Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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0日目① Sabers <聖剣使いと神剣使い>

『王は/皇子は、人の気持ちがわからない』

 

 この聖杯戦争で、碓氷明は偶然により二人のセイバーを召喚していた。

 願いを叶えるはただ一組のため、最後にはセイバー同士の殺し合いになることも前提として――彼らは聖杯戦争を戦った。

 

 騎士王(セイバー)は故国の救済――王の選定のやり直しを願いとして。

 大和最強(セイバー)はただ、その真名の通りに最強であることを願いとして。

 

 (ブリテン/大和)の統一と鎮定のために一生を捧げ、ついぞそれが叶わないまま終わりを迎えた剣士。

 奇妙に似た境遇にあった彼らは、しかし、順風満帆な相棒とはならなかった。

 

 

 方やブリテンは滅び、方や大和は滅ばなかった。

 方や感情を排除した「王の機構」、方や感情を解しきれない「神の剣」。

 方や心の底から国と人々の安寧を願い、方や国の安定ではなく一握りの幸福を願った。

 

 似ているからこそ違いが鮮明に見える。似ていることは、即ち親和を意味しない。

 

 

 そして今、その両雄は――。

 

 

 

 *

 

 

 春日の管理者が住まう碓氷邸は、古色蒼然たる西洋風の屋敷。庭は広々として石畳が敷かれ、家の門と玄関の間には噴水なんてものまで備えられている。異人館の風貌を持った三百坪近い屋敷は、周囲の家からかなり浮いている。ちょっとした名所でもあるこの屋敷だが、現在主はいない。

 

 夏真っ盛り――とはいえ、暦上ではすでに残暑である。だが近頃の地球温暖化は暦をねじまげつつあるのか、残暑という名の酷暑が続いていた。

 今は主なき碓氷邸を護るのは、二人のセイバー。サーヴァントは暑さを生身の人間ほど感じない為に、冷房を入れなくても堪えはしないのだが――家にある調度品が痛むということで、明からは空調を入れるように言われている。

 そのため、ついさっき空調をいれたばかりなので屋敷はまだ暑苦しかった。

 

 

「……!! ヤマトタケル、あなたという人は……ッ!!」

 

 一階のリビング、チェス盤の乗った艶のあるテーブルを前にわなわなとふるえているのは金髪に碧眼、髪の毛をシニョンにした十代半ばの美少女だった。白地に毛筆風の書体で「常勝不敗」とでかでかと書かれたTシャツを着、紺色のプリーツスカートに裸足というラフな格好をしていた。

 彼女の瞳は険を帯びて、奥の二人掛けソファに悠然と座る男を睨んでいた。

 

 少女に睨まれたのは目鼻立ちの整った、二十代半ばと目される黒髪の青年だった。こちらは黒地に白で「あんたが最強」と筆書きされた観光地土産風のTシャツに三本ラインのジャージを着用し、その膝の上には白い子犬が気持ちよさそうに寝そべっていた。子犬の毛並みは部屋の明かりを反射してきらきらと輝き、捨てられた雑種とは思えない毛並みの良さだった。

 

 

「どうしたアルトリア」

 

 男は素知らぬ顔で子犬を撫でながら、眼を少女に向けずに返した。「真神三号、あとで小屋を建ててやろう」

「勝手にその子を真神と呼ばないでほしい! いや、それよりも勝手に駒を動かしたでしょう!」

 

 先程まで互角に戦っていたはずの盤上は、いつの間にかヤマトタケル圧倒的優勢――というかチェックメイト直前――になっていた。

 ただアルトリアの鋭い詰問にも、当のヤマトタケルは興味なさそうに答えるだけだった。

 

「何の話だ」

 

 ちなみに彼女が席を外していたのは、前述したように空調のつけ忘れに気づき、スイッチを入れてくるためであった。

 

 ここしばらくヤマトタケルとこういう戦いをすることがなかったからすっかり失念していたが、彼はこういうヤツだったことを彼女はよく思い出していた。

 目の前の男に対してイカサマとか卑怯を言い立てるのは、全く堪えないし意味もない。剣を用いた戦と同じく、彼から少しでも意識を逸らしてしまえば最後、一瞬にして首と胴を切り離される。

 捕えるなら万引きや痴漢と同じく、現行犯断罪でなければならない。

 

 

 ちなみにこのチェスバトルは、今ヤマトタケルの膝に坐る犬が原因であった。彼がゴミ捨てに行った際、碓氷邸の門前に犬が捨てられているのを見つけて拾って帰ってきたのだ。

 ヤマトタケルは生前狼に助けられたことがあり、またアルトリアも生前犬を飼っていたこともあり、ついかわいくてお風呂に入れて食事をやり、飼う気満々になっていた。

 

 だがそこでひっかかったのが「名前」である。

 

「カヴァス二世」「真神三号」

 

 ――ちなみに「カヴァス」とはアーサー王が生前に最もかわいがった愛犬の名であり、トゥルッフ・トゥルウィスなどの巨大猪狩りに伴われた。また、「真神」とは「大口真神(おおぐちのまかみ)」のことであり、生前の日本武尊が山にて迷った時に道案内をして助けた神代の狼である。

 

 流石に二人ともサーヴァントバトルを繰り広げ春日を灰燼に帰すほどアホではなかったが、こうなっては何かしら勝負で決めるしかないとチェス盤を引っ張り出してきたのである。

 

 さらに彼女とヤマトタケルがゲームで戦うのは初めてではないのだが、基本的に明に禁止されていた為、かなり久々だったのだ(二人とも極めて勝負ごとに強いのはいいとしても、同時に極めて負けず嫌いであり放っておくと誰かが止めるまで昼も夜もなくやめないため、明が禁じた)。

 

 彼女は眉を寄せて盤を見下ろしたが、ここまで弄られての挽回は厳しすぎる。次回は絶対に眼を離さず、隠しカメラをセットして現場を押さえるか、完膚なきまでに完全勝利を収めると誓いながら、彼女は息を吐いた。

 

「……元々はあなたが拾ってきた犬ですし、真神三号にしましょう」

「当然だ」

「しかし犬小屋を作ることには賛成ですが、家主はアキラです。彼女は犬を飼うことを許可してくれるでしょうか」

「……俺が散歩やエサを与えるから、明に手間は取らせない。バイト代から道具代も出す」

 

 なんかもう完全に小学生が母親に犬を飼うのをねだるときの文句だが、アルトリアも真面目な面持ちで頷いた。

 そう、仲がいいかといわれたら微妙な二人だが、この白い犬を飼いたいという点において、目的は一致しているのだ。

 

「貴方だけにまかせてはおけません。私も世話をしましょう。もちろんしつけもします」

 

 歴戦の英雄たちは目配せをして、互いに頷き合った。

 なんとか家主の明を説得しようと、二人は一時同盟関係を組んだ。

 

 そしてその明であるが。

 

 

「……さて、明後日はアキラが帰ってくる予定です。今日の午後には、明後日にそなえてカズナリも話し合いに来ます」

 

 そう、明後日は碓氷明が父親を伴って帰国してくる日なのだ。今日、一成も交え何の食事を作って迎えるかなど相談をする。

 明を出迎えるために、真神をかわいがっているだけではダメなのだ。

 

 

「……そうだな」

 

 ヤマトタケルは子犬を自分の隣のスペースに降ろすと、ゆっくり立ち上がった。

 

「……出かけてくる」

「どこへ」

「明後日の一張羅を取りにだ。マスターの父君に会うのだ、下手な格好はできまい」

 

 彼の眼は鋭く、戦場へ向かう戦士の顔をしていた。一方アルトリアは首を傾げていた。

 

「そこまでする必要があるのですか? サーヴァントらしさを見せたいのであれば武装でいいと思いますが」

「フン、現代において正装はスーツなる衣服だ。郷に入っては郷に従えという言葉を知らないのか……ハッ、明後日はお前ひとり恥をかくがいい」

 

 ソファとクッションの隙間に挟んでいたらしい本「就職活動 身だしなみ・マナー編」の表紙をチラつかせて不敵に笑うヤマトタケル。アルトリアはいまいち彼ほどの熱意をもっておらず、明も何も言ってきていないため、特別な恰好をするつもりはない。ただ、今のTシャツに裸足姿で出迎えるつもりもない。

 

「それより出かけるのであれば、ホームセンターにでも寄って犬小屋用の木材を買ってきてください。私が建てます。……今はやりのDIY(では いま やりましょう)ですね」

 

 何か微妙に間違っているが、二人とも戦場においては他の追随を許さぬ強者であっても現代人としてのレベルはまだまだ発展途上である。一成のようにツッコんでくれる人物は、今の碓氷邸にいないのである。

 犬小屋に関して異論はないようで、ヤマトタケルは無言で頷くとすたすたとリビングを後にした。

 

 ひとまず名づけ騒動の片がついたところ、アルトリアのポケットに入っている携帯電話が振動を始めた。そうそうかけてくる人間もいないので、彼女はおっかなびっくりガラケーを開き、一成に教えてもらった通りに通話ボタンを押した。

 画面には相手の名前が出ていたので、つながった先はわかる。

 

「はい、もしもし。アキラですか?」

『……あ、えっと……ア、アルトリア?』

 

 何故か明の声が不安げで、おどおどしているように聞こえ、アルトリアは訝しく思ったが話を続けた。

 

「はい。でもアキラが電話とは珍しいですね」

 

 サーヴァントとマスター間には因果線(パス)があるため、お互いに念じるだけで会話ができる。実験までに携帯を購入した際に登録をしたが、明とアルトリアが電話をしたのはこれが初めてといえるレベルである。その上明も現代人だが機械音痴の気があるため、彼女は携帯電話自体をあまり使わない。

 先程リビングを出て行ったはずのヤマトタケルが、いつ間にか戻ってきていた。アルトリアが電話で話す声を聞きつけたためであろう。

 

「もしかして、明後日の帰国予定が変わったのですか?」

『あ、いや……そういうのじゃないんだけど……』

 

 どうも明の言葉はキレがない。確実に何かに戸惑っている様子だが、話してくれなければさしものアルトリアにもわからない。

 

『あの、セイバーはいる?』

「セイバー……とは、もしかしてヤマトタケルのことですか」

 

 アルトリアは話の流れ的に自分でないことを察したが、やはり明は変だ。騎士王と大和最強、二人ともセイバーなので「セイバー」という呼び名ではどちらかわからないため、聖杯戦争が終わった今は真名で呼ぶことにしたはずだ。

 

『あ、うん、そうそうヤマトタケル…………いる?』

 

 目の前のヤマトタケルは真顔で右手のひらを突きだして「代われ」と無言で言う。いつもなら代わるのだが、先ほどの真神三号の一件で素直に渡す気にさっぱりなれなかったアルトリアは、ボタンを探しスピーカーモードに切り替えた。彼はむっとアルトリアを睨んだが、アルトリアは素知らぬ顔をした。

 

「明、俺だが何かあったのか」

『……!? 声低っ……誰?』

 

 漫画的に例えるなら背後に「ガーン」の三文字が見えるような驚愕の表情で、ヤマトタケルは言葉を失っていた。アルトリアもまた眉根を寄せた。彼女としてはヤマトタケルが部屋の隅でのの字を書いていじけていてもどうでもいいのだが、マスターの明が共に戦ったサーヴァントの片方がわからないというのはおかしすぎる。

 

「アキラ、本当に大丈夫なのですか? 体調でも『あっ、そういうのじゃない、ほんと……うん。ちょっと、びっくりしただけ』

 

 電話先でなにやら鼻をすすっているような音も聞こえ、本当に風邪でも引いているのではないかと心配になる。日本の夏に慣れた明には、イギリスの夏は涼しすぎたのか。

 

『うん、ホントなんでもない……ごめんね変な電話かけて。明後日だよね、うん、帰るから。うん……じゃあね』

 

 本当に電話はそのまま切れてしまい、「誰」と言われたヤマトタケルへのフォローはなしのまま、電話はツー、ツーと不在の音を立てつづけていた。

 アルトリアには全く事情が呑み込めず、ヤマトタケルは落ち込んでいた。

 

 

 

 *

 

 

 現在春日市の管理者代行の碓氷明は、春日聖杯戦争の後始末のために時計塔に行っており、この地を留守にしている。また、管理者の父影景も同様である。

 

 そしてその間の管理者代行代行は――サーヴァント・セイバー『日本武尊(やまとたけるのみこと)』。そして、彼が万が一、いや十に一変な行動(殺し過ぎ)をとり始めた時に力づくで止める役割がサーヴァント・セイバー『アルトリア・ペンドラゴン』である。


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