Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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0日目② 夏にして花のDK(男子高校生)

 じわじわと、セミの鳴き声が喧しく響き渡っていた。駅から徒歩十分あるかないかの住宅街だが、夏の虫はかくも威勢がいい。

 猛暑に苦しみつつ、単身者向けの小さいマンション、ルージュノワール春日の二〇二号室の前に二人の男子高校生とおぼしき、ワイシャツとズボン、学生かばんを下げた二人が立っていた。

 

「かーずーなーりーしー」

 

 妙なイントネーションで家主の名を呼びつつインターホンを押したのは、黒髪ショートカットに眼鏡の少年だった。この暑さにもかかわらず、長袖のワイシャツを袖口まで止めている真面目そうなタイプである。

 

「いないのか? おい一成ー」

 

 口の横に手を当て、声をかけたのは茶髪の少年だ。茶色っぽいのはあくまで地毛だが、良く染めているのではと勘違いされる。半そでのワイシャツの中に赤いTシャツを着ており、メガネの少年に比べれば制服を着崩していた。

 

「カァズゥゥナリィィクゥゥゥン!!」

「おい奇声を上げるな!」

 

 大声を上げた眼鏡の少年を、もう一人の少年がはたいた。しかしそれが功を奏したのか、扉の内側から騒がしい足音が聞こえたかと思うと、内側から開かれた。

 姿を見せたのは、これまでせっせと家の掃除をして疲労した様子の土御門一成だ。

 

「……ま、待たせたな。汚いけど入れよ」

「知ってる。これは俺と桜田からの土産でダッツだ」

 眼鏡の少年――氷空満(そらみつる)は、学生鞄とまとめて持っていたビニール袋を、一成に手渡した。中にはハーゲンダッツのバニラ、クッキー&クリーム、抹茶、ストロベリー味が入っていた。

 

「サンキュ。つか食ってからやるか?」

「そーしようぜ。外メッチャ暑くてヤバイ」

 

 二人は知った顔で一成の家へ足を踏み入れる。それもそのはず、高校生の身分で一人暮らしをする一成の家が、友人のたまり場にならないはずはなかった。

 ワンルームだが、今は折りたたみベッドを採用しているため片付ければそれなりに広くなる。

 一応当初の目的を果たすつもりがあり、ワンルームの中央には小さいテーブルが置かれ、ノートが開かれていた。

 

「お前らなんで制服なんだ?」

 

 そういう一成はTシャツにGパンのラフな普段着だ。夏休みの恰好なので、当然制服は着ない。

 

「俺は榊原と文化祭の相談、氷空は図書館で本借りてた」

「へえ。学校といや明日朝から練習だな。桜田お前もよく文化祭委員とかやるよなあ」

「まあ、行事嫌いじゃないからな」

 

 茶髪の少年――桜田正義(さくらだまさよし)は頭を掻きながら答えた。一成の高校では新学期開けて二週間で文化祭が催される。その開催時期ため、気合の入った三年生は夏休みも準備を行うのだ。

 一成としては学校行事を嫌ってはいないが、委員会と名のつく面倒くさそうなものはやりたくないのが本音のため、結構真面目に桜田には感心しているのだ。

 そういえば桜田は二年の時、クラス委員をやっていたヤツでもあった。

 

 一成と桜田が話している間に、氷空は一足先に適当に座布団を引き寄せて先にクッキー&クリームアイスを堪能していた。追いかけて一成は抹茶、桜田はストロベリーを手に取ると、それぞれ堪能していたが、そこに氷空が水を差した。

 

「しかし単純な疑問なのだが、何故お前たちはいまだに宿題が終わっていないんだ」

「「バカだからだよ!!」」

 

 一成と桜田の美しいユニゾンに何ら感動することなく、氷空は冷酷に突っ込んだ。

 

「アホか。いやバカか」

「万年学年一位は黙ってろ!」

「そんな口を利いていいのか」

「すみません足の裏とか舐めます」

「お前らに舐められてもうれしくない」

 

 そう、何を隠そう一成と桜田は夏休みの宿題が、終わっていないのである。

 

 一成曰く「中途半端な進学校」にありがちの「学校の勉強をきちんとすれば受験対策にもなる」精神で、埋火高校は三年生でも容赦なく宿題が出る。容赦がないので簡単には終わらない。一応「受験対策にもなる」と謳っているだけはあるのだ。

 

 桜田は塾の課題をこなすことを優先していて、そして文化祭委員もきちんとこなしていたツケ。ついでに彼は文系科目が得意なため、数学と生物がまるまる残っていた。

 一成は一成で一年の時は宿題を踏み倒そうとした悪辣な人間なのだが、当時の榊原理子がやかましく、かつ上京したてで浮ついてもいた素行を親に連絡されてはまずいと、結局はこなす羽目になった経緯がある。

 そんな彼も高校三年生であり、一度進路希望には大学進学と書いたのだが――迷っていることがあり勉強自体に身が入っていない。いい加減腹をくくらねばならないと、彼自身も承知してはいるのだが――宿題は残っていた。

 

 とどのつまりこれは、学年一位様に宿題のわからないところを教えてもらおうの会である。

 

 

「漫画でも読んでるから聞きたいことがあったら聞いてくれ。というか今更だが、教師役として俺をキャスティングするのはどうかと思うぞ? 素直に榊原あたりに頼めばよかったのでは?」

 

 自己申告の通り、氷空は教えるのがうまい方ではない。多少苦手な人間の方が理解しにくい場所を心得ていることがあるように、苦も無く微分積分や数列を呑み込める人間が必ずしも教師として向いているとは言い切れない。

 そして氷空の言う榊原――同じクラスの元生徒会長にして桜田と同じ文化祭委員の榊原理子(さかきばらりこ)は、教え上手として知られている。

 その上彼女自身は高い学力にもかかわらず、実家の神社の後を継ぐために神道学科のある大学に行くことが決定している。ゆえに他の生徒程躍起になって受験勉強する必要がないため、よく他の生徒に宿題を聞かれているのだ。

 

 だが、桜田と一成が微妙な顔をした。しかしその理由は二人で異なった。

 

「いや、あいつ他のヤツにもいろいろ聞かれてて忙しそうだしさ」

「いや……あれに教わるのはなあ……」

「ふうん。まあいい、とにかくアイスも食ったし始めた方がいいぞ」

「「おう……」」

 

 やっぱりやりたくはないのを思いっきり顔にだしつつも、一成と桜田はしぶしぶシャーペンを取り出してノートと教科書に眼を落とし始めた。

 

 ……が、突如桜田が悲鳴を上げた。

 

「ぎゃあああ!!」

「うわあああああ!?」

「!?」

 

 彼の悲鳴につられて、一成と氷空も振り返った――今の彼らの位置としては、桜田はベランダの方を向き、一成と氷空は玄関の方を向いていた。桜田はひきつった顔に震える指でベランダを指した。

 

 

「……外ッ……今、なんか……笑顔の……」

「泥棒か!?」

 

 一成と氷空はベランダの方を振り返る。だがそこには何もない。洗濯ばさみを入れたバケツがある程度だ。

 

「……笑顔の、平安……貴族が……ダブルピースで……」

「……予備校の課題は古文ばっかなのか?」

 

 氷空はあきれ顔でツッコんだが、一成の顔は引きつっていた。

 平安貴族、すごく心当たりがある。

 

「……一成氏、不審者に心当たりは?」

「……ねえけど、一応ちょっと外見てみるわ。お前らは待っててくれ」

 

 顔を見合わせる友人二人をおいて、腰を上げた一成は一度ベランダに目配せすると玄関から外に出た。

 

 マンション二階の通路に人気がないことを確認し、一成は小声で「アーチャー」と呼んだ。瞬間、そこには衣冠束帯の平安貴族――ではなく、糊の効いたワイシャツとズボン、磨かれた革靴に身を包んだ中年のビジネスマンが姿を現した。

 

「ほう、彼らがそなたの学友か。片方は聖杯戦争中、学校で話しているのを見たことがある」

「そーじゃなくてもっとマトモに出てこいよ!?」

「それはその、おちゃめ心じゃ」

 

 中年にウインクされても、恐ろしいほど何の感慨もない。

 なんで自分のところにはアルトリアのような美少女サーヴァントがこなかったのだろうか。アーサー王が女なら藤原氏の氏長者が美少女でもいいと思う一成だった。だが目の前に立っているのは、当然オッサンだった。

 勝手にげんなりしている一成の心を読んだアーチャーは、懐から扇子を取り出して彼をぱちぱちと叩いた。

 

「また下らぬことを考えておるな? 私の女体化など……あ」

「?」

「頼光は女であったな。しかも現代でいうボインというやつじゃ」

「!!??」

 

 源頼光――源氏の嫡男として生まれ、摂津源氏の祖として清和源氏全体の発展に貢献した十~十一世紀の人物で、酒呑童子、大蜘蛛、牛鬼など多くの怪異を討ち滅ぼした「神秘殺し」である。だが表向きは当時の職業軍人の一族として、藤原氏に臣従して受領として財を蓄え、アーチャーの権勢の発展につれて「朝家の守護」とまで呼称されるようになったれっきとした武士だ。

 

左馬権頭(頼光)は私の家司(執事)でもあったが、変なロマンスなど妄想するだけ無駄じゃぞ? アレはもう人間としてみなすより別のものとした方がふさわしいからの……それは晴明も同じかもしれぬが」

「なあ、もしかして晴明も……」

「安心せよ。そっちは男じゃ」

 

 安倍晴明まで女だったらいったい歴史はどうなっているのか、というかきちんと仕事してくれ当時の歴史学者とツッコんでしまうところだった。

 アーチャーの生前の話はかなり興味深いため始まるとうっかり聞き込んでしまう一成であったが、アーチャーの方は話を思い出したようでぴしりと扇子で指した。

 

 

「そなた、のんきに学友と勉強をしておるが、今日は午後から碓氷の屋敷に行くとかいかないとか言っておったではないか」

「は? 碓氷の帰国は明後日だろ」

 

 一成はズボンのポケットからスマホを取り出し、スケジュール帳を開いた。明後日碓氷明の帰国のため、ヤマトタケルやアルトリアと屋敷を掃除し食事を作る約束をしていた――そこまで思い至り、一成は声を上げた。

 

「あ! そういや何を作るかとか飾り付けとかの相談……」

 

 明のお帰り会を開くことは決まっていたが、詳細を決めていない。何か出し物をするわけではないが、何を作るとか買い出し品のリストアップを行うのが今日だった。

 記憶が正しければ約束はこちらが先で、それをすっかり忘れていた一成はまんまと同じ時刻に友人との宿題会を入れてしまったのだった。

 

 しかし今更友人に帰れというのも気がひける。幸い、セイバーズは多忙な身ではない。謝って今日の夜に予定をずらしてもらうことも可能だろう。

 

「……完全に忘れてた」

「まったく、何故私が秘書のようなことを。そなたはまだ秘書が必要なほど過密スケジュールで生きてはおらんだろうに、先の思いやられる」

「ぐっ」

 

 大げさに頭を抱えてみせるアーチャーにイラッとするが、非はこちらにある。一成は渋々黙ったが、ふと疑問が浮かんだ。

 

「つかお前なんでここにいんの? 今日はヒマなのか?」

「すごーくいやなヤボ用があるのじゃ。その途中で近くを通り、そなたの気配を感じて不審に思った故」

「いやなヤボ用?」

「大人の事情じゃ。そういう事情があるのかあとだけ思っておいてほしい」

 

 これは詳細まで話す気はないな、と見て一成は追及をやめた。そもそもアーチャーが何していようと勝手である。法に触れなければ。

 ただ、災いの芽は災いになる前に潰す、戦わずして勝つことが至上のアーチャーにしては珍しい。何かヘタを打ったのか。

 それとも、自然災害のように避けることができない何かか。

 

「まーがんばれよ。教えてくれてありがとうな」

「気をつけよ。では、私はいくぞ」

 

 実体化したまま、階段を降りて行ったアーチャーはすぐ一成の視界から消えた。彼の野暮用が何かは気になるが、突っ込むのはよしておこう。

 しかし通りがかりとはいえ、わざわざ顔を出し、しかも友人にまでからかっていき、予定を忘れていることを指摘してくれるとはある意味マメ……?

 

「いや、念話をしろよ!」

 

 ついもういない相手に裏手で突っ込んだ。だがその時間の悪いことに、声が聞こえたのか帰ってこない一成が気になったのか、扉が開いた。

 

「何やってんだ一成? つか、誰かと話してた?」

「ウア! いや、なんでもない。変な奴はいなさそうだ。桜田お前変なモン食ったんじゃねえか? 平安貴族なんかいるわけないだろ」

「……そうかなあ。でもそうだよなあ」

 

 今だ半信半疑(というか彼は正常)の桜田を無理やり納得させる。当然首を傾げたままの彼に、一成は電話をしてから戻ると言った。

 スマホには碓氷邸の番号だけでなく、碓氷明の個人携帯の番号も登録されている。

 

 彼女がイギリスに発ったのはもう半年以上前だろうか。時計塔というところは魔術師の巣窟で何百年も魔術師家業をしている連中だらけと聞いた。海千山千の魔術師たちの中で、彼女はなんとか元気だろうか。

 

「俺が気軽に電話していいもんなのか……?」

 

 いや、実は一成は既に何回か電話をかけている。ただ時差を考慮せず睡眠中の明をたたき起こしてしまったり、たまたま折悪しく忙しい時で満足に話ができなかったりして、迷惑な事をしてしまったという自覚があり、最近は電話をせずメールを投げていた。

 

 ただ明はメール無精で返信がかなりそっけなく、返信の必要がないとわかると何も返してこない。無精、というより文字を打つのが苦手なだけかもしれないが。

 

「……帰ってきたら、いつなら電話していいか聞いてみるか」

 

 しかし真夜中に電話で叩き起こしてしまった時は、電話先に寝起きで寝乱れた明が居ると思うと男子高校生的にはかなりグッときた……いやこれ以上はやめておこう。その時の無駄に詳細な妄想は頭の片隅に追いやり、宿題の心境にいたらねばならないのだ。

 


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