Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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昼③ 宿泊会は決行

 一時間ほどの練習を終えて、一成はジャージから着替えながらクラスメイトたちを横目で眺めた。

 既に片づけを終えたクラスメイトで今日暇な面子は、ランサーに護身術を教わっていた。ぶっちゃけた話、彼らは実用面から護身術を学びたいのではなく、なんかかっこういいから教えてもらいたい、というライトな動機であるが、ランサーも教えるのは嫌いではないらしく楽しそうだった。

 

 いつの間にかしれっと戻ってきたヤマトタケルに女装の様子を聞くと、「将来有望」とのこと。最早文化祭の出し物レベルを超えて求道者染みた女装道に走っている気もするが、それは人の趣味だ。触らないでおこう。

 

 ダラダラ着替えていたが、丁度終わったところで後ろから氷空に声を掛けられた。彼もすっかり着替え終わって制服のワイシャツとズボンだ。

 

「明日は温泉に直接集合でいいんだよな」

「……何の話……あ」

 

 完全に、すっかり忘れていた。福引きで当てた旅行券による宿泊会は明日だった。

 

「一成氏、忘れてたのか?」

「いやいやちょっとボーっとしてただけだって! おう、明日の三時に現地集合でオッケーだ」

 

 空良や桜田は、春日について何も知らない。今更中止するのにちょうどいい言い訳も見つからず、いや、中止にしたところで楽しみが一つ減るだけだ。

 問題なし――明日ドキドキ☆ワクワクの宿泊会は雨天決行である。

 

「氷空、ちゃんとお菓子とか用意しておけよ!」

「遠足かよ。それはいいけど、面子ってヤマトさんとか碓氷さんとかもいるんだろ?」

「部屋分けなら勿論男女別だ。風紀は俺が守る」

 

 明がヤマトタケルと同じ部屋で寝るとか、アルトリアがヤマトタケルと一つ屋根の下に暮らしているとか、そういうふしだらなことは許さない所存の土御門一成である。

 だが氷空は首を振った。

 

「いや部屋はそうとしても、成人してる人は夜酒飲みたいんじゃないのか?」

「……あ~~」

 

 言われてみればアーチャーはホテルで夜にちびちび飲んでいるらしいし、ランサーやアサシンは酒が好きそうだ。

 碓氷邸に何度か足を運び冷蔵庫や台所を使ったことのある身だが、料理用の酒以外はみた覚えがないため、明たちは飲まないとは思うが、すっかり忘れていた。

 

「やばい酔い方するのいないと思うし……多分……飲みたきゃ勝手に飲むさ」

「ふーん。ま、そういうならいいか。俺は桜田と行くけど、お前は?」

「あー俺は、アーチャ……ふ、藤原の叔父さんと示し合わせていくから」

「わかった」

「じゃ、俺は用があるから先に帰る」

「じゃあまた今度……いや、俺も今日は用があるからもう行こう」

 

 また今度――本当に何気なく交わしている言葉に重みを感じた。

 明日はまだ来る。明後日は? 明々後日は?

 

 頭を左右に振って吹っ切り、氷空と教室から廊下へと足を踏み出すと――唐突に目の前に、榊原理子が立っていた。「おぅあ!!」

 

 彼女は一成のリアクションの大きさに驚いて目を見開いたが、直ぐに「なにやってんの」と呆れた声を出した。「あ、氷空も一緒なのね」

 

 遅れて練習に顔を出したときはどことなく元気なさそうだったが、今はいつもの元生徒会長だった。そういえば、昨日は相談も何もなく別れたため、今日はどうするかの話し合いをしていなかった。

 そのために、男子更衣室化している教室前まで来てくれたのか――今は氷空がいるから、まだ話は後になるが。

 

「あれ、桜田は?」

「桜田氏は用事があると先に帰った」

 

 というわけで、一成、理子、氷空の三人で帰宅する流れになった。校庭ではサッカー部がこの炎天下に試合をしていて、走っていない一成達さえ余計に暑い気分になった。

 校門に向かって歩きながら、理子は言った。「明日の宿泊会はやるのよね?」

「もちろんだ」

「そうよね。楽しみにしてるわ」

 

 彼女は言外に「中止にしたところで事態が好転することもないし」と、了解してしまっているようだった。

 しかしおや、と一成は首を傾けた。声をかけたものの、そんなに彼女が乗り気になってくれるとは思っていなかった。面子だって彼女と仲のいいメンバーではない。自分と氷空、桜田はいるが仲のいい女子はいない。

 

「声をかけたのは俺からだけど、お前がそんなに楽しみにしているとは思わなかったぞ」

「……そうかもね。でもヤマトさんたち話ができるのはそうそうある機会じゃないし……それに、あんたや氷空もいるしね」

「「……え?」」

 

 空耳だろうか、夏の暑さのせいだろうか。なかなかにありえないお言葉を聞いた気がする。その気持ちは氷空も同じだったらしく、一成と二人で顔を見合わせた。

 

「……土御門とは長い付き合いになってきたし、悪い奴じゃないってことは知ってるから。それに氷空も、ロリコンいい加減にしろって感じだけど悪い奴ではないもの」

「お、おう。そりゃ、よかった」

 

 一年の時は喧嘩、言い争いが絶えなかったが俺たちも大人になったと、多少動揺しつつも能天気な事を考えながら一成は汗をかいた。

 氷空は氷空で一年のころは厄介な生徒認定されており、同じクラスだった一成と合わせて二大面倒な生徒だった。

 

 三人で雑談をしながら校門を出た。さて、学校を出たはいいがこれからどうしたものか。一度自分の家に帰って明日用の着替えを用意しなければならないが、こんな昼からする必要はない。

 

「氷空クン、いたわね。あらそれに陰陽師のぼうやまで」

 

 聞き覚えのある甘い声につられ、一成は思わず振り返った。振り返らなければよかったと思った時には手遅れだった。

 

「……!? しっ、シグマ・アスガード!? 何の用だ!?」

「つ、土御門君……」

「さっ、悟さん!?」

 

 先導していたのはシグマ・アスガード――夏らしく白く大きなつばのついた帽子に、白い半そでの裾長Tシャツを、腰で縛っていた。淡い青色のマキシ丈スカートにサンダル。肩掛けにした茶色のポシェットがアクセント。彼女らしくないさわやかで夏らしい装いで――その右手はがっつりと山内悟の腕を掴んでいた。

 

「ああシグマタン、わざわざ学校まで来たのか。またカブト狩りには付き合うが、この方は誰だ?」

 

 ただ事ではないと慌てる一成と理子に対し、氷空は能天気かつほがらかにシグマに挨拶をし、悟に目を向けた。

 

「サトルは同居人。一緒にカブト狩りに連れて行ってもいいかしら、氷空」

「いい。俺は氷空満といいます。そこの一成氏……土御門くんの友人です」

「あ、俺は山内悟です。シグマさんとは……話すと長いんですが、同居人です」

 

 どうも、どうもとあいさつを交わす非魔術師と半人前陰陽師。慌てているこちらがバカではないかと思えるほど、普通の遣り取り。

 シグマの存在自体に警戒してしまうのは、もう条件反射みたいなものである。

 

 ……そういえば、昨日ハルカ・エーデルフェルトは悟のアパートに向かったのではなかったか。今彼の隣にいる、シグマ・アスガードとの戦いを望んで。

 結局ハルカはこの金髪魔術師と戦ったのかどうか。

 

 一成がどう聞くか悩んでいる間に、シグマは理子が一成の連れ合いだと気づくと、微笑んで目を向けた。

 

「……あら、かわいい女の子を連れているじゃない陰陽師。彼女?」

「ちっ、違います! ……土御門、何の知り合い!?」

「……一応、聖杯戦争関係のだ。男の方も」

 

 知り合いだが正直関わりたくないリストの上位に位置する相手の為、一成の声は低い。かつ氷空には聞こえない小さなボリュームで答えた。トンデモ思考の持ち主でなければ、Tシャツの上からでもわかるスタイルの良さを持つ金髪碧眼のお姉さんなんてとても仲良くしたいのに惜しい。

 

「今から私たちカブトムシを取りに行くのだけれど、付き合わない?」

「ハッ?」

 

 そういえば、昨日氷空がシグマとカブトムシ取りに興じていたとかいううわごとを聞いた気がする。

 

「……カブトムシならホームセンターでも買えるぞ」

「一成氏、それは前に俺も伝えたが、シグマタンは童心に帰ってカブトを狩ること自体を楽しみたいんだ」

「というか、今更というかずっとつっこみたかったんだけど、なんでお前は悟さん家に転がり込んだんだ。不倫が……」

「アサシンもいるからそれはない!」

 

 顔をぶんぶんと左右に振る悟を見て、やっぱりないよなあと一成は一人納得する。

 

「シグマたんは身体こそ成熟した女性だが、魂は幼女だ。もしかしたら永遠の幼女かもしれん。幼女でしかいられないのかもしれん。白紙なのだ」

 

 熱っぽくわけのわからないことを言う氷空は、同級生が見ればいつもの病気が始まったとしかみなされないだろう。

 しかしシグマは――夜のような、底冷えするような暗い金の瞳で彼を見た。痛いところをつかれた、というように。

 

「……氷空、あなたは本当に魔術師じゃないの?」

「たまによくわからないことをいうのもソーキュートだ。さて悟さん、俺も御一緒しよう」

「いや、僕は、できれば……」

「そうか。悟さんは見たところ社会人のようだし、お忙しいのかもしれない。シグマタン、俺だけでガマンしてくれるかな」

「もう悟はしかたないわね。行くわよ氷空」

 

 まるで悟が悪人のような言い振りだが、多分彼は悪くない。氷空は右斜め前、二車線の道路を挟んで向かい側にあるバス停を指さした。

 

「あの市内循環バスに乗って春日市立小学校前で降りると自然公園が近い。行こうか」

「ええ」

 

 一瞬の暗い瞳はどこへやら――いつもの何を考えているのかわからない碧眼で笑い、氷空の手を取りスキップしかねない足取りで近くの横断歩道を渡って行った。

 これだけ見れば、天真爛漫な外国人美女が日本でサマーバケーションを楽しんでいる風情である。

 

 悟はまだ午前中にもかかわらず、疲れ切った表情で息を吐いた。「……土御門君、ありがとう。どうにか助かったよ」

 

「……まあ、シグマが悟さんに何かしようと思ってたらとっくにしてたと思うんで、俺は何もしてないですけど……。あの、昨日ハルカという魔術師が来ませんでした?」

「……来た! なんかシグマさんと戦いたいって物騒なこと言ってて、シグマさんが帰ってくるまで居座ると……」

「……さっき、シグマといましたけど、ハルカのことは言ったんですか」

「……迷ったけど、アパートを壊されても困るので、言えずじまいで……結局シグマさんがうちに戻ってきたら鉢合わせることになるけど……」

 

 悟曰く、今日朝起きた時にはハルカとそのサーヴァントはまだ居座っていたそうだ。悟は今日休日で、食料を買い出しに出たところをシグマに捕まって、今に至ると言う。

 

 シグマ自体はアパートに転がり込んできたとはいえ、具体的に悟に対し被害を出すようなことはしていないようだ。一成から見て、今のシグマには聖杯戦争時の毒々しさというか、すべてを呑み込まんとする貪欲さはないように感じた。

 むしろ不覚にも、少しキリエに似ていると思ってしまった。

 

 しかしキリエの天真爛漫さは、彼女の性格と冬の城から出たことのなかった世間知らずさと好奇心の強さによる。だがシグマは封印指定を逃れるため色々な場所をうろついてきたろうし、そもそも彼女が魂を食おうと思うならさっさと食っている、と、そこまで考えて、一成はある可能性に思い至った。

 

(この春日では死なない。死なないということは、シグマは魔術師を殺して魂・刻印を食うことができない……殺しても、なかったことになる……)

 

 考えに耽り始めた一成を呼びもどしたのは、悟だった。

 

「土御門君、それより確認したいことがあるんだけど……。ハルカさんが言ってたんだけど、その、この春日はニセモノで、自分たちもニセモノで、本物は別にあるとか……」

「……」

 

 この人も知ってしまったのか。聖杯戦争参加者の中でも、その事実を知らないままのほうがよかったのではと思う人が。

 ハルカはアサシンのように、悟が聖杯戦争に参加すべきだとかやめたほうがいいとか、魔術に関わるべきかそうじゃないかなど気にしない。シグマを住まわせている人間が、魔術と無関係のはずはないとの仮定で動いたのだろう。

 

 一成は即答はできなかったが、悟はその沈黙を肯定と取った。

 

「ほんとなんだ。って言われても、全然実感がないんだけど……」

 

 実感なんてあるものか。記憶におかしなところがあることを理解していても、この身体はちゃんと十七年生きてきたと思っているのだから。

 気まずい沈黙が下り、悟はいきなり話を変えた。

 

「……そうそう、宿泊会って明日だったよね? やるのかな」

「……は、はい。決行です」

「俺は行けないけどアサシンは行くみたいだから、楽しんでね」

 

 一般の社会人にいきなり一泊しましょう、といっても無理だろうなあと思ってはいたため、一成は申し訳なさもある。

 アサシンに土産でも持たせるかと思いながら、小さく頭を下げた。

 

「えーっと、彼女は、同級生?」

「始めまして、榊原理子です。土御門くんのクラスメイトです……私も魔術師です」

「えっ!? ……もしかして魔術師ってそこらじゅうに歩いている……!?」

「いや、碓氷曰く春日に居ついている魔術の家系は碓氷含めて四家らしいので、そんなに……俺とか榊原はいついているわけじゃないのでノーカンですけど」

 

 短期間にたくさんの魔術師を知ってしまった悟から見れば、いままで気づかなかっただけで沢山魔術師がいるように感じられてしまうようだ。

 イギリスの時計塔や京都ならともかく、霊地とはいえ春日では石を投げれば魔術師に当たる、ということはない。

 

「そ、そうか。けど榊原さんは聖杯戦争には参加しなかったんだね」

「はい。聖杯戦争が開催されることは聞いていましたが、私の実家は聖杯が本当に願いを叶えるかについて懐疑的だったので、その時期は帰省していました」

 

 聖杯戦争に参加するマスターは聖杯が選定する。御三家には優先的に参加権が与えられるが、それ以外は当人の意思と魔術師であるかどうか、さらには聖杯と縁深い者が選ばれる。

 それでも人数が足りなければ、開催地にいる魔術の素養がある者から選び出される。成功するかも怪しい儀式に参加させ後継者を危険に晒すべきではないと、実家の意向により理子はその時期春日に居なかった。

 

「そうか。それはよかった。……じゃあ俺は買い出しできてないから、ここで。宿泊会の話はアサシンからでも聞かせてもらうよ」

「はい」

 

 手を振って何事もなかったかのように悟と別れ、一成と理子と並んで春日駅へと向かう。自分のマンションも理子のマンションも駅方面なので、自然と一緒になる。

 

「全然魔術師に思えなかったけど、あの人も参加者なのね」

「悟さんは先祖に魔術師がいたんじゃないのかってのが碓氷の見立てだ。うん、一般人だな」

 

 もう何日くらい雨が降ってないだろうか。絵にかいたような夏の酷暑が続いている。住宅街に歩く人はまばらで、立っているだけで汗が吹き出しそうな気温では外に出たくもないだろう。

 

「……この春日のこと……どうにかしたい、わね」

 

 それは一成も同じだ。だがどうすれば正解なのか、わからない。タイムリミットは今日を入れて三日、正味二日。暫く無言で歩いていると、不意に理子が口を開いた。

 

「……ねえ、土御門」

「何だよ」

「色々ありがとう」

「……!?」

 

 余りの衝撃に、一成は一歩飛びのいてしまった。高校入学以来の付き合いになっているが、感謝の言葉などかつていわれたことがない。理子は思い切り顔をしかめた。

 

「その顔は何よ」

「いや……ど、どういたしまして?っつーか、俺、お前になんか礼を言われるようなことしたっけ?」

「……具体的にこれ、というのはないわ。だけど、(サーヴァント)たちと知り合えて色々なことができて、楽しかったから」

 

 最初は義務、使命感で春日の巡回をしていた。

 しかし一成と遭遇し、サーヴァントたちとも出会った。彼女としては不覚でもあるが――結果として何か掴めた事実はなく、根本から無駄だったかもしれなくても、楽しいと思ったのだ。

 

「……おう。俺も楽しかったぜ。お前口うるさくはあったけど」

「一言多いわね。あんたが私を口うるさくさせない程度にしっかりしていればいい話じゃない」

「……やっぱり口うるせえ……」

 

 一成が小声で言った言葉を、理子はしっかりと捕えていたが小さく溜息をつくだけだった。

 

「……ま、私がやたらと世話を焼くのは、あんただけじゃなくて友達からも言われるから……それなりに気を付けはするわ」

「しゅ、殊勝か!?」

「あんたに殊勝って言われるとなんか腹立つわね……それより明日だけど、私今日の夜から暇だし、今から帰って準備するから今日の夜泊まってもいい?」

「アーチャーなら二つ返事だろ。わかった。お前、結構高級ホテル楽しんでるだろ」

 

 理子は図星をさされてちょっと顔を赤くした。「あんたもでしょ! ……じゃあ私、家こっちだから」

 

 真っ直ぐ歩いた先に春日駅南口が見える十字路で一成と理子は別れた。

 結局明日の宿泊会参加者は自分、アーチャー、ヤマトタケル、アルトリア、碓氷明、アサシン、キリエ、ランサー、真凍咲、氷空満、桜田正義、榊原理子というカオスな面子だ。欠席者は山内悟(仕事)、神内御雄、美琴、キャスター(人間だらけの場所はパス)、バーサーカー(留守番)とのこと。

 ライダーに関しては神父へのメールで聞いてくれと頼んだが無回答で欠席扱いだ。

 

 一成は信号を待ちながら両手を頭の上で組んで伸びをした。折角の謎宿泊会である。やるからには楽しまなければ。

 


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