Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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夜② この世界は何なのか―2

 チッ、チッ、チッと、壁掛け時計が時を刻む音がいやに大きく響いていた。

 午前十時、碓氷邸に再訪したアーチャーと行きがけに出会ったランサーは、ヤマトタケルと明に迎えられた。多少話をしたがその後、明は、「午後にアルトリアも戻ってくるって電話あったから、それまで待ってもらってもいい?」と言った。

 

 アーチャーとランサーはおとなしく頷き、待つことにした。その間若干嫌そうな顔をしていたが、昼食担当のヤマトタケルが、明の命でさんまのかば焼きをこしらえてくれた。

 

 状況が状況なこととヤマトタケルとアーチャーが不仲なこともあり、会話は弾まなかった。午後十二時を回ったころ、黒スーツのアルトリアが帰ってきた。

 

「ただいま戻りました……これは、サンマのかば焼きですね!」

「アルトリアの分とってあるから、先に食べなよ。終わったら、リビングに来て」

 

 明のただならぬ様子を察したアルトリアは、食卓につくことを躊躇ったが、明の「急がなきゃダメなことでもないから食べな」の言葉で食事を選んだ。

 

 いつもはもう少し和気あいあいと……多少喧嘩もしつつも食事をすることが多いので、少々急いで一人で食べるというのは、おいしくとも味気なく感じるものだ。

 

 手早く昼食をとったアルトリアがリビングに顔を出すと、予想していた顔が揃っていた。空いていた明の隣のソファに腰かける。目の前にはアーチャー、ランサー、その隣にヤマトタケルが座っている。

 

 全員が場についてからも、明は暫く黙っていた。だが顔を上げた彼女から放たれた言葉は、驚くべき内容だったが、動揺をするものではなかった。

 

「ごめん、アルトリア。私はあなたのマスターじゃないし、一緒に聖杯戦争を戦ってもいないんだ」

「……」

 

 昨日の夜、休んでいた時にアーチャーから聞いた言葉。

 前は春日聖杯戦争にいなかった、という俄かには信じがたい事実。アーチャー一人が言うなら虚言と一笑に付したかもしれないが、己の記憶と、いましがたのマスターも同じことを告げている。

 

 アルトリアはやっと――信じがたくとも納得のいく答えに触れていた。

 

 名前も思い出せない、少年の記憶がある。

 があっても、起こったことをなかったことにしないと。

 たとえ在り方が人として壊れて/違っていても、理想を目指したことは間違いではないと。

 終わりが納得のいかないものでも――歩んだ軌跡を無にしないと、教えてくれた何者かがいる。

 

 その少年を捜してみたりもしたが、見つからなかった。自分が知っているくらいだから、間違いなく聖杯戦争関係者だと思ったのだが――。

 

 明が長く息を吐く音が聞こえ、アルトリアはふと彼女を見た。腹を決めたのか、落ち着いた顔をしていた。

 

「……長い話だけど、最後まで付き合ってほしい」

 

 

 

 *

 

 

 

「去年の十二月、春日聖杯戦争は私たちセイバー陣営による大聖杯の破壊で幕を下ろした。セイバーを含め全てのサーヴァントは消滅し、聖杯は壊れた。だけど、全てがなくなったわけじゃない。かつては神域の天才たちによって創られた大儀式のコピー。破壊はした。だけど解体・処理が終わったわけじゃなかった」

 

 冬木の聖杯戦争においても、大聖杯の解体そのものは第五次聖杯戦争終了後十年をおいて、時計塔のロードエルメロイ二世と冬木の管理者遠坂で実施されていた。

 もちろん春日においても碓氷家と――もしかしたら時計塔の某と――で、解体と処理を予定しているが、現状は壊して動きを止めたが、後始末が終わってない状態で放置されているのである。

 

 そして冬木にはなく春日にはあった特殊な事情――四神相応の地であり、かつ聖杯が満ちるまで三十年にわたり魔力が漏れ出ていたこともあり、壊されたまま放置された大聖杯魔法陣と相まって、聖杯戦争が疑似的に再開された。

 

 もちろん、壊れた魔法陣と魔力の残りかすで聖杯戦争ができるはずはない。それらが為し得るだろうことは魔力の汚染くらいで、大したことはないと思われていた。

 

 碓氷影景と碓氷明は当然この異変を早々に察知しており、大聖杯設置個所の監視をしていたところ、使い魔からの視覚によって魔力の異変を察知した。

 

 その確認をするため、碓氷明は土御門神社に足を運んだ。

 

 そこで彼女は、影を見つけた。

 何の影かはわからず、正体を確かめるために接近したが――それはサーヴァントのなりそこない。

 

 召喚の不首尾によって、サーヴァントになりきれなかった影だった。

 

 残留魔力と残った魔法陣だけで、サーヴァントの影が召喚されるとは思っていなかった。そもそも召喚者がいなければ、呼ばれない。もう聖杯の残骸に願いを叶える力はないのに、誰が何の目的で影を呼んだのか。

 

 しかし土御門境内に、人の気配は感じられなかった。マスター――召喚者はここにはいないのかもしれない。

 だが放っておいても消えるだろうが、見つけたからには始末しておくべきだろうと思い、明はシャドウサーヴァントの前に立ちはだかった。

 

「影とはいえサーヴァントもどきだからね。虚数空間送りにしようと思ったんだけど……」

 

 殺せなくても世界の外に追い出すことはできる。

 相手を虚数空間へと放逐する高度虚数魔術を用い、始末しようとしたが――。

 

「そのサーヴァント、残留魔力と壊れかけの魔法陣(大聖杯)から召喚されたのは本当だけど――召喚された時点で、聖杯そのものになっていた。残留魔力と聖杯の残滓は最期の力でサーヴァントを召喚し、そのサーヴァントと同化してしまった」

 

 もう願いを叶えるべくもない聖杯の残滓。しかし、残滓は願いを叶える力を持たなくとも、願いを叶える機構を残していた。

 そして、召喚されたサーヴァントが奇しくも残滓の機構を用いて、願いを叶えようとした。

 

「その結果として宝具は発現していた。サーヴァントが何を望んだかはわからない――襲ってきた私から身を守るために、宝具を使いたいと願ったのかもしれない」

 

 その宝具の名は『波の秀も遠き常世郷(うつしよとおきかくりよ)』。

 

「多分、本来は固有結界……のようなものだと思う。その固有結界に私は呑み込まれるより前に、私は相手を虚数空間に引きずり込んだ。だけどそれは先手にはなりきらなくて――結果として、虚数空間内に固有結界が展開されてしまった」

「待、待ってくださいアキラ。貴方はそのシャドウサーヴァントの固有結界に呑み込まれていますが、その、他の人々、いや、私たちサーヴァントは」

 

 通常、固有結界を展開する時には、対象の人物だけを取り込む。

 百歩譲って、この春日に生きる人全員を固有結界に取り込んだとしても、それでは説明のつかない人々がいる。

 

 明は、「全てのサーヴァントは消滅した」と言った。

 なら、ここにいるサーヴァントたちは。

 

「……私以外の人は、全員現実の人物じゃない。私とそのキャスター以外の全員は、この固有結界のようなものの一部。だからこの結界が消えれば、みんな消える」

「……固有結界という魔術は莫大な魔力を消費するうえ、世界が長時間の存在を許さないと聞きました」

 

 固有結界、またの名をリアリティ・マーブル。術者の心象風景をカタチにし、現実を侵食させて形成する結界の一つ。

 世界内の物理法則を独自に変えたり捩じりつぶしたりできる大魔術。だが自然の延長である精霊以外が固有結界を形成した場合、世界そのものが法則をねじ曲げられた異界を潰しにかかるため、維持には莫大なエネルギーが必要になる。また「世界を塗りつぶす」という性質上、「抑止力」からの修正も免れないため、展開・維持できる時間は個人では数分程度が限界である。

 

「普通はね。だけど結界が展開しているのは、虚数空間の中。世界も抑止力も動かない。ここなら楔となる虚数の術者がいて、魔力さえ足りれば、結界は永続する」

「……しかし、固有結界は術者の心象風景で、再現できるのは一つの世界だけでは? そのサーヴァントの心象風景は、この現代の春日なのですか」

「さっき、私は固有結界のようなもの(・・・・・)って言ったでしょ。多分、この結界は固有結界と空想具現化の中間の性質を持つと思う。そして術者――サーヴァントを思えば、それもわからなくはない。海に身を捧げる――海神の妻となることは、死ぬというより人間をやめること。精霊とか神霊とか、星の触覚に連なるものになること。元々空想具現化はそれらの操る力だからね」

 

 空想具現化は、自己の意思を世界と直結させ、範囲は局所的ながら因果に干渉して、その望む空間になる確率を意図的に取捨選択し、世界を思い描く通りの環境に変貌させる異界創造法の一つ。

 だが自然現象の一種でしかないので、変貌させられるのは自然のみで、機械や人間を変貌させることはできない。しかし自然現象のため、固有結界のように世界や抑止の修正力を受けないために長持ちする。

 

 まとめると固有結界は一つの風景しか具現化できない・だがその風景は自由・世界と抑止力の修正を受け長持ちしない。

 空想具現化は自然しか操れない・だが自然にかぎりどんな世界も作れる・世界と抑止力の制限を受けない。両方とも自由でありながら制限のある異界創造法である。

 

「……この結界は固有結界でありながら、固定の心象風景を持たない。結界を想像する際に、自己と世界を繋げて自然の空間情報を得ているけど、それは情報として得ているだけ。あとはその情報をもとに、固有結界として創り上げている。もしその自然に付け加えたいものがあれば、自分の想像力で都度付加していく……」

 

 土台は固有結界だが、必要な心象風景をその都度作成する特異な固有結界。

 敢えて名をつけるとしたら「現実」を「空想と異なる現実の混合物」で上書きする――混合結界(アマルガム・ファンタズム)か。

 

「空想具現化と固有結界の折衷だけど、いいとこどりじゃない。むしろ中途半端。元々異界創造自体人間ではなく神霊や精霊の力。その都度色々な世界を作り出すことはあまりに困難だから、固有結界は一つの心象風景に限られているんだ。一時でも現実を押し潰すほどに強固な心象などそうホイホイつくれない。英霊(サーヴァント)でも固有結界を宝具にする人物はいるけど、大抵その人物にとってとても印象深い人生の場面だからね」

 

 平安貴族の頂点の、約束された栄華の月。

 赤い暴君の、招き揺蕩う黄金劇場。

 征服王の、王の軍勢。

 

 ――これほどまでに人生に刻みつけられた場面(モノ)でなければ、世界を塗り替えることはできない。

 

「だから混合結界を用いても、普通は確率干渉した世界を固有結界として展開する、ことになると思う。だけどあのサーヴァントは聖杯と同化していて――ということは、お父様が聖杯に付随させた春日自動観測装置の存在も知っていた可能性がある。とすれば、それを元に春日を、春日の人々を全て再生した混合結界を作成することもできる」

 

 碓氷影景が春日調査・把握の効率化のために設置した春日自動観測装置に残る「ありとあらゆる春日の記録」を以て、春日を再生する。

 自分で想像する労力はなしで、ある時点の春日を固有結界内に生み出す。

 

「……春日の外に出られないのではなく、春日の外がない話は前に聞きたのう。春日自動観測装置に残っているのは春日の記録だけ。他のところは作成しようにも情報がないからできない」

 

 明の言葉を受けて、アーチャーは呟いた。自分が現実に存在していたモノではないことはショックといえばショックであるが、すでに英霊となりサーヴァントなっている己はどうでもいいのだ。

 問題は、今を生きる、マスターたち。

 

「セイバーやアーチャー、ランサーは確かに春日聖杯戦争にいた。だけど、アルトリアは春日聖杯戦争にはいなかった。だけど、きっと冬木の聖杯戦争には参加していたんだと思う。聖杯と一体化したサーヴァントがこの世界を作った時、記録に残っていたあなたも一緒に再生されてしまった。今ある記憶はつじつま合わせ――あなたの本当のマスターは、冬木にいた誰か」

 

 俄かには信じがたい話ではあったが、アルトリアには明が嘘をついているようには思えなかった。

 そもそも、こんなタチの悪い嘘をつく彼女ではなかった――いや、この記憶さえも結界を作ったサーヴァントにねつ造されたものだろうか。

 

 しかし、明との戦いの記憶と共に、おぼろげな記憶に底にある少年の姿は決して消えない。奥底にあるこの儚い記憶を自分は尊いと思い、また目の前の明はその記憶を否定しない。

 それだけで、偽りのマスターであったとしても――明を信じることは、間違いでないと思う。

 

「……わかりました。それでもあなたは、今は私のマスターです」

 

 真っ直ぐに吐かれたかつて王だった少女の言葉は、痛みを伴いながらも明にしみ込んだ。有り難く思うと同時に、ずっと言えないでいた――むしろ、できることならば言わずに終えた方がよかったのではないかという思いがあった。

 

「……しかし、それを受けてどうするべきでしょうか。明が言うには、そのサーヴァントの魔力が尽きぬ限り、またそのサーヴァントがこの世界の存続を願うかぎりここは続くのでは」

 

 たとえ自分が造られたものであっても、これまで生きた記憶は体にはっきりと根付いている。この世界が続いても、誰にも迷惑は掛からない。

 ならばこの閉じた虚数の孤島にて、安閑とした日々を続けることもできるのではないか。

 

 ただ、それが良きことなのか――アルトリアには疑問がある。

 

「……そうだね。魔力の量だけなら年は持つ。だけど」

 

 明は複雑な面持ちのまま続ける。「聖杯の魔力は穢れている。それは冬木のなんだけど、コピーである春日聖杯も同じ。その聖杯と同化したサーヴァントが、この世全ての悪という呪いに耐えられる器なのか――そんなサーヴァント、そうそういない。普通のサーヴァントなら、呪いに耐え切れずに性質を変えてしまう。そうしたらこの世界にも悪影響が出るはず」

「というと」

「……召喚に応じたサーヴァントがこの世全ての悪を浄化できる。耐えられるほどの傑物という説もあるけど、これはない。だから他の誰かが、呪いを肩代わりしている。それが、あのもうひとりのヤマトタケル。アヴェンジャー」

 

 彼はキャスターが意図的に呼び出したサーヴァントか否かはわからないが、あれ自体はキャスターの意向通りに動いていると見るべきだ。

 日本屈指の神代の英霊、ヤマトタケルの器で呪いを耐えさせている。

 

「それでも、この世全ての悪を抱え込み続けることはできない。いずれ閾値を超える。そのときこの世界は呪いに溢れて、消滅する。タイムリミットは今日を除いて、あと三日」

「その数字はどこから」

「……お父様があと五日で事態を究明しろ、って言ってたでしょ。それにお父様はもう把握しているからこそ、明確に五日って言ったんだと思う」

 

 あと三日でこの結界――世界は終わるだろう。

 たとえこの世界が終わっても、本物の世界は全く別のところにあり、何ら異常もなく、世はなべてこともなし。

 

 だって、ここがニセモノで、ここが想像の世界なのだから。

 

 聖杯の残り滓から呼ばれたサーヴァント/マスターの、苦し紛れの、末期の夢なのだから。

 

「……ここの終わりを防ぐ手立てはないのか?」事態を把握するのはやっとという顔つきで、ランサーは問うた。

「……ない。ここを続けようというのなら、汚染された魔力を元の無色に戻すしかない」

 無色のものは、一滴の墨汁で真っ黒に染まる。

 だが、一度染まってしまったものを元に戻すには、遥かに時間と手間がかかる。

 

 それはかつて、ライダーが行おうとして見事に失敗した事柄でもある。

 

 アルトリアは、全てを話し切った明をじっと見据えた。元々サーヴァントは死したもの、英霊の座にある力のコピーでもある。

 それに彼女自身、既に生前の未練を乗り切った身であり、今の自分が消えることに衝撃はない。それは、アーチャーもヤマトタケルも同様のはず。

 

「今のことを知っているのは、アキラと、エーケーと……」

「ここにいる三人と、キリエも知っている」

 

 この結界に呑み込まれたばかりの明は、流石に動揺した。

 何か攻撃が飛んでくるかと思いきや、いきなり真夜中から真昼間の春日にいたのだから。当事者であるため、固有結界と虚数空間についてはすぐに察しがついたが、ここがどのような春日かまではわからない。

 

 ち物を確認した末に見つけたスマホ。その中にあった、知らない連絡先――「アルトリア」「ヤマトタケル」。

 おそるおそる連絡を取るところから、状況把握を始めたという。こっそり碓氷邸に戻ろうとしたが、イギリスにいる設定になっているのにアルトリアらに見つかってはまずいと一回ゼロダイブで試したのみ。

 

 そして「イギリスから帰ってきた」体で正面から碓氷邸に戻ってきたときには、おおよそ絡繰りを把握していた。

 キリエに話してしまったのは、「イギリスにいる」体になっている間にこっそり春日を歩き回っていた時キリエに発見されてしまったからである。

 

 ただサーヴァント勢はともかく、一成やその友人にとっては受け入れがたい話であろう。

 明の話によれば、この世界が終わってからも生きているのは明とそのサーヴァント、キャスターだけだ。しかし今までの話で、おそらく敢えて避けていたのか、聞かれるのを待っているのか、明が説明していない点がある。

 

 今まで沈黙を守っていたヤマトタケルは、やっと口を開いた。

 

「……一つ聞きたい。この結界は固有結界に近く、世界や抑止の力を受ける。だがここは虚数空間だからその力を受けず、結界が続けられていると言ったな」

 

 それは、つまり。

 

「もしお前がこの世界を許容しなければ、すぐさま終わっていたはずだ。虚数使いである明があってこそ、この世界は存在をゆるされていた」

 

 ヤマトタケルは強い眼差しだったが、決して明を責めていなかった。明に悪気があって事を成しているとは思っていない。

 それでもこの世界を担ってしまい左右する存在として、自分を生み出したものの一つとして、ヤマトタケルは問うていた。

 

「……お前はにとって、ここは望ましい世界だったのか」

「……そうだねえ……」

 

 ――否定のしようも、なかった。最初は事故だった。

 偶然だった。だからカラクリに気づいた時点で、さっさとこんな世界は否定すべきだった。きっと碓氷明(・・・)ならそうしている。

 

 だけど――二度と会えないはずの人たちが、平和に、呑気に暮らしている。

 たとえ仮初でも、そんな世界があったらいいなあと夢想していたものが、目の前に広がっていた。

 

 たとえすぐに終わるとしても、その世界で生きてみたかった。

 全てが消え去ったあとで、この世界を覚えている者が自分しかいなくなることを知っても、自分さえすぐに消え失せるとしても、生きてみたかった。

 

 そう思ったのなら、その事実を自分だけが知ったまま、今のようにアルトリアやヤマトタケルには真実を何一つ告げずに消滅を待つべきだった。

 

 彼らは何も知らずに消える方が、よっぽど幸せであったことかと思う。

 結局は自分が重荷に耐えられなくなっただけ。

 すぐに世界を否定するならよかったが、暮らすうちに生命を感じてしまう。

 

 恐ろしくなるに決まっている。でも碓氷明なら……。

 

「……迷惑かけてごめんね」

「迷惑だと思ったことはない」

「私もじゃ。だが、この話を一成たちにすべきかどうかは微妙じゃの」

 

 今を生きる一成たちに「お前はニセモノでこの結界の一部で、本物の一成は虚数空間の外の世界で元気に生きています」と言ったところで受け入れられるまい。

 そして、あと三日で消えるなどと。

 

 ただ隠したところで、アーチャーが己の裏切りを自覚したように――一成もまた、その記憶を持っている。

 記録装置の記録からここに再作成され、偽の記憶を上書きされているのだろうが、元の記録が消されたわけではない以上、誤魔化すのは苦しい。

 

「ふむ、となるとライダーの発言もまことだったわけよな」

 

 ライダーは「公にはどうにもできない」と言った。ライダーも「結界の一部」である以上、結界の消滅とともに彼もまた消える。

 彼の宝具は「世界を斬る」ものであり、終わりを早めることしかできない。

 

 壁掛け時計の時を刻む音が、やたらと大きい。明は大きく息をついてから、顔を上げた。

 

「……私にもどうにもできない。だけど知りたいことは、まだある。私はこの結界主、キャスターに会いたい」

 

 そう。まだ明も、何故キャスターがこの結界を構築したのか――当初は明の攻撃から逃れるためだったとしても、今も続けているのは何故なのかを、知らない。

 

 聖杯戦争を行うにしても、どうにも結界が中途半端であることも気になる。

 今となっては、知りたいものはもう原因だけ。

 知っても、結界を救えやしない。

 

「……今日の夜、キャスターに会いに行く。百パーセントじゃないけど、多分見つけられると思う。真神三号がいるからね」

 


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