Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】 作:たたこ
空が橙色に染まる夕暮れ時、明は真神三号にドッグフードを与えていた。犬小屋から飛び出し、無心に食べる真神三号を見つめている。
確信はないが、真神三号はえだまめである。正確に言えば、春日自動記録装置に記録されていた、えだまめをもとに作られた犬だ。あまりにも、かつてかわいがったえだまめと似すぎている。
ただ今は、そのえだまめをベースに、真神三号の端末になっている。
「真神三号はえだまめの生まれ変わりだと思っておこう」
自分勝手とは承知だが、うれしかった。セイバーたちだけではなくて、こんな子とも再び出会えたことが。
そんなしみじみとした気持ちになっていた明の背後から、突如意味不明なことを叫び出した犬系サーヴァントがいた。
「よし、明。今からデートに行くぞ!」
「は? なんで?」
「……なんとなくだ!!」
この謎の発言、どうしてくれよう。確かに自分は今日、予定がないといった気はするが、自分から言い出すなら計画でもあるのかな?と思ってしまうのは人情であろう。
というか、自分とセイバーはカップルでも夫婦でもないからデートではないのではないか。とにかく行きたい場所でもあるのだろうか。
「どこか行きたいの?」
明がそう尋ねると、セイバーはそそくさと一度屋敷に戻ると、なぜかアルトリアを引き連れて戻ってきた。そして彼女の肩にポンと手を置いた。
「騎士といえばエスコート。エスコートといえば騎士と聞いた。任せた。適材配慮」
「適材適所ね」
「全く話の流れが読めないのですが」
ヤマトタケルセイバーには、もう少し段階を踏んで話すようにしてほしい。とにかく、彼はデート――というわりにアルトリアも一緒の三人デート? でもいいから、出かけたいらしい。
しかし、したいことも特にないと来れば、三人で出かけることが自体が重要なのか。いや。
「もしかして、私をどこかに連れて休みを楽しませたいけど、自分には案がない?」
「それだ!!」
「回りくどっ」
春日に帰ってきた設定以降、体調を崩したり、父と戦ったり、それのけがで休んだり、ボウリングも途中で抜け――なにより一人すべてを知っていることが、心の底に引っかかり続けていた。
言われてみれば、休暇らしい楽しみは少ない。
「……どうしてもなにもないなら、俺のめくるめくコスプレツアーをしようと思うが」
「それでは楽しいのはあなただけでしょう。そうですね……私はかつての聖杯戦争で、少々そういった娯楽をした記憶があるようです。ウィンドウショッピングとか、バッティングセンターとか、喫茶店で食事とか、楽しかったような気がします」
二人とも「人の幸せを見て微笑む」という点では似ているが、今は自分で楽しいことも考えるようになっている。アルトリアも明を伴って遊びに行くこと自体は賛成のようで、案を出してくれた。
ここまで誘われて、無下に断るほど明は人情なくできていない。「じゃあ行こうか。あんまり運動はしたくないから、なんかやってる映画でも見ようよ。そのあと、ごはんなりウィンドウショッピングでも」
「……そうしよう。では、着替えて玄関に集合だ!」
そして二十分後、三人は玄関前に集まっていた。明は白いオフショルダーに水色のミモレ丈のスカート、黒のパンプスにショルダーバッグ。
アルトリアは襟元が黒くリボンで結われた白基調のワンピースに夏用のブーツ。ヤマトタケルは無難にワイシャツとズボンに革靴だった。
すでに空は紺色に染まり、夜が近いことを教えていた。
三人は私鉄を使い、一駅で春日駅に到着した。南口から歩いて五分の位置にSEIHOシネマがある。今何の映画がやっているかわからなかったため、上映時間がぴったりのものにしようと決めていた。
券売機、グッズ売り場の周辺には多くの人がいる。映画館特有のやや薄暗い空間の中、ポップコーンやドリンクを求めて並ぶ人々、入場時間になるまで待つひとびととさまざまだった。
そしてちょうど二十分後に上映が始まるもので、「今日、君に恋をする」という、漫画の実写化映画があった。明はCMで存在を知っていたが、予想通りヤマトタケルとアルトリアは知らないという顔をしていた。
明も映画はパニック映画やサスペンスを好むため、恋愛モノは見ない方だったが、たまにはいいかとそれに決めた。
――内容は原作少女漫画のため、そう小難しくはなく、最初に登場人物紹介も差し込まれており、明たちにも理解できた。ただ、明の趣味の映画とは違ったため、手放しで面白いといえなかった。
「……ずっと気になっていたのだが、結局あの男は女のことが好きなのか?嫌いなのか?」
「好きでしょう」
「でも「お前なんて嫌いだ!」って言っていたが」
「それは……照れくさいというか、照れ隠しというか……思っていることの反対を言ってるのですよ。一般的にはつんでれ、というらしいです」
割合仲良く映画の感想を言っているセイバーコンビの気配を感じつつ、明はほほえましい気持ちで映画館から出た。さて、夕食を取るにもいいころ合いであり、この映画館のフロントと同じ階に、レストランが入っていたはずだ。
カジュアルイタリアンか、そばか、中華か、ファミレスか――と考えていると、背後から声をかけられた。
「明! お前なんか嫌いだ!」
「あ、そう」
「いや、嘘だ、これはツンデレというやつで」
「……ツンデレの素質がなさすぎる……それより、何か食べたいものある?」
一応セイバーズの意見を聞くが、明は昼ごはんが遅かったため空腹ではないが、小腹がすいていた。彼等に希望がなければ、ちょっとした案を上げようと思っていた。
「俺は特に希望はない」
「アキラは?」
「……もしよかったら「ヨキ」に行かない? 空いてればご飯だけじゃなくてダーツも出してもらえるかも」
「ダーツ。あの……矢のようなものを的に投げる遊戯ですね。テレビで見ました」
「そ。あれ、発祥はイギリスとのうわさ」
ダーツはその形自体は、古来より狩猟につかわれてきた弓矢を模したものだと言われる。十四世紀、百年戦争中のイギリスにて酒場でたむろしていた兵士たちが、暇つぶしにワイン樽めがけて矢を投げたのが起りらしい。
その後もっと手軽に遊べるように、的が板になり矢ももっと小さくしてなどの変遷があり、十九世紀ころに今の形態に近い形に定まったそうだ。
三人でダーツをしようという流れになり、一行は映画館を出てヤマトタケルのバイト先のカフェに向かう。不定休のため明が電話をして確認したところ、無事店主が出て営業中だった。
カフェ「ヨキ」は、本当に道楽喫茶で良くも悪くも商売っ気が薄い。雑居ビル二階のカフェは、明たちが入るのとちょうど入れ代わりに出てきた女性二人組だけで、中はカウンター向こうのキッチンに店主が座っているだけだった。
「相変わらずやる気のない店だね」
「趣味でやってるって言ってるだろうが、明さん……友達でも連れてくるのかと思ったらヤマトとアルトリアさんか」
一応地主の娘のため、店主は明に対しては多少気をつかう。だが店主自身もそこそこの資産家である。店主はよっこらしょと腰を上げると、キッチンの奥――一度スタッフルームに引っ込み、ガラガラと何かを引きずり出してきた。
ヤマトタケルの身長とどっこいどっこいの高さで、ダーツの的が上部についており、その下には四つの小さなディスプレイがついている。それぞれのディスプレイの下にはP1、P2~P4と書かれていて、さらにその下にはコインの投入口がある。
「ワンゲーム百円だが、明さんの手前ただにしてやるよ。だがコインを入れないと動かないから一端金は入れてくれ」
「……これがダーツをするための機械なのか。掃除のときに邪魔だとずっと思っていたが」
「なんだヤマト、お前ダーツ知らんのか。……食事をしながらするなり飲み物を頼むなりしてくれたら、好きに遊んでくれ」
店主はさらにカウンターの上からダーツの矢をプラスチックのケースに入れて出した。ヤマトタケルはダーツに興味深々だったが、アルトリアはむしろ食事をしたいで、着席してメニューを眺めていた。
ここならば駅前ほど騒がしくもなく、食事もできて、なおかつダーツのような遊戯もある。おそらく店主に言えばトランプやウノ、人生ゲームも出てくるだろう。店主が追加でルールブックをヤマトタケルに投げつけていた。
「アルトリアってここに来た記憶はある?」
「ありますが、その口ぶりだとあなたの知る限り、私はここに来たことはないのですか?」
もう秘密を言ってしまったあとだ。明もアルトリアも、必要以上に重く気負った雰囲気はない。
「……うん。多分、ねつ造だと思う」
「そうですか。初めてのはずなのに初めてではないというのは、不思議ですね」
アルトリアは注文を決めたらしく、店主にBLTサンドイッチと食後のパンケーキを頼んだ。明はここに来るときで軽食はのりサンドイッチと決めているので、ついで注文した。
ヤマトタケルは一人ダーツの機械をいじり、百円を入れて機動させていた。明はなぜヤマトタケルがゲーセンのパンチングマシーンを破壊したのか聞いたが、彼に力加減ができなかったからではない。
店員に「全力で殴っても大丈夫ですよ」と言われたのを真に受けて筋力Aでぶん殴ってしまっただけだったそうだ。そもそも、力加減ができなければ碓氷邸は疾うに崩壊している。
「オイヤマト、サンドイッチとケーキを御嬢さん方に渡してやれ」
既に一人でダーツに没頭しているヤマトタケルに、店主は遠慮なく命じた。店主のヤマトタケルの扱いはかなりぞんざいだが、彼としては存外悪い気はしていないらしい。
ダーツの的を見ると、流石にダブルブル(中央の一番小さい丸)に突き刺さっている矢はないものの、すべて的に当たっているようだ。アルトリアも初めてでも、コツを呑み込むのは速そうな気がする。
見るからにボリューム満点のBLTサンドを頬張りながら、アルトリアは首を傾げて明のノリサンドを見た。トーストに醤油をかけ、のりを挟んだだけの非常にシンプルな代物である。明が食べるかと聞くと、彼女はおずおずと手を出した。
「む……シンプルながら、おいしいですね。あの餅の……磯辺焼きのような」
食事をするアルトリアは常々幸せそうである。残された日数も少ない――明は、少々気になっていたことを聞こうとした。
「私、結局アルトリアのマスターでもなんでもなかったわけだけど……その、興味本位なんだけど」
「何でしょう」
「宝具って、今何もってる? エクスカリバーと、風王結界……それに鞘?」
「……鞘は、持っていません。私が春日自動記録装置の記録から再生されたとすると、冬木の戦争において鞘を使っていなかったか、持っていなかったのかもしれません。しかし何故?」
「あ、いや興味本位。見たかったな~って。私、聖杯戦争でヤマトタケルの天叢雲剣も見てないんだよね。草薙は見たけど」
「何!?」
ストン、と勢いよく放たれたダーツが的を外した。明の一言を聞き咎めたヤマトタケルが明たちの方に顔を向けた。「そんなことは……いや、そうか」
一度目の天叢雲剣は、大西山決戦。だがその時明は酷いけがを追い、宝具射程外の岩陰で気を失っていた。
二度目の天叢雲剣は美玖川のヤマトタケルVS神武天皇の最終戦で、その時明は地下大空洞でシグマと鎬を削っていた。三回目は大聖杯を破壊するため、地下大空洞で放ったが、空洞崩壊を危ぶんだヤマトタケルによって、明は地上に逃がされていた。
「何だ早く言え。どこかでぶっ放すか」
「そんな打ち上げ花火感覚で言われても。いいよ、被害が出そうだし」
「被害も何も、ここは本物の春日ではないだろう。ならばここで死人が出ても、それは死人ではない。そのうえ、ここでは死人は蘇る――なかったことにされる」
「……それは「ヤマトタケル、それは違う。ここは仮初かもしれない。それでも、市井の人は彼等の人生が「本物」だと思って生きている。生き返るから殺していい? 苦しみを与えてもなかったことになるからいい? そんなわけはないでしょう」
ヤマトタケルの口調が少しでも冗談めいていれば、アルトリアとてここまで強く言わず、呆れる程度で済んだ。彼女が厳しいのは、彼なら本当にやりかねないと知っているからだ。
結界によって与えられた虚偽の関係性であっても、理解は相当に深いようだ。
二人とも生真面目で一見気があうように見えるが、彼らが是とする事柄は違うため、一致団結にはならない。ただ、明としてはアルトリアに賛成なのである。
「……ヤマトタケル、気持ちだけもらうから絶対にしないでね」
「……」
若干いじけながら、ヤマトタケルは無言ですとんすとんとダーツを投げていた。アルトリアの腹ごしらえが済んだ後、三人でダーツの点数を競った。
ダーツにも色々な遊び方があるが、一番単純な「カウントアップ」――(8ゲーム×3投)で、総合点を競うことを行った。
途中店主も参加してダーツを投げまくった結果、何故か店主が一位を攫い、二位が明、三位がヤマトタケル、四位がアルトリアになった。
一人で投げていた分若干経験値の上がったヤマトタケルが三位におちついたが、勝負ごとにおいてはアルトリアもかなりの負けず嫌いで、何回も勝負をやってしまい、時刻は十一時近くなっていた。
なりゆきで店じまいまで三人で手伝い、店主に見送られて喫茶店を後にした。夜はとっぷりと暮れて、終電も近い頃合いだった。人が少ない事もあり、三人はヤマトタケル・明・アルトリアの並びで少し横に広がりながら歩いていた。
「いや~~疲れた。ほんと負けず嫌い×2はツラい」
アルトリアとヤマトタケルは互いに眼をそらしていた。春日はこんなにも平和で呑気なのに、それが終わってしまうとは信じがたい。嘘ではないかと思ってしまう。
アルトリアは、消えて困ることはない。今だ名前も思い出せないかつてのマスターが、自分の気のせいではないと、本当にいたのだとわかっただけでも満足だった。
明のことも、誰のことも責める気はない。だが、それでも一つだけ心残りがある。
「……アキラ、あのアヴェンジャーは……」
「? アヴェンジャーがどうしたの?」
「彼は、放っておいてもいいのですか」
明は首を傾げた。「彼を倒しても事態はよくならないよ。むしろ、あれはキャスターに代わって穢れを一手に受けて溜めこんでいる。うかつに殺せば、その瞬間に結界が壊れる」
「……そう、ですよね」
アルトリアの顔に陰りがあった。ただ、もう仕方がないと思う顔でもあった。先日のアヴェンジャーとの一戦、彼の宝具によってまんまと必殺の宝具を利用され敗れた記憶。
常勝の王として、それは完全に敗北の苦しい記憶だった。
敗北を雪ぐには、再び戦って勝利するしかない。しかしもう、これは聖杯戦争ですらない――彼と戦う理由が、自分の口惜しさ以外にないのだ。
沈黙したアルトリアに変わり、明が何とはなしに尋ねた。
少々聞きづらいことではあったが、アルトリアがアヴェンジャーのことを話の俎上にのせた、このタイミングに乗った。
「……ヤマトタケルはさ、アヴェンジャーのことをどう思うの?」
「特に何も」即答だったが、彼の答えを真に受けるほど、明は日本武尊ビギナーではない。
「……本当に何も? 同じ顔がいるって、変な気持じゃない?」
「双子の兄がいたから同じ顔がいることには慣れている。あれは、伊吹の山を越えた俺。俺が届かなかった地平に辿り着いた俺――だがな、ああはなり果てたくはない。俺は大和を滅ぼしたくない」
ヤマトタケルには、ヤマトタケルだから感じ取れることがあるのだろう。大和を滅ぼす天の
日本武尊は、生きることに疲れ、諦め、絶望して、伊吹山に死ににいった。
しかし倭健天皇は、どんな動機であれ「死んでなるものか」という意思で伊吹山を越えた。ただその一点において、
必要とあらば倭健天皇と戦うが、基本的に関わりたくはないのだろう。
「それに、キャスター――昨日いたのに、何も話さなくてよかったの」
「? 何故俺とあれが話さなければならない」
「いや、生前の奥さんじゃん……世界は違ったけど」
明はヤマトタケルが、「同じ顔が複数いても何も思わない」と言ったばかりであることを思い出した。自分と大碓とアヴェンジャーが全くの別人であるから、キャスターと弟橘媛は本当に別人に思っているのだろう。
「あれは俺と共にあった弟橘媛ではない。弟橘媛はもっとこう……あふれ出るアホっぽさがあった。歩いているだけで足許に花が咲くようなアホっぽさが……。それに比べるとあれの足もとに花は咲くまい」
ヤマトタケルにしては実に曖昧で感覚的なたとえに、アルトリアと明は顔を見合わせた。彼は明たちの反応がよくわからず、不思議そうな顔をしていた。