Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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夜① LAST RIDER

(ならばこの、神々の意向に反感を抱いたのは、いったい誰だ?)

 

 疑問を懐いたものの、彼には国を建てるという神命が存在する。そのため導き手たる霊長の烏を従え、東へ東へと行軍を続けた。兄猾(えうかし)八十梟帥(やそたける)など、様々な敵を打ち破り――ついに彼は、仇敵たる長髄彦(ながすねひこ)と相まみえることになった。

 

 やはり――五瀬命が命を落としたときと変わらず、ナガスネヒコの軍は精強にして精鋭だった。しかし己の正体を知り、烏の加護を得た東征軍は一気呵成に彼の軍を撃破した。

 

 あと一息でナガスネヒコを捕えられるとなった時、突如東征軍の前に現れたのは一人の男だった。手にしているのは天の羽羽矢――太陽の子孫たる証明の矢――だった。

 

 それは彼も所持しているものであり一本しかないはずだったのだが、その男が持っている矢もまた真であった。

 

 その男は饒速日命(ニギハヤヒノミコト)と名乗った。黒い長髪を頭でまとめ、それ以外の風貌は彼によく似ていた。

 彼の部下はみないぶかしんでいたが、彼はニギハヤヒの正体を一目見て理解した。それはニギハヤヒも同じだろう。ニギハヤヒは、彼に向かってこう告げた。

 

「もとより、天つ神が心配しておられるのは太陽の子孫のみ。私は、あなたにお仕え致します。ナガスネヒコの首は獲りましたので、持ってまいります」

 

 ナガスネヒコがあれほどまでに強かった理由は、このニギハヤヒの存在が原因だった。

 

 彼が建御雷命の転生体として神命を与えられたのと同様に、このニギハヤヒも同じ神命を受け取っていたのだ。

 彼が布津御霊剣を与えられ、烏による加護を得ていたのと同様に、ニギハヤヒを通し、ナガスネヒコも天津神の加護を受けていた。

 しかしナガスネヒコはニギハヤヒに臣従を誓い、ニギハヤヒの走狗となったのみである。

 

 何故、天津神は同じ神命を違う場所に生きる二人の人間に与えたか。

 それは、保険と効率のためだった。本命は彼――彦火火出見(ひこほほでみ)だが、万が一加護を与えても途中で倒れた時はニギハヤヒが奈良は橿原に至り国を建てる。

 

 無事に男が東征に成功したら、ニギハヤヒは男に臣従してこれまで下した悪神たちの土地を男に献上する。

 

 ――結果的に、天津神の子孫がこの土地を支配できればそれでよい。

 彦火火出見でも、ニギハヤヒでも。

 

 そのことにニギハヤヒ自体は何の感慨もないようで、淡々と告げた。これまで共に闘ってきたであろうナガスネヒコに未練も思入れもない。

 

「……なるほどな、かつての俺はこういうモノであったのか」

「? 何かおかしなことでも?」

「いいや。時にニギハヤヒ、聞きたいのだが――ナガスネヒコとは、どのような奴だった?」

「……先ほど申し上げましたが、首は獲りました。その問いは無意味かと」

 

 人は全て、神のための駒。

 神命の前には塵芥――矮小でか弱く、卑小にして愚かな生き物だと思っていたかつての己が、彼の目の前に立っていた。彼は円座を引き払い、さっそうと立ち上がった。

 

「……我が兄を殺したナガスネヒコ。お前を頭と仰ぎながら、いったい何を考えていたのか――もう少し出会うのが遅ければ、その生き様と欲望は楽しめたであろうに、われながら惜しいことをした」

「そんなことを知っても、何にもなりませんが」

「おうとも意味はない。むしろ全てに意味などない。国を建てても、どうせ滅ぶぞ――全ては鋼の大地となってな」

「貴方……!」

 

 ニギハヤヒが色をなす。天孫の国を建てることが至上命題である彼にとって、男の発言は耳を疑うものだった。

 しかし彼は全く取りなさず、笑った。

 

 

 

 

 そして旅の果てに――彼は大和を臨む。

 翁の言ったことは間違っていなかった。大和は青々とした瑞穂が風になびく、美しき土地だった。だが、その土地が美しいことは事実だが、男の心をより色づけるものがあった。

 

 彼は畝傍山に上り、その地を見下ろして、遥か来た道を臨む。

 

 そして、さらに東へと目を向ける。

 

 ――うむ、最初からわかっていた結末だ。

 

 

 日向を経ってから、長い年月が経ったことは確かだ。それでも、彼にとって戦いの旅は瞬きの間に終わるような短さであった。

 

 彼は蒼穹の天を仰いだ。「お前たちは、お前たちの血筋とその子孫しか案じておらぬのだろう。しかしそれもよい。神代は当初の予定通り、ゆるやかに終わるがよい」

 

 神々への反発は、今やなかった。

 そもそも、神とて人間の全てを操れる全知全能の何かではない。もし全知全能であるならば、建御雷命を転生させるなど回りくどい真似をする必要がない。時代の流れにすら逆らえぬ、移り変わりゆき、物理法則に追い立てられるわれらが神々。

 

 そして神々も神々なりに知恵を絞り、彼らの目的を果たそうと働いているだけだ。

 

 彼は、ただの人間と比べればはるかに全知全能だろう。

 しかし全知全能はつまらない。先がわかることに何の楽しみがあるのかと思う。

 

 神々はもしかして、大本は自然現象でしかない己らなりに全知全能を望んでいるのかもしれない。

 

「……最後が死であっても、その道中にこそ価値がある。最後が決まっていても、その過程が価値を持つ」

 

 今ならばわかる。あの剣を受け取った時、反発を感じたのはいったい誰だったのか。

 それは人間である彼の中に生成された人格だ。

 

 それまでの彼は、己の正体を知らなくてもあまりに神霊としての在り方をしていた。

 人間としての人格、彦火火出見はいなかったのだ。

 

 ならばいったい、彦火火出見の人格をなしたものは何だったのか?

 

 それは、今を生きる人間の生きざまだった。

 東征で死んだ兄たち、部下たち、そして敵は、未熟にも愚かにも、たとえ終わりを知っていても足掻いて戦い続けていた。「彦火火出見」というカラの器を満たしたものは、矮小な人間の醜くも懸命に行き足掻く姿だった。

 

「彦火火出見」の人格は、人間なしには形成されず。

 布津御霊剣を受け取ることで神霊としての人格をはっきり認識することで、「彦火火出見」の人格を鮮明にした。そうして「彦火火出見」は、「建御雷命」を己の奥深くへ押し込めてしまったのだ。

 

 彦火火出見はひとりではない。その人格が、人々からなるモノであるがゆえに。

 

(わたし)は神代を断ち切らぬ。次なる神の剣を造りたければ、造るがよいさ」

 

 神代を断ち切ろうと断ち切るまいと、大きな差はない。たとえ決められた運命があったとしても、その道中は己が選んだものだから価値がある。

 

 なに、どいつもこいつも行き足掻いているだけだ。神々も、人々も、そして公も。

 

 ――ゆえに結果に興味はなく。お前はその旅において、何を見たかを尋ねたい。

 

 全ての物事は生まれ、そして終わりを迎える。それだけは絶対なる真理で、永遠はありえない。モノ・コトを断絶できるということは、そのモノ・コト同士を繋ぎとめる糸が見えていることである。

 

 とあるモノの始まりがあり、あらゆる無限の可能性と道筋の末にモノは終焉を迎える。

 

「故に公は天津神々も人間も等しく、その過程こそを愛で潰す。何と愛おしき神々と人々かよ」

 

 神の望み通り国を作ろう。狭くても山々の連なり囲む、青々として美しいこの国は、神も人も人外も生きる庭。

 神のモノでもあり、人のモノでもある国だ。高天原が神しか許さないのであれば、それは非常にもったいないだろうと思う。

 

 彼は終わりを知る。

 故に、その過程と生き様を愛する。

 

 結果が破滅でも無残でも幸福でも安寧でも男には関係がない。神であろうと、人であろうと、なんであろうと、その生き様――何を選び、何を捨て、何を尊び、何を蔑むかを賞翫して人の格は生まれた。

 

 この国を開闢(ひら)き、観測して映し出す鏡。それは彼の愛の形であるが、彼以外に理解できる者を求めるのは酷だろう。それでも彼は国を睥睨して、高らかに宣言する。

 

「天津神々、悪神、民草共、括目せよ! ―――公は、人世に国を開闢くぞ!」

 

 神代と人代を結ぶ英雄。この国の始まり、原初の人にて開闢の帝。

 

 結果に意味などない。全てのモノは生まれ、そして死ぬ。

 

 全ては終わりという結果を迎えるのだから、結果を求める意味はない。肝腎なものはその過程(プロセス)。生きとし生ける者すべての過程こそが、その彼を神でなくした全てであり、器を満たすもの。

 

 終幕が大円団か、悲劇か、喜劇となるか。それは興味がない。

 

 ただ只管に肝要なことは、その旅路がいかに劇的であろうとなかろうと、迷いと苦痛と汚辱と惨劇しかなくとも、喜びと快楽に満ちようと、その中で彼らはどのような選択をするに至るかである。

 

 人生は終わる。旅は終わる。

 

 最後に己に残すものが何もないなら、残った財も名誉も意味はない。それゆえに。

 

「――その短くて長き道中、楽しまなくてはな」

 


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