Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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夜① 異変調査開始

 午後十時五十分。終電にはまだ早く、かといって帰宅ラッシュは遥か前、駅ナカの施設も多くが閉店している時間帯――一成は約束の時間より一足早く、集合場所にやってきた。

 礼装である神主衣装で来ようかとも思ったが、駅前でその恰好は目立ちすぎると思ってTシャツとGパンにした。というか、神主スタイルで深夜の駅前をうろつく高校生は補導対象である。

 

 ヒマだったので早く来てしまったが、多少手持ち無沙汰だ。なんとなくまだ営業しているカフェを覗き込んでみたが、客少なであり……と、見知った顔を見つけた。一成は思わずガラス張りの壁にはりついてしまった。

 

「……悟さん……!?」

 

 角度の都合で、一成からは正面を向いている山内悟の顔しか見えない。そして彼に向き合っているのは、なめらかな金髪を持つ、美女。紺色のフレアスカートに白のブラウス。

 この夜遅く、まさか不倫……、家庭崩壊と思いきや、その麗しい女性の後ろ姿からそれはないと一成は判断した。

 というか、むしろ悟の身の方が危ないのかもしれない。一成は様子を伺おうと、急いで外に面した入り口である自動ドアからカフェに入った。ラストオーダーも終わった、人の少ない店内を縫って二人に近付いた。

 

「あら、陰陽師のボウヤかしら」

「……! 土御門君!」

 

 後ろに眼でもついているのか――金髪碧眼の女は振り返らずに言った。その声で悟も一成の存在に気づいたようで、ほっとした声を上げた。

 

「シグマ……あんた、悟さんと何してるんだ」

 

 金髪の女――シグマ・アスガードはくるりと振り返った。「見ての通り、世間話よ」

 

 いけしゃあしゃあと女は言った。見たところ、本当に何もしていないようだが――そもそも、彼女が本当に何かしようと思ったら駅などという人の多い場所で行いはしない。

 一成は今更それに思い至ったが、相手がシグマなだけに不安だ。というかシグマが悟と話すことなどあるのだろうか。

 

「悟さん、何してるんですか?」

「う~ん、話をすると長いんだけど……俺は八時くらいに残業を終えて、駅ナカで弁当を買って帰ろうと思ったらシグマさんと行きあわせて、一緒に映画を見るハメになって、今」

「……?」

 

 ……奥さん一筋らしい悟が浮気、とは一成には想像しにくかったが、大人のアバンチュールはわからない。しかし悟自身もこの状況を意味不明に思っているのか、困惑した顔つきで答えた。

 やはり一成はさっぱり要領がつかめなかったのだが、この再開された戦争のこともある――一成は意を決してシグマに対し口を開きかけたが、彼女の行動の方が早かった。彼女は勢いよく立ち上がると、飲みかけのコーヒーを一成に押し付けた。

 

「あげるわ」

「は?」

 

 コーヒーは苦いから好きではない。それよりもこれはもしや間接キスになるので「じゃあ山内悟、そろそろ愛の巣に帰りましょう」

「はっ……!? 愛の巣!?」

「ちょっ、シグマさん!? 誤解を招くようなことは「陰陽師のボウヤ、私、今この人とこの人の家で暮らしているの。ほんとよ」

「……大人って、いろいろあるんだな……」

 

 一成は一歩引いて、小声でつぶやいた。聖杯戦争中、妻と娘が大好きといっていた彼は、どこに行ってしまったのだろう。でも、大人にはいろいろあるんだろう。これ以上踏み込むと、大人の泥沼世界にダイブすることになる。そういえば、桜田が所属していたサッカー部では、先輩がマネージャー二人と二股かけて大修羅場になったっていってたな。くそう片方俺にくれよ……一成は妄想を飛躍させてしまったが、重要なのはそこではない。

 

「……おい、シグマッ! 愛の巣……はともかく、再開された聖杯戦争でまた何かやろうとしてるんじゃないだろうな」

「? それは知ってるけど、何もしないわよ。私はここでは、翼をもがれたエンジェル? みたいなものだし。ただの普通のシグマ・アスガードよ」

 

 笑う女の碧眼が、一瞬金色に見えた。だがそれは本当に一瞬で、気が付いた時には碧眼に戻っていた。

 

「再開された聖杯戦争、そんなうわっつらの話、興味ないの。今の私は一般人の生活を楽しむ一般人なんだから。あ、どうせいらないし、これあげるわ」

 

 シグマは椅子に掛けていた白いロングコートを引っかけると、コートの中に入れていたらしいものを一成の手に押し付けた。白い手で渡されたものは硬い玉……否、ルビー、エメラルド、サファイアなど、輝きが目にも鮮やかな宝石だった。しかしこのように高価なものを受け取る謂れは一成にない、というよりあとからいちゃもんをつけられたくなかった。

 

「おいいらね……っていない!?」

 

 店内を見回しても、すでにシグマの姿はなかった。一成も悟も、狐につままれたような表情で視線をかわした。

 一成は押し付けられた宝石を、とりあえずそのままGパンのポケットに押し込んだ。

 

「……何だあいつ」

「俺にもわからない……シグマさん、わからないことしかないし」

「……愛の巣」

「そ、それは本当に誤解なんだ!」

 

 このままだと不倫野郎扱いされることを危ぶんだ悟は、シグマとアサシンが家で酒盛りをしていたときのことから一成に解説した。

 シグマはよくわからない行動をして映画につき合わせたりはするが、悟に危害を加えてきたことは一度もない。一成はまだ若干胡乱な目つきをしていたが、とりあえず納得はした。

 だが、今の話の中で悟にも聞きたいことがあった。

 

「土御門君、さっき、聖杯戦争が再開されたっていってたけど」

「……アサシンは何か言ってませんでしたか?」

 

 悟は首を振った。アーチャーが知り得ていることを同程度にアサシンも知っているとしても、悟に言わないことはありえる。アサシンは聖杯戦争の真っただ中で、悟は戦争に関わるべきではないと思い続けていたサーヴァントだ。

 危険が迫る事態でかつどうしても必要にならなければ、自分から悟に協力を仰いだりはしないだろう。

 

「……アサシンは俺に危険が及ぶことにならないといわないと思うけど、こんな時間に君が出歩いてるのはその件が絡んでるのか?」

 一成は頷く。「再開はしましたが、聖杯はないみたいなのでどの陣営も戦う気がないみたいですけど……でも異変は異変なんで」

「……そうか。無駄かもしれないけど、無茶をしないで」

 

 悟は一般人の側で、一成は魔道の側で。関わるにしてもこのような会話はないはずだが、聖杯戦争という一点において交わってしまったがゆえの今の状況。

 

「はい「あの、閉店の時間なのでご退席いただいても……」

 

 その時、背後から緑のエプロンをつけた店員が、申し訳なさげに声を掛けてきた。気づけば時間は十一時――店の閉店時間であり、理子との約束の時間である。

 一成は悟に挨拶をすると、慌ててカフェを飛び出した。

 

 

「遅い!」

「に、二分遅れただけじゃねーか……」

 

 南口、電光掲示板の前で仁王立ちする理子。彼女にも礼装があると思うが、人目を考えてTシャツにパーカー、キュロットにスニーカーの先日と大差ない恰好だった。

 理子は怒ってはおらず、じろりと一成を一瞥すると空を見上げた。

 

「まあいいわ。じゃあ探索に行きましょう……何か心当たりの場所、春日聖杯戦争で戦場になった場所とかを見て廻ればいいのかしら」

「おう。この近くだと……美玖川とか土御門神社か。そういや聖杯戦争の時、真凍が春日総合病院に入院してたな」

「とりあえず病院を眺めながら川に行きましょう」

 

 聖杯戦争自体は一成が経験した戦争である。一成が先導し、二人は真夜中の春日市に走り出した。

 

 

 

 *

 

 

 

 ――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――。

 疾うに怨嗟は聞き飽きた。今更人の悪意ごときですぐにやられはしないものの、一体いつまで耐えられたものか。しかもこんなものを傍らに置きながら、平和を願うのも骨が折れる話である。

 

 

 診療時間も終了し、夜勤の看護師と当直の医者のいる部屋の光が漏れる春日総合病院。深い眠りについた病棟の屋上のフェンスに立っているのは、GパンにTシャツ、腰には刀を携えた隻眼の男だった。

 そしてフェンスの内側には漆黒の呪いを塗り固めたような、泥に似た狼たちが眼ばかりを赤く光らせて蟠っていた。

 遊び相手の碓氷明は屋敷に不在で碓氷影景とともにどこかに出かけているために、彼は無聊を囲っていた。

 退屈そうに春日の街を見下ろす復讐者のサーヴァントの視線の先には、高校生と見える男女二人組――土御門一成と榊原理子の姿があった。どうやら彼の少年少女はこの春日の異変を調べようとしているらしい。

 土御門一成――千里天眼通保持者であるが、現在は魔力不足により使用不可能。だがキリエスフィールなどとパスを繋ぎ魔力を補うことで今も使うことができるはず――得たこの知識からすれば、土御門一成は十分春日を崩壊せしめる力を持つ。ライダーや碓氷明同様、声をかけることをしてもいいのだが――あれは春日を滅ぼすまいと、彼は接触を却下した。

 

 そうしてアヴェンジャーは一人で半ば呆れながら、眼下の少年少女を眺めて嘆息した。

 

「好奇心は猫をも殺す。知っていいことなんかなんもなくても、調べずにはいられないってか」

 

 

 春日総合病院――聖杯戦争中、軽い肺炎にかかった真凍咲が入院していた病院である。彼女は夜な夜なこっそり病院を抜け出し、病身を圧して聖杯戦争を戦っていた。折あしく病棟の中庭が戦場になり、神秘の秘匿が危ぶまれた一幕もあった――ということになっている(・・・・・・・・・・・)らしい。

 そもそも、あの女(・・・)に才知の祝福を持つ鈴鹿御前のような高い演算能力など存在しない。およそ並みの人間レベルの力でありとあらゆるつじつまを合わせようとしているのだから疎漏ばかりで、特に、

 

「本線で死んでいるヤツほどボロが出やすい。なんてったって、死んだのを生きてることにしてんだからな――」

 

 アヴェンジャーがフェンスを蹴って宙を舞った刹那に、先ほどまで彼がいたはずのフェンスが物凄い圧力で押しひしゃげていた。そして軽やかに屋上に着地したアヴェンジャーの目の前には、漆黒にして肉厚の刃が迫っていた。間一髪、腰元の刀で鞘を付けたまま一撃を受け止める。

 目の前には、アヴェンジャーよりも遥かに大きな体躯の黒の鎧武者。闇にまぎれた狂戦士は、怒号とも雄叫びともつかぬ大音声を発した。

 

「■■■■―――!!」

「……っとお!」

 

 鞘で黒の太刀を弾き返し、再び太刀が襲い掛かり幾合も幾合も剣戟が重なりあう。火花が散り、魔力が迸り、光が曲がる。鎧武者の圧倒的な筋力の前にも、アヴェンジャーは汗ひとつかくことなく応じている。速度は一時的に音速を超えて衝撃波を生み出し、床をフェンスを激しく震動させた。

 

「……俺を殺しにきたわけじゃなかろうに!」

 

 太刀を受けずに紙一重で躱し、鞘ごと刀をを投げつけたアヴェンジャーは、それが叩き落とされる一瞬の間に刀の間合いよりも狭い至近距離まで迫り、素手で武者の喉笛を貫いた。鎧武者は一瞬呻いたものの、彼にとって首が刺されようと捥げようと無傷に等しいため、ダメージそのものはない。

 それはアヴェンジャーも既知のこと。彼は血塗れになった手を振るいつつ、鞘を回収して、あっという間に距離を取った。

 

 もうもうと首から黒い霧を巻き上げながら、喉笛を突かれた傷は既になかったことになっている。鎧武者――バーサーカーにとっては、こめかみ以外に負う傷は無意味に等しい。

 一度落ち着いたものの怨霊として現界しているバーサーカー(新皇)は、腐ってもヤマトタケル(東征の皇子)であるものをを襲わずにはいられない。アヴェンジャーは自ら離れ、距離を置いた。

 

 どうせ最後には隠れている意味もなくなると了解しているため、これまでアヴェンジャーは本気で身を隠そうとはしてこなかった。本当に姿を隠す気なら街などふらつかずにどこかの廃屋や林にでも隠れているが、宝具で正体を隠蔽しつつも平然と春日を闊歩して楽しんでいる。

 また、マスターが理性のないバーサーカーを真昼間から歩かせることなど、普通はしない。夜も勝手に歩かせはしないだろう。ゆえにアヴェンジャーとバーサーカーが出会うことはなかった。

 

(バーサーカーの宝具は分身できる宝具……常に分身状態にあるなら全分身の場所をマスターである真凍咲が把握しているわけでもねえのか、それとも)

 

 それにしても、何故あえて春日総合病院にバーサーカーがいるのか。真凍咲に命じられた? でなければ。

 

 バーサーカーは黙して語らない。狂化がかかっていることもあり、彼がどこまで己の意志を持っているかはアヴェンジャーにもわからない。だがしかし、バーサーカーだからといってただ荒れ狂うだけの化物と見做すことは早計に過ぎる。名高い英雄であれば狂化がかかっても戦闘には野生の獣の如き理性が宿りうるうえに、ただ一つの思いが純化されたゆえのバーサーカーも存在する。

 ――理性をはく奪されているからこそ、理性があるものより遥かに正直(・・)だとアヴェンジャーは思う。彼らが何か思いを表現するならば、全ては行動になるのだから。

 理性なく、マスターの姿もなく狂戦士がここにいる理由。彼はここに居なければならないと思っている。

 隠れた矛盾に触れる者あらば、それを排除しなければならぬとここにいる。

 全てが明るみに出てしまえば、彼のあるじたる少女が壊れてしまうから。狂戦士は、ここではないところで、親を殺し人を殺し魔力を啜ってでも生きようとした少女の今を護ろうとしている。

 

「俺は、ここの平和を護るものだ。真凍咲をどうこうしようなんざ、思ってねえつか興味ねえよ――って、聞こえてんのか?」

 

 黒い霧に包まれたバーサーカーから、殺意は消えていない。彼が自分を抑えているのか収まったのかは不明瞭で、いつ再び襲い掛かってきてもおかしくはない。

 バーサーカー七体で襲われても遅れをとる気はしないものの、好き好んで戦いを起こすほど戦闘好きでもないアヴェンジャーは自ら屋上から身を引いた。彼はフェンスに足をかけ、足元にくすぶる呪が凝ったような、赤目の狼たちの群れに命じた。

 

「――三峰の(大神)、そいつを暫く止めておけ」

 

 そのセリフを最後に、アヴェンジャーは全くためらうことなく屋上から飛び降りた。屋上が視界から消え失せる直前に、我慢しきれずに襲い掛かってくるバーサーカーの姿を見た。




「荒ぶるKAMI NO TSURUGI」回のあとがきにおまけ4コマを追加したので興味のある方はどうぞ。
(活動報告のタンブラーにも同じものあり)

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