Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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夜② 結界をまもるもの

 ちりん、と響く鈴の音。

 それは、まるで熱愛中の彼女のような言葉を吐いて、窓に腰かけていた。

 

「来ちゃった♥」

「呼んでないんだけど」

 

 白いカーテンが風にたなびいている。室内の空気よりも生温い風が吹き込んで、眠る気はさらさらなかったものの、明は妙に意識を覚醒させられた。

 彼の宝具の力で、一階にいるであろうセイバーヤマトタケルは気づかない。影景は影景で調査に出かけており、アルトリアは今日の巡回当番で不在。

 誰にも気づかれていないとは思うが、拒まずこそこそ会っている時点でどうも後ろ暗い。小心だが犯罪をする人の気持ちってこんな感じなのだろうか。

 

 アヴェンジャーは前回と同じTシャツGパン、腰にベルトで刀を収めた格好だった。

 明は鈴を鳴らしていない。何の用かと聞いたが、「ヒマだから来た」と言った。

 

「そう。でも私は暇じゃないから帰って」

 

 明はこれからセイバーの方のヤマトタケルと出かけるつもりなのだ。

 

「ちょっと気になったんだけど、お前らってヤってんの」

「……」

 

 どーして夜更けに突撃されてセクハラ発言を受けなければならないのか。

 セイバーと同じ顔であるのがなおさら腹立たしい。

 

「うるさい帰れ」

「構えよ暇なんだよ。で、どうなんだよ」

「どうせ答えなんてわかってんでしょ。あるわけない、以上」

「ちょっとは照れるなり恥じるなりしろよ、かわいくねえなあ」

「虚数空間に捨てられたいの? あと一夫多妻の世界に生きててもセクハラモラハラ

 夫なんて奥さんが泣くよ」

「夫婦ごっこは生前で終わってま~す」

 

 やはり、何があったらあのセイバーヤマトタケルが、こんなふざけた有様になってしまうのか不思議である。セイバーの方も女性関係については来る者拒まずだとは思うが、少なくともいやなことは嫌だと伝えればしなくなる、とは思う。

 

 目の前のアヴェンジャーに問いたいことはあるが、本当のことを答えるかは限りなく怪しい。もう半ば、この春日のからくりはわかったが――土御門神社のサーヴァントと、一度話す必要がある。

 

 おそらく、彼女はアルトリアが目撃したという女のサーヴァントのはず。その拠点は、他の誰がわからなくてもこの碓氷明は知っている。

 ハルカ・エーデルフェルトが聖杯戦争でおいた拠点を知っている。だが知っていることと、実際に拠点を訪れることができるかは別の話である。

 

 できればハルカ・エーデルフェルトを抜いた二人きりで会いたいのだが――その状況を整えるのは難しそうだ。まっとうなマスターなら、聖杯戦争中にサーヴァントから離れようとはすまい。

 明は渋い顔つきだが、漸くまともにアヴェンジャーを見た。

 

「……アヴェンジャー、ひとつ頼みが……」

「……碓氷明、用事ができた」

「は?」

 

 アヴェンジャーはこれまでのふざけた態度を一変させ、腰元の刀を撫でると一息に窓から外へと飛び降りた。

 驚いた明は思わず窓から身を乗り出したが、既にアヴェンジャーの姿はなかった。

 

 

「……ほんとにセクハラしに来ただけ?」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 美玖川は暗く静まり返っていた。空は晴れており小さく星の輝きが散っている。しかし人気は全くない。時間を考えれば、人が少なくても可笑しくないが……。

 

 銀の鎧を纏ったアルトリアは、不可視の剣を右手に、美玖川の川面に立っていた。春日市の巡回のため、あちらこちらを見て廻っているのだが、昨日のヤマトタケルは大西山と土御門神社を見たため、それ以外の場所を回っていた。

 

 美玖川そのものに気になる点があったのではなく、通りかかった際に川辺に黒い狼を数匹見つけて、珍しいと思い調べ始めたのが始まりだった。河川敷を歩き回っていたら、見かけた狼はいつの間にか消えていた。

 そしてふと向こう岸を見た時、違和感を抱き渡ってみようとしたのだ。

 

「……確かに、これは妙だ」

 

 彼女は湖の妖精の加護を受けている為、ヤマトタケルと同様に水上を駆け抜けることができる。そこで彼女も理子と同様に、川を走って向こう岸へと辿りつこうとした。

 敵の警戒は常に怠らず、真っ直ぐに向こう岸へと走る。自然な川の流れとは異なる波紋が水上に広まり、広まり、薄まり消える。

 

 あっという間に対岸へ到着した、と思いきや、彼女の目の前に広がる景色は、今まさに背後に置き去りにしたはずの春日市の夜景だった。まさかと思い再び背後の隣市――本当は春日市側だと思うのだが――へと引き返す。しかし辿り着いたのは春日市側だった。

 何らかの幻術・暗示の魔術にかけられているのか。しかし対魔力Aを持つアルトリアが簡単に魔術にかけられるはずはない。

 しかも、魔術にかかっているという自覚さえ与えないほど高度なもの。

 

 アルトリアは川面をゆっくり歩きだしたが――背後に見知った気配を感じて振り返った。

 

「……エイケイ」

 

 紺色のスーツ。少し光沢のある生地ゆえか、夜の闇のなかでも彼の姿は浮き上がって見えた。影景は能天気に手を振りながら、川辺ギリギリに近付いてきた。

 

「明の命で調査か、騎士王」

「……ええ。貴方は何を」

 

 アルトリアは碓氷影景の人柄を信頼してはいないが、春日への見識という意味では信用には足ると思っていた。なによりマスターである明がその実力を認めている。それにヤマトタケルは憤慨していたものの――おそらく明への教育方針自体は、そんなに外れたものではないと、アルトリアは考えていた。

 

「俺も調査だ。管理者として気になるのでな」

「明と共に調べないのですか」

「これも勉強だ。何、危険なことは……おそらく、ない!」

 

 呑気に笑っているが、あまり信じられない。これでも管理者の言葉ゆえ危険はないのだと信じたいが、魔術師は良く言えば風変り、悪く言えば人でなしのところもある。

 ただそれでも最も真実に近い人間である――明のことを思えば、多少この父から話を引き出しても悪くはないだろう。

 アルトリアが共に調べないか、と声をかけるより先に、影景が口を開いた。

 

「ちょっと付き合ってくれないか、騎士王」

「……私も同じことを言おうと思っていました」

「あなたが春日市異状調査なら、ヤマトタケルの方は明の護衛か」

 

 きょろきょろと周囲を見回している影景の言葉に、アルトリアは小さく頷いた。彼女はこの役割分担に不満はないが、少し明の態度に壁を感じないでもない。

 自分はヤマトタケルと同様に明のサーヴァントとして春日聖杯戦争を駆け抜けたはずなのだが、何となく明はアルトリアよりもヤマトタケルに信を置いている、頼りにしているような気がするのだ。

 そう考えていたところに影景に話しかけられ、アルトリアは声の方に顔を向けた。

 

「騎士王。なにかこの場所について感じたことがあれば教えてほしい」

「……敵意は感じませんが、居心地は良くありません。何かに見つめられているような気がします」

 

 周囲の気配は先ほどからずっと窺っている。明確な敵の気配は感じない――ただどうも不穏な、通常の春日ではないという違和感・不快感がある。

 何かはわからないまでも、確実に何かがあると彼女の直感は告げていた。

 

「ふむ。それは美玖川に近付いてから感じたものか? 街中では感じなかっただろう」

「ええ」

「奇妙なことをまとめるぞ。その一、春日から外に出られない。その二、春日聖杯戦争の再開。その三、知らぬサーヴァントの召喚。その四、どうやら、ここでは死なないらしい」

「……最後のは初めて聞きましたが」

「俺もこれは伝聞だ。神父のところに茨木童子が来て、そのようなことを言ったらしい。死んでもそのことを忘れて、次の日には元通りになると」

 

 聞けば聞くほど奇怪で不気味な話である。春日という閉鎖の檻で再開された聖杯戦争――だが戦争と言いながらも、死人は出ない矛盾。

 影景は軽く指を振りつつ、口を開く。

 

「さてここからは俺の仮説だ――ここは本来の春日ではないのかもしれない。何者かによって創られた、ニセの春日の可能性だ」

「……」

「春日から外に出られないのではなく、春日の外が存在しない。我々は世界の影響下にあるため、この世界、いや結界の主の意思によって死すらなかったことにされる。なかったことにしているのか、蘇生魔術を自動で発動させているのかは不明だが……」

 

 そもそも、春日において俺にわからないことがあること自体がイレギュラーなのだと、影景は煙草をふかしながら淡々と語る。

 

「ここ数日の春日の霊脈の流れが妙だ。魔力が春日市内だけで循環し、完結している。まあ四神相応の地というものは、魔力を中心に集めて市街を守護するための仕組みなんだがな。川で仕切られた先には漏れ出さないのが通常ではあるが、あまりにも漏れがなさすぎる。あまりも効率よすぎる。まるで、漏れる先がないから漏れないみたいな――それにどうも春日に漂う魔力は、ただの魔力ではない――汚染された聖杯の魔力に近い」

「――!? そんなバカな」

 

 影景の話を聞いていたアルトリアは、流石に驚愕の声を上げた。

 彼女も知っている――聖杯に満ちた、汚染された魔力のおぞましさ。サーヴァントの霊基さえも変質させる呪いの塊。それを用いてこの疑似春日が造られているのだとしたら、こんな普通の街で、普通に人々が生活できる街になるはずがない。

 アルトリアの言いたいことを察し、影景はにいっと笑った。

 

「……騎士王、夜に徘徊する黒い狼をみたことはあるか。俺の観察したところ、あれは聖杯の呪いの塊だ。姿が黒い狼なのは、結界主のイメージしやすい形を取っているのだろうが――あれとて、出したくて出しているものではないと推測している。なにしろ死人が出ない春日だ」

 

 影景と明が戦った日にヤマトタケルを追って飛び出した時以来、アルトリアは夜外に出ていないため、その黒い狼を見たことはなかったが――先程視界の端にとらえたが消えた、獣を思い出す。

 影景は黒々とした美玖川を眺めながら続ける。

 

「……さて、ここが造られた春日だと仮定して、異界創造法としてすぐに思いつくのは空想具現化、固有結界だが、前者は人工物を生み出せない。後者は世界の修正力を受けるので、魔力がいくらあったとしても何日も持つはずがない。とすればそれら単独ではなく、複合した結果によりこの春日が維持継続されていると見るべきだ。……しかし、何処の誰が何故春日を模倣しているのかはわからない。明らかなイレギュラーはハルカと知らぬサーヴァントだが、サーヴァント一騎の宝具としても苦しい」

 

 アーチャーが固有結界宝具を持っているが、あの結界内の心象風景は平安の屋敷となるため確実に春日の風景とは異なる。それ以外、春日聖杯戦争を戦ったサーヴァントたちに、このような事象を引き起こしかねない宝具の持ち主はいない。

 

「……しかし、この春日を維持しているのが誰にしろ、このレベルに精緻な世界を保ち続けるのは並大抵ではない魔力と技量が必要になる。俺たちが見ていないだけで、この世界を維持管理している者がいる。それがハルカと新サーヴァントの一味、もしくは俺たちの知らない者だ」

「……」

「春日とほぼ同じ街で、聖杯戦争を再開させ、かつ一夜にして死をもなかったことにする結界を作りだし維持する。何をしたいのかさっぱりわからん。目的が読めないところが気持ち悪いが、ともあれ、この結界の継続を望んでいる者がいるのは確かだろう。とすると、結界の継続を望む者、仮に境界主と呼ぶとすれば最も危険なのは何か」

「……ライダーの宝具、ですね」

「そうだとも。断絶剣(対界宝具)にかかればどんな結界も紙くず同然だ。それどころか、ライダーはもう何もかもを把握していて黙っていることも十分ありえる。なにしろ因果を見る神霊の一側面、あれにとっては俺たちも娯楽の一部に過ぎん。フツヌシの話を聞く限りな」

 

 アルトリアも、それは言われずとも察していた。ライダーは記憶の片隅に過る黄金とは全く異なり、傲慢さや慢心を感じはしない分まだ付き合うにはマシだが、こちらを観察している朱色の瞳には慣れない。

 

「俺の見立てでは、境界主は既にライダーに接触はしているはずだ。あれを放置するのは導火線に火のついた爆弾を放置するようなもの。せめてライダーに宝具を使う気はないことを確かめているだろう。とすれば、俺たちも同様に「この結界ぶっ壊すぞ」の意思を見せつければ、それを防ぐために境界主が出てくることになる」

 

 影景は残った煙草を惜しげもなく、ポケットの携帯灰皿に押し付けて消した。

 

「だが、当然世界を破壊する手段は俺にはない。星の聖剣も、世界を破壊するための剣ではないから違う……」

 

 彼は河川敷を見回しながら、適当なところで川辺に近付き腰を下ろし、川の水に触れた。温いというには少々冷たい、黒々と沈んだ川の色だった。

 

「川は古来より境界だ。単純に川が流れていると向こう岸へ渡れないという自然的要因からの連想で、魔術的にこの世とあの世を隔てるものとしても扱われる。このイメージは普遍的にあるようで、仏教には三途の川、ギリシア神話にもステュクス・アケローンと類似が見受けられる。魔術でなくとも、国境・村・街の堺は川であることは多い」

 

 影景の手元が薄く光を放っており、何らかの魔術を行使していることは明らかだ。

 一体何を、とアルトリアが影景に近付いた。と、今まで流暢に説明をしていた影景の様子がおかしい。

 息は荒く、肩を上下させて顔色は青い。アルトリアが声をかける前に、彼が口を開いた。

 

「……心配は不要、これでも春日のプロだからな。ちょ~っとその聖杯の魔力に触れようと……」

「それは……ッ!?」

 

 アルトリアが影景の肩を引いて、無理に川の水から引きはがそうとした時――彼女は唐突にサーヴァントの気配を感じて不可視の剣を両手で持った。

 

 だが、彼女は自分の眼を疑った。

 

 川面に立つ、一人の青年。アルトリアと同じく銀色の鎧に、不可視の剣。

 毎日顔を合わせる同居人の姿があった――そして彼は素早く剣を横なぎに振るい、目にも止まらぬ速さで何かを吹き飛ばしてきた。

 

 狙いは碓氷影景。アルトリアはとっさに影景を突き飛ばし、自らの剣でそれを受けた。不可視の剣が纏う風に吹き散らされて、弾き飛ばされてきたものは水であったと知れた。

 

「……ヤマトタケル……!」

 

 そこに立っていたのは、銀の鎧をまとったもう一人のセイバー、日本武尊だった。


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