Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】 作:たたこ
「何コレ」
「元気出して明ちゃん! こういう遊びは正気を失った者が勝つのよッ!」
一般人の常識に照らし合わせれば、直刀が浮遊してオネエ口調で喋っていること自体既に狂気である。
だがそれよりも明が呆然としていたのは、このボウリング場の状態であった――。
午前中の碓氷邸。影景は例によって家には帰ってきていないため、メンバーは明、日本武尊、アルトリア。
リビングにて、ヤマトタケルが昨夜春日市の巡回を行った結果を報告していた。
「昨日春日市を巡回していたが、特に異変は感じられなかった」
「そう。じゃあ、今夜はアルトリアに頼むね」
「はい。どこか重点的に「ボウリングをしに行くわよ! アキラ!」
「ボウリングよ! みんなで行きましょう!」
その時前触れもなく食堂に滑り込んできたのは、水色ニットにデニムのマキシ丈スカートのキャスターと、白ワンピースを着ているキリエだった。
こうしてみると、キャスターとキリエは姉妹に見えなくもない。
キリエは碓氷邸とアーチャーのホテルを行き来しているため、碓氷邸に入るときも結界は反応しない仕様になっている。
ただ結界を通った時点で把握されるため、明は驚きはしなかったが、話の内容は唐突だった。
「……ボウリング」
「そうよボウリングよ! 球を投げて棒を倒す現代の遊戯と聞いたのだけれど、それをやりに行きましょう!」
「でも私、ボウリングのやり方知らないの。ほら、蛇の道は蛇でしょ?」
話を聞くに、昨日キリエとキャスターズはなんとカラオケを楽しんでいたそうである。だが現代機器に疎いキリエ、知識としては知っているだけのキャスターズはマイクひとつで大騒ぎ、それに「デンモク」を全く使いこなせず、店員を読んで教えてもらったものの結果としてデンモクとマイクを破壊し、マイクなしで歌う謎の会になってしまったらしい。よく追い出されなかったものだ。
ゆえにボウリングでは、経験者を連れていこうと決めてここに至ったらしい。
ちなみに茨木童子たちが不在なのは、昨日のカラオケ騒動で現代文明機器疲れをしているから、今日は休憩として現代文明に触れるのを忌避しているとのこと。
「アキラは女子大生でしょう? 世間一般の女子大生って男とお酒を飲んだ後にボウリングかカラオケをして終電を逃してホテルに泊まるモノと聞いたから知ってるでしょう? ボウリングをしましょう!」
「その偏った女子大生の見方はどこから来たの? ……まあ、ボウリングに行くことはいいけど。ヤマトタケルとアルトリアも行かない?」
「私はむしろやってみたいのですが、アキラ、体は大丈夫ですか?」
一昨日の夜に、影景と戦ったことによる傷はまだあるものの動けはする。あまり激しくする気にはなれないが、一、二ゲームくらいならやれないこともない。
どうせ家に居てもすることもない。
「いいよ付き合うよ。駅の近くのビル七階が春日ボウルだったし。準備するからちょっと待ってて。二人も出かけられる服に着替えて」
というわけで、明・アルトリア・ヤマトタケル・キリエ・キャスターの五人で意気揚々と駅前のボウリング場へ向かうことになった。
アルトリアは白のワンピースに夏用のブーサン、明は黒のTシャツに日焼け防止のアームカバーをつけ、珍しくジーンズにヒールのないパンプス。
ヤマトタケルは黒字に白で「最強」と書かれたTシャツ、ジャージにスニーカーである。キリエは白のワンピースにメリー・ジェーン。キャスターは先ほどの恰好にサンダルの夏らしい軽装である。
碓氷邸から駅まで三十分歩くのは骨のため、近い私鉄を使って駅まで向かった。駅南口から正面に見えるボックスビルの七階。ボックスビルの一二階はファッション・アクセサリーの店舗が入っており、三階から八階まではゲームセンターやスポーツジムが入り、九階がレストラン街になっている。
一行がエレベーターで七階に到着すると、彼らから見て左側にずらりと三十のレーンが並び、それぞれレーンごとにモニターがありスコアを表示している。客の入りは半分に満たないのは、まだ開店したばかりだからだろう。
右手にはボウリングアイテムの販売を行っているコーナーがあり、そこを真っ直ぐ通り過ぎたところに受付カウンターがあった。
メンバーは五人。一レーン借りると少し回転が悪くて待ち時間が長くなってしまう。
あと一人いれば六人になって二レーン借りれるのに、と明が考えながら振り返ると――何故か一人増えていた。
「ん? 何を悩んでいる民草。さっさと手続きを済ませ始めようではないか」
そこには白いTシャツに下半身ジャージにボウリングシューズにボウリンググローブまで装着し素振りを繰り返すライダーと、彼の宝具であるフツヌシが平然と浮かんでいた。
「ライダー! 貴方、何故ここに!?」
「貴様なぜここに!? 帰れ!」
「フ、フツヌシ消して!」
「がーん! 私にボウリングする資格はないのォ!?」
上から順にアルトリア、ヤマトタケル、明、フツヌシである。聖杯戦争が終わっても、ヤマトタケルとライダーの仲はよろしくない。
アルトリアはライダーとの因縁はないはずだが、彼女はなぜか知り合いを思い出してどうも苦手なようだ。それとライダーが似ている、というわけではないそうだが。
受付カウンター前で盛り上がる客は珍しくなく、店員は苦笑いを浮かべているだけだったが、流石に浮遊する剣には我が目を疑ったらしい。
「……? 剣が浮いて……」
「気のせいですよ。六人で二レーンお願いします」
明が自分の背後にフツヌシを隠して早口でそう言ったとたん、ライダーはしれっとフツヌシを消した。ライダーも含めて受付を済ませたのだが、ヤマトタケルは明らかに不満顔だった。
「明! こいつとする気か!?」
「私はいいわよ? 多い方が楽しいって相場は決まってるじゃない!」
キャスター、それにキリエもライダーがいることに全く意義はなく平気な顔をしていた。
明としてはここで騒ぎになる事を避けたかったのだが、彼女自身もライダーのことは苦手だ。しかし放置するには危ない。一応人語は通じる相手ではある。
ヤマトタケルの訴えはスルー。
貸出靴を五足うけとり、それぞれに手渡しながら使うレーンを決めた。
「私とライダー、アルトリア。そしてヤマトタケル、キャスターとキリエで」
ライダーが平然と居ることの違和感が止まらないが、ボーリング自体は楽しいものだ。明自身、麻貴や日向と何度かやったこともある。得意というほどではないが、このように遊ぶ程度では困らない。
受付とレーンの間に、色とりどりのボールが並んでいる。碓氷邸で「球で棒を倒すゲーム」と言っていただけあり、キリエとキャスターは好きに球を選んで持って行った。
ライダーはマイボウルを持っていた。白い。
「ここにある球を投げて棒、ピンを倒すんだけど、好きなボウルを持ってって。二つあればいいかな。まあ二人はどんな重さのボウルでもいいと思うけど、ここに書いてある数字が大きいほど重いよ」
「重い方が破壊力あっていいですね」
「同意だ」
ボウルの列を目の前に既に目がマジになっているヤマトタケルとアルトリア。明はすっかり失念していたが、この二人は負けず嫌いだった。それも並ではない負けず嫌いである。その上二人とも勝負強い上に勝負勘も鋭いときている。
現に屋敷でヤマトタケルとアルトリアがチェスやオセロ、将棋を知り勝負を始めた暁には一勝一敗をお互いに繰り返し、誰か(明かキリエ)が止めなければ永久にやり続けている。
「うーん、別の意味で厄介なのがここにもいたか……」
「? 何か言いましたか、アキラ」
「いや、勝負ごとに熱くなり過ぎないようにね」
「、勝負事は真剣にしますが……」
自分でも負けず嫌いに自覚のあるアルトリアは、ごにょごにょと言葉を濁した。
さて明、ライダー、アルトリアで一レーン、ヤマトタケル、キリエ、キャスターで一レーン。
まずは経験者である明がボールを持ち、ヤマトタケルも並ぶ。まずは明が投げるのを見てから、ヤマトタケルが投げる。
「レーンの向こうに立ってるものあるでしょ。あれがピン。十本立ってるんだけど、ここからボールを投げて、あのピンに当てて倒す」
そう言って、明はボールを構えてレーン向こうのピンを見据えた。そして振りかぶり、ボールを放った――それはガーターに落ちることなく、見事ピンに当たったが、すべて倒すには至らず三本残った。しかも右端に1本、左端に2本。
「一回で倒し切れなかったらもう一回投げられるよ」
そうして明は再びボールを放ったが、今度は一本も倒せなかった。
「でも二回で倒し切れなかったらそこまでで、それが一回目のスコア。これを十回で一ゲーム。一回で全部倒すのが一番良くてストライク、二番目が二回で全部倒すのがスペア」
周りの客も、明と同じようなやり方で投げている。ライダー以外がふむふむと頷いたのを見て、とりあえず大丈夫そうだと明は思った。
「ならば俺もやってみるか。すとらいく、が一番いいのだな」
「うん」
ヤマトタケルは後ろに下がった。
助走でもするのかと思いきや、かなり――レーンから十メートル以上離れていた。明は急に嫌な予感にかられた。
「ちょっ待……」
ヤマトタケルが助走をつけて走り、レーン二メートル手前で飛び上がり――その滞空の間にボールを高く振りかぶり、魔力放出の力まで加えて、ピンに向かって投擲した。
転がしていない。直接ピンを狙って投げたのである。
コントロールは概ね正確、それゆえに一番重い球――十六ポンド七・三キロ――は人間に視認できるか怪しい超速度で激突し、ピンを倒すどころではなく吹き飛ばし粉々に破壊しおおせた。
爆発のような轟音、罅の入ったレーンにめりこんだボウリングの球。周囲の客は何事かと視線を寄越し、あっという間に店員がやってきた。
当の本人は腰に手を当て満足げだ。
「無事すとらいくだ。塵も残さん」
「あーいう感じなの? なら私も上手にできそう! いっくわよ~~!」
腕まくりをして片手で一つずつボールを掴みレーンへ走り出す、極めて危ないキャスターの腰に追いすがりながら明は叫んだ。
「キャスターそれは違う! そしてセイバー! しばらくバイト代抜きね!」
「何!? 最近げーむせんたーの機械を破壊した金を払い終わったばかりなのだが!?」
「どうしましたか!?」
駆け寄ってきた店員に、あわてて対応するのは勿論明である。どうせ監視カメラも動いていることだろうし、下手に誤魔化すことはできない。
軽い暗示をかけて、あとで監視カメラに干渉する手もあるが、魔術を脱法のために使うのはよくない。
「……投げるのはダメなのですね」
椅子に座っているアルトリアも不穏な事を言っていたが、今の様子を見て同じ轍は踏まないだろう。ついでに彼女と少し離れた場所に坐っているライダーはニヤニヤしてこちらを見ていたので、もしかしてこの男はこの顛末を予想していたのではないかと、明は大きなため息をついた。
とりあえずヤマトタケルが破壊したレーンは使用不可となり、すぐ隣――キャスターたちのレーンの右隣りへと移った。明は事情の説明をするために一時レーンを離れざるを得ず、ヤマトタケル達は「ボールを投げてはいけません。転がしてください」というごくごくまっとうな注意を受けていた。
「私の分も適当に投げておいて」と言われたので、代わりにアルトリアが明分も投げることにしてボウリング大会がやっと始まった。
「そうか。投げるもののピンは破壊せずに倒すのか……」
「ちょっとー! あの溝は何!? 吸い込まれていくのだけれど!」
「マスター投げるのヘタクソね~~」
キリエのような少女がボウリングの大きな球を放るのは見るにはかわいげがあるのだが、本人としては投げにくくガーター連発で御冠である。
ちなみに現在1ゲーム目の五回目であるが、いきなりストライク連発とはいかないもののヤマトタケルとアルトリアはあまりガーターせずにピンを倒せており、キャスターは考えているのかいないのかガーターしまくると思えばスペアやストライクをたまに出す。ライダーは謎の常連感を醸し出し、一番の好成績を収めていた。
「ちょっと! あれは何!? 向こうでやっている人のレーンには柵みたいなものがあるのだけれど! 卑怯よ!」
キリエたちから五レーンほど離れたところでプレイしている家族連れのレーンには、ガーターの溝に柵がついている。このゲームでガーター女王の名をほしいままにしているキリエの声を、通りかかった店員が聞きつけた。
「こちらもノーガーターレーンにできますけど、そうしましょうか?」
「あらそうなの? じゃあお願いするわ」
「ええ~~あそこの溝に落ちるのが楽しいのに」
「そういうゲームじゃないって、さっきアキラが言っていたでしょ!」
妖艶な美女と日本人形のような美少女の取り合わせが他愛ないことで言い争っているのは、周りから見ても微笑ましい。
だが、また別の取り合わせ――ヤマトタケルとアルトリアは戦場の空気を醸し出していた。
「このゲームならあなたが汚い手を使うことはなさそうですね」
「フン、俺が汚い手を使わなければ勝てないと言いたげだな、騎士王」
「そうは言ってはいませんが、あなたは汚い手を使いすぎです! 将棋やチェスでは目を離した隙に入れ替える、自分が危なくなったら盤をひっくりかえして勝負をなかったことにしようとする! それで勝ってうれしいのですか!」
「嬉しい! 結果がすべてだ!」
そう絶叫しながら、ボールを投げるため助走をつけていたアルトリアに向かい足払いをかけようとするストレート卑怯ヤマトタケル(危ないので真似をしてはいけません)。
しかしアルトリアもさるものであり、彼の足を華麗にジャンプして、同時にボールを持った手を後ろに振りかぶり、着地とほぼ同時にそれを放った。
それはいきおいよく、かつ真っ直ぐ転がりピンのど真ん中に当たり、見事にストライクを勝ち取った。誇らしげに足払いをかけようとしたヤマトタケルをちらりと見てから、アルトリアは振り返った。
「ライダー、あなたの番「フツヌシ、適当に投げておけ」
「エーッ!?」
タオルを肩に引っ掛けたライダーは、それだけ言って剣(フツヌシ)を放置して、出口の方へ向かって行った。
ライダーが意味不明なのはいつものことで、いちいち真意を考えていたらこちらが疲れてしまうためにヤマトタケルたちも大して気にも留めなかった。
ただ、フツヌシが投げることは流石に無理なのではないかと、皆が思っていた。
「アルトリアちゃん、レーンの前にボールを置いてもらえる?」
「……は、はい」
レーンの前にどんとおかれたボウリングの球。それに向かうは浮遊する剣。
「え~い!」
妙に野太い声で刀身がボールに当てられ、ころころと転がり出した。力が足りなかったのか今にもとまりそうなとろとろした遅さで進み、徐々に右に寄っていき、あと少しのところでガーターとなった。
「いや~ん、外しちゃった」
何ともコメントしがたい結果と神剣に、気にしていないキャスター以外は微妙な顔をして、見なかったことにした。
*
「ふぅ……」
ボウリング場の店員・店長を交えた話し合いが終わり、明はボウリング場から出て、エレベーター脇の自販機で一息ついていた。
右手に缶ジュースを持ち、何とはなしに窓から駅前を見下ろしていた。
碓氷は春日の地主であり、一レーンを破壊した程度で大事になりはしない。ただ非は百パーセントこちらにあるため、修理代は払わなければならない。またヤマトタケルのバイト代は修理費用に消えることだろう。
前述したが、こういうトラブルごとのとき、一般人相手でも明は暗示を使わない。魔術はそのような俗事に使うことではないという想いではなく、自分の修行のため――きちんと人と話して交渉の術を身に着けるためだ。そもそも、海千山千の時計塔の魔術師に暗示など効かないのだから、自力で交渉できなければいけない。
父の影景であれば今の状況でも地主の立場も利用して、白を黒と言い張り丸め込むだろう。明もそこまでいかなくとも、それくらいの意気込みでいたほうがいいことは解っている。ただでさえ女は男より舐められがちだ。
良心とか、気が退ける、とかはきっとつけ込まれるだけなのだ。
しかし今ここに一人でいるのは、話し合いの疲労とは無関係である。キリエたちと共にボウリング場に来たはいいものの、あまり体調がすぐれなかった。
影景と戦った時の怪我ではなく、なんとなく風邪っぽくなっているのだ。風邪っぽいだけ、気分転換に出かけるならむしろいいだろうと思っていたが、少々舐めていたかもしれない。
投げないで座って見ていようかと思ったが、心配をかけるなら断って一人で先に帰るべきか。さしものヤマトタケルも最初はああだがルールを知れば無茶はしない、というか明に迷惑になることはしない。
空になった缶を片手に、とりあえずボウリング場に戻ろうと踵を返した。
「一体何しに来たんだろう私は……」
「おや、一球も投げずに帰るのか」
「!……」
何故気配に気づかなかったのか。
いつの間にか目の前には白のポロシャツ、黒ジャージにボウリンググローブ装備のやる気に満ち溢れたライダーが立っていた。というか、近い。
しかも明は壁にもたれかかっていたため、壁際に追い詰められている感さえある。
「……来ておいてなんだけど、あんまり体調がよくなくてね……」
「ふむ。確かに白い顔をしているな」
「……ライダーこそ、そんなに気合の入った格好してるのに抜けてきていいの」
どの陣営のサーヴァントも、今となってはかなり現代に順応している。その中でもライダーは謎のアーティスト活動を始め、このように現代の遊戯にもやたらと詳しくなっている。ついでに、結構形から入るタイプでもある。
だが、いくら現代に馴染んでも、普通の人間のような顔をしていてもサーヴァント――しかもヤマトタケルの
いくら性根から悪いものではないと頭で分かっていても、明はこの男が苦手だった。
明の内心を知っているのかいないのか、ライダーは笑った。
「何、ゲームは長い。楽しみはまだまだこれからだ。だがその前に、お前に礼を言っておかねばばらないと思ってな。だから探しに来たのだ」
「……え、私、何かした?」
ライダーに礼を言われるようなことは何もしていない。
そもそも、あまり話す機会もなかった。
「公は他のサーヴァントより現界が遅かった。ゆえにその分、現世を満喫できぬまま戦争の終わりを迎えてしまった。しかし今こうして思う存分現世を謳歌している――そのことについて、礼を言わねばな」
それは、明が礼を言われるようなことではない。
たとえ明とセイバーたちが無事に聖杯戦争を終わらせた立役者であっても。
「……やっぱりそれ、私にお礼を言うのは違うよ」
「そうか。だが公は心の底から喜び、楽しんでいるのだ。礼を言おう」
違うと言っているのに、ライダーは全く人の話を聞いていない。
「しかし碓氷明――どうせ消え「アキラ!」
明の前――ライダーの背後から鋭い声を飛ばしてきたのは、アルトリアだった。なかなか戻ってこない明を気にかけ、探しに来たのだ。
傍から見れば大の男が女性を壁に追いつめているように見える、というかその通りなのだが、それ以上に相手がライダーであることに、アルトリアは警戒していた。
特に悪びれもせず、ライダーはすっと明から離れた。「礼は言ったぞ」と妙にご機嫌で、あとをアルトリアに任せてさっさとボウリング場に戻ってしまった。妙な緊張の糸が切れた明は、大きなため息を吐いた。
「アキラ! 大丈夫ですか!? ライダーは何を」
「……いや、ほんとに大した話はしてないんだ。でもあんま具合がよくないから、先に帰るよ」
「なら私も付き添います」
「どうせヤマトタケルと仁義なきスコア争いしてるんでしょ? こうしてる間にも何してるかわかんないよ」
「そ、それはそうですが」
似た者同士か同族嫌悪か、アルトリアとヤマトタケルは仲が良くは見えないのに色々な場所で張り合っている。互いに負けず嫌いなことが大きいのだろう。
これは一周して仲が良いのではないか。
「でもアキラの具合が悪いと聞けば、彼とて一緒に帰ると言いますよ」
「……たしかに」
しかし明だけならまだしも、アルトリアとヤマトタケルも共に帰ってしまうといきなりメンバーが半分になってしまう。既に三ゲーム分のお金も払っており、少しもったいない。
だが明が一人で帰ると言えば、彼らは体調の悪いマスターを放っておけないと言いだす。
ここはじゃんけんをしてもらって、負けた方に一緒に帰ってもらうことにしようと明は決めた。荷物はボウリング場のロッカーに入れてあるため、二人でボウリング場に歩き始めた時、明は口を開いた。
「ねえ、アルトリア。ちょっと聞きたいんだけど」
「何でしょうか」
「……最近、変なことない?」
漠然とした問いに、アルトリアは首を傾げた。「変な事、ですか。春日の聖杯戦争が再開されたことですか?」
「それ関係ではあるんだけど、アルトリア自身に何かない? 以前はなかったけど、最近なんか変だな~って思う事とか」
するとアルトリアは暫く考え込んだ後に、その顔を上げて真っ直ぐに、しかしどこか引け目のある目で自分のマスターを見返した。
「……あまり気分を害さないでほしいのですが」
「うん。何?」
「時々変な気分になると言いますか……。私のマスターは、本当はアキラではないような錯覚にとらわれることがあります。何かを、誰か忘れているような……」
――少年は荒野を往く。
たとえその終わりが報われるかはわからなくても、その理想が借り物であったとしても
――人間として破綻していても、理想を目指すことは間違いではないと信じた誰かがいた。
……ような、気がする。
「……そっか」
「……! いや、はっきりしない話で申し訳ありません。それに私のマスターはアキラです」
ぶんぶんと首を振り、力強く握り拳をつくるアルトリア。
その姿が微笑ましくて、中身は自分より年上であると知っているのに、明は思わず笑った。
「うん、知ってる。ありがとう」