Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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昼③ 宿泊旅行・拡大の巻

 その時、来客を教えるベルの音が響いた。

 丁度リビングで読書していた明は「アーチャーとランサーだ」と呟いた。彼女に拒む様子はなさそうなので、同じくリビングで本を読んでいたヤマトタケルは、しぶしぶ出迎えに玄関から出る。

 むわっとした熱気と共に強い日差しに晒され、サーヴァントの身ながら目が眩むようであった。

 

 庭を挟んだ門の外に、ワイシャツとスーツのズボンを纏ったアーチャーに、TシャツGパンのランサーが立っている。珍しい組み合わせである。

 

「何の用だ」

「我がマスターの名代として来たまでじゃ。春日の異変について情報交換に参った」

「儂は途中でアーチャーに行きあってな。咲が調査は碓氷に任せておけというからあまり噛んでなかったが、経緯は気になっていた」

 

 ランサーとは比較的気があうヤマトタケルであるが、アーチャーとはいまも犬猿に近い仲だ。アーチャーは素知らぬ風を吹かせて、さっさと中に入れてくれという顔をしている。まあ、明が否まない以上自分の判断で断ることもしないのだが。

 

「二人とも入れ」

 

 アルトリアには今まさに休んでいろと言ったばかりのため、代わりに明・ヤマトタケルが話すことになった。暑いため紅茶ではなく、作り置きの冷たい麦茶を供した。

 

 古い掛け時計が静かに時を刻む中、リビングのソファにて明とヤマトタケル、アーチャーとランサーで向き合う。

 

「なんと、もうひとりのヤマトタケルとは……!それまた戦いがいがありそうな」

「呑気なことを申すな。知らぬマスターとサーヴァント、春日からは出られぬ、別のヤマトタケル、湧き出でる黒い狼。事態は混迷する一方ではないか」

 

 アーチャーはざっくりと昨日の巡回で起きた出来事を報告し、溜息をついた。明の方はアーチャーからの報告を意外に思わなかったようで、顔色を変えなかった。

 

「そこで管理者、碓氷の姫よ。われらはハルカとキャスターを調べているが、奴らの拠点を知らぬと思うてな。何か手がかりでもあれば教えてほしいのだが」

「う~ん……」

 

 明は腕を組み、唸った。「ごめん。私もハルカの拠点はわからない……というか、場所はわかるんだけど認識ができなくて入れない。多分、結界が張られてる。それもベラボーに高度な。だから、結界の外に出た彼らを捕まえる方がまだ早い」

 

 アーチャーは肩をすくめて、出された麦茶に手を付けた。

 

「ふむ。しかしそれとは別に碓氷の姫に聞きたいのだが――そなた、目的は観察か、それとも魔術実験か? 虚数空間に固有結界を展開して、いったい何をしようとしているのかのう」

「? それは何の話だ、アーチャー」

 

 素で反応をしたランサー以外、明とヤマトタケルの空気が、本人が意図するとせざるとにかかわらず重くなった。ヤマトタケルは直感で、アーチャーがカマをかけているのだろうと思った。

 彼も彼で春日を調査しているとはいえ、ライダーに聞いたのではないかぎり、その答えは出てこない。そしてライダーは、答えを言わない。

 

 問われた明は、しばらく沈黙したあと観念したように溜息をついた。

 

「……ひょっとしてカマかけてる? もう、どっちでもいいけど。でも知っていいことなんか、何もないよ。それでも聞く?」

 

 いつもの気合の入らない声でありながらも、明の声は覚悟のようなものに満ちていた。たとえばこれから法廷に上り、どんな糾弾でも受けて立つというような覚悟である。

 

「セイバーのマスター、意味が解らんぞ」

「……真凍咲は知らないのかな。いや……」

 

 現在の明の見立てでは、ライダー・影景・神父・咲は知りながらにして黙っている。この結界の創造主に近しいこちらのヤマトタケルも、薄々は感付いているのではないかと思っている。

 

「……もう一回言うけど、本当に面白い話じゃない。それでも聞く?」

 

 春日を統べる女魔術師の真面目な問いかけに、アーチャーとランサーは視線を鋭くした。だが彼らはの場所からは動こうとせず、彼女の言葉の続きを聞きたいと、態度で示していた。

 

 ランサーはこれ以上問わず、麦茶を一気に飲み干すと太い声で言った。

 

「……そこまで聞いて帰れはしないな。儂らが英霊として召喚される奇跡さえ起こるのだ。大抵のことでは驚かんぞ」

「……知見を得ることすなわち幸せとは限らぬ。私としてはあまり聞きたくもないのであるが」

 

 ズボンの尻ポケットに挟まれていた扇子が取り出され、鮮やかに開かれた。

 

「我が愚かなマスターは、知るまで止まりはせぬじゃろう。ならばそのサーヴァントたる私が知らないままではすむまいよ」

 

 口元を広げた扇子で隠し、再び大きなため息をつくアーチャー。どうせ良い話ではないことは最初から知っていると、顔で伝えている。

 

 明は聖杯戦争を共に戦った、土御門一成のことを思い出す。

 聖杯戦争の中で、彼を欺いたことは一度もない。だが、ことここに置いては虚言を弄した。進んでウソはついていないが、「調査中」「わからない」という言葉を多用して誤魔化していた。

 

 そして褒められたことではない自覚があるから、セイバー――ヤマトタケルとアルトリアにも、事実を伏せてここまでやってきた。

 

 国を/大切な人を護ろうとしてきた彼らから、正論を聞きたくはなかった。

 

 

「そうだよ。ここは虚数の海に揺蕩う、造られた春日。虚数空間の中に造られた結界の中」

 

 どこでこんなことになってしまったのか。何も告げずに穏やかな終わりが来ればいいと願っていたが、土台無理な話だった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

「暑いわ!」

「そうだな」

「そりゃな」

「夏だからねキリエタン」

 

 上から順に、キリエ、一成、桜田、氷空の順である。更衣室で桜田を捕まえた一成たちだが、経緯を説明したところ(多分興味本位で)桜田もキリエのスワンボート初体験についていくことになった。

 思えば生まれてこの方、一成と氷空はスワンボートに乗ったことがなかった。家族旅行で家族と乗るのでもなければ、確かに乗るタイミングもない物体ではある。

 一人で乗っているのをクラスメイトに目撃されたら心配をされるかもしれない。ちなみに桜田は「元カノと乗ったことがある」という強者だった。

 

 それはともかく、三人組とキリエは学校から徒歩で春日海浜公園に向かい、汗をかきかき件の池に到着していた。

 池の縁にスワンボートや手漕ぎボートが並んでいる。池では数台のスワンボートが水上を滑っているが、手漕ぎボートは一台も使われていない。残念ながら景勝地などではないため、公園の池は少し緑がかって透明感には乏しい。

 

 今日も燦燦と照る太陽の真下にある春日だが、水辺周辺は心持涼しく感じる。まあ、暑いものは暑いのだが。

 

「よし、じゃあ乗るか。キリエちゃんはスワンボートでいいんだな」

「ええ」

 

 ボートがずらっと並んでいる先に、プレハブ小屋が立っている。そこで料金を払うことで、ボートに乗れる。受付のお爺さん曰く、三十分千円とのことだった。

 気候を考え、あまり長く乗っていると熱中症にもなりそうなので、三十分で一成が料金を払った。

 

 奇しくもキリエと同じく麦わら帽子を装着したお爺さんに案内され、岸に繋がれたスワンボートを示された。前二席、後ろ二席の四人用で、前席の中央にハンドルがついている。足元にはそれぞれペダルがあり、皆でせっせと漕いで前進するよくあるスタイルだ。

 

 どう考えてもキリエは誰にも似ておらず、うち一人ははあはあと興奮しているのだが、お爺さんは呑気に「妹さんかい?」と聞いてくれた。一成たちは曖昧に返事をしたが、全く会話を聞いていないキリエは早くも一人、前の席に乗り込んでいた。

 

「早く来なさい! 私は大海原、というには流石に狭いけれど、漕ぎ出したいわ!」

「はいはいお姫様」

 

 早くもキリエに慣れた様子の桜田は、キリエの真後ろに坐った。氷空はキリエの隣に座りたがったが、そうすると彼女の写真を撮りまくって完全に前方不注意になるので無理に桜田の隣に押し込んだ。

 そして消去法で一成がキリエの隣となる。キリエは既にそわそわしながら、ハンドルをぺたぺた触っている。

 

「お前が運転してもいいぞ」

「ふぅん、私は普通、召使いに運転させるのだけれど……たまには殿方のように運転するのも良いわね。……カズナリ、ミツル・ソラ、マサヨシ・サクラダ、出発よ!」

「「「あいあいさー」」」

 

 完全に召使い役となった三人組は、足元のペダルをせっせと漕ぐ肉体労働に従事するのである。

 

 屋根があるだけよいが、日差しは燦燦とスワンボート内にも差し込む。すでにそれなりに日焼けをしている一成や桜田、ついでに氷空はいいとしても、キリエも日焼けしてしまうのではないか。

 いや、焼けないで赤くなって終わるタイプだろうか。

 

 公園内に生い茂る樹木からは、じわじわと蝉の鳴き声が漏れている。

 

 ボートはハンドルを小さく切るだけでもかなり方向が変ってしまうようで、慣れないキリエ運転手のハンドルさばきで岸に激突したり、数少ない他の客のスワンボートに激突したりしていた。

 だが徐々に感覚を掴んできたようで、とりあえず何かにぶつかることはなくなってきた――単に、池の縁辺りを避けていっただけともいう。

 

 きらきら、ぎらぎらと光を反射する水面。角度と場所によってはとても眩しい。せっせとペダルを踏む男三人衆は、そこまで激しい運動をしているわけでもないのに、輪をかけて汗だくになりつある。

 

「キリエタンこっち向いて~!」

「はーい」

「元気だなオメーはよォ!」

 

 たぶんペダル漕ぎのせいだけではない原因で息を切らせている氷空に、キリエは華やかなスマイルで振り返る。流石に氷空ほど激写しようとは思わないが、一緒に写真を撮ったことがないのは惜しいと、一成は思った。

 

(榊原あたりに取ってもらうかなあ)

 

 理子のことを思い出したついでに、一成の思考は春日の異変に流れた。刑事は現場百回、というし、アーチャーの聞き込み結果を踏まえて今夜も春日の調査をするつもりである。

 すると、若干ペダル漕ぎに飽きたらしい桜田が後ろから少し身を乗り出してきた。

 

「っていうか今までなぁなぁに流してきたけどよ、一成とキリエちゃんって一体何の関係? ほんとに親戚?」

 

 そこはなぁなぁで流し続けてくれないか、桜田。一成が陰陽師の家柄であることは学年では有名な事実であり、その神秘&オカルトイメージからなんとなく「そういうこともあるのか」と、キリエ親戚説は受け止められている。

 

「だってアインツベルンだろ? ドイツ人みたいだなーって思って」

 

 くそう鋭いじゃねえか。キリエはドイツ生まれのドイツ育ちだ。

 ただ城から出ないために一般のドイツ人ともかけ離れている。

 

「……俺の家の親戚じゃねーんだ。ホントは碓氷の親戚で、それから仲良くなったんだよ」

「キリエちゃん、そうなのか」

「ならそういうことにしておこうかしら。まあ、一成は私の従者なのだけれどね」

「うらやましい……!」

 

 桜田は従者発言を真に受けず、氷空は歯ぎしりを上げていた。桜田自身も深く問い詰める気はないようで、話をかえた。

 

「けどお前、最近美人の知り合い増えすぎじゃねえ? 碓氷さんだろ、キリエちゃんだろ、あと駅前で金髪の巨乳美人や赤い髪の巨乳美人と一緒にいたって話も聞いたし、茶髪の女子中学生? と一緒にいたって話も聞いたぞ」

 

 それと同じくらい、男の得体の知れない知り合い――パンツを振り回す青年とか、やたらツキまくってる人生絶頂系中年男性とか、総白髪でダンスパフォーマンスする青年とか、オールウェイズエブリウェア隈取の歌舞伎役者とか、プロデューサー業に精を出すエセ神父とかもろもろ――も増えているのだが、桜田の眼には女子の方がフォーカスされているらしい。よくわかります。

 

「……まあ、色々あったんだよ」

「そういえばアキラで思い出したけれど、宿泊会はアキラも私も参加するわ。アキラにメールを返してもらったはずだけど、届いていて?」

「バッ……!」

 

 一成が慌てるも、時すでに遅し。キリエはきょとんとした顔を向けてくるだけだが、後ろの桜田と氷空は世紀末のような……いや、聖飢魔Ⅱのような形相をしていた。

 

「一成氏……俺はお前を信じて来たのに……!」

「話の流れ的に、そのアキラ、って、碓氷さんちのお姉さんのことだろ……お前……」

「おい! 変にガチっぽい誤解をするな!」

「さ、さんぴー……」

「ちょっと黙れロリコン!」

「どうしたのかしら?」

 

 針の筵と化した一成のことはどこ吹く風、キリエは愛らしく小首を傾げている。「ああっキリエタンナイスショット」氷空はカメラのシャッターから指を放さないわグダグダである。

 しかし宿泊会のことを黙っているわけにはいかず、一成は詳細を白状するハメになった。

 

 炎天下であることもあり、三十分に満たない時間でスワンボートを元の係留所の所にまで戻し、余人は近くの自販機でペットボトルを買って木陰で休むことにした。

 四人仲良く並んでベンチにすわり、宿泊会の話を一成から根ほり葉ほり聞いていた。キリエはもう詳細を知っているため、優雅にポカリを味わっている。

 

「へえ、お前が最近碓氷さんと知り合って、その碓氷さんの知り合いと大勢でスーパー銭湯で宿泊会……と」

「そう! だから俺がキリエや碓氷と三人だけで泊まるわけじゃねえの!」

「なんだ、よくわかんねえけど楽しそうだな」

 

 温泉は一成から言い出しておいてなんだが、ぶっちゃけプランはあまり考えていない。施設には卓球やエアホッケー台、ゲーセンも備わっており、宴会みたいなことをしたあとはそれぞれ勝手に遊ぶなり話し込むなりするだろうと思うからだ。

 むしろ面子的にみんなで何かを一緒にする、というのは考えにくい。

 

「あら、じゃあマサヨシ・サクラダやミツル・ソラも来る? あなたたちにとっては初対面の人間が多いと思うけど、それでよければ」

「うぇえ!? キリエェ!?」

 

 キリエからそんなことを切りだすとは予想だにしなかった一成は、妙な声を上げた。いきなりあの強烈な面子の中に放り込まれて楽しいのか……と心配したが、案外この二人ならそこそこ馴染んでいるような気もする。

 

「マジで? 俺行きたいわ、いつ?」

「一成氏もいるし、キリエタンもいるのなら」

 

 そして予想に違わず、ノリノリの同級生である。聖杯戦争の面子で集まるとはいえ、魔術向きの話をしたいわけでもないし、まあいいかと一成は思った。

 一言、メールで友人も来ると連絡すれば済む話だろう。金額についても、二人なら商品券でカバーが効くと思われるし、若干足りなくなっても数千円を桜田たちに負担してもらう程度だろう。

 

 キリエは今日碓氷邸に宿泊するつもりのようで、碓氷邸は海浜公園から南に位置している。

 そして一成たちは春日駅に行くため、北へ向かう。一成はキリエを碓氷邸まで送ろうかと申し出たが、心配はいらないとあっさり断られた。

 今は真昼間で、危ない輩もいないだろうと思われるので、一成はおとなしく受け入れた。

 

 公園の入り口でキリエと別れ、男子高校生三人組は汗を拭き拭き、春日駅へと向かう。一成は一度家に帰るつもりだが、どっちにしろ春日駅方向だ。

 

 平日の昼間で、人影はそこそこ。流石に海浜公園だけあって、先ほどの公園には遊ぶ親子や小学生の姿も見かけられたが、住宅街は静かなものだ。

 公園よりは控えめだが、ここでも蝉の鳴き声が聞こえた。

 

「ハァ……良いキリエタンでした……一成氏、もっと早く紹介してくれればよかったのに」

「……」

 

 普通、知り合いの少女(見た目は)を、自分の学校に連れてくることはしないと思う。氷空が人畜無害系のロリコンであることを信じてはいたので、決して彼を避けてキリエを連れてきたくなかったのではないのだ。

 

「でもお泊り会なんていつ振り……いや、一成の家にはわりと泊まるからとくに久しぶりでもなかったな」

「ただクラスメイトと別の場所で宿泊するのは修学旅行くらいだろ」

 

 既に気持ちの悪い口調は去っていたが、氷空はデジカメに山ほど記録の残ったキリエの姿をニヤニヤしながら眺めている。

 見た目は非常にキモいが、人畜無害である。

 

「あとでお前らにも詳細ラインするわ」

「おう。そういや明日もダンスの練習だからちゃんと振付確認して来いよ。特に一成!」

 

 桜田は一成を指さして、真面目な顔つきで言う。彼も進んで文化祭実行委員になったわけではないわりに真面目に取り組んでいる。

 

「お、おう」

 

 すみません春日の異変に気を取られてすっかり忘れていましたとは言えない。一成は少したじろぎながらも頷いた。

 

「けど最近は本当に少女が豊作で俺は幸せだ。死期が近いのかもしれない。今日はキリエタン、昨日はシグマタン。死期が近いというよりここが天国なのかもしれない」

「ブゥッ!!」

 

 余っていたポカリを飲んでいた一成は、それを見事に噴出した。霧吹きのようにポカリを散らして思い切りせき込んだ。

 今ありえない人物の口からありえない人物名を聞いた気がする。

 

「……そ、氷空、シグマタンって……」

「ああ、昨日であった少女だ。彼女は非常に珍しいタイプで、見た目は美しい女性だが中身は純粋無垢という、グロテスクですらある生粋の少女だった。写真もあるが見るか?」

 

 キリエだらけのデジカメを操作して、一成と桜田に見せた一枚は、麦わら帽子をかぶった金髪碧眼の美女――シグマ・アスガードと同じく麦わら帽子の氷空満が、何故かカブトムシの入った籠と網を手にしている写真だった。

 

 日本に留学しに来た女性が、現地の高校生と楽しく異文化交流している――そんな朗らかな写真に見えるが、一成には友人の身が気になってしかたがない。

 

「え、これ一成の知り合いのお姉さんじゃねーの?」

「何!? 一成氏、キリエタンだけでなくシグマタンとも知り合いだったのか!とんだ少女ハンターだな! うらやましいこと山の如し」

「変な汚名を着せるな! つか氷空、お前シグマと何してたんだよ!?」

「? 見ての通り、一緒に自然公園へカブトムシを取りに行った。会ったのは昨日、春日駅で「カブトムシの取り方を教えてくれ」って聞かれた」

 

 いや、本当に何をしているんだシグマ・アスガード。

 魔術にでも使う気なのか、カブトムシを。

 

「小学生みてーなことしてんな。あ~でもうらやましいな……氷空お前ロリ専門じゃなかったのかよ」

「前にも言っただろう。大事なのは魂がロリ……じゃなかった少女かどうかだ。肉体はどうでもいいのだ。しかし現実には大人の肉体に魂が少女というのは極めてまれだからな……そういう意味ではシグマタンは稀有な存在だ。逆に言えばキリエタンもまた稀有でな……少女であるにも拘らず、貫録のある少女と言うか……」

 

 わかるようなわからないことを大真面目に言う氷空に、桜田はどうでもよさそうな顔をしていたが、一成としては少々聞き流せないコメントだった。

 貫録のある少女――少女歴二十年を超えるキリエを表す言葉としては間違いとも言い切れない。

 

「ふーん、お前ロリコンなだけじゃなくて大人のお姉さんも好きだったんだな。何か安心したわ」

「桜田貴様、何を聞いていたァ!」

 

 ……まあ、見る限り氷空は通常運転でおかしなところは見られない。常に若干可笑しいし。しかしシグマ・アスガードは一体何をしているのか。

 悟のアパートに転がり込み、アサシンと酒を飲み、カブトムシを取って暮らしている。春日の異変について調べる中でも、彼女については何のかかわりも見いだせていない。

 

「……オーイ氷空、あんまシグマには関わらない方がいいぞ」

「彼女にならもてあそばれても構わない」

 

 無駄にキメ顔で言わないでほしい。いや本当に外見だけならぜひシグマには弄んでほしいけれども。

 一成も原因を説明できないため、強くかかわるなとは言えないままだらだらと歩き続け、春日駅に到着してしまった。

 

 桜田と氷空は電車通学であり、春日市の隣市にある実家から通っている。二人とも今日はこのまま家に帰るようで、一成は春日駅で別れた。

 春日市から外には出られない――そのことが頭をよぎったが、引き留められない。そもそも、出られない現象は一成が知るよりも前から起きていて、それまでも友人二人は何事もなく春日に来ていた。

 

 だからきっと、明日も来る。

 

 

「……さて、俺はどうすっかな」

 

 今日はもう用事はない。宿題も理子の手伝いと自助努力で概ね片付いている――ちょうどいいからアーチャーのホテルに戻って、宿泊会での予定を真面目に考えるのも悪くない。

 いや、それよりも碓氷家に行かせたアーチャーの報告も聞きたいところだ。

 


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