Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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昼② レッツゴー春日園その1

「着替え、よし。水着、よし。トランプ、よし。ウノ、よし。人生ゲームは重いからパス!」

 

 おなじみのアーチャーのホテルにて、一成はドラムバッグの中身を引きずり出してソファに置き、指さし確認を実施していた。

 今日こそは聖杯戦争面子で宿泊会という、自分で言いだしておきながら謎イベントの当日である。

 

 一成はアーチャー、理子とともに春日園へ向かうのだが、今はアーチャーの準備を待っている。理子は一度今日の朝自宅に帰り、準備をしてここに戻ってきて、今はトイレに行っている。

 

 一成は中身の確認を済ませ、出したものをドラムバッグの中にしまう。色々考えてみたが、あの人数……というかあの面子でみんなで仲良くトランプ、とは想像しにくい。

 一応遊び道具は持っていくが、スーパー銭湯には卓球台やしょぼいゲーセンもあり、勝手に楽しむだろう。

 

 と、いきなり一成のバッグの横に、どさりと衣服が置かれた。ホテルのクリーニングサービスを使用したもので、小奇麗にビニール袋に入っている。そしていつの間にか隣に珍しくポロシャツジーンズのアーチャーが立っていた。

 なんかゴルフに行こうとしているオッサンのようである。

 

「……自分の荷物もこの中に入れろってか」

「私の衣類を運べるという栄誉をやろう。そなたにこそ頼めることじゃ」

 この大きなドラムバッグにはまだ空きがあり、入れることは無理でもないのだがそういわれると素直に入れたくなくなる。

「嬉しくねえ! 自分で持ってけ!」

「まあまあ」

「テメ」

 

 にこにこ笑いながら勝手に衣類をドラムバッグに詰めるアーチャー。一成は憮然としながらも、渋々それを受け入れる。

 と、そのとき理子がトイレから出てきた。半袖のTシャツ、水玉模様のキュロットにスニーカーと普段着だ。一成と似たようなドラムバッグがテーブルの上に置いてあるが、それは理子のものである。

 

「ではそろそろ行くとするか。またあのバスとかいう乗り物でいくのであろ?」

「タクシーなんか使わねえからな! 高校生の清貧ぶりなめんな……行くぞ!」

 

 駅前のバスターミナルから、「春日園・庭の湯」の送迎バスが出ている。それに乗り二十五分ほどで到着する。

 空には雲が多く、晴れというには少々苦しい天気だった。バス内の人気は多からず少なからずで、なんとなく最後部に三人で一列になって坐った。雑談に花を咲かせているうちに、あっという間に目的地に到着した。

 

 一成たちがのる送迎バスと同じようなデザインのバスが先に客を降ろしている。それが済めば、このバスの番だ。

 

「春日園・庭の湯」の外見は、ホテルだ。もちろんアーチャーの宿泊する高級ホテルの佇まいではないが、和風テイストを加えたリーズナブルなホテルだろうか。

 ここ最近リニューアルされたようで、外観は小じゃれたガラス張りになっている。格子戸風になっている自動ドアに、親子連れや友人同士かカップルかの組み合わせが吸い込まれていく――と、自動ドアの脇には、既に見覚えのある顔が大勢あった。

 

「あいつら来るの早くね?」

「こちらが少々途中渋滞に捕まった故、むしろ私たちが遅かったのであろう」

「――ん? っていうか……」

 

 ここから確認できるのは、明、ヤマトタケル、アルトリア、氷空、桜田、ランサー、アサシン。キリエや咲は身長の都合上、隠れてしまっているのだろうが――気になったのはそれではなくて、見覚えのある白髪頭があったことだ。というか白髪頭の上に烏が乗っている。

 

「……アレ? ライダー来たの?」

 隣でアーチャーが無言でげんなりしているのを、気配で察する一成だった。

 

 

 

「遅いぞ一成! 主役が遅刻かよ!」

「バス自体は時間通りだっつの」

 

 笑いながら文句を言う桜田に一番に出迎えられ、一成たちは「春日園・庭の湯」に降り立った。桜田正義、氷空満、ヤマトタケル、アルトリア、碓氷明、キリエ、ランサー、真凍咲、アサシン、アーチャー、榊原理子そしてライダーという、錚々たる謎面子。

 

「フッ、これで全員そろったようだな」

 

 相変わらず白の羽織に袴という暑苦しいスタイルのライダーは、何故か堂堂たる態度で言葉を紡ぐ。手ぶらだが、こいつ、荷物はないのか。

 

「さあ、行くぞ草ども!」

「おーいライダー。烏、頭の上でウンコしてんぞ」

「何ィ!!」

 

 ライダーが再び烏をBBQにしようとする傍らを横切り、一成たちはさっさと格子風の自動ドアを開いて中に入る。

 一階はまるまる駐車場になっているので、エレベーターで七階のロビーにまで移動しなければならない。

 

「よしみんな行こうぜ~」

「よっしゃ一成の全奢りだ~飲むぞ~」

 

 この暑苦しいのに雨合羽を着て不審者丸出しのアサシンは口笛を吹きつつ、ご機嫌である。実にアサシンらしいが、そこまで一成に出す金はない。

 

「成人してる人々、酒は自費だからな!」

「チッ」

「えっ!?」

「何でお前がそこで驚くんだ!?」

 

 アサシンの舌打ちはともかく、明にまで驚かれるとは、一成の方が驚きである。明が年上なのは承知していたが、飲酒できる歳になっていたことは忘れていた。

 そういわれて気になるのは、ロリ熟女ことキリエスフェールである。

 

 いつの間にかとなりをとてとてと歩いているキリエは、白ワンピースに麦わら帽子とアヒルボートに乗った時と同じ格好をしていて実に愛らしい。温泉に行く格好としてはちょっと違うが。

 

「キリエ、お前酒は飲むのか。アーチャーのホテルでは飲んだ気配なかったけど」

「ん~……たしなむ程度かしら。そこまで好きなわけではないわ」

 

 キリエは酔って騒ぐのが好きなタイプにも見えないし、あまり飲むつもりもなさそうだ。一成は何故自分がこんなに酒まわりのことを気にしているのか、不可解な気分になってきた。

 

 先に他の客にエレベーターを使ってもらい、最後にまとめて全員で乗り込む。

 七階で降り、まず靴を脱いで付属の袋に入れて持ち歩く。目の前の左側が受付で、右にはお土産コーナーが展開されていた。

 人の入りはまあまあで、お土産コーナーを物色する家族連れやカップルがいたが、混んでいるというほどではない。

 

「おい土御門、受付だ」

「お、おう」

 

 ヤマトタケルらはさっさと入り、先にロビーのカウンターで受付と話をしていた。受付の背後に格子状の装飾がされており、その上に「春日園・庭の湯」と毛筆の書体でアクリル板が飾られている。

 

 一成は受付の着物を纏った女性に、いそいそとくじで当てた旅行券を差し出す。そのついでに、一人増えた――返信のなかったライダーが追加されたことを伝えた。

 

「ライダー様については昨日ご連絡をいただいております」

「えっ!? あ、そうですか」

 

 いつの間に連絡したのか。自分でやっといてくれたのであればそれに越したことはないのだが。

 

 宿泊者は全員名前を記入してほしいと頼まれ、それぞれ名前を記入してもらったが、「ライダー」「アサシン」「本多忠勝」「キリエスフィール・フォン・アインツベルン」など、一体何の集団なのか怪しげなことになり、受付から怪訝な目線を向けられたが、適当に笑って切り抜けた。

 

 まずは荷物を置くため、一行は客室へと向かった。男性七名、女性五名の大所帯のため、最も大きいファミリー用の部屋を二部屋借りて、男女別の部屋割りだ。

 

 部屋は和室で、特に男性の方は七人が寝られる部屋なので修学旅行感がある。玄関を上がると、右手にトイレ、左手に室内用の風呂と洗面所。

 十四畳の広々とした和室に、障子で仕切られた先にはテーブルとそれを挟んだ背もたれつきの椅子が二脚。そのすぐそばに面した大窓からは、春日市が一望できる。

 プラズマテレビが一つ、冷蔵庫と金庫も一つずつ。アーチャーの宿泊する高級ホテルとくらべると雲泥の差だが、ワンルーム暮らしで実家が純和風な一成としては、こちらのほうがなじみがある。

「庶民になった気分!」と嘯くアーチャーの腹に肘鉄を入れた。

 

 さてこれからの活動だが、現在四時十五分。夜六時から宴会を設定しているため、それまでは自由だ。

 だがスーパー銭湯に来てすることは一つだろう。「卓球だ」

 

 トートバッグ一つに収まる程度の荷物を放りだしたヤマトタケルは、おなじみの最強Tシャツを着こなして堂堂と言った。

 

「いやちげえよ! いやあながち間違ってないのか……?」

「おお! その話なら儂も聞いたぞ。現代においては温泉に浸かった者は即ち、卓球勝負に名乗りを上げて誉れを争うものだと」

「そのためにはまずは温泉に浸からなければならない。行くぞ」

「待てヤマトタケル。お前の気持ちはよくわかるが、温泉それ自体も素晴らしく、体を休め英気を養うにはもってこいだ。十分堪能しておくべきだろう……勝負にばかり目が行ってしまうのはお前の悪い癖だな」

「む……。確かに……まずは温泉をえんじょいするとしよう。タオルや室内着は一階で借りるのだったか」

「そうだったはずだ。では行こうか」

 

 お互いに笑いながら、温泉に浸かりにいくとは思えない豪傑二人は肩を並べ、さっさと部屋を出て行こうとする。

 突っ込むのを止めた一成は止めようとはしないが、声をかけた。

 

「おいラ……本多さん、大和さん、水着持ってきたなら持ってけよ。水着で入るゾーンもあるって言っただろ」

「おおそうだったな。感謝する」

 

 ランサーたちは踵を返し、己の荷物の中を漁り水着を取り出した。裸の水着だけ持っていくのかいとツッコみたかったが、よしておいた。

 

「どうもあの者たち、この施設を勘違いしておらぬか?」

「そう思うけど、逆にお前の把握っぷりも何だ?」

「勉強熱心と申せ。さて私も庶民をエンジョイしようと思うが、そなたらは?」

 

 アーチャーはちらりと桜田やアサシンたちにも目を向けた。アサシンは「俺は貸切の露天風呂に行くわ」と、勝手に準備を整えて出て行った。

 アサシン――石川五右衛門――の外見は歌舞伎役者そのものであるが、石川五右衛門は実在の彼のみでなく、歌舞伎や浄瑠璃で描かれた像が「無辜の怪物」スキルとなっている為、メイクを外せない。

 そしてそんな状態で大衆浴場にはいけないため、貸切風呂を用意することになったのだった。

 

「公は寝る!」

「……」

 

 なんでだよ。

 

 勝手に押入れから布団を引きずり出してお休み体勢万全のライダーを置いて、一成、アーチャー、桜田、氷空は温泉に向かうことにした。

 途中、アーチャーは七階に立ち寄り物販を見ていくといい離脱したため、馴染みのトリオになった。

 

 一成たちの客室は八階で、明たちの客室はその隣である。出てくるときに彼女たちと出会わせるかと期待したものの、それはなかった。

 

「春日園・庭の湯」は屋上付の八階建てで、一成たちの部屋は最上階になる。屋上にはデッキ広場があり、夕方以降は涼を取り、星空を見ることができる。

 

 七階は玄関・ロビー受付、物販(お土産処)、足湯庭園、三つの岩盤浴コーナー。六階に更衣室や温泉、サウナ、変わり種では水素風呂などもある。

 さらにバーデゾーンといって、三十五度くらいのぬるま湯やシャワーで首や全身をほぐしたりできる場所があるのだが、ここは男女混浴――もちろん水着着用だが――である。

 

 五階は漫画の備付もあるリラックスゾーンと貸部屋、宴会場、食事処で夕食はここだ。

 

 四階は女性専用リラックスルーム、小規模なゲームコーナー、卓球台、子供用の遊び場が揃う。

 

 三階は足裏マッサージやエステの店が入っている。ちなみに八階はすべて客室だが、五階と四階にも客室がある。一階、二階は駐車場である。

 

 館内着やバスタオルは六階の更衣室にあると言われているため、皆持つのは水着と部屋の鍵くらいだ。男子高生三人組は粛々と六階の男子更衣室へと向かう。

 ぼそりと口を開いたのは、桜田だった。

 

「……女子のレベル、高いな?」

「キリエタンのレベルはカンストしている」

「氷空はおいといて、女子のレベル高いな? クセはあるけど」

 

 榊原理子は、黒い瞳が鋭く、凜とした印象を与える。比較的細身で、半袖やキュロットから伸びた腕は適度に日焼けし、健康的で活発。

 真凍咲はゆるいウェーブのかかった地毛の茶髪を肩で一つにまとめ、その視線はしっかりと前を見つめ、強い意志をうかがわせる。理子にくらべたら発展途上の細身で白い手足だが、足取りは強い。

 キリエは透き通る白い肌に濡場玉の黒髪を持つ日本人形のような少女だが、好奇心旺盛に動く体からはそのイメージが少し変わる。

 碓氷明は目鼻立ちの整い、儚げな印象を受ける女性だが、すらりとした手足だが案外肉付きのいい体をしている。

 アルトリアは金髪碧眼、異国の少女だが、笑顔や食いしん坊なところを知るととても親近感の湧く少女だ。

 

 ここにはいないシグマ、美琴、キャスター(厳密には女性ではない)もそれぞれ枠の違った美しさがある。確かに桜田の発言には同意するしかない。

 

「……そうだな、見た目のレべルは高いな。マジで」

「で、水着か……」

「水着だな……」

「キリエタンの水着は核兵器級」

 

 バーデゾーンにまだ女子勢がいるとも限らないのに、男子高校生三人衆はそれぞれ妄想を逞しくしながらせっせと着替えをするのであった。

 

 

 

 

(よく考えたら……いやよく考えなくても、この面子ってそんなに仲良くはないよね?)

 

 男子女子と部屋別で別れ、ひとまず荷物の整理をしながら、明は同室面子を見てしみじみと感じた。

 明はキリエやアルトリアと比較的仲がいいが、理子は最近話すようになったばかり、咲とは聖杯戦争を戦ったが「夕日をバックになぐり合った男同士」のごとく仲を深めた記憶はない。

 というか理子と咲は初対面なのではないか、と思ったものの、何故か彼女らは一成を通じて面識があったらしい。それすなわち、仲がいいことを意味しないが。

 

 一成から六時の宴会までは自由行動、と聞いていたが、スーパー銭湯に来てすることは一つである。「温泉よ!ジャグジーよ! ウォータースライダーよ!」

「いや、最後のヤツはないと思う」

 

 水着と替えの下着を詰めたトートバッグを肩にかけ、既にキリエは温泉に行く気満々だった。キリエだけでなくアルトリアもこの日の為に水着を買ったと言うのだから、夏であるので春日海岸に行くのも一案だったのだが、一成がお金を出してくれるならとそれに甘えた。

 それに海は日焼けで痛くなりそうでもあったので、明は敢えて言わなかった。

 

「大きなお風呂と聞いていますが、室内プールとは違うのですか?」

「うーん、室内プールとは違うかな。家で入っているみたいなお風呂の温度で、もっと色々な種類のお風呂があって、遊ぶというかリラックス、くつろぐって感じかな」

「家のお風呂の延長線上ですか?」

「ん~~まあそんなところ。えっと、理子さんと真凍も行く?」

「はい。示し合わせていませんが、どうせ男性陣も大体は風呂に行ってるでしょうし」

 

 理子は簡潔に答え、咲は頷いた。女子勢は全会一致でお風呂へ向かうこととなった。

 エレベーターで一階まで降りて、番台で館内着とタオルをもらって二階の浴場へと向かうだけだ。

 途中のお土産コーナーでいちいち足を止めるキリエをアルトリアが引き戻しつつ、せっかく一緒に来たのだからそれなりに楽しくやろうと、女魔術師三人衆は雑談をする。

 

「真凍さんはここに来たことあるの?」

「ありますけど、たぶん幼稚園とかそれくらい……。それにリニューアルしてるみたいなので、初めてみたいなものです」

「私もリニューアル後に来るのは初めてだなあ」

 

 エレベーターで六階に。広がる待合場には、すでに湯を堪能したカップルや家族連れたちがのんびりソファでくつろいでいた。

 そして左手側が男子更衣室、温浴ゾーン、右手側が女子更衣室に温浴ゾーンになっている。更衣室の中半分くらいの混みぐあいで、十分快適に着替えて温泉を楽しめそうである。

 使えるロッカーは受付で腕につけられるタイプのカギをもらっているので、すでに決まっている。友達同士(もしくは親戚?)だと思ってくれたスタッフは近いロッカーを五人に割り当てており、仲良く脱衣することが可能だ。

 

 温浴ゾーンは裸で、バーデゾーンは男女共用のため水着着用だ。

 張り紙に「温浴ゾーンとバーデゾーンの間にはシャワールームがあり、そこで水着に着替えてよし」との旨が記載されていた。とはいえ最初は体を洗いたいため、温浴ゾーンへと向かうことにした。

 

 


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