を垣間見、さらにその情報と自分の魔力を理子に与え――理子は超能力の「念写」を以て神代の光景を、かつてあったライダーの大本の姿を今のライダーに「念写」し、この春日結界内に神代の光景を「念写」する。

 

 それによりライダーは一時的に神代相当の権能を取戻し、因果律の書き換えを行う。

 だが問題は、神代相当の権能を得てしまうとライダーは現在の人格が吹き飛んでしまうことである。

 

 人格が消し飛ぶまでの刹那に書き換えを行うが、その後はおそらく、ここを滅ぼすだろうとライダーは語る。

 自分の大本は、この世界を醜悪だとみなすだろうと。

 しかしそれから先の話は、やってみなければわからない。

 

 遠く、美玖川の彷徨で黄金色と濃紺の光柱が立ち上った。片方は、アルトリアの宝具の輝きであるが、もう片方は……。

 

 そして、世界が一度静まり返った。黒狼の唸りや呻き、怨嗟と呪いで満ちていたはずの春日が、いつもの夜のような静寂を取り戻した。

 それすなわち、アヴェンジャーが櫛の結界に閉じ込められたということ。

 

 温い風が、理子の肌を撫でる。汚濁に満ち満ちていたキャンバスが、真っ白に染まり、ン何でも映し出せるような気がしてくる。

 

 今これから自分が見るものは、これまで神社にて祀ってきたものの本体、大いなる昔の姿。理子は脳裏に押し寄せる光景をそのまま、写し出す――!

 

「――いきます!」

 

 思い描く工程は常と変らない。脳裏に浮かんだ映像をそのまま、対象の上へと覆いかぶせるだけ。

 

 最後に見たライダーの姿は、笑っていたような気がした。

 

 

 

 

 *

 

 

 季節外れの桜が舞い散っている。どこからか優雅な笛の音が聞こえてくる。

 

 一時撤退したハルカ、キャスター、ランサーは別のホテルの屋上に陣取り、ヤマトタケルの宝具の光とその破壊を眺めていた。

 そして同時に、駅の北側――ヤマトタケルよりもさらに遠く向こうに、黄金光が立ち上って、消えるのを見た。

 

「あれは騎士王の輝きか……あちらも決着がついたようだ」

 

 その証拠に、黒狼の数は一時的に増加の勢いを衰えさせた。最後のくびきであり境界の主であったアヴェンジャーが結界に隔離されたためだ。

 だが、その結界が消滅したら、すべてが終わる。そしてランサーは続いて、ホテル春日イノセントの屋上に目をやった。

 

「さて、キャスターと、ハルカか」

「あなたは美玖川で戦った……ランサー。なぜここに?」

「ん? 儂は咲や狂戦士といたが、あっちは分身した狂戦士で事足りるようだったからな。セイバーやライダーの様子を見に来たのだ」

 

 しかし、ランサーがやってきたときにはことは終わりかけていたわけだが。ランサーはやれやれと頬を掻いた。

 

「どうも儂は本来の聖杯戦争でもここでも、いまいち戦いきれなんだな……して、キャスター。お前がこの世界を創造したそうだが、本懐を達成できたか?」

「え!? いや、……いや、はい。ちょっと変な形ですけど、なんか悩んでいたことがばかばかしくなってきたので、達成できました」

 

 キャスターは戸惑いつつも微笑みながら、隣のハルカを見上げた。当のハルカはよくわからないと顔に書いていたが、キャスターの満足げな様子で不満はないようではあった。

 が、その時、ランサーに片手を差し出した。

 

「? 何だ?」

「いえ、握手を。美玖川で戦った時から思っていたのですが、あなたの戦いに対する姿勢、そして戦う姿は素晴らしいと思ったもので」

 

 ランサーはぽかんと呆けたが、すぐさま大笑した。そして彼の手を握り、力強く振った。

 

「まだこの方法の握手には慣れなくてすまない。だがマスターでもない者からそんなに褒められるとは思っていなかったぞ。お前をマスターとするのも、また楽しそうであるな……っと! さて、本当にアヴェンジャーが倒れたと見える。あとはせいぜい、こちらが倒れるまで暴れるだけだが」

 

 再び戦闘態勢に入った彼らの目の端――に、光り輝く何かが目に入った。

 それぞれ、その白い輝きが何を意味するのかを瞬時に悟る。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「……あれは、別世界の俺と、アルトリアか。」

 

 空にかけ上る、黄金の光と濃紺の闇。

 誰もが夢見た尊き光と、何もかもを焼き尽くした滅びの光。

 ヤマトタケルは両方に憧れることはないが、得難いものなのだろうとは思う。

 

 滅びが約束されていても、最後まで王たらんと戦った騎士の終わり。

 敢えて滅びを選んで、己の宿命を否定した剣士の終わり。

 

 アヴェンジャー。ありえた別の日本武尊。興味がない、といったことは本心である。

 同じ顔というならそもそも双子の兄がいた身でもあるし、それになしたことが違うというなら、それはもう自分ではない他の誰かだと思う。

 

 ゆえに選ぶなら、別の自分との対決よりも、最後の時までマスターとともに戦うことだ。

 

「さて、俺の仕事ももうここまでだが、最後の時まで戦うとするか……その前に、明」

 

 一度剣を下したセイバーは、改めて自分のマスターに向き直った。

 

「何?」

「……俺は、聖杯戦争で、一人の明を護れなかった」

「それは、」

 

 春日地下大空洞での最終決戦。明は、想像明と二人がかりで戦い、シグマに勝利した。そして明は生き残ったのだが、想像明は消滅した。

 想像明の消滅は、明と想像明の想定内であった。明はその作戦内容をセイバーに一言も語っておらず、彼女が消えたのはセイバーの責ではない。

 

 ――それでも、最後の決着がついた後に、想像明が姿を消していたことを、セイバーは知っていた。それについて問いただす時間がなかったまま、彼は消滅した。

 

「想像明がニセモノかどうかは、わからない。同じように、この世界は偽物かもしれない。でも、俺がいたのはここだ。だから、本物か偽物かは、どうでもいいと思う。お前が作ったというここは、楽しかったのだから」

 

 息が止まるかと、思った。セイバーは知っているのか、知らないのか。しかし()がそれを問うことは絶対にない。キリエには言ったのだから、それで十分だ。

 明はくっと顔を上げて、無理に笑って見せた。

 

「……それは、よかった。……うん、そうだね、想像明のこと、言わなくてごめんね。でもセイバーが止めても、私たちはやったよ」

「……俺は、マスターがどうしてもやる、というのなら……死んでも止めるという選択はしない」

 

 不満げな面持ちのセイバーを見て、明は思わず笑った。

 良くも悪くもセイバーは自分の意思よりもマスターの意思を優先する。

 あの時、最終決戦前の自分がセイバーに何も言わなかったのは、セイバーに止められるからではなくて、セイバーが嫌がることを嫌がったのかもしれない。思えば自分勝手な話だ。

 

「そうだよね。セイバーはマスターが地獄に行くなら地獄まで一緒に行っちゃう方だもんね。オルタの方は殺してでも止めそうだけど。……というか、オルタの方はあんまりコミュ障じゃなさそうだし」

「……!」

 

 大きな石で頭を殴られたように、セイバーは大きく目を見開いた。地味にショックを受けているようだ。

 明の感覚だが、ヤマトタケルオルタはヤマトタケルより間違って話を受け取ることは少なそうだが、きちんと理解した上で敢えて逆らうイメージがある。

 明は「お、俺も剣を棄てればコミュ強に……」と不穏なことを言うセイバーの背中を叩いた。

 

「ばか言ってないで、最後まで戦うよ。セイバーは私のサーヴァントなんだから」

 

 彼は自分をマスターと呼ぶ。今現実世界にいる()に、今私はセイバーと共に戦っていると、高らかに告げたい。

 最後まで戦いたい。仮にもこの身は、春日聖杯戦争の優勝者である。

 

 終焉は近く、近くホテル春日イノセントの屋上には人影もなく――あとはライダーに任せるだけだ。セイバーも天叢雲剣をかざし、地を蹴った。

 

「わかった。……行くぞ!」

 

 空には、満月。桜の花びらが、吹雪のように舞っていた。

 

 

 *

 ――久しぶりだな、槍。どうだ懐かしき神代に、顔を出してみないか。

 

 ――カムヤマトイワレヒコ。お前、一体どういう風の吹き回しか。お前が可笑しかったのは生前からだが、此度はそれに比する位には狂っている。

 

 ――ふむ、それは認めよう。今為したことで数十年ここの命を永らえても、ハルカ・エーデルフェルトが死すれば滅びる。意味はない。

 だが、公は意味のないことが好きなのだ。

 

 ――やはりうつけか。どこでこうねじ曲がってしまったのか。

 

 ――まだそれすらわからないとくるか。ま、星の内海に行ってしまった貴様らには、知っても意味のない事であろうよ。

 

 と、いうわけで――公の中から出るがよい。

 

 

 

 *

 

 

 自分は生きているのか、死んでいるのか。――碓氷影景が起き上がると、先ほどまでそばにいたはずの神父の姿は見えなかった。

 そもそも自分は立っているのか、座っているのか、寝ているのかすらおぼつかない。

 

 眩い間での光の向こうでわずかに見えたのは、(おおとり)に乗る――白く輝く雷と、陰陽師の姿。

 

 その視界を最後に、彼の全ては絶たれた。あまりに濃すぎるエーテルの中に、現代の魔術師は無事ではいられない――。




一時間後に最終話を投稿します。

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