Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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夜① この世界は何なのか―1

「はぁ~~飽きたわ」

 

 何の脈絡もなくそう呟いたのは、シグマ・アスガード。

 今やブラトップにジャージという、恐ろしく庶民的な格好に身を包んだ彼女は、六畳一間のアパートで大の字で転がった……つもりだったが、真ん中にちゃぶ台が置いてあるため無理で、ただのIの字だった。

 今も何故シグマがここに居座っているのか全く理解していない悟であるが、思った以上に彼女が無害に大人しく暮らしているため、この状態でもいいかと思ってしまいつつある。

 ただ妻子ある身で女性と暮らしているのはいかがなものかと常々思っているものの、アサシンがいてくれるためこれまた妥協している面があった。

 

「飽きたっていうのは、ここで暮らすことですか」

 

 コンビニのシャケ弁当をつつく悟は、言外に出て言っても全然いいんですよというニュアンスを漂わせていたが、生憎シグマには感知されなかった。

 

「ん~~ここじゃあ殺して食べたって、なかったことになっちゃうし、滅多にないことだから日常として普通の生活をエンジョイしようとしたけれど、雲を掴むようでわからないし。普通って何?」

 

 昨日はなぜか虫かごにカブトムシを捉えて帰ってくるなど、小学生の夏休みな生活をしているようでもある彼女から、いきなり殺伐とした言葉が出たことに悟は動揺した。

 

 忘れかけていたか、彼女は碓氷明に危険と言われる魔術師である。

 悟は同じくメンチカツ弁当をビールで流し込むアサシンに目線をやったが、アサシンは素知らぬ顔でテレビのバラエティ番組を眺めていた。

 

「アバズレ、普通なんて雲を掴むような話はやめとけよ。そいつぁ簡単に見えて嵌れば沼だ」

「ん~~そんな気はしてきたわ。随分、適当に言葉を使うのね。普通なんてかたちのないものに呪われてしまいそうね。……うん、やめた!」

 

 シグマは一人で頷き跳ね起きると、彼女の分用に取っておかれた酢豚弁当を開封しもさもさと食べ始めた。

 

「やることはやってしまったし。ライダーにさっさと終わらせてくれって……あれが私の言う事なんか聞くわけないわね」

 

 一人で百面相をしているシグマに、悟もアサシンもつっこまない。ここ数日、内容はもっと日常的ではあったが、シグマは一人で会話して一人で納得していることは日常茶飯事だった。

 アサシンと雑談していることもあるが、悟はいまいち彼女の話にはついていけず、結果として交わした言葉は少ない。

 

 噛んでいるどころか飲んでいるのではと思われる速さでシグマは弁当を平らげ、立ち上がって悟の家を出ていった。初日も今も、シグマの行動は悟には意味不明である。

 

「う~ん、彼女が何をしたいのかさっぱりわからないけど……。でも殺して食べても何にもならないとか、世界を終わらせるとか、なんか不穏だけど……アサシンは何か知ってるのかい?」

「あ? 聖杯戦争復活の絡みだよ。気になるなら今どうなってるか、碓氷の姉ちゃんに聞いてくるけどよ」

 

 アサシンは心底興味なさそうに答えたが、悟はそのアサシンの様子も気にかかる。そう、聖杯戦争が再開されたことは聞いているが、その状態がどうなっているのかは知らない。

 非力だがかつての参加者として気になるという以外にも、悟としても、何か、この平和な日常がどこか作り物見えて感じられる時がある。

 

 きっと気のせいに違いない、もしくは再開の影響下もしれないが……。

 

「うん。ちょっと気になるから聞いて来てもらってもいいか」

「わかった。適当にくつろいだ後に行ってくらあ」

 

 頼んだとはいえ、碓氷がアサシンに本当のことを伝えたとしても、またアサシンが悟に本当の事を言うかは怪しいと、悟自身が思っている。

 それはアサシンが欺こうとしているという意味ではない。聖杯戦争中も「お前は戦うべきじゃない」と言い続けた彼だからこそ、本当の危険から悟を遠ざけるために、事実を言わないのではないかという思いである。

 

(……やっぱり、俺も何かこの春日は変だって思ってるのかな)

 

 ――好奇心は猫を殺す。

 

 何となく、そんな言葉が脳裏をよぎった。悟はある決心を固めながら、ごろりと横になってビールを煽るアサシンの姿を眺めていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 昼間、一成たちが学校で文化祭準備を行っている間、碓氷邸でアーチャーが明から話を聞いてきた。

 夕方のホテルで、一成たちがその話を聞いていた。

 

 それは俄かには信じがたい話であり、現に理子などは今でも信じていない素振りである。一成もまさかとは思っているが、碓氷明はいい加減な確信で話を広める人間ではない。

 そういうこともあるのかもしれないと、理子よりはずっと信じていた。

 

 しかし問題は、碓氷の話を受けて今日も春日の巡回を行うかどうかである。当初一成たちは異変の究明のために巡回を行っていたが、今や「原因究明」の意味はなくなってしまった。

 強いて言えば、明の見解を誤りだと仮定して真の異変原因究明をすることだが、管理者よりも正確な調査が一成たちにできる見込みはない。

 

 となれば、もう一成たちがすることは何もない。

 大人しく残された日常を享受するのが、普通の在り方であろう。

 

 しかし今一成、アーチャー、ついで理子は昨夜と同様に夜の春日に立っていた。つまり今日も春日の巡回を行う腹積もりなのだ。

 ホテル春日イノセントのロビーから出た三人組は、今日も賑々しい春日駅前を眺めていた。

 

「やはりそなた、アホよな」

「お前基本スタイルがディスりだよな……」

「いやいや、言葉尻は悪口になってしまったが褒めておるのだ。アホでなければここまでピンピンしていられるかよ」

「……あんた、現実感がないからケロっとしてるだけじゃないの?」

 

 暗い面もちの理子に険を含んだ言葉で言われ、一成は言葉に詰まる。

 

「……うーん、そうかもしれない。でももしそうなら、現実感があったほうがいいだろ」

「そこがアホじゃと言うておるのだ。これ以上関わって、楽しい現実感を得られるわけでもあるまいに」

「死ぬなら死ぬで、実感があった方がいいだろ」

「……ハァ、カジュアルに末恐ろしいヤツじゃ。しかしマスターがすると言うのなら、しがないサーヴァントたる私は従うしかないのう」

「……私も、本当に信じてるわけじゃないし、先は気になるから付き合うわよ」

 

 一成は二人に付き合うことを強要してはいないが、二人は一成に付き合ってやるかという心持であった。

 

 さて、仮に原因究明は無意味として彼らがしようとしていることは何か。

 

 気にかかることは二つ。キャスターと、もうひとりのヤマトタケル。

 碓氷明も全てを解明して理解しているのではない。もうひとりのヤマトタケルはキャスターに使役される存在となれば、彼らを探し出して問い質すこと。

 

 そして、キャスターの目的は明も気になっている――ということで、明とヤマトタケルは、今夜キャスターに会いに行くという。

 

 一成だけでなく、明にもハルカたちの拠点は掴めていないという。場所はわかるが、超高度な認識阻害の結界がかかっており、行っても拠点を認識できないという。

 だがしかし、その阻害は拠点から出れば効果を喪い、彼らは並みのサーヴァントとマスターとなり探すことができる。

 そして明は期せずしてキャスター探知機を手に入れていた。

 

『真神三号』。アルトリアとヤマトタケルに拾われた、正真正銘ただの犬。

 だが理子の使い魔である真神と動物会話で意思疎通し、一度サーヴァントとしてのキャスターにも見えたこともある真神の記憶を頼りに「キャスター」――かつての主人の奥方の気配を追尾できるという。犬らしく言えば嗅覚だが、厳密には真神はキャスターの魔力の痕跡を追っているそうだ。

 

 この話を聞いても、まだやる気があるなら夜九時に碓氷邸に。

 それが明からの伝言だった。

 

 残る謎がこれだけであるならば、それを明らかにしにいこう。

 まだ眠るには早すぎる。

 

 

 

 *

 

 

 

 昼間のライダーとの会談からそのまま――キャスターとハルカは、お互いに一言も交わさぬままだった。とっぷりと日が暮れ、土御門神社は闇に包まれていた。

 仄明るい灯籠は風情あるものの、今の彼らに楽しむ余裕はなかった。

 

 熱中症を気にして、途中キャスターがコンビニに行く一幕はあったものの、彼らはずっと、土御門神社内のベンチに腰かけたままだった。

 

 キャスターはハルカがショックを受けるであろうことは予想していたため、どう慰めるべきかどう謝るべきかを一応考えていたのだが、それも吹き飛んでしまっていた。

 

 生前()からポンコツで、肝心なところで間違えてしまう。

 

 今更何を言っても無駄だ。でも、ハルカを助けたかった気持ちに嘘はない。

 助けを求められたから、助けようと思った。ただ、それだけ。

 

 二人は一メートルの間を開けて、ベンチに腰かけている。陽もくれて――キャスターはおずおずと、話しかけた。

 

「……あの、ハルカ様……大丈夫ですか」

 

 ハルカは答えない。答えがないことが恐ろしく、キャスターはただ待つしかできなかった。たっぷり間を置いて反ってきたのは、恐ろしく低い、落ち込んだ声音だった。

 

「……最初から何もかもが茶番だったのですね。世界も自分も何もかもが」

「……ハ、ハルカ様自体は本当に、ご本人を連れてくるつもり、だったんですけど!」

 

 今更、いくら言葉を弄しても意味はないだろう。謝るといっても、謝る筋合いなのかもキャスターにはよくわからなかった。

 

 その時、何を思ったのか――ハルカは勢いよく立ち上がった。

 

「……キャスター、その持っている食べ物を寄越しなさい」

「え? あ? ……は、はい」

 

 今日の朝以降、ハルカは食事をとっていない。先程コンビニに行ったとき、スポーツ飲料など水分に加え、腹ごしらえ用に菓子パンやおにぎりを買ってきたのだが、彼は手を付けていなかった。キャスターはあわてて袋ごと彼に手渡す。

 

 とにかく何かを食べようと思うことは、まだ意思があるということ。悪い事ではないと、キャスターは気を取り直して彼を見上げた。

 ハルカは力任せにビニールを破り、恐ろしい速さでそれらを平らげた。味わうには程遠い、完全なるエネルギー補給の感があった。

 

「……シグマを倒しに行きますよ」

「……えっ?」

「どうせ本当の春日では倒せないのなら、今ここにいるシグマだけでも倒します」

「……」

 

 その顔が、あまりにもいつも通り過ぎて。自分が本当は這う這うの体であることを知る前と変わらないことが、逆にキャスターには不安だった。

 絶望していないことを喜ぶべきなのか。それさえ、キャスターにはわからなかった。

 

「け、けど居場所に心当たりとか、あるんですか」

「それこちらの台詞です。あなたがこの世界を作ったのであれば、その中の物の位置くらい把握できないのですか」

「わ、私がやったのは作るまでで……。それ以降は動くがままというか。というか作るのに必死すぎて」

 

 ハルカはげんなりして溜息をついた。これは本当に足で探すしかない。

 やはりこの極東の地は、エーデルフェルトとは相性が悪いのか。

 

 いや、それを覆しに来た己でである――その誓いは、まだ胸にある。

 月は明るく、星は微か。たとえすべてが幻だとしても、その誓いを裏切るわけにはいかない。ハルカが振り返った。

 

「となれば、手掛かりはゼロです。望みは薄いですが――御雄にもう一度問い質してみましょう。教会に向かいます」

 


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