Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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昼③ アオハルかよ

 ゆらゆらと浮かぶ逃げ水を追いかけながら、理子と一成は碓氷邸に到着した。二人とも汗を拭き拭き、直射日光にさらされながら門から邸宅を覗き込んだ。

 もしセイバーのどちらかが外で掃除なんなりしていれば、声をかけて開けてもらうのが一成の常であるが、今日はサーヴァントの姿は見えない。しかし噴水が涼しげな庭は無人ではなく、見たことがない人物が我が物顔で歩いていた。

 

 歳は三十後半から四十の半ばの、灰色の天然パーマに黒縁メガネの男性だ。スーツのジャケットを脱ぎ、ワイシャツを捲り上げた格好でズボンも糊が効いている。だが履いているのはサンダルだった。長いホースを屋敷近くの蛇口につなぎ、洋楽か何かの歌を歌いながら生い茂る木々に水を撒いている。

 

 もしや明がやとった庭師なのだろうか。いや、庭の手入れは現在セイバーズに一任しているようだし、それに今は一般の人間をお手伝いとして雇う気にはなれないと、彼女は言っていた気がする。

 

「……あのーすいません!」

「ん?」男はテノールの声で振り返った。

「明さんは御在宅ですか? 俺は、いや僕は土御門「……おお! 君が土御門君か!」

 

 男は元々上機嫌の様子だったが、一成の方に振り向くなり太陽が輝くような笑みを浮かべてホースを投げ出して門に走り寄ってきた。

 そして門の格子越しに手をだし、一成の手を握り――掴み、ぶんぶんとシェイクハンドした。

 

「明から話はかねがね伺っているよ。俺は碓氷影景だ!」

「は、はあ、どうも……って、お父さん!?」

 

 碓氷影景――明の父であり、現春日市管理者。昨夜からすでに春日調査をするとかでお帰り会には不在であった、れっきとした魔術師である。

 第一印象では明と似ているのは髪の毛の色くらいで、他は全く似ていない。

 

「それに榊原さんも久しぶりだな。元気してるか?」

「は、はあ……元気です」

 

 唐突に水を向けられた理子は、一歩引きながら頷いた。一成は小声で彼女に尋ねた。

 

「お前、知り合い?」

「……既に管理者のいる土地に他の魔術師が工房を作る際には、管理者に断りを入れるものでしょ。私は工房作成していないけど、他家の魔術師ではあるから一応挨拶はしたの」

 

 なるほど。一成も理子と同様、春日に一人暮らしの身分の魔術師ではあるが、さっぱり挨拶に行っていなかったが。

 

「ところで何か用かね? 明は今日取り込み中だから、彼女に用ならば明日出直してもらいたいんだが」

 

 いきなり出鼻をくじかれてしまった。ただ一成たちも約束をとりつけていたわけでもないので仕方がないと思った時、理子が口を開いた。

 

「いえ、明さんじゃなくても大丈夫です。私たち、この春日の聖杯戦争が再開されていることについて調べているんです」

「ほう。既に実質管理者は明だが、確かに正式な管理者は私だ」

 

 影景は腕を組んで頷いている。呑気で明るく見える影景は、気のいい人間にしか見えない。

 

「……単刀直入にお聞きしますが、この状態の原因を管理者は把握しているのですか?」

「それは明に聞いてくれ」

「「はい?」」

「俺も俺で楽し……調べてはいるのだが、この件はいい教材でもある。聖杯戦争での体たらくを見るに少々補習が要ると思ってな、明に任せているんだ」

「……はあ……」

 

 相変わらず笑顔だが、ひしひしと「自分からは何も話さない」オーラを感じ、理子と一成は頷いてしまった。愛想笑いではなく譲りはしないという意思がある。

 しかし、影景は明の聖杯戦争における活躍に不満があるのだろうが――一成からすれば、助けてもらったばかりで不満はないが――内面はともかくとして。

 

「……じゃあ、また明日、お昼ごろにお邪魔します」

「わかった。明には伝えておこう」

 

 しかし、この件は明の修行とするなら一成や理子を手伝わせてもいいのか。または手伝ったところで大した戦力にならないと思われているのか。

 手を振っている影景を振り返りつつ、一度二人は碓氷邸を後にした。

 

 

 さて、当初の予定は明日に延びてしまったわけであるが、これから午後の予定は白紙である。このまま理子と解散する手もあるが、どうしたものか。なんとなく駅に向かって歩きつつ、一成は理子に振り返った。

 

「どーする。今日のところは解散すっか?」

 すると、理子はなぜか恨めしげな目つきで一成を睨んだが、すぐ諦めたように息をついた。

 

「……せっかくだから御飯でも食べない? 駅の方は……さっきのライブイベントやってるとちょっと面倒くさいから、ショッピングモールのフードコートとかで」

 

 駅ナカの飲食店は流石に流行の店が揃っているが、お値段が高めである。ビンボー学生的にはショッピングモールの方が強い味方なのだが、駅から少し離れているので行かないときもある。

 幸い、モールは碓氷邸と駅の間にあるので、帰り道の途中だ。

 

「じゃあそうするか。ん~~あのホテルのメシはうまいんだけど、もう少し安い味が……」

「何お大尽みたいなこと言ってるの」

 

 ちなみに土御門一成、今や雑食一人暮らし学生だが、中学まではインスタント麺など食べたことのなかったお坊ちゃまではある。ただその反動で、高校一年の時はタガが外れたようにインスタント食品やスナック菓子を貪り食っていた経歴の持ち主だ。

 

 一成は右隣を歩く同級生女子の姿をちらりと見た。この女もこの女で実に物好きで、いかに勉学に余裕があるとはいえ楽しい夏休みを問題児(一成は自分のことを問題児と思ってはいないが、彼女から見ればそうらしい)に費やしていいのか。

 まあ、それがなくとも春日の異変を気にかけていた彼女である。一成のことはついでだろう。

 

 頭上の青いキャンバスの中に大きな白い線――モノレールが行き来するのを眺め、二人は主に文化祭についての話をしながらモールへと歩いていた。暑さのせいか、気持ち住宅街を歩く人間も少ないように思う――と、二十メートルほど先の十字路の右から右折し、前方を歩く少女が一成の目に入った。

 

 こげ茶色の紙を左肩で、花のアクセサリー付のゴムで結んだ少女。白を基調にし、襟は紺色のセーラー服。

 スカートも同じ紺色で、重そうなバッグを右肩にかけて歩いている。

 

「おーい真凍!」

「……? 土御門先輩?」

 

 振り返った少女は、ハンカチで汗を拭きながら怠そうに振り返った。一成が少女に駆け寄るのに続き理子も追いかけた。

 

「中学生……? あんたの知り合い?」

「おう。確か中学二年になったんだっけか……真凍咲(しんとうさき)、聖杯戦争の参加者だ。で、こっちは俺の同級生で榊原理子。魔術師だ」

 

 咲は気だるげに理子に向かって小さく頭を下げた。咲は愛想はないものの根は悪い人間ではないのだが、理子はどう受け取っただろうか。

 

「土御門、その魔術師だーってバカみたいな紹介の仕方はやめなさい」

「そんなこと言われなくてもわかります」

 

 初対面のはずだが、何故か既知のように視線を交わす理子と咲。お互いに面倒くさい魔術師もどきと知り合いなのね、と通じ合ったようでもある。

 魔力殺しの礼装でも身につけていない限り、通常魔術師は魔術師の気配を察せるものである。そのあたり一成はとんとできないのでわからないが、逆に魔術師からも魔術師と認識されない。

 

「……で、何の用ですか?」

「お前、今時間あるか?昼飯一緒に食おうぜ」

 

 咲は面倒くさそうに一成と理子を交互に見ると、渋々と言った様子で頷いた。

 結局食事をする場所は、ヤマトタケルのバイト先であるカフェ「ヨキ」に決定した。モールに行くつもりだったが、より人の少ない場所で、気心の知れた場所の方がよかった。

 

 カラーン、と涼やかなベルの音と共に入店すると、奥の席に客は独りだけ。常の如く経営が心配される店である。今日はセイバーのシフトではないのか、店にいるのは店主の親父一人である。

 

 三人は四人用テーブル席につき、スタンドに立ててあるメニューを眺めていると、店主が水を運んできた。咲はメニューに眼を落したまま、先ほどよりはましな口調で言った。

 

「碓氷とつるんでる先輩のことなんて大体想像つきます。どうせ再開した聖杯戦争について、お前はどうするつもりなんだ~~とか聞きに来たんでしょう」

「お前エスパーか!?」

「先輩が抜けているだけです……先に言いますけど、何もしません。褒賞がないのに戦うほど暇じゃないんで……すみません」

 

 咲は背後を振り返り、カウンターの奥で新聞を読む店主に声をかけた。はーいと返事を返したが店主が全く立ち上がる気配がないのを見て、咲は仕方なく大き目の声でオーダーをした。ついでとばかりに一成、理子も注文した。全く気楽な店である。咲は水を飲むと、常と変らぬ辛辣な口調で言った。

 

「先輩こそなんですか? こんなの、管理者の碓氷の仕事ですけど? 何にでも首を突っ込みたがるなんて幼稚園児並みの好奇心ですね。尊敬します」

 

 皮肉塗れの言葉だが、もう慣れてしまった一成は親愛の表現と言うか、それなりに仲良くしてもいい印、と思うことにしている。本当に嫌であれば立ち止まりさえせずに、無視して歩いていってしまうJCなのだし。

 

「そりゃそーだけど、俺は聖杯戦争がらみに関しては碓氷の手伝いするって約束してんだよ」

 

 義手を作ってもらった借金もあるし、という言葉は呑み込んでおく。

 

「先輩が碓氷の役に立つとは思えませんけど、大きなお世話が好きですもんね。でもその……榊原さん? は何で口を挿もうとしてるんですかね。厄介ごとなのに」

 

 咲は心底不思議そうに、一成の隣の同級生を見つめていた。

 

「貴方には関係ないわ」

 

 今まで一成は当然のように理子と行動してきたが、言われてみれば確かに不思議である。「放っておけない」との言葉はとても榊原理子に相応しく疑ってこなかったが、彼女がここまでついてくる必要はあるのか? 

 管理者の「管理する地の厄介事を治め、地を平和に保つ」という役割は一般人で例えるなら「警察」そのもので、つまりは「権力・権限」に付随する責任である。警察は市民の平和を守る義務があるからこそ、時には市民の家に立ち入り調査したり、犯罪者を逮捕したりする権力――権限があるわけだ。

 

 勿論理子が原因で起こしたいざこざならば、彼女が主体的に解決に向かうのはわかる。だが聖杯戦争に彼女はまるで無関係――無関係な事に自ら首を突っ込み裁こうとする、よく言えば「大きな世話焼きのオバサン」、もっと悪くすれば「裁定すべき権力者(管理者)を放って自分が裁定をする」反逆者ともいえる。

 ただ、そういう厄介なことにならないように、一成と理子はきちんと碓氷に相談しようとしているのだ。

 

「お待ちー。しかしどうした一の字、両手に花じゃねえか」

 

 相変わらず気安い店主が、二往復ほどして料理を運んできた。咲のクラブハウスサンドは、トーストしたパンにターキー・シャキシャキのレタス・薄い卵焼き・スライストマト、それに蕩けたスライスチーズが挟み込まれた定番の逸品だ。崩れないように楊枝で留められて、ボリュームもある。

 

 理子はスウェーデン・ミートボール。一成も最近知ったが、スウェーデン料理といえばミートボールらしい。牛豚ひき肉のオーソドックスなミートボールと、温かいクリームソースをたっぷりかけたミートボールに、山のマッシュポテトとリンゴンベリージャム(酸味の強い果実)がついてくる。

 

 一成はビーフカレーの大盛り、コンソメスープ付。ことこと煮込んで玉ねぎやじゃがいもは溶けているようだが、大きな肉の塊がきっちり入っているあたり有り難い。御飯はお代わり自由というもの強い味方だ。

 

 ちなみに最近よく喫茶店に来ているのに財布が無事な理由は、アーチャーのホテルに泊まっているからである。咲は早速お手拭を使ってから、サンドイッチに手を伸ばした。

 

「へえ、先輩でもいい店知ってるんですね」

「……さっきから思っていたけど、真凍さん? 土御門がいくら……だからって、ちょっと失礼過ぎない?」

 

 何を言いよどんでるんだこの同級生は。それはさておき、確かに委員長気質な理子からすれば、一成の妹や親戚・友達ともいえない真凍咲の態度は目に余るだろう。

 ただ一成からすればもう慣れたものであり、これも彼女なりの親愛表現である……と信じることにしている。

 

「気にすんな榊原。こいつはいつもこんなんだぞ」

「私も礼くらいあります。ただ年上だろうとなかろうと、尊敬できない人に払う礼は持ちあわせていないので」

 

 すまし顔でサンドイッチを食べる咲と、呑気にカレーを食べる一成の様子を見て、理子は溜息をついた。だが、きっとした目つきで再度咲を見据えた。

 

「……土御門がいいっていってるならいいけど。だけどその態度、気を付けた方がいいわよ」

「助言はいただいておきます」

 

 どうもメシがまずい。おいしいけれど。

 気のせいか、一成周辺の女魔術師たちはあまり仲が良くない。立場上の都合もあるだろうが、明と咲、明とシグマ、咲と理子、大体アウトである。唯一キリエだけは誰とでもそれなりに仲良くしているように見えるが。

 

 しかし、この食事を終えたらどうするか。碓氷邸の予定がつぶれ、丁度昼でかつ咲を見つけたから話を聞くために昼ご飯をここでとったが、もう用は終わっている。

 午後のこれから、予定はないがここで解散とすべきだろう。スパイシーなカレーに舌鼓を打ちつつも微妙な空気のなか、突如咲が妙なことを言った。

 

「先輩、もしこの後時間があるならデートしませんか?」

「「ブッフォー!!」」

 

 一成と理子は同時に噎せた。「はっ!?」

 

「家にある炊飯器が壊れたので新しいものを買おうと思っているんですが、家まで運んでほしいです」

「ただの荷物運びじゃねーか。驚かせんな」

 

 相変わらず女王様、というか人を顎で使おうとする中学生である。かろうじて丁寧語であるが、彼女のことこそを慇懃無礼というのではないだろうか。

 

「男女が二人連れ立って歩きまわることは、一般的にデートと言うと思います」

「どこの一般だよ! ……でも炊飯器買いくらいなら付き合うぞ」

 

 自分のサーヴァントを荷物持ちにすればいいのではと思ったが、咲のサーヴァントはコテコテの鎧武者のバーサーカーで、まったく日常生活に馴染まない。この後予定もない一成は、二つ返事で了承した。

 

「ありがとうございます。家に来たらジュースくらいは「私も行くわよ!」

 

 突如大声を張り上げた理子に、一成たちだけでなく店奥の店主も顔を上げた。自分思った以上の声を出してしまった理子は咳払いをして、きっとした目つきで一成を見据えた。

 

「……こ、こいつだって一応男なんだから。そうホイホイと家に上げちゃだめよ。私も見張りとしてついていくわ」

「それは知ってますけど、正直先輩なら私の魔術でどうにでもできるので」

 

 ……同じような事を碓氷にも言われたような、と一成は微妙に悲しい気持ちになった。男扱いしてほしいということではなく……いや少しはしてほしくもあるが、碓氷明が気にしなさすぎて一成が目のやり場に困るパターン。

 こっちは育ちざかり思春期の男子高校生である。少しは察していただきたい。

 それにくらべれば咲はマシ……中学生の方が羞恥心と自衛意識がしっかりしているというのはどうなのか、七代目管理者。

 

「まーついてきたいならついてこいよ。榊原、お前もヒマだな」

「ヒマじゃないわよ! まったく」

 

 この同級生は本当に何気取りなのか。母親か。と、一成は咲が黙って理子を見ていることに気づいた。

 文句があるわけではなさそうだが、彼女は何度か頷いていた。

 

 三人は会計を済ませると喫茶店を出た。思うに、小さな店とはいえ席がすべて埋まるほど客が入ったら、店主一人では絶対に手が回らない店だ(そんなことは一成が訪れるようになってから一回もお目にかかったこともないが)。セイバーがアルバイトを始める前、困ることはなかったのかと今更気になった。

 結局、食事を終えた一成、理子、咲の奇妙なトリオはショッピングモールへと足を運ぶこととなった。二階の専門店街の一角に小規模ではあるが電化製品の店が入っており、一般家電を購入する程度なら事足りるだろう。

 正直、駅の方が近いのだが、駅前で家電を扱う店があったかどうかは一成の記憶になかった。

 

 そして、案外炊飯器の購入はあっさりと終わった。元々咲にもこだわりはなく、種類も豊富にはないため、店員にお勧めを聞いてそれに即決したのだった。

 しかし炊飯器よりも一成の気になったのは、理子の態度である。妙に咲をちらちらとみている――魔術師ゆえに、魔術師が気になるのだろうか。

 

 お互い初対面、さらに理子は咲の態度を良く思っていないのは明白であるため、楽しい空気とは言い難いが、さりとて気まずいというほどでもない空気の中、三人は真凍宅へと到着した。

 

 真凍邸は、見た目は今風のおしゃれなデザイナーズハウスだ。百五十坪の広い一軒家で、中庭のある二階建てである。両親の居ない咲は、この広い家にバーサーカー、それにランサーと三人(九人?)暮らしをしている。

 

 碓氷邸という歴史ある洋館、その近くにも洋館があるために印象が薄れがちだが、真凍邸も周囲の家からは憧れられる家である。むしろ、今風と言う意味ではこちらの方が上だ。

 

 ただこの家がデザイナーズハウスであるのは、咲の両親が地下に魔術工房を作るために訳知った建築家に依頼した為である。真凍家も元をたどれば西洋魔術のため、コンクリート打ちっぱなし、防音性と遮蔽性に優れた家は望ましい。

 

 咲が金属の取手を握り中に入ると、家は綺麗に清掃されており埃一つない。玄関を入って廊下を経てすぐに広がるリビングは解放感に溢れ、右手の中庭に面した箇所はガラス張りで、景色が良い。

 その中庭で、分身した鎧武者――バーサーカー二体が白いエプロンをかけて洗濯物をせっせと干していたが、一成は見なかったことにした。

 

 大きな四人掛けソファにとにかく大きなテレビ、さらに奥には食事用のテーブルとダイニングキッチン。咲は光熱費を気にしていないのか、家に入った瞬間に冷房が効いていた。

 

「炊飯器はテーブルの上に置いといてください。今飲み物出すので、寛いでいてください」

「相変わらずすげえ家だな」

 

 この広い家にかつては三人暮らしとは贅沢な話もあったものだが、少々さびしいだろうなと思う。その感想は碓氷邸に対しても同じだが。

 ふと気づけば、理子はなにやらそわそわちらちらと、部屋を見回していた。

 

「どうしたんだお前」

「西洋の魔術師の家に入るのなんて初めてで、いろいろ気になるのよ」

「ふーん」

「……というか、あんたよくここくるの」

 

 一成がここにくるのはじめてではないが、よく来るというほどでもない。今だって三度目か四度目くらいである。そういえば初めは一体どんな理由でここに足を運ぶことになったのだったか……と一成が思いを馳せていると、理子につつかれて現実に引き戻された。

 

「あの子のホームだしむしろ返り討ちにされると思うけど、まさかあんた、変な事を考えてるんじゃないでしょうね」

「お前俺をなんだと思ってんだ……」

 

 信頼なさすぎである。この同級生、知り合った時からずっと自分がいつもなにかしでかすと思っている。

 それはこの土御門一成、花のDK(男子高校生)、たまに前かがみになっちゃったりしないこともないが、弁えている紳士である。

 

「リンゴジュースですけどどうぞ」

 

 丁度、咲がお盆にジュースを乗せて現れた。ソファの前のミニテーブルに置くと、自分も一つ手に取り、一成の隣に腰かけた。

 

「そういやランサーはどうしてんだ?」

「今日はカルチャーセンターで護身術の先生のアシスタントしています」

 

 ……何故かランサーは最近、市が催している講座の手伝いをしている。たまに新聞配達をしていたり、スポーツジムでバイトをしていたり、この家で料理もしていたり、思った以上に自由に過ごしている。

 武士であり領主――一応生前は支配階級の人間であろうに、アーチャーとは違って「若い頃を思い出して楽しい」と、身一つの状態を楽しんでいる。

 

「あいつは戦争……する気ないだろうな」

「ランサーはもともと聖杯に興味ありませんから。だから戦いたくなってもそれとは関係ないと思います……ところで気になっていたんですけど」

 

 からからと、一成たちの背後で中庭から何者かが入ってくる音がした。洗濯物を干し終わったバーサーカーズがのっしのっしと、籠を片付けるべく二階へと向かっていった。流石に突っ込むべきかどうか一成が逡巡していると、咲が予想だにしない爆弾を落とした。

 

「先輩と榊原さんは付き合ってるんですか?」

「それはねえよ!!」

 

 速攻で言い返した一成に対し、理子はジュースを噴出していた。

 

「だって「お前俺のこと好きだろ!」って言ったら「何言ってんの? バカ?」って言われたことあるしな」

 

 あれはまだ一成の若き頃、とはいっても二年前の高校一年だった頃だが、まだ理子からのお叱りを真に受けてキレまくっていた時分の話である。

 そのころ一成は、ド田舎から都会にきたばかりでおのぼりさんテンションだったためか、暴れん坊でもあったせいでしょっちゅうこの元生徒会長に怒られていた。

 

 一成は本当に「榊原は自分に気がある」と思ってそういったのではなく、彼女を鬱陶しく思っていたがゆえの言葉であった。だからそんなわけない、と返されるのも、一成としては納得のいくことである。

 経緯を聞いた咲は聞いたわりにそれ以上追及はせず、そうですかと頷いていた。

 

 その後、まだ咲と理子の間の微妙な空気は完全には払しょくできなかったものの、雑談をして過ごした。途中、手製と思われるチーズケーキを白エプロンのバーサーカーが運んできて、ツッコミ我慢の限界を迎えた一成が渾身のツッコミを披露する一幕もあった。

 玄関まで咲に見送られ、一成と理子は真凍家をあとにした。

 

 

 

 炊飯器ショッピングと真凍家での歓談を経ても、まだ三時かそこらだった。時間はあるがお開き――いや、二人の頭には今日からの夜の予定が考えられていた。

 現在、聖杯戦争にやる気を見せているサーヴァントとマスターはいないものの――それでもこれは異常である。明日また碓氷明に相談に行くとしても――。

 

「土御門、あんた夜の見回りするつもりでしょ」

「……よくわかったな」

 

 自分にできることをする。それに土御門一成は聖杯戦争について、碓氷明の相棒……はセイバーとしても、自分も仲間である。ゆえに坐しているつもりはない。

 正直一成としては、理子がここまで首をつっこんでくる必要はないと思うのだが――彼女がするというのなら、止めるのは難しい事も知っている。

 

「私も行くわ。あんたよりは魔術もできるつもりだし」

「まあいいか……じゃあ、今日の夜十一時に春日駅前、南口でいいか?」

 

 理子は頷いた。いつもだったら「高校生が夜の十時過ぎに歩くな」というはずの彼女が反論しないことが一成には新鮮だった。


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