Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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5日目 境界主ヤマトタケル
昼① 進路相談with平安貴族


「あ……?」

 

 目を覚ますと、飛び込んできたのは真っ白い天井だった。アーチャーのホテルだとはすぐに気付いた。

 だが何か……すぐ隣に固くて大きなものが横たわって、自分がベッドから押し出されそうなことにも気付いた。落ちないように気をつけながら上半身を起こすと、何故か隣にはランサーが気持ちよさそうに眠っていた。

 

「……なぜにランサー?」

 

 左隣に同じサイズのセミダブルベッドがあるのに、何が悲しくて男二人して同じベッドで寝ているのか。

 と、その時、出入り口である木製の扉が開かれた。

 

「まーったく何をしておるのじゃそなたは。それにランサー、いつまで寝ておる」

 

 朝から上下スーツでキメたアーチャーがノックもなしに立ち入り、ランサーの顔面を扇でばしばしと叩いた。

 ランサーはうめき声をあげると、面倒くさそうに上半身を起こした。

 

「おやアーチャーか。久しいな……? 待て、何故儂はここに?」

「そなた、美玖川の河川敷で新たなサーヴァントと交戦して深手を負ったであろう。一成も疲労しておったゆえ、私がそなたらをここまで連れてきたのじゃ」

「……じゃあ、榊原は?」

「あの女子も一緒であった。だがそなたらが起床するよりもずっと早く起きて、出ていった。ほれ、書置きを預かっておる」

 

 電話のそばに置いてあるような簡易なメモを二つ折りにしたもの。一成はすぐに受け取って開いてみた。

 

『調べたいことがあるから、今夜の巡回はパス。明日はやるからよろしく。榊原』

 

 一成は一度目を閉じて、昨夜の出来事を思い出そうとした。

 確か美玖川の河川敷で、ハルカ・エーデルフェルトとキャスターに出会い、交戦した。一成と理子はキャスターと戦っていた。ランサーが深手を負い、一成たちもキャスターに敗れそうなったところでアーチャーがやってきたのだった。

 

「……! アーチャー! 来るのが遅い!」

 アーチャーは一成の文句もどこ吹く風である。「きちんと呼びかけには応じたではないか」

「……しかし、あのハルカ・エーデルフェルトなる者……人間にシテは強すぎる。何らかの仕掛けが……キャスターはどうみても戦闘向きのサーヴァントではなかった。キャスターの力で強化されている可能性もあるかもしれん。それでもあの身体能力……最初から宝具の鎧を身につけていくべきだった」

 

 ランサー自体が対魔力を持つクラスであること、さらに彼は「無傷の誉れ」という防御スキルを持つことで、Bランクの魔術を放たれてもそのままダメージを受けることはない。スキル分だけ威力が減殺されるので、彼はハルカのAランク相当の宝石でも即霊核を破壊されるまでには至らなかったが、あの時のダメージは深かった。

 

 しかし思いのほか傷の治りは早く、既にランサーの深手はきれいさっぱり治っていた。アーチャーは二人を見比べてから、ランサーに顔を向けた。

 

「ランサー、そなたは己がマスターのもとに帰るがいい。どうせあの娘のことじゃ、巡回で手に入れた情報はキチンと報告しろと言っているのであろう」

「その通り。……一宿の礼、いつか返す。しかし陰陽師、今晩は巡回するのか?」

「……いや、榊原今日これないつってたし、なしで」

 

 ランサーは軽く頷くと、ベッドから腰を上げて部屋から出て行った。さて、自分はこれからどうするべきか、と一成は腕を組んだ。

 だが首根っこをつかまれそのまま引き上げられ、無理やり起立させられた。

 

 そういえばアーチャー、見た目はただのオッサンでも、筋力Cだった。

 

「なんだ?」

「さて一成や。今日は久々にマスターとサーヴァントとして交誼を結ぼうではないか♪」

「キモッ」

「心外じゃのう。私は日々なすべきことがあっても、きちんとそなたのことを考えていたりいなかったり、そういえばそんなやつもいたな、惜しいやつを無くしたと追憶したりしているのじゃ」

「勝手に殺すな!」

「食事ならこのホテルのレストランの方が高級ではあるが、私は案外この時代の庶民の味が嫌いではない。というより食事に多様性が出過ぎてマジヤバい。ところで私は焼肉が食べたい」

 

 一成のツッコミを聞いているのかいないのか、やたらと軽い足い足取りで出かけようとするアーチャー。というか今から焼肉を食うのか、まだ朝ではないかと一成は思ったが、時計を見たら十一時を回っていた。

 昨日は巡回をしていたとはいえ寝過ぎの感はあるものの、陰陽術を使った疲労などまるでなかったかのように体は元気だ。ランサーも昨日の深手などなかったような顔をしていた。一成は首を傾げた。

 

(そういえばランサーって、傷はつきにくいけど一回傷つくと治りにくいんじゃ……)

 

 

 

 

 で、焼肉だが。アーチャーは事前に焼肉店を調べていたようで、駅近くのビルにある焼肉店へと一成を引きずって行った。

 一成が春日にやってきたころに立ったらしい新しいビルの七階にある「焼肉 清水苑」へと足を踏み入れた。焼肉店としては高めな部類ではあるが、ランチタイムは二千円台の焼肉ランチを提供しており、利用のしやすい店である。

 ただ仕送り的に贅沢できない一成は一度も訪れたことはない。

 

 店内はモダンでシックな雰囲気で、黒が基調となっている。個室席、打ち上げなどに利用できるソファ席、カップル向けのペアシートなどがある。

 最近はやりの一人焼肉には向いていなさそうではある。

 客の入りは五割くらいだろうか。稼ぎ時はやはり夜か、昼の今は混んでいるというほどではなく過ごしやすそうだ。

 

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか」

「二人だ。個室で頼む」

 

 通された席は四人掛けで、テーブルの真ん中に肉を焼くための炭火の七輪が埋め込まれている。壁上部が開いている以外は区切られている、半個室だった。

 

「とりあえずオススメの贅沢コースにしておくか。食べ盛りなそなたのことじゃ、足りなければ追加で何か頼むがよい」

「クソ……ごちそうになります……」

 

 アーチャーの選んだ贅沢コースは一人七千円、塩焼き三種盛り合わせ、タレ四種盛り合わせ、前菜、選べる三種盛り合わせ、ごはんもの、デザートのコースだった。A5ランク国産黒毛和牛という文字が躍っており、行くにしてももっとリーズナブルな焼肉屋で食べ放題の土御門一成としては拝むしかない。

 背に腹は代えられないのだ。一成はついでにライスも頼んだ。

 

 一成は先に運ばれてきたキムチの盛り合わせをつつきつつ、アーチャーは昼から生ビールをちびちびやっている。

 

 いや、まあ、しかし。

 自分が腹を減らしていたこともあるけれど、アーチャーがこういう風にどこかに行こうと言いだすときは何かあるのだ。それもそこそこ以上に大事な話で。

 

「一成」

 予想通り、来たと一成は身構える。「何だよ」

「――最近、学校はどうじゃ」

 

 はい? 最近仕事で帰りが遅く、子供とのコミュニケーションに困った父親のような言葉である。流石に意図が全く分からない。

 丁度店員が塩焼き三種盛り合わせ(ザブトン、牛タン、上ハラミ)とタレ四種盛り合わせ(ミスジ、上カルビ、ロース、上中落ちカルビ)の皿を運んできた。ザブトンには細かく美しいサシが入り、牛タンはスモークが輝き、上ハラミは赤身と白身のバランスが絶妙で油が載ってそうだ。

 タレに浸かったカルビたちも、今か今かと焼かれるのを待っている。

 

 火は店員がつけていったため、七輪も準備万端だ。一成は何も言わずにカルビを取り網の上にのせ、アーチャーも無言で牛タンを乗せた。

 

「学校、どうもこうも普通だよ」

「む、何かしらあるじゃろう。そなた、来年の三月で高校とやらを卒業するのだろう?そのあとはどうするのじゃ」

「ぐ……」

 

 それはずばり喫緊の課題である。せめて大学受験をするかどうかは夏休みが終わるまでに決めたいところなのである。

 そして、魔術とどう付き合っていくのかも。

 

 ある意味一成の立場は、恐ろしく自由である。魔道の家柄であることには変わりないが、土御門家の跡継ぎではないために一般人として生きていくこともできる。

 だがもし望むなら、陰陽師として――魔道の徒として生きることもできる。

 

 故に問題は「一成自身がどうしたいか」なのである。

 

 クラスメイト達にも明確に将来なりたい職業が決まっている者もいるが、まだ特に決めておらず「とりあえず大学で興味のある勉強をしよう」と思っている程度の者もいる。しかし魔術を生業とするのならば、今大学に行くことにしてもその心づもりをするべきである。

 

 一般人となるか。魔術師になるか、もしくは――魔術使いとなるか。

 

 ――いや、もうおぼろげでも心は決まっているような気がする。

 

 

「私の生前では全く考えられなかったが、今を生きる者は未来が白紙――なりたいものになれるという。うらやましいことでもあるかもしれぬが、逆になりたいものが見つからないままの者にとって、本当にそれは幸いであるのか。逆に自由を、白紙であることを恐れて逃げ出す……と、一成や、その肉食べられるのではないか」

 

 じゅうじゅうとかぐわしい香りを上げる牛タンをひょいと取り、塩だれのシンプルな味を楽しむ抜け目のないアーチャー。想いに耽っている場合ではないと、一成は慌てていい具合に焦げ目のついたカルビをつかみ、白飯にワンバウンドさせてから口に運ぶ。

 

 信じがたいほどに柔らかく、甘辛いタレと肉汁が共に口腔に広がり、肉の香もさらにつよく感じられる。

 

「……これぞ……肉……ッ!!」

 

 テーブルにつっぷし、涙さえ流しかねない強い感情に襲われた一成は中おちカルビを三枚掴んで一気に焼き始めた。

 食べ盛りらしい豪快な焼き方であるが、アーチャーは情緒がないのうとつっこんだ。

 

 その時、店員が三種盛り合わせ――トロホルモン、豚三枚肉、鶏モモ――と、石焼ビビンバ・わかめスープを持ってきた。

 

 

「私としてはそなたが魔術寄りでも一般人でもどうにかなると思っているが、仮に魔術の道である場合、千里天眼通のことはどうするのじゃ」

「……それなんだよな」

 

 自分が育てていた牛タンの焼き具合を伺いつつも、一成は唸った。

 アーチャーは話を振りながらも、こちらはこちらで熱い熱いと言いながら石焼ビビンバを堪能していた。

 

 千里天眼通――聖杯戦争中に覚醒した、一成の魔眼。正確には魔眼のカテゴリでないそれは、一時的にアカシックレコードへアクセスするとっておきの切り札でありながら厄ネタである。

 ただ聖杯戦争が終わった時点で、キリエとのパスもない状態では起動分の魔力すら足りないため、使用できなくなっている。

 

 だがそれでもあまりに予想外、かつ並外れた力であるために、この眼が実家にバレたら一発逆転で一成が次期土御門当主となる、ならされてしまう可能性も大いにある。

 

 千里天眼通のことを知るのは碓氷明やセイバー、アーチャーやキリエなどごく一部だけ。

 もしかしたら、明が話したことで碓氷影景も知っているのかもしれない。

 

「……私が視るにそなたは、まだ魔術の世界に未練があるように思うが」

「……そうだな」

 

 芽は余りでなかったが、中学生までは真面目に魔術の修行をしていたのだ。

 これでも昔から魔術は身近であったため、魔術に憧れている気持ちはない。そして家の魔導を絶やすまいとする気持ちも、今は淡い。

 

 それでも未練があるのは――芽はでなかったけど、修行で魔術を行うことが好きだったからだ。

 

 それに聖杯戦争。今もあの戦争を復活すべきでないし、永遠に絶つべきものだと思っている。

 だがそれでも、あの戦いを通してかけがえのないものを得てしまい、自分と向き合うことにもなった。

 一成にとって聖杯戦争は、深い意味を持つ出来事だったのだ。

 

 

 ――せっかくならば、人の役に立つことに魔術を使いたい。

 

「しかし、魔術がらみの道を歩むつもりならそなた、家を継いでしまった方が早くはないか? そなたが当主となってしまえば少なくとも土御門の魔道は好きにできよう……土御門ほど長い歴史を持つと、周囲のしがらみも多そうではあるが」

「それもちょっと考えた。けど俺は真理のために、五行の為に人の命まで擲つことはしたくない。でも俺がそう思うだけで、俺の先祖が五行の為に他人だけじゃなく自分までも擲ってきたことを無にするのは違うと思う」

 

 自分が正しいと思う事が、他人にとっても正しいとは限らない。土御門家の魔道が様々な犠牲を払っていても、即ち先祖がすべて人非人とはいえまい。

 

 しかしその犠牲は何のためにあったのか。

 本当に世界の総てを記したもの――五行に辿り着くことだけが目的だったのか。

 辿り着いて、したいことはなかったのか。

 

 その考えを読んだように、アーチャーは肉を焼く手を止めた。

 

「私は魔術師ではないからのう。だが五行を極めるその理由は――単によりよい世界を求めていただけかもしれぬ」

「――ああ」

「根源――五行を掴めば世界の全てがわかるという。ならば今より多くの人が幸せになれるはず。ゆえに五行を読み解くため、魔術、陰陽術を使う。それが時を経て――目的と手段が入れ替わることなど、よくあるであろう?」

 

 魔術師とは学者であり、研究者である。ものごとの真理に迫る方法が科学ではなく、魔術であるだけで。

 一般の学者・研究者も勿論興味から始まり、興味のままに研究をする人々もいる。

 だが興味と共に、この学問は世界を良くすると思って研究をする人もいるだろう。安直に魔術師と彼らを比べることはできないが、何を思って真理を求めるか――それは自由だ。

 

「そなたがミュージシャンになりたいとかであれば家をおん出るのも悪くはないが、魔術に関わりたいのであれば家から離れる――逃げるべきではないと思うぞ? 人脈や権威には事欠かぬ。人脈マジ大事」

「……なるほどな」

「だが歴史が長すぎるというのも困りものでな。腐敗の程度にもよるな? 人脈を構築しなおすのに一生涯を費やすのも、そなたとしては不本意であろう」

 

 一成は実家に不和こそないものの、何だかんだ継ぐことに抵抗があった。かつては素直に家を継ぐ気だったが、魔術の才がないからと跡継ぎから外された。

 跡継ぎでなくなったことは仕方がないと思っていたが、天眼通がある今、これを伝えればむしろ次期当主にさせられるだろう現金さに対する嫌気である。

 でも魔術は嫌いにならなかった。

 

 嫌だったものは人を犠牲にすることと、これまでの土御門――現当主嘉昭の方針である。

 

(お爺様か……)

 

 もう幼少時からの刷り込みのため、一成はまだ祖父が少し怖い。最初の魔術の師であり、尊敬もしていたが――今はもう、その方針には従えない。

 悶々と考え始めてしまった一成に対し、せっせと肉を焼いて食べるアーチャーは軽く話を変えた。

 

「いっそ、碓氷の婿になるのも一案? それに榊原の姫もきっと婿をとるのであろう?跡継ぎとそなたは申していたが」

「ブゥッホォー!!」

 

 一成は水を飲んで一息入れていたつもりが、思い切り吐き出した。吐き出された水はモロに、おいしく焼けた食べごろの肉がのっている網の上に降りかかった。

 

「こら意地汚い肉の確保の仕方をするでない」

「オフッ、お前がヘンな事言うからだろが!」

「いやいや脈はなくもないぞ? 碓氷の姫に前に婿に来ない? って言われたそうではないか。それになんやかや天眼通持ちはいいアピール材料であろう」

「碓氷の「婿にこない?」はいい奴だね、ってくらいのノリだからな!? 榊原はそもそも俺を好きでも何でもねえよ!」

「私の名言知っておるか?」

「望月の歌か?! つーか自分で名言っていうのかよ!」

「それは黒歴史ゆえ疾く忘れよ。それではなく「男は女がらなり☆」。男の価値は妻の身分で決まる、つまり現代っぽく言えば嫁選びは力入れろよ! という意味じゃ」

 

 今だ意味深な笑みを向けてくるアーチャーに対し、一成は空いた左手を振った。

 

「っていうか結婚の話はいい! 進路の話はわかった! ちょっと碓氷にも相談してみる!」

「婿入りの相談?」

「婿から離れろ!」

 

 

 

 

 

 

 焼肉に舌鼓を打ち、デザートの杏仁豆腐を堪能してから二人は店を後にした。その後、一成は洗剤や食材などの日用品を買うべく、駅ナカのドラッグストアと食品売り場に立ち寄った。いつもは安いショッピングモールにまで足を運ぶのだが、暑すぎてそこまで歩きたくない。

 暇なのかついてきたアーチャーは、世間話のように話しかけてきた。

 

「そなた、今日の巡回は無しだったかのう」

「ああ」

「そういえばあの榊原の姫、昨日遠目から少し魔術を見ただけだが、神道の魔術師らしいのう。大口真神など、私も見たことがなかった。よもや現代に残っておるとはな」

 

 大口真神――「おいぬ様」として現代にも信仰を集める狼。

 人語を解し、人間の性質を見分け、善人を守護し、悪人を罰し、魔を払う神代の獣。

 

「あいつの実家、お犬様とか奉ってる神社だったし。……真神がすげえことはわかるんだけど、なんか真神、キャスターを襲わなかったんだよな」

「……ふむ……。そういえば、大口真神は日本武尊にまつわる伝説があったはずじゃ」

 

 

 日本武尊の東征において、とある山から西北に進もうとした時、邪神である大きな白鹿が道を塞いでいた。彼は野蒜を投げつけて退治したが、その時山谷が鳴動し霧が発生して道に迷ってしまった。そこに忽然と白狼が姿を現し、彼らを西北へと導いた。

 その後、日本武尊はこの白狼に命じた。

「これよりお前は大口真神としてこの山に留まり、全ての魔物と魔性を退治せよ」と。

 

 

「神代に生きた獣を、たとえ格落ちしていたとしても、現代の魔術師に操りきれるとは考えられぬ。あの女子の家は、歴史ある神社だとすれば碓氷と同様地元では管理者のようなものでもあろう。その土地を護る、という一点において真神と目的が一致するゆえ、契約と取り交わし使い魔として使役されることを許しておるのだろうよ。それゆえ、契約の強度は著しく低く、真神は絶対服従を強いられているわけではあるまい」

 

 色とりどりの洗剤をそぞろに眺め、時折手に取りながら、アーチャーは続ける。

 

「あれは魔除けの獣、魔を食い破るために生まれたもの。大概の魔術は正面から食らい尽くす。もし日本武尊がライダーで召喚されたとしたら、真神自体が宝具でも可笑しくないぞ」

「……おう。それ以外にもちょっと気になるのがあったんだけど」

 

 一成は適当に食器洗い用中性洗剤詰めかえパックを手に取り、籠に放り込んだ。その隣のボディーソープコーナーにたらたらと足を運んだ。

 

 

「何じゃ」

「あいつの遠当て、なんか……お前の弓矢っぽかったんだよな」

「? 幸運補正がかかるトンチキ飛び道具使いなど、私くらいだと思っていたが」

「自分の弓がトンチキ飛び道具って意識があったことに驚いたよ!」

「「運が良かったから中った」って言葉に起こすとマヌケそのものじゃろう……話がそれたな。流石に私っぽい、だけではわからぬよ。私は詳細に見ておらぬ」

「そりゃそうだよなあ……」

 

 直接理子に聞いてしまえばいいのだが、魔術師は他家に魔術を秘匿する。日本の神道・陰陽道においては西洋の魔術よりも民間習俗化している部分が多いため、比較的緩やかではあるものの、進んで公開する者はいない。

 しかも今すぐ知らなければ困る事柄ではなく、一成の好奇心によるところが大きいため、この話はここで終わった。

 

「さて、今日は巡回をしないそうだが、明日以降は私も付き合おう。行くときは呼ぶがよい」

「? わかった」

 

 どういう風の吹き回しか。ランサーは自分のサーヴァントではないために毎回手伝わせるのは少し申し訳ないので、アーチャーがそう言うなら遠慮なくコキ使おうと、一成は心に決めた。

 

「でもやっぱ回るかな……一応、マスターとサーヴァントがいるわけだし」

「死人が出るような異変でもないようであるし、無理して回らんでもよいのではないか」

「……は? 死人が出ないって、あいつらは殺す気満々じゃないか?」

 

 キャスターとハルカ・エーデルフェルトは悪人には見えなかったが、さりとて一成の話を聞く気もなさそうだった。

 正しい聖杯戦争のマスターとして、敵を殺そうとしている。

 ただ、春日そのものに不審な人死にはなく、ハルカはサーヴァントに一般人の魂を食わせる暴挙に出るとは思えないため、喫緊で対応しなければならないことはないだろうが。

 アーチャーは扇子で口元をかくしながら呟いた。

 

「……それもそうさな。すまぬ、何か勘違いをしていたようじゃ」

「……? 変な奴だな。まあ、今日は休むか……」

 

 物珍しげにカップラーメンや大袋入りのスナック菓子を眺めるアーチャーを引きずりながら、一成は洗剤とボディーソープ、カップラーメン数点、ついでに服の防虫剤やトイレットペーパーなど色々カゴに放りこんでいく。結果的に思ったより荷物と出費が増えた状態で会計を済ませることになってしまった。

 

「こちらレシートになります。また、今抽選会を二階で実施しておりますので、ぜひご参加くださいませ」

 

 レジのお姉さんから渡されたのは、言葉通り「大抽選会」と銘打たれたチケットであり、駅ナカの施設で三千円以上の買い物につき抽選券一枚を配布しているようだ。

 普段ならそんなイベントをやっているのか、と思うだけだが、振り返れば――

 

 そこにはまだ抽選すらしていないのに、ドヤ顔をキメたアーチャーがふんぞり返っていた。

 

 

 

 

 二階の抽選会場。予想通り、抽選のためにチケットを握りしめ多くの人が並んでいた。そして数十分後、そこには「目録」と書かれた大きなのし袋を持つアーチャーがやっぱりふんぞり返っていた。

 

「なんかお前、そろそろ不正を疑われそうだよな」

「何を失礼な。私は清廉潔白にしてクリーンな行いをモットーにしているというに」

 

 一ミリも本心が感じられない言葉はともかく、予想はついていたとはいえ、アーチャーは見事抽選会特賞の「旅行券十万円分」を手に入れたのであった。

 

「しかし特賞で10万円か、世知辛いのぉ。……ほれ、元はそなたの買い物による抽選券じゃ。好きに使うがよい」

「お、おう。ありがとう。……けど誰とどこ行くか。定番だと箱根とかの温泉なのか? USJとか?」

 

 哀しきノー彼女である一成は、友人の桜田や氷空を誘おうかと考えていた。だがアーチャーは、予想外のことを言いだした。

 

「ここは碓氷や榊原の姫を誘うのはどうじゃ」

「お前婿の話引っ張りすぎだろ」

「話は最後まで聞くがよい。彼女たちだけでなく、友人の桜田や氷空も、セイバーやランサー、キリエなども誘い、スーパー銭湯で宿泊してみてはどうじゃ。春日にもあったであろ、スーパー銭湯」

 

 高級志向のアーチャーとは思えない発言に、一成は面食らった。

 行ったことはないが、春日市の南に温泉を引いているスーパー銭湯があることは知っている。露天風呂、サウナ、岩盤浴、別料金だがエステやマッサージもできるそうだ。

 宿泊施設もついているタイプで、和室を選べば何人か入れそうだ。

 それにあくまでスーパー銭湯なので、一人頭の宿泊料金も一万円を切るはずだ。

 

「なんか修学旅行みたいだな……でも、それはそれで面白そうだな」

 

 桜田と氷空で遊ぶのは良くやることだが、たまには別の面子――聖杯戦争の面子で集まるのも楽しそうではある。

 そもそも、滅多に集まる顔ぶれではないから。

 

「ある程度人選ばないとクソめんどくさそうだから、基本は一緒に戦った面子中心にするか……」

 

 悟は社会人でもあり、今から急に予定を合せてもらうのは厳しいだろうか。正直ライダーとか面倒くさそうなので呼びたくない。咲は私立中学で、早くも学校が始まっていたっけ。などとかんがえつつ、一成はスマホで彼女ら、彼らにスーパー銭湯聖杯戦争合宿のお誘いメールをせっせと送ることにした。

 


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