Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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昼④ 六代目と七代目2

 明が階下の食堂に向かった時には、既に完成された朝食の匂いが漂っていた。出汁と香ばしく焼けたアジの香。ヤマトタケルの料理は一成ほど凝ってはいないが、「最優の味」――料理の教本通りに作るため、外れた味にならない。

 

 メニューは炊き立ての白飯、わかめの味噌汁、アジの開き、大根おろしつきの卵焼きに納豆、お新香という真っ直ぐさだ。ヤマトタケルは甲斐甲斐しく全員分の食事を器によそい用意をしていた。

 影景は先に席に着き、おそらくは煎れてもらったであろう茶をすすりながらにこやかに明を待っていた。アルトリアも先に席に着き、影景の斜め右に坐っている。

 

「おお、やっと着替えたか」

「うん」

 

 言葉少なに、明はアルトリアの前に坐った。明の横に影景、アルトリアの横にヤマトタケルという位置になる。エプロンを外したヤマトタケルが最後に席に着き、朝食が始まった。

 

 夏の朝七時ともなれば、既に夜明けすら遠く、食堂は日差しに溢れていた。朝の苦手な明も徐々にだが頭が動くようになってきて、朝食を楽しむ余裕はあった。そしてヤマトタケルの料理の腕が悪くないことも理解することもできたのだが――。

 

「うむ、日本食はいいな。おいしいぞ。セイバーヤマトタケル、生前から料理が得意だったのか?」

「いえ、生前はもっぱら食材調達ばかりでしたが……現界してから身に着けた技術です」

「戦闘だけでなく料理もできるとは、本当に召使い(サーヴァント)……飯使いになる気か!」

 

 父のギャグがブリザードであるのはいつものことゆえどうでもいいのだが、いつこの仮初の和やかさが崩壊をし始めるのか、明は内心青色吐息だった。

 父が何時までこの茶番をする気かわからないが、さっさと話を始めればいいのにと思う――と、その時、見計らったかのように影景が箸を明に向けた。

 

「さて、忘れないうちに言っておこうと思うのだが、俺から見た聖杯戦争において明の振る舞いの採点と、これからの課題だ。ぜひセイバーたちにも聞いてもらい、忌憚のない意見をしてもらいたい」

 

 父の脈絡のなさと突然であるのもまたいつものことだが、いまだに明もこれが天然であるのか、それとも相手の不意を突き話の主導権を握ろうとするが故の行いなのか判断がつかない。両方なのかもしれないが。

 

 話が話故に、黙々と朝食を味わっていたアルトリアも顔を上げて、もとから慣れない気を遣いまくっているヤマトタケルはもちろん影景を注視した。

 

 

「百点中六十五点。最低ラインをクリアしているが、他の失点が多い」

 

 大学の授業で例えれば、単位取得ができるギリギリの点。

 決して良い点、優秀と言うわけではない。

 

 明自身はすでに評価自体は時計塔で影景から聞いているため、今更どうということもないのだが――それよりアルトリアとヤマトタケルの反応が気になる。娘の内心を知ってか知らずか、影景は滔々と語る。

 

「第一に最低ラインだが、これは最終勝者となることだ。ここは我が碓氷の土地、管理者が外様の魔術師に負ける無様を晒してはならない。ま、仮にアインツベルンに負けたというのであれば情状酌量の余地はあるが……これは勝ったからクリアだ」

 

 悪くとも最終勝者となれ――高い目標と思われるかもしれないが、管理者である以上この土地において敗北するのはありえない。土地の管理者はこの土地で戦う以上、勝手知ったる土地である以上に霊脈のバックアップもあり、他より遥かに優位な状態での戦いのはずだからだ。

 勿論セイバーたちも、明と自分が勝つために戦っていたのだから、難じるような発言ではなかった。

 

「第二に失点について。失点その一、危うく神秘の秘匿を危うくするところだったこと。大西山は山で人のいない場所だからいいとしても、春日総合病院の件はいただけない――例のマスターの居場所は、病院内での戦闘になる前に突き止められていたはずだ。その時点で殺すべきだった。神父の人払いが間に合ったからいいものの、中庭で戦闘とは大胆すぎる」

 

 春日総合病院の件については、明の知るものと影景・セイバーたちの語るものは全く違う。どうやら、ここでは春日総合病院での真凍咲による大量殺戮は起きておらず、単に病院の中庭で戦闘が繰り広げられ、真凍咲が敗れたことになっているらしい。

 明は彼らの知るバーサーカー戦の顛末について詳しく聞きたいとは思ったものの、影景の目の前でするわけにはいかない。

 明は単純な戦闘力で影景に劣るとは考えていないが、分析・解析においては二歩も三歩も遅れており、今も敵う気がしないのだ。何を嗅ぎ付けられるかわかったものではない。

 

 

「失点その二、サーヴァントの手綱を取るのに時間がかかりすぎている。特にセイバーヤマトタケルの方。お前はサーヴァントを対等の人間として扱い過ぎる。……いや、サーヴァントは使い魔(道具)ではあるが、人格再現までしているがゆえに使い魔にしては主人の自由にならない部分が多すぎる――ゆえに対等に扱うことすなわち問題とならない。だが道具扱いでも人間扱いでも、徹底的に解析し理解し認識しなければならない。このサーヴァントは、お前の唯一の剣なのだから」

 

 サーヴァントは道具か相棒か。道具扱い、というと酷い扱いをしているように思われがちだがそれは違う。道具をきちんと働かせるには、何が可能で何が不可能で、どこまでの負荷に耐えられるものなのか把握し、さらに必要であれば手入れを行い燃料の用意をしたうえで使わなければならない。

 そうしなければ役に立たないか、壊れるだけだ。道具が壊れるのは道具が悪いからではなく、道具の特性を理解しない持ち主が悪いからだ。

 

 そして人間扱いをするならば、サーヴァントの裏切りをも許容しなければならない。相手が己と対等ならば、相手はこちらを裏切る権利を持つ。

 だから一体相手はどんな人物で、何を想い、どんな動機で行動するのかを知らねばならない。そうして、相手にも共に戦うのは自分が最適であると思ってもらう努力をしなければならない。

 どちらにしろ共通するのは、深い理解と相手への興味。確かに明はサーヴァントを理解しようとした――だけど、その歩みがあまりにも遅かった。

 対人経験値が低いこともあり、誰かの深くに触れることを恐れていた。

 

「失点その三、最終局面にいたるまで神内御雄の正体を見抜けなかったこと。これは難度が高いかもしれんが。御雄が正体だとわかっていれば、もっと戦争は早く片がついただろう」

 

 あの読めない神父。そもそも明が生まれる以前から聖杯戦争を企んでいたのだから、いまさら疑えというのも大変な話である。

 滔々と語っていた影景の指摘だが、明としては既に聞いたことであり何も意見することはない。ヤマトタケルとアルトリアも、完全に納得とはいかないまでも意見をするほどではないらしく、神妙な顔をしていた。一同の顔を見回して、ついでと影景は話を続けた。

 

「最後に余談だが、もし達成できていればボーナスポイントとなった課題を教えておこう。一つ、破滅剣(ティルフィング)を用いての第三魔法成就。二つ、私の殺害。三つ、全陣営に対しての勝利。しかしボーナスとまではいかずとも、やっとイマジナリ・ドライブをものにできたことは評価に値する。私が出ないで明を戦争に参加させた甲斐があったな」

 

 ひとしきり話し終えた影景は、何かあるかと再び全員の顔を見回した。それに応じて、アルトリアが声をかけた。

 

「……エイケイ、気になることがあります」

「どうぞ」

「……話を聞いていると、あなたは意図的に明を聖杯戦争に参加させた……いや、以前から聖杯戦争が起きることを知っていた、ように聞こえますが」

 

 影景の口ぶりを聞くに、まるで最初から聖杯戦争のことを知っていたかのようで――聖杯戦争のカラクリを知っていたからこそ、何が合格で何が不合格、と判断を下しているようでもある。

 明は内心、流石にアルトリアはその辺気づくか、と思いながら溜息をついた。

 

「当然知っていた。大聖杯の設置を許可したのは先代だが、私にも死ぬ前にそのことは告げられたからな。ついでに御雄が事の発端であることもその際に知った。何で聖杯が設置されたかわからないなんてほざくなら、もう管理者などやめた方がいいな」

 

 影景はしれっとした顔で答える。セイバーたちは息をのみ、言葉を喪う。仮にも和やかだったはずの朝食は、緊張感を帯びている――ヤマトタケルの眼が険を帯びた。

 

「……! なら、なぜそれを明に伝えなかった!? お前からの手紙では、たしか「自分も驚いている」という旨だったはず……です」

 驚きのあまり、敬語が崩れている。だが聞かれた影景の方はしれっとした顔のままだった。

 

「それを教えてしまえばつまらない、というか明の修行にならないだろう? 儀式に難があったとしても聖杯戦争という闘争自体は、魔術の腕を上げるにも、調査の力を計るにも、敵や中立者にどれだけ交渉できるかを見るにもうってつけだ」

 

 神父にも明は何も知らない、と前もって伝えておいたと影景はぬけぬけと言う。もし影景が明にすべてを伝えていたら、大聖杯の場所も把握でき、ライダーの召喚も防いで、セイバーたちで大聖杯を破壊させれば全てが終わっていただろう。

 

 ――明とて、この父から受け取った手紙を鵜呑みにせず疑ってはいた。だが、既に聖杯戦争が始まった段階で所在不明の父を問い詰める時間があるなら、自分で調べ戦った方が早いとの判断を下していた。そしておそらく影景も、明ならそう判断すると踏んだ上で下手糞すぎる嘘を綴っていたのだろう。

 もともと、碓氷影景はあまりこの屋敷に帰ってこない。管理者代行に慣れた今、忘れがちになることがあるが――そういえばこの父――この男は、そういう魔術師であった。

 

 

「……ッ、貴様……!」

 

 立ち上がろうとしたヤマトタケルを、隣のアルトリアが力づくで押さえつけた。

 明には彼が思っていることが良くわかる。そして、その気持ちを有り難くも思うのだが――きっとそれを影景に伝えても、何にもならないことも解るのだ。

 そしてさらに、すべてを察している影景は、続きの言葉を待たなかった。

 

 

「大事だから箱にしまっておくか? お腹を空かせているから魚を釣ってやるか? ……だが自分がいなくなったらどうする? それとも自分なしでは生きていけなくすることが目的か?」

 

 正直、明はこの碓氷影景という父を、世間一般でいう「父」として素晴らしいとは全く思わない。ただそれでも、自分を先導する魔術の師としてはこれ以上ないのではないか、とも思ってはいるのだ。

 そして魔術師には魔術師の目的があり、それはまっとうな人の親であろうとする意志よりも遥かに重い。

 

「私の大事な跡継ぎだ。どんなことを考え、どんなことを悩んでいるのか、私は極力把握するようにしている。知っているか、セイバーヤマトタケル。影使いは、術者の暗黒面を刃とする。ゆえに心穏やかな状態でいたら、術者としては成長しないのだ」

「――まさか、お前……明の、姉や、明が死のうとしたことも」

 

 明の友が死ぬことも、家政婦が死ぬことも、敢えて看過して、むしろ望んでいたのか。

 影景はまるで茶飲み話のような軽さで笑う。

 

「明が死のうとしたこと。はは、そんなこともあったな。良い家政婦であったのに、もったいないことをした――首を刺した明など助けなくてもよかったのにな。自殺くらいで死ねたら、魔術師は苦労しない」

 

 代々受け継がれる魔術刻印による自動詠唱によって、魔術師の身体は無理やりに生かされる。一般人よりもはるかに死ににくい体になっているため、あの明の自殺未遂も放置されたとて、時を待てば回復する。

 つまり明を助けようとした家政婦は、明を助けようとさえしなければ――魔術師の営みを目撃しなければ、きっと今も生きて碓氷家の家政婦をしていた。

 

「貴様、」

 

 にこやかな影景にとは対照的に、今にも殴りかかっていきそうなヤマトタケル。明も、父を別個の人間、通常の親子の愛情を求める者ではないと、突き放して見られるようになるまで時間はかかった。

 だがやはり、師としては優れていると認めている。たとえ、聖杯戦争前の自分――未来を諦めながら生きながらえている状態を意図的に放置していたとしても。

 

 そういうわけだから、明は絶対に父影景とヤマトタケルの相性はよくないと思っていた。しかし二人をずっと合わせないでいることは不可能、というか影景がサーヴァントに会いたいと意気込んでいた時点で無理であった。

 

 

「かわいい娘には旅をさせるものだ。もっとも、お前はかわいいから旅に出されたわけではなかろうが」

 

 これ以上なく場が冷え切りながら、これ以上なく場は熱かった。ヤマトタケルがいつ影景に飛び掛かるか明は気が気ではなかったが、同時にアルトリアも双方の動向に気を張っていた。

 だが、その片方の影景は呑気に笑い、明へ声をかけた。

 

「さて、明。今日の夜、お前の現在の力を直々に見よう。久々の戦い、手合わせだ。夜十一時に南の自然公園――人払いは私がしておくから気にしなくていい。ただ準備はしておくように」

 

 この上なく嬉しそうに微笑む影景は、気持ちが悪いほど浮いた口調で言った。

 

「聖杯戦争を経たお前の力、楽しみだ。私もいい加減、お前をタコ殴りにするのには飽きていたところだ」

 

 その言葉に、またしてもヤマトタケルが目を見開いて影景を凝視した。だが当の父親は箸をおいて本当に満足げに、トランクを引っ提げて、悠々自適に二階の自分の部屋――これまではヤマトタケルが使用していた部屋に向かった。

 後に残された明はやはりこうなったか、と溜息をつきながら頭を掻き、アルトリアは難しい顔をしながらも食事を続け、ヤマトタケルはやっと腰を下ろして無言で食事を続けていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 その後碓氷影景は自室の整理整とん、地下の研究室の検分を済ませた後に徐に庭掃除を始め、その後トランクを片手にさっそうとどこかへ行ってしまった。

 おそらく春日の調査の続きであろう。明は明で父が地下室から出た後、何やら魔術の道具を用意したのちに家を出ていこうとした。こちらは今日の夜、父との手合わせに向けての準備である。

 

 明は地下室から顔を出すと、一階で掃除機をかけていたアルトリアに声をかけた。

 

「私今から夜まで帰ってこないけど、いや、一回は戻ってくるけど昼ごはんいらないって言っといて。あと、夜もさっきの話通り留守にするけど絶対についてこないでね」

「それは何故ですか」

 

 流石に誇張だとは思うが、アルトリアにも先ほどの影景の発言はひっかかっていた。彼女もタコ殴り、とは厳しく教える、スパルタくらいの意味だと信じている。

 

「魔術とは秘匿するもの。家の魔術をするときは、できるだけ私とお父様だけでやりたいんだ。それに元々魔術って危ないものだから、多少の怪我とかはしょうがないんだよ。アルトリアも戦い方の修行とかしてるだろうし、わかるでしょ」

 

 それはアルトリアにもよくわかる。自分自身、過去に誰かに剣術を教えたことがあり、サーヴァントと戦うなんて無茶はさせるわけにはいかないが、竹刀によって何度も疑似的な死、危機を教え込むというやり方をした記憶がある。

 しかし教えたのは誰相手だったか思い出せなかった。仮に息子とは言えモードレッドではないことは確かだが。アルトリアは頭を振って、話を変えた。

 

「……しかし、ヤマトタケルにはアキラから直接伝えた方がいいかと。私から伝えると、あまり聞かないと言うか……」

 

 アルトリアは歯切れ悪く答えた。アルトリアとヤマトタケルは、似ているところも多いのだが仲は良くない。

 属性:秩序善と秩序悪の差か、目的は同じであったとしても成そうとする手段に隔たりがあり、対立も多い。それでも目的――「マスターを護る」「聖杯戦争に勝つ」――で合意が取れているため、二人の間で調停する人間がいてくれれば、案外なんとかなる。それが明であったり、キリエであったりする。

 

「しかし明の父君、……なかなか、厄介な人のようですね」

「……それは、否定できないなぁ。いや、師としては本当にすごいと思うんだけどね……」

 

 影景は決して教師向きの人格ではない。だがその人格と興味の方向が――人への興味を持ち理解しようと努める心性と、魔術師としての力が人を向き不向きを判定して伸ばす、という方向に適しているため、師として優れているということになってしまう――そう明は見ている。

 

「少々、私の生前の師とも通じる何かを感じました。彼の方も師としてはいいのですが、かなりどうしようもない人格ではありましたから」

「アルトリアにそういわせるのは相当と見た」

 

 アーサー王の師、花の魔術師マーリン。アルトリアの治世に長くかかわった彼であるが、彼女のローマ遠征に際して、 手を出した性質の悪い妖精に狙われアヴァロンへと逃げ、そこに仕掛けられた塔に幽閉された。

 アルトリアの終わり――カムランの丘まで、彼はその最果ての塔から眺めつづけていたそうだ。彼自身は塔から抜け出すこともできたが、彼自身が塔を永久に封印しているため、この惑星が終わるまでただ一人塔から人々を眺めているという。

 

 マーリンは純粋な人ではなく夢魔との混血であり、かつ現在を見通す最高位の千里眼を持つため、その思考形式は人間のそれではない。

 傍から見て彼が好青年に見えたとしても、それはマーリンが人間を観察した結果の真似事であり、彼の感情が籠っているわけではない。

 

 それを想えば、影景は純然たるただの人間の魔術師である。マーリンのように人間の枠外にはじかれたゆえの特異な思想はない。

 人の中にあって人の思想を以て「どうしようもない」だけである。

 

 明は今夜のことを考えると憂鬱になるが、それでも魔術師として有意義かつ必要なことだと判っている。これまた「時計塔では誰が見ているかわかったものではない」と危機でない限り虚数魔術を禁じたゆえに、父に魔術を見てもらうことは久々になる。

 

 ああいうモノだと念頭に置いて置けば、今更碓氷影景の態度に一喜一憂することもない。

 

 

「昼に一度戻ってくるから、ごほっ、ヤマトタケルにはその時言うよ……行ってくるね」

 


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