Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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夜② 復讐者(アヴェンジャー)と虚数使い

 後片付けはヤマトタケルとアルトリアが率先してやってくれたため、明は自分の荷物を整理することにした。洋服などの日用品を片付け、魔術礼装を地下室に移した。

 ついでに地下室の掃除を始めたのだが、つい少しのつもりで掃除を始めたら何時の間にか日付が変わる頃合いになっていた。

 

 セイバーズは双方とも夜が早く朝も早い。既に二人とも自室――明と父が帰ってきたため、アルトリアは客用寝室で、ヤマトタケルは応接間に折りたたみベッドを出して寝ている。

一階の食堂に、人の気配はなかった。

 

 明はシャワーを浴びて、ショートパンツにフード付きのルームウェアに着替えて食堂のテーブルで水を飲んだ。どん、と鎮座しているのはランサーと咲からの差し入れである日本酒「鬼ころし」の瓶。

 

 余ったスイカはいつのまにかアルトリアが食べつくしていたが、酒は未成年の一成がいるため、食事の時にはなんとなく躊躇われたのだ。そしてヤマトタケルは酒を飲まず、アルトリアも酒好きというほどでもないので、封すら切られていなかった。

 

 

 ……一杯だけグラスに入れて、部屋で飲もうかな。

 

 食器棚から透明なグラスを一つ取り出し、日本酒を注ぐ。明は一階の電気をすべて消し、二階の自室へと向かった。

 

 

 碓氷邸でもっとも広い部屋は父・碓氷影景の部屋で、明の部屋はその次に大きい。扉から中に入ると、左手にクイーンサイズのベッド、その奥に本棚。右手に洋服箪笥、その奥に作業机があり、扉の真正面に大きな出窓がある。大体二十平米くらいの広さだ。

 明はベッドに腰掛け、息をついてちびちびと日本酒を口に運んだ。

 物騒な名前に似合わず、あっさりした飲み口のやや辛口の酒で、おいしい。

 

 

「……」

 

 明は、寝酒にしようと思い持ってきたのではない。まだ、眠る気はなかった。父は既に異変に感づいて今日は家に戻らず調査をしているが、明も明で気になることがある。そしてその調査は、一人で行うつもりだった。

 

 景気づけのように残った日本酒を一気に呷った明は、立ち上がると出かけるために下だけタイツとショートパンツに着替えようとしたが、可笑しなことに気づいた。

 

「……?」

 

 出窓のカーテンが少しだけたなびいている。つまり、窓が開いていて風が吹きこんでいる。昼にセイバーたちが掃除をしていたときに開けたのがそのまま忘れられているのか。しかし掃除の時に開けるなら、カーテンも開けておくのではないか。

 

 とりあえず窓を閉めようと、近づいたその時――。突風が吹きこんでカーテンが舞い上がった。俄かに月光が差し込むと同時に部屋の電気が消え、明の視界は刹那何かに遮られた――と同時におぞましい気配がすぐ隣を横切り、総毛だった。

 

 

 ちりん、と場違いに涼やかに響く鈴の音。

 

 間違いない、背後に――部屋の中に、何かがいる。今、こうして息をして立っているのだからおそらく害意はない、少なくとも現時点では殺意を持たないが、おぞましい何かがいる。

 

 ただ人・魔術師であれば碓氷の結界が反応する。サーヴァントであればセイバーたちが気づく。アサシンであれば気配遮断でかいくぐることもできるだろうが、背後の気配は明の知るアサシンではなく、また彼がここに忍んでくる理由などないはずだ。

 

 振り返りたくない。しかし、振り返らずに目を閉じたままでいることも恐ろしい。

 明は一気呵成に振り返ると――そこには、背の高い男が立っていた。男は口の端を吊り上げて、笑みの形を作った。

 

 

「ご機嫌伺いに来たぜ、マスター」

 

 ぞわりと、全身の毛孔から汗が噴き出す感覚。出窓と、部屋の扉の前で対峙する。

 男はヤマトタケルだった。Tシャツ、Gパン姿の一般人の恰好をしていて、見た目はまさに碓氷明のサーヴァントだったが、同時に絶対にヤマトタケルでないことも解っていた。

 セイバーはこんな笑い方をしない。

 セイバーはこんな口調で話さない。

 部屋にノックなしで入ることは許しているが、彼が明相手に偽装スキルを使うことはない。

 

Hukkumassa Diracin meri(ディラックの海に溺れ)Tässä schwarzchild(シュワルツシルトに飲まれた汝)――Aika jäätyy melko(時よ凍)……!」

 

 虚数魔術による空間転移(ゼロダイブ)。だがその詠唱が終わるよりも早く、男の手が伸びて襟ぐりを掴まれて引き寄せられ、口を塞がれた。

 

「うぐぅ……」

 

 ぬるりと口腔をなぞる感覚に鳥肌が立ちそうになる。貪られるように深く深く差し込まれる舌から逃れようとするも、サーヴァントの力で腰に腕を回されていて逃れられない。明に応じる気はないが、舌を巧みに引きずり出されて絡め取られる。息の仕方が分からず酸欠で視界が霞むが、ああ、鼻で息をすればいいのかと頭の片隅で考えた。

 

 虚数魔術による空間転移(ゼロダイブ)は、まだ詠唱なしで可能な領域に至っていない。自らへの暗示のために詠唱は不可欠であり、彼がそれを知っているのかいないのかはともかく、明は脱出の手段を奪われていた。

 また虚数を用いた魔術は幽世への特攻でもあるためサーヴァント(霊体)にも効くが、膨大な出力を求められるため、今ぶつけたところでどれだけ効果があるかは疑わしい。

 そして昔取った杵柄ではないが、体質的に幼少のころ変質者を寄せてきた体験から、今は大人しくしている方がマシと判断していた。

 この偽ヤマトタケルは、己を襲おうとしているのではないと明は察していた。

 

「……ぅ」

 

 たっぷり数分もかけた濃厚な口づけの末は、あっさりと放された――明は息をきらしつつも、唇と唇に伝った銀の糸を袖で拭って至近距離の男を突き放した。

 大した時間と量ではないはずだが、明は予想外の疲労を感じた。残ったのは、血腥さ。ヤマトタケルが血腥いことに違和感はないが、目の前のヤマトタケルの血腥さはもっと質が悪い――あの、呪われた聖杯の姿を思い出す。

 

 ヤマトタケルそっくりの男は、満足げに唇を舐めて薄く笑っていた。スキルか宝具か、どちらかの程度を緩めたのか、男の様子はこれまでと変わっていた。

 ばさばさの黒髪に右目に眼帯、そして古傷が除く腕や首筋――深い溝底のように暗い眼。顔と身体つきがヤマトタケルと瓜二つなのは変わらないが、纏う雰囲気と姿はかなり異なる。

 

「悪い悪い。思った以上にいい魔力(もの)だったからやりすぎた」

 

 全く悪びれず、偽ヤマトタケルは明を上から下まで眺めて笑った。明は流石に相手が自分を殺す気はないと了解してはいたものの、同時に気を許すべき相手でもないと知っていた。

 

 春日聖杯戦争にヤマトタケルはただ一人。

 こんなもの、春日にはいるはずがないのだから。

 

「……誰」

「色気のない質問だな。お前のヤマトタケルだよ」

「違う。私のセイバーはあなたじゃない」

 

 この偽ヤマトタケルと会話をすべきか、逃げるべきか迷ってはいたものの、明は最初を選んだ。逃げることが現実的ではないこともあるが、彼女も春日の把握に当たって本来いないはずの異物を無視するのは上策ではないと思ったからだ。

 

「私のセイバーねえ……まあいいさ。で、そのセイバーのマスター様は、そのセイバーを連れず、夜に一人でお出かけするのかい?」

 

 にやにやと笑っている偽ヤマトタケルは、黙した明を面白がっている。彼女が返すであろう答えを半ば理解して敢えて反応を楽しんでいる。

 

「そんな不良マスターに朗報だ。セイバーズとは無関係な護衛はいらないか?」

「いらない。あなたこそ、何が目的で私に近付いて来てるの。まさか魔力を味見しにきただけなんてこと、言わないでよ」

「お前は白い俺のマスターだろ。興味でちょっかいかけに来ただけだぜ?」

 

 その言葉が本当かどうか明には判断がつかなかったが、問い詰めたところで吐くような相手ではあるまい。

 偽のヤマトタケルは薄笑いを浮かべたまま、腰元の刀の柄を撫でていた。

 

「で、話を戻すがお前は春日の調査でもしようとしてるんだろう? 俺も春日は自分の眼で見て廻っておきたいと思ってんだ。やることは一緒だろ? ……出ないとは思うが、敵がいたら俺が殺してやるし」

 

 正直、関わりたくはない気持ちでいっぱいの明だったが――調査をしたいことは本当であり、またセイバーズを連れるつもりもないことも本当であり、かつ偽ヤマトタケルも調査対象でもある。

 明はもう嫌そうな顔を隠そうとしないまま、頷いた。

 

「……で、あなたのことはなんて呼べばいい」

「呼び名が欲しいなら、アヴェンジャーとでも呼べ」

 

 アヴェンジャ―――聖杯戦争におけるエクストラクラスの一つで、復讐者のクラス。このクラスにて召喚を受ける基準はあいまいで、必ずしも生前に復讐を成したことが必須というわけではない。

 あるいは、クラス名すら彼の騙りである可能性もあるが――セイバー二人で困っている明は、個体を識別できればなんでもいいとその自称を受け入れた。

 

 セイバーズを屋敷に残して、碓氷明とアヴェンジャーは碓氷邸の門前に立っていた。宝具かスキルの力か、アヴェンジャーがセイバーたちに気づかれることは全くなかった。

 

「さて、どこを見たい? マスター」

 

 腰に刀を携えた普段着のアヴェンジャーは、軽く街案内でもする様子で声をかけた。どちらかといえば案内するのは明の役目だとは思うのだが。

 

「じゃあ、美玖川」

「オーケー。行くか」

 

 美玖川の場所は知っているのか、アヴェンジャーは迷いもせず歩き始めた。彼は一体何をどこまで知っているのか。その背中を窺いながら、明は夜の住宅街を進む。

 

 ――かわいくないな……。

 

 偽ヤマトタケルことアヴェンジャーが、現状敵意のない相手だと理解したことで、明は相手を観察する余裕が出てきた。そもそも明はセイバーヤマトタケルに対してさえ、少年の姿ではなく成人した姿となっていることに違和感がすさまじいのだ。

 ただセイバーの場合、中身は大差ない――願いから解放されたため、多少自由になっている感はあるものの――ため、普通に接することができていると思っている。ただ明としては体格のいい男性としての形よりも、美少女ともとれる少年のほうが親しみやすくてよかったのだが。

 

(……戦闘力(サーヴァント)に見た目云々言うのもよくないんだけどな)

 

 自分の現金さに内心げんなりしつつも、改めてアヴェンジャーを見た。こちらに至ってはかわいいかわいくないの話ではなく、お近づきになりたくない類のモノだ。

 自称ヤマトタケルだけあって彼はセイバーと瓜二つ、違いは髪の長さと眼帯の有無、そして古傷の有無。神剣の加護を持つセイバーは如何な傷も回復させ、四肢が切り落とされても再生されるため、彼の身体には傷一つない。それに比べるとアヴェンジャーは満身創痍に近い。

 正直、アヴェンジャーに興味がないと言ったら嘘になる。だが同時に初対面の相手に必要もなくディープキスをする変質者でもあり、明としては内心非常に複雑だった。

 

 閑話休題。深夜の住宅街は人気もなく静まり返っており、少々不気味であった。明は管理者として夜の街を歩くことには慣れているが、どこか違和感がある。

 

 ここは本当に、明が知る春日なのか。いや……。

 

 碓氷邸から美玖川は北へと歩いて徒歩四十分となかなかの距離だが、アヴェンジャーと電車を使う気にもなれず結局徒歩になった。

 春日駅をさらに北へ、再び住宅街を抜けてそろそろ到着かと思われた時、予期せぬ人物に出会った。

 

 白を基調にしたセーラー服に手提げかばん、黒のハイソックスにローファーの、明らかに女子学生ですと主張する恰好。茶色っぽい髪を肩で片方だけ結んだ、真凍咲とランサーのサーヴァント。ランサーはTシャツにGパン、スニーカーのラフな格好で、二人とも帰宅途中といった様子ではある。時間帯が遅すぎることを除けば。

 

「……こんばんは、碓氷。夜遅くまで精が出ますね」

「ようセイバーとそのマスター」

 

 真凍咲が簡単に、ランサーはいつも通り快活に挨拶をした。彼等はヤマトタケルを不審に思うことなく、いつも通りの様子である。

 

「こんな夜に二人とは、聖杯戦争再開の調査か? 儂もできることがあれば手伝うぞ」

「ちょっとランサー、これは碓氷の仕事なんだから、碓氷にやらせとけばいいの。碓氷、ランサーを手伝わせるなら、貸し一つよ」

 

 明は真凍咲をしっかりした少女だと思う。おそらく、本来の、通常の彼女はこのような少女なのだろう。それはともかく、咲の言うことは間違っていない。

 管理者は魔術協会から土地の管理を任せられた名門魔術師の家で、その土地・霊地からのバックアップを受けられると同時に、その土地での問題を解決する義務がある。代表的なものは外道に落ちようとする魔術師を抹殺するなど。つまり、春日の土地で起きる魔術的異変は、碓氷が解決する義務と権利になっているのだ。

 しかし、その事情をおおよそ理解しながらも、ランサーは咲の頭をぽんぽんと撫でつつ呑気に言った。

 

「咲はこう言ってるが、案外わかる娘だ。困ったらいつでも声をかけてくれ。騎士王のほうにもよろしくな」

 咲は咎めるように声を発した。「ランサー」

「まあ、覚えておくよ。けどこんな遅くに何してるの?」

「いやなに、咲が友人の家で長居してしまってな、こんな夜更けに少女を一人で歩かせるわけにはいかんだろう」

「ランサー! 余計なことはいわなくていいの!」

 

 咲は、今度はやや怒りかけている口調だった。彼女としては、つい友達と時間を忘れて過ごしてしまったことは恥ずべきことらしい。ただそんな態度もランサーからすればかわいい限りで、明らが聞いてもいないのに話し出した。

 

「学校帰りに友人の家で宿題をし出前で食事をして、そのあと少し部屋で遊んでから解散するつもりだったらしいのだがなあ、その友人の家も今日は両親がいないようで、誰も注意する者がおらず時を過ごしてしまったらしい」

「ラ・ン・サー? 黙りなさい」

「はっはっは、気の強いところは(儂の娘)に似てるな」

 

 どうも咲一人でから回っているようにも見えるのだが、傍から見れば微笑ましい。咲もこれ以上怒っても分が悪いと思ったようで、大きなため息をついてからランサーの腕を引いた。

 

「はあ、行くわよランサー。それじゃあ、また」

「じゃあまた。お酒はありがとう」

 

 ランサーと咲の背中を見送ってから、明はアヴェンジャーを見上げた。彼女から見れば似ているが明らかに別人のヤマトタケルも、彼らからは普通のヤマトタケルに見えていたようで、何も言っていなかった。あえて持ち出すことはないと、明は咲たちに話を会わせていたが、良いタイミングと尋ねた。

 

「……それは、宝具?」

「『斎宮衣装(みつえしろのかご)』――ステータス隠蔽の宝具だな。親愛なる叔母上からもらった衣装で、今の現代服もそれを変化させたもので買ったわけじゃない」

「私に通じてないのは?」

「通じてないんじゃねえよ、隠蔽する相手を選択できるからお前を外している」

 

 日本武尊の伝説で、クマソタケルの暗殺において女装をしたことによる宝具。セイバーのヤマトタケルはこれを保持していなかったが、彼の伝説的には所持してしかるべき宝具である。明はまだ目の前のこれがヤマトタケルを騙っているだけの別物である可能性を捨ててはいなかったのだが、希望的観測であることも自覚していた。

 ランサーらに会った時点で美玖川はほど近かった。住宅街を抜け、目の前に広がる河川敷を眺めて、アヴェンジャーは明に振り返った。

 

「川に着いたぞ。一体ここで何を調べようっていうんだ?」

「……」

 

 明は明確な目的があって美玖川を選んだのではない。おそらく、父影景は土御門神社――春日聖杯戦争における大聖杯の設置個所――を調べている。ならば自分は別の場所を調べたいと思ったことと、大西山は今から行くには遠すぎると思ったからだ。

 

 美玖川は隣市との境界であり、春日の奇妙な点を見るにあたっては隣市と比べるのも悪くないと思っている。

 風もないため、黒々とした水面が横たわっている。明は目を凝らして川の向こう岸を見ようとしたが、その時異様な気配に気が付いた。

 

 囲まれている。黒い靄のような塊に、アヴェンジャーもろとも包囲されている。

 さらに目を凝らすと、それは靄のようでありながらも獣の群れであることに気が付いた。群れなして隙間なく連なっているゆえに、塊のように見えていたのだ。気づけば無数の紅い眼が注視している――その視線のおぞましさに、明は言い知れぬ不安を覚えた。

 

 そして思い出すものは、土御門神社大空洞の大聖杯、黒い太陽。

 

 隣のアヴェンジャーの様子を窺うと、彼は眉をしかめて獣の群れを見やっていた。そしてどこからともなく火花ととともに黄金の太刀を取り出して、右手で掴んでいた。

 

「……ったく、これは俺の不手際か?」

「え、何か言った?」

「なんでもねえよ。マスター、こいつらを掃討する――!」

 

 ちりん、と鈴が鳴り響く。

 火花を散らして、中空から抜き放たれる無数の刀剣をそのまま射出して、黒い獣を一網打尽に砕いていく。その無数の刀剣類は一本一本が宝具であり、中には蜻蛉切のような、明も見知った武器が混ざっていた。英霊によっては宝具を複数所持することもあるが、これは異常である。これすべてがアヴェンジャーの宝具と考えるよりは、これらを生み出している別の何かが宝具と考えた方が妥当だ。

 

 降り注ぐ刀剣から辛くも回避しおおせた獣たちは、一心不乱に明へと襲い掛かって来ようとするが、明はさしたる不安を抱かなかった。流石に大波のごとき群れで襲い掛かられるのは困るが、数匹であれば自分の虚数魔術で抹殺できる。

 

 それに、

「――」

 顔に面倒くさい、と書いたアヴェンジャーはさして困る様子もなく、腰元の刀を鞘に収まったまま鈍器として操り獣をなぎ倒していた。サーヴァントの動きは人間の動体視力で追える速さではない。

 だが背後から襲い掛かってくる獣にも振り返りさえせず、裏拳で殴り倒すのはまさにセイバー――いや、ヤマトタケルらしくも思えた。

 

 アヴェンジャーによって無限にも呼び出される刀剣、槍の類によって散々に滅多打ちにされた獣たちは霧が晴れるように消滅した。明はまだ油断せず、周囲を警戒しながら口を開いた。

 

「……とりあえず、調べても大丈夫かな?……あのさ」

「どうした」

「いや……なんか、向こう岸の住宅街が、暗いなって」

 

 それは、違和感のレベルではあった。当然日付をまたいだこの時間帯で、住宅街が煌々と光り輝いていれば異常だ。だがしかし、なんとなく暗すぎるような――人の気配が感じられないような気がするのだ。

 

「アヴェンジャー、あっちいって調べてきてよ。ちゃんと人がいるのか確認するくらいでいいから……水の上歩けるでしょ」

「は? 歩けねえけど」

「え?」

「剣を捨てたからな」

「はあ?」

「言っとくけど美夜受に預けて手放したって意味じゃない。ロードオブザソードだ」

 

 ……ギャグが面白くないところは、白い方と同じらしい。それはともかく、確かに彼の腰元にぶら下がる剣は確かにセイバーヤマトタケルが持つ剣とは全く違う。聞きたいことは多いが、今は調査だ。たとえ水の上を歩けなくとも、サーヴァントの脚力があれば助走をつけて向こう岸にジャンプすることは可能だろう。

 明はアヴェンジャーにそう指示すると、彼は渋々川岸から離れ、鈴を鳴らして走りだし見事な跳躍で向こう岸へと渡った。

 アヴェンジャーの帰りを待つ間、明は改めて静かに川べりを見渡した。魔力の流れを読むことついては父の妖精眼の精度には遠く及ばないものの、明も管理者の端くれだ、ある程度はわかる。

 そして、ここ美玖川――春日市と隣市の境界――を区切りに、春日市の魔力は隣市に全く漏れることなく市街へと流れ込み、市街で噴出している。霊脈は山や川、自然の地形に大きく影響をうけるため、川で遮られた隣市に漏れないのは通常通りだ。春日の四神相応の地形からして、中央の市街を護るべくそこに魔力を集める流れになっているのも通常だが、あまりに漏れがなさすぎる(・・・・・・・・)。効率が良すぎると言ってもいい。

 と、今度は向こう岸から跳んでくるアヴェンジャーが見えた。彼は幅跳びの選手のように、流れるフォームで危なげなく着地する。

 

「マスター、見てきたぜ。ふつーだったぜ、異常なし」

「……そう。じゃあ今日はいいや、帰ろう」

「あれ、もういいのか」

 

 未練なく踵を返した明に、アヴェンジャーもついて行く。明は彼に色々問いただしたいこともあったが、それよりも思考に耽ることを優先した――美玖川の様子、四神相応の魔力の循環、疑念は確信になる。

 

 

 碓氷邸門前にたどり着いた時、アヴェンジャーは明に何を投げてよこした。明がまじまじとそれを見ると、アヴェンジャーが左手首に着けている紐つきの鈴と同形の、ただし色は金ではなく漆黒の鈴だった。試しに振ってみても、音は鳴らない。

 何らかの礼装かと思いきや、古い神秘は感じない。

 

「四六時中ヒマじゃあないが、用がある時はこれを鳴らせば行く」

「……あなた、何が目的なの?」

「俺はこの世界の平和を守る。そのためには、お前に死なれたから困るんだよ。で、多少は事情を呑み込んでいる使い魔がいた方が助かるだろう? マスター」

 

 彼はこの春日における明確な、具現化した異常である。本当に味方か――明は頭を振った。誰かを百パーセントの味方だと頼り切ることは危険だ。協力し合う仲間でも、各々自分の目的の為に動く者であって、互いがいい結果を受け取れるように努力することが大事なのである。

 たとえアヴェンジャーの半分が明の目的と反することを考えていたとしても、もう半分の利害が合うならそれでいい。

 

 全てを望み、だが六割で上々としろと言ったのは父だったか。

 明は漆黒の鈴を握りしめ、目の前のサーヴァントを見上げた。

 

「……わかった。でもマスターと呼ばないで……」

 

 ――具現化した異常は、アヴェンジャーだけではない。

 もうひとりのセイバー・アーサー王ことアルトリア・ペンドラゴン。春日聖杯戦争において、明はアーサー王など召喚しておらず、どの陣営も呼んではいないはずだ。にもかかわず、セイバーヤマトタケルも、一成も当然のように彼女と共に戦ってきたという。

 

 差し入れのスイカと酒が示すように、アサシンもランサーも、彼女のことを知っている。明は携帯の連絡先の存在と、直に会って自分のサーヴァントとしてステータス確認ができて、やっと自分のサーヴァントだと受け入れたというのに。

 

 その上、アルトリア自身も明と共に戦ったおかげで願いを捨て、自分の人生の誇りを取り戻せたと全幅の信頼をおいてくれている。明にそんな記憶はないのに、そういうことがあったとしてもそれはどこか別の誰かに違いないのに、彼女は純粋に明を信頼している。

 ゆえにアルトリアにマスターと呼ばれることにも違和感つきまとっているが、彼女にマスターと呼ぶなとは言えない。

 

 

 ああ、そもそも、可笑しいと言うなら何もかもが――。

 

 

「シケた顔をするな、碓氷明」

 

 言葉に詰まった明の頬を掴み、無理やり上に向けたのは当然アヴェンジャーだった。

 

「俺が嫌いなものを教えてやる。献身、滅私奉公、自己犠牲、そして意気地なし」

「……?」

「主従で雁首そろえて察しが悪くてどうする阿呆。どうせ最初から間違いなんだ。やるなら思いっきり楽しめよ」

 

 ちりん、と鈴が鳴り響く。

 その残響が消えた時には、既にアヴェンジャーの姿はなかった。

 

 

 

「明」

「ひゃっ!?」

 

 消えたはずのアヴェンジャーと同じ声。だが別人である。碓氷邸の門前に腕を組んで仁王立ちしていたのは、ヤマトタケル――最強Tシャツにアディダスのジャージを寝間着とする、セイバーだった。呼びかけられた声音から察せられたが、怒っている。夜遊びを咎められた中学生ってこんな気持ちなのか、と明は能天気なことを思った。

 

「真夜中に一人でどこに行っていた」

「べ、別にどこでもいいじゃん」

「ああどこでもいい。だが夜に一人で出歩くなと言っている。真夜中、その上夏は変質者や変質者や変質者が湧くとキリエも言っていたろう」

「変質者なら武器持ってる相手で十人くらい束になっても倒せるよ」

「それは知っている。だが万が一がある――それに、何かあっても大丈夫であることと心配しないことは別だ」

 

 セイバーが少年の姿ではないためだろうか。もし普通の兄や父がいるならこんな感じなのかと明は思う。ありがたい、と思うと同時に申し訳ない。

 ――もし次があるなら、きちんと言い訳を考えておかなければ。

 

「うん。でも、寝れなくてコンビニで立ち読みしてきただけだからさ」

「……」

 

 セイバーはまだ不服そうな顔をしていたが、口うるさくするつもりはなくため息をついただけだった。セイバーは明を門の中に引っ張り、鍵をかけた。無言で邸に戻るセイバーの背中を追いかけつつ、明は突拍子も無いことを問うた。

 

「ねえ弟橘媛(おとたちばなひめ)って、サーヴァントとして召喚される可能性はある……よね? 普通に」

「は?」

 

 これはセイバーでなくとも同様の返事を返すだろう。前後の文脈ゼロであり、どこからその問いが出てきたかわかるのは明だけだ。しかし明の忠実なサーヴァントたるセイバーは、わけがわからないながらもはっきりと答えた。

 

「ない。あれはサーヴァントになれない」

「何で」

「アレは弟橘のまま、弟橘ではないものに成り果てた。だから死んではいない。座に登録されていないはずだ」

「……」

 

 しかし、仮にセイバーと共にあった弟橘媛はいなくとも、歴史と神話に刻まれ知名度を得た「弟橘媛」が、座を得たという線もありえる。物語の集合体、病の概念が座にありサーヴァントとして召喚されうるとは聞いたことがあるため、このヤマトタケルの知らない弟橘媛が呼ばれることもありえはするだろう。

 

 明が考えていたのは、聖杯戦争の再開とともに呼ばれた、土御門神社にいたアレ(影のサーヴァント)は何なのかということだ。

 追加のサーヴァントが呼ばれた理由はわからないが、呼ばれるからには何かしらの触媒となったものがあるはず。だが、大聖杯が破壊された今、わざわざ触媒を用意してサーヴァント召喚を試みる物好きはいないだろう。

 だから触媒となるなら「春日聖杯戦争に呼ばれたサーヴァントそのもの」ではないか。そう仮定すると、「春日聖杯戦争のサーヴァントの七騎の関係者で女」が、あの影の正体になるだろう。そのうえ、偽のヤマトタケルがいるのだからと思っての問いであった。

 

「しかし、何故急にそのようなことを聞く?」

「あ、いや大した理由でもないんだけど聞いておきたくて。うん早く寝よう寝よう。眠くなってきた気がする」

「夜歩きしていたのはお前なのだが……」

 

 明はぐいぐいとセイバーの背を押して、屋敷内へと急いだ。理由を説明しない明はセイバーからみれば挙動不審であるが、ひとまず彼女が元気であるのでよしとした。




咲は私立中学に行ってて登校日です。
虚数空間を通って全く別の場所に出る空間転移はびよんど本編からやってるんですが、名前がなかったのでゼロダイブにしておきました。

現在公開可能ステータス

【クラス】アヴェンジャー
【真名】日本武尊???
【性別】男性
【身長/体重】183CM/体重:78kg
【属性】混沌/悪
【クラス別スキル】
復讐者 C:復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。周囲からの敵意を向けられやすくなるが、彼自身は人の敵意や悪意をどうでもいいと思っているためランクが低い。
忘却補正 B:人は多くを忘れる生き物だが、復讐者は決して忘れない。忘却の彼方より襲い来るアヴェンジャーの攻撃はクリティカル効果を強化させる。
自己回復(魔力) A+:復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。神剣の加護を得ていた残滓による特級の回復力。

【固有スキル】
魔力放出:B+
自己改造(偽装):A+
????

【宝具】
斎宮衣装(みつえしろのかご)
ランク……B
種別……対魔術宝具
レンジ……1~99 最大補足 ――
日本武尊(小碓命)が景行天皇の命によりクマソタケル兄弟を暗殺する際、第二代御杖代倭姫命からもらった衣装。伝説では女物の衣装であるが、本来は倭姫命が加工した白い襦袢のような着物で女物ではない。持ち手の望む衣装を纏っているように他人に見えるよう、対象への認識を操作する加護がかかっている。
聖杯戦争に参加するマスターは本来、サーヴァントの姿を視認すればそのステータス数値を看破できるが、彼はこの衣装を纏うことで隠蔽することが可能。またサーヴァントとしての気配も絶つことも可能でAランク相当の気配遮断を得るが、攻撃態勢に移ると隠蔽は不可能になる。
担い手であるヤマトタケルは、Aに対しては女装の格好、Bに対しては男の格好といったふうに見せる使い分けも可能。ただし使い分けが細かすぎると管理が追いつかなくなり、「あれ、さっきまで女だったような……男?」と逆に相手に不審がられるためあまりやらない。

『????・無刃真打』
『????・千刃影打』

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