Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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昼② 文化祭準備なう

「やだ~満子スカートかわいい~~」

「蓮ちゃんもそのニャンコタイツどこで買ったの~」

 

 ヤマトタケルの手による魔改造が加えられ、3-B教室の女装ははるかにクオリティが上がっていた。なんちゃって女と化した氷空満と山田蓮太郎を始め、どいつもこいつも女学生ぶってお互いを褒め合っていて気色が悪い。いや、見た目はグッと女学生なのだが。

 

 ヤマトタケルはウィッグを複数持ってきていた為、そちらで足りていなかった分はカバーできた(一成が陰陽師スタイルになった理由の一つに、衣装代・ウィッグ代を浮かすと言うこともあった)。その後女性らしい仕草講座と、教室内でパフォーマンスダンスの練習をして、ヤマトタケルに感想と修正点を教えてもらった。

 

 これから女子(男装)と合流し、パフォーマンスダンスの練習を体育館で行う。当然ヤマトタケルもついてくるのだと思ったが、彼はそそくさとスーツケースを片付け始めた。

 

 女装男性陣が移動を始めようとしたころ、デジャヴのように――男装女性陣代表の榊原理子がスパーンと教室の扉を開いた。いつも肩で二つに結んでいる髪を一本結びにして、胸をさらしでつぶし、上下黒のスーツで固めた姿だった。

 

「男子―! そろそろダンスの練習するから体育館に……」

 

 だが、理子は固まった。やたらと男子だちの女装レベルが上がっていることもあるが、その中に一昨日のカフェの店員の姿を見たからでもあった。勿論彼女が動きを止めたのは、この女装講師がただのヒトではないと判っていたからである。

 

 理子はつかつかと教室に入ると、一成を捕まえた。「ちょっと土御門、女装の知り合いって……あの、カフェの、大和さん?」

「あれ? お前俺があいつに頼むときいなかったか……? あ、頼み終わったあとにお前来たんだっけか」

 

 理子がヤマトタケルのバイト先に姿を現したのは、一成が女装講座の依頼をし終わったあとである。ニアミスでヤマトタケルだとは知らなかったわけだ。

 もうお互いに魔術師であると割れているわけであるし、正体を行ってしまってもいいと判断した一成は理子に近づいた。

 

「あれ、碓氷のサーヴァント。真名は日本武尊な」

「……それはわかってるわよ……カフェの時から気づいてたし」

「まじでか。つかどーした、なんかおかしいか?」

 

 理子は何やら頭を抱えて、横目でちらちらとヤマトタケルを見ていた。彼女はアーチャーの真名を知ったときも驚いてはいたが、こんな挙動不審はしなかった。

 

「……日本武尊って、ウチの神社の御祭神の一柱なの。だからアーチャーさんに比べて、どんな顔していいかわからないのよ」

「……そういやあいつ、軍神でもあったな?」

 

 最近は自由すぎて得体のしれないクソイケメンになり果てていたが、言われれば日本屈指の大英雄だった。正直一成には理子の心境を理解しきれないが、一成の場合、もし先祖であり偉大な陰陽師たる安倍晴明が現界していたらどんな顔をすればいいのか困るから、そのような気持なのだろう。

 

「あいつ、結構ヤマトタケルの名前かなぐり捨ててるところあるし、いいやつかは微妙だけど悪い奴じゃないぞ」

「バ、バイトをしているのを見た時から結構微妙な気持ちだったんだけど……あと桜田から男装の先生が来るぞって聞いてたけど、急用でこれなくなったんだってね」

「え、アルトリアさん来てないのか。なんでだ」

 

 アルトリアがドタキャンするなんて、それなりの事情があるに違いない。理子は山田からそれを聞いたらしいが、理由までは聞いていなかった。おそらく山田はヤマトタケルから聞いたのだと思われる。一成が道具を片付け終わったヤマトタケルに眼をやると、そのまま桜田や氷空に絡まれていた。

 

「大和さん! あの、パフォーマンスと、あと女子の男装もみてもらえませんか!?」

「……そうしたい気持ちは山々だが、用事があってな。今日は代理を呼んでおいた。また近日集まると聞いているから、その日時を教えてくれればまた来る。連絡先を教えておこう」

 

 ヤマトタケルはGパンのポケットからスマホを取り出すと、話しかけた桜田と氷空だけでなく話の内容を聞きつけたクラスメイトたちとも、ぞろぞろとラインを交換し始めた。

 一成はそれを遠巻きに眺めつつ、いつの間に現代機器を操れるようになったのかと訝しんでいた。もしかしたらマスターの明より達者になっているかもしれない。

 

「つかあいつ、ダンスは見ていかないのか……」

 

 一成はてっきりヤマトタケルが最後まで見ていくのだと思っていたが、違うらしい。文化祭準備が終わった後、理子も加えて一緒に碓氷邸に行こうと思っていた一成は、教室を出て行こうとするヤマトタケルを引き留めた。

 

「おいセ……大和、アルトリアさん来てないってどうしたんだ」

「……ああ、アルトリアがどうこなったわけではない。怪我をした明の面倒をあれがみるため、来ていない」

「怪我ァ!? 何でだよ!」

「話すと長い」

 

 実は明の怪我の為、セイバーズは二人して今日の女装・男装講座をギリギリになって断ろうと思ったらしいが、「流石に二人も残さなくていい。約束したのだから、せめてどちらかだけでも行った方がいい」という明の鶴の一声で、初めに話を受けたヤマトタケルは行くことにしたという。

 しかし全く予想しなかった返答に、一成は慌てた。明が怪我をするというとどうしても聖杯戦争の時の大怪我が脳裏をよぎってしまう。

 

「大丈夫なのか? それ、まさか聖杯戦争再開の……」

「いや、その件とは全く関係ない怪我だ」

 

 魔術に関わる事柄だからか、ヤマトタケルは詳細を話そうとはしなかった。しかしここまで話されては、また明に聞きたいことが増えてしまった。

 

「……あのさ、俺これが終わったら碓氷の家に行こうと思うけど」

「……? 何故?」

「ちょっと碓氷に聞きたいことがあるんだよ。一応、碓氷の親父さんには昨日許可を取ったんだけど」

 

 その時、一瞬ヤマトタケルの顔が恐ろしく渋いものになった。が、直ぐにいつもの無愛想に戻った。彼は暫し迷ってから、ゆっくりと頷いた。

 

「わかった。明も昏睡しているわけではないからな、話だけなら構わないだろう。ところで、榊原、理子といったか……お前も来るのか?」

「……あ、はい。行きます。はい」

「了解した」

「おーい一成! 何してんだ~?」

 

 いつの間にか一成たち以外の女装軍団はさっさと移動を始めていたようで、教室にはもう一成、理子、ヤマトタケルの三人しかいなかった。階段から顔を出して呼ぶ美少女桜田の声に呼ばれ、戸惑いながらも一成らはヤマトタケルに向けて頷き、別れた。

 

 ダンス合同練習の体育館には、すでに二人の不審者、もとい勇士が仁王立ちしていた。方や筋骨隆々たる三十代半ばに見える益荒男で、TシャツにGパンのラフな格好をしている。方やこの暑い中、真っ赤な褞袍を羽織り、竜が編まれた派手な着流しを身に着ける歌舞伎役者。

 先に体育館に来ていた男装女性陣や女装男性陣は、見慣れぬ人物を遠巻きにしていた。

 

「セ……大和健代理の、本多忠勝だ!」

「同じく代理の、アサシンだ!」

「……何でお前らがダンス教えに来たんだ?」

 

 本多忠勝ってダンス得意だったっけ? 歌舞伎はダンスの一形態ともいえなくはない? というかどういう人選? と一成の頭の中には謎ばかりが浮かんだが、おそらく彼らは善意で来ている。ただの暇人かもしれないが。

 

「ヤマトタケルのセイバーに頼まれてな。ちょうど手すきであり引き受けたが、よく考えてみれば儂らは現代のダンスには精通していない」

 

 そりゃあそうだ。精々、見ず知らずのムキムキのおっさんと歌舞伎役者がなぜか一緒に文化祭ダンスの練習をするだけのような。あの山茸(ヤマタケ)、何を考えている。

 

「……あの~、大和さんが呼んだ代理っていうのは、貴方たちですか?」

 

 勇敢にも女装状態の桜田が二人に声をかけ、ランサーとアサシンは自信満々にうなずいていた。大多数のクラスメイトはまごついていたが、理子は魔術師、彼らが何者かを察して複雑な顔をしていた。

 

「よし、お前ら始めるぞ! で、何を踊るんだ」

 

 ダンス曲は三曲。一つ目はレディーガガの「Judas」。カッコイイダンスナンバーなのだが、元のダンスの難易度が高いために元々自信がある者、体育で成績のいい者が担当だ。

 

 二つ目はマイケルジャクソンの「Bad」、三つめは妖怪ウオッチの「妖怪体操第一」である。前回のダンス練習では、JudasとBadを担当別に分かれて練習していた。

 今回は全員が交代で踊る、妖怪体操第一の練習だ。ちなみにこの選曲はダンスとしてカッコいい曲、それなりに踊れそうな曲、文化祭二日目は一般の人も来るため、小さい子ウケもするみんなが知っていそうな曲ということである。

 

 妖怪体操第一の振り付け自体は難しくない。今日は朝寝坊した~やら、歌詞と振り付けが一致している箇所も多く覚えやすい。ランサーとアサシンはまずどんなダンスなのか把握するために、一成たちが踊るのを見学していた。

 

「ああ、これか。スーパーなどでも流れているあれに振り付けがあったのだな」

「キャバクラで娘が好きだから覚えたんだ~~とか言ってるオヤジがいたな」

 

 ランサーとアサシンも歌自体には覚えがあったようで、感心したように頷いた。一曲通しで踊ったあと、理子が進んで二人に尋ねた。

 

「どうですか、曲自体は知らなくても、観客として出来栄えは」

 

 完全に怪しいおっさん二人なのだが、委員の桜田や理子が全く不審者扱いしていないこと、またその二人の不思議な威厳によって、クラスメイトたちは真面目に二人の意見を(とりあえずは)聞こうとしていた。

 

「うむ、形になってはいると思う。助言をするなら……これは踊りだが、「体操」であろう。腕を伸ばしたり足を延ばしたりするところは、中途半端では体操にならんな」

「……まずはランサーの言う通りだと俺も思うけどよ……俺は全体が気になるぜ。話を聞くに、演目はこれ一つじゃねえだろう。……全体の構成を考えてるヤツは誰だ!」

「お、俺ですけど」

 

 おずおずと顔を出してきたのは、ミニスカセーラー服の山田蓮太郎。全体の仕切りをしているのは委員長コンビだが、演出やどんなセットが必要かの案を出しているのは彼だ。演劇部所属の経験を頼りにされての役目である。

 

「知らざぁ言って聞かせやしょう。俺ァこれでも歌舞伎に一家言ある男でな……ダンスはダンスだけであるものじゃねえ。全体の流れが大事で、どのタイミングでどの演目を出すか……まずはそれを聞かせてもらおうか」

 

 アサシン・石川五右衛門。歌舞伎に一家言ある、というより歌舞伎にて描かれた人物像の幻想。だが端から見れば日常から歌舞伎役者のような恰好をしている変な人であり、山田は完全におびえながらアサシンに近づいた。

 そして近づいたが最後、首根っこを捕まれて体育館の端まで引きずられていった。

 

「おい一成、あの人大丈夫なのか!?」

「……大丈夫だ、なんかスイッチ入ってる感じあるけど……」

 

 アサシンは一般市民に手を出す英霊ではない。ただ文化祭の演目について真面目に演出を考える気になっただけだろう。こっちにも(プロデューサー)がいたのか。ランサーはランサーでアサシンを放置し、儂も大体覚えたし踊るぞと意気込んでいた。

 

 体育館で踊り続けてはさすがに熱中症になってしまう。一時間ほど皆で妖怪体操第一を踊ったところで、体育館の使用時間も過ぎて解散の運びとなった。

 アサシンに連れて行かれた山田は、二人で悪巧み……ではないが、ダンスとは別次元の話し合いをしていたが満足げな表情だった。

 

 丁度時間は昼近くで、男子と女子で分かれて着替えた後はそれぞれ帰るなり、仲のいい者同士で昼ごはんに行くなりする。

 

「おーい一成、本田さんとアサシンさんも一緒にメシ食いに行くんだけど行こうぜ」

 

 すっかり着替え終えた桜田、それに山田など数人がランサーとアサシンを捕まえて教室の出入り口に立っていた。流石桜田、十以上歳の離れた兄とその友達と遊んでいるだけあって年上に慣れている。というか他の連中も人見知りゼロか。

 

「わりー俺今日用事あるわ。パス!」

「マジかよ! わかったじゃあな!」

 

 若干ランサーやアサシンたちの言動に不安を抱かないでもなかったが、あの二人はかなり器用なサーヴァントだ。うまく楽しくやるだろう。桜田たちに手を振りながら、一成は教室内を見回したが、すでに彼一人になっていた。

 

「……さて、榊原は榊原で行っただろーし、碓氷の家に行くか」

 

 文化祭準備後に理子と一緒に行っては余計なウワサを招きそうだと思った一成は、碓氷邸前で集合と言った。かなり腹が減ってきたが、食事をとってから行こうと連絡し直すのも面倒くさい。

 よし、と一成は気合を入れると、鞄をかついで教室を後にした。

 

 碓氷邸に向かう道すがら、明が怪我をして休んでいるとのことで、一応見舞いとして個人経営のケーキ屋でショートケーキとチョコケーキ、フルーツケーキ、チーズケーキを買った。少々、財布に堪えた。

 相も変わらずうだるような暑さのため、急いでいかないとクリームが溶けるかもしれない。碓氷邸の正門の横には、暑さにうんざりした顔つきの理子が立っていた。

 

「わりぃ、待たせたか」

「十分くらいよ。……そのケーキは?」

「ほら、なんか知らねえけど碓氷が怪我しみたいって言ってたから、見舞いだよ」

「……ふうん、案外気が利くのね」

 

 何故か理子が先程より不機嫌になったように見えて、一成は首を傾げた。だが彼女の方が何も言わずに、素早く碓氷邸のベルを鳴らしていた。チャイムを鳴らすと、ダンス練習を抜けてすぐに帰っていたらしいヤマトタケルが顔を出した。

 

 もう最強Tシャツではなく、Yシャツと黒のスラックスだった。わざわざ門にまで出てきて――明曰く、魔術錠の一種で制御しているため、門の開錠のために出迎える必要はない――開錠し、一成と理子を招き入れた。

 

 いつも仏頂面のヤマトタケルだが、今は輪をかけて愛想がない。教室ではキモいくらいにノリノリだったため、より差が激しい。学校での話と今のヤマトタケルの態度で、聞きたいことが増えてしまった。

 庭を横切りながら、早くも一成は口火を切った。

 

「……碓氷が怪我したっつってたけど、どうしたんだよ。」

 

 次期春日市管理者たる彼女が怪我を負う事態など、あまり良い想像ができない。単なる事故か何かであればよいのだが……そもそも、何かあれば明が戦うよりも先にセイバーたちが相手を倒しにかかるのではないか。

 ヤマトタケルは重々しく、言いづらそうに口を開いた。

 

「……昨日、明の父が帰ってきた。そして昨夜明の父と戦闘をし、その結果として明は怪我を負った」

「……は?」

「詳しい話は後だ。というより榊原、やはりお前も魔術師だったのだな……そんな気はしないでもなかったが」

「そっか、お前は榊原が魔術師の家系だって知らなかったな」

 

 一成の知る限りでは、理子とヤマトタケルの接触はカフェと今日の教室だけである。理子が魔術師であると知るタイミングは一度もなかったはずだ。だが明から聞いているのか。ヤマトタケルは特に抵抗もなく理子も迎え入れた。

 

「……世話になっているな」

「え、いや、そんなことは」

 

 理子はしどろもどろになりつつも、こくこくと頷いた。ヤマトタケルは二人に背中を向けると、すたすたと碓氷邸玄関へと向かう。一成たちは彼の後ろについていく。

 玄関の脇にある真新しい犬小屋の中では、水をなめつつも、暑さに真神三号がだらけていた。

 


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