Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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昼② 夏にして花の(高校生)

 体育館で男装組・女装組で合流し、ひとしきりダンスの練習を行った。一成も本番では陰陽師姿で激しくダンシングするため、練習には混じった。一時間ほど合わせた後、本日は解散ということになった。

 残暑の体育館で一時間も踊れば、誰もかれも汗だくである。

 

「みんな、お疲れ様!」

 

 理子は途中で練習を抜けて、皆の練習風景の写真を撮っていた。卒業アルバムに乗せるための写真である。理子の友達のスミレがクーラーボックスに詰め込んだアクエリをせっせと配っていた。女装で汗だく、中途半端にしたメイクがデロデロに溶けて惨事になっている顔面の桜田が、それでも元気に彼女へ声をかけた。

 

「お~い榊原、写真熱心だな、ありがとう」

「写真は趣味だしいいのよ。というか、あんたたち顔面ホントひどいけど……化粧が得意な女子に教えてもらえば? 私から頼んでもいいけど」

「うーん、気持ちだけもらっとく。なんか一成が女装が得意な知り合いいるっぽくて、その人に教えてもらえるか聞くつってたから」

「女装が得意な知り合い……? あいつ、時々顔ひろいわよね。それはいいけど、外部の人を学校に入れるなら手続きとか面倒くさいわよ。親とか兄弟なら普通に事務で受付してもらえればいいけど、赤の他人?」

 

 私立高校であり、昨今の情勢を考えて無関係な人間が校内に入ろうとすると警備員に止められる。そこまで厳しいセキュリティを強いているわけではないが、最低限身分のしっかりした人でないといけない。

 

「あ、それ一成が多分どうにかなるつってた。詳しくは聞いてないけど」

「……? まあいいわ。じゃあ楽しみにしとく。そろそろ戻りましょう」

 

 文化祭も近い今、このクラスのように練習で体育館を使いたい者たちと、通常のように部活動で体育館を使いたい部員の間で体育館は奪い合いになりがちである。

 今年から夏休み中の体育館は予約制になっていて、何時から何時まで、何面をどこがつかう、と事前に予約ノートに記入しなければならない。今日予約分の時間が過ぎたので、次の予約者たちが入り口で待っている。

 

 桜田と理子は残ったクラスメイトたちに声をかけ、それぞれ着替えの為に教室へと戻った。

 

 

 男子陣は教室にて女装衣装を片付け、いつもの制服に着替えていた。一成も体操服から制服へと着替えているとき、桜田と氷空が近づいてきた。

 

「おい一成、この後メシ食ってゲーセンいかね?」

 

 クラスメイトにはこのまま学校の図書館で受験勉強する者も多い。だが一日くらいサボってもいいじゃん? 宿題はやっているし? というか予備校で勉強してるし? 勢の桜田に強烈な熱意はなく、成績優秀の氷空は今更勉強ごときで騒がない。

 一成はダンス後の暑さにうだりながら、適当に応えた。

 

「お~~~……あ~~~パス! さっき言った女装の知り合いに会いに行くし」

「「俺も行く」」

「早ッ」 

 

 そんなこと言えば百パーセントこの友人たちはついてくるに決まっているのである。ボーッとしていたための失言だと気づいたものの、後の祭りだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 外は相変わらず暑かった。体育館は蒸し暑かったが、こっちは直射日光だ。蜃気楼で先のアスファルトが歪んで見える。土御門一成、氷空満、桜田正義の三人組は語彙力を無くしながら春日駅方面へと足を進めた。

 

 春日駅南口から徒歩五分、埋火高校からも徒歩十分の位置にそのカフェ「joki(ヨキ)」はある。ヨキとはフィンランド語で「川」の意味で、店主は歴史の流れが川だとか大河だとか壮大なことを言っていた気もするが、一成は大部分を聞き流していた為あまり覚えていない。

 駅から近いのだがこの店は裏路地のビル2Fの立地で、少々わかりにくいため期せずして隠れ家的カフェとなっている。さらに店主はそれなりに資産家であり、店を趣味でやっているところもあるため、営業は昼から夜八時くらいまで(よく変わる)の不定休である。

 一成を先頭に外に取り付けられた階段をのぼりながら、桜田が言った。

 

「一成がカフェとかイメージじゃないな」

「俺だってカフェくらい行くわ。それに女装の知り合いのバイト先がここなんだ」

 

 どうやらここの店主は地主の碓氷と懇意のようで、明の口利きによって女装の知り合いのバイト先が決定したのである。前述したが趣味の店であるため、一成と店員がだべっていても文句を言われないユルさなのだ。

 

 ガラスがはめ込まれた扉に内側からかけられたプレートには「OPEN」の文字が並んでいる。いい加減暑さから逃れたく、一成は勢いよく扉を押し開けた。冷風が吹き付ける店内に足を踏み入れ、同時に扉についていたベルがちりんと鳴った。

 

 内装はシンプルで、壁は白くおしゃれな絵がフレームに入って飾られている。テーブルも紺色・四角の簡素なもので、椅子も塗装をしていない木製の素朴なものだ。カウンターが四席、四人掛けテーブル席が三つ、二人掛けテーブル席が二つの小さなカフェだ。

 

 五十半ばに見える店主は、室内だがハンチング帽をかぶってキッチンの奥で、新聞を読んで座っていた。

 

「いらっしゃ……なんだお前か」

 

 客にいらっしゃいませもない今どき実に硬派な店である。ちなみに言いかけたのは店主ではなく、モップ片手に掃除をしていたアルバイトだった。

 

「……おう。邪魔するぞ」

「客だから邪魔ではない。売り上げに貢献していけ」

 

 うろたえる桜田と氷空を引き連れ、一成は入り口から一番奥の四人掛けテーブルに腰かけた。スタンドに立てかけてあるメニューを開くと、北欧っぽいもの(一成の主観)で、サーモンサンドやオムレツの品ぞろえが写真で飛び込んできた。

 

「どれでもうまいぞ。量もあるし」

 

 一成はメニューを目の前の二人に向けて差し出したが、学友の目はアルバイトと一成の間を行き来し、そしてアルバイトへの凝視に落ち着く。

 まあ、二人が思っていることは容易に想像がつく。女装が得意な知り合い、と言ったから彼らは一成にオネエの知り合いがいるとでも思っていたのだろう。オネエの知り合いもいるにはいるが、ただしそちらは人間ではない。

 

「おい一成!? あれが女装の知り合いなのか!?」

 

 桜田は声を小さくして一成に詰め寄った。氷空は氷空でまじまじとアルバイトの様子を見つめ、感嘆とも驚愕ともつかぬ声をもらした。

 

「なんだあの肌……フォトショップで加工したのか……? 毛穴は……? あれは現実か……? どんな画像処理を……」

「ちょっと黙ってろクソコラ職人! 一成、お前の交友関係ってマジ何?」

「注文は決まったか?」

 

 水を持ってきたアルバイトが、愛想もなく問うた。桜田と氷空は言葉を失っていたので、代わりに一成が答えた。本日のランチのオムライスBセット三人前。

 そして注文を店主に伝えようとする彼を引きとめ、一成は尋ねた。

 

「ちょっと、お前に頼みたいことがあるんだけど」

「断る」

「せめて話くらい聞けよ! ……俺たちに女装を教えて「話を聞こう」

「今度は早ええよ!?」

「店主、オムライスBセットを三つ!」

 

 アルバイトはキッチンに向かって叫ぶと、隣のテーブルの椅子を引き寄せて輪に加わった。実にユルい職場である。

 

「話を聞かせてもらおう。というか、お前たちは誰だ?」

「あ、えっと、俺は桜田正義で、こっちが氷空満です。土御門くんの同級生です」

「そうか。俺は大和健という。この土御門……と仲良くはないが知り合いだ」

 

 ――そう、このアルバイト店員大和健は、すなわち日本武尊(やまとたけるのみこと)。先の春日聖杯戦争においてセイバーとして最終勝利者となったサーヴァントである。それはともかく、聖杯戦争を終えた後はここでアルバイトをしているのだ。

 

 碓氷はここ春日の管理者であり地主でもあるため、金に困っておらずセイバーが働く必要はない。だが「何もしないで飯を食らうだけでは魂が腐る!」というよくわからない理由と、さらにゲーセンのパンチングマシーンを壊した修理代のため、マスターの明に頼んでバイトを斡旋してもらったという生前も今も社畜……もとい、実に生真面目な英雄だった。

 

 そして英雄イズイケメンの法則(命名:土御門一成)にたがわず、というか神話にたがわず、このセイバー日本武尊も精悍な美青年であり、一成的には非常にムカつくのであった。

 身長百八十超えとか半ば神代に足突っ込んだ時期の栄養状態どうなってんだ。

 

 ちなみに氷空のフォトショップ発言は、現実にもかかわらずまるでフォトショップで加工を施したように肌がきれいで整っているという意味である。パソコン部画像加工の雄として名高い彼くらいしか使わないたとえだ。

 

 とにかく、一成は手短に文化祭で女装・男装喫茶を行うことを話した。セイバーは恐ろしい速さで話を快諾し、明々後日の集まりに出席することを了承した。

 一成的にはセイバーの乗り気がむしろ不気味だったが、ちょうどその時カウンターからどんと大きな皿が三つ置かれた。

 

「おい女装野郎、オムライス三丁!」

「……店主! 何度も言っているが俺は女装が好きなのではなく、女装も好きなのだ! ただしく仮装(コスプレ)野郎と呼べ!」

 

 どうでもいいからオムライス持ってきてくれないかな、と一成は頬杖をつきながら思っていた。たまにここに来る一成としては見慣れたが、店主はヤマトタケルをいじって面白がっている節がある。

 それはともかく、セイバーはやっとオムライスを一成たちの元に運んできた。綺麗に焼けた黄色い卵に包まれデミグラスソースがたっぷりかかった、スタンダードなオムライスだ。付け合せのじゃがいもコロッケは衣はさっくり、中はほくほくだと評判である。

 三人共ダンスで腹を減らしているのはまぎれもない真実なので、目の前に置かれるなりスプーンを手にかきこみ始めた。

 

「うん、うまいな!」

 

 桜田が急いで食べながらも感嘆の声を漏らした。オムライスも米の一粒一粒までにケチャップがからみ、味にムラがなく染みわたっており、バターの香ばしい香りが食欲をそそる手持無沙汰になった店主はカウンターに両腕をのせて、一成たちを眺めた。

 

「一の字、お前さんはもう学校始まったのか?」

「いや、まだです。文化祭の準備で」

「そういや埋火の学祭は早かったな」

 

 一成とセイバーが文化祭の話をしていたとき、せっせとオムライスを作っていた店主は話を聞いていない。

 かいつまんで説明をすると、店主は綺麗に髭を剃った顎を撫でた。

 

「なるほどな。で、女装男装喫茶でヤマトに教えてもらう……ん? 男装の方もか?」

「そうです」

「男装なら、ほれ、アルトリアちゃんがいたろう。あの子、家の都合で最近まで男として育てられたとかどうのって」

「……ごふ!」

 

 一成は思わずむせかけた。当然「彼女は生前アーサー王です」なんて頭のおかしい説明をするわけにもいかないのだが、その話の言いだしっぺは明かヤマトタケルか。

 しかし、アルトリアは好きで男装していたのではなく必要に迫られてのことだ。それに「文化祭で女装男装喫茶をするから男装を教えてくれ」などとフザケた提案を、あの真面目な彼女が引き受けてくれるものだろうか「おいアルトリア、俺だ。お前男装を教える気はないか」

「って早ッ!」

 

 モップを片手に掃除をしていたセイバー・ヤマトタケルは、いつの間にかスマホを耳に当てていた。困惑しているアルトリアが眼に浮かぶようだと思ったとき、セイバーはスマホを一成に投げてよこした。どうやらあとはお前が話せということらしい。お前が話してくれるんじゃないのかよと、一成は心の中でつっこんだ。

 

「あ、アルトリアさん……?」

『はい。ヤマトタケルから少々話を聞きましたが、私に男装を教えてほしいとは……? カズナリは男ですよね?』

 

 いつ聞いても彼女に似つかわしい凛とした聞きやすい声である。外国の美少女、しかもアーサー王ということもあってギャップや外見に一成はどぎまぎしてしまうのだが、ここまできたらきちんと説明をしなければなるまい。今日何度目かになる文化祭の説明をして、落ち着かない心持で彼女の返答を待った。

 

『構いませんよ』

「そっかダメ……えっ!? ほ、ほんとに!? いいんですか!?」

『ええ。文化祭、こちらのお祭りの一種でしょう? 催し物は楽しいものですからね。しかし……』

「しかし?」

『私は現代の化粧に造詣がありません。教えられるのは……そうですね、騎士としての振る舞い、女性のエスコートの仕方などになりますが、それでも?』

 

 いや全然かまいませんとも。むしろすごい宝塚の香りがしてきた。一成は勢いよく頷いて、日取りや学校の場所の詳細は後で連絡すると伝えて電話を切った。アルトリアの声も心なしか楽しそうであったし、大満足の結果だ。

 一成はセイバーにスマホを投げ返した。しかしヤマトタケルは彼女をライバル視しているのか、あまりアルトリアの力を借りたがらないと思っていたので、一成はついでに彼に尋ねた。

 

「お前、もしかして男装教えるのは苦手なのか」

「……俺が男装を教えられんこともない。だが、歌舞伎の女形がそこいらに転がる女よりも女らしい振る舞いを心がけるように、宝塚の男役がそこいらに転がる男よりも理想の男を演じるように、異性の異性たる魅力は異性が最もわかっているといえる。そういう意味で、あれは俺より適任だろう」

「お、おう」

 

 思ったより真面目、ガチな答えが返ってきてしまって一成は勝手に引いていたのだが、本人がやる気に満ちているのはいいことだ。

 とりあえず主目的は果たした一成一行は、オムライスを食べながら文化祭の話や最近プレイしているソシャゲの話に花を咲かせた。昼食時にもかかわらず他の客がおらず、経営が心配されるが静かでいい。

 また来ようぜ、と話をしていたのを読んだかのように、ちりんと扉のベルが鳴った。常連のお客さんかと思い、一成一同は入り口に目を向けると――固まった。

 

「うわっ、本当に三バカ!?」

「三バカ言うな!」

 

 新たな客は、なんと一成たちのクラスメイトである真田スミレと、榊原理子だった。ちなみに三バカ発言は真田スミレのものである。

 

「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」

「あっ、はーい」

 

 セイバーに促され、同級生女子二人は一成たちの隣の隣のテーブル席についた。どうやってこんなマニアックな店見つけたのか、女子はカフェとか好きだからか……と一成が思っていたところ、なにやら榊原理子が驚いた顔でセイバーを見ていることに気付いた。

 彼女の前に座るスミレは、「は~~本当にイケメン」とか言いながら見ていたが。桜田はスミレをつついた。

 

「おい真田、お前らもしかしてここの常連なのか?」

「ん? 違うよ! とある筋からここにイケメン店員がいるって聞いて、理子を引き連れてやってきたというわけさ。というか三バカ、私的には何で君たちがこんなところにいるのかが不思議なんだけど。似合わね~」

「こっちにはこっちで事情があんだ。明々後日楽しみにしてろ」

「何それ」

 

 のんきに話している桜田と引き換え、氷空はあまり興味がなさそうにオムライスを食べていた。彼は女子が苦手なわけではない。彼曰く同い年の女子は「育ちすぎ」とのこと。そもそも氷空は男だろうと女だろうと、自分から話しかけることは少ない。

 

 他愛もない話をしながらも、一成は先ほどからずっと理子がセイバーを注視しているのが気になった。イケメンだから眺めるスミレの視線とは明らかに違う。

 たとえるならありえないものを見つけた、写真の中にありえないものが映っているいるのを見つけてしまった、ような。

 

 丁度その時セイバーは注文をとりがてら、思い出したように一成に話しかけた。

 

「そうだ、土御門。明日だが予定通りだ。お前は午後碓氷邸に来い」

「お、おう」

 

 からん、と入ったとき同じ音を耳にして一成たちはカフェ「ヨキ」を後にした。一成は桜田たちとゲーセンに行こうとしていたのだが、出たところで厳しい顔をした理子に引きとどめられて、後から追いかけることにした。

 理子の方もスミレをカフェの中で待たせているようだ。

 

 カフェのあるビルの二階から三階に至る階段で、何故か一成と理子は向かい合っていた。正直とても暑いので、話があるなら早く切り上げてほしい。

 その気持ちは話し掛けた理子も同じらしく、早くも話を切り出した。

 

「単刀直入に聞くけど、さっきの店員さん……名札には大和、ってあったけど、なんの知り合い?」

 

 スミレならともかく彼女に限ってまさかお近づきになりたい、というわけでもあるまい。しかも理子の顔が怖すぎる。

 しかし一成は「聖杯戦争で共同戦線を組んだ仲間のマスターのサーヴァントです」とは言えない。かといって急にうまい話も思いつかない。

 

「……道を聞かれたのがきっかけだった……かな?」

「……ふうん。じゃあ、あの人はどこで何してる人なの?」

「……碓氷邸ってあるだろ。あそこの主人が今イギリスで不在らしいんだけど、留守を預かっている使用人だ、って」

 

 嘘ではない。事実セイバーズは対外的にはそういう身分だと(明の入れ知恵で)言って回っている。相変わらず理子の顔は険しいが、それでも何か腑に落ちた顔はしていた。

 

「……碓氷……、とにかく土御門、あの人には関わらない方がいい。明日何かあるみたいなこと言ってたけど、断りなさい。距離をおきなさい」

「は? なんでだよ」

「いいから! あんたは何起こすかわからないところあるし、危うきには近寄るんじゃないの! それに、最近色々物騒なんだから」

 

 全く理解できないが理子はやたらと怒っている。それにいつにもまして理不尽である――委員長じみた発言は今に始まったことでもなく、かつては一成も真正面からぶつかって「うるせえくそ女ァ!!」と激しい口論をしたこともあるが――彼は成長した。みっともなく大喧嘩などという振る舞いは卒業したのである。

 

「……おう。よくわかんねえけどわかった」

「ほんと?」

「別にすごい仲のいい相手じゃねえし」

 

 とりあえず口では分かったそぶりをしておいて、勝手に会えばいいのである。

 正面からぶつかって無駄なエネルギーを消費するのは、かつての愚直な土御門一成(自分)である。

 今やクレバーに成長した土御門一成は、何事もスマートにこなすのである。

 

 ひとまず返答を聞いて満足したらしい理子は、最後に「絶対だからね」と念押しをしてスミレを迎えにカフェへ戻った。

 

 じりじりと噴き出してきた汗をシャツで拭いながら、一成はカンカンと鉄の階段を下りていった。

 にしても、不思議と言えば不思議なのだが――榊原理子という同級生は、正直口うるさくて鬱陶しいことはあるものの、言うことには理由があって、理不尽なことを押し付ける人間ではなかったはずだ。

 彼女が鬱陶しがられるのは、正しいからだ。そのことを思えば、先ほどの彼女の言動は無茶であり、幾分妙ではある。

 

「……こんなクソ暑くちゃ、変にもなるか」

 


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