Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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昼④ 面影を探している

「正直、ファストフードはそこまで好みではなかったのですが……誤解していました」

「人生経験としてファストフード店はいくつか通ったことがあるけれど、なかなかエレガントなところね」

「……」

 

 咲はエビアボガドを食しつつ、ファストフードで盛り上がる王様と令嬢を内心おどろきながら見ていた。

 咲、キリエ、アルトリアの女三人組は早めの昼ごはんとして、カスタムサンドイッチで有名なチェーン店でくつろいでいた。現界してから食道楽に目覚めた騎士王、聖杯戦争によって初めて雪の城を出ることになった冬の令嬢。

 なるほど、その素性を知ればたかがチェーン店でここまでテンションが上がることも理解できる。このサンドイッチ店は多少割高だがパンや野菜の素材にこだわり、無料で野菜の増量とドレッシングの変更ができる。サイドメニューのスープやデザートも本格派だ。

 

「ところで、咲はカズナリの催す温泉合宿に行くのですか?」

 

 ローストビーフ・トッピングにチーズのサンドイッチを片手に、ご機嫌麗しいアルトリアは、当初の目的を忘れていなかろうが全く違う話を出した。

 

「……流石先輩、殺し合いした顔ぶれで仲良し合宿なんていい性格してます。……興味深いので、私は参加しますけど」

「私も行くわよ。未熟ながらも一成が精いっぱいホストをつとめようというのだもの」

「ところで温泉施設には懐石料理と言うものがあると聞きましたが」

 

 全く方向性がてんでバラバラだったが、アルトリアとキリエも合宿を楽しみにしているメンバーだった。しかし咲として少々不思議なのは、何故にスーパー温泉なのかということだ。ぶっちゃけ言うと、じじむさい。

 

 咲は温泉が嫌いではないが、友人と遊びに行くならばもっとネズミモチーフのキャラクターが有名なテーマパークや、絶叫マシンが名物の遊園地など、目一杯遊ぶ場所の方が好きだ。

 魔術師をするときは百パーセント魔術師に、学生として遊ぶときは限界まで遊びたい。

 

(……でも、良く考えたらメンバーが友達でも何でもなかった)

 

 碓氷と友達などありえないし、目の前のキリエやアルトリアは友達と呼ぶにはすこしちがうと思う。バーサーカーは自分の僕、ランサーは親戚の叔父さんがいれば、このような感じなのかと思うが、友達ではない。

 そう思うと、案外温泉施設合宿はハマっているのかもしれない。バーサーカーを連れていけないのは惜しまれるが。

 

「……でも先輩が自分で「温泉にいこう」っていうって、あまり……」

「どうしました?」

「……なんでもないです。……キリエスフェール、口元」

 

 野菜を上限まで増やす無茶をしたキリエは、サンドイッチから溢れかけた野菜を皿の上にぼろぼろと落していたため、途中で野菜を敢えて皿の上に落し、サラダのようにして食べていた。

 それにたっぷりとかかったサウザンドレッシングが、キリエの口の端についていた。

 

「あら」

「そのまま、動かないでください」

 

 ポケットからハンカチを取り出したアルトリアが、丁寧にソースをぬぐう。今更だが、アルトリアもキリエもとんでもない美少女であり、ファーストフード店の一角でも、その光景は一枚の絵のように思えた。

 しかしすっかり拭き取ったはずなのに、何故かアルトリアの手はキリエの頬にハンカチを当てたまま、止まってしまった。

 

「……アルトリア?」

「……、いえ、何でもありません。キリエ、前にも私は今のように、あなたの頬をぬぐったことがありましたか?」

「私の記憶にはないわ。だいたいカズナリが拭くもの」

 

 アルトリアはやっとキリエの頬からハンカチを放すと、綺麗に畳んで閉った。すっかり呑気に女子ランチの雰囲気になっていたが、元々彼女たちはランチに集まったのではない。

 

 

「……話が本題に戻るようで何よりです。けど、本当にそんな方法で探すんですか」

 

 咲、そしてキリエも、昨夜アルトリアが遭遇した出来事について聞いていた。

 造られた春日とヤマトタケルに瓜二つの「境界主」のサーヴァント。

 約束された勝利の剣すら正面から打ち破った、並々ならぬ異形の宝具。

 元々は境界主から話を聞き出すことが主目的であり、どうしても勝たなければならない戦いではなかったが――それでも、昨夜の戦いはこの騎士王に忸怩たる傷を残した。

 

 次見えたときは必ず勝つ――しかし、それ以前に一体あのサーヴァントは何故いるのか、その深層が見えてこなければ、何にもならない。

 

 最早これも異常なのだが、昨夜の深手にも拘わらずアルトリアは傷を残さず回復していた。

 

 ――死んだはずの者が蘇る。その異常のため、既に通常戦闘も宝具解放も可能である。

 だ

 からアルトリアは今日の朝から行動できたのだが、この春日の異変の最中に置いて、彼女は彼女で心に引っ掛かるものを持ち続けていた。

 

 ――あの少年は、いったい誰なのだろう。

 

 名前すら思い出せないのに、忘れてはいけない誰かな気がする。一成を見ると時折脳裏をよぎる、その人。

 

 今春日には異変が起きている。ここは造られたニセモノの春日市だと――管理者として明は異変を究明する立場にあり、彼女のサーヴァントたるアルトリアもそれを補助する立場にある。

 昨夜現れた境界主のサーヴァントに、見事にエクスカリバーを封殺された忸怩たる思いもあり、もし彼のサーヴァントが再び現れる時には、同じ轍は踏むまいと強く思う――だからこんな些細な引っ掛かりなど、気にしなくていいと自分に言い聞かせていた。

 でも、気になって仕方がない。

 

 夜は明の手伝いや碓氷邸の警護で屋敷にいなければならないため、人を探すなら昼間の方がいい。そのため、アルトリアは人探しの為に街に繰り出したのだ。

 

 昨夜キリエは碓氷邸にて宿泊していたため、アルトリアは街に出る前にキリエに事情を話し、人探しに妙案はないかと尋ねてみた。

 

 これは通常の人探しではない。「名前も解らない。顔も解らない。歳はカズナリと同じくらいの、料理がうまい男性」という、無茶に過ぎる条件で探そうというのだから。

 

 肝心のアルトリアの記憶さえもはっきりしない状態で、キリエもあきれ顔だった。

 

 

 ――ところで、刑事には指名手配犯の似顔絵・写真を頭に叩き込んだ上で、一日中街の人通りの多い場所に立ち行きかう人々を見て、犯人を捜す者がいるという。つまりアルトリアがしようとしていることはその刑事と同じで、駅前に立ってピンとくる人物を捜すということだ。

 

 キリエの呆れ顔は五割増しになったが、彼女は彼女で時間があったのか、アルトリアにしては珍しい酔狂に付き合うと言った。そうして前途多難なまま碓氷邸を出てきた二人だったが、腹が減っては戦はできぬと駅ナカのカスタムサンドイッチチェーンへ流れ込んで、そこで一人早い昼ご飯を取る咲に行きあったのだった。話を聞いた咲も、キリエと全く同じ呆れ顔をした。

 

「わ、私でもバカなことをしていると思っています。しかし自分の気のせいと放っておくには、ひっかかりすぎるというか……できる限り探して何もなかったら思い違いと納得もできます」

「……アルトリアが食べ物以外で変な事を言うとは思えません」

「食べ物に関しても変な事を言ったことはありません!」

 

 アルトリアのツッコミはスルーし、キリエと咲は同様の面持ちで目配せをした。アルトリアは手に残った最後の一口を平らげると、ナプキンで口を拭って立ち上がった。

 

「それでは、行ってきます。元々私でしかできない人探しですし、先に帰っても大丈夫ですよ」

 

 全く光明の見えない人探しにもかかわらず、アルトリアは意気揚々と店を出ていき、人並みに紛れた。ここは二階であり、キリエらが座っているのは窓際で、見下ろせば駅前を行きかう人々の姿が見える。少しすれば、金髪の美少女の姿も見えるだろう。

 

「キリエスフィール。アルトリアのいう人は、いると思う」

「あなたも解っているでしょう。アルトリアは嘘をついていない。彼女のいう人物も、きっと本当にいたのでしょう。だけど」

 

 春日の聖杯は知っている。そして、春日聖杯を求めて争い、敗れた者もまた。

 

「――春日には、いない」

「……わかっているようね。貴方にしてはとても落ち着いているけれど」

「だってバーサーカーがいるもの」

 

 あくまでいつものトーンで紡がれた言葉の奥、咲が水を口に運ぶ手が僅かに震えていることにキリエは気づいただろうか。気づいても、気付かなかった振りをするキリエではあるが。

 

 キリエの見るところ、咲はまだ若すぎる、幼い嫌いはあるものの、わかりやすく魔術師という家業に向いており、また魔術師らしい。

 誇り高く、努力家で、根源を求めると言う魔術の営みの不毛さも知りながら邁進する。自分がやりたいと思ったからやる、邪魔をするなら倒すと、敵を増やしやすくもわかりやすい性格をしている。

 

 ――聖杯戦争中、魔術師の心構えとしては半人前であった彼女は、今少し、魔術師へと近づいている。

 

「惜しかったわね」

 

 

 おしぼりで手を拭きつつ、キリエは眼下のアルトリアを眺めた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 太陽が傾いており、空は橙色に染まっている。驚いたことに、アルトリアはサンドイッチの後はずっと駅前で人探しをしていたらしい。バーベキュー後、地下室に籠っていた明はキリエに声を掛けられ、真神三号の散歩がてらアルトリアを迎えに行くことにした。ただ、キリエ自身は一成の様子をみるようで、迎えにはいかなかった。

 

 真神の世話は当人たちの宣言通り、アルトリアとヤマトタケルがしているが、明も二人に断ってご飯をやったり散歩をしたりしている。また真神三号も人懐っこいたちで、明や影景に吠え立てることもない。

 

「……アルトリア、そろそろ帰らない?」

「……アキラ」

 

 戦果がなかったことは一目瞭然だった。明は詳しく問うことはせず、真神に引っ張られるように、来た道を戻る。

 バーベキューしたことを伝えると、アルトリアは何故誘ってくれなかったと拗ねるかと思われたが、それ以上に上の空でその様子もない。

 明は今日の晩御飯はハンバーグだそうとか、ヤマトタケルの料理の腕前も上がっているとか、たわいもないことを積極的に話しかけたが、アルトリアの返事はいまひとつだった。

 

 アルトリア自身よりより少し前を歩く、この土地の管理者・碓氷明。

 似ているようで、でも何かが違う。

 

 じわじわと、公園を横切る時にセミの鳴き声が響く。

 ほんの日常、何もない日々――春日(ここ)ではないどこかで、同じように大切な時を過ごした。

 

 午後を費やし何の収穫もなく、騎士王の心は晴れないままだった。ずっと心に引っ掛かっている、少年。自分は本当に、碓氷明の剣であったのかという疑念。

 

 またそれとは別に、気になることが一つ。

 

「……アキラ、一つ聞きたいことがあります。私の気のせいであれば謝ります」

「……どうしたの?」

 

 歩みを止めたアルトリアを気にかけ、明は振り返った。

 

「――あなたは、この異変について調べるつもりがあるのですか」

 

 最初は「大したことではない」と言う明の言葉を信じ、アルトリアも警戒するくらいの気持ちで春日を回っていた。だが徐々に、「知らないマスターとサーヴァント」「境界主のサーヴァント」「春日の外に出られない」「造られた春日」の疑惑が深まっていき、危険度も上がっているはずなのに、明は焦る様子も、深刻になる様子も見せない。

 

 いくら急に人命が危険にさらされることはないとはいえ、如何なものか。

 明は暫く黙り、アルトリアの顔を見つめて笑った。

 

「……ない、って言ったらどうする?」

「……は?」

「ウソだよ。お父様も調べているし、緊急性はないから焦っていないだけ……焦ってもいいことないしね」

 

 明はなんでもないように前に向き直り、屋敷への道を歩き出した。本当にそれでいいのか――問うても、騎士王の不安は募るばかりだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 昨夜のディナー後、春日市へと繰り出したハルカとキャスターであるが、サーヴァントと邂逅することもなくそのまま拠点へと帰ってきていた。

 不完全燃焼を禁じ得ないハルカであったが、この聖杯戦争の雲行きに不安を感じ――そもそも、本当に戦争が行われているのかすら怪しい現状――碓氷邸への訪問を思い立った。

 

「……いませんね」

「……いないようですね」

 

 ハルカはカソックのような濃紺の服を纏い、キャスターは白のワンピースの恰好で、顔を見合わせていた。

 春日の管理者・碓氷の屋敷――その門はぴったりと閉じられていて、蝉の鳴く庭からは人気を感じられなかった。元々ハルカは管理者・碓氷影景と春日教会と手を結んで戦う予定だったのだが、影景の一存でなかったことになったらしい。

 ハルカとしては共闘の利点も理解はしていたが、この身ひとつで戦いたいと言う気持ちがあったために深く追求する気はなかった。だが、そうも言ってはいられない。

 

 今は敵対するつもりもないため昼間に訪れたのだが、結果は見ての通りである。

 彼らの知る事ではないが、碓氷邸の住人と訪問者は今頃美玖川の河川敷でバーベキューをしている。

 

「……影景も明も不在ですか。また夜に尋ねましょうか」

「? その口ぶり、ハルカ様は管理者の方とは知り合いなんでしょうか。あの神父さんと同じで」

「ええ。むしろ神父よりも影景の方が懇意ですね。時計塔で知り合ったのですが」

 

 時計塔での付き合いといえば、どうしても政治的な色合いを帯びてしまう。だがエーデルフェルトと碓氷が同派閥に属していること(碓氷というより碓氷の元家)もあり、ウマがあったこともありなにくれと付き合いがあったのだ。

 春日聖杯戦争勃発前に一度、冬木を見たいとの思いから訪日したことのあるハルカは、その時にも春日の碓氷邸を訪れたことがある。当時の明は十にもなっておらず、彼女の記憶にハルカもことは薄いと思われる。

 

 出直すか、とハルカは門に背を向けた時、彼はキャスターが固まっていることに気づいた。

 

 

「どうしましたかキャ「おう、ハルカ・エーデルフェルトといったか?」

 

 野太くも頼もしいその声は、数日前戦闘に至った槍のサーヴァントに相違ない。丁度碓氷邸前を通りかかったようだ。昼間の住宅街という状況だからか、彼からも敵意は感じない。だがハルカの目を引きキャスターを硬直させているのはランサーではなく、ランサーに腕を引かれていた男の方だった。

 黒髪長身で筋肉のついた、Tシャツの男――彼もまたサーヴァントだった。

 

「ランサー……。あなたの隣にいるのは、」

「ん? 会ったことはないか。セイバー・ヤマトタケルだ」

 

 セイバーと呼ばれたサーヴァントは、ランサーに無理やり引っ張られてきたと言いたげな表情をしていた。ハルカとキャスターに向けて挨拶の一つもない。

 

「あなたは何故ここへ?」

「ああ、どうもセイバーの様子が可笑しくてな。いつもなら稲トーク、ああ稲とは儂の娘のことなのだが、を楽しく聞いてくれるのにどうも今日は面倒そうな顔をずっとしていてな。これはおかしいとマスターの碓氷に相談しにきたのだ」

 

 内容は果てしなくどうでもよかった。だが聖杯戦争中にもかかわらず、セイバーの真名を明らかにし、昼間とはいえ敵陣営のサーヴァントとお茶で雑談するとは平和ボケが過ぎる。

 じりじりと焦がす太陽の下、ハルカはランサーとセイバーを見据えた。

 

「……聖杯戦争は、終わっているのですか」

「? まだお前は聖杯戦争が終わってないなどと言っているのか。終わったとも。このセイバーが、大聖杯を破壊してな」

 

 あっけらかんと告げるランサーが嘘を言っているようには見えず、ハルカは眼を見開いて押し黙った。しかし呆然とする彼とは逆に、ランサーは平時にはなかなか見せなかった獰猛な笑みを浮かべた。

 

「されど、儂は戦うこと自体にはやぶさかではない。アーチャーの横やりなしで、お前ともう一度戦いたい」

 

 数日前の、美玖川での戦い。アーチャーの横やりが入ったために撤退したが、ランサー自体には優勢だった。

 あの時はまだランサーの宝具も発動しておらず、今戦い直したからといって勝てるとも限らない。まだキャスターは宝具(真名)を思い出していないのだ。

 

 いつものハルカであれば、否応もなく頷いただろう。

 だが、「聖杯戦争が終わっている」との言葉が彼を呆然自失とさせていた。

 

「……あの、ところで、碓氷さんは留守ですかね?」

 

 言葉を失っているハルカの代わりに、彼の後ろにひっこんでいたキャスターが恐る恐る口を出した。

 

「ん? 留守なのか。儂も今訊ねにきて知らなんだ……しかしいないのならばしかたない。ヤマトタケル、養生するのだぞ」

 

 セイバーはやはり無言のまま、面倒そうにランサーを見やった。碓氷が留守ということで、セイバーもランサーもハルカたちもここにいる意味はない。

 しかし、漸く気をとりもどしたハルカはなんと、セイバーの腕を掴んだ。

 

「セイバー、あなたは碓氷のサーヴァントと言いましたね」

「……」

「私は碓氷の管理者に話を聞きたい。中で待たせてもらっても」

「俺はこれから用がある。また出直せ」

 

 セイバーは無表情のまま、ハルカの手を振り払った。

 ハルカの横を通過して去ろうとする刹那、彼はキャスターに初めて目をやったが――そのまま何もいわずに通り過ぎた。微かに、ちりんと鈴の音を残して。

 




カスタムサンドイッチのモデルはサブ〇ェイです。

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