Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】 作:たたこ
十八時から五階の食事処で夕食――という名の宴会を催した。
食事内容はしゃぶしゃぶをメインに御刺身、茶碗蒸し、サラダ、フルーツ盛り合わせに締めの雑炊を楽しんだ。
十人以上の人数の為、小学校の給食時間らしさを感じた学生メンツである。夕食を満喫した後は自由時間――という名の、二十歳以上の面子による酒盛りと未成年グループによる無限大富豪タイムの始まりだった。
女子用部屋と男子用部屋を借りているが、女子用部屋を大富豪ルーム、男子用部屋を酒盛り部屋にしている。
「じゃあ酒盛り組は私とラ……本多さん、藤原さん、ヤマトタケル、アサシン、……ライダーはどっかいっちゃった……から、そんなとこかな」
既に酒の入っている明は、いつもより若干ご機嫌でにこにこしていた。
アルトリアやキリエは実年齢としては疾うに成人しているのだが、氷空や桜田がいる前で酒盛り組に向かわせるのはあまりよろしくない。
だがそこで一成が気にかけていたのは、酒盛り組に女は明一人、残りはむくつけき男どもだということである。
しかし野郎どもは百パーセントサーヴァントで三大欲求からは解き放たれている存在であり、ついでに隣の部屋であるので、妙なことにはならないとは思うのだが、聖杯戦争風紀委員を自認する土御門一成としては不安なのだ。
「おい碓氷、そっち一人で大丈夫かよ」
あとからこっそりアルトリアに酒盛り部屋に向かってもらうことも考えながら、一成はそっと明に耳打ちした。
だがその心配もどこ吹く風か、明は首を傾げた。「何が?」
「いや何がじゃねえー! 部屋の中で、男だらけの中で酒盛りって危ない……かもしれない、だろ!」
「大丈夫大丈夫いざとなったら全員虚数送りだもん。よ~し酒だ~~!!皆の衆~~酒を持て~い!」
「ハハハ、碓氷の姫や、酒はルームサービスで頼むのであろ」
「そうだそうだ。皆の衆~~飲むぞ~~!!」
もはや若干ご機嫌というレベルを超えてハイテンション状態になっている明は、何故か拳を突き上げながら先陣を切って食事処からエレベーターへと向かっていく。
食事の時一成は明と席が端と端だったため、彼女の様子はわからなかったが、既にできあがっていたのか。
「……アルトリアさん、やっぱ心配だから酒盛り組に行ってくれないか」
「わかりました。彼らが妙なことをするとは思っていませんが、あそこまでテンションの高いアキラも何か不安です」
一成とアルトリアは軽く目配せをしたあと、彼女は足早に酒盛り組を追いかけた。
氷空や桜田には、イギリスでは十五から酒が飲めるとかアルトリアは武術の達人だと言っておこう。大体ウソじゃないし。
さて、酒盛り組はさておき。未成年は未成年らしく、健全な遊びに興じるのである。
先行した酒盛り組のあとからまったりと女子部屋に向かうのは、一成・桜田・氷空・理子・咲・キリエである。女子部屋といっても男子部屋と同じ間取りの和室なのだが、女子部屋と聞くだけでドキドキしてしまう。
エレベーターで再び八階に戻り、咲と理子の先導でキーにて部屋を開けてもらった。想像した通り、男子部屋とまったく同じ――違うのは荷物くらいである。
居間を挟んで向こう側の窓ガラスの外には、藍色に暮れた夜の春日があり、街の光――春日駅方面だろうか――が良く見えた。
食事をしている間に、畳の居間に五人分の布団が敷かれていた。キリエは勢いよく誰彼の布団にも構わず、ものすごい勢いで転がり始めた。
「これがジャパニーズシュウガクリョコーね! 庶民がマクラナゲに風呂のノゾキに「オイ、オマエ好きな子誰だよ」とか、コイバナに花を咲かせて夜更しして、見回りに来た先生に怒られるのね!」
「キリエちゃん凄いテンプレな修学旅行観だけど、あんまり間違ってないな……」
「覗きはしねえから!!」
もし魔がさしてノゾキをしていたとしても、元生徒会長様がいるここで告白しようものなら極刑に処されてしまう。
さてキリエを止めるのは氷空に任せるとしても、一成の自前のトランプやウノは男子部屋である。一度戻ろうとしたのだが、そこを理子に止められた。
「トランプとウノなら私も持ってきたわよ」
「マジかよ」
「私もトランプなら家にあったので持ってきました」
咲まで自前トランプを持ってきてくれたらしい。ならばそれで事足りるので、修学旅行お未成年らしく遊ぶとする――で、何をするかだが、いっそここは本当に修学旅行っぽく――「……じゃあ、大富豪でもするか」
「大富豪? 大貧民じゃなくてですか」
「呼び名は地域差だろ。ルール知らないやつは「大富豪? 私のことかしら」……おう、キリエは知らないだろうな。じゃ、最初は説明代わりに知ってる面子で説明しながらやってみるぞ。ルールは革命あり・縛りなし・階段あり・8切りありのノーマルで」
「8切りはノーマルルールの範囲なんですか?」
「今はノーマルの範囲にしといてくれ」
咲は疑問を口にしたが、大富豪はどこまでが標準ルールでどこからがローカルルールかもあやふやなのである。
一成は理子からトランプを受け取ると、適当に切って自分・桜田・理子・咲に配った。氷空はキリエへの解説役をしたいようで断っていた。
「簡単に言うと、ダイヤの3を持っているヤツから順々にカードを出していって、手持ちのカードがなくなった奴から上がり。カードの強さは3が最弱で、2が最強で、ジョーカーはその上。前のやつが出したカードより強いカードしか出せなくて、もうそれ以上カードを出せる奴がいない、ってなったら場は流れて、最後にカードを出したヤツがまた自分の好きなカードから出していく……ってのを繰り返すんだ。よしやるぞ~ダイヤの3持ってるの誰だ」
「あ、私よ。順番は右回りでいい?」
理子の右隣りから、桜田、一成、咲。説明役の氷空とそれにくっつくキリエの図である。輪になった彼らの真ん中に放られるダイヤの3。
「じゃ次は桜田か」
「ならふつーに……」
ダイヤの3の上に重なったのはスペードの5。そして一成がクラブの9、咲がハートの1を出したとき、理子は「パス」と言った。
「? リコ、あなた2を持っているじゃない」
「出せるカードがあっても、出したくなかったら出さなくてもいいんだよキリエタン」
説明プレイのため、理子は覗き込んだキリエに文句は言わないのだが、氷空の口調の気味悪さにひいていた。
そして桜田がハートの2を出して、ジョーカーを出す者もおらず、出されたカードたちは端に追いやられた。
「じゃあ俺からだな。はい」
桜田がポンと出したのは、ハートとダイヤの5。「同じ数字が複数枚あったら一緒にだしてもいいんだよ。2枚以上ね。あとは3,4,5とか、連なったカードが3枚以上になるのを階段っていうんだけど、その出し方もOKだよキリエタン」
「ねえ氷空、その喋り方なんなの?」
「どうした榊原」
理子に顔を向けた時には、すっかり真顔の氷空満である。理子は絶句していたが、桜田が首を傾げた。
「あれ、お前氷空がクソロリコンだって知らなかったっけ。っていうかキリエちゃん学校にきてた時も氷空はこんな感じだったぞ」
「知らないし知りたくもなかったわよ。それに女子と男子は練習別れてることが多かったし、指示したり作業したりで氷空一人の様子を細かく見てないわよ」
「俺はロリコンじゃない。少女趣味と言ってくれ」
「ロリコンはどうでもいいんですけど、先輩の番ですよ」
「真凍、お前はクールだな……」
咲的には氷空のことはどうでもいいのか、さっさと一成の順番を促した。一成がペアの手札を捜している中、当の彼女はさらりと付け加えた。
「完全に変人ですけど、先輩の友達ですから危なさとしては低いんだろうなと思っています」
「お、おう」
そういえば、明にも同じようなことを言われた。随分な信頼をもらっていて、少々気恥ずかしいが嬉しいことに変わりはない。
だが、冷静な理子はぴしゃりと咲に言った。
「真凍さん、それは違うわ。土御門にとっていい人でも、あなたにとっていい人とは限らないんだから。ちゃんと自分で判断しないとダメよ」
「……」
咲はむすりと黙り込んだが、思うところがあるのか反論はしなかった。一端の魔術師として矜持を持っているからか、咲は中学生にしてはかなり大人びているほうなのではないかと一成は思った。
多分、中学どころか高一の自分が同じことを理子に言われたら口うるさいやつと思っているに違いない。
「先輩、なんですかその生暖かい目は。不愉快です」
「いやあ……悪い。真凍、たまには暴れたりしてもいいんだぞ?」
ん? 真凍が本気で壊れて暴れ出すと大変な大参事になる記憶があるような、ないような。
「なんだかますます以て不愉快です」
「カズナリ、パスなの?」
おそらく一番ゲームに興味を持っているだろうキリエにつっこまれて、ようやく一成はカードを出した。クラブとスペードの8。「8切り」ルールを適用しているため、ここで場が流れる。
そして再び一成のターンとなり――雑に四枚の10のカードを放った。
同じ番号のカード四枚を場に出すことで成立する「革命」。一成は説明にぴったりなカード揃いだと、自分で配った時ににっこりしたものである。
「出せる奴はいないな?」
「キリエタン、革命っていうのは今みたいに四枚のカードを出したときのことなんだけど、これ以降はカードの強さが逆転するんだ。今まで2が一番強かったけど、これからは最弱で、最強は3になるんだ」
「ジョーカーは?」
「ジョーカーは最強のまま」
「甘い革命ね」
「そこはルール次第だからね。ジョーカーを最弱にするルールもあるよ」
そのままゲームは進み、最終的に大富豪一成、富豪咲、貧民理子、大貧民桜田で決着した。
さてルールはおおよそわかったキリエ、それに氷空を加えてゲームをすることになったが、キリエは超初心者であることもあり、そして氷空の立候補もあり、キリエ&氷空のコンビとして暫くはゲームをすることにした。
キリエを膝の上にのせてご満悦な氷空は大層気持ち悪いのだが、やはりキリエがくっついてこなくなって少々さびしい一成だった。
*
キリエは強くなかったが、元々氷空はゲームが強い。
そしてノーマルルールにも馴染んだ頃――一成たちが大富豪をするときの定番、「殴り合い大富豪」に移行した。
殴り合い大富豪とは、大富豪において数あるローカルルール――革命、階段、階段革命、Jバック、激縛り、スペ3、5スキップ、逆縛り、4切り、エンペラー、砂嵐を(大体)盛り込んだ大富豪である。ローカルルールは各自ググってほしいのだが、革命を砂嵐で返され8切りを4切りで返され激縛りのスペード3、4、5でもう誰も出せなかったり、いつどういう風に勝てるのかわからないメチャクチャな大富豪である。
ルールを覚えない者は死ぬ。
そういう風に大富豪に夢中になって時を過ごし、すっかり忘れていたのだが――一成は心配だから途中で明の様子を見に行くつもりだったのである。
あちらにはアルトリアも一緒にいるから大変なことにはなっていないとは思うが、一応向かうことにした。
幸い、皆大富豪に疲弊したこともあり休憩、自由時間とした。咲やキリエは自販機にジュースを買いに行き、理子は七階に足湯をしにいった。
隣の部屋のドアは空いていて、あっさりと部屋に入れる――が、予想していたとはいえ一成は踏み込むのを一瞬ためらった。それくらい酒臭いのである。
「お~い、邪魔するぞ~」
間取りは同じ、玄関を入った先にふすまが閉まっていなければ、広間があって酒盛りをしている光景が広がっている――その想像は間違いなかったが、脳が認識するよりも早くとびかかってきたものがあった。
「きゃずなり! うわーん!!」
「!!??」
恐ろしい勢いで飛び掛かられ――抱きつかれ、受け身を取る間もなく一成は廊下に倒れた。幸い頭をぶつけずにはすんだが、一体何事かと自分に襲いかかってきたものを確かめるべく、上に載っているものを掴んだが――重くて暖かくて柔らかくて、酒臭い?
そして、自分の胸の上に感じる、更に柔らかい肉の塊――。
「きゃずなり! しぇいばーがひどいんだよ!」
「……ッ!? う、碓氷!!?」
たっぷり酒を飲んでいるようで、顔は赤らんで涙目だ。いやそれよりも、きっとノーブラであろう胸部の肉が、空気の隙間すらなく押し付けられている。
いや大きいことは以前から知ってはいたが、実物と触れるのではまた全く違うというか、というか自分の足に載っている太腿もまた……。
完全に石化した一成を救ったのは、少し遅れてやってきたアルトリアだった。明の足を掴むと、ずるずると荒っぽく一成から引きはがしたのだ。
「コラッ! アキラ! ステイ!」
「ンア~~~」
「……! ッハッ、一体……!?」
危なかった。もう少しで前かがみになりながら歩かなければいけないところだった。一成はゆっくり起き上がると、恐る恐る酒盛りの間に足を踏み入れた。
布団は端に寄せられ、一成の部屋と同じ四角いテーブルが鎮座しており、その上に「鬼ころし」「八海山」などの日本酒、缶チューハイ、ビールが置いてあった。
空になった一升瓶が何本か畳の上に立ててあるため、かなりの酒量が消費されていることがわかる。また枝豆、たこわさ、ポテトチップス、チョコレートなど雑多なおつまみもテーブル上に散乱していた。
ランサーとアーチャーは普通にテーブルにつき、日本酒をちびちび飲んでいるようだった。アサシンはテーブルからは少々離れ、壁に背をつけてビールを片手にだらだら飲んでいる風情、セイバーはオレンジ色の飲み物を透明なグラスで飲んでいた。
そしてアルトリアは明をすぐ隣に置き、片手を繋いで押さえていた。当の明は、缶チューハイを片手にまだ飲んでいる。
この部屋の酒の多さから見れば、サーヴァントたちはかなりまともな顔をしているが、空気のアルコールで一成自身も酔っぱらいそうだ。
「おや一成、何をしに来た。そなたも一杯やるか」
思ったよりもサーヴァント陣は普通……というか、オカシイのは明だけのように見える。アルトリア相手にむうむう言っている明からは目を逸らし、一成はマトモそうなアーチャーに顔を向けた。
「未成年だっつの! ……よ、様子を見に来たんだけど……何だこれ?」
「まぁ見ての通りじゃ。碓氷の姫は予想外に酒乱だったということよ」
「なんかセイバーが酷いって言ってたんだけど」
「ああ……ヤマトタケルに罪はない。碓氷の姫が「おいセイバー、全然飲んでないよね? 私の酒が飲めないの? イッキ、イッキ、イッキ」といって絡みまくっていたのだが、セイバーが全く酔わないためにひどい~~と言っておるのじゃ」
「完全にクソ酔っ払いじゃねえか」
話の渦中にある明は、今やアルトリアに抱き着いてふえぇんと奇声を上げて泣きついている。不憫な絡まれ役のヤマトタケルは、気まずそうにちらちらと明を見ていた。
「そういやサーヴァントって酒に酔うのか?」
アサシンが笑いながら答えた。「酔いはするぜ。ただ、生前よりはかなり酔いにくくなっている感じはあるな。キャスターの神便鬼毒酒などになればまた違げーんだろうが……しかしヤマトタケルはマスターに言われて一升瓶二本は飲んでたけどよ、アレだからな」
なるほど、酔いにくいために酒をがんがん飲んだ末の、あの空き瓶たちだった。ただアサシンたちはいつもより明るくなっている感じはあるが、ヤマトタケルは全く変わったように見えない。
「……俺の身体にとって、酒は毒物と認識されて神剣により酔わなくなっているのかもしれない。生前から酒を飲んで酔った試しがない」
酒呑童子は神便鬼毒酒によって弱らせられ首を切られ、八岐大蛇は
彼が酒を飲んでも酔えない、というのはわからない話でもなかった。
「そうそう、儂らは色々な理由で酒を飲むが、まれに考え事をしたくないから敢えて酒を飲むと言うこともあってな。だが、ヤマトタケルはそれができないだろう?そういうときお前何しているのかと聞いたんだが……」
「死ぬほど走り回ったり素振りをしたり極限にまで体を疲弊させて寝る、と言っておってなあ。本当に面倒くさい奴じゃなあと思ったものよ」
「そのへん、あんまり騎士王の嬢ちゃんの同意は得られなかったな。酒は嗜むが現実逃避の為に酒を飲むことはありません、ってな。全くお堅いヤツだ」
「王としてそんな現実逃避をする意味も暇もなかったのです! お酒自体は好きですから!」
「ンア~~~私の酒がみんな飲めないっていう~~!!」
……なんか、これはこれですごく楽しそうにやってるなあと思う。とりあえず、アルトリアに酒盛りに行ってもらったのは正しかった。
もし彼女がいなかったら、きっと明はヤマタケあたりにひっついていたに違いない。風紀委員は、無暗に女性が男性におっぱいや太ももを押し付けて密着することを許しません。
「……楽しそうでよかったよ。じゃあ俺は戻るわ」
「おう一成、そなたも一口くらい飲んでいくがよい」
「だーかーらー俺は十八で未成年だっつってんだろ酔っ払い。お酒は二十歳になってから!」
「あ~~そういや、日本だとお酒ってハタチからだっけ~~」
何のことはない明の台詞が、一成にはひっかかった。
そうか、明は半年ほどイギリスにいて、イギリスでは外では十八歳から酒が飲めて、家では保護者がいる条件下に限り、十五歳でも酒を飲んでいいとかだったような気がする。
「おい碓氷、歳いくつだ」
「十九~~」
「はい没収!!」
一成はサーヴァント顔負けの速さで、明の手からチューハイを奪い取った。
「ンア~~かじゅなりがいじめる~~かえして~~」
「ここは日本だ! お酒は二十歳になってから!」
そうか、明以外の面子は全員サーヴァントで、飲酒は二十歳からにこだわらない(もしくは知らない)者ばかり、それに明の年齢まで正確に把握している者などいない。
「十九などだいたい二十歳ではないか。それに一成や、そなたそこまで遵法精神にあふれた質ではあるまい。私を召喚したときなど博物館不法侵入しておるし」
「ぐぅっ……た、確かにそうだけど。法を破るにしても、わからないようにやんなきゃダメだろ。家で飲むならまだしも、あんまり外でやるのはよくないだろ。俺だってあの時ちゃんと魔術をかけてバレないようにしたし」
「そなた~~~どんどん言ってることが犯罪者っぽくなっておるぞ。つまりそれは、完全犯罪ならオッケー☆ということであるからな?」
自分は一体何の話をしていたのだったか。やはりこの部屋があまりに酒臭すぎて、空気で酔っぱらってきたのだろうか。
アーチャーも意味不明に絡んでくるし、やはり自分は早々に立ち去ったほうが良さそうだ。一成はサーヴァントたちに背を向けた。
「わぁかった、でも碓氷既にかなりべろべろっぽいからもう飲むのは止めた方がいいだろ。俺は戻るぞ!」
「自分の中に自分の判断基準を持つのはよいことぞ。だがそれが余りにも現実から乖離すると現実から排斥されることとなろう。覚えておくことじゃ」
「お前」
一成は思わず、顔だけ振り返る――だが、既にアーチャーは呑気に御猪口を持っていた。
「おっとランサー、杯が開いておる」
「おっ、これはかたじけない」
「……戻るわ」
サーヴァントとはいえ酔っ払いの話は話半分以下で聞いた方が良さそうだ。
一成はげんなりしながら、酒盛り部屋を後にした。未成年大富豪部屋はまだグダグダと休憩をしているだろうし、少しいただけになのに自分がものすごく酒臭くなったような気がする。
(そういや、榊原足湯するって言ってたな。あそこ外だしいいな)
*
大富豪がひと段落し理子は一人、一階の足湯へと足を運んでいた。足湯は一日中入れるのだが、深夜に近いこの時間に人はいなかった。
一階の光が漏れているのと、足湯の中に設置されたライトが光っていること、それに何より、天高くかかる月。足湯を行うには問題のない明るさだった。
少々生温い夜風を受けながら理子は足を湯につけた。あんなに長時間大富豪をしたのは久々である。
思うのは、明日のこと。ライダーの見立てでは、明日の夜が臨界点。
昨夜話された、彼の計画を実行に移すとき。
「……念写をそんなふうに使う事なんてできるのかしら」
「お~榊原」
「土御門……酒臭い?」
「……やっぱか」
理子は酒飲み部屋の惨状を予想して、苦笑いを浮かべた。七階から見渡す夜空はいつもよりほんの少しだけ星が近くに感じられる。
理子は隣に立っている一成を見上げた。
「……あんた、やっぱりちょっとは魔術師ね」
「は? 何だ今更」
「明日で自分がなくなるのに、落ち着いてるから」
――春日はニセモノ。また自分もニセモノ。
この世界の事実を知っているのは魔術師ばかりのせいか、誰も彼も、パニックを起こすことはなかった。ライダーに教えられなくても、自ら気づいていた者もいただろう。
一成でさえ泰然自若……いつも通り夏休みを楽しんでやろうという気概に満ちており、気負いはなさそうだった。
現実世界に、きちんと己がいる――魔術師は自己すらも客観視し、であれば問題はないと判断する。
理子自身も、多少は魔術の徒であったのだだと――自分の動揺のなさで、改めて自覚した。
「……俺は、実感がないからヘラヘラしてるだけかもしれないぞ?」
「それならそれでいいわよ。この世の終わりみたいな顔されるよりは」
五体は自由に動く。空気はおいしい。ご飯もおいしい。
それでも、私たちは明日までの命なのだ。
――ライダーの延命策は、延命策という名ではあるが気休めで、気分の問題である。
「……今から十日前以前の記憶は、つじつま合わせだっけ。そうすると、現実世界の私ってあんたが魔術師だってことも知らないし、こうして仲良く合宿にくることもなかったのね」
「そうだな」
「――それだけが、残念よ」
「そうか? 知らなくったって、俺らはクラスメイトだろ」
呑気に笑う一成を見て、理子は苦笑した。
そりゃあそうだ、彼が気づくはずもない。大昔、一年のころだったか――自分はあんたなんて好きでも何でもない、と言ってるんだから。
言うべきか、言うまいか。理子は家の神社を継ぐと決めている。
しかし伝えることは許されるだろう。
「土御門、ありがとう。あんたとこの十日間、色々調べるの楽しかった」
「おう。また
「あんたが悪さをしなければね」
学生生活は楽しいものだ。理子は将来が決まっているという意味で、わざわざ離れた高校に通う必要はなかった。でも、通ってよかったと思う。
まだ半年ほど残る学生生活、口うるさい元生徒会長として楽しむのだ。
好きだけでは家業はやっていられない。たとえ足掻くだけに終わっても、少しでも良くして次に残したいと思うのだ。風習と習慣は理由があってあるもの。
それが時代にそぐわないのであれば、己で変えねばらならない。
「あんたは問題児だけど、やっぱり会えてよかったわ」
「お、おう。どうした、悪いものでも食ったか」
「全く、バカ」