Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】 作:たたこ
一成が様子を見に来てから三十分後、ランサー・アルトリア・アーチャー・アサシンはフロントに連絡してもらった麻雀で白熱していた。
ランサーとアサシンが麻雀のルールを残る二人に教授しつつ、試しゲームをしている。幸運なら負けないアーチャー・勝負強さのアルトリア・無傷のランサー・特筆することはないが見た目的にはメチャ強そうな雀士のアサシンと、興味深い面子である。
そして一人仲間外れを囲っているヤマトタケルは、手持無沙汰にテレビのバラエティを眺めつつ、オレンジジュースをちびちびと舐めていた。
彼とて、好きで仲間外れにされているのでもなく、ハブられているわけでもない。
「……おい明」
「んん~~」
一成がやってきてからは一滴も酒を飲まず、与えられたジュースを飲んでいる明であるが、それですぐに酔いがさめるはずもなく、赤い顔のままヤマトタケルにべたべたとまとわりついていた。
眠るなら布団を敷くぞ、とヤマトタケルが言うと「寝ない」と返し、また絡み酒でやたらと酒を進めてきたのでしぶしぶ飲んだが、全く顔色の変わらない彼に対し理不尽に「私の酒がまずいというのかぁ」と絡んでくる。
非常に面倒くさい。今は胡坐をかいたヤマトタケルの腿の上に頭をのせてうとうとしている。
「……俺がサーヴァントだからいいものの、先行きが不安だ……」
そこいらを歩く男に明が負けるとは全く思わないが、酒でベロベロの状態はこれでは先が思いやられる。まさかとは思うが、敵の多い時計塔でこんなふうになってはいないだろうか。
やっぱ酒、毒物では? の想いを強くするヤマトタケルであった。
しかしなにはともあれ、平和でグダグダで弛緩した時間が過ぎていた。まあ、たまにはこんなのも悪くはないかとヤマトタケルが思っていた時、コンコンとこの部屋の扉がノックされた。
また土御門が来たのかと一瞬思ったが、この気配は土御門ではない。ヤマトタケルは腿の上の明の頭をそっと座布団の上に降ろすと、立ち上がった。
「俺が出る」
ここまでやってくるとは、流石に酔狂とは思えない。だが、良い予感もしない。
勢いよく扉を開くと、そこには――碓氷影景が立っていた。
「おお、ヤマトタケルが出てくれるとはちょうどいい」
いつもの糊のきいたスーツに、トランク。靴はフロントで脱がされるために靴下だった。
にこやかに笑っている明の父は、出迎えられるなりこう言い放った。
「お前の宝具だった、櫛を貸してくれ!」
「……」
「といってもわけがわからないだろうから、説明をしよう。少々お邪魔する」
ヤマトタケルの返事を待たずに、ずかずかと部屋に上がり込む碓氷影景。予想だにしない人物の登場に、アルトリアたちも牌を混ぜる手を止めた。
アーチャーは既知であったが、アサシンとランサーは首をかしげていた。
「おいあんた誰だ?」
「おお、これは始めまして。私は碓氷影景――もう察していると思うが、そこの碓氷明の父だ。以後お見知りおきを、ランサーにアサシン」
先程までうとうとしていた明は、もう寝転がってはおらず――まだとろんとした目つきをしてはいたが、テーブルに両腕を乗せて実父を見上げていた。
影景の後に続いて居間に戻ったヤマトタケルは警戒の目つきのまま、ひとまずは明の隣に腰を下ろした。
「まずは寛いでいるところを邪魔したことを謝ろう。用が済めばさっさと帰るさ。――で、だ。皆、多かれ少なかれライダーの企みは聞いているだろう」
ヤマトタケルとアルトリアは、明から。明は一成から相談を受けて知っている。ランサーとアサシンは寝耳に水であり、訝しげに影景を見上げた。
「そうかランサーは、当日大暴れする役目だから事前準備は要らないからな。アサシンは少々お願いしたいことがあるんだが……とりあえず胡散臭い、だが面白いことをやろうとしている。俺にとっては、だが」
「……どーもうさんくさいな。あんたもライダーも」
ケッと唾を吐くふりをするアサシンを、影景は笑った。「否定はしないさ……おっ、ちょうどいいところに」
ピピっと、部屋が開錠される音。最早全員が、その気配で誰の来訪かを察していた。
「良い湯であった……お前か。さきほど、
いつもは頭の上で一つにまとめている白髪を下ろし、館内着の黒甚平に身を包んだライダーが姿を現した。影景がいることにも全く驚きを示さず、また影景にしか伝わらぬことを言った。
彼は入れから追加のザブトンを引出、その場に胡坐をかいて坐った。
「アーチャーが覚醒させ、陰陽師が引出し、巫女が映しだし、公が成して因果律を上書きする。そのために結界宝具が必要であり、管理者によろしく頼んだ」
「そういうわけだ。ヤマトタケル、悪いようにはしない。櫛を貸してくれ」
結界宝具が必要のくだりは初耳だが、計画自体を知るヤマトタケルは頭から拒否はしなかったものの、はいそうですかとも頷けなかった。
碓氷影景とライダー・神武天皇という、力は疑うこともない顔だが、心の底から信じることができない二人組だった。
勿論、頷けない理由はそれだけではない。
「――知っているだろう。俺の結界宝具はもう宝具として用をなさない」
聖杯戦争最終戦で、天叢雲剣完全開放のため、ヤマトタケルの神性を一時的に向上させるために結界宝具である櫛を破壊して魔力塊として使用した。
――そう、宝具はヤマトタケルの手によって
通常、宝具の修復には長い時間がかかる。彼は櫛の欠片を集めて常に持ち歩いているが、まだ宝具として機能するには程遠い状態である。
それがなくても、彼らに易々と渡したいものでもない。
「それは知っている。だが壊れていても、結界宝具だ。俺はそれを改造し修復し、使用できるようにする――それに、うってつけの人物もいるしな。世界は違うとはいえ、櫛本来の持ち主がいるんだから」
ヤマトタケルは沈黙した。ライダーが何を思って酔狂を言い出したのか知りはしないし、影景が何を目的にしているのかもよくわからない。
ただ、その企みを聞いた時の明は――嬉しそうだった。
自分はもう死んでいる。今生きているように行動しているのも、奇跡のうち。
自分が今消えたとて、誰も覚えていなくても構わない。
けれど今生きていると思っている、ニセ春日に再生された者たちは違う。
月並みな話らしい。人は、二度死ぬ。
一度目は肉体が滅びた時、二度目は誰からも忘れられた時。だからこれは延命策で弥縫策でしかないと――それでもいいと。
澄ました顔で微笑む、明の父。この男は、ヤマトタケルが櫛を渡すだろうと思ってここにいる。それは彼自身が信頼されているからではなく、状況と、辿り着く先のビジョンにヤマトタケルが魅力を感じると思ってのことだ。
――俗世を、否人の営みの中を生きるという意味で、碓氷影景はヤマトタケルよりもはるかに手練れである。
ヤマトタケルは懐をまさぐり、小さな巾着を取り出した。
「俺はお前が嫌いだ」
「好かれようと思ったことはない。お前にも、明にも。――礼を言おう」
影景は巾着を受け取ると、あっという間に踵を返して部屋を後にした。ライダーは勝手に残った日本酒を手酌で注ぎ、飲み始めていた。