Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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昼② 碓氷邸での情報共有

 色々あって、明が帰国してからはかなり頻繁に碓氷邸に訪れている気がする一成である。今日は理子に加えさらにスーツのアーチャーまでいる。

 一成と理子が汗を拭き拭きしている傍らで涼しい顔をしているアーチャーが、率先してインターフォン代わりのベルを鳴らした。碓氷邸の結界でベルを鳴らさずとも来客は察知される。ベルが鳴るのとほぼ同時に、普段着のヤマトタケルが顔を出した。

 

「お前たちか、入れ」

 

 彼の表情は微妙だったが、それは一成たちの訪問を厭うていたのではなかった。「先に言っておくが、明の父もいる」

「……おう」

 

 前回碓氷邸を訪れた時に伝えられた、明とその父の戦い。かなりクセのある人物であることは話から伺えた。だが今日は厄介な人間にも対応するスキルを持っている(だろう)サーヴァントが一成側にもいる。

 

「なんじゃその期待に満ちた眼差しは。キモッ。察するに碓氷影景はクセある者かの」

「お前碓氷の親父さん知ってるのか」

「春日の主だった地主の名くらい調べておる。当然じゃ」

「あ、そ」

 

 一成には何が当然なのかよくわからなかったが、知っているなら話は早い。理子も春日を訪れた時碓氷邸に挨拶に来ているだけあって、驚きはしていなかった。三人はヤマトタケルの後ろについて、碓氷邸へと足を踏み入れた。

 

 

「おや、土御門君に榊原さんか。それにお初に御目にかかる。アーチャー」

 

 碓氷邸一階、食堂に碓氷影景、明の二人がいた。明とヤマトタケルはテーブルにつき、影景は牛乳の入ったグラス片手に歩き回っていた。既に一成の訪問は知れており、三人分の麦茶がテーブルの上に載っている。

 一成はアルトリアの姿が見えないことを明に尋ねたが、彼女はキリエとともに「人探し」に出かけたそうだ。誰を、と聞くと後でと返されたので、それ以上は聞けなかった。

 

 明は長袖にフードのついたルームウェアに半ズボンの恰好で、面倒くさそうに半目で父親を見ていたが、あまり具合が悪そうには見えない。

 ヤマトタケルは馴染んだ最強TシャツにGパンで、やはり影景とは反りが合わないのか、胡乱な目つきで彼を見つめていた。

 

 そんな中、訪問組で最初に食堂へ足を踏み入れたのはアーチャーだった。穏やかな笑みを浮かべ、影景へと手を差し出した。

 

「私はアーチャー……碓氷影景殿、はじめまして、と言うべきかの」

「こちらこそ。取り込み中で大したもてなしもないが、ぜひ話を聞いていってほしい」

 

 影景とアーチャーは互いに握手をしたが、どうもこの二人だとお互いに含みがあるようにしか思えないのは、一成の考え過ぎか。

 とにかく理子、一成、アーチャーは空いた椅子に腰かけた。

 

 アーチャーと同じくシワ一つないスーツを着た影景が、この場で話を進める役割を担っているようである。影景はコップを片手に、もう片手を腰に当てて口を開いた。

 

「さて、アーチャー達が来たのも春日の話をするためだろう。丁度いい、明たちには同じ話になるが言っておこう――この異変を解決するリミットは今日を含めて五日だ。明、さっさと真相を突き止めろ」

「!?」

 

 突如区切られた春日異変調査のリミット――だがしかし、影景の言い方は――。

 一成の心を読んだように、アーチャーが何気ない口調で言った。

 

「まるで真相を掴んでいるような口ぶりであるのう」

「ああ、私は真相を掴んでいるよ」

「!?」

 

 まさかの言葉に一成は瞠目したが、それは彼とヤマトタケル、理子だけだった。明とアーチャーは特に驚いた風もなく、変わらず影景を見ていた。

 

「もう一度言うがリミットは五日だ。楽しい報告を待っているぞ」

 

 そして手にしていた牛乳を一気飲みすると、話は終わったとばかりにすたすたと食堂を出て行ってしまった。

 ヤマトタケルが追いかけようとしたが、明に服を掴まれて止まった。

 

「何故止めた!」

「お父様から聞き出そうとしても無駄だよ。絶対に話さないって。どうせ私の教育にいい素材だから自分で解いてみろ、って言ってるだけだから」

 

 ヤマトタケルはまだ文句ありげだったが――明ではなく影景に対して――それでも渋々席に座り直した。

 明は溜息をついてから顔を上げて、正面に坐る一成と理子、アーチャーを眺めた。

 

「で、何となく理由はわかるけどなんで来たの?」

「……さっきお前の親父さんが言ってたことの続きだ。俺たちも春日の異変調査をしてるからその報告と、何かお前の方で分かったことがあれば教えてほしくて来たんだけど」

 

 しかし、「謎はすべて解けた!」宣言を聞いてしまって、一成は気勢がそがれたことも確かである。カラクリを知ったうえで管理者が放置しているのだから、本当に危険が迫っているのではないことには安心したが。

 ただ、春日の外に出られないことはかなり大事だと思う。

 

「で、一成たちはどこまで調べたの?」

 

 そこで一成が口を開くより早く、理子が話を始めた。

 

「……大きなことは二つ。一つは聖杯戦争を行うマスターとサーヴァントは確実に存在すること。二つ目は、春日から外に出られないこと」

 

 彼女が話したことは、これまで一成たちに起こったことそのままだ。ハルカ・エーデルフェルトとそのサーヴァントとの戦い。

 電車を使っても川を渡ろうとしても、対岸の隣市に出られない。

 一通り話を聞いてから、明は他の全員を見回した。

 

「……私が把握しているのは、一成たちが調べたことに加えて、やはり聖杯戦争が関わっていること。昨日の夜は……ヤマトタケルと一緒に土御門神社の大空洞を見てきた」

 

 春日の大聖杯が設置されていた地下の大空洞――そして、春日聖杯戦争最終決戦の場所の一つ。

 一成はその大空洞の上、土御門神社境内で戦っていた為、地下大空洞に行ったことはない。

 

「んで、調べた結果なんだけど。春日の大聖杯は三十年かけて魔力を貯めてきたけど――本当はもっと早く戦争が始まる予定だったのに三十年もかかってしまった。それは魔力が漏れ出ていたからだけど、その三十年にわたって漏れ出続けた魔力が原因。聖杯の残留魔力っていうのかな」

 

 魔力は通常、時が経つにつれて消滅してしまう。宝石などに魔力を込めて固定化することに長けた家系を除けは、魔力はナマモノなのだ。しかし三十年にわたり垂れ流されてきた魔力は消えずに残り続けてしまっていたという。

 その原因は調査中だが、その魔力が原因で今の事態が引き起こされているそうだ。

 

 破壊された大聖杯魔法陣の残滓にそって、サーヴァントが呼び出され――しかし一騎だけ、そして近くにいた魔術師と契約して今更新しい主従として成立してしまったらしい。魔法陣の残滓に残りかすの魔力では精々サーヴァント一騎召喚が限度で、もちろん願いを叶える力もない。

 

「……だと、思ってたけど、話はもっと厄介みたい。私も可能性としては考えてたけど、ここは――そもそも、本当の春日じゃない可能性が高い」

「……は?」

 

 昨夜、深手を負ったアルトリアと彼女を連れ帰ってきた影景の話。

 影景は勿論明に何も話していないが、アルトリアに聞かせていたということは、明に伝わっても構わないという意味である。

 ゆえに昨日の影景の話を、明やヤマトタケルも承知している。

 

 昨夜深手を負ったというが、アルトリアは人探しに出かけているということは、もうある程度は元気なのだ。

 死んでも蘇る――ランサーの怪我も一夜で完全回復していた。

 

「つまり、私たちはニセモノの春日の街――固有結界のようなものの内部に連れ込まれて暮らしている。ここがニセモノの街なら、春日から外に出れないんじゃなくて、春日の外がない(・・・・・・・・・)。死んでもなかったことになるのは、結界の創造主ががそういうルールを敷いたから」

「街ひとつまるまる作る固有結界で、街丸々一つ分の人間を巻きこむって、そんなの有り得るのか」

「だから固有結界のようなもの、って言ったの。で、ここまで踏まえて調べたいもの――一つ目は「境界主」のサーヴァント、もう一つはやっぱり、ハルカ・エーデルフェルトとキャスターのサーヴァント」

 

 ヤマトタケルに瓜二つにして、全く異なるサーヴァント。春日にはいないはずの追加サーヴァントと聞き、一成は首を傾げた。

 

「ヤマトタケルそっくりだけど、ヤマトタケルじゃない? それは……兄貴?」

「それはない。兄がアルトリアに勝てる見込みはない。ゼロだ」

 

 身内ながら全く容赦のないヤマトタケルは、素で答えた。「だが放った宝具からしても、俺に間違いはあるまい。だから俺が会いに行く」

 

 自分と出会う、などヤマトタケルにしても想像を超えた話だろう。だが本人のことは本人が一番わかる、かもしれない。

 

「……じゃあ俺と榊原、アーチャーはハルカ・エーデルフェルトを捜した方がいいのか。あいつらも、何でいるのかよくわからないことには変わらねえもんな」

 

 明は頷いた。とりあえず、これからの方針は決まった――結局、聖杯戦争の時と同じように協力する形になって、一成はなんとなく懐かしい気持ちになった。

 

「また何かわかったら連絡をちょうだい。――で、全然話は変わるんだけど、あの温泉行こうってメールは一体何? 休暇だし行くって返したけど」

「ホントに話変わったな。メールにも書いただろ、くじ引きで「お、温泉!?碓氷と二人で!?」

 

 急に挙動不審になった理子は、眼を皿のようにして明と一成の顔を凝視した。首を傾げたヤマトタケルが補足する。

 彼は懐から自分のスマートフォンを取り出し、メールを一通開いた。

 

「これだ。聖杯戦争を行った面子で温泉で一泊旅行企画だそうだ」

「……」

「一成もいい神経してるよね。殺し合いしたメンバーで仲良く一泊遊ぼうっていうんだからさ」

「べ、別にもう終わったことだろ」

「土御門の言うとおりだ。理由があれば殺すし、なければ殺さない。今は殺す理由がないから、構わないと思うが」

「それもそっか」

 

 理子が羞恥にうち震える傍らで、そろいもそろって鈍い三人は前向きに温泉について話していた。

 アーチャーだけ訳知りながらも敢えて三人組と同様に、温泉楽しみだのうと呑気な事を言っている。温泉と言ってもスーパー銭湯であるが、源泉を引いているから温泉といっていいだろう。

 

「っつか今思ったけど、ここが偽の春日なんて事態なのに呑気に温泉なんて行って大丈夫なのか?」

「構わんであろ。そもそも、ここを作った者が私たちを殺そうと思えばもっと早く殺せたはずじゃ。だが既に春日の異変を知ってから何日も経過しておる――にもかかわらず、この通り春日は無事。ということは、少なくとも創造主の目的、境界主もうひとりのヤマトタケルの目的は我ら、そしてこの街を害すことではない」

 

 ――アーチャーのいうことはもっともだが、何故こんな世界を維持しているのかわからない。聖杯戦争を再開させながら、死んでもなお蘇る世界。改めて考えると不気味である。

 しかし、確かに一成たちは誰一人喪うことなく平和に過ごしている。

 ずっと気を張っていても疲れるばかりだ。とりあえず温泉企画は続行するとして、一成は理子に振り向いた。

 

「……もしかして榊原、お前も行きたかったのか?お前の知らない奴ばっかだけど」

「……あ、ああ、そうね!できれば、行きたいかも」

 

 大慌てで頷く理子を少し不審に想いながらも、一成はスマホのメモに理子の名前を追加した。詳細メールはまたあとで送ることにする。

 現状、山内悟は平日は無理ということで欠席連絡をもらっているが、他は軒並み来るらしい。咲はバーサーカーを置いてくるそうだが。

 

 話は一通り終わり、それぞれなんとなく麦茶を飲んで世間話をしていたが、一成は明に話したいこと――進路相談――があることを思い出した。

 切り出すべきか迷っていると、突如先ほど姿を消した碓氷影景が颯爽と現れた。

 

「ただいま!」

 

 しかも両手には大きなビニール袋を引っ提げている。片方のビニール袋には精肉店で勝ったらしい包の肉の山、ラード。

 片方にはキャベツやタマネギなどの野菜類が詰め込まれていた。

 

「……お父様、何?」

「さっき美玖川を通りかかったら神父とシスターとライダーが焼肉をしていてな。混ぜてくれと言ったら食材を持ってくるならいいと言われた。さあ行くぞお前たち、親交を深めよう」

 

 一体春日教会は何をやっているのか。影景も妙にノリノリで、全員が来ることを疑っていない顔をしている。ヤマトタケルはバーベキューと聞いて行きたそうにしていたが、それ以外は全員呆気にとられていた。

 一成も理子も、今日の予定が空いているため行けなくはないのだが。

 

「さあ行くぞみんな。土御門君も榊原さんも是非。タダメシは食っておくものだ――それに土御門君は婿候補でもあるからな! 仲良くしようか」

「「「ブゥーー!!」」」

 

 突然の爆弾発言に、一成だけではなく理子、そしてヤマトタケルも飲みかけの麦茶を吐き出した。

 

「え? 一成婿に来るの?」

「行かねえよ! いや行かなくはないけど、行かねえよ!」

「アッ、アンタッ、言ってること意味不明よ!?」

「貴様! 明の伴侶となりたいのであれば、最低俺を倒せる程度の強さがなくては認めない!」

「人間やめろってか!? つーかお前はほんと碓氷の何気取り!?」

 

 手近にあった布巾で麦茶を拭きつつ、一成はどもりながら答えた。少年少女のうぶな反応を知ってか知らずか、影景は変わらず呑気に笑っていた。

 

「回路は残念であっても土御門君の眼、いや脳かな? には代えがたい価値がある。しかも自分の家の当主にならないとは好物件だからな! どうぞよろしく」

 

 恐ろしく打算塗れなことを隠さずぬけぬけと言い放つ影景。千里天眼通のことはおそらく明が話したのであろう。一成自身の力だけではロクに使えないのだが、それでもいいのか。

 

 結局進路の話もできておらず、まだ話をしたいと言う意味で一成はバーベキューに付き合うことにした。しかしアーチャーは「こんな炎天下で涼むのではなく焼けた肉を食べるのは狂気の沙汰」といい、先にホテルへと引き上げた。

 


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