Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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昼③ チキチキ☆炎天下のBBQ

 風のうわさで聞いたが、屋外バーベキューに最も適した季節は夏ではなく秋らしい。冬は論外として、春は虫が増えてくるし、夏は何しろ暑い。

 それを聞けば成る程と思うが、何故人は夏にバーベキューをしてしまうのか。熱中症の危険は考えていないのか。

 

 それでも、太陽は爆発だ。

 

 

「キエエエエエィ!!」

 

 雲一つない晴天の炎天下だった。容赦なく降り注ぐ日光に負けず肉を楽しむ一団がたしかにいた。

 美玖川河川敷の一角を陣取り、奇声を上げながら黒鍵で固まり肉や野菜を切り刻んでいるシスター。勿論服装は暑苦しい修道服ではなく、TシャツにGパン・野球帽に熱中症防止のネッククーラーという実にラフなバーベキュースタイルである。食材を切るのはいいがまな板置きになっている台座が悲鳴を上げているので、示現流は使うのはやめた方がいいと思われる。

 そして黒鍵はバーベキューの串にするために生まれた道具ではない。

 

「アサシン、おにぎりの提供に感謝する。これシーチキン味噌か、新しくも素朴な味わいだ」

「俺はお前らが炊いたのを握っただけだ、ギブアンドテイクっつーのか?」

 

 そして地面に青いビニールシートを敷きパラソルをセットし、バスケットに詰められた無数のおにぎりを片手に、焼かれた肉を乗せた皿をさらに片手に、そして手元にはビールを置いているアサシンのサーヴァントと神父。

 既に空になったビール缶が何本か転がっている。アサシンはともかく、神父もこの暑い中いつもの詰め襟カソックを着用していた。仲良さそうな空気はないが、真昼間から堂々と酒を飲む道楽人間感をかもしだしている。

 

「白髪の兄ちゃん早く肉―!」

「まあ待て、幼き草草。ここに捕えたるは世にも珍しい三本足のクァラァアアアス!!今から羽を毟って血抜きをするから草共、公のテンションを上げるためになんか踊れ」

「踊れって何だよ、全然話繋がってねーよ」

「テンションを上げる時に歌ったり踊ったりするのは現代も同じであろう?仕方ない、公が久米歌を歌うから草共はそれに合わせていい感じに踊るがよい。宇陀の~高城に~(しぎ)罠張る、我が待つや~鴫は(さや)らず~」

 

 片や、大き目のバーベキューコンロの前で菜箸を片手に、もう片手に三本足の烏がくくりつけられた棒を持つ騎兵のサーヴァント。麦わら帽子をかぶり、いつもは頭頂あるポニーテールは位置を下げて頭の付け根近くで一本結びにしている。服装はこちらもTシャツに半ズボン、サンダルとラフなバーベキュースタイルだった。

 その彼の周りには、五人の少年がまとわりついており、いつの間にかバーベキューの相伴にあずかっている。ちなみに棒に縛られた烏はコケーッっと種族を間違えた絶叫を上げていた。

 

 

 

「……何だこの会」

 

 美玖川河川敷手前の道路を挟み、およそ百メートルの間を置いた場所にまで一成たち一行はやってきていた。しかしそこではいい声で歌いだす青年、奇声を上げながら肉を切り刻む女性、昼間から飲んだくれているオッサン二人。

 バーベキューのイメージにある、和気あいあいとした交流の場とは程遠い退廃的な場面が展開されていた。

 一成が頭を抱えたとき、いきなり隣からも奇声が上がった。

 

「ウアーッ!!」

 

 奇声の主――碓氷影景は一直線に走り出し――道路を走っていたトラックに轢かれかかりながら、真っ直ぐバーベキューの舞台へと突き進んでいき、肉を焼いている主の片手にある棒を奪い取った。

 

「何だ草」

「なんてもったいないことを!!俺が解析してからにしてくれェ!」

 

 棒と烏を抱きしめ、その場に蹲る影景。ライダーは口をとがらせていたが、面倒くさかったのか奪い返すことはしなかった。既に一成たちはバーベキューにイマイチ乗り気ではなかったが、ここまで来てしまった以上引き返すのも微妙で、たらたらとした足取りで河川敷へとやってきた。

 明に気づいた美琴は、黒鍵に生肉を突き刺したまま笑いかけた。

 

「あら、明じゃない! 食べる?」

「せめて焼いてほしい」

 

 ついで気づいたアサシンが、ビールを持ち上げて挨拶をした。おそらく出来上がっているだろうが、サーヴァントは生身の人間に比べ酒にも酔いにくいため、様子はあまり変わらない。

 

「おう一成じゃねーか。榊原の嬢ちゃんも」

「アサシン。どうしてあなたが?」

「俺は今日買い出しに出てたシスターの姉ちゃんに偶然会ってなりゆきだ」

「おやおや神父が真昼間から酒とは。一本もらうぞ」

 

 棒にくくりつけられた八咫烏をせしめた影景は、ベルトと背中の間に棒を挟み込むと、勝手にクーラーボックスを開けてビールを手にした。

 

「誰だあんた?」

「碓氷影景。あそこにいる明の父だ。よろしくアサシン」

 

 矢張り第一印象はフレンドリーな影景は、気さくに開いた手を差し出した。アサシンはそれに応じて手を握った。

 暑苦しい恰好で黙々とビールをやりつづける神父は、やっと顔を上げた。

 

「相変わらずお前は元気だな、影景」

「俺から元気と好奇心を取ったら何も残らないぞ。しかし御雄、お前がこんなバーベキューに出てくるとは少々意外だ」

「確かに。美琴に強く誘われてな。ライダーの(プロデューサー)業も小休止していたところでちょうどよかったからだ」

「お前がライダーのマスターになったと明から報告を受けた時、だろうなと思った。お前の願いを思えば、一回の聖杯戦争で満足するとは到底思えなかったからな」

 

 他の聖杯戦争参加者が聞いたら耳を疑いそうな会話をする神父と影景を胡散臭げにみやっるアサシンは腰を上げて、焼かれた肉と野菜を頬張る明に近付いた。

 

「おい姉ちゃん、あのお前の親父何だ?」

「……あまり深く突っ込まないでほしいんだけど、神父の共犯者かな……それよりこのバーベキューは一体何?」

「信者の方から中古のバーベキューセットをいただいてねー! 折角だからお父様とバーベキューでもしようかって話をして、こんな感じよ!」

 

 明の話を聞きつけたらしく、勇ましく黒鍵で野菜と肉を切り刻む美琴は、汗を拭きながら答えた。

 

「にしても急だね」

「そうねーでももらったの昨日だったからね」

「行動早っ。というか美琴はちゃんと食べてるの?」

「ライダーに焼いたの取っといてって頼んだから……ってそんなの欠片もないじゃない!!」

 

 いや、ライダーはもしかしたら億に一つくらいの可能性で取っておいてくれたのかもしれないが、彼の焼いた肉は片っ端から菜箸で直食いされるか、周囲の少年どもに食われるか、自発的にいい具合に焼けたところに取りに来る者たちに端から食われている。

 肉を目の前にして人の思いやりをアテにするとは、実に甘いシスターであった。

 

「な、汝の隣人を愛せよ! よ! 隣人の肉も取っておくべきでしょう!」

 

 猛烈な勢いではじき出された黒鍵――おそらく彼女の起源である放出まで加えられて射出された剣は、育ち盛りの男子高校生の鼻先を通過して地面に突き刺さった。自分の皿に肉と野菜を盛りまくってコンロから離れていた一成は、流石に声を荒げた。

 

「何で俺に黒鍵を投げるんだ!!」

「投げられたくなかったら私の肉をとっておいて!」

「今まさにあんたがたくさん切ってるから大丈夫だろ!? 落ち着いてくれシスター!」

「神内シスター、私がとっておきます」

 

 こんなときでも折り目正しいのは理子である。ただ理子たちは後から参加したので、勝手に肉を取っておくべきか判断しかねていたのだ。

 理子の言葉を聞いて、正気を取り戻した美琴は勇ましく切り刻む作業に戻っていた。一方用意された食材を焼く係と化しているライダーは、焼きつつ――目の前に立つヤマトタケルにちょっかいを出していた。

 

「ついに「KAMI NO TSURUGI」に入る決心がついたか。ウェルカム」

「そんなバカげたものに入る気はない。一人でやっていろ」

 

 最近はもう顔を合わせれば芸能活動の誘いをかけてくるライダーに辟易しているセイバーであり、さっさとそっぽを向いて去るところだが、今は周囲に小学三四年くらいの子供が四人ほどいることがそうさせなかった。

 

「おいイワレヒコ、あとでサッカーしよーぜ」

「若芽ども、公はこれでも歌ったり踊ったり多忙な身なのだ。このヤマトタケルで我慢しろ」

「俺ならば構わな「え~やだ、だってヤマタケ大人げねーんだもん。子供相手にムキになるんだぜ」

 

 リーダー的立ち位置とおぼしき少年がちらりとヤマトタケルを見上げて、口を尖らせた。

 

「な……! ムキになってなどいない、子供相手だからといって手加減するのは違う、俺は誰が相手でも全力で叩き潰すだけだ!」

 

「ハーッハッハッハッ、滑稽だな山茸! やはりお前はおとなしく公とユニットを組んでKAMI NO TSURUGIとして芸能界に殴り込みをかけるのが似合いのようだな!」

「つーかイワレヒコも何言っていることわかんないけどなー。サッカーしようぜ~烏はナシな」

 

 実は狂化スキルでもかかっているのはないかと思える発言だが、子供たちはどうでもいいのかそれも面白がっているのか気にかけない。既に大分肉を食べてバーベキューに満足したのか、サッカーボールを抱えている背の高い少年がライダーを見上げつつ言った。

 

「おいイワレヒコ、夏でも帽子かぶり続けると毛根が蒸れてハゲやすくなるって父ちゃんが言ってたぞ。気をつけろよ」

「英霊はハゲない! ハーッハッハッハッ」

 

 高笑いのライダーの傍らで、何故か負けた気になって打ちひしがれるヤマトタケル。なんかヤマトタケル、結構頻繁に打ちひしがれるなと思いつつ、一成は明のところへたどり着いた。

 明は神父が座っている大きい青ビニールシートの反対側に腰を下ろしていた。理子は取った肉を美琴に渡して世間話をしている。

 

「碓氷、ちょっと相談に乗ってほしいんだけど」

「何?」

「俺の進路について」

「別にいいけど、大して役に立つ意見は言えないかもよ」

 

 そうは言いながらも、「座れば」と隣に促してくるので、答えてはくれそうだ。一成は明の隣に腰を下ろした。

 

「俺はもう土御門の跡取りじゃない。でもお爺様は天眼通のことはまだ知らないから、もし当主になりたければそれを言えばなれる可能性も出てくる」

「あれ? 一成って当主になりたいの?」

「いや。だけど俺が聖杯戦争に参加したのは、土御門の魔道を絶やさないためだ。だけど戦争を通して、俺は誰かを犠牲にしてまで続けようとは思えなかった。でも、今まで魔術をしてきたのは、大変ではあっても楽しかったからだと思う」

 

 できないことができるようになるのは楽しい。自分の力で、かつ理論を以て新しい何かにいたること。一成がしてきたものがたまたま魔術であったのだが、きっとその気持ち自体は他の事柄にも共通するだろう。

 だが生まれ持った環境の影響は大きいのか、一成の慣れ親しんだものは魔術であったのだ。

 

「……じゃあ、魔術をしながら人の役に立てることはないかと聞いてる? 魔術使いとして」

「おう。魔術師になるべくしてなろうとしているお前には、虫のいい話って思われるかもしれねえけど……」

 

 明は生まれながらにして、魔術師となる運命を背負っている。優れ過ぎた素養は、魔道の庇護なくしてその体を五体満足に保つことすら難しかった。

 それでも今の彼女は、魔術師となることを受けて入れているのだが――彼女が涼やかな心持で一成を見るかは、別の話である。

 

「……魔術師は根源へといたろうとする学者のようなもの。倫理や道徳も一般のそれからは離れている場合が多いけど、それでも魔術師の中には、人理を観測して未来を保証するとか大きな目で見れば人類の為に善をなそうとする家もあるから、全部が人でなしとも言えないけどね」

「そ、そうなのか!?」

 

 驚いて、かつ嬉しそうにする一成だったが、明は大きな釘を刺した。

 

「『大きな目で見れば』だよ。結果は善かもしれないけど、過程が人道にのっとっているとはいってない。……うーん、だけどイイ事する魔術組織ねえ……時計塔の魔術師の依頼を受けて、聖遺物や魔術用の素材を取りにいく外部団体とかは知ってるけど。そこの人たちは大体魔術使いだけど……」

 

「魔術で人助け」――明の反応を見るに、予想はしていたもののなじみにくい言葉同士のようだった。しかし、時計塔の外部団体というものがあるなら、他にも様々な団体があるのではないか。

 時計塔に拘らずとも、ここ日本の魔術外部団体なら一成にも調べられる。

 

 京都の大学に進学し、学生の傍ら魔術団体を調べていくのも悪くなさそうだ。一成が顔を上げた時、明は思いもよらないことを口走った。

 

「いっそ眼をバラして当主になるのも手じゃない?」

「……は?」

「いや、魔術やるのに権力はなくても権威ある土御門の利点を使わないのは惜しいんじゃないかなって。当主になっちゃえば一成の好きな風に土御門の魔術研究方針を決められるじゃん……いや、他の陰陽師家系とのいざこざがあるのかもしれないけどさ。ほら、何かを変えたいならば権力がないとって言うし」

「お前も榊原やアーチャーみたいなこと言うな」

「権力って大事」

 

 力強く真顔で頷く明に、時計塔での苦労を察して一成は浅く頷いた。しかし明の話を聞くにつけ、魔術をしたいなら当主になることがベストだとはわかる。当主になって、自分で土御門を変えていくこと――だがそれに、頷けない自分もいる。

 

「……一成って、魔術師じゃないし道徳も一般人だけど、自分の家のことを嫌いになってないと言うか、許容はできないけど「これはひとつの道なんだな」とは思ってるんだよね、多分。自分はその「お爺様」の後を継ごうと思わないけど、人を犠牲にしてまで神秘に価値がある、と思う人のことを憎んでない。それが自分の家でしかも魔術自体は楽しい、ときた。だから迷ってるんだ」

「……! そうかも、しれないな……」

 

 言われるまで考えたこともなかったが、明に言われたことは一成の腑に落ちた。

 無暗矢鱈に人命を喪うことは当然許し難いが、だからといって魔術にまつわる営み全てが無駄で無意味で無価値とは思っていない。

 自分の家が代々行ってきたことすべてが害悪でしかないとは、当然思いたくもないのだ。一成の反応を見て、明は安心したように微笑んだ。

 

「……厳しく怖いことはあったかもだけど、きっと酷いことはされなかったんだね。それがどういう意図に基づくものかはわからないけど」

 

 一成は曖昧ながらも頷いた。魔術の修行は厳しかったが、それでも虐待と呼ばれるものではなかった、とは思う。ただもし虐待にも等しい修行が必要で意味があると祖父が判断したのであれば、それはなされていたと思うのだが。

 

「……まあ、一成が当主になることは魔術の、神秘の探究という点では後退してる感もあるんだけど。とすれば、いっそ本当に私の婿になると言う手もあるね。魔術がらみの仕事にもつけるだろうし」

「……ポンポン婿ってワード出すけどよ~お前、恋の相手が俺でいいのかよ……」

 

 明は軽々に「婿」という言葉を出し過ぎである。もしかして合う相手会う相手に言っているのではないかと不安もよぎるが、そうではないと信じたい。

 彼女なりの信用の表れだと一成は自分に言い聞かせているが、真に受けるヤツがいないとも限らないだろう。

 

「え? 恋はあんまりしたくないし……。いちいちドキッ! とかキュン! とかしなきゃいけないんでしょ? 疲れるよ。それに恋しなくても結婚はできるよ? 一成は話は通じるしそこそこ常識はあるし、一応魔術側の人間だし、一緒に暮らせそう」

「……はあ……」

 

 なんだか婚活をしているOLみたいなことを言いだす明だが、実際彼女もそろそろ婚活もどきをする立場ではある。

 世の女性の初産年齢が上がっているとはいえ、それは出産可能年齢の延長を意味しない。魔道の家として研究結果を後に残す義務はあるからこそ、出産適齢期に入ったのであれば、早めに跡継ぎを作っておかねばならないのである。

 一成は影景が明に見合いサンプルを渡していることなど、知らないのであるが。

 

「あ、別に私じゃなくても、榊原さんでもいいんじゃない? あの子も自分の神社の跡継ぎだし、婿とったりするんじゃない? 婿目指すなら、さっさと婿になるって言っておいた方がいいことは確か」

「……婿ルートがあることは覚えとく」

 

 一成は半笑いで頷いた。やはり身一つで日本であれ時計塔であれ、魔術の世界に飛び込むのは大変そうである。それに魔道の家柄は大体において魔術で食べているのではなく、現世に収入源を持つものだ。

 

 現在の土御門家の収入は土地経営(貸し出している)に、全国の土御門神社・晴明神社の賽銭・祈願料・お守りなどの売り上げである。ただ神社の売り上げは神社の整備や建て替え・人件費で使われあまり残らないので、やはり土地経営である。

 

 しかし土地経営自体も当主がするべきことなので、これも土御門当主になる場合の話だ。

 

「私の助手になるっていうのもいいよ。欲しいと思ってたところでもあるし、給料も出すし。キリエもいるから陰陽道も多少はなんとかできるかも。私としても、千里天眼通持ちが手元にいるのは悪くないしね」

 

 助手以外の時間を自分の活動に仕えるのであれば、悪くないなと思ってしまった。

 婿話に比べればはるかに現実味はある。それにキリエの様子も近くで見られる。明のツテを借りれば、魔術の外部団体への渡りもつけやすくなるだろう。

 

「……! ちょっと心揺らいだじゃねーか!」

「選択肢選択肢……っと、なんか榊原さん、美琴と意気投合してるなあ……」

 

 明は一成越しに肉きり修道女と元生徒会長に視線をやった。持ってきた野菜と肉を切り終えた美琴は、理子がとってきてくれた焼けた肉と野菜山盛りの皿を片手に、豪快に食事をしていた。その時、鋭くも明の視線に気が付いた美琴は箸を持った手を上げた。

 

「明! ちゃんと食べてる?」

「食べてるよー! 榊原さんと何の話してるの?」

「そこの土御門君の言ってた、温泉合宿の話!」

「……さっきいきおいで行くっていったけど、急よね?」

 

 美琴も興味はあるようだが、既にその日は予定があっていけないようだった。一成と明は食べかけの皿を持ち、理子と美琴の元へと歩いた。

 

「もうすぐ夏休みも終わっちまうし、人数それなりにいるし呼びかけた人全員がOKになる日なんてそれこそいつになるかわかんねー。だったらすぐやったほうがいいだろ」

「……それもそうね。それにあんたが当てた旅行だし、あんたの意向が一番でしょ」

 

 いや、当てたのはアーチャーだが、これは言わないでおこう。美琴は山盛りの肉をもっきゅもっきゅと食べながら言う。

 

「土御門君、春日の温泉施設っていうとあれにするつもり?「春日園」?」

「あっそれです。あそこ宿泊施設もあるしいいと思って」

 

 温泉施設「春日園」。宿泊施設もつき宴会も可能なスーパー銭湯の進化形である。会議室の貸し出しもあり、日帰り温泉も勿論OK、岩盤浴・サウナ・マッサージをそろえたリラクゼーション施設だった。

 場所は春日市南部、自然公園近くのため駅からは遠いので、春日駅からシャトルバスが出ている。

 

 ちなみに一成が誘いのメールを送ったのは、明とキリエ(ヤマトタケル・アルトリア含む)、咲(ランサーと大人しくできるならバーサーカーも)、悟(アサシン)、美琴、ライダーという面子だ。

 アーチャーはメール作成時に一緒にいたから省略。キャスターとシグマと神父は連絡先を知らなかったので、キャスターはキリエに、神父は美琴に確認を取ってほしいと頼んだ。

 

「けど君、けっこうじじむさいね? 高校生で旅行というとディズニーとかUSJとか行くもんじゃないの?」

「……そうっすかね」

 

 一成が中学の時の修学旅行が東京周辺で、その時にディズニーランドには行ったことがある。ただよくある男女混合班での活動で、そして特に仲が良くもなかったので、アトラクションは楽しかったが行く組み合わせとしては微妙だった思い出がある。

 ただそれをさしひいても、テーマパークに自発的に行こうと思うモチベーションはない。今やると多分、氷空や桜田をさそった男三人衆でミッ●ーのカチューシャをつけるウスラ寒い状態になることが見えている。

 あとはやはり、くじを引いたのがアーチャーというのが大きい。やはり引いた本人も楽しむべきだと、一成は思うのだ。

 

「私は友達とテーマパークとか行きますし、パワースポット観光とかもやりますけどね」

「……女三人組旅行は赦されるのに、野郎三人組旅行は肩身が狭い気がするのは俺の気のせいか? ディズニーとか」

「男三人でディズニーしててもいいじゃない。変なところ古いわね」

 

 いや、ディズニーにはいかないが。それはさておき、温泉宿泊会の参加可否の返信はおおむね帰ってきており、ほぼ全員参加になっている。ただ咲はバーサーカーは置いておき、悟は仕事、神父は理由はわからないが不参加(一成的にはこなくていい)、ライダーは返信なし、キャスターは眷属揃って不参加。不参加組にはお土産でも買って行こうかと考えている。

 

 その後、一同は思い思いに歓談をしていたが、主に一成・理子・アサシン、明・美琴・神父・影景、ヤマトタケル・ライダーとの取り合わせが多かった。

 

 バーベキューはうまいとはいえ、残暑厳しい真昼間である。水分をとり帽子やネッククーラーを駆使しても流石に暑い。ついで食材と酒が尽きかけてきたので、そろそろ片付けてお開きかという頃に、影景が勝手にバーベキューセットの箱の中にあった串を取り出して配って回っていたので、マシュマロを焼いて食べて終了となった。

 

 

 

 

 

 照る太陽の下、影景や明などマスター・教会の者は後片付けをヤマトタケルとアサシンに任せて先に引き上げた。

 これは彼らが押し付けたのではなく、ヤマトタケルが自ら引き受けると名乗り出て、アサシンはその巻き添えである。

 人間がこの暑い中ずっといては、熱中症で倒れてしまう。サーヴァントたる自分たちが肉の礼に片付けるから、先に帰っていろと言ったのだ。アサシンはぶつくさ言っていたが、彼とて義賊であり一宿一飯の恩義を忘れないタチのため、鉄網を洗いに行ってくれた。

 

 ヤマトタケルは黙々と燃えるごみを詰めながら、ちらと河川敷のサッカーコートを見た。さっきまで子供たちにサッカーをせがまれたライダーが、奇天烈なボール使いで子供たちを翻弄していたが、子供らが疲れたのか、今は休憩して木陰でドリンクを飲んでいた。

 

 ――どうせお前のことだ、俺が何を考えているかわかっていよう。

 

「……ふむ、わざわざマスターまで帰してしまうとはな?」

 

 サッカーボールを片手に、片付けをするヤマトタケルの前で笑っているライダー。自分から関わり合いになりたくはないが、事情通には変わりあるまい。

 

「……ひとつ聞きたい。俺ではない俺が、おそらくは別世界の俺が呼ばれる可能性はあるのか」

 

 ライダーはぽんとサッカーボールを宙に放り、器用にリフティングをし始めた。

 

「――剪定事象と編纂事象・並行世界の話か。魂は編纂事象で並行世界のものであれば座に召し上げられるとも。ゆえに違う世界のお前が呼ばれることはあろう。通常、剪定事象のお前が呼ばれることはないが例外はある。一つは人理が不安定であるときだ。固定されたはずの歴史の境界線自体があいまいになる、つまり剪定と編纂の境が揺らぐためにありうる可能性が増え、召喚される」

 

 しかし人理定礎が不安定になる事象は大偉業と呼べるほどの行いであり、そんなことが起きていたら異変は極東の一都市レベルの話では済まない。

 ゆえに、第一の例外は当てはまらない。

 

「二つは、事象の確定が――人理定礎の確定が神代にほど近いとき。お前もそうだろが、およそ同一人物がなしたとは思えぬ記録が残るときがある。たとえば源義経が死なずに大陸に渡り、蹂躙王(チンギスハン)になるなどだな。大抵、その手の伝承は人々の幻想(ユメ)、信仰を得ても幻霊止まりでサーヴァントになるほどの霊基はもてない。しかし神代の巫女には、並行世界を垣間見る者もいる。お前の叔母もその類だったろう――彼女彼らは、実際に有ったこととして違う世界の記録を編纂事象(正史)に刻む。ゆえにその類の別人は、……呼ばれうる。だが、人理定まった世界にて、編纂事象と因果をむすんでいるとはいえ、剪定事象の人物の召喚が叶ったとしてもやはりその性能は編纂事象の人物より遥かに劣る」

 

 たとえ剪定事象の日本武尊がサーヴァントとして召喚されたとしても、編纂事象の日本武尊の敵にはならない。たとえそちらの世界でいかな偉業を成し遂げていたとしても、存在の強度が薄弱にすぎるからだ。

 

 しかし、昨夜戦ったアルトリアによれば、もうひとりのヤマトタケルはこちらのヤマトタケルより膂力こそやや劣るものの、まず変わらないステータスを持ちエクスカリバーをも退ける宝具を保持していたという。

 

 ゆえにもう一人のヤマトタケルは、並行世界のヤマトタケル、もしくは別側面の可能性が高い。

 だがしかし、明の仮説によればここは作られた春日、固有結界のようなものの中。それであれば、話は違う。

 結界内は結界内のルールに縛られる――となれば、サーヴァントとして十分すぎる強さを持ったヤマトタケルを生み出す結界主の正体は――。

 

「――なるほど」

「フン、このような話、お前のマスターにでも聞けば、大体同じようなことを答えるだろうにわざわざ(わたし)に確認を取ったのだ。精々うまく振舞え。お前はコミュ障でも、ウソをつくのは得意だろう」

「舐めるな。俺は明の成そうとすることに協力は惜しまないが、明の目的すなわち俺の目的になるとは限らない」

 

 今も間違いなく魔力供給されており、魔力の質も明そのもので、あれが碓氷明であると疑っていないが、何かが可笑しい。

 それに、帰国前の電話や帰国時の発言など、妙な点もある。明は何かを隠している。嘘をついているというより、本当のことを言っていない、意図的に言ってないことがあると、ヤマトタケルは見ている。

 

 彼はゴミ袋の口を強く縛って、一か所にまとめた。バーベキューセットはアサシンの網洗いと灰捨てだけを残し、畳んで片付けが終わっていた。必要なこと以外は話すつもりのないヤマトタケルは、ごみ袋を抱えてゴミ捨て場へと足を向けようとしたが、思い出したように振り返った。

 

 多分、気の迷いだ。

 

「……ライダー、お前は面白いのか」

「何が?」

「もう、お前が一番事情に通じているのは皆が知っている。だが無理強いしたとて――お前に無理強いできる者などいないが――お前は決して喋らない。しかし話に応じることは皆知っているから、まるで答え合わせのように、お前の話を聞きに来る」

 

 計算ドリルの巻末にある解答を見るみたいに。自分の考え出した答えが合っているかどうか知るために、ライダーの言葉(神託)を聞きに来る。事実ヤマトタケルは知らぬことだが、アーチャーは素直にライダーに事情を聴きに来ている。

 

 ヤマトタケルも、ライダーがあえてこの状態を放置しているのだろうと思ってはいる。

 

「――お前は、何が楽しくて、一人でこの世界を眺めている?」

 

 サーヴァントの中で最もライダーに近い立ち位置であるセイバーだが、彼と仲良くしようとは毛ほども思わない。

 だけど、彼はずっと一人だ。

 寂しいなどと、彼が思っていないに違いないが、何故そうして生きているのか。

 

 ライダーはちらっと、木陰で休む少年たちを見てからまた顔を戻した。彼らがのんびり休んでいるのを見て、まだ戻らなくてもいいと判断したから暇つぶしに話してやろう、という様子だった。

 

「……そもそも、公には人格などない。神の剣に人格は不要。世界に「カムヤマトイワレヒコ」は必要でも、「カムヤマトイワレヒコ」の人格は要らなかったのだ」

 

 建御雷命の別人格(アルターエゴ)。ただ頭に鳴り響く啓示のままに生きることがライダーの運命。そこに、人としての人格は必要とされなかったから、葦原に生まれても、人格がなかった。

 定められた運命をなぞる神の剣。

 

「ならば何故今の公に人格があるのか? それはな、公自身は神の剣として生きたつまらない生であっても、周りに多くの人間がいて、彼らが面白かったからだ。何故(あれ)は悲惨なことしかない虫けらのような命なのに、それを有り難がって泣いて笑うのか。不覚にも、それに興味を持ってしまったのが運のつきだな。……全く天照の(つるぎ)が天照に引きずられてどうする。あの(野グソ)の方が、よっぽど真面目に神霊やっているというもの」

 

 人に興味を沸かしてしまった――だが、ライダー自体に「人としての人格」というチャネル自体がない。必要がないから。だがそれをライダーは無理やり作り出した。

 

「卑近に例えよう。RPGで技を四つ覚えられ、あとはHP(体力)MP(魔力)・性格がある。その中で公は特殊キャラで、技を五個覚えられる代わりに、性格がない。だが、頑張って性格を獲得した結果、技を三個しか覚えられなくなった。そんな感じだ」

「……性格は何か、意味があるのか?」

「戦闘中に意味はない。宿屋で声を掛けたら、性格によって反応が変るくらいだ」

「……俺はRPG……ゲーム? をしないからわかるようなわからないような……」

 

 ライダーの「卑近」に喩えるはおそらく本当に卑近なのだろうが、現代文明の細部にまで通じていないヤマトタケルには寧ろ難解である。

 

「とまあこういうわけで、公は無理に人格スロットを獲得したが、ではどう人格を埋めるか。これはもう外側しか持ってくるしかない。生身の人間を見て、都度人格を埋めていくのだ。つまり公の「人格」はその時々の人間たちによる。だから生前人格を得てからの公と、今現界している公の人格は微妙に違う」

 

 風が吹いたら消し飛ぶような儚いもの。唯一絶対という言葉からは最も遠く、他者なしにはありえないライダーの仮初の「人格」。

 人間がいなければ人格が生まれないとするなら、彼にとって人を殺すことは精神的自傷にも近い。そして、この世界から人類が滅ぶその時が、「カムヤマトイワレヒコ」が死ぬときなのだ。

 

 彼の本体(建御雷)は生き続けても、人としての彼はもういなくなる。

 

「お前は公が「一人で」世界を眺めているといったが、それは違う。公に人格があるのなら、すでに公は一人ではないのだ」

「……はあ、聞いて損した気分だ」

 

 もしかして、自分は少しだけライダーを心配していたのだろうか。自分自身はもう生前に未練はないが、後悔が多いことに変わりはないから。

 もしくは同じ神の剣として生まれたライダーのことを、図らずとも少し知りたかったのかもしれない。

 

「話ついでと老婆心だが、お前もRPGやゲーム……特にストーリー性のあるものをやってみるがいい。物語は、人生とは辛いものだと思う者にこそ救いとなるからな。何の疑いもなく人生を肯定できる者には、物語は不要だ」

「……俺たちの人生は終わっているはずだが」

「そう固い事を言うな。現にお前は今公と会話をし、物を考えている。一回死んだことくらい、その事実の前ではどうでもよかろう」

「おーいイワレヒコー!! もっかいやろうぜー!!」

 

 いつの間にか、少年たちが日差しの下で跳ねまわっていた。ライダーはさくさくと少年たちの方へ、リフティングをしながら向かっていた。

 そしてタイミングよく――あまりにもタイミングが良すぎるため、ライダーとの話が終わるのを見計らっていたらしいアサシンが、肉を焼く金網を持って戻ってきた。

 


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