Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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夜③ 黒葛纏剣・無刃真打(くろつづらのつるぎ)

 目の前には、見慣れたセイバー・日本武尊の姿。

 

 だがしかし、彼女は緊張を高めた。

 一つは、彼は明の護衛として、今彼女とともにいるはずであること。

 二つはこの至近距離になるまで、彼の気配に全く気付かなかったこと。

 

 アルトリアは索敵に優れたサーヴァントではないが、ヤマトタケルが女装をしていたのでもなければ、セイバークラスのサーヴァントに半径二十メートル以内に近付かれるまでわからないはずはない。

 

 影景は肩で息をしながら、河川敷の芝生にひっくり返っていた。

 

「エイケイ、離れていてください……ヤマトタケル、何故ここにいるのですか」

 

 ヤマトタケルは深々と溜息をついた。「お前たちが望んでいたから出てきた。俺はお前たちになんら害を与える気はない。このまま帰れ」

 

「……あなた、本当にヤマトタケルですか。……いや、この際どちらでもいい。あなたはエイケイのいう、「境界主」なのですか」

「……」

「騎士王! そいつ、霊体化しようとしているぞ!」

 

 上半身を起こした影景は、眼鏡をはずしてヤマトタケルを睨み据えていた。彼の言うことを瞬時に察したアルトリアは、一足で水面を駆け抜けて剣を振り下ろした。

 ヤマトタケルは左足を引き、不可視の剣を不可視の剣で受け止めた。衝撃で水しぶきが跳ねあがり、互いの膂力で弾き合って水面上で距離を取った。

 

 ――春日の異変を知る手がかりを、このまま見逃す手はない。碧玉の瞳の意思を読み取ったヤマトタケルは、面倒そうに刹那、眼を閉じた。

 

 だが再び目を開いた時には、漆黒の瞳に殺意を抱いていた。

 

「……仕方ない」

「エイケイ、後ろに下がりなさい!」

「わからいでか! ……騎士王、アレを戦闘不能にしてくれ! あとは俺が聞き出す」

 

 影景は脱兎の勢いで脇目も振らず駆けだした。サーヴァント同士の戦闘に巻き込まれてはただではすまない。

 これでアルトリアは心置きなく戦うことができる。影景の気配が少し遠ざかるのを確認し、彼女は水上を走った。

 

「――!!」

 

 轟、と風が荒れ狂っていた。アルトリアの宝具「風王結界(インビジブル・エア)」と、ヤマトタケルによって振るわれる剣が激しく、幾度も幾度も打ち合わされて魔力と火花を散らした。

 

 ――聖杯戦争中のヤマトタケルは、剣を完全なる不可視の剣にしてはいなかった。彼は草薙の炎で鞘である天叢雲を蒸発させて纏い、蒸気に包まれた剣として使っていた。

 鎧なく肌を切りつけられたら、火傷を負ってしまうだろう灼熱の剣としていた。

 

 確か「どうせサーヴァント同士の戦いであれば、不可視であっても間合いは測られてしまう。ならば断った時により深手を負わせる方がよいだろう」との考えであった。

 

 だが今の彼は天叢雲を蒸発させず、水として草薙に纏わせ光の屈折率を変えることで、奇しくもアルトリアと同じ不可視の剣として使用していた。なぜ今は、剣を完全なる不可視にしているのだろうか。

 

 不思議なことはもう一つ。ちりん、と場違いに涼やかな音が時折響く。

 どうやら彼は鎧の内側に小さな鈴を取り付けているらしいが、彼がそんな音を鳴らすのを一度も聞いたことがなかった。違和感を脳裏に抱きながらも、アルトリアは容赦なく剣を振るう。

 

 裂帛の気勢と共に振り下ろされる不可視の剣。それを間断なく受ける不可視の剣は、互いに弾き、競り合い、弾き、競り合いを目にも映らぬ速さで繰り返している。既に打ち合いは五十を超えて、なお二人共に傷一つない。

 一拍、剣士たちは距離を置く。

 

「――話す気はないのですか、ヤマトタケル」

 

 アルトリアの目的は、ヤマトタケルの首ではない。春日に起こる不可思議な事象を解明するために知っていることを話させる事。

 彼に話させることと彼を倒すことは別の話であるが、影景の様子を見る限り戦闘ができない状態に追い込めば、彼を調べる方法があるはずだ。

 

 ヤマトタケルから返答はない。その代わりに返ってきたものは剣。

 水面を蹴り一息の間に詰められた間合いに、不可視の神剣が突撃する。不可視の聖剣が受け、弾き、ちらちらとほどけた風王結界から、黄金が煌めいている。「幻想返し」の焔の剣は、ぶつかった瞬間風の鎧をほつれさせる。

 

 アルトリアは真正面から愚直な直撃を受けて弾き返し、ヤマトタケルは間髪入れずに剣をアルトリアへではなく、水面へと叩きつける。烈しく上がる水柱のカーテンから鋭く突きが繰り出され――はしない。水面を滑るように、足払いが走っていく。

 

「――! 飽きもせず……!」

 

 ヤマトタケルとの戦闘記憶から、この可能性を予知していたアルトリアは右足を水柱の先へと踏込みつつ跳躍し、しゃがみこんだ彼の頭上を飛び越える。水しぶきが跳ねあがり相手の姿を見たのは、眼下――から、太い腕が伸びて、アルトリアの徹甲に包まれた右足を捉えた。

 

 無論、ヤマトタケルとてしゃがみ片足を軸に体を回転させた途中で、力の入りやすい体制ではなかった。だが彼の力は、体勢の不充分を補って余りある。

 アルトリアは跳躍の途上で、力任せに水面に叩きつけられた。足首は、今も掴まれたまま――その手が離された刹那、上から襲い来るのは不可視の神剣。瞬間の判断で自らの聖剣で受け、彼女にとっては地面も同様の水面で足を跳ね上げ、ヤマトタケルの鎧を掠めながら宙返りを以て立った。

 

 降り注いだ水で濡れた前髪を払い、アルトリアは眼前の男を見据えた。

 

 ――やはり、目の前のヤマトタケルはヤマトタケルではない……。

 

 数回の打ち合いで、彼女はその確信を強めていた。

 騎士王と東征の皇子――互いに筋力はA相当であるが、膂力だけならヤマトタケルが上を行く。アルトリアの素の筋力は、見た目通りの少女並みでしかない。だがその身に宿った竜の因子により息をするだけで魔力を生成し、魔力放出のブーストにより圧倒的な膂力を手に入れている。

 

 それに対し、ヤマトタケルの筋力はそれだけで人を縊り殺し千切れるほどに、素の身体能力からして異常なのである。さらに神剣自体が貯蔵する魔力を追加ブーストとして放出している。だが生前の侵略者と侵略に耐える者の違いか、神剣の治癒力で回復するから身を守る意識が薄いからか、耐久力に関してはアルトリアが上を行く。

 

 アルトリアとヤマトタケルの打ち合いは死闘である。アルトリアの精確にして高い直感、さらに風王結界を組み合わせた剣はヤマトタケルにしても読みきることは至難であり、耐久に劣る彼にしても戦いやすい相手ではない。

 そしてヤマトタケルの一撃はあまりにも重く、さしものアルトリアも連撃で受けることは避けたい。澱のように溜まる衝撃で、いつしか剣を握る力さえも喪わせるだろう。だが――

 

「……どうしたヤマトタケル。貴方にしては攻撃が軽いが?」

 

 軽い。剣を支える腕を砕く巨石のような破壊力は、今のヤマトタケルにはない。目の前の相手は確かに見た目こそヤマトタケルであるが、別人であると――アルトリアは確信を抱いていた。

 

 アルトリアは敢えて口にして相手の様子を窺ったが、相変わらず相手は無言を貫いている。

 

 だが、本物のヤマトタケルより筋力が低いのであれば、アルトリアに分が出てくる。

 明の命ではあるが、彼女も相応にこの事態を気にかけているのだ。

 

 ――そう、時折脳裏に過る少年は一体誰なのかと。

 

「――、流石に――お前ほどの英霊と撃ちあって騙し果せることはできないか」

「――!」

 

 ヤマトタケルの姿が歪んで、曲がる――瞬きの次の瞬間には、彼の姿は全く異なるものに変わっていた。

 腰には蔦でがんじがらめにされた黒塗りの刀を携えている。髪の毛は肩辺りで不揃いに切り落とされている。右目は黒い布で覆われておりうかがえない。彼の身体は神剣の加護によって傷一つないはずだったが、上着の下の晒しで巻かれた身体は数えきれない傷に塗れていた。

 下半身は鎖の付属した具足を纏っている――アルトリアの知る彼に比べれば、遥かに満身創痍だった。

 

 ちりん、と響いたのは彼の手首に巻かれた鈴。

 

「――もう少し隠していたかったが、仕方ないな! 楽しもうか騎士王!」

 

 ヤマトタケルが手を指揮者のように振るうと、空間が波打ち何振もの刀剣が姿を現した。

 

「――出雲は錬鉄・製鉄の王」

 

 言葉が紡がれた途端、出現した無数の剣・槍・矛が――打ち放たれた矢のごとく、先んじてアルトリアに向けて降り注ぐ。だが、その程度なら撃ちおとせない騎士王ではない。

 

 風を纏った不可視の剣によって、一つは払い、一つは薙ぎ、一つは叩き落とし、無駄のない動きで打ち払う。狙いをつけて射るというより投げつけているような形――どこかで似たような戦い方を見たことがある。

 ただ似た戦い方をする黄金とは違い、大和最強は自ら降らせた剣槍の嵐の中を自ら走りアルトリアに襲い掛かる。

 

 黒塗りの鞘から剣が抜かれることもなく、ただ鈍器として滅多打ちにしてくる――!

 

 ただ投げつけるだけの得物の嵐も、このヤマトタケルには落ちる場所が分かっているかのように、武器の嵐は彼を貫かない。得物を抜くのに場所は選ばないようで、前後左右どこから射出されるのか直前まで読めず、アルトリアは防ぐ対応になってしまう。

 

「!」

 

 上段から振り下ろされた鞘を受け止めたが、背後から火花とともに見覚えのある槍――蜻蛉切が真っ直ぐに打ち出された。アルトリアは鞘を弾き返し体を右に捻って回避した。

 

 アルトリアを貫き損ねた槍は、そのままヤマトタケルを撃つこともなく――僅かに彼の首筋間際と通りすぎていくのみ。

 

「……!」

 

 間断なく剣、槍を打ちだしつつ、自らの攻撃を絡めた相手に攻撃する暇を与えない戦闘スタイル。アルトリアが知るヤマトタケルとは、違う。

 

 そして何より――彼は、何も見ていない。目の焦点が、合ってない。

 

 セイバーヤマトタケルのふりをして戦っている時は、眼の焦点が合っているように見えた。今ならばわかる、それは眼が見える振りをしているだけだったのだと。

 眼帯をしていない左の眼も、おそらくほとんど見えてはいない。

 

 ――ちりん、と鈴が鳴り響く。

 あれはお洒落でつけているものではなく、彼の眼そのもの。

 

 反響定位(エコーロケーション)。一般には発した音が何かにぶつかって返ってきたもの(反響)を受信し、その方向と遅れによってぶつかってきたものの位置を知ること。各方向からの反響を受信すれば、周囲のものと自分の距離および位置関係を知ることができる。この反響定位で有名なのは暗闇を飛ぶコウモリだが、人間でもこれを得意とする者は、聴覚による情報取得よりも、むしろ視覚に近い情報を得るという。

 

 鈴を切り落としてしまえば彼の情報源を断てる――いや、この戦闘の中でヤマトタケルから鈴を奪ったところで大して意味はあるまい。擦る足の音、大気の流れ、息遣い、剣戟、水飛沫、草のそよぎ――彼はそれら全てからこの戦場を描いているのだから。

 

 ――音から情報を得る。ならば……。

 

 アルトリアは頭上から投下される刀を弾き飛ばし、大きく背後へと飛び退って距離を取った。

 

 次弾が放たれるよりも早く、アルトリアが動く。

 

 情報源が音ならば、音よりも速くもっと速くこの剣を叩きこめばいい。

 

 風王結界を束ねていた魔力をほどくと同時に、アルトリアの身体は砲弾のように打ちだされた。背後に風を置き去りにして、風が激しく踊った。

 風王鉄槌(ストライク・エア)の応用、束ねた風をジェット噴射として使い自分の加速を加える――一息の間にこの剣は、彼を貫く。音速を超える速度に達するアルトリアの背後は真空となり、さらに周囲の空気を巻きこみさらなる加速を生む。

 ヤマトタケルの反応が間に合うかどうか。

 烈風を纏う突撃を避けるには、頭で考えていては、耳で聞いていては追い付かない。脊髄よりももっと早く、体がはじき出す最適解・直感のままに日本最強の身体は駆動する。

 

「――俺が、音だけでモノを見ていると思うか」

 

 アルトリアが風王結界をほどくとほぼ同時に、ヤマトタケルは鞘のままの剣を構え――既に後ろへ飛び退っていた。荒れ狂い乱れる暴風が迫る中、たとえ剣自体を避けたとしても、すでにアルトリア自体が砲弾であり大怪我は避けられない。中途半端に避けるよりも、直撃を受けても同じ方向に跳ぶことで威力を殺そうとしている。

 

 空気が割れて、烈しく波打つ。

 同時に川面も激しく振動し人の可聴域を超えた音波が広がっていく。

 

 碧玉の瞳は、黄金の剣の切っ先が、黒塗りの鞘に包まれた剣によって受け止められた刹那を目撃し、そして衝撃のままヤマトタケルの身体が吹き飛んだのを見たが――ヤマトタケルは中空にて剣をを足元に出現させ、それを足場にして反転しミサイルのようにアルトリアへ突撃してきたのだ。

 速さは先ほどのアルトリアには及ばなかったが、音速を超える突撃から体勢を立て直したばかりの彼女はなんとかよけきることで精一杯だった。

 

 黒いヤマトタケルと、アルトリア。片方は鞘に収まったままの剣を抜身の剣のように両手で持ち、片方は不可視の剣を持ち、互いに対峙し、こう着している。

 

「……宝具しかないのでは? ……っつ~~あいたた、とんでもねーもの飛ばすな」

「……?」

 

 はるか後方から、大きな声で彼女の内心を現したのは碓氷影景だった。眼鏡を外し、薄く赤みかかった瞳でじっと戦いを見守っていたようだ。だが今は何やら片目を抑えて呻いている。

 

「……互角以上の戦いをしているからわかるが、ゆえに、宝具で決着をつけるしかないのではないか」

 

 常人にサーヴァントの高速戦闘を視認することはほぼ不可能である。しかし碓氷影景は魔眼「妖精眼(グラムサイト)」にて、魔力の流れとして戦闘を追うことができるため、この戦闘を漏らさず把握していた。

 そして影景の認識は、奇しくもアルトリアのそれと一致していた。

 

 だが、ここで対城宝具である約束された勝利の剣(エクスカリバー)を放つとこの街中では被害が大きくなり過ぎる。それに、目的はヤマトタケルの殺害ではないはずだ。

 黙したアルトリアの背中からその思考を読んだように、影景は続けた。

 

「この川沿いに宝具を放てば街に被害は出まい。それに相手はヤマトタケル――騎士王の剣に対抗する術を、宝具であれば持っているさ――あのヤマトタケルの正体を暴くと言う意味でも、宝具の打ち合いは有効だろう」

「……」

 

 互いに戦闘方法が似て膂力もほぼ同じで戦闘技術に優劣がなく、作戦もないのであれば宝具のぶつけ合いになる。

 しかし約束された勝利の剣は、全て翻し焔の剣にて返り討ちにされる可能性が非常に高い――この場所が日本であるゆえに、なおさら。

 もしくは全て呑み込みし氾濫の神剣にて相殺するか。だが、目の前のヤマトタケルは、その宝具をもつヤマトタケルなのか。その疑念を、影景は肯定した。

 

「……多分、宝具は違うぞセイバーアルトリア。あ、この春日はニセモノだから人命を気に掛ける必要はないな」

 

 今更人命が大切だ、と言わないところは逆に信用できるとは思うが――その「春日が造られた偽の春日である」とは、まだ彼の仮説ではないのか。

 たとえ春日が偽物であっても、ここに暮らす人々、ひいては自分たちは今ここに生きている本当ではないのか。

 

 ――否、たとえ偽物であったとしても、今生きる者を無差別に蹂躙していいことにはならないだろう。

 

 しかし、影景がこの事態を解きあかそうとする意志だけは本物だと、アルトリアは理解している。ならば宝具を開帳するにしくはない――川に沿ってぶつけるならば、人々に被害も出まい。

 一方のヤマトタケルは、もう面倒になったのか開き直ったのか、かかってくるならこいという様子で剣を構えていた。

 

 アルトリアは深く息を吐き、極東の皇子に向き直った。

 解ける『風王結界』、高密度の空気が霧散して姿を現した黄金の剣。暗闇の中にありて今も昔も、光り輝く星の聖剣。

 

「束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流――」

 

 高密度に収斂する光を振り上げる。立ち上る光の粒子が、さらにさらに輝きを強めていく――騎士たちの夢の結晶たる聖剣は、ここ極東でも不変にて健在、常勝の王の赫奕とした幻想(キセキ)である。

 

 それを見ても、ヤマトタケルは無言のまま――無策では刹那の間に、加速された閃光の嵐に焼き果たされてしまうことを知りながら、彼はまだ鞘に収まったままの剣を抜かない。

 アルトリアは瞠目したが、もちろん彼が無策にやられるためではないとは思っている。

 

 彼は手にしている同じ黒塗りの鞘に納められた剣を持ち上げた。

 柄と鞘は葛でがんじがらめにされていたが――彼はその葛を力づくで引きちぎって、引きぬいた。

 

「――大和ならぬ国(イズモ)の戦士。そなたを刺すは」

 

 立ち上る光の柱は止まらない。魔力の光への変換は成った――光の断層よって打ち放たれるのまで後刹那。

 しかしヤマトタケルの宝具も、その姿を現した。

 

「そなたの剣であると知れ!」

 

 抜かれた剣に、刀身はなかった。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!』

黒葛纏剣・無刃真打(くろつづらのつるぎ)!』

 

 迸る光の暴力、圧倒的熱量で一瞬にして蒸発していく水飛沫、襲いかかる灼熱の光線――十二の会戦を超えてなお不敗、誰もが尊きものと思う、幻想の結晶。

 刀身のない剣を掲げたヤマトタケルは、その光に嘆息した。

 

「……結果として国が滅びたが――お前は良き王だったのだろう。俺とは違って」

 

 その言葉に、自らを蔑む色はない。

 ただ単に、そういう王もいるのだと知った感想だった。

 

 しかし同時に、このヤマトタケルは思う。気高き尊き理想を懐くのはよいが、それが度を過ぎたものであったのなら、それは抱いた当人をも焼くものにもなると。

 

「――己の輝きで焼かれるがいい」

 

 鮮烈にして黄金の光が消え失せ、美玖川にもひとまずの静けさがようやく戻ってきた時――水上に立っているのは騎士王ではなく、ヤマトタケルだった。

 一方アルトリアは消滅こそしていないものの、自らの聖剣による熱量でダメージをうけ、水上に倒れ身動きがとれない状態となっていた。

 アルトリアは全力で身を起こそうとしつつ、眼を疑うような、最後の光景を思い出していた。ヤマトタケルを焼くはずの約束された勝利の剣(エクスカリバー)を、ヤマトタケルが手にしている、という不可解な光景を。

 

「……ッ……!」

「おーい、大丈夫かセイバーアルトリア! 大人しく霊体化していろ!」

 

 言葉通り市街地に被害を出さないように川沿いに宝具が放たれたことにより、影景は、水しぶきで全身ずぶ濡れになりつつも、河川敷から声をかけていた。

 やっとのことで顔を上げたアルトリアが見たものは、確かにヤマトタケル――背格好、顔かたちはほぼ同じでありながら、やはり全くの別人だった。

 歩くとちりん、と堂堂たる体躯に似合わぬ涼やかな音が響いた。ヤマトタケルはアルトリアを一瞥すると、川べりの碓氷影景を見据えた。

 

 どことなくげんなりして、呆れたような声である。

 

「碓氷影景。それほど、死ぬ危険を冒しても(・・・・・・・・・)俺に会いたかったか」

「そうだとも」

 

 ――先程影景が川に手を浸して行使していた魔術は、魔術師の魔術回路へのハッキングに近い。陰陽道の観点でなくとも、魔術的に川や山は霊脈の通りやすい場所である。

 影景は、これを機に川から自らの魔力をもって、この異変を起こしている大本の魔力への干渉を試みた――もちろん、これは春日の霊脈を把握している影景だから成しうることであるが、魔術師の魔術回路へのハッキングが手練れの魔術師には効かないどころか逆に術者側の回路が焼かれることもあるように、影景を拒むモノへのアクセスだった場合、むしろ影景が被害を蒙る。

 

 そしてこの結界の魔力の源は「かつて聖杯だったもの」。

 

 そして「ここ」をなすものはその魔力。

 つまり、影景の推測が正しいとすれば、汚染された「聖杯そのもの」。

 

 蘇生魔術が結界内部に働いているとして、その魔術を成している大本の魔力・この世の呪いを煮詰めたそれに触れたらどうなるか。その場合でも、蘇生は、本当に働くのか。

 

 結局実験は偽ヤマトタケルの介入により止められたが、彼が介入したことで影景の仮定はほぼ実証されたようなものだった。

 

「お前は人死にを出したくない。ゆえに俺を止めるために現れた――いや、人死にを出したくないのは、本当はお前ではないのかもしれないが」

 

 黒いヤマトタケルは何も答えない。

 

「人が死ぬのを嫌うくせに、聖杯戦争は再開している。矛盾極まりないな、ここの創造主は」

 

 黒いヤマトタケルは何も答えない。

 

「お前の存在を確認できたことで、自分の考えが間違いでないことを確認できた。俺はもうこの異変には手を出さない。おそらくお前にもう会うこともない。自殺未遂もしないから安心してくれ――あとは明に任せるさ。しかしついに俺も当主引退かな?」

 

 ヤマトタケルとは正反対に、何故か清々しい顔をした影景は伸びをしてご機嫌だった。

 今アルトリアが負った深手も、日付を超えれば治るだろう。

 

「ならばさっさと帰れ」

「しかし面白い事象を確認させてもらった。不思議なんだが、ここを護ることでお前に何の益があるのかがさっぱりわからない。よければ聞かせてもらえるか」

 

 影景はアルトリアのサーヴァントとしての気配があることを確認し、武装を解いた黒いヤマトタケルに対し言葉をかけた。

 影景はあまりにあっけらかんとして、既に友人であるかのような態度だったが、対するヤマトタケルは陰惨な笑みを浮かべていた。

 

「……自慰だよ、自慰。自己満足ってヤツだ」

 


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