Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】 作:たたこ
春日園の館内着は男女ともに甚平のようなものだ。
男性用は色を紺色か薄い緑色、女性用は濃い目の落ち着いたピンクか薄い黄色か選べる。おしゃれでもないため、館内着を着ないでさっさと自分の服を着る女性も多い。
しかし今日は宿泊をする一成一行は、全員館内着に着替えたリラックスモードでそれぞれ宴会開始の六時まで好きに過ごすことになった。
明、理子、一成は七階の足湯へ、氷空、キリエ、桜田、ランサーは四階のゲーセンへ、ヤマトタケル、アーチャー、アルトリア、咲は同じく四階の卓球広場やってきた。
「温泉とくれば……そう、卓球!」
それを言っていたのは三十二歳ロリだった気もするが、ともかく。
優雅に紺色の館内着を着こなしたアーチャーは片手に卓球のラケット、片手にピンポン球を掲げ――その相対する相手は、同じく紺色館内着のヤマトタケルだった。彼もまたラケットを右手に――アーチャーをそれで指した。
「俺の名前を知っているか――そう、
完全にツッコミ待ちに思える台詞には突っ込まず、咲は卓球のルールを淡々と話す。
「……アーチャーが持っているあのオレンジ色の球をラケットで打ってラリーをして、撃ち返せなかった方の負け。それで打ち返せない球を放った方が一点、十一点先取でゲーム終了。五セットなら三ゲーム先に取った方が勝ち」
「ああ、これはひょっとしてそのためにあるものですか」
壁際には、捲ってカウントしてくタイプの点数版が二つ置いてある。アルトリアはそそくさとそのうちの一台を卓球版の近くに寄せた。
「アルトリアさんはやったことある?」
「いや、サッカーはやった記憶があるのですがこれはありません」
「アーチャーは?」
「たしなむ程度には」
「……なら一度、私とアーチャーでやってみせます。ヤマトタケル、ラケットを」
咲の中学が部活強制参加システムとなっているため、一応卓球部に所属している。
単に「運動部だけど楽そう」という理由だ。強豪校でもなく、市大会の二、三回戦で負けるくらいの呑気な部であるため、咲も熱心に取り組んではいないが、楽しくプレイしている。
軽くアーチャーとラリーをしてみせ、適当なところでスマッシュを決めて点を取った。
「だいたいこんな感じです。ラケットどうぞ」
ラケットをヤマトタケルに返却すると、咲の後ろにはいつの間にかやる気に満ちたアルトリアの姿があった。壁際においてあるボックスから、自分と咲の分のラケットとピンポン玉を持ってきていた。
「サキ、私たちもやりましょう! 流れは把握しました」
「……いいですけど、力は加減してくださいね」
「私の方こそ、サキの胸を借りるつもりでやりますから」
サーヴァントの力で放たれたスマッシュを体に受けてしまったら無事ではすまないと思うので、そこは重々気を付けてほしいと願う咲だった。
「はぁっ!」
鋭いスマッシュに受けるラケットが追い付かず、ピンポン玉は咲の脇をくぐり抜け後ろへと飛んで行った。
アルトリアと卓球を始めて約三十分、当然ながら運動神経、勘、力で咲を圧倒的に上回る彼女は、すでに試合において咲を圧倒しつつあった。
流石にドライブやカットなどの技術は全くないが、咲がドライブ(ラケットを下から上に振り前進回転をかけ、威力を上げる)をかけても、恐ろしいほどの反応速度と直感で打ち返されてしまうのだ。
「……はぁ、流石ですね」
「ラケットの振り方で、回転……動きが結構、変わりますね」
まじまじとラケットとピンポン球を見ながら話すアルトリアを眺めつつ、横のアーチャーVSヤマトタケル戦に視線をやった。
少し関係ない振りをしておこうかなあと思っていたが、そろそろ止めた方がいい気がしてきた。なるほど、碓氷明や土御門一成はこのサーヴァントと付き合ってきたのかと考えると大変だな、ということは理解した。
またアーチャーは以前から卓球を知っていたようだがテクニックを使えるわけではなさそうだった。初心者VS初心者、だが膂力・判断力・瞬発力が人間を超えた者たちが卓球すればどうなるか。
まず、どんな球を放ってもラリーが途切れない。そしてスピードが速すぎて目で追えない。球を拾う際の動きがどう見ても人間の挙動ではない。
おかげで通りがかりの友達連れやカップルが次々と足を止め、完全に見世物化していた。
「フッ……なかなかしつこいな。アーチャー!」
ヤマトタケルは勝負ごとに本気になるタチのため、周囲の視線もなんのその、ラリーに一生懸命である。
アーチャーはヤマトタケルよりは周囲を気にしているようなそぶりもあるが、自分から辞める――負ける気は毛頭なさそうだった。ヤマトタケルやランサー、アルトリアが負けず嫌いであることは咲も身を以て、もしくは伝え聞いて知っていたが、もしかしてアーチャーもかなり負けず嫌いなのではないかと思った。
アーチャーとヤマトタケルが熾烈な卓球ラリーを繰り広げていたその時、氷空、キリエ、桜田、ランサーは同じく四階のゲームセンターエリアを練り歩いていた。
大抵こういう場所にある筐体は、街中にあるゲーセンよりも何代か前の古いものであることが定番だが、春日園もその例にもれなかった。
リニューアル直後であるのに妙に古いのは、既にどこかで使われた中古だからだろうか。
「フフン、私はゲーセンのプロだからなんでも聞いてちょうだい」
何故か自信満々のキリエだが、彼女がゲーセンに行ったのは聖杯戦争中に一成と行った一回きりである。もし一成がここにいれば、「クレーンゲームに強化魔術は禁止だからな」と囁くのだが生憎不在であった。
「ハァキリエタンは何をしたい? ここにあるのだと……クレーンゲーム?プリクラ?ダンレボ? 太鼓の達人? もぐらたたき? スロット? プリクラを取るくらいなら俺がスーパー美麗なキリエたんにしてあげるよいやそのままのキリエタンでいいんだけどね!」
「ついてきなさいミツル・ソラ! 私は太鼓のプロよ!」
勇ましく無一文で太鼓の達人に向かっていくキリエに追従する氷空。彼女がいたことはあるが、男兄弟の中で育ってきた桜田としては、年下の女の子――小学生三年生くらいか――と、一体どうかかわっていいのかわからない。
氷空は一人っ子だが。となると自然、桜田と本多のランサーが残る。
「さっきから思っていたが、桜田、氷空はいつもこんな感じなのか」
「ロリの前では。ところで本多さんはゲーセンとか来るんですか?」
「いや、ないな。ここはひとつ手ほどきしてくれんか」
「いいですよ! わかりやすいのだと……パンチングマシーンとかどうですか?単純にパンチ力を計るゲームなんですけど」
桜田が指さした先には、黄色を基調とした筐体に画面がつき、その前に赤色のパッドが立てられているパンチングマシーンがあった。
パッドの下には専用の紅いグローブがぶら下がっており、一回百円。実は高スコアを出すために舞グローブに鉛を入れる、センサーを隠すなどの技もあるため、本当のストレートで好スコアを記録する者は少なかったりする。
しかしランサーは興味を持ったようでふむふむとマシンに近付いた。
「ほほう……しかしパンチングマシーン、どこかで聞いたことがあるような……」
「じゃあ俺がやってみますね! うわ久しぶりだわ」
桜田はそそくさとマシンに近付き、館内着のポケットから小銭を取り出して投入した。見本を見せるように、グローブをはめて構える。
これはパッドを殴り倒して、その時速でパンチ力を計るタイプだ。これでも彼はゲームのスコア上げのためにテクニックを駆使するのではなく、純粋に、体力測定で握力を計るような心持で挑むのである。
「はっ!!」
ばごん、と景気のいい音がしてパッドが派手に倒され跳ね返り戻る。奥の画面がパチンコのスロットのようにまわりだし、そして止まり表示されたのは「290」――フェザー。
「前より落ちたな~」
この機種の男性平均は290~350程度です、と桜田はランサーに伝えた。つまり彼の点数はザ・平均なのだ。
何故かランサーは何か思い出したような顔をしていたが、桜田に向かって笑った。
「要領はわかった。……そうか、ヤマトタケルが弁償していたのはこれだったか……うむ」
「? 何か?」
「いやなんでもない。さて儂もやるか」
ランサーもポケットに忍ばせておいた百円玉を放り込むと、見よう見まねでグローブをはめた。これまた見よう見まねでファイティングポーズをとり、深く息を吸う。
騒がしいゲームセンターではないが、桜田は周囲が水を打ったように静まりかえったと錯覚した――そして。
「ッ!!」
眼にもとまらぬ、否、映らぬ速さで突き出されるストレートの拳――一拍遅れて風が吹き抜け、炸裂音と共にパッドがなぎ倒された。
無事、パッドは起き上がりこぼしのように起き上がったが、衝撃にいまだ微動していた。
我に返った桜田が画面を見ると、そこには「850」の文字が派手派手しく輝いていた。
「……す、すげえ! なんとなく予想はしてたけど850って本多さんホントの格闘家じゃないですか!」
「……お? なにやらいい点みたいだな?」
「いい点どころの話じゃないっすよ! つーか壊れてないよな? これ」
今更不安になった桜田はパッドを触ったり画面を見直したりして確認をしているが、壊れてはいない。
そんな桜田の後ろで、ランサーは全く別の意味で胸を撫で下ろしていた。
「……ふう、壊さないで済んだか」
勿論いい点は出したいが、某ヤマトタケルのように壊してしまうのは絶対にない。目的は無事果たせたものの、謎の緊張を強いられたランサーは桜田に声をかけた。
「桜田、力系ではないゲームもやってみたいのだが、何かおすすめはあるか?」
「リズム系は……今氷空とキリエちゃんがやってる太鼓くらいですね。あとは……型が古いですがガンシューティングとか!」
「応。教室でのダンスとは変わって、今は儂の方が教えを乞う立場だな。ではそのガンシューティングとやらを楽しむとするか」
「アーッ!! ミツル・ソラ!その連打テクニックは何なの!?」
太鼓の達人にかじりついているキリエの悲鳴と氷空の(嬉しい)悲鳴が響き、他の客の視線を集めつつも一行は、温泉のゲーセンを楽しんでいるのであった。
*
温浴ゾーン・バーデゾーンは六階にあるが、春日園は七階にも露天温泉が存在する――それが足湯庭園である。
屋根で作られた日陰の元、やや傾きつつある日差しを避けて、明、理子、ライダー、一成は足湯を楽しんでいた。屋根からは霧が噴射されていて、涼をとるのに一役買っていた。
「ハァ~~~」
「ハァ~~~」
「ハァ~~~」
「お前らオッサン?」
「女だからオバサンです……」
「公だいたい二千七百歳。化石」
つっこむのが馬鹿馬鹿しくなって、一成は他の三人と同様に――足湯に浸かったまま上半身を簀子の上に倒した。
少々他の人の邪魔になるかもしれないが、混んでいるわけでもなし、よしとしよう。
「ハァ~~~~~~~」
きちんと髪の毛を乾かし、絶妙にダサい館内着を着用した明と理子を見てようやく人心地を取り戻した思春期の土御門一成だが、改めて今まで姿を消していた白髪のサーヴァントに声をかけた。
「そういやライダー、お前風呂入ったのか」
「公はあとで入るのだ。フツヌシは今楽しんでいるようだが」
「はっ!? 剣が入浴!?」
「霊体化して楽しむとか楽しまないとか。霊体化しては感覚がないと言ったが知らん」
ライダーは風呂に入っていないようだが、館内着を着てリラックスモードである。いつもはライダー相手には緊張したり畏まったりしている明や理子も、今は比較的気にしていないように思える。
少し吹く風も生温いのだが、温泉から出た身には十分に涼しい。そういえばゲーセンに行くとか言っていたキリエや桜田は、折角汗を流したのにまたせっせと太鼓の達人でもして汗をかいているのだろうか。
上――屋根に眼を向けたままの明が、間延びした声を上げた。
「……っていうかさあ~一成……」
「あ?」
「アーチャーがくじを当てたから聖杯戦争がらみの面子を集めた……っていうのはまあメールでわかったけど、なんで温泉で宿泊? センス渋すぎじゃない?」
「それには同感……。なんでこう……せめてプールとか、海とか、ディズニーとかじゃないの……?」
「……いや……当てたのは宿で使える旅行券だったからな。海やプールは宿泊できないから候補からは外してたんだ。あとテーマパークとかはいいけど、正直めちゃめちゃ暑いし……」
「ふぅん、案外まともな理由があったんだ」
「どんな理由だと思ってたんだよ」
完全に旅行券に気を取られていたが、海へ行こう、プールへ行こうといえばもっと水着を拝み放題だったことに今更気づき、一成はひそかに落ち込んだ。
しかし春日海岸は、あまり海水浴向きの海岸ではない。
「ま、どうせ春日から外には出られないんだし、ディズニーには行けないけど」
既に受け入れた、それとも諦めているのか、理子はあっさりした口調だった。
「……榊原、お前ディズニーとか好きなの?」
「え? 結構好きだけど」
「へえ、なんか意外だ」
「あ~~私もディズニーとか行きたいな……でも人ごみはヤダな~~」
「ディズニーランドでワンマンライブか……」
「お前のライブだと世界観無茶苦茶だろ……あ~~」
四人そろって空と屋根を見上げ、只管ダラダラしている。明は実はめんどうくさがりなところもあり、だらりとしている姿もわかる。
ライダーは何をしていても意外に感じられない、もしくは何をしていても意外に見える。だが、ダラダラする理子は珍しい。
「榊原、お前でもダラダラするんだな……」
「あんた、人を何だと思ってるのよ……まあ、あんまり寝過ごしたり無駄に時間を過ごしたなって思うことは少ないけど」
「ハッハッハッハッハッ、若き草共よ。無駄に時を過ごしたことがない、ということはありえない。生きていること自体が無駄の権化のようなものなのだからな……これ陰陽師、無駄ついでにチューペットを持てい。中の売店で売っていた」
「自分で買ってこいよ天皇陛下……」
「私の分のお金出してくれるならパシリやってもいいよ……」
「地主のお嬢様の台詞じゃねえ……」
「一成だって地元ではボンボンのくせに……」
結局、誰一人として足湯に浸かって動かない状態である。それに業を煮やした、というか黙って居られなかったのはやはり理子だった。
彼女は「全く!」といいつつ、手元のタオルで軽く足を拭いて簀子の上に立ち上がった。
「私が買ってくるから、何味が欲しいの!?」
「オレンジ頼む。奢りサンキュー」
「カルピスがいい」
「公に似合う味で」
「おごりじゃないから! そしてライダーさん、それは私に選択を一任したってことですよね!?」
スリッパを履いてきびきびと館内へ向かう理子を視線だけで見送り、明は大きく息を吐いた。「世話焼き?」
目の前――竹柵の向こう、自然公園からもっと遠い空から、黒い一つの点が、だんだん大きくなってくる。それは三本足の烏で、ライダーの宝具。
烏は躊躇なく高度を下げて、どんどん近づいてくる――そのまま勢いよく屋根の下をくぐりライダーの真上にフンを落としたが、慣れている彼は寝転がったまま避けた。
「あの手の輩は人の為、ではなく、自分の為に動き回っている。情けは人の為ならずというやつだ……しかし影使い、明日の夜には世界の終焉を控えているというに、呑気なことだ」
「……ライダーこそ、変な事言うね。私からすればあなたの方が意外なんだけど」
昨夜、ライダーがアーチャーや理子を訪問したことは、既に本人から聞いていた。明からすればライダーなら、本当に何もしないで終わりを迎えるだけだろうと思っていた。
「……公も、聖杯戦争にやりのこしがあるからな」
「……?」
昨日の一成たちへの提案が、どうその遣り残しにつながるのか明にはわからなかった。首を傾げているうちに、理子が戻ってきた。
「買ってきたわよ。はい」
流石言葉通り早い――理子はきちんと注文されたとおりに、一成にオレンジ味、明にカルピス味、何故かライダーにはパイナップル味を手渡した。
「さんきゅ。……そういやもう少しで飯だったな?」
「チューペットなんて水みたいなものでしょ」
妙に男らしいことをいう理子に頷きながら、一同は仲良くチューペットを啜った。
ライダーはよくわからない鼻歌を歌いながらチューペットを齧っていた。
明はじっと上機嫌の初代天皇を眺めながら、こんな彼でもやり残すことがあるのかと考えていた。
セイバーに敗れたから再戦して勝つ? いや、関係ない。召喚されたのが遅かったから、現世を楽しんでない?それは今まさに楽しんでいる最中である。
(……そういや、召喚が遅れたのって……)
これを聞いたのは、セイバーだったか。
「言ったろう。公は、どんな目的でも努力して成果を掴んだものには正しく報うべきだと思う質でな――にしては、この聖杯はいささかよくない」と。