Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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――それは、国を滅ぼす愛の歌。


序章 春日はなべてこともなし
prologue-1 滅国のヤマトタケル


 ちりん。ちりん。ちりん。ちりん。

 

 空は赤く燃えていた。地平線の彼方へ半分以上その身を落とした太陽は、名残惜しむように、嘆くように、世界を一色に染め上げていた。

 

 まるで墓標のように突き立つ剣、太刀、刀の数々は、明らかにこの時代にそぐわないものまで含みながら、夕暮れに血染めの姿をさらしていた。それらも男が手を振り下ろすと、刹那真っ赤な石くれ――(はがね)へと変貌し、跡形もなく消え去った。

 

 ――そうして見渡す限り、大地には草ひとつ生えない空漠とした光景が残った。今や燃え堕ち、焼け落ちた人々の暮らしの跡が僅かに朽ちた姿を晒しているだけ。

 人の気配どころか、生命の気配もない。

 巣へ戻ろうと列なす雀も、暮れの烏も、鳴く虫も、大気を動かす風もない。

 

 時が停滞していた。そして、二度と動き出すことのない事を――男は了解していた。

 

 

 ちりん。ちりん。ちりん。ちりん。

 

 全てが灰燼に帰した今、風さえも息絶えた今、響くのは男が腰の帯にくくりつけた鈴の音ばかり。

 

 大和(くに)は滅んだ。男は胡坐で地面に坐り、落日の国(故郷)を見届ける。

 父に厭われ、東に向けて数少ない部下と旅立ち、また故郷へと帰るために、神を殺し、獣を殺し、人を殺した。

 そして伊吹の山を越え、故郷へと帰りつき、父を殺し帝となり、国を滅ぼした。

 

 高天原に召される資格は、天叢雲剣を棄てた時に失った。既に自分の記録を残す者もいないから、きっと死後にも何も残らない。死んだあとに記録も痕跡も残らない――それは大昔に憧れた、「ただ人の死」と同じだと思い、男は笑った。

 

 ――ここまでしてやっと、名もなき人として死ねるのか。可笑しな話だ。

 

 男は滅びを願ってはいなかった。男があることを目指した結果、国が滅びてしまっただけだ。

 少々残念であり期待外れだと思いながらも、男に後悔はなかった。喜びよりも苦難と悲しみと苦痛が多い生であったが、やりたいことをした結果だから文句はない。

 ただ、自分の勝手で全てを喪った民は気の毒ではあるとは感じてはいた。

 

 

 だが己の運命に唾吐かぬ者は生きるには弱すぎる。

 天に唾吐かぬ者など生きる価値はない。

 

 民は、死ぬべくして死んだ。

 

 男はその場に仰向けに倒れた。神剣を棄てた身となってから、傷は癒えなくなった。常人であればとっくに死んでいるほどの傷跡でも生きていたのは、それでもただ人ではないからか。

 

 顔を左に向ければ、つい先ほど縊り殺した体が横たわっていた。まだその体は温もりを残し、まるで眠っているだけのようにも見えた。

 彼はその頬を指で、優しく撫で上げた。

 

 よくもまあ、ここまで来たものだ。お互いに。

 男は口角を吊り上げて笑うと、眼を閉じた。

 

 

「――長い旅だった、な」

 

 そして誰もいなくなった。

 

 

 ――それは、かつて神の剣だった男の成れの果て。

 

 


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