Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】 作:たたこ
閃光の一撃。夜の闇を切り裂くような一閃が、黒い狼の群れを切り払う。留まっただけの蜻蛉を真っ二つにした槍の切れ味は並々ではない。
深夜の土御門神社・境内にてバーサーカーと咲は、周囲を取り囲む獣の群れを薙ぎ払っていた。境内――否、土御門神社を抱える丘一帯は黒々とした霧に覆われていた。
「
咲の放った水の刃が、雨嵐と周囲の黒狼に突き刺さる。彼等は断末魔と血飛沫を上げてその場に倒れ、霧散して消えていくが、その後から後から無尽蔵に同形の狼が現れる。
一匹一匹は慌てず始末していけばいいのだが、もう何匹いるのか数えるのさえ飽き飽きするほどの群れである。
ランサーはライダー警護に向かわせているので、ここには咲とバーサーカーの二人のみ。
咲とバーサーカーがここで群れなす黒狼を始末しているのには理由がある。春日三大霊地、大西山・碓氷邸・土御門神社――そこには特に黒狼が引き寄せられる。
たとえここが偽物の春日であっても、モデルは現実の春日である。霊地に黒狼が巣食って汚染し尽くしてしまえば、世界の消滅が早まる……それよりも、春日というキャンバスが汚染されてしまう。
汚染されてしまうと、榊原理子の念写の力が薄くなる。
だから今咲たち――そして他の霊地で同様に戦っている者たちがしていることは、時間稼ぎ。
騎士王が黒狼の本体、アヴェンジャーを隔離するまで、春日が呪いに覆い尽くされることを防ぐ役割だ。
「……!」
獰猛な唸り声をあげ、咲めがけて飛び掛かってきた狼たちが――その背後の大きな黒い塊によって一刀両断に吹き飛ばされた。
漆黒の鎧兜、反りのある大刀、物言わずとも恐ろしいほどの圧迫感を背負った荒武者――バーサーカーの姿だった。
「! バーサーカー、やっちゃいなさい!」
「■■■■■■■■ッ!!」
咲の指令に合せ、荒れ狂うままに振り下ろされる大刀にて黒狼たちは断末魔さえも上げる間もなく、消滅する。だが後から後から湧き出す
――自分は魔術師として、まともな振る舞いができているだろうか。
「
咲は荒れ狂うバーサーカーの補助役――撃ち漏らされた黒狼を、魔力を通して鋭い刃に成形した純水を飛び道具として残さず屠っていく。
「……殺して殺して殺しなさい!」
咲の手による指揮に合わせて、丁度直線状に重なった狼たちが、まとめて串刺しにされて消滅する。バーサーカーの刀が縦に、横に、斜めに走り抜け、嵐のように一緒くたに抹殺していく。
バーサーカーの宝具『
攻防は一進一退、相手はアヴェンジャーになじみ深い形で具現したこの世全ての悪の末端。
元から勝ち目はない。だがそれでも、今まっとうな理由の元、自分のためにも戦っているのだという思いが咲の胸を満たしていた。
共にバーサーカーとあり、全力で前に進むために戦っているのだと。
「……行くわよバーサーカー! あんたはどんなものでも負けない鉄人なんだから――!」
この怨念に満ちた霧さえも、彼女たちの領域内。現代に至るまで大いなる怨霊として畏れられたかつての新皇は、その名の通りに荒ぶりつづける。
「■■■■ォォォーーー!!」
風を切り裂き、石畳を砕き、黒狼をまるで紙屑のように屠り散らしていく。それでも狂戦士がマスターをかすり傷ひとつつけることはない。
それを知っているからこそ、咲は彼の元を離れて近づいて、自由に魔術を行使することができる。
――今も昔も、坂東の草原で奔っていた武者が戦う理由は、些細な理由からだったのだ。
頼られたならば、それに応えたい。新皇と名乗ることになってしまったのも、すべては成り行きだった。
護ろうとしたものに裏切られることになっても、自分が守ろうとしたことはきっと間違いではないと固く固く、狂戦士は信じている。
*
金襴褞袍を風にたなびかせる、男がひとりごちた。
「ったく、また俺の宝具が活躍することになるたあ思ってもいなかったぜ」
春日駅前に並び立つ高層ビルの一つから、勢いよく落下する二つの影。一つは主体的に、もうひとつは引きずられるようにみっともなく手足をばたつかせていた。
彼らが落ちる先には硬いコンクリートの地面が横たわっている――だけではなかった。紅く閃く赤眸がひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……。
不気味に蠢く黒い獣の群れが、肉を求めて山をつくり、ビルの側面さえ這い上がりつつある。
「なぁ悟ゥ、お前、仲間外れにされるのってキライな質だよな?」
「そりゃ仲間外れが好きな奴なんていないだろ……うわあああ!!」
落下する一つは派手な褞袍を翻し、何十丁もの火縄銃を取り出し、眼下に向けて一斉に斉射する。
噴き上がる煙、火薬の匂いと裂光に切り刻まれた獣たちは跡形もなく消え去り――そのぽっかりと空いた地面に、アサシンは何事もなく着地した。そして引き連れていた悟を華麗に御姫様だっこの形で受け止め、地面に立たせてやった。
「アサシン、これは一体、」
「春日園のお土産ついでに話したろ、これが呪いだ」
「……この固有結界? とかをつくる魔力が呪いだ、って話か。これを全部倒せば、俺たちは固有結界の外の、元の世界にもどるっていうんだな。……またファンタジーな話しだなぁ……」
「ったく、聖杯戦争を終えてもファンタジーっつーのか、おめーは」
再度の弾込め、点火、発射。
間断なく打ち放たれ続ける弾丸の嵐で、獣の群れは打倒される。たまに弾幕をくぐり抜けてきた者でも、鎖鎌にて刈り取られていく。悟は周囲の光景に圧倒されながらも、アサシンに信を置いているため怯えの色は薄い。
「やっぱ、俺ついてきたのは失敗? 魔術師じゃないし、お前を助けたりできないし」
アサシンはにやっと笑った。「バァカ、いるだけでいいんだよ。親分は一人で親分になるんじゃねえ、子分がいるから親分なんだっつの。要するに、俺のテンションを上げるためだ」
「!?」
「さーていくぞ!そろそろ褞袍に引っ込んでな!」
アサシンは丸い煙幕弾を地面に投げつけ、辺りを一面白い煙で覆った。その隙に文句を言う悟を宝具の褞袍に投げ入れた。
「お前が連れてきたんだろ!」
最後はほとんど褞袍の奥に消えてしまった文句を聞き届けつつ、アサシンは幾度も幾度も復活して群れを増殖される黒狼たちを見回した。
「――ヘッ」
戦ってきたサーヴァントに比べれば、この程度の敵は造作もない。時間稼ぎの任は無事果たせるだろう。
春日園のあと、悟の家に立ち寄り――悟は仕事があったため、帰ってきたのは八時過ぎだったが――この世界の顛末を話した。既にハルカ・エーデルフェルトが(何の気もなく)漏らしていた為、誤魔化すことに意味を感じなかった。
魔術師である他のマスターたちはともかく、悟は骨の髄まで一般人だ。自分が本物の自分ではない、なんて衝撃的すぎる現実は、今も悟の身に染みて感じられているとは思えない。
だが、悟は邪魔にならないのであれば、ついていきたいと言った。
悟の言う通り、彼の魔術的補佐は期待できない。アサシン一人で戦っても、何ら差はない。それでも彼を戦いに連れてきた理由は、やはり一つだけ。
――たとえ他マスターに及ばずとも、共に戦ったものだからだ。
「だって、一人はさびしーだろ?」
*
斜向かいのビルの屋上に立つ、ショーウインドウのトランペットを眺める子供のような影景らを知りつつ、ライダーはフェンスに寄りかかっていた。
ホテル春日イノセントの屋上に集結したのは、ライダー・一成・アーチャー・理子、それにハルカとキャスターである。ライダーは懐から、通常持っている扇子を取り出して振った。
「
「……」
半ば白い眼のアーチャーだが、ライダーは気軽に言ってついでにウィンクした。
「やることはもうわかっているはずであろう? 貴族の宝具、陰陽師の眼、そして巫女の念写、そして
漫画であれば背後に「バーン!」の書き文字が見えそうなハイテンションさで、ライダーは高笑いした。
まあ、すでにライダーの計画に乗ると決めた時点でアーチャーに文句はないのだが、これまで散々たかられてきたゆえか、文句の一つや二つも言いたいものだ。
アーチャーの内心はともかく。事を勧めなければと、弓兵の隣の一成が口を開こうとしたその時だった。ハルカ・エーデルフェルトは何食わぬ顔でフェンスをよじ登り、てっぺんに足をかけていた。
「キャスター、私たちも行きますか」
「「えっ??」」
戸惑いの声は、一成とキャスターのもの。だが当のハルカは、いけしゃあしゃあと言う。
「神代回帰は私がここにいなくても行えるでしょう。やはり、私は戦うためにここに来たのですから、最後は戦っておわりたいのです。行きますよ、キャスター」
そう言い終わるのが速いか、ハルカは勢いよくフェンスを蹴り――ビル三十階の高さから飛び降りた。
キャスターは慌てて、「あとはお願いします」と言って彼の後を追いかけた。アーチャーは理解しがたい、と言う顔をしていたが、一成の代わりに仕切ろうと口を開いた。
正味、ハルカはどこにいても問題ないのだ。
「……まずは私からであるな。さて、固有結界の中に固有結界を展開したら、本当に一時的に結界内を塗り替えられるのか」
「碓氷は大丈夫って言ってたけどな。もう信じてやってみるしかねえだろ」
「ふむ――それでは、今一度歌うとするか。しかも全力で」
少々嫌そうに、しかしその口元は確かに。
今宵の月は上弦にして、雲はなし。風に揺られる冠と衣冠束帯。栄華から始まるひとつの奇跡は、いまここから。
弑する相手は不在にして、平安の貴族は今何を願い
「この世をば、わが世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしとおもえば――」
*
美玖川は何事もなく、常のように静かだった。ただひとり、漣すらない水面にて立つ黒い影。
境界の主、滅国の天皇――アヴェンジャー・倭建天皇が一人たたずんでいた。
しかしその背後に、周囲に、今春日市全体を覆い尽くしている黒狼の群れがまとわりついている。彼は無言で、腰に下げた黒葛太刀の柄を握っていた。
「――お前か」
「事は数日前であったのに、久しく感じますねアヴェンジャー」
河川敷に姿を見せたのは武装し、不可視の剣を携えたアルトリア・ペンドラゴンだった。碓氷影景がいないことを除けば、状況は数日前と同じだ。
しかしアヴェンジャーは事を構える様子をみせない。
「何をしに来た、騎士王。今さら俺を倒したところで、この世界が消えることに変わりはない」
「知っています。むしろ、あなたは最初から寿命の決まっていたこの固有結界を、最大限延命しようとしていた。世界に何の変化も起こらないように、汚染した魔力を呑み込み続けていたのですから。貴方の消滅は呪いの解放を意味する」
「俺が消滅するその時こそ、固有結界の終わりだ。そこまで理解して、何をしに来た? まさか先日の続きをしようという腹ではあるまい」
「いえ、その通りですよ。貴方には刻限よりも早く消滅してもらわなければならなくなりました」
アヴェンジャーはちらりとアルトリアを見るようなそぶりをすると、空中から三振りの宝剣を焔と共に取り出した。先日も使っていた大通連、小通連、顕妙連である。
アルトリアとしては、先日の借りがあるため、戦うにやぶさかではないのだが――無理に斬り合わずに済むのであれば、それでもよかった。
ゆえに、戦緒を開く前に一言言いたかった。
「アヴェンジャー。大人しく、私に捕まって隔離される気はありませんか」
万全を期するなら、少しでもアヴェンジャーの体力と魔力を削るべきであるのは承知している。
「フフッ、面白い事いうな。だけどもう、俺は自分で生き死にを選べないんでな。ライダーが何かたくらんでいるようだが、好きにすればいい」
既に汚染され切ったアヴェンジャーの身体は、呪いでもって生きている。
にもかかわらず、これだけ正気を以て会話できていること自体、賞賛に値する。アルトリアも、この呪いのおぞましさは知っている。
アルトリアは、アヴェンジャーが世界の管理を引き受けた理由も、世界の延命を望む理由も彼から聞いてはいない。今更聞く必要もないと思う。
アヴェンジャーと、アヴェンジャーを呼んだキャスターが承知しているのであれば、それでよい。
合図はなく、ただ視線が交わされたのみ。
アヴェンジャーはほぼ盲目だが、かつて視界が会ったときの名残か。
アルトリアが地を蹴り、アヴェンジャーが三振りの宝剣と共に躍りかかるのは同時。川面にて激突し、水しぶきが上がる。
三振りの剣が交差し、不可視の剣を支えるように受け止めていた。前の戦いもあり、不可視の剣の長さと間合いは理解されていると思っていい。
「……ハッ!」
水上にて深く踏み込み、一気に距離を詰める。だが、速度も把握するところであり、攻防一体の三振りが交差して力を殺される。
既にアヴェンジャーの瞳は焦点が合っておらず、視覚による情報はなんら得ていないと見える。水上を滑り、背後を取っても、まるで背中に眼があるかのように防がれる。
――前回の戦いで、音で世界を捉えているのであれば、音を超える速さで動けば刺せると考え、風王鉄槌で音速を超えて突撃した。
だが、アヴェンジャーはそれを見切っていた。
ならば、彼は音で、いや、音以外にも何かの手段で世界を把握していると考えるべきだ。
明は、アヴェンジャーから音のならない鈴を渡されていた。
明曰く、それには魔術的加工は感じられなかったと。
とすれば、音よりも早い、魔術とは関係のない何か。
――電磁波。彼は極小の電位差を感じ取り、外界の変化を描きだしている。
電磁波は真空中は光速と同じ速度で進み、物質中では物質の屈折率で速度は変化する。空気中では真空と屈折率がほぼ変わらない為、およそ光速で伝わる。
明に渡したと言う鈴は、ヒヒイロカネを加工した特殊なもので、それ自身が磁場を形成し一定周波の電磁波を発しているのだろう。
音と電磁波で、世界を把握する。アヴェンジャーの世界はそれで構成されている。
「俺とお前の戦いでは、結局は宝具の撃ちあいに帰結する。それは前の戦いで承知しているであろう、騎士王!」
大きく一歩、距離を取ったアヴェンジャーが中空から取り出したのは、黄金色で、反りのない直刀だった。彼は三振りの宝刀を泳がせたまま、金色の剣を天に掲げた。
アヴェンジャーが掲げる剣は一筋の光を放ち、天高く上っていく。
それは剣のカタチをとりながらも、守護するべきモノがここにあるという道標に過ぎず、人を斬るための道具ではない。ゆえに剣ではなく、星の
アルトリアは知らぬが、一度はハルカに対して打ち放とうとしたもの。
「天帝の座より座標固定――
北斗七星を意匠として鍛え上げられたこの剣は、国家鎮護・破邪滅敵を願いとして、宇宙の中心たる北極(天帝)を守護することを示す、儀式のための剣。
人を斬るための剣にあらず。しかし、敵を滅する道程たるその剣は。
「七星剣!」
遥けき北極天より打ち下ろす、星を束ねた光の束。
アヴェンジャーが剣を振り下ろすとほぼ同時に一斉に、この地へ、この川へ、アルトリア目がけて流星のように降り注ぐ!
影景から渡された、改造・弟橘媛の櫛は確か、二度までなら使えるはず。だがただ護るだけに使ってはジリ貧が眼に見えている。相手はこの
それに、あの黒葛に覆われた剣がある以上、エクスカリバーを放つことも許されない。
ならば、一か八か。アルトリアは一度、櫛を確認した。
風王結界をほどいたことによる、爆発的な自身の加速
。音速をも超える突撃が、水上を滑っていく。ビームの乱れ撃ちでも、流石に自身に当たるようなことはすまい。
つまり、今に限ってはアヴェンジャーの至近距離こそが安全地帯のはずだ。
アルトリアの音速を超えた加速で、衝撃波が発生して水がまき上がった。光線の着弾まであと一秒もない。
背後の真空空間も味方に突っ込むが、ここまでは前回の焼き直しだ。見切ったアヴェンジャーに切り返された――「
風王結界をほどくと、再度風を収束させ使えるようにするには多少の時間がかかる。
だが、アルトリアは弟橘媛の櫛の魔力を解放し、魔力で無理やり風を収束させ、再び解き放った。
つまり、風王結界による連続加速!
音速の音速、空気の壁を突き破り、アルトリアの黄金の剣はアヴェンジャーに届く――と同時に星間ビームが嵐のように河原を穿ち轟音が夜を聾した。
高く上がる水柱が再び地に落ち、土煙と水で煙った視界が晴れた頃――水上にアルトリアは、しっかと立っていた。
周囲は小隕石群が落下したらかくやという惨状であったが。そしてアヴェンジャーは――目にも映らぬ光速の斬撃を受け手、腹から真っ黒い血を垂れ流していた。顔こそ笑っているが、深手であるのは明らかだ。
聖杯戦争で破壊された日本武尊の宝具『
それを別世界の張本人たる弟橘媛が修復し、影景が彼女の助けを得て改造したもの。当然この宝具の担い手は日本武尊だが、アサシンの宝具『
深手を負ったが死んでいない今のうちにアヴェンジャーを隔離するため、アルトリアは再び櫛を掲げたが――彼女は、その手を止めた。
アヴェンジャーは三振りの宝刀も七星剣も消していた。それはいい。
だが彼が持っている、あの黒い剣はなんだ。
抜身で刀身があるから、黒葛の剣とは違う。すべてが漆黒で金属特有の輝きもない、柄も柄も、全部が黒一色。
だがその形状は、日本武尊が持つ蛇行剣の天叢雲剣によく似ていた。
ぐらり、とアヴェンジャーの身体が傾いだ。彼は倒れることなく踏みとどまったが、その顔には凄絶な笑みが浮かんでいた。
「剣を棄てても、結局剣を造ってるんだから、ほんとアホみてえだ」
「――」
剣を棄てた倭建天皇。ヒヒイロカネと鍛冶を得たものの、彼は剣を必要とした。
未来過去の英雄が使ったそれではなく、ただこの倭建天皇に必要な剣を求めて。それを打ち出すために彼が思い描いたものは、かつて捨てたはずの剣、その似姿。
ヒヒイロカネから再度鋳造された天叢雲剣――『八雲滅亡・暴風神剣《アマノムラクモ》』。
日本武尊が言っていた、アヴェンジャーの究極の一。
しかし、何故それを今出すのかアルトリアにはわからなかった。エクスカリバー封じであれば、「
「解せない、って顔してるな。大したことじゃねえよ。ライダーが何を考えてんのかなんざ知らんが、どうあがいても俺もお前も消えることに変わりはない。そうだろう」
「……ええ」
「折角だから、一回は自分の宝具ってのをおもいっきりぶっ放しておこうって思っただけさ。編纂事象の俺のモノマネだよ」
苦しげながらも、何故かその顔は楽しそうだった。アルトリアは、今すぐ櫛の宝具を解放することもできたが、その言葉には頷いた。
美玖川水上。セイバーとアヴェンジャーのサーヴァン
トは、三十メートルほどの距離を置いて対峙している。方や星の聖剣、方や嵐の神剣。金切声、獣の唸り声が聞こえる――アヴェンジャーからあふれ出した、黒狼の渦が近い。
「最後に、どうでもいい質問なんだが……キャスターは、元気そうだったか」
「……わかりません。私が彼女に会ったのは、三日前が最後です」
それ以前も、キャスターと深いかかわりのないアルトリアである。
彼女が元気かどうかなら、本人に聞いて欲しいところだ。
その返答を聞き、アヴェンジャーは少し笑った。
――お前が兄の方を好いていたらしいことは、最初こそわからなかったものの、そのうちわかるようになった。
なにしろ、寝所で寝ている時にしょっちゅう大碓、大碓と言っているのだから。
起きている時は、俺のことを好きと言っていたが、どこまで本当なのかはわからなかった。けれどお前が兄を好きであっても、俺にはどうでもよかった。
ただ今は、お前は俺の隣で、俺の妻である。それが事実だったから、それだけでよかったのだ。
神の剣。俺はその宿命に抗った。
大和が、神がお前を殺そうとするなら、そんなものはいらない。
神の剣たる俺が抗うことで、お前も、俺の使命のために死ぬなんて馬鹿げたことをしなくていいと、わかるはずだと思った。
しかしお前は、大和を護りたかった。本当に。
俺はお前を害する大和など要らなかったから、焼いて滅ぼした。大和がなくなれば、お前は俺に縛られることなく、好きなところに、好きな人と行けるはずだと思った。
だけど俺は全部焼き尽くしてしまったから、何も残らなかった。
すべてが滅びた後で、お前は「殺せ」と言った。
結局、俺は俺がむかついたからという理由で何もかもを粉々にした。お前がやりたかったことも、護りたかったもの諸共に。
俺は好き勝手暴れただけだから、清々して死んだ。
最終的に全てを粉砕した俺を、お前はもう見たくもないだろう。
だが、それでもまた、呼ばれることがあるのなら。
俺との夫婦ごっこは、死んだことで終わったのだ。
今度こそは、お前が好きな人と、好きなことができるように。たとえどんな泡沫の世界でも、それを護るために尽力する。
お前に頼まれたからでもない、ただ、俺がやりたいからする。その点について、俺は生前から全く変わっていない。どこまで行っても自慰だ。
――俺は好き勝手暴れて、お前の大和を叩き潰したのだ。
せめて今度は、お前が俺を壊すくらいに好き勝手暴れないと、つり合いがとれないだろう?
ひらり、と桜の花びらが水面に落ちた。夏の季節にはそぐわない、春の色。
空に浮かぶ派、いと美しき丸い月。アルトリアは、現在の状況を察した。
「――急いで決着をつけるぞ。アヴェンジャー」
「お付き合い痛み入る、騎士王」