Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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昼③ かくしごと、ひとつ

「ただいま」

 

 コンクリート打ちっぱなしの全く魔術師らしさを感じない一軒家に、咲とランサーは戻ってきた。

 地味にバーサーカーも霊体化してついてきていたので、家の管理者は不在で、室内は恐ろしく蒸し暑かった。

 先はリビングのソファにバッグを放り投げ、すぐにエアコンのスイッチを入れた。

 

「バーサーカー。実体化していいわよ」

「■■■■」

「……連れて行った私が言うのもなんだけど、楽しかったの?」

 

 勿論咲には、バーサーカーの意思はわからない。だがなんとなく、楽しかったと言っている……ように見えたのだ。

 咲も霊体化をといてはやりたかったのだが、鎧を着たままの大男を連れたら大騒ぎになるに決まっている。

 

 春日園特製のお土産、巨大温泉まんじゅうの封を切って手渡すと、バーサーカーは黙々とそれを食べ始めた。

 

「うおっ、外も暑いが中もまた違った暑さだな」

 

 玄関を締めたランサーが、後からリビングに入ってきた。咲はちらりと壁掛け時計を見ると、時刻は十二時前。

 昼ごはんを用意してもいいが、朝のビュッフェで張り切って食べてしまったせいであまり腹が減っていない。

 

「……これからどうしようかしら」

 

 今夜で、全部終わり。今更咲ができることもなく、彼女も足掻く気はしない。あとはライダーの話通り、ランサーとバーサーカーは迫りくる黒狼の群れを只管に薙ぎ払うことになるだろう。

 

 咲は落ち着いた心境に至っていた。不思議だな、と彼女自身も思う。普通の自分ならもっと騒ぎ慌てふためき、この現実を受け止めることができなかったように思う。

 

 そもそも、「普通の自分」なんて俯瞰して突き放したような見方を、できた試しがあっただろうか。魔術師として、自己の同一性(アイデンティティ)さえ客観視するようになるのは成長といってもいいのだが……。

 

 ――もしかしたら、自分は……。これも、聖杯の残滓から召喚されたサーヴァントに造られたが故の差異なのだろうか。しかし……。

 

 ふと、後ろから両肩に何者かの手が置かれるのを感じた。バーサーカーの、大きな手だ。

 

「……咲よ、今更考えても仕方がないことに思い煩っても仕方ないぞ。今最も大事なのは、消え去るまでに、何をするかだ」

 

 ソファに腰かけたランサーが振り返って笑う。たとえ消え去ることになっても、無意味なわけではない。

 

 無意味と言うなら、公ら最初から悉く無意味だと――そういったのは、ライダーだったか。

 

『何、泰然自若として己が絶望を受け入れる者だけではつまらんからな。みっともなく、絶望から目を逸らし、現実を否定し、荒唐無稽な夢を見て、己の為に人間を消費する者がいてこそ良きかな。その荒唐無稽な夢が叶わなかったのは、(おまえ)の力が足りなかっただけだ』

 

 ライダーは、そのどこかの誰かの行いを批判も否定もしなかったけれど――咲は、そのどこかの誰かの行いを認めたくはなかった。

 

 ――何故なら真凍咲は魔術の徒。魔術を究める者は、神秘の流出を厭うもの。

 

 まだまだ自分は魔術師としても半人前だが――それでも、魔術師であると誓っている。

 

「魔術師らしくないことはしない。だけど――せめて、忘れられたくはない、と思うの。見捨てないで欲しいと思うの」

 

 見捨てられたのは、どこの真凍咲(わたし)。世界を恨んだのは、いつの真凍咲(わたし)。しかし、益荒男たるランサーはにやりと、咲に向かって笑った。

 

「咲。お前のバーサーカーは、お前を見捨てるサーヴァントなのか?」

「は? そんなこと、あるわけないじゃない」

 

 咲の背後の、狂気(バーサーカー)が笑う。

 笑う理性は既に飛んでいるはずなのだが、そんな気がした。

 

 己はこのバーサーカーのマスターであり、かつて聖杯を目指した魔術師。ライダーに聞けば、碓氷明に聞けば、己が現実でどうなっているのかわかるのかもしれない。

 

 だが、咲は聞かなかった。理由は、怖かったからだ。

 

「現実」の自分が骸になっている可能性。自分が聖杯戦争で何をしたのか。もしそれが咲の「良し」とする範疇を遥かに逸脱していたら、咲はおそらく立ち上がれない。

 ならば――本当を知って立ち上がれなくなってしまうなら、彼女は耳を塞ぐことを選んだ。

 

 今は、この時は、バーサーカーのマスターとして、魔術師として立ち続けるために。

 

 

 *

 

 

 

 高く上った日が照っていた。カーテンの隙間から差し込む日差しに眼を細めながら、キャスターは溜息をついた。

 拠点の二階、ハルカが横たわるベッドの横に座り込んでいた。

 

 今日で、終わりだ。

 

 昨日の夜、シグマとハルカの戦いの最後、キャスターは見ているだけだった。互いに殴り合い、魔術の神髄はどこへやらの、肉弾戦だった。

 最後はライダーの介入が入ったが、それによって事態は思わぬ方向へ進んだ。

 

 とにかく話はついたと、ライダーが立ち去ったあとに、ハルカはキャスターとともに拠点にまで戻った。

 すっかり憑き物が取れた様子のハルカは眠りにつこうとしたが、そうは問屋が卸してくれなかった。この明方、予想していなかった闖入者が現れたのだ。

 

 ――碓氷影景。昨日の昼にここを訪れた春日の管理者は、編纂事象のヤマトタケルの宝具の欠片を携えて現れた。

 ライダーの提案を踏まえて、彼はキャスターの力を借りたいと申し出た。

 

 準備段階で、ハルカが行うべきことはない。彼は影景の話を最後まで聞き届けたあとは再び眠ることにした。

 その間、キャスターは影景と共に作業と試行錯誤を行い続けていた。

 

 あまりぶっ通しで行っても集中力を欠くとのことで、お互いに三十分ほど休憩を取ることにした。その間、キャスターはハルカの様子をみるべく、眠る彼の頬をつねりつつ溜息をついた。

 

「……戦い続けたいからここにいたい。貴方の願いは、聖杯戦争そのものだった」

 

 自分を屠った相手に、喜々として立ち向かっていたハルカ・エーデルフェルト。現実世界で死に体の彼が求めた救いは、戦いだった。

 栄光に包まれた勝利さえその目的としては二次的だった。その時、微動だにしなかったハルカが身じろぎをし、ゆっくりと目を開いた。

 

「……流石にずっとつねられていれば起きますよ」

「……! は、ハルカ様……すみません」

 

 ハルカは気だるそうに体を起こし、伸びをした。彼の顔は昨日のシグマ戦と同じく、すっきりした顔をしていた。

 

「……キャスター。今日で、すべてが終わってしまうのですね」

「……はい。だけどライダーの企画が成功すれば、現実のハルカ様はここでの記憶を保持したハルカ様になります」

 

 ライダーの口ぶりからして、おそらく彼の計画自体はほとんどすべてのサーヴァントとマスターの知るところになっている。

 ハルカとキャスターが最も遅く知らされたと言っていいだろう。

 

 何故ライダーはこのギリギリにまで、ハルカ達には何も言わなかったのか。

 

 それは「ハルカがライダーの眼に叶わなかったら、計画全てを白紙に戻す」心づもりだったからに他ならない。つまり昨日の夜、ライダーはハルカを見定めに来ていた。

 

「この結界(世界)は誰が創造したか。キャスターか? それは違う。キャスターは「誰か」の願いを聞き届けようとしたから創った。つまりこの結界は、お前の為の結界である。この世界の要たるお前が変らないのであれば、公の行いはなかったことにする」

 

 結果として、ハルカはライダーの眼鏡に叶った。今晩の儀式を以て、ライダーはハルカを「現実世界から連れ込まれた」ハルカであったことにする。

 

 つまり、この結界が消失してもハルカは「この結界であったこと」を記憶している。キャスターとともに仮初の聖杯戦争を戦い、宿敵のシグマと戦ったことを覚えていることになる。

 

 元々、キャスターは現実世界のハルカをここに連れこむつもりだったことは前述した。だが、突然に碓氷明の襲撃により、碓氷明をハルカから遠ざけるという趣旨が混入し、結界作成時にハルカはここへ招かれなかった経緯がある。

 

 つまり現実のハルカがここに来たことにするということは、因果律の書き換えである。

 

 ここが虚数空間である以上、現実との時間の流れが異なるため、現実世界では一瞬にも満たないので、世界への影響自体は極小だろう。

 現実のハルカが来たことになれば、ハルカはここで戦ったことをすべて記憶したまま、現実に帰還する。現実のハルカは倒れ伏した状態でも、ここの記憶は刻まれる。

 

「全ては滅ぶのだから、今更世界の崩壊程度で騒がない」――そう嘯くライダーが、何故そんなことをしようと思ったのかはキャスターにもわからない。

 

 また「現実世界のハルカが来たことにする」とは、それはもう過去改変に等しい事象である。いくら神霊の別人格であるライダーでも今はサーヴァント、そこまでの力を発揮ができるのか。

 

 ――だがそれらの疑問があっても、キャスターはライダーの提案に頷いた。結界内で時を過ごしたハルカが、現状の自分を知っても健やかであったなら、現実のハルカも今のハルカと同様に健やかであってほしいから。

 

 ハルカもまた、ライダーの提案を受け入れた。現実の自分は現実の自分でまた立ちあがらねばならないと思っている彼としては、是が非でもという提案ではなくなっていた。

 

 だがそれでも、彼は即座に頷いていた。

 

「これは公なりの、お前たちへの餞である。なるだけ人の倫理に合わせたつもりだ」

 

 話をしていいたライダーは、謎のドヤ顔までしてくださった。

 

 

 

「……キャスター、今更ですが……この世界の継続は不可能なのですね?」

「……無理、です。虚数空間に展開しているので、修正力の影響はないのですが……結界を構成する魔力が、汚染された聖杯の魔力ですから……」

 

 ――倭武天皇(アヴェンジャー)。呪いのはけ口としてキャスターに呼ばれたサーヴァント。彼が貯蔵しきれなくなった呪いは狼の形を取って、夜の春日を徘徊している。

 

 これまではその程度で住んでいたが、アヴェンジャーの閾値を超えれば結界は一気に呪いに染まる。それが、この世界の終焉である。ハルカはゆっくり上半身を起こすと、脚をベッドから床に降ろして、キャスターへと右手を差し出した。

 

「? ハルカ様?」

「日本にも握手の風習はあるでしょう」

「え、あ、はい」

 

 言われるがままにキャスターはハルカの右手を握りしめた。すると、キャスターが思った以上に強い力で握り返された。

 

「あとわずかですが、よろしくお願いします」

「え、あ、はい」

 

 狼狽えたままのキャスターとは対照的にさわやかな顔のハルカは、そういえばと人さし指を立てた。

 

「あなたはあなたで、ヤマトタケルの宝具を回復……いや、改造する役目がある。だから食事は、今回ばかりは私が創りましょう。ついでです、影景の分も」

「え、ええっ!? ハルカ様、料理できたんですか!?」

 

 ハルカは両肩をぐるりと回しストレッチを行うと、ベッドから立ち上がってちらりとキャスターに眼をやった。「高級レストランの味を期待されても困りますが、多少は……ではお互い、頑張りましょう」

 

 既に本調子、といった様子で足早にベッドルームを出ていくハルカを見送り、静寂に満たされた部屋にて、キャスターは大きく肩を落とした。

 

 今更気づいてしまった。今も昔も、いつも気づくのが遅い。気づいた時には手遅れだ。

 

「貴方の願いが叶うことが願い」「助けを求められたから助けると決めた」――それは違う。キャスター自身が、誰かを自分(・・)の力で正しく助けたかったのだ。

 

 それは生前、死ぬべきところで死ねなかったから、繁栄する筈のものを滅ぼし、伴侶を助けられなかった悔いがあるから。

 

「自分が」助けるという願いだった。助けて、死にたかった。

 

 だが彼、ハルカ・エーデルフェルトは、この世界でキャスターがいなくてもきっと、今の答えに辿り着いた。事実を知り、烈しく落ち込み、荒れもしたが彼は魔術師として本懐、ベストを尽くす己に戻ってきた。

 

 そして、現実の自分もそうなるだろうと信じることができた。

 

 それはキャスターの力あってのことではない。これまでのハルカが培ってきた生き様である。ハルカはここで一人でも、聖杯戦争をすべく戦っただろう。

 

 他でもない自分が、助けたかった。その欲望(エゴ)は叶わなかった。それでも、自分が救おうと決めた相手が、救われていることには喜んだ。

 

 ――ああ、やっぱり生前()も今も、私は無力だなぁ。

 

 しかし、感傷に浸っている場合でもない。影景から受け取った櫛の欠片。今日の夜までには騎士王に渡さなくては為、時間は限られている。

 

 それらを用いて成したいことは『全て遠き理想郷』または『この道繋げし我が妻よ』の複製の作成である。

 

 要するに影景は超級の結界宝具・もしくは礼装を必要としているのだ。そしてその結界宝具は己らの身を守るために使うのではない。

 

 アヴェンジャーを隔離するために必要なのだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 私鉄で屋敷の最寄駅まで戻ってきた明一行は、屋敷に到着してから荷物を片付けて、各々自由に過ごそうと思っていた。旅行の後片付けもそこそこに、空調を入れて明、ヤマトタケル、キリエ、アルトリアは一階のリビングのソファに体を沈めていた。

 

 何も全員一致でここでくつろごう、と思っていたのではない。ソファとソファの間に鎮座する艶のあるテーブルの上には、影景のものである小ぶりのトランクとメモが残されていたゆえに、流れで全員でそれを眺めていたのである。

 

『今日中にこの中のレポートを記憶して持ち帰れ 影景』

 

 何となく、父の思惑を察していた明は率先してトランクを引き寄せた。今頃影景は何を――知れたこと、今日の夜に向かって準備をしているのだろう。

 ヤマトタケルから拝借した宝具を使って。

 

「……これは何でしょうか」

「……この世界の特性を知ってから、いままで理論だけは立てていたけど実際には成立するか怪しい魔術……失敗すれば、回路が暴走してしまうとかそういうのを実験しまくっていたんだと思う。その結果をまとめたのが、この中に入ってる」

 

 いくら魔術に失敗しても次の日には生き返る、春日市に酷似した閉鎖空間。影景はここが消えるまでに、頭の中にあった魔術を試して毎夜命を落とし、毎夜も生き返ってきたのだろう。

 

 その結果をレポートにまとめ、唯一現実世界へ戻れる明に託した。流石に碓氷の跡継ぎとして、この成果を蔑ろにするわけにはいかない。

 

「私はこれから部屋でこのレポート読んでるよ。三人は?」

「俺は夕食の買い出しに行くが」

「私は洗濯をしておきます。あと、お土産を食べましょう」

「私はアキラの部屋で読書をしていたいのだけど」

 

 三者三様の言葉が返ってきて、自由にしようと明は頷いた。その時まで、彼らはあくまでいつも通りに過ごすつもりなのだ。

 

 言葉通りヤマトタケルは財布を取り出し、帰ってきたばかりだが早速出かける。アルトリアは他三人の宿泊荷物を改め回収すると、風呂場へと足を運んだ。

 明はキリエとともに二階の自室へ向かい、階段を上る。

 

「全く、アキラの酒癖があんなに悪いとは思わなかったわ」

「うう、それについては耳が痛い。気を付けます……」

 

 すっかり二日酔いは抜けたが、昨日の失態をサーヴァント陣から自分でも聞いて、流石に極まりが悪い。

 特にアルトリアやヤマトタケル、一成にはかなり迷惑をかけてしまった。そのまま世間話のように、キリエは続けた。

 

「ねえ、アキラ。本当の明も酒癖が悪いの?」

「……そうだよ。私はほとんどオリジナルそのままだし」

 

 明は、否定しない。キリエはすべてを知っている。

 

 キャスターの宝具に巻き込まれてこの春日に現れた明は、まず混乱した。

 自分は今まで夜の土御門神社で影のサーヴァントと戦っていたはずなのに、いきなり真夏の昼間の春日にいたのだから。

 場所は春日駅前のホテルの一室で、旅行用の自分のトランクがあった。

 

 ポケットには持ってきた覚えのない携帯電話。すぐに結界のようなものの中だと認識はしたが、これほどまでに春日らしい結界は構築されるとは俄かに信じられなかった。

 ――魔術を放った状況からして、この固有結界らしい空間が全く消えないことから虚数空間内に展開されていることは想像がついた。

 ならば虚数使いである自分が結界の維持に必要であることもわかり、さっさと消して現実へ帰還しようとも思った。

 

 だが、春日とそこの人間さえも創造する結界があまりにも特異で、確認しておいても損はないだろうと思ってしまった。

 

 そして現状確認のために、試しに携帯を覗いてみると見慣れない、アルトリア(セイバー)という登録名。そして、同様に並ぶヤマトタケル(セイバー)の文字があり、明は震えた。

 

 まさか、サーヴァントたちまでいるのかと。恐る恐る――この時点で念話ができる、契約状態にあるという発想自体がなかった――明は、その知らぬアルトリアに電話を掛けた。出たのは聞き覚えのない、しかし凛とした声の少女。

 

 そして、次いで尋ねた――ヤマトタケルは、いるのかと。

 

『明、俺だが何かあったのか』

 

 聞いた瞬間はあまりにも記憶と違う声で驚いたが、その聞き方とトーンは間違いなくセイバーだった。

 

 思えば、安易に電話をすべきではなかったのかもしれない。

 

 さっさと帰ろうと思っていたのに、幻でも懐かしいサーヴァントがここにいるとわかった瞬間に、その気がすっかりなくなってしまった。

 

 彼等との電話で、どうやらここでの自分はおそらくイギリスに行っており、まだ帰国していないことになっていて、明後日の帰国予定だということはわかった。

 この結界内では何故かそういう設定になっていることを理解し、ならばひとまずそれに合わせ、帰国予定の日までは人目を避けてホテルに籠ることにした。

 

 ――そして明は帰国予定の日を迎え、あたかも今帰ってきましたと言う顔をして碓氷邸に向かっていたのだが――奇しくもその途中でキリエに出会った。

 自分で事態を把握していた明だったが、客観性という意味で他魔術師の意見を聞きたく、キリエに最初に相談をしていた。

 生まれながらにして魔術師の家で育った彼女には、冷静に話をすることができた。

 

 キリエは明の行為に、良いとも悪いとも言わなかった。

 

「キリエってさ、幼女なのに空気読めるよね」

「私はこう見えて三十二よ? 空気なんて魔術書を読むより楽勝なのよ」

「いや……それほどとは……」

 

 キリエが外にでてこなかったゆえに好奇心旺盛に人懐っこいのはわかるとしても、コミュニケーションについては聖杯戦争になって外に出るようになってから磨かれたものではなかろうか。

 

 二階の階段を上がったところ正面のドアノブを開くと、明の部屋だ。キリエは我がものとしているロッキングチェアに腰かけ、明はこの部屋の空調を入れた。

 

「アキラ、あなたは最後まで自分が誰かをヤマトタケルに言わないつもり?」

「……うん」

 

 隠していることは、あとひとつだけ。

 きっとヤマトタケルは怒らないと思うが、残念には思うだろう。だからここまで来たら、彼には言わないで墓場まで持っていくつもりだ。

 

 誰だって、偽物より本物の方がいいに決まっているのだから。

 


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