Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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6日目 綻びだす世界
昼① 魔術師の進路


「土御門! 起きなさい!」

「うあぁ!?」

 

 ばさりとかぶっていた毛布を剥ぎとられ、土御門一成は目覚めた。この暑い季節にガンガン冷房をかけて毛布にくるまる贅沢な眠り方をしていたが、その惰眠もここまでであった。

 ぼさぼさの髪を枕に押し付けながら、一成は緩慢な動作でベッドの上に坐り、相手を見上げた。

 

「……あ? 榊原? 何で朝っぱらから居るんだ」

 

 昨日はアーチャーと焼肉を嗜んで買い物をした後、一度買ったものを置くために自宅に引き返してから、再びアーチャーのホテルを訪れた。そしてそのまま宿泊することになったのである。

 

 昨日は理子もいなかったし、ハルカがひとりで聖杯戦争をしているだけで、一般人に危害を加えようともしていない。そのため昨夜は巡回を休んで、代わりに宿題に手を付けてから眠った。

 前に氷空たちとの宿題会と理子の助けもあったこともあり、九割方片付いたので気持ちよく眠っていたのだが。

 

「朝早く悪いわね。でも大事な事に気づいたの。アーチャーさんには了解得たから」

「……まああいつが了解しないとホテルに入れないだろうけど」

 

 一成はやはりのっそりした動きでベッドから腰を上げた。部屋に備わっている寝巻を使わず、家から持ってきたTシャツと半ズボンで眠っていたので、スイートルームに似合わぬ庶民振りだった。

 

 理子は率先して寝室の扉を開け、一成を誘導する。その後ろについていきながら、改めて折り目正しい元生徒会長が、朝早く突撃してくるとはかなり緊急事態なのではないかと思い直した。

 ルームサービスを頼んだらしいアーチャーがホットチョコレートを飲みつつ新聞を読んでいるテーブルについた。席に着くなり、理子は本題を切り出した。

 

「……春日の外に出られないわ」

「は?」

 

 最初は何を言っているのかと思った一成だが、話を聞くにつれ、目が覚めたこともあり真顔になってきた。

 昨日実家に戻ろうとしても、戻れなかった理子。夜、彼女は急きょ買った浮き輪に縄を括りつけ、余った片方を河川敷のサッカーのゴールポストに結び、美玖川を泳いで渡ろうとしたが無駄だったそうだ。

 渡りきって隣市に上陸したと思ったら、春日市側の岸だった、と。それを何回も繰り返し、理子は夜の水泳を諦めて自宅に戻ったそうだ。

 

「……よし、碓氷の家に行こう。元々報告しろって言われてたしいいタイミングだ」

「私が気づくくらいのことは碓氷も気づいてるわよ」

「かもしれない。というか、碓氷が掴んでることを聞きたいってのが本音だな……つうか、あいつ、春日の外に出れないってこと知ってる……よな?」

 

 外様とはいえ、魔術師の理子が気づいていることを管理者の碓氷が知らないとは考えにくい。とはいえ、前回碓氷邸を訪れた時明はそのことを全く言っていなかったので、そのときは知らなかったはずだと一成は思った。

 

「あとあいつの体調も気になるし」

 

 父影景との戦闘で、明は怪我を負った上に体調が悪そうだった。元々回復の早い明であり、父の影景もかなり変わった質とはいえ跡継ぎの彼女を大事にはしている、らしい。良くなっていると思うが、顔を見ておきたい。

 

「っと、榊原、お前嫌だったら俺一人で行ってくるぞ。あとで内容は伝える」

「平気よ。というか、前回帰ったのは本当になんでもない。榊原と碓氷の過去を聞いたかもしれないけど、それのことでもないし」

「お、おう」

 

 やはり理子は明にまつわることだと、何かいつも以上につんけんとした態度だと思うが、本人が言うなら一緒に行こうとは思う。一成がちらりと視線をやると、アーチャーも無言で頷いた。

 

「さて、今は人の家を訪れるには少々早い。そなたら、ルームサービスを好きに頼んで朝食を食べるがよい」

 

 すでにワイシャツ姿となっているアーチャーは、一足先に席を立った。ホテルにあるスパ施設でくつろいでくると言いのこし、理子と一成が残された。

 アーチャーによる厚待遇に慣れていない彼女だが、それでも初対面時よりは甘える気になっている。

 

「……私は朝ご飯食べて来たから。でもジュースくらいはもらおうかしら……」

「おう。アーチャーがいいって言ってんだし飲め飲め」

 

 一成は慣れた手つきでメニューを片手にロビーへ内線をかけて、ブレックファストセットを頼み、理子のリクエストでリンゴジュースを追加した。

 

 大して時を置かずして、ホテルマンがワゴンを引いて部屋を訪れた。プレーンオムレツにベーコン、オレンジジュースにトースト、紅茶のオーソドックスな朝食メニューだ。

 理子の分のリンゴジュースまでテーブルにセッティングしてくれ、丁寧に頭を下げて立ち去った。

 

 さて朝食であるが、一成は先程話すべきことを話してしまったために、目の前の同級生と話すことがなかった。

 同級生なので文化祭の話など共通の話題はあるのだが、元々一緒につるんで遊ぶような間柄でもないため、何となく沈黙が続いていた。

 だが、理子の方が顔を上げて口を開いた。

 

「土御門。あんた、進路悩んでるって言ってたけど。前はあんたが一般人だと思ってたから深く突っ込まなかったけど、魔術の家の子でしょ。継がないの? 兄弟とかいなかったでしょ」

「あー」

 

 理子は一成の家の事情まで知らない。二、三代の浅い家系なら跡を継ぐ事への圧力も少ないが、陰陽道をもっぱらにする家は総じて歴史が長い。つまり兄弟のうち誰かがあとを継がなければならない。

 確か榊原理子も一人っ子であり、彼女が跡を継ぐのだろう。

 

「兄弟はいねえけど、跡は継がない。つか、お前には継がせないってお爺様から言われたからな。ウチの魔術回路は衰退して、俺が最後。土御門の回路は俺の子にも残せないらしい」

 

 仮に回路が少なくとも一成が何らかの魔術に秀でていたら、一成を次期当主として遠縁の陰陽道の家の魔術回路を持つ女と結婚させて、その子に跡を継がせることも考えられた(回路は土御門のものではなくなるが、魔術刻印は一成の祖父嘉昭が所持しているため刻印を残すことはできる)。

 だが一成がロクな魔術の才能もなかったため、跡を継ぐ立場から外されたのである。理子は合点がいったようで、神妙な顔で頷いた。

 

「……そう。でもあんた、あんまり跡継ぎじゃなくなったことショックじゃなかったの」

「小学校卒業するまでは自分が継ぐもんだと思ってたけどな。……まー色々あって、それでもいいかって思ってる」

 

 千里天眼通のことを明かせば、一気に跡継ぎに返り咲ける。だがその場合、祖父の干渉だけでなく他家の陰陽師の繋がりからも、ややこしい関係が増える。一成としても少しいい方法を考えて、それを明に相談しようと思っていたのだ。

 

「つか、お前は後を継ぐんだろ」

「そうよ」

「逆に聞きてーんだけど、継ぐのヤダって思ったことはねえの?」

「……あるわよ。魔術を受け継ぐことは嫌じゃないけど、神社っていう古くからあるもの、その土地についてまで受け継ぐことが嫌だったんだけどね」

 

 神社の後継者は、その神社が「官社(明治以降は皇室から幣帛を奉った、社格の高い神社)」か「民社(官社以外の神社)」によって世襲か否かがわかれる。特に官社では宮司になる道は険しく、親子での宮司継承は特別な神社でない限り、有り得ないといっていい。

 理子の家は民社ではあるが、それでも氏子崇敬会の承認と、神社庁からの承認が必要になり、親子や親戚でもない者が跡継ぎとなる場合は養子縁組を組むことが多い。

 要するに後を継ぐことは、地元の人間となりそこで一生を過ごすことを意味する。

 

 十代の女子にとって、それは面白い話ではないだろう。正直、小学生までの一成の世界は魔術で生きていくのだろうと思っていたし、それ以外の世界を知らなかったから、不満を抱くことはなかったけれど。

 

「でも、高校で一人暮らしを始めてから――家を離れたからこそ、神社の跡継ぎになろうって思ったわ。あれが無くなるのは私自身寂しいし、確かに旧態依然としたところは多いけど、それでも残った伝統には理由がある。神社がある意味は、まだあると思ってるから」

 

 大本、伝統とは「必要だから・こうしたら便利だから」と取り決めた「決まり事」である。伝統を受け継いでいくことが重要なのではなく、時代に合わせて変化させ「決まり事」を作った根本を残していくことが重要なのだ。

 

 神社が残る意味。神々への信仰が現代にも必要とされる意味。いや、仮になくなったらなくなったでそれなりに世界が回るとしても、心のよりどころ、ルーツ、この土地に生まれた自己証明(アイデンティティ)のため――後を継ぐことは悪くないと、理子は思うようになった。

 

「ふうん、そうなのか。ちゃんと考えてんだな」

 

 一成はもさもさと朝食を食べながら、感心しつつ相槌を打った。

 

「当たり前でしょ。それで、あんたは途中までは自分が跡継ぎだと思ってたけどいきなり自由になったわけね……でもそれ、結構困らなかった?」

 

 流石は高級ホテルの朝食である。卵はフワフワでバターの香が食欲をそそり、カリカリに焼かれたベーコンもたまらない触感と肉汁だ。

 一成は口にものを含んだまま、行儀悪く答えた。

 

「? 困りゅって何に」

「……あんたには無縁そうだなとは思っていたけど。お前の将来はこうだ!って決められてそれを受け入れていたのに、いきなりそれはなしって言われたら……いきなり自由にしていいって言われたら困るんじゃないかなって」

「なるほど……それならわかるけどよ、直に慣れるだろ」

 

 理子はそうだね、と頷いた。確かに一成も、もう跡継ぎになれないと言われた時にはショックを受けた。しかしそれは中学に上がるか上がらないかのころで、その時は将来のことを深く考えてもいなかったので、理子の言うほど大仰に困ったことはなかった。

 

「……変な事言ったわね。……ねえあんた、覚えてる? 一年のころ、桜井ねむの髪の色を認めさせようとした話」

「……ん、ああ……あったな?」

 

 一年のころ、一成が同じクラスだった女子で、地毛が赤毛に近い生徒がいた。

 校則で生徒の髪の染色は禁止されているため、彼女はそれにひっかかった。一成はそれに対し、地毛だからいいだろうと主張していたのだが、担任は黒にしろと言い続けていた。

 染めるのがダメなのに、何故黒に染めるのは許されるのか?そもそも、髪を染めるのってそんなにいけないことなのかと、一成は食ってかかった。結局、その女子は髪を黒く染めることにはしたのだが、話はそこで終わらなかった。

 校則見直し――まずは生徒間で賛同者を増やし、生徒会に話を持っていき、署名活動を行う――ところまで発展した。これは一成が先導したのではなく、その髪を黒くしろと言われた桜井が行ったことだった。

 

 しかし校則改正は、そうやすやすと成せることではない。生徒間で賛同者を増やし、生徒会を巻きこみ、署名活動を行い、一定数以上の署名を集め、生徒会に渡して生徒総会で議題にしてもらい、生徒会と立案者、それに教師をも交えて議論を行った後、職員会議にかけられ、保護者への確認も行われその後改正……と、気の長く根気が必要とされることになる。

 

 結局、署名集めまで行い、全校生徒の三割の署名を集めることはできたものの――他の生徒には「別にいいんじゃない」と思われているのか、職員会議にまでは辿り着かず棚上げのままになっている。

 

「……あれであんた、先生から絶対めんどくさい生徒って思われたわよね。その前から氷空と夜の学校に侵入してたりしたし」

「うっせ。……まあ、桜井にはめんどくせーことに巻き込んじまって悪かったよ……ただ、活動自体はあいつの方が頑張ってた気がするんだけど……」

「頑張ってたわよ。結局、実を結ばなかったけど、あんたには礼を言ったんでしょ。あの子、ああいうの高校が初めてじゃなかったみたいでまたか、って思ってたみたいだから、自分以外にわざわざ怒る人がいるなんて思わなかった、って」

「……!? 礼は言われたけど、そこまで詳しく聞いてねえよ!?」

 

 二年越しに明かされる真実。一成は首を傾げていたが、桜井と友人でもある理子は面白そうに笑った。

 

「あの子も照れ屋だからいいにくかったのよ」

「んだよ水くせーな」

 

 ちなみに氷空と深夜の学校侵入は、一成が悪事を企んでいたのではない。むしろ一成は氷空の凶行を止めるためにしたことなのだが、結果として二人で御縄についてしまった。その話は長いので、また今度振り返る事にしよう。

 

「……つか、何でそんな話?」

「ああ、長くなったわね。ん~……いや、あんたとねむを見て、そうか、自分から変えることもできるのね、と思って」

「? いや、校則変わってねえけど……」

「そうじゃなくて。それまでの私には、自分から替えようとする発想そのものがなかったの。今までのやり方に従い、それを続けるのが最善だって思ってた。だって私の先人は、ずっとそうしてきたから」

 

 遥か昔から続いてきた、彼女の神社。悠久の時を経て成り立ってきた伝統と、因習と、旧弊。

 先祖が積み重ねてきた何百年の知恵に、自分如きが敵うはずない。だから従っているべきだと信じていた――だが、その先人が知らず、今の理子が知っていることが一つある。「今」である。

 

「……ま、私は魔術が嫌いじゃないし。それに後ついで宮司になっちゃえば、私が最高権力者だものね」

「お前、アーチャーみたいなこと言うな」

 

 当主になれば権力が生まれる。だがその力は、決して榊原単品で成立するものではなく、他の魔術の家、退魔の一族と複雑な関係の上にある。

 そして、それを彼女が変えるとすれば――「構築しなおすのに一生涯を費やすのも、そなたとしては不本意であろう」。

 

 ――そうか、彼女は「それでもいい」と思っているのか。

 

 魔術とは自分の代で願いが通じずとも、刻印を残して次代へ繋げるリレーである。だから彼女は、たとえ自分が道半ばで終わっても、次に希望が残ればそれでいいと思っている。

 それが呪いなのか、希望なのかは人によるのだが……。

 

 ――榊原理子は、魔術師ではないかもしれないが――土地と共に生きた巫女である。

 

「お前やっぱすごいわ」

「……い、いきなり何よ。褒めても何もでないから。と、とにかくあんたには感謝してるってこと」

「……感謝してる割には俺へのあたりはきつくね?」

「感謝するのと、あんたが夜間の学校に侵入したり屋上からプールにダイブする危険行為を咎めるのは別の話よ! ……まあ、二年生の半ば以降はかなりマシになったけど……」

 

 ぷりぷり怒る理子を見て、一成も何か腑に落ちていた。

 

 そうだ――自分が天眼通を実家に伝え、跡継ぎとして返り咲くなら、きっと理子と同じような覚悟と意思を持って進まねばならないのだ。

 

 理子も、明も、迷った末に自分で魔術の徒であることを選んだのだから。

 


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