Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

32 / 84
昼⑦ 碓氷と土御門と榊原

 以上の顛末を以て、明はセイバーズに助けられつつ碓氷の屋敷に戻ってきたそうだ。

 

「だから、今刺し傷とかガンドによる体調不良が尾を引いてて具合が悪いんだよ。……明日には大分元に戻っていると思うけど」

 

 明はまた大きなため息をついた。大したことではない、と事実を述べて、さらに父へのコメントもないあたり、彼女にとっては当たり前なのだ。珍しいロングスカートに夏の長袖も、理子や一成相手に傷を見せる気がなかったからだろう。

 

 一成はどうコメントすればいいかわからず、黙って頷いていた。

 だが、気になる事もある。

 

「……俺、もしかして帰った方がいいか。お前寝てた方がいいんじゃね」

「……んー、話してるだけなら平気だし。なんか聞きたいことありそうだけど、応えられる範囲なら応えるよ」

 

 碓氷の魔術についてならばさらっと表面を撫でる程度の説明に限るけど、と付け足して明は一成を促した。

 

「じゃあ聞くけど、お前のお父さんって何者?」

「……さっきの話の中でもう言ったけど、魔眼持ちの魔術師。私に対しては特攻持ってるの?ってくらいに強いけど、元々戦闘向きではないよ」

 

 碓氷家の魔術特性は「分解」。分解は破壊ではなく、ひとつのものを要素や部分に分けていくことである。そこから「分析・解析」――要素や部分を分けた後に構成を解明していくこと――へ通じた魔術師が碓氷影景である。

 この性質は碓氷の家の魔術としてもおあつらえ向きの体質で、彼は他の流派でも呪術でも一度見れば大抵は見抜いてしまうのだが、悪く言えばそれだけなのだ。

 

 例えば一流の短距離ランナーがどうしてそれほどまでに速く走れるのか理屈で説明ができても、自分がそのランナーと同等に走れるようにはならないのと同じで、冠位や封印指定魔術師の絡繰りを見抜いても彼らに勝てるわけではない。むしろ明の方がよっぽど戦闘に向いている。

 

 しかし影景が明に対してめっぽう強いのは、明は生まれた時から影景の分析下にあり続けているからである。魔術回路の特質、詠唱の過程、魔術と魔力の性質――それを明本人よりも熟知している。

 ゆえに本来は難しいとされる他の魔力への干渉をも、明相手には易々と行って見せるのだ。

 

 自分の魔力を相手の魔術回路に叩き込み回路をショートさせる、相手の詠唱に魔眼で割り込み魔術の発動を止める、相手のコントロール下にある魔術をハイジャックする――これらは通常、熟練した魔術師に行えば自分の回路がダメージを受ける行いだが――ことを可能にしている。

 

 これらの魔術は入念な下調べと解析するだけの情報があれば明以外にも勿論行使可能であるが、まず魔術師は他家に魔術を披露せず、おめおめと情報をくれることもまずないため、実際に行うには「まず一度本人と対峙して戦わ」なければならないことが殆どだ。

 

「名付けて解析見稽古(アナリシス・リハーサル)!」「二回やれば私が勝つ」が影景の口癖であるが、まずは一回を生き延びなければならない。

 

 勿論影景とて戦闘に使いやすい魔術もある。ガンドにルーンは元々家の魔術だから当然としても、流派の違うノタリコンを応用して詠唱を極限にまで短縮し、恐ろしい速度で魔術を放つ。また元々燃費のいい回路を調整し更に回転数を上げているため、一気に力づくで片付けるのは得意である(かつて出会った青の魔法使いを真似してみたそうだ)。

 

 また分析・解析を得意とする性質上「強化」魔術のプロフェッショナルでもある。

 強化魔術にあたって、全身全部を強化するのは魔力の無駄で効率も悪い。通常、早く走りたいのであれば脚力を、腕相撲で勝ちたいなら腕力を、必要な部分にだけ強化をかける。影景の強化はそれをさらに極めたものであり、解析結果をもとにどれだけの魔力を使い、どこをどの程度強化し、なおかつ流動的に配分を変えてのける。

 一見した性格は(おおらか)であっても、魔力・魔術のコントロールは正確無比。性格が面倒くさい(繊細)方でも、コントロールは丼勘定の明とは正反対なのだ。

 

 

「良くも悪くも魔術師だからね。魔術師としては尊敬できるところもあるけど、一般倫理的にはクソだから……セイバー、無理に仲良くしようとしないでいいから。無理そうだし」

 

 ヤマトタケルはむっつりと黙り込んでいて、ウンともスンとも言わない。明の父が解析するのは魔術だけではないと、流石に一成もわかっていた。碓氷影景は碓氷明を殺すものではなく、むしろ成長を望んでいる。

 ただ、その過程でどれだけ傷だらけになろうと厭うていないだけで。当の明は父親の話にはあまり興味がないようで、あっさりと話題を変えた。

 

「で、話戻すけど、一成は春日の調査をするんだよね。ちゃんとアーチャー連れてきなよ」

「あー……まー……そだな……」

 

 明らかにアーチャーは気乗りしなさそうだったので誘わないでもいいかな、と思っていた一成ではあるが、そうしないと理子に頼りっぱなしになりそうである。それに知らないサーヴァントがいるのなら、こちらもサーヴァントを連れないと純粋に危険である。

 

「何か見つけたら要報告だからね」

「おう。碓氷も碓氷で調べるんだろ?」

「まあね。でも私は休むから、実際の行動はヤマトタケルとアルトリアにお願いしようと思ってるけど……一晩ごとに交代で」

 

 ヤマトタケルとアルトリアは請け負った、と二人とも頷いた。

 とりあえず一成は碓氷邸における当初の目的を果たした。明も怪我があり休んでいた方がよいだろうし、ここは礼を言って早々に引き払うべきだろう。それに、唐突に出て行った理子のことも気になる。彼女が何に気分を害して出て行ったのか一成にもわかっていないが、このまま放置しておくのは何かすわりが悪い。

 

 一成は残っていた麦茶を一気に飲み干して鞄を持ち、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 外は、既にうだるような暑さであった。一瞬にして理子を追いかけるのが面倒くさくなった一成ではあるが、己を奮い立たせて碓氷邸を後にした。いや、あとで電話をかければいいかと思い直す。

 

 

「……ウチも大分アレだったけど、碓氷の家も碓氷の家だな……」

 

 一成は、真昼間の住宅街をダラダラ歩きながら碓氷邸の話を思い返していた。

 今まで碓氷邸の主人は碓氷明だと思っていたが、彼女はまだ代理の立場。あの一見とても親しみやすく、初めて出会った一成にも友好的でフランクな態度の男性が現春日の管理者。

 

 一成が言えた義理ではないが、碓氷家は一般家庭とはかなりズレた関係を構築している。ただ明は明で「お父様はああいうのだから」と、既に割り切ってしまっている。それがいいかどうかは一成にはわからないが、彼女がそれでいいなら口出しすることではないだろう。

 

「……せっかくなら俺の進路相談もしたかったけど、完全に言うタイミングじゃなかったな……」

 

 またそれは次、碓氷邸に寄った時にさせてもらうと思いつつ、一成の足は駅前に向かっていた。

 彼の家がそちらの方向であることもあったが、遅い昼ごはんを食べ、駅チカの本屋で雑誌の立ち読みでもしていこうと思ってのことである。

 

 碓氷邸で涼んだ体はどこへやら、駅まで歩けば勝手に汗が流れていた。救いと言うなら夏の平日ということで、駅自体は比較的人が少なく歩きやすいことだろうか。

 一成が春日駅南口をうろついていたところ、見知った集団を見かけた。

 

 一人は見慣れた、小学校低学年に見える黒髪の美少女。珍しく半袖白ブラウスにピンクのミニスカートという恰好。

 その彼女にずらずらと連れられているのは、赤毛に豊満な肉体を持つ美女。白Tシャツに夏には暑苦しい皮ジャン、Gパンにパンプスというどこかズレた恰好だった。

 さらにその後に、おかっぱ頭に赤いTシャツ、半ズボンに健康サンダルの青年男性、ポニーテールにキャミソール、ミニスカサンダルと露出度の高いスレンダーな女性が続いていた。どうにも妙な一行だが、例外なく美男美女集団ではあったため周囲はちらちらと彼らを見ている。

 

「……キリエ、お前らなにやってんだ?」

「? あら、カズナリ! 土偶ね!」

「奇遇な」

「? 陰陽師のボウヤじゃない? どうしたの?」

 

 キリエとキャスターズ――酒呑童子、茨木童子、虎熊童子の四人組だった。普段キャスターズは形状の変わった大西山で酒盛りをして暮らしているので、人の多い場所で会うのは本当に珍しい。

 

「どうしたのはこっちの台詞だよ。お前ら何やってんだ? まさか聖杯戦争がらみじゃねえよな」

「? 聖杯自体がないのにどうして聖杯戦争をするの?」

 

 そう純粋にきょとんと答えられては、一成の方が困る。キャスター酒呑童子は首をかしげるばかり。

 

「聖杯戦争再開は俺たちも知っているが、それは碓氷、もしくはあの神父が調べるのだろう。確かに奇妙なことではあるが」

「人間はスイーツ」と書かれた謎のTシャツを着た茨木童子が、真面目くさった顔で答えた。彼等は困ったことがないから、今更聖杯戦争にも興味はなく日々を楽しんでいるようだ。良くも悪くも、この鬼種たちは嘘をつかないし、彼らの言うとおり戦う理由もないから当然のように戦わないのだ。

 

「そう、私たちはカラオケというものを嗜んできたのよカズナリ。こういうのは人が多いほどいいと聞いたから、キャスターたちを呼んだのよ。星熊たちは来なかったけれど」

「なかなか楽しかったな大頭。給仕されたぽてとふらいやぴざやどーなつ、うまかった」

 

 スレンダーな女性――虎熊童子は歌ではなく食事の話しかしていないが、その顔は満足げである。というか、キリエたちはカラオケで何を謳うのだろうか。

 JPOPか、演歌か、洋楽が、どれもイメージにない。というよりカラオケのイメージがない。

 

「……何歌ってきたんだ?」

「私? そうね、あまり日本の歌には詳しくないけど、テレビでCMで流れている歌とかね」

「茨は般若心経歌ってたわね」

 

 おい鬼種。それ歌っていいのか。キャスターはチョコレートディスコで踊るなり、AK●B48で踊るなり、結構現代の歌に通じているらしい。

 

「っと、そうだキリエ、お前今日は碓氷邸か、それともアーチャーんとこか?」

「うーん、今日はアーチャーのところにするつもりよ。そういえばエイケイに会えていないけど、ロンドンで会ってはいるから気が向いた時でいいわ」

 

 キリエは明ととも時計塔に旅立ち、明より早く帰国(?)してきたのだった。ついでに、一成は明の父についてどう思うか尋ねた。

 キリエは一成よりも遥かに魔術師であるため、彼にも違和感はないようだった。

 

「エイケイ? 優秀な魔術師よ。「」を追い求める者としては、アキラの方が適格かもしれないけれど」

「? まあ親父さんも碓氷には大分期待をかけてるっぽかったな」

 

 娘に殺されても構わないと豪語することを娘への期待といっていいのかは怪しいが、影景が明を大事にしていることは一成にもわかる。そもそも明は稀少属性の持ち主でもあり、封印しての危険すらあるのだから。

 しかし、キリエはゆるゆると頭を振った。

 

「そうじゃないわ。なんていうか……性質的な話よ。性格的に明の方が向いているって話。影景は優秀だけど、決定的に欠落しているものがあるから」

 

 既に一成との会話に興味をなくしている酒呑童子らを追いかけ、キリエは軽い足取りで走りだした。振り返り様、おまけとばかりに付け加えた。

 

「魔術、「」の追求が楽しくて楽しくてたまらないなんていうのは、魔術師の素質としては下なのよ」

 

 

 

 *

 

 

 

 榊原家は、東京の西に位置する神社の神主の家系である。神社の創建は紀元前と言われているが、魔術の歴史として残っている記録は奈良時代初期、僧行基の時代からである。

 また中世以降、山岳信仰の興隆とともに、中世・関東の修験の中心として、鎌倉時代には有力な武将達の信仰は厚かった神社である。

 

 魔術師、と公称している榊原家であるが、それも明治維新以降の話である。彼女らは土着の神主・元は神霊をお祀りする一族であり、西洋の魔術師よりもはるかに土着的で地域に根差した信仰の元にある。過去から今に至るまで、一族は目的として根源を追い求めてはいない。信仰を護る家として、そして退魔の端くれとして、人の暮らしを護り続けることことが使命であった。

 

 古くから続く神社で山頂にあり田舎――その神社の次期宮司となり榊原の当主となることが定められていたことに、不満がないと言ったら嘘になる。高校進学の時も、まだ将来の絵を描けない白紙の未来を持つ同級生たちを尻目に、「お前は将来こうなる」と思われ、定められている自分を思った。

 

 周りは自由に選べるのに、自分は違う。その不満はあったが、彼女に他に強烈になりたいと思う将来もなかった。また長く信仰を継承してきた家に生まれ、それを引き継ぐに相応しい人間が己しかいないのならば、己がやろうと思った。それに最初は周りに決められていたことでも、立派にこなせるようになれば「やっててよかった」と思うこともあるのかもしれない――と、彼女は家の役目を継ごうと思った。

 

 大学で公的な神職の資格さえ取ってしまえば、あとは実家の神社に戻ることになる。ゆえに行く大学は高校に入る前から決まっており、自分で学校を選べるのは高校が最初で最後だった。

 かといって全国高校名鑑を捲ってみたものの、最初からここに行きたいと思うような学校があったわけではなかった。ただまたこの土地に戻ってくるなら、違った場所で過ごしてみたいと思った。

 

 両親や祖父も、一人暮らしはいい経験になるだろうとのことで許してくれた(週一で電話し出来事を報告することが課されたが)。しかしそれでは選択肢が多すぎて、いったいどうすればいいのか――制服は地元の公立と比べるとどこも可愛く見えるし、設備もどこもよさそうで――悩んだ結果、理子は春日市の私立高校を選んだ。かつて榊原の親類がいた土地、というとっかかりから選んだだけだった。

 

 親元を離れ、どんな生活が始まるのか不安ながらも楽しみにしていたのだが――なんやかやで地元の学校の時と彼女のクラスメイト間における立ち位置はそう変わらなかったのだが――概ね、高校生活は刺激的だった。

 そもそも田舎の実家とは違い、発展中の春日には娯楽が多い。友達も出来て、親元を離れてさびしいという気持ちもそこまで強くならなかった。

 それに、高校生活を通じて――気になる存在ができてしまった。

 

「……一体なにやってるのかしら私……!」

 

 真夏の太陽の下、全力疾走をかました理子は途中の十字路でその足を止めて電柱に拳を叩きつけた。猛暑の中での行為に、汗は噴出しで呼吸もとっくに乱れていた。

 力強く上半身を上げると、彼女は大きく溜息をついてとぼとぼと歩きだした。

 

 ――碓氷も土御門も、一体何かと思っただろう。

 

 だって飛び出してきた理由は、魔術にも春日の異変にも全く関係のないことだから。

 ある意味、初代天皇が駅前でライブを繰り広げていた時や、東征の皇子がノリノリで女装を教えていた時以上の衝撃があった。

 

「……私も聖杯戦争に参加していれば……」

 

 詮無き妄想だとわかってはいる。

 だが、土御門一成がああまで碓氷と懇意になったのは、共に死線をくぐり抜けたからに違いない。吊り橋効果というどうでもいい言葉が脳裏をよぎる。とにかく一度家に戻ろうと思ったその時――早くも電話がかかってきた。

 

 相手は解りきっているが出にくい――でも、出ない訳にはいかない。それに、ちゃんと出たい。

 

「……もしもし」

『榊原か? あー出てよかった』

「何か用?」

『何か用? じゃねーよ急に出てったのはお前だろ。どうしたんだよ、腹でも壊したか?』

 

 電話先の声はあくまでいつも通りで、変わらぬ土御門一成だった。そして予想通り、何も気づいていない。

 ホッとするやら苛立つやらなんともいえないが、必死で平静の声を出した。

 

「……まあそんなとこよ。で、今日の夜は巡回する?」

『お、おう。何時くらいにする? 昨日と同じでいいか? 場所も駅前で』

「良いと思う。……じゃあ切るわよ」

『ちょっ、ちょっと待て! ……何かよくわかんねえけど、元気出せよな!』

「……言われなくても元気だから。……ありがと」

 

 終わってから気づいたが、自分が出て行ったあと碓氷とどんなやり取りを交わしたのかはきちんと聞いておかねばならないだろう。短い話が終わり、理子は長く息を吐いた。

 

「お前俺のこと好きだろ!」「何言ってんの? バカ?」――あの遣り取りをしたのは二年前か。

 それがあるから、土御門はもう何も思っていないのだ。

 

 バカか、あいつは――二年も経てば、変わることもあるだろう。その二年の間に何があったか、あいつは気にも留めていないんだろうけど――だから言わなければ伝わらない。

 

 ただ、言っても仕方がないと、ずっと思っているのだ。

 

 だけど――「その気持ちを押し潰したままにしてしまうのはとてもつまらないというか、もったいないとは思うですよ」――そういった、見知らぬ少女がいた。

 

 押し潰すよりは、自由にするべきだと。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。