Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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夜② 聖杯戦争、再開

 昨夜の屋敷の魔術工房化は、明け方には完了した。

 この屋敷は元々海外から来た老夫妻が暮らしていただけあって、適度に閉塞感もあり西洋魔術には適している。ハルカは引きこもり、敵を迎撃する気はない――自ら打って出てサーヴァントと共に戦場を駆けるつもりだ。

 ゆえに家は敵襲を知らせ、足止めの宝石魔術・集中砲火を食らわせる程度の工房化で、異界につなげるほど手の込んだものにはしなかった。ただ工房化についてはキャスターがハルカよりも取組み、彼女曰く「絶対発見できない! 道端の石ころみたいな工房にしました!」と豪語していた。

 

 ハルカは少し周囲の偵察でも行おうかと思っていたが、眠気に襲われ仮眠をとると昼になっていた。それでも昼間の内に地形などを把握しようと、散歩に行き周辺を歩き回って体を日本の夏に慣らしていた。

 まだ自分の記憶も体調も、どこかおかしい。だが悠長なことはいっていられない――今日こそは行動を開始する――記憶ははっきりせずとも、用意した宝石を袖の中に携え、衣服にほつれのないこと、体調・魔術回路ともに不安がないことを確認し、彼は一人頷き背後を振り返った。

 

「準備は整いました。行きますよ、キャスター」

「えっ!? 見たいテレビがあるんですけどぉ!?」

 

 リビングの二人掛けのソファに座り、テレビのリモコンを操っているキャスターは愕然とした表情でハルカに振り返った。テレビ程度でこの世の終わりのような反応をされたことも頭が痛いが、最新機器に疎いハルカも今日日のテレビは録画もタイムシフト視聴も自由にできることくらい知っている。

 どうしても見たいのであれば、録画なりなんなりして無事に今日を生きぬいてから見てほしい。

 

 ……とは思ったものの、ここにあるテレビは化石と言って差し支えない年代物で、かろうじてデータ放送が受信できるが録画機能は天に召されているようだった。良く考えればこの家自体十数年放置されており、前住んでいた人も老夫婦で、むしろ今時のテレビがある方が奇妙である。

 

「よし、ならば諦めてください。行きますよキャスター」

 

 あっさりと見切りとつけ、足早に玄関へ向かうハルカ。それを見て慌てたのはキャスターの方で、リモコンを投げ出して慌ててマスターの後ろに従った。

 

 キャスターのサーヴァントなら、引きこもって陣地を構築することが有利であることは常識である。だがこのキャスターの力を考えるに、そこまで陣地にこだわる必要はないとのハルカの判断に、彼女も従ったのだ。

 

 昼に春日市の地図を見て塵は頭に叩き込んである――ハルカはこじんまりとした庭に出てから、後ろに振り返った。

 

「ところでキャスター、何か乗り物は持っていませんか」

 

 ライダーではないのだから、ハルカはそこまで期待していたわけではない。ただ万が一空を飛べたり海を走れたりするならば、それだけで戦闘のアドバンテージになる。

 そしてそれに乗って移動できるならば、余計な体力を消費しないだろうと思っての問いだった。

 

「あります……アラビアンナイトの魔法の絨毯的なものというか……はいっ」

 

 キャスターがどこからともなく取り出した榊の枝を振ると、目の前には――大き目の絨毯のようなものが現れた。色は薄い緑色で、触り心地もふわふわとしておらずざらついているが、不愉快ではない。草を丁寧に編んで作られたと思われる、軽やかな敷物だった。

 

「……これは、ジャパニーズ……畳? 茣蓙(ござ)?」

 

 古代の畳は、茣蓙(ござ)(こも)などの薄い敷物の総称であり、現代の厚みのある畳とは異なる。畳んで部屋の隅に置いたことから、動詞である「タタム」が名詞化して「タタミ」になったのが語源とされる。ちなみに畳が今の形状に近くなったのは平安時代になってからであるため、彼女はそれ以前の人物ということになるのだが、日本文化に疎いハルカはそこまで察せてはいない。

 

 

「ハイ! 空飛ぶ敷物です! あと多分、これ自体に凄い力とかないですよ? 水の上を走ることもできますが、ほんと移動用なので」

 

 それは大丈夫なのか? とは思うものの、腐っても英霊の乗り物である。見た目が牛車や馬のように力強さに欠けても、見た目だけであろう。

 

「ならばそれに乗って春日を回り、把握をしましょう。気になる場所に至ったときには降ろしてください」

「了解です。ささ、後ろへどうぞ」

 

 キャスターが宙に浮く畳に跳びのり手招きするので、ハルカは彼女の後ろに乗り込んだ。畳自体はかなり広く、あと二三人乗り込んでも余裕がある。この草の匂いは井草というのか――とハルカがとりとめもなく考えた時、畳は垂直に浮上した。

 

 真夏の夜の現実――先ほどまでいた屋敷を眼下に、ハルカとキャスターは空高く浮かんでいた。日本の夏は気温もあるが湿度も高く不快だと十年以上前にも感じたが、やはり今年もダメで真昼間の散歩もなかなかに北国育ちのハルカには堪えた。

 それに比べれば夜は遥かにマシで――湿度は相変わらず煩わしいが――高所になったこともあり吹き付ける風があるために、過ごしやすさを増していた。

 乗り心地は悪くないが、アラビアンナイトの絨毯同様、これ自体は布一枚のためあっさり転落してしまいそうな感じがする。

 

「ふふん、マスターご安心を。これは腐っても巫女の乗り物です。神様にはちょっと弱いですが、そんじょそこらの戦闘機以上の強度と安全性はあるのでご安心を。ただ本当にただの乗り物で、宝具を耐えれるとか実は対粛清防御の秘めたる力がとか全くないので!」

「なるほど」

 

 ハルカもそこまで期待してはいなかったので、落胆はない。彼女がかなり変わったサーヴァントであることは確かではある。それでもハルカはこの英霊と聖杯戦争を戦う気になっているのだが――この違和感は、何か。

 自分が共に戦うはずだったサーヴァントは、彼女ではなく、彼で。

 キャスターではなく、おそらく別のクラスで。

 聖杯に願いはないものの、熱き戦を求めて戦う最強ではなかったか?

 

 いや、そんなはずなはい。ハルカはゆるゆると頭を振った。

 

「それでは今日は駅周辺を回った後、碓氷邸と土御門神社を回りましょう。今の二か所はここ一帯でも霊地に数えられています」

「はい!」

 

 風を切って進む畳は、音もなく宙を滑って移動する。今は夜十一時近いが、終電は十二時過ぎのため駅周辺の店はまだ営業中であるところもちらほらとあり、人影も多い。

 こんなところで戦闘を始めるサーヴァントはまずいないだろう。営々たる文明の光を後に、彼らは駅から北上して美玖川に至る。上空とはいえ水辺ゆえか、駅前よりも涼しく感じられる。良く晴れた夜に輝く月は半月で、凪ぐ水面にその姿が映し出されていた。

 

「フフフ、人気もなくて私たちだけですね、マスター」

「ええ。この時間となると人気もないでしょう。それにここは川に沿えば対城宝具も放ちやすく決戦向けの場所ですね。サーヴァントの気配は?」

「……私たちだけですぅ」

 

 どこか拗ねたようなキャスターの言葉を言葉だけ頭に入れ、ハルカは息をついた。

 

「それは残念です。他サーヴァントがいれば、あなたの力を見せてもらおうことができるのですが」

「私はマスターのことが知りたいですぅ~!」

「サーヴァントとして主の魔術師としての力が気になるのも然りですね。時が来れば私も敵マスターと戦う時が来るでしょう」

 

 何かズレた会話に違和感を懐いたのはキャスターのみで、ハルカのほうは淡々と考えを述べた。キャスターは大きなため息をついたが、ハルカはそれに頓着しなかった。

 

「もうここはいいです。駅周辺を周回した後に碓氷邸を眺めた後、土御門神社へ行きましょう」

「は~い」

 

 春日総合病院の上空を旋回し、そのまま南下して碓氷邸を上空から観察した。実に管理者の屋敷らしく強固な結界に守護された要塞であり、ここに突入するのは避けるべきであろう。

 そしてさらに南下し、土御門神社に至った。碓氷邸に侵入することは避けたが、もうひとつの霊地たるここは探索を避ける理由はない。ハルカはキャスターに命じ、丘の上の境内に着陸させた。

 

 静まりかえり闇に沈んだ境内に光はない。流行っている神社ではないためか、灯篭でライトアップされていることもない。ハルカは石畳に添って本殿に向かいながら、辺りを一瞥した。

 

「なるほど。確かにそれなりの霊地ではあるようですね」

 

 誰かに占拠されている様子もない。こちらに陣を張る手もないこともないが、教会から提供された陣地をわざわざ引き払うほどか。それに、最終局面に至るまで同盟を組む予定の碓氷に無言では、要らぬ誤解を招く。

 

 

 ――そういえば、教会と碓氷と私で同盟する話であったが、連絡手段はどうするのだったか……?

 

 今の屋敷をあてがわれているのだから、自分が一度教会を訪れたことに間違いはない。しかし教会を訪れた記憶も教会で触媒を受け取った記憶も虚ろなまま。

 これは、再度教会を訪れたほうがいいのかもしれない。

 

「あの、マスター? 眉間の皺を伸ばしてもいいですか?」

「よくありません」

 

 気付けば自分の顔をキャスターが覗き込んでいた。気づいてはいたが、よく見れば実にかわいらしい顔立ちをしている。やや童顔のため、おそらく実年齢より若く(幼く?)見えるのだろう。

 ハルカはキャスターの額を手のひらで押し返した。

 

「ここまでこんな重要なことを忘れていたことこそが不覚ですが、キャスター。私は貴女を召喚してそのあと、召喚の反動で眠ってしまった。貴方が知っているのはここまでですよね」

「……そうですけど? 何か変な事でも?」

「記憶に混乱があると、先日あなたにも告げたと思います。それが今でも回復していません。やはり心当たりは召喚だけなのですが」

「……」

「あなたも自分の真名が思い出せないと言っていましたね。そちらは?」

「……申し訳ありません。まだ……」

「あなたが謝る事ではありません」

 

 キャスターは恐縮しているが、彼女に非はない。召喚時の異変によりこの事態となっているならば、原因は呼び手であるハルカにある。

 一体数日前の自分はどんな状況下で召喚を行ったのか――それを知るのは、教会の神父のみか。

 

 石畳から外れ土の地面を踏みつつ、二人はぐるりと周囲を一周した。神社自体は碓氷の支配よりも古くからあったと聞いているが、本殿はとても新しい。つい最近立て直したばかりのようだ。

 

「……仕方がないですね、しばらくは様子見します。もし気にかかったことがあれば、何でも私に言ってください。ところで、ひとつ質問したいのですが」

「はい! スリーサイズですか? 上から「違います。この地は確か四神相応の地だと伺っています。四神相応とは東に流水、西に大道、南にくぼ地(池など)、北に丘陵が備わる土地だと。しかしここ春日はそれと比べると、四神相応と言えないのでは?」

 

 キャスターの言葉を遮り、ハルカは話を聖杯戦争関連に引き戻した。春日は西に春日港(池など)、東に大西山(丘陵)、南に丘の土御門神社、北に美玖川(流水)、となっている。大本の理論からすると、春日市は四神相応の地ではないのだ。

 それでもハルカはここが霊地であることを認めてはいるが、東洋の魔術に造詣が深くない為理論がわからない。

 

 キャスターは自分の話を遮られたことに不満げだったが、ハルカの問いには答える。

 

「ん~~四神相応て元は中国からの思想なんですけど。日本の四神相応は、日本に伝播した後にこの土地に合うように変えられちゃったものです。それに北は山とかっていうのは時代とさらに細かい地勢、龍脈の位置によってもかわっちゃうので絶対じゃありません。ここ春日は、大本の中国や朝鮮の理論に近い感じがします」

「そうなのですか」

 

 中国や韓国の四神相応は、背後に山、前方に海、湖沼、河川の(すい)が配置されている背山臨水の地を、左右から()と呼ばれる丘陵もしくは背後の山よりも低い山で囲むことで蔵風聚水(風を蓄え水を集める)の形態となっているものをいう。

 しかし四神相応の解釈は日本においても現代に至るまで割れ続けており、先ほどハルカが述べた説が一般的になっているのは平安京という一大魔術都市の存在に尽きる。その平安京こと京都でさえ、現在南の窪地(巨椋池)が埋め立てられていて厳密な意味での四神相応ではなくなっている。

 

「あれは方位の吉凶を利用して龍脈地脈の流れを読み取り、できるならば池をつくったり川をつくったりして流れを整えて、その中央に魔力を貯めることが目的なんです。と言っても治水事業は今も昔も国家事業なので、完全な事例が平安京とか江戸城にしかならないんです。春日みたいな一地方都市の有力者レベルでは、余裕でズレます」

「……なるほど」

「とはいっても私、陰陽術あんまり知らないので。詳しいことは安倍晴明さんとかに聞いてください。彼の子孫とかなら現代にもいるのではないでしょうか」

 

 興味はあるが、今専門家を捜して問う余裕はない。聖杯戦争を勝ち抜いた後に調べてから帰途につきたいものである――ふと、ハルカはキャスターを振り返った。

 

 夜の帳。人ならぬものを崇め奉る神域――この夜の神社という空間に、彼女の存在は酷く似つかわしく感じられた。吐き出される恋愛脳じみた言葉はあれど、きっと生前からこのような場所に馴染んでいたのだろう。よくわからない、と言いながらも魔術について語るように。

 

「キャスター」

「はい! なんでしょう?」

「……あなたは本当にキャスターらしいキャスターなのでしょうね」

「よくわかりませんけど、私もそう思います」

 

 真名のわからぬサーヴァント。しかし真名を忘却していても、体は伝説を体現する英雄のもの。生前どのようなことをしていたか、エーテルで構成された肉体も覚えている。キャスターは嬉しそうに言った。

 

「まだ自分で自分の力すら完全にわかっていないサーヴァントですが、それでも確信があります。私はきっと、LOVERのサーヴァントに相応しい力が「一通り神社は見ました。特に異変もなさそうですし……ちょっと教会に行ってみたいですね。あちらの階段を降りてから畳に乗りましょう」

「マスタースルースキル高いですね!?」

 

 さっさと踵を返して鳥居の方角へ向かっていくハルカに追い付こうと、キャスターは小走りで追いかけてくる。このキャスターの頼りなさ、自分の記憶の混濁など不安材料もある――今日はまだ敵陣営に鉢合わせなくてよかったのかもしれない。

 

 土御門神社は小高い丘の上で、周囲を林に囲まれている。見通しは悪く、斜面の様子はやはり林にかこまれている。だがまるっきり人が通った跡がないわけでもなく、神社の者が立ち入っているらしい気配があった。石階段は長く、段数にして百段以上はある。神社は夜間立ち入り禁止になってはいないが、わざわざ深夜にここに来るのは肝試し目当ての学生くらいだろう。

 

「……近くの家で飼っている犬の遠吠えですかね」

 

 遠くから聞こえる獣の吠え声。神社には犬を飼っている様子はなかったため、ハルカは何気なくそう推察した。

 

「でも、犬より狼っぽい感じしますね」

「犬は狼を家畜化したものといいますし、似ていてもおかしくないのでは?」

 

 世間話をしつつ、ハルカがキャスターを先導して階段を降りていく。ハルカの方が大分先に階段を降り切り、まだかと彼女を振り返った時――「……! マスター! 多分後ろ!」

 

 キャスターの高い声と同時に、ハルカは住宅街へと目を向けた。時すでに遅し――何かが迫っていることはわかるが、対応できない。とっさに袖に仕込んだ宝石を手に取ったが、手に取った時に、既にそれは指呼の間にあった。

 長い黒髪にロングスカートのようなものを穿いた、大柄な女性。表情までは伺えず、疾風の如きスピードで迫りくる。その速度は、既に人間のそれではない。

 

「……、!」

 だが、疾風はなんらハルカに危害を加えることなく、すぐ隣を駆け去って行った。遅れて巻きこまれた風が吹き抜け、疾風の主はあっという間に闇に紛れて見えなくなった。

 

「マスター! 大丈夫ですかっ」

 

 転がり落ちそうな勢いでキャスターが階段を降り切ったときには、すべてが終わっていた。いや、何も始まってすらいないのだが。ハルカが見つめている闇の中を同じように見つめ、キャスターは嘆息した。

 

「……な、なんか人だかなんだかよくわからない気配だったんですが、今のは、」

「……ただの人間とは思えない速度でした」

 

 魔術師であれば――強力な魔力殺しの礼装でも身に着けていないのであれば、ハルカが気づく。先程の一瞬、ハルカは完全に反応で後れを取っていた。はっきりとした正体はつかめていないものの、一つの可能性が脳裏をよぎる。

 ――気配遮断のスキルをもつ、アサシンのサーヴァント。

 もちろん、可能性の域を出ない。だが十二分にあり得る可能性に、ハルカは悪寒を禁じ得ない。

 

 

「……なんにせよ、今のは僥倖です。マスターが御無事でよかった」

「私も油断していました……これはやはり、一度教会に行くべきでしょう。記憶をよみがえらせる手助けになるかも「マスター! サーヴァントですっ!」

 

 刹那、キャスターがハルカの前に躍り出た。どこから取り出したのか、彼女は大きな鏡を出現させて攻撃をそれで受けた。

 

「……っつぐう!」

 

 与えられた衝撃に耐えきれず、キャスターは足を浮かしてハルカを巻きこんで吹き飛んだ。その距離およそ五メートル。キャスターはすぐさま立ち上がった――だがそれが可能だったのは襲いかかってきた何者かが、追撃してこなかったからである。

 

 魔術的には境界記録帯(ゴーストライナー)と呼ばれる最強の使い魔、サーヴァント。

 ハルカの傍らにあるキャスターと同等の、敵。

 

 シニョンに結われた金髪、蒼を基調とした衣装(ドレス)に銀の鎧――そして何か構えているのは解るが、何かは見えない――不可視の武器を所持した、キャスターと同じ年の頃の少女だった。

 


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