Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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昼③ 六代目と七代目1

「麦茶でも用意するから、先に明の部屋に行っていろ」

 

 碓氷邸内に入ると、ヤマトタケルはホールを横切って食堂から台所に行った。勝手に明の寝室に行ってもいいと言われている時点で、流石にある程度は信頼されていると一成は感じた。赤絨毯の敷かれた階段を上り、目の前の明の部屋をノックする。

 

「どうぞ」との返事が返ってきた。部屋に入ると、ベッドの隣に置かれた丸いミニテーブルに坐る明と、白いワンピースのアルトリアの姿があった。看病はアルトリアがしていたのか、ベッドの脇には水を張った洗面器の中にぬれたタオルが浸かっていた。

 彼女は申し訳なさそうに一成たちに頭を下げた。

 

「カズナリ! ……今日の約束を破ることになってしまい、申し訳ありません」

「い、いいって。また練習の日あるからその時に着てくれれば、」

 

 明は来客を聞いていたためか、怪我にもかかわらずパジャマではなく黒のハイネックに灰色のロングスカートだった。

 明は表情のない瞳で一成、そして理子と視線を動かした。

 

「暑い中お疲れ様。大した用意はないけど……久しぶりですね、榊原さん」

「……ええ。ご健勝のようでなによりです」

 

 他人行儀――むしろ冷たささえ感じさせる碓氷明と榊原理子のやりとりは、一成に聖杯戦争当初の碓氷明の態度を思い起こさせた。

 そういえば魔術師だったな、と。

 

「一成が何を聞きに来たのかは検討がついてるけど、榊原さん、どうしてあなたはここにいるの?」

「……私もこの春日の異変には気づいています。土御門君も気づいている。同級生だからでしょうか、土御門君が一緒に調べてくれないかと言ったので、ここにいます」

「お前何「そうよね、土御門君」

 

 一体こいつ、何を言ってるんだと一成はつっこみかけたが、理子がものすごい目力で睨みつけてくるので黙った。というか、流石に明にも不自然に見えているだろう。だが当の明は興味なさそうにその不自然なやりとりを無視した。

 

「……まあ、どうでもいいか。で、聖杯戦争再開されてるっていう話で来たんでしょ」

「麦茶だ」

 

 ノーノックで入ってきたヤマトタケルは、四人分の麦茶をテーブルに置くと、テーブルの周囲に座る場所がないのを見て取って、明のベッドの上に腰かけた。全員がこれから話される内容を知っているからか、自然と空気は重くなった。

 

「私もお父様、ヤマトタケルとアルトリアもそれは知っている。で、今のところの結論だけど――一成たちが動く必要はない」

「……アーチャーやキリエも大したことないって言ってたけど。それは褒賞の聖杯がないからか?」

「そう。春日の聖杯は破壊された。この状態は聖杯から三十年かけて漏れ出した魔力の残滓と、使われなかった聖杯の魔力によってこんなことになっているんだと思う。多分ね」

 

 明によれば、本来魔力は何もしなければ揮発してなくなるものだが、大聖杯という魔術式の残滓によって魔力が滞留しているらしい、とのことである。

 

「あくまで魔力の残滓。だから放っておけば、この奇妙な状態も霧散すると思う。ただ、アルトリアが知らないサーヴァントとマスターに会ったってのは気になる」

「アルトリアさん、昨日何かあったのか!?」

 

 

 アルトリアは神妙な顔で頷いた。「……飛び出したヤマトタケルを追いかけていた途中に出会いました。彼等は聖杯戦争をすると言っていて、既に戦争が終わっていることは知らない様子でした。私はヤマトタケルを追うことを優先していたので、峰打ちにしてきてしまったのですが……サーヴァントは女で、マスターはハルカ・エーデルフェルトと名乗っていました」

 

 ハルカ・エーデルフェルト。それは春日聖杯戦争において、序盤――序盤にすら至らないままに敗退したマスターの名である。

 そして既にサーヴァントは七騎揃っているというのに、更にサーヴァントがいるというのはおかしい。

 

「……ヤマトタケルとアルトリアには、その知らないサーヴァントとマスターがいたら生け捕りにしてって頼んだ。だけど、特に一成たちに頼むことはないかな」

 

 ヤマトタケルが小声で「生け捕りか……」と面倒くさそうに呟いていた。殺した方が早くないか、と言わないだけ明たちに慣れたと評価すべきだろう。

 

「……確かに俺にできることはあんまりなさそうだけど、俺もその知らないマスター探しを手伝うぞ。お前には借りもあるし、それに聖杯戦争がらみのことには協力するって約束だったろ」

 

 明は渋い顔をして考え込んだが、きっぱりと首を振った。「……いや、いいよ。一成の手を借りなくても平気」

「……お前は俺よりずっと優秀で強いけど、「大丈夫」はいまいち信用ならないんだよな……危なっかしいつーかなんつーか」

 

「死ぬ気で戦う」と「死んでもいいと思って戦う」をはき違えて生き続けてきた女である。聖杯戦争中の彼女を振り返ると、一成は放っておいていいものかと心配になる。

 彼の心を知ってか知らずか、ヤマトタケルは強く言った。

 

「心配するな土御門、俺がいる」

「お前が言うと危なっかしさが二倍になる」

「大丈夫だよ、アルトリアもいるし」

「はい、心配はいりませんよカズナリ」

 

 こちらも力強く頷くアルトリア。隣の理子が「もう任せなさいよ」という顔をしているのもわかりながら、一成は腕を組んで一度目を瞑り、開いた。

 

「わかった。じゃあ俺は勝手にうろつくことにする!」

「「えっ?」」

 

 理子と明の声が綺麗にハモった。

 

「お前が管理者ってことも知ってるし、戦力も十分ってことも解ってる。それに今、お父さんもいるんだしな。だけど俺は聖杯戦争に参加した人間として、この状態が気になる――だから勝手に調べることにする」

「……そうだ、そういえば一成ってそういうやつだったね……」

 

 明は額に手を当てて大きなため息をついた。

 極論、春日聖杯戦争において主体的に参加を望んだ人間は、一成とあの神父しかいないと明は思っている。明とキリエは参加しないという選択肢はなく、咲は状況が状況であり、悟は本来であれば早く棄権していただろう。

 

 土御門一成は誰に強いられるでもなく、状況に追い込まれたわけでもなく、自ら意識的に闘争に身を投げた命知らずだった。明は自分で「この状況は大したことがない」と言った手前、それに彼もサーヴァントを連れる者である手前、強く禁止とはいえなかった。

 それに禁止と言ったところで一成が大人しくしているかどうかは怪しい。ならば、状況をきちんと報告してもらう方がいい。

 

「……なんかあったら必ず私に報告すること。危なくなったら逃げる。いい?」

 

 明はそっと一成の左手に触れた。彼女が傷で熱を持っているのか、一成の身体が冷房で冷やされたからか、その手は温かかった。

 

「ローンまだ残ってるんだから」

「……おう……」

 

 全く違和感なく動く左腕。ローン三十回。無利子貸与、ありがたい。一成は遠い目をしながら頷いた。ありがたい。

 

 さて、これにて春日の異変についての方針は固まった。明は明で調査を続け、アルトリアとヤマトタケルは明を助けつつ知らぬサーヴァントとマスターを追う。

 一成は勝手に調べる。しかし、ここで去就を決めていない者が一人。

 

「……っと、お前はどーする?」

 

 一成は隣の理子を振り返った。何故か彼女は恐ろしく機嫌が悪そうで、人を射殺せそうな目つきで視線をやった。一体何で怒っているのか、一成には全く分からない。

 

「危ないあんたを放っておけるわけないでしょ。私もやるわよ」

「お、おう……?」

 

 理子はつっけんどんに言い放って、麦茶を一気飲みすると「……私、用事を思い出したから帰ります。またあとで、土御門」とだけ言い捨てて立ち上がり出て行ってしまった。礼儀正しいタイプであるだけ、一成には妙に感じられた。

 ヤマトタケル、アルトリアにも彼女が気分を害した理由に心当たりがなく首をかしげる中、明は落ち着き払いながらも、彼等とは別の理由で首を傾げた。

 

「……しかし、榊原さん……彼女がわざわざここに来るなんてね。どういう風の吹き回し?」

「? どういう意味だ?」

「ちょっと調べればわかることだから言うけど」

 

 明は手元の麦茶を引き寄せ、飲んでからあっさりと告げた。

 

「三百年くらい前、碓氷がここに定住することに決めた時に、土着の陰陽師と戦って追放したんだ。その追放した陰陽師の一族が、榊原家の親類なんだよね」

「!?」

「ちなみに榊原と神内も遠縁らしいけど、神内は遠縁すぎて知らなかったみたい……魔術師の世界はやっぱ狭いね」

 

 明曰く、春日土着の魔術師は榊原理子の直接の先祖ではないとのことだが、一帯を管理する土着の陰陽師(理子の祖先の親類)の家から碓氷はかなり睨まれていたらしい。

 三百年が経ち今はもうここは碓氷のものという認識になっているそうだが、魔術世界における時間の感覚は一般よりもはるかに長い。三百年は、魔術の歴史時間としてはそう長くない。

 

「あいつ、まさかここを取り返そうとしているとか……」

「それはないでしょ。彼女の榊原本家は本家できちんとした霊地もちだし」

 

 明の答えはあっさりしていたが、それもそのはず。特定の管理者のものとなった霊地を奪うのは、一朝一夕にできることではない。管理者が管理する土地はホーム中のホーム――であり、長年張った結界があり土地の霊脈はすべて管理者に味方する。侵略者は圧倒的アウェーにて戦わなければならない。

 

「彼女がここに暮らすとき挨拶はされたけど、なんでわざわざ高校進学でこの地を選んだ、もしくは彼女の家が選ばせたのかはよくわからない。他意はないのかもしれないけど」

「……」

 

 明の話はわかったが、その事情は今まで理子とて承知だったはずだ。理子がいきなり機嫌を悪くすることの説明にはなっていない。

 結局明にも、アルトリアにも、ヤマトタケルにもわからないのか、理子の話はそのまま流れた。

 

 しかし一成に気になる事はまだある。明は大怪我をしたらしいが、大丈夫なのだろうか。そして何故怪我を負ったのか。

 それに昨日碓氷邸を訪問した時には、父影景が「明は忙しい」と言っていた。魔術がらみであろうか、と一成は思っているが、騎士王(アルトリア)大和最強(ヤマトタケル)を侍らせての大怪我は考えにくい。

 

「来る前から気になってはいたけど、どうした? お前ほどの奴が寝込むレベルの怪我なんて。魔術に失敗したか?」

「一成じゃあるまいし違うよ……私がお父様にフルボッコされただけ」

 

 明の言葉が予想だにしなかったものだったため、ヤマトタケルとアルトリアの顔が一瞬曇ったのを、一成は見逃した。

 彼は理由に見当がつかず、素直に疑問を口にした。

 

「……? 何で親父さんに?」

 

 明は榊原さんもいないしいっか、とひとりごちた。「少し長いけどいい? 昨日の話なんだけど」

 

 

 

 *

 

 

 

 春日市の管理者、碓氷影景が碓氷邸に帰ってきたのは昨日の朝七時ごろだった。

 長いフライトの疲れと気候の激変による疲れに加え、彼女しか知らないものの夜のアヴェンジャーとの探索後はこんこんと眠り続けていた明である。

 起き抜け、パンイチ(女性物)のヤマトタケルという衝撃映像を見せつけられた彼女であったが、朝の衝撃はそれだけにとどまらなかった。

 

 管理者である影景に碓氷の結界は当然反応しない――そのため、余人ではありえないのだが、影景がノーノックで突撃してきたときに、明はやっと父の存在に気づいたのだ。

 

「おはようセイバーヤマトタケル。セイバーアルトリアも犬の散歩から帰ってきたようだし、今から聖杯戦争の振返りを行うぞ」

「? お前は誰だ? 明、知り合いのようだが?」

「セイバー、これ、私のお父様。名前は知ってると思うけど、碓氷影景(うすいえいけい)

 

 その瞬間、ヤマトタケルはまるでバネ人形のように背筋を勢いよく伸ばし、右手と右足を一緒に出した。

 

「お、お父様、初めまして、日本武尊と申します」

「ははっ、初めまして、セイバーヤマトタケル。話は明から聞いている」

 

 影景は笑顔、かつ和やかに右手を差し出して握手を交わす。影景の後ろからひょっこり顔を出したのは、真神三号の散歩帰りのアルトリアだった。

 

「アキラ、おはようございます」

 

 彼女は上は半袖の白パーカー、下は黒のスパッツというスポーティーな格好をしていた。アルトリアはもう影景の勢いに多少慣れているのか、いつも通りの様子である。

 

「丁度散歩から戻ってきたときにエイケイと行き合わせました」

「すでにセイバーアルトリアには自己紹介してしまったが、もう一度。私は碓氷家六代目当主にして春日の管理者、そして明の父である碓氷影景だ」

 

 仁王立ちで堂々と言い放つ影景は、身長百七十半ば、年はおそらく四十代以上、この暑い中に紺のスーツを着てループタイを締めた、天然パーマの男性だ。

 ヤマトタケルとならぶと小柄に見えるが、日本人男性としては並みの身長である。

 

 影景は左手に持っていたトランクを放り出し、両手をそれぞれヤマトタケルとアルトリアの手を握った。

 事の唐突さに面食らっていたが、二人はその手を握り返した。

 

「よし、二人とも一緒に朝ごはんを食べよう。どうやらセイバーヤマトタケルがこしらえてくれたようだし。明も早く来なさい」

「は、はい! お父様の舌に合うかどうか自信はありませんが……」

 

 恐ろしく腰の低いヤマトタケルは、右手でパンツを掴み、左手で自発的に影景のトランク掴み、意気揚々と階下に向かう影景の後を追った。後には明とアルトリアが残されたが、明はその場に腰を下ろし深々と溜息をついた。

 

「……朝から先が思いやられるなあ」

「アキラの父は、アキラとは雰囲気が違いますね」

「……そうだね。似てるって言われたこと一度もないし」

「いきなりエクスカリバーとアヴァロンを見せてくれと言われて驚きましたよ」

「? 見せたの?」

「アヴァロンは持っていないので、エクスカリバーだけ」

 

 明はさらに大きなため息とともに、億劫そうに腰を上げた。父が来てしまった以上、話をしないわけにもいくまい。

 時計塔ではいつ誰に聞かれるかわからない、ということでしていない話も多い。突然の父襲来に巻き込まれたアルトリアだが、何故か彼女は笑っていた。

 

「……? 何か面白い事でもあった?」

「いえ、アキラとなら似合いの親子なのかと思いまして」

「……? そうかな」

 

 傍からは引っ込み思案な娘と陽気な父親に見えるかもしれない。

 いや、一般論を除いても不本意ながら明と影景は組み合わせとしてはいい親子(師弟)ではあるのだ。さて、朝食のために軽く着替えて階下に向かわなければならないのだが、どうにも体が重くて力がでない。風邪にかかりかけているようなだるさがある。

 目ざといアルトリアは腰をかがませると、明の顔に触れた。

 

「……しかしアキラ、顔色が優れませんね。体調が……」

「……ん~、正直よくないけど、動けないほどじゃない。アルトリアは先行ってて」

 

 アルトリアは不安げに明を見つめていたが、真神三号にご飯をあげてから行きますと加えた。

 明は大きなため息をつき、手ごろなスカートとスウェットを適当に箪笥から引っ張り出した。


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