Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】 作:たたこ
朝食バイキング後は、皆それぞれ部屋の片づけをし、朝風呂したい者はするなり、お土産を買いたい者は買うなり、全ての用事を済ませて、十時に一階のフロントに集合となった。
それぞれ、来た時よりも何かしら荷物が増えている。
外はもう完全に日が昇って暑いため、集合は室内である。彼等は邪魔にならないように端に寄り、入店する客を避けて集まっている。
七階でチェックアウトの手続きを終えた一成は、皆より少し遅れて一階へとやってきた。彼は眼をこすりながら手を上げた。
「……ふぁ~~~みなさん、急に企画したスーパー温泉宿泊会にご参加いただき、ありがとうございました……」
「眠いのはわかるがもう少しシャキっとせぬか」
アーチャーに背中をはたかれたが、突っ込むのも面倒で一成は生返事をした。
昨日の夜、酔いどれ明に抱き着かれ思わず前かがみになってしまいそうだったのであわてて撤退をし、未成年部屋に戻った。
だがしかし、理子と咲とキリエが行方不明――桜田曰く、三人でリラクゼーションルームに行ってしまったらしい。残されたいつもの三バカトリオは野郎だけの話に花を咲かせまくっていたが、途中で女性三人組が戻ってきたものの、夜中で逆に目が覚めてきた三バカは再びゲーセンと卓球台に向かったのであった。
そのツケが回ってきて今更眠い一成であったが、最後はきちんと締めておくべくすっと手を上げた。
「よくよく考えると謎としかいえないメンツだなと思ったけど、温泉じゃなくてもまた楽しもうぜ」
「お礼は言っておきます、先輩」
そういう咲もどこか眠たそうである。知り合ったばかりのキリエ、理子でも女子トークで盛り上がったのだろうか。
しかし、皆が楽しめたようで何よりである。ただ今この場に、ライダーはいない。いつ引き揚げたのかさっぱりわからないが、あれについてはもういちいち考えるだけ無駄な気もする。
(……まあ、でも今はあれなりに準備をしてるのか……?)
「おい陰陽師、あれではないか? 駅に向かうバスは」
格子風の自動ドアから半分身を出して、きょろきょろと外を見回していたのはランサーだった。
一成は皆に声をかけ、ランサーに続いて春日園を後にした。
当然、サーヴァント組はぴんぴんしていたのだが、マスター勢+αはほとんどが徹夜、とはいかなくても夜更しの為うとうとして舟をこいでいた。
キリエは「カズナリ、もう食べられないわ」とベタな寝言を呟いていた。眠りこけていて春日駅に着くと運転手に起こされて、一行は鈍い動きでバスから降りた。
夏休み終盤の春日駅前は人も多く、日も高く、早々に疲れてしまいそうな環境である。他の客に先に降りてもらい、お土産を車内に忘れた明が運転手に持ってきてもらったのを最後に、一成一行はバスを降りた。
「……おお、戻ってきたんだな……」
「戻ってきたもなにも、春日園も春日市だっつーの」
ぼうっとしたコメントをした桜田に、一成は笑いながら突っ込んだ。「いやあ、それはわかってんだけど、珍しい面子だったし」
「それをいうならお前ら、よく来たよな。むしろ」
「おーい陰陽師ら、儂らはもう行くが」
「んじゃ、俺も悟にお土産置いてくからここでだ」
いつの間にか咲の荷物まで抱えているランサー、もとい本多忠勝が手を振っていた。咲と並んで、徒歩でここから帰るらしい。
アサシンも徒歩――サーヴァントの足で――徒歩三十分の距離を歩くようだ。一成は軽く手を振りかえした。
「おう、じゃあまたな」
「私たちは私鉄で帰るや……一駅だけど暑くて歩きたくないし」
「私も今日はアキラについていくわ」
早くも暑さに参り始めている明、それにお眠のキリエはここでお別れだ。彼女らが電車ということは、ヤマトタケルとアルトリアも同じである。
「私は普通に家に帰るわ」
理子は、面々に軽く手を振って――そして一成に軽く目配せをして――人ごみに紛れた。残された一成・桜田・氷空にアーチャーは、軽く顔を見合わせた。
「……お前らはふつーにJRだよな」
「おう。なんか……貴重な体験だったな、氷空」
一成としてはもう馴染んだ面子ではあるのだが、桜田たちからすれば、大体得体がしれず、年齢も性別もバラバラの謎集団との一泊だった。
それでも仲良く逞しくやっていた桜田・氷空の精神はなかなかだと、一成は友ながら思った。その通り、氷空は引き締まった顔つきで、バッグの中に入れていたデジカメを取り出して抱きしめた。
「キリエタンがすべて」
「お前に聞いた俺が馬鹿だった……ちょうどいい電車もあることだし、じゃあな一成」
「おう」
桜田と氷空は同じ電車に乗る。桜田が氷空を引きずる形で連れて行こうとするが、バッグの取っ手を掴まれた氷空は、改めて顔を上げた。
「藤原さん、お世話になりました。それとありがとう一成氏。また……」
「こちらこそ、一成が世話になった」
「……またな」
珍しくしおらしく――真面目な顔で、氷空は別れを告げた。
彼の家系に魔術師がいたとは聞いたことがないが、シグマの件と言い、やはり氷空は何かしら気づいているのではないか。
しかしそれ以上彼は何かを言いはせず、雑踏に紛れていった。
既に十一時近い時刻であり、夏休みも終わりに近い今最後を楽しむべく大学生、高校生のグループが目につく。
その雑踏の最中にあるバス停に残された一成、そしてアーチャーは、辺りを見回して――「……ライダー」
「――さて、お前の城に行くとするか」
「キャッ、男の一人暮らしなんて襲われちゃうッ!」
「カァーッ!!」
忽然と姿を現したのは――これまで霊体化していたライダーだった。同時に彼の旅の連れ合いもであり神の化身・使いでもある宝具(八咫烏)までも実体化した。
「ってお前それ、春日園の館内着じゃねーか!あと剣、と烏、実体化させんな!」
「ライブでも出しているが、電動の
昨夜の宿泊会においても、ライダーは自由気ままに振舞いその場にいたりいなかったりしており、最後の解散にいなくてももはやだれも突っ込まなかった。
しかし彼の目的をしっている今の一成にとっては、彼が無意味にいなくなっていたとも思っていない。
「ハハッ。草、まさか公がいつも意味なく行動していると思っていたのか」
「意味はあろうとも、主上よ。周りには無意味にみえているだけでの」
「それは飼い被りだ貴族。公はいちいち意味があるかないかなど考えておらん」
百歩譲って烏はいいとして、フツヌシは悪目立ちが過ぎる。それに駅前に館内着はかなり浮いている。きちんと後で春日園に返してほしい。一成は恐る恐る姿を消してくれと頼んだが、当のフツヌシが泣き出した(涙は出ない)。
「ウウッ、陰陽師ちゃんひどいわッ、あなたはイワレヒコと違って優しいじぇんとるだと思ってたのにッ!」
いや、見た目剣にそんなことを言われても困る一成だった。一方ライダーはフツヌシを出しっぱなしのスルーで、神秘の秘匿という意思はないようである。
「とはいっても、後は役者がそろうのを待つだけだが。頑張るのは公ではない、お前たちだ」
いつでも他人事のように笑う男である。誰よりも早くこの世界のことを知っていながら、己の消滅さえも気にかけない。
その英霊が何故、このようなことをしようと考えたのか、一成には全く分からない。しかし、彼の成そうとしていることに協力しようとしている自分もいるのだ。
「ハァ~~……もしお前が俺のサーヴァントでも、うまくやっていける気がしねえ」
「奇遇だな。公にとって、お前はあまり面白くない」
「では何故一成についてくるのじゃ」
さしものアーチャーもライダー相手にはやりにくいらしく、余計な小細工をしないで真っ真っ直ぐに疑問をぶつけている。
アーチャーのこの態度は前からなのだが、アーチャーとライダーの組み合わせを見てこなかった一成には新鮮だった。
「うむ。最終的には草共の宝具と眼頼りになる。前もって神代を教えておくのも悪くないと思ってな。……ん? そう恐れるな、あくまでフツヌシの記憶を伝えるだけだ」
魔術でも意識を一時的に壁や天井に張り付けて視界を得る、ということはできる。
しかしライダーがやろうとしているのは、フツヌシの記憶を見させること。サーヴァントとマスターが互いの過去を覗き見ることがあるように、フツヌシの記憶を覗かせる。
すっかり奇矯なマスコットキャラクターと堕したフツヌシだが、「
現在はあくまで
本来は人の形もあるのだが、やはり武器としての器に絞る事が現界の条件となっているため、剣のままでしかいられない。
その記憶を見る、とは――一成のみならずアーチャーも息をのまざるをえない。
「そう固くなるな。見ても拍子抜けするだけかもしれんぞ? さて草、お前の屋敷に案内するがいい」
「屋敷ってほどでかくねえよ……」
「屋敷ほどと見栄をはるでない。素直にウサギ小屋と申したほうが良いぞ」
「お前は今全国の貧乏人を敵に回した!」
一成はいわば地元では地主にして名士の家といっていいので、決して貧乏ではないのだが、一人暮らしの仕送りは「贅沢はさせない」親の方針で多くはない。
アルバイトは夏季休暇・冬季休暇のみに許可されている為、普段は頑張ってやりくりをしているのだ。
また、一成の住まうルージュノワール春日は駅から徒歩十分位置するワンルームで野郎三人だと狭い。あまり大柄でもない氷空と桜田でもせせこましいのに、烏+剣までついては圧迫感は相当だろう。
一成は見せたくないものなど出しっぱなしになっていないだろうかと、今更心配になってきた。
駅前の繁華街を抜けると、一気に住宅街が広がってマンションや一軒家が増えてくる。アーチャーと一成だけならどうでもいい雑談をしているところだが、ライダーがいることでそれもしにくい。
だが、ずっと気にしていたのか、アーチャーが口を開いた。
「……ライダー、一つ聞きたいのだが、何故そなたにとって一成はつまらぬのじゃ」
「アーチャー?」
「ほう? その心は」
「こやつほど面白いものはそうないと、私は思う故にな。真逆の心を聞きたくなったのよ」
「俺は珍獣か何かか!?」
一成はつい条件反射でツッコんでしまったが、その「面白い」は笑いの面白いでないことに遅ればせながら気づいた。
見ていて興味深いという点ではそう変わるまいが、この面白いは行く先が楽しみとか、期待を込めている言葉である。今更アーチャーに殊勝になられても気持ちが悪いのだが、同時に面映ゆくもある。
「貴族、お前の言うことはわかる。だが、それゆえにこの草は面白くないのだ――こやつはどんな道に立たされても、足掻くだろう。迷い深く苦悩しても、最後には己で選んで進もうとするだろう。もしかしたら途中で行き倒れるかもしれぬ、それでもこやつには後悔はない。いかな苦境に立たされても、こやつは己が後悔する選択をしない」
一成の後ろについてやたらと偉そうに話すライダーの言葉は、一成の予想とは違った。けなすのではなく、むしろ褒めているに分類される言葉ではないか?
「ゆえにつまらない。どんな
「……歪みない、というヤツか。あとは主上の趣味趣向というだけの話か」
「そういうことだ」
アーチャーは、そのいつでも諦めないだろう姿に生前のある人物を幻視し、尊しと感じているが故に一成を買っている。
だが同じ理由で、ライダーは一成を面白くないと断じている。ならばもうあとは趣味の世界でしかない。
「……じゃあ、お前にとってはあの神父もあんまりおもしろくないんじゃないか」
春日聖杯戦争における真の黒幕、神内御雄。彼自身は聖杯を創り上げる力量を持たずに、アインツベルンと碓氷、土御門を巻きこんで己の大望を果たした。
一成としてあれと同じとされるのは嬉しくないが、あれも自分のやりたいことに邁進した人物ではないのか。
「ハハハ、確かにあれはお前に近しい。だがな、あれは案外後悔と共に生きているのだ。普通の道でもよかったと、その道を歩めるかもしれないと期待をしたが、己の衝動の方が強かったがゆえに、己の衝動に付き従うことを良しとした」
一成は聖杯戦争における神内御雄しか知らないが、彼にも彼の長い人生がある。
年齢でいえば一成の倍以上なのだ、聖杯戦争だけで全てがわかるわけもない。一成としては、そんなに理解したいとも思わないのだが。
「精々迷えよ
笑顔のライダーに、一成とアーチャーは珍しく同タイミングで溜息をついた。やはりこのライダーにはまともにつきあうと、こちらが疲弊する一方だ。
「ところでお前のネズミの巣穴な家はまだか?」
「俺の家をグレードダウンさせんな!」
ところでライダーはいつまで春日園の館内着でいるつもりなのだろうか。
この平日昼間の住宅街で白髪の人間が甚平のような格好でうろつくとは、完全に定年を迎えたお爺さんである。
ただライダーは若すぎてそれも違和感があり、通りかかる主婦、子連れに妙な目で見られるのが気になる一成だった。