Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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10日目 LAST/WORLD/LAST
昼① 如何なる日でも朝は来た


 春日教会の奥は居住空間となっており、御雄と美琴はほぼ教会で生活している。春日教会のスタッフは神内親子だけでなく、数人の修道女もいるが彼女らは春日市内に居住して教会に通っている。

 また、教会スタッフといっても彼女らは教会の裏の側面――聖堂教会を知らない。

 

 さて、今日の教会の予定では夜にミサが行われる程度でかなりゆとりがある。礼拝堂の掃除、庭の手入れ、歩いて五分の一にある霊園の見回りなど、最近できていなかったことをこなすことにする。教会自体には御雄がいてくれるはずだ。

 

 美琴は伸びをしてベッドから降りると、寝巻のジャージを脱いで箪笥にしまうと、いつもの紺色のトゥニカ(ワンピース服の部分)と白のウィンプル(頭巾)を被り、姿見を見ながら整える。

 

 部屋はよくある民家の一部屋に近いが、採光するための窓がないため閉塞感がある。そのことは常々不満に思っているのだが、住まいをリフォームするには資金不足だ。

 

「……よし、今日も一日がんばりますか」

 

 美琴は自分の頬をはたいて気合を入れると、勢いよく部屋から一歩踏み出した。部屋とは打って変わって、廊下は一面外に面していて、ガラスから日光がたっぷりと取り入れられている。

 

「今日もいい天気」

 

 左手を向いて、礼拝堂へと向かおうとすると――ちょうど、礼拝堂から居住区画へと戻ってきた御雄が見えた。今日のように忙しい日であっても、御雄はいつも早起きで朝の五時には起床している。

 

「おはようございます、お父様」

 

 朝らしい清浄な空気の中、美琴はいつものように挨拶をした。

 

「おはよう。美琴、今日の夜は集会の予定だったが、お前に任せてもいいかね」

「? もともと今日の集会は私が取り仕切る予定でしたが……まさか、ライダーがらみのP業務ですか?」

 

 美琴とて御雄がライダーの奇矯なミュージシャン活動(?)に巻き込まれていることは知っていたが、どうにも無理やりやらされているのではなく本人もまんざらではないらしい。

 教会の運営に支障を出さないという条件で美琴も了承していたが、正直神の信徒である神父がそういった活動に現を抜かすのはどうかと、内心よくは思っていなかった。

 

「そんなところだ。だがそれも今日で終わりだ」

「え? まさかライダーが飽きたんですか?」

「そんなところだ」

 

 あの何を考えているのかわからないライダーのことである、美琴としてはそうですかと納得するしかないが、(プロデューサー)業務が終わるならむしろい喜ばしい。

 

「ということは、駅前で許可でもとって解散ライブでもするんですか?」

「そんなところだ。それに付き合うため今日の夜は留守にする」

「はい。わかりました……全く、お父様ったら見た目は真面目そうなのに案外自由なんですから」

「真面目と自由は背反しない。私は真面目に自由であろうとし続けているだけだ」

 

 冗談のつもりが予想外に真面目に返答されて、美琴は思わず苦笑した。だが確かに、真面目と自由は同居可能であろう。美琴が魔道を捨てて聖堂教会に身を寄せているのも、真面目に信じようと思うモノを捜した結果である。

 

「そうですね。では今日は夜まで手すきなので、霊園の清掃など行います」

「ああ」

 

 

 

 神内御雄は礼拝堂へと向かう美琴を見送って息をついた。あれは、おそらく何にも気づいてはいない。もしライダーあたりが何かを伝えていれば、直情型の美琴は絶対に自分に問い質しに来るからだ。

 

 ――真面目に自由であろうとし続けてきた。

 

 その言葉に嘘はない。己の心に従い、戦争を求めるままに生きて、そして死んだ。

 後悔は何もないが、そんな己でも「一般人らしい価値観」を見下していたことはない。むしろ、そういう風に生きられた方が安穏とした生を送っただろうことは頭で理解している。

 

 春日教会の神父を任され、聖杯戦争再開準備と共に協会運営の為、便利な人手が欲しかったことも事実。美琴を養女としたのは、その理由が九割。

 

 残りの一割は、戦争という道楽に身を窶した己でも子がいれば何かが変わることもあっただろうかとの希望的観測か。

 

「――お前は何一つ悪くない」

 

 廊下の窓から、バケツを片手に教会を出ていく美琴の姿が目に入った。そうだ、あの娘には罪がない。私の養女となってしまったことが、運のつきだった。

 

 全てを知ることが幸福とは限らない。

 ゆえに此度も、神内御雄は神内美琴に、何も伝えないまま終わらせる。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ゆるく開いた目に、一番に飛び込んできたものは、畳の上に転がった一升瓶だった。朝か――身じろぎして上半身を起こそうとしたが、頭がズキリと痛んだ。

 そのまま重力に負けて、枕の上に頭を落とした。

 

「……う~ん……、っ、痛……い……」

 

 昨夜、自分が酒を飲んでいたことは覚えている。だが今のように、布団に入った記憶はない――自分から入ったのか、それとも誰かが入れてくれたのか。

 酒を飲んだ明けらしく、喉が渇いている。だが、頭が痛い上に眠く、だるい。

 

 布団から這い出すことを諦め、明はもぞもぞと頭からかぶりなおした。

 

「明」

「……」

「明」

「……」

「明」

「…………………………あと二時間…………」

「長い! それに朝ごはんのバイキング?の時間が終わるぞ!」

「んあ~~」

 

 薄い布団をはぎ取られそうになり、必死で掴もうとしたが二日酔いの自分と筋力Aのサーヴァントでは勝負にもならなかった。明は力なく腕を敷布団の上に落した。

 

「…………ごはんは、頭いたいし、いいや……」

「何、それは……そういえば、二日酔いとやらはそういった症状が出るのだったか。とりあえず、水でも飲むか?」

 

 正直、布団を返して眠らせておいてほしかったのだが――起き上がれないほどの頭痛でもなく、それに二日酔いからの快復は早い方でもある。

 明は実にスローモーな動きで、上半身を起こした。

 

「……飲む」

 

 予想通り、布団のすぐ左隣にヤマトタケルが座っていた。春日園の館内着ではなく、Gパンに最強Tシャツといういつもの装いだった。

 彼は四角いテーブルの上にあったピッチャーと未使用のグラスを手に取り水をそそぐと、明に手渡した。

 

「……」

 

 二日酔い気味の眼ざめに水は美味しく――温くても五臓六腑に染みわたる。明は大きな息をついてから、眼をこすって部屋を見回したが、なかなかの惨状だった。

 

 空になった一升瓶が十本くらい畳に転がっていて、同様に空き缶も転がっている。テーブルの上には枝豆のからやスナックの空き袋がそのまま放置されており、飲み会に使っただろうグラスも出しっぱなしだ。

 まるで家飲みのような自由さである。

 

「……セイバー」

「何だ」

「私、昨日のことあんまり覚えてないんだけど、何か変なことした?」

「……私の酒が飲めないのかーとか、きゃずなりーと言っていた」

「……やっちゃった感あるなあ」

 

 きゃずなりって何だ。一成のことか。イギリス時計塔では、流石に酔っ払いそのまま眠ってしまうほどの酒は飲まなかった――何をされるかわかったものではない――が、酒を飲む機会はあった。

 あちらでは十八歳以上であれば飲酒できるため、いろいろ飲み歩いてみたものだ。

 

 イギリスでの暮らしを思い出していると、ヤマトタケルが何やら思うところありげな視線を向けていることに気づいた。

 

「……セイバー、どうしたの」

「明、本当に昨日の行いを全く覚えていないのか」

「……この部屋に来てお酒を飲み始めたころまでは覚えてるよ。アーチャーが投資に目覚めたとか、でもライダーに金を吸われてるとかは……まさか、何か私とんでもないことを……」

 

 四つんばいになり、じりじりとヤマトタケルに詰め寄る明。

 記憶を喪うほど大酒を飲んだのは、イギリスに構えた拠点内にて、知るのは父影景のみの時だけ。影景は「いや~酔っていたぞ」と呑気にしており、とりあえず自分は大変なことはしていなかった。

 

「まさか全裸で部屋から踊りだして近くの一般人の部屋にガンドを打ちまくってたとか」

「いや、そんなことはしていない。ただ、酔うと人にべたべたとまとわりつきたくなるのだなと……ん? もしや明、以前に全裸で踊りだしてガンドを乱射したことがあるのか。完全に危ない人間ではないか」

「……セイバーに危ない人間っていわれた……いや、それはない。喩え」

 

 酒を過ごすと記憶が飛んでしまう質なので絶対になかったとは言い切れないが、全裸で眼をさましたことはない。

 しかし、人にべたべたしていたことは確からしく、、一成にでもまとわりついていたのだろうか。実に顔を合わせにくい。……と、今更ではあるが、何故ヤマトタケルはここにいるのだろうか。朝食バイキングの時間も迫っているだろうに。

 

「セイバー、もしかして私の面倒を見させちゃった? ごめんね。今からでもバイキング間に合うなら行ってきなよ」

「もうランサーに適当に持ち帰ってきてくれと頼んである。気にするな」

「あ、そう」

 

 明は再び布団の上に倒れ込んだ。そういえば一成は男女別の部屋に拘っていたが、遊んでからは失念していたのか、結局酒盛り組は酒盛りの部屋で、未成年組は未成年組の部屋で寝ていたのだろう。

 ごろりと布団の上であおむけになると、木目の天井が視界に広がった。昨日と変わらぬ、同じ夏の日。しかし――。

 

「セイバー、楽しかった?」

「何がだ?」

「ん~~この世界の、普通の暮らしが」

 

 本当は、当の昔に終わっていたはずの運命(出会い)。何もかもが本物ではない世界であっても、そこの暮らしが「楽しかった」ことは、無駄だと切り捨てたくない。

 

 ――それは、自分がここを作った一人だからそう思いたい、というのもあるのだろうが。

 

 ヤマトタケルはふむ、と一度顎に手を当てて考えてから、顔を上げた。

「……楽しい……そうだな、楽しかった」

「なら、よかった」

 

 今日で全て終わりだ。全てとお別れ。明は大きく息を吐き、深く体を布団に沈めた。チェックアウトの時間まで惰眠を貪ろうかと思った矢先だったが、サーヴァントはその気配に全く気付かなかったのか、話を続けた。

 彼はまるで、世間話の続きでもするかのように言った。

 

「――しかし、この世界が今日で終わりなのは、俺にとっては喜ばしいのかもしれない」

「――え?」

「……お前には悪いが、俺はお前の父のことが嫌いだ」

「いや、それは別に……。最初から絶対合わないだろうなって思ってたし」

「嫌いで、認めたくもないが、あれが間違っているとは思えない。いや、むしろお前が魔術師として生きるのであれば、そう悪いものでもない」

「――私も、お父様のことを多分、普通の家庭みたいなお父さんとは思ってない。だけど、そうだね――師としてみるなら、あれほどの人もなかなかいない。人でなしだけど」

 

 影景は決して明を憎いと思っていない。むしろ自分の跡継ぎとして、藍は藍より出でで藍より青しと自らを超える魔術師にと望んでいる。

 

 その果てに自分が殺されても、彼は良しと笑うだろう。

 

 それは見方を変えれば、どれだけ憎まれて恨まれても弟子の/娘の成長を願う師/親の姿。

 もちろん碓氷影景はそこまで己の心を殺して育てる――なんてことを考えてはいない。彼は真の臓から魔術の徒であり、根源を追う者として自分より明の方が適しているから、そのために自分が贄となることも厭わないだけである。

 

 しかし明が魔術師でありながらも普通の人間としても生きていくためには、自らの力を完全に把握し魔術師として大成することは重要である。

 人間として、魔術師としても生きるのなら中途半端はありえない。

 

 様々な偶然を重ねてはいるものの、明と影景という親子は師弟という意味で間違っていない。

 

「だが俺は、どんな時でもお前が傷つくのが嫌なのだ。お前に仇なすものは、俺が全て斬り殺す。――だがそれでは、お前のためにならないのも、わかる」

 

 泣きながらでも、自分の価値を取り戻すために一生をかけると誓った、運命の夜。

 

 あの時は明とセイバーお互いに手を取り、自分の道を捜していたけれど、それが終わった今は――。

 碓氷明は舗装された道を歩けない。道は自分で作らなければならない。

 

「この世界、楽しかった。だが、「かわいい子には旅をさせろ」なのだろう」

「フフッ、セイバーお父さんみたい」

「む、本当か。子供はいても育てたことはなかったが」

 

 ――そういえば、セイバーは生前からこういう者だった。自分が戦いしかできず、人を巻き込み傷つけるばかりで、誰一人救えない己を厭うた。

 誰かの幸せの為に自分の存在が邪魔なら、そっと身を引いてしまう。

 

 半生を(どうぐ)として生きてしまった、英雄の名残か。

 不要になった道具は、蔵にしまわておくべきだと。

 

「じゃあさ、私が死んだときには迎えに来てよ」

「は?」

「ほら、英霊ぱわーで私の魂が星幽界に行くタイミングをとらえていい感じに会いに来てよ」

「……明、俺でも適当に言ってるなとわかることを言うな」

「うん。適当に言ってる。だったらいいな、っていう夢の話だよ」

 

 夢の話だ。この世界も夢幻だが、それでも明とセイバーは今話をしている。

 

 そんな夢みたいなことが、あってもいいだろうと思うのだ。

 


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