Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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夜⑤ 剣士と復讐者

「……さて」

 

 碓氷邸から徒歩十五分で辿り着く土御門神社。丘の上へと連なる石階段の上には、既に見慣れた赤い鳥居が待ち構えている。

 セイバー・ヤマトタケルは普段着のTシャツから武装姿へと切り替え、階段を上り始めた。

 

 あっという間に神社の境内に辿り着いた。両側に並ぶ灯籠には明かりがともされ、夜でも十分に歩き回ることができる。夜でも涼しいというより生温い空気のなかで、彼は空を見上げた。

 

 セイバーは明に言われたとおり、もうひとりのヤマトタケルを探しに来たはいいものの、その実どうやって時間を潰すかを考えていた。

 

 ――おそらく明は本気で『ヤマトタケル』を探そうとしてはいない。

 

 セイバーに人の心はわからない。

 記憶の中の、聖杯戦争時の明と今の明を引き比べると、どうしても違和感はある。

 

 碓氷明は管理者として、春日と春日に住まう人々を護ろうとしていた。

 セイバーにとって街の壊滅などどうでもいいのだが、明が重要視するため、彼も気を配らざるを得ない。

 

 しかし今の明から、焦りを感じない。ここが造られた偽の春日だというなら、人々は結界の外からここへ運ばれてきた・取り込まれたことになるのだろうか。

 

 そうだとしたら、今ごろ現実では、春日市から人っ子一人消えてしまったことになる。それが何日も続いて、大騒ぎにならないはずがない。現代の治安維持機構、警察はセイバーの時代より(そもそも警察などなかったが……)はるかにまめまめしく働くそうで、より騒ぎが拡大するだろう。

 

 同じことをアルトリアも気にかけており聞かれたこともあるが、「本当に危険ではないのだろう」と返しておいた。

 明は自分にも何も言わないが、自分から明にそう確認を取るべきか、セイバーは悩んでいる。勝手に行動していいことがあった試しもないが、明が聞かれたくないならば無理に聞き出すのもどうかと思い、今に至っている。

 

 さらに、イギリスから一時帰国してから明はずっとどこかおかしい。奇妙な電話に加え、どうも最初はよそよそしかった。

 原因に全く心当たりがないため、気付かないうちに何かしでかしたかと思いきや、明は何も言わない。

 明は、我慢ならないことは言ってくれるはずだ。

 

 

 ――そうだ。何もかもおかしなことばかりだ。俺は、聖杯戦争に勝利して、

 

 

「よう。能褒野で死んだ俺」

 

 気配がなかった。それは、宝具に加え、相手方に戦意がなかったからであろう。あたかも最終決戦のライダーのように――賽銭箱の上に胡坐をかく、ヤマトタケル(セイバー)と瓜二つのサーヴァントの姿があった。

 

 賽銭箱の上の『ヤマトタケル』は、セイバーよりも軽装というより普段着のGパンとTシャツで、傍らに葛で封じられた黒塗りの太刀を置いているだけ。

 もう、片目を覆っていない。焦点を合わせる振りもしない。

 

「……これまでこちらに接触しようとしなかったのに、随分あっさり姿を見せたな」

「俺は本気で隠れる気もなかったが、進んで接触する気もなかったぜ? 必要な一部以外は。……けどまあ、人間どもが色々探ってくるもんだから、こそこそ隠れる方が面倒になったんだ」

 

『ヤマトタケル』はゆらりと賽銭箱の上から腰を挙げ、刀を片手に立ち上がった。歩くたびにちりんと、腰の鈴が鳴る。「ついさっき、お前の――マスターに会ってたぜ」

 

 セイバーは、『ヤマトタケル』がどのように明に関わっているのか知らない。しかしセイバーの知らないところで会っていたと聞いても、動揺はしなかった。

 明の隠し事の一つであろう。だが何を話したのかは気になる。『ヤマトタケル』は笑う。

 

「大した話はしてねえよ。ていうか、俺が何にも言わなくてもだいたいのとこわかってるぜ、碓氷明は。お前も検討くらいつけてるんだろ」

 

 この春日は造られたニセモノの春日。そして榊原理子らが出会った知らないキャスター。

 実はセイバーにもこの事態を引き起こせるものに心当たりはある。だがあくまで仮定に仮定を重ねた砂上の楼閣のようなもので、口にするのも恥ずかしいくらいである。

 

 しかし目の前の『ヤマトタケル』は、境界主。この結界を護るのに、一役も二役も働いているに違いない。

 

「聞きたいことがある。弟橘は何故、世界を作った? そしてお前は何故、弟橘の生んだこの世界を維持しようとしている?」

 

 以前理子と話したように新たなキャスターは、セイバーの知る弟橘ではないはずだ。だが如何なる世界の弟橘であっても、大筋の生涯は似てくる。

 ライダーとのやり取りを経て、セイバーはキャスターの宝具がここを生み出していると予測していた。

 

 ――神と同一になることによって、人を辞めた末の宝具(伝説)

 

「全く碓氷明と同じことを聞くんだな。つまんねえ。知らねえよ」

「妙な奴だな。折角この世界にいるのだから、直接何をしたいか聞けばいいのではないか」

 

 ざわりざわりと、吹き抜ける風が木々を揺らした。境内を取り囲む林の奥から、複数の赤黒い視線を感じる。数えるのも億劫になるほどの瞳の数に、獣の匂い。

 セイバーも知る気配――穢れた聖杯・狼の形をした聖杯の呪いの群れ。それらは賽銭箱前に立つ、『ヤマトタケル』の指揮を待つように震えている。

 

「その言葉、そのままお前に返すぜ。とっとと碓氷明に『なんでこの事態を解決しようとしない』と聞けばいい」

 

『ヤマトタケル』は鞘に収まったままの刀をセイバーに向けて、笑う。

 烈風が吹き抜けた。どちらが先かは、判断がつかない。ヤマトタケルの不可視の神剣と『ヤマトタケル』の黒塗りの鞘が激突すると同時にわき出でた黒狼の群れ。

 そしてセイバーがやってきた石階段から飛び出した、白く大きな獣。

 

「――真神一号! 黒狼を追い払え!」

 

 高圧の電光のごとく走った白い獣は、猛然と黒狼の群れへと突っ込んでいく――生ける神秘殺したる狼は、ただ体当たりするだけで呪いを散らしていく。

 

 セイバーと『ヤマトタケル』は互いに剣を合わせ、鞘と不可視の剣がかちあって震えている。『ヤマトタケル』は薄笑いを浮かべたまま、愉快気に問うた。

 

「――おや? お互いに戦う理由はないはずだが?」

「ああそうだ。だからこれは俺が戦いたい――否、お前を殴りたいから殴ろうとしている」

「奇遇だな(ヤマトタケル)。これまで俺はお前に偽装していたが、不快で不快でたまらなかったよ」

 

 話には聞いていたものの、相手を見た瞬間に、セイバーは相手もまた同じく『ヤマトタケル』であることを理解した。同時に言いようのない嫌悪感も懐いた。相手がどんな東征()を経て来たのか、セイバーにはわからないが、その生は、自分にとって許し難くありえない選択の末に果てたものだと直感が教えていた。

 きっと『ヤマトタケル』も同じことを思ったに違いない。

 

「――お前、サーヴァントとしてのクラスは」

「呼びたいのならば、アヴェンジャーと呼べ!」

 

 セイバーが力づくで剣を弾き、距離を取る。間髪入れず地を蹴ったセイバーの剣とアヴェンジャーの鞘が何回も何回も競り合い弾いていく。

 ちりん、ちりんと涼やかになり続ける鈴の音に合わせ、あたかも演武のように火花が飛び散る。鞘と不可視の剣の長さはほぼ同じ。つまり間合いは同じ。同じ英雄同士が打ちあっても、決着がつかないと思われる――だが、少しずつセイバーの方が圧しているのは、見る者が見ればすぐわかる。

 原因は単純に膂力である。それに限れば、セイバーの力が上回っている。

 

「く……」

 

 苦しい声を漏らしたのはアヴェンジャーの方。魔力を孕む風が吹き荒れ、削れた石畳の破片を巻きあげて黒狼にも突き刺さる。何合も何合も続く剣戟の中、セイバーはほんの一瞬だけの隙を見つけ、針の穴を通すような正確さで一息にアヴェンジャーの心臓(霊核)を狙った。

 

「――」

 

 その時、背後より飛来する何かを感じ――僅かな風の動きと振動で――セイバーは僅かに体をずらさざるを得なかった。

 背後に感じた何かは剣で、その三振りはセイバーの顔の両側面・右わきすれすれを貫いて石畳へと突き刺さった。そして不可視の剣もアヴェンジャーの肩の上着を掠めたにすぎず――二人は至近距離にて静止し、互いに退いた。

 

 ――やはり……。

 

 アルトリアは最初、美玖川でアヴェンジャーを見た時はヤマトタケルだと思ったらしい。サーヴァントとしての気配すら絶つ宝具、「斎宮衣装(みつえしろのかご)」。そして葛に巻かれた黒い太刀の宝具は、イズモタケルを暗殺した時のもの。

 

 これらは本来、ヤマトタケルが「アサシン」として召喚されれば持ちうる宝具である。

 

 しかし知らぬ剣を三振り取り出し、自在に操った――セイバーのヤマトタケルにその記憶はない。今も振動に震えて突き立っている三振りは、彼が見たことのない形状の剣であり、もっと後世の作と思わせた。その三振りは焔に包まれて姿を消した。

 

「――フン、まるで演武(ダンス)みたいだな。現状、お前は俺を殺せない。俺にもお前を殺す気はないしな」

 

 アヴェンジャーは鼻で笑った。セイバーも同じ顔で笑った。

 

 お互いがお互いを把握したうえで成された殺陣(たて)のようなもの。セイバーはアヴェンジャーの表情を演技と見抜き、またアヴェンジャーもセイバーが三振りの剣のことを待っていたと承知していた。

 

「――剣を棄てた俺は、演技の達者さに磨きをかけたらしい」

 

 アヴェンジャーの上着の下、晒に巻かれた体からは古傷がいくつも見て取れる。それは本来のヤマトタケルであればありえない。

 神剣の加護によって、どんな深手も跡形もなく治癒するのだから。

 

 両目が見えないのに、右目にだけ眼帯をしている理由も、セイバーは察していた。

 

 右目を覆えば、人は残った左目は見えているのだろうと勝手に勘違いする。そして戦闘時には、右目側に死角が増え、自然敵はそちら側から攻撃を仕掛けるようになる。

 つまり、アヴェンジャーには読みやすくなる。

 

 また、相手が片目でも見えているなら、まさか音で世界を把握しているとはまず考えない。つまり目が見える振りをするのは、敵を欺く戦術のひとつなのだ。

 

 ただ「音で世界を把握している」のも、アヴェンジャーの詐術のうち。情報伝達の速度が音速――水中ならともかく、空気中では、サーヴァント戦では確実に後れを取るからだ。

 そこまで考え、セイバーは溜息をついた。

 

「……まあ、いい」

 

 アヴェンジャーが、どんな生を送ったのかはわからない。だが神剣を棄てる――神の剣を辞めるというのは、神の剣として生まれたゆえに死と同義。

 神の剣とは、神霊天津神々の支配を人代にもつなげ維持する役目のこと。直接には天皇の命という形をとるが、その実神霊の命である。

 

 ライダーはすべてを承知のうえで神の剣であることを享受し、セイバーは神命に振り回されて神の剣を終え――アヴェンジャーは神の剣を辞めた。

 人代とはいえまだ神代の残り香深い時分に、神霊をも敵に回した。

 つまりは、大和朝廷への反逆者である。

 

 

 ――死血山河。

 

 木々や住処は灰燼に帰して、息する者は誰一人もない――そんな大和を幻視した。

 

 何を思いアヴェンジャーがその道を選んだかはわからずとも、その選択自体がヤマトタケルにはありえない。景行天皇(かつて憧れた人)が護ろうとした大和を滅ぼすことはありえない。

 仮にアヴェンジャーと己が道を分かった理由を知るときが来ても、融和はない。

 

 セイバーは剣を消して、息をついた。既に黒狼は成りをひそめ、真神一号――拾った犬の真神三号にちなんで(順序としては逆なのだが)一号――も、おとなしくセイバーの後ろに控えている。

 

「もう用はない。帰るぞ」

 

 真神の首の下を撫で、セイバーはアヴェンジャーに背を向けた。一匹と一人は事は済んだと、神社の出口、鳥居に向かった。アヴェンジャーも、追いかけない。

 

 何も口にせず、真神とセイバーは黙々と石階段を降りていく。真神の純白の毛並みは、月光を受けると、まるで真神自体が白光しているように見える。

 

『主』

「昔から、俺はお前の主になった覚えはないのだが……それよりお前、榊原の使い魔だろう。今の主を放っておいていいのか」

『榊原は同盟者だ。主ではない』

 

 当初、理子に呼び出された真神は何にも干渉するつもりはなかった。ゆえにできるかぎり理子には呼ぶなといったが、かつての主の匂いを嗅ぎつけて気にかけてはいた。

 ちょうど折よく、セイバーヤマトタケルは白い犬を飼い出していた。神秘としての格があまりにも違うとはいえ、真神も獣にして狼のため、近しい動物との意思疎通は容易い。

 あの真神三号は本当にただの犬であるが、彼の眼を通して真神一号は碓氷邸周辺、もといセイバーヤマトタケルの状態を把握していた。

 

『で、主、そなたは何もしないのか。この結界のカタチ、術はまぎれもなくお前の妻のものだろう』

「……これは弟橘のものだと感じるのだが、問題は俺のものではない。だから関わるつもりはない。あちらの俺がどうにかすることだ」

『……主がそういうなら、よい』

 

 しかし、自分が何をすることが最適なのか、セイバーに答えはない。

 聖杯戦争は終わって、ただ強ければどうにかるという話ではないのだ。

 


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