Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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幕間
幕間 ××世界の碓氷明


 人は亡くなった人について最初に声を、次に顔を、最後に思い出を忘れるという。

 

 彼は亡くなったというより、既に死んでいるのだが、二度と会わないという意味では似たようなものだ。

 

 しかし今、いつまで続くか極めて不安定でも――その姿の残滓を、垣間見る。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「ん……」

 

 明は重い頭を持ち上げ、眼をこすった。つい一階のソファで横になり、眠りこけてしまっていたらしい。

 大きなため息をついて座り直し顔を上げると、時刻は夜中の二時だった。夕食を終えた後ソファでうとうとしていたところまでは記憶しているが、そのまま寝入ってしまったのだ。もう真夜中どころか、丑三つ時である。

 

 先程の夢が、まだ頭の中に残っている。

 とても懐かしく、温かく、こうあったらいいなと思えるような日常(まぼろし)の夢だ。目元をこすると、水がついた。

 もしや夢で泣いていたのだろうか。情緒不安定である。

 

「……明日は一成とキリエと……」

 

 明日は一成、それにキリエと焼肉を食べに行く約束がある。

 一成は自分の進路について相談したいと、彼にしては恐縮して頼まれた。と、明は腹の虫がなるのに気づいた。

 誰もいない屋敷の中で、明のスリッパの音だけが響く。冷蔵庫を見ると牛乳やケチャップなど、ロクなものが入っていなかった。

 父も春日にいるとはいえ、夜家に戻っているとは限らない。父は父で勝手に食べているだろう。

 

「……春日の異変の原因もわかったのに、本当調べるのが好きな人だよなあ」

 

 空腹を水で黙らせて階段をのぼりながら、明は呆れ半分にひとりごちた。騒ぎになるほどのことではないが、今の春日は少々異常である。聖杯戦争時の状態のような魔力の濃さが街を覆っている。

 

 だが、影景と明は既に原因を突き止め話し合った結果、「これは放置してもよい。要経過観察」との結論を出していた。ゆえに明も異状については気にしていない。

 

 大聖杯から漏れだしていた魔力によって、春日が聖杯戦争時に酷似した魔力に覆われている。だが、大本の魔法陣が破壊されていることと戦争時の魔力には総量で全く及ばないことから、自然と消滅するだろうというのが明と影景の見立てだった。

 

 明は自分の部屋に戻ると、着ていたパーカーとズボンのまま、自分のベッドの上に身を投げた。今起きたばかりだが、一成たちとの約束は午前中からだから、このまま眠れなくても横になっていたほうがいいとの判断だった。

 

 ――聖杯戦争後、時計塔に行っており、あそこはあそこで騒がしくも気の抜けない場所だった。

 だがこの碓氷邸はホームであり、くつろげる空間に違いないのだが――少しだけさびしかった。

 

 再開された聖杯戦争。違う。聖杯戦争はもう終わったのだ。

 

 元気にしてるかなあ、と、かつて共に戦ったサーヴァントのことを思う。

 彼は戦争を終えやっと死を迎えたのだから元気かと思うのは少々可笑しいのだが、それでも安らかにあることを願う。

 

 ――もしまた出会えるのであれば、大変だけど頑張ってると伝えたい。

 

 こんな感傷に浸るのは久々だった。それもこれも、先ほど見た変な夢のせいだ。

 

 あんな都合のいい世界、あるわけない。セイバーも、ランサーも、アーチャーも、サーヴァントが皆健在で、真凍咲やシグマまでも生きていて、平和を謳歌している。

 

 ただ、ありえなくっても、たまに夢を見る事くらいは許してほしい。

 

「でも、何でだろう? 冬木の聖杯戦争に召喚された記録はあったと思うけど――何でアーサー王がいたのかな」

 

 と、その時――全く自分と同じ気配が、玄関の前に佇んでいることに気づいた。

 夜、この屋敷を飛び出していった彼女(・・)が、ようやく戻ってきたらしい。今回の自分は今の自分というより、むしろ聖杯戦争前の自分に近い仕上がりのため、行動を読むのは容易いはずだったのだが、どうも近頃様子が違う。

 

 何故かかなり急いで階段を上ってきている――何か緊急事態でもあるのかと、明は扉が開く前に上半身を起こした。

 

「――何? どうしたの」

 

 勢いよく開け放たれた扉の前に立っていたのは、明と全く同じ顔、同じ背丈をした女性。服は明がよく着るブラウスにミニスカート、黒のストッキング――よっぽど急いでいたのか、彼女は息をきらせていた。

 

「……話が、ある」

「……ッ!?」

 

 自分と全く同じ顔・背丈の人物の登場には驚かなかった明だが――その背後から出てきた人物には、度肝を抜かれた。

 

 打つ金髪、透き通った碧眼に加え、均整のとれた、女神がいればかくやと思うプロポーション。真夏の今、季節外れの長袖にロングスカート、小脇に畳んだコート。

 

「ハーイ、明ちゃん。いつ振りかしら? 虚数空間に時間の概念なんてないから、もうわかんなくって」

 

 八か月前、虚数空間へと葬り去ったはずの――シグマ・アスガードの姿だった。

 


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