Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】 作:たたこ
白いキャミソールに青いパーカーを着て、茶色のキュロットにサンダルという夏のいでたちのクラスメイトの姿がそこにあった。仁王立ちでしっかと一成とキリエを眺める姿は、さながら探偵モノの刑事のようでもある。
「あんたが「わかった、じゃあ碓氷邸に行くのはやめる」なんて言う殊勝な人間なわけないものね。悪いけど今日一日つけさせてもらったわ」
彼女もまた、一成と同様クレバーに成長していたと言うわけだ。とすれば、彼女は一成が午前中に碓氷邸に来た時からつけていたことになり、おそらくヤマトタケルやアルトリアが言っていた「何者か」は彼女のことであろう。そう結論づけた一成は、心の片隅にあった不穏が払しょくされた心持で、なかばどうでもよさそうに言った。
「……お前案外ヒマなのか?」
「ひっ……ヒマなわけないでしょ! あんたが碓氷なんかに近付こうとするから!」
「? 碓氷は良い奴だぞ?」
「ああもう話が進まない! やっぱり持って回るのはダメね、……土御門、あなた、もしかして魔術師?」
……一成は頭が痛くなってきた。自分が他の魔術師としての気配を感じられないのはともかく、昨日の彼女の発言とこの状態からして感付くべきではあったのかもしれない。
即ち榊原理子は魔術師、もしくはそれに近しい何かであると。
「……まさかお前、魔術師?」
その瞬間、理子は大きなため息をついた。
「その反応……はぁ、まさかとは思っていたけど本当にそうなんて」
顔を覆い、落ち込んでいる理子。がっくりしているのは自分が原因なのだろうかと一成は思うが、それ以上にもう帰っていいかなと考えていた。だがどう考えてもただで返してくれそうな気はしない。
とすれば、いっそ納得のいくまで話す方が早いだろう。
「榊原、よくわかんねえけど俺に用があるんだろ。時間はあるか」
「勿論よ」
「よし、じゃあホテル行こうぜ」
一成的には「夜に立ち話も危ないし、アーチャーが宿泊している豪勢なホテルがあるから、自分とキリエと一緒にその部屋で話をしないか」というごくごく当たり前の、むしろ親切心からの発言であった。
決して頭にラブがつくホテルに行こうとか大人の階段をエスカレーターにしようぜとか、全く考えてはいなかったのだ。
しかし気付いた時には遅かった。紅いやら白いやらの顔をした同級生は、怒鳴りながら拳を繰り出してきたのだ。
「……高校生の分際でなぁにを言うかァーーー!!」
すごいぞ元生徒会長。右ストレートが見えなかったぞ。
一成・キリエ・理子の三人組は碓氷駅最寄りの私鉄に乗り、すぐに春日駅に到着した。
高級ホテルに分類されるホテル春日イノセントは駅の目の前で、迷うことはない。すでに顔パスでホテルマンに挨拶をされる一成とキリエの後ろにつづきながら、理子は狐につままれたような顔をしていた。
普通ホテルは予定の人数以上が宿泊することは断られるが、金に物を言わせているのかアーチャーの部屋については、一成やキリエが急に宿泊しようと何も言われたことがない。
レストランにもドレスコードは設定されていないが、元がハイクラスなホテルのため、学生服の一成は常に浮いている。
一階のエントランスから二十四時間糊のきいた制服を身に着けるホテルマンが対応し、三階のロビーに入った途端にシャンデリアに、庭園を見渡しながら腰かけられるソファ、目を楽しませる生け花と非日常である。予想しなかったホテルの高級さに戸惑う理子をひきつれ、一成たちは十四階のアンバサダースイートに到着した。
「あんた、いったいどんな手を使ってこんないいところに泊まってるのよ」
「俺がどうにかしてるんじゃなくて俺のサーヴァントのせいだ」
「サーヴァントってまさかあんたも「おーいアーチャー、邪魔するぞ」
一面のガラス張りを通して目の前に広がる、春日市の夜景。一人かけのソファに座り、優雅にコーヒーを嗜むワイシャツ姿の男性が一人。
「おや、そこな女子は?」
「クラスメイトの榊原。長話になりそうだったから連れてきた」
「判然とせぬ理由じゃのう。しかし聖杯戦争が再開されたこのタイミングとは、厄ダネの匂いがするの」
「!? ……せ、聖杯戦争の再開!? 何だそれ!?」
「カズナリ、話が進まないわ。まずは皆席について、自己紹介からでしょう?」
夜の顔をしたキリエは、あくまで冷静に一成を促した。この場ではキリエの発言の方が正しいため、一成は一度口をつぐんだ。
朝にはアーチャーたちが食事をとった四人掛けのテーブルに着席し、そして一成が人数分の紅茶を入れて、軽く自己紹介をしてから話は始まった。
「……っていうかお前、俺が魔術師だって知らなかったのか? 二年前だろ、知り合ったの。いや俺もお前が魔術師ってわかんなかったけど」
理子は眉間に指を当てて、頭痛を堪えるように唸った。「……最初は魔術師かも?って疑ったわよ。名字もそうだけど、出身は北陸、それに友達にも陰陽師の家系って平然と言ってたし。あんたの一人暮らしの家までつけたこともあるし……」
マジか。全く気付かなかった一成も一成であるが、それは少々怖い。
発言の迂闊さに気づいた理子は、慌てて否定をした。
「ちょっ、変な意味じゃない! 魔術師としての痕跡を掴もうとしただけ! けどどーも……」
「リコ・サカキバラの言うことはわかるわ。私ももしカズナリがサーヴァントと契約していない状態だったら、魔術師だとわからなかったかもしれないもの。それだけカズナリが魔術師としてはへっぽこということね」
一成は既に慣れかけてしまっているのだが、何回もへっぽこへっぽこ言われると悲しくなる。それが純然たる事実であるからなおのこと。
今は使えないもののこの『眼』という奥の手があるのだが、あまりにもリスクが高すぎてキリエと明からやめておけと言われているため、ノーカウントだ。少々落ち込む一成に構わず、理子は話を続けた。
「で、ここ最近春日の様子が変だなと思っていたところに、あんたがあの……絶対ただの人間じゃないカフェの店員さんと関わって、それに碓氷の家に行くなんて言うじゃない。この土地出身でもないあんたが、一般人として碓氷に関わることなんてなにもない。というか、次期碓氷の当主なんて札付き……折り紙つきの魔術師よ、近づくべきじゃない」
「けど碓氷もセイバーたちも良い奴……いや片方のセイバーは……悪い奴じゃないぞ」
「悪いとかいいとかそういう次元じゃないの。力は力を呼び、魔は魔を呼ぶの。それに巻き込まれかねないから行くなって言ったの」
魔は魔を呼び込む。喩えるなら優れた魔道の素質を持つ者は強力な磁石のようなもので、己の意図するしないにかかわらず魔、災難を引き寄せる。
知っている。自分よりも碓氷明とヤマトタケルこそ、身に染みてそれを知っている。ゆえに彼らはあれほどまでに己を疎み嫌い、未来を諦めていたのだから。
勿論、彼らは無理に傍にいられることを望まない。しかし一成は自分を護る事にはそれなりに長けているつもりだ――ゆえに、理子の心遣いに感謝をするが、彼女の助言を受けることはない。
「お前のいう事は解ったけど「だけど思ったよりあんた、魔術の世界に触れているみたいだし。今更やめろっていうのも不毛だし」
とんだ骨折り損だ、と大きく溜息をつく榊原理子。もっと口やかましく言われると予想した一成としては拍子抜けだ。このクラスメイト、こうと決めると引き下がらないのである。
妙にあっさり引き下がられたことが逆に不気味であるが、深くつっこんで口うるさくなられても厄介である。一成もそれ以上は言わなかった。
理子が碓氷邸に張り付いていた件については解決したが、春日市での異変、聖杯戦争の再開と、一成の知らない間にまた厄介な事態が出来しているようだ。むしろアーチャーやキリエの落ち着きぶりを顧みると、このメンバーで事を知らないのは一成だけではないかと思われる。
「……アーチャー、それ、具体的にはどういうことだ?」
セイバーズは何も言っていなかった……一成が帰ってから明にだけ報告するつもりだったのかもしれない。しかし、セイバーズの様子に可笑しいところはなにもなかった。
というか、このアーチャーも今まで何も言わなかったのは何なのだろうか。一成はジト眼で自分のサーヴァントを見たが、当のアーチャーはやはり優雅にコーヒーを飲んでいた。
「ほれ、聖杯戦争中は春日市の魔力が濃くなるであろ? それに合わせて我らサーヴァントには「他のサーヴァントを倒す」という衝動が与えられる。その状態よ……決して大聖杯が復活したのではあるまい」
つまり、今アーチャーたちサーヴァントは聖杯戦争時のようなやや好戦的な状態にあるらしい。
だがそれだけならば困ることはないのではないかと、一成は思った。願いを叶える魔力の渦である大聖杯がないということは、願いを叶えることはできないということ。
そして願いを叶えたいとサーヴァントたちが思っていても、そのために他を殺しても無意味であるということ。一成の表情を見て、アーチャーは頷いた。
「左様。街が聖杯戦争時と同じ状態となっていても、景品がないのだから争う理由がない」
「つまり、特に普段とかわらないってことか?」
大聖杯はセイバーの宝具で破壊された。それが春日聖杯戦争の顛末であり、何かの要因で聖杯戦争が再開されても褒賞がなければ誰も戦わない。ゆえにアーチャーは呑気な顔をして株だ起業だとほざいていたのである。
聖杯が目的ではないサーヴァントにはランサーがいたが、聖杯が目的ではないなら既に行動を起こしているべきであるが、彼は平和に暮らしている。
「私も聖杯戦争の再開を感じ取ってはいたけれど、概ねアーチャーと同意見で問題はないと思うわ。今更戦い始めるサーヴァントとマスターがいるとは思えない。危惧するとすれば、戦闘衝動はあるからサーヴァント同士の関係は多少ぎくしゃくするかもってくらいかしら」
「だけど異変は異変だろ? 放っといていいのか?」
「それこそ管理者の仕事よ。アキラとその父君に任せればいいわ」
キリエも大して興味はなさそうである。だが、一成は聖杯戦争に関わることには自分も協力すると明に言った。全て明に任せてしまうのは釈然としない――一成が顔をしかめていたところ、居心地悪げな理子の声がした。
「あの……すごい今更で恐縮なんだけど、土御門、とキリエスフィールさんはここでの聖杯戦争に参加していて、アーチャーさんは土御門のサーヴァント?」
「そうよ。あとキリエで結構よ、リコ・サカキバラ」
「悲しいことにその通りじゃ。それからアーチャーで構わぬぞ」
理子は適応力高くわかりました、と頷いた。
これも今更だが一成たちは理子が聖杯戦争を知っているものだと思ってきたが、実際彼女はどの程度知っているのかは確認していない。また、彼女はあの聖杯戦争の時期にどうしていたのか。
一成はあの期間ほぼ学校を休んでいた上、二年の時は理子とクラスも違ったのでわからない。
それを聞くと、理子はああ、と頷いた。
「勿論聖杯戦争が開催されることは知っていたわよ。だけど私も親も、参加する気はなかった。冬木でも一度も成就を見なかった胡散臭い儀式に巻き込まれてたまるかって、その期間学校を休んで実家に戻ってたから」
聖杯戦争開催地の魔術師が本当に参加したくないならば、唯一の方法が「期間中、その土地から離れる」ことである。一度聖杯にマスターとして選定されてしまうと、根本的にマスターを辞める方法はない。
令呪を破棄し教会に保護を求めたとしても「マスターに選ばれた」事実は変えようがなく、その体は依然サーヴァントと契約可能のままなのだ。
しかし戦争の地を離れていれば(御三家相当の者でもないかぎり)、数合わせにマスターに選ばれることはない。彼女と彼女の実家は、そんな危うい儀式に参加するよりも身の安全を取った。
となれば、彼女は同時期に一成が学校を休んでいたことも知らなかったことになる。
「……私が最近の春日の魔力の流れがヘン、と感じたのは聖杯戦争の再開のせい。碓氷が留守しているから私が独自に調べようかと思ったけど、もう帰還しているならねえ……。そして土御門が碓氷やサーヴァントとかかわりがあるのは、聖杯戦争に参加してたから……これで疑問は解消したわ」
理子は得心がいったらしく、ダージリンの紅茶をおいしそうに飲んでいた。一成が見たところ、キリエとアーチャーも再開された戦争に興味はなさそうである。
春日の異変は管理者がどうにかすること――確かに間違いではないのだが、一成は放置していられない。何故なら、彼は碓氷明もとい碓氷にかなりの借金(無利子にしてもらっている)があるからだ。
戦争で喪失した左腕の義手代――何やら蒼崎ナントカとかいう人形師に頼んだと碓氷は言っていた――が、高くてローンを組んでいる。
しかしそれを抜きにしても、聖杯戦争について最後まで付き合うと約束した。
「俺、やっぱまた碓氷んち行って話を聞いてみる。あと、一応他のサーヴァントにもどういうつもりか確認だけする」
「そう申すと思ったぞ。死なぬ程度に励むがよい」
アーチャーとキリエからすれば予想された一成の反応であったため彼らは落ち着いていたが、一成の同級生は違う。目を吊り上げて、鋭い眼差しで一成を睨みつけた。
「何であんたがそこで首をつっこむの!? 碓氷の足をひっぱるだけだからやめておきなさい! というかあんたが関わると大変なことになるでしょ!」
「すげえ偏見だな!? 俺にも色々あるんだっつーの、別にお前に手伝ってくれなんて言ってないだろ!」
「……っ、フラフラ危ない事しようとしてる同級生を、元生徒会長として放っておけないわよ!」
なんだかんだ二年以上の付き合いにはなる同級生だ。一成は理子が悪い人間ではないことを知っている――良い奴ではあるのだが、鬱陶しくないとは言ってない。
極論一成自身が野垂れ死んでも、それは一成自身の責任だ。理子が負う責任でもないのに。
「お前は俺のお母さんかよ、放っとけっつーの!」
「まあまあ一成、そう冷たいことを言うでない。門外漢の見立てではあるが、この女子、そなたよりは魔術に習熟しているような気配がある。折角じゃ、共に調査をするがよい。というかほとんどの魔術師はそなたより手練れであるがな」
一成はお互いに魔術師であることを確認はしたが、理子がどの様な魔術の使い手かは知らない。ただ、そもそも魔術師は己の手の内を見せないものではあるから、理子がそうほいほいと魔術を見せるかは別の話である。
「……はぁ。別にいいけど……自分の身は自分に護れよな」
「あんたこそ」
口うるさい母親が学校の授業参観に来た気分はこんな感じなのだろうか。何故こんな面倒臭い事態になったのか。ただ一成は一成で自分の力量を聖杯戦争で知っているため、彼女に期待するところがないことはないのだが。アーチャーの言う通り、だいたいの魔術師は一成よりも手練れだ。
「そんなに物騒な事態にはならないと思うのだけれどね。何か困ったら聞きに来てもいいわ」
「一成ガンバ!」
一番頼りになるはずのサーヴァントとアインツベルンの令嬢はむしろ興味なさそうに、半ば他人事の態度である。もしかしてこれは本当に大した出来事ではないのかと今更思ったが、一成は今更引けない。まずは明日、再び午前中に碓氷邸に出向くことにすることを決めた。
話が終わったことを見計らい、アーチャーは部屋を見回した。
「この部屋にはダブルベッドが二つ、シングルベッドが二つある。順当に考えて榊原の姫とアインツベルンの姫がダブル、私と一成がそれぞれシングルで寝るべきかの。パジャマも備えつきのものがあるゆえ、好きに着るがよい。ホテルの二階にジェットバスやプールなどスパもあるが、面倒であれば備え付きの風呂が「ちょ、ちょっと待ってください!」
滔々と施設の説明を始めるアーチャーに焦り、理子は立ち上がった。彼女はただ落ち着いて話をするためにここに来たのであり、そこまで世話になるつもりはなかった。
「私としたことが失礼をした。そなたにこの後予定があることを全く考慮「い、いやそうではなくて、そこまでしていただくのは気が退けるというか……!」
当然のように姫と呼ばれるのも、一女子高生しては恥ずかしい。しかしそもそもお嬢様扱いに慣れたキリエ、図々しくなった一成はけろりとした顔で助言した。
「気にすんなよ、金は使うべきもんだ。それにどうせ明日も午前中から一緒に出掛けるんだしな。あとここメシもうまいぞ」
「私は一成からは魔力を受け取っているゆえ、等価交換じゃ。……そして榊原の姫、遠慮は不要ぞ。そなたは我がふつつかなマスターの学友であろう。いつもこの短慮な男が手間を掛けさせている模様。サーヴァントとしてその礼と、これからもよろしく付き合って欲しいという願いをこめて寛いでいってほしいのだが、如何かな」
「……はあ、じゃあ……お言葉に甘えさせていただきます」
理子とて、これほど高級なホテルに泊まる機会などそうそうない。春日の土地でこの高級ホテルでスイートルーム、一泊三十万以上はするに違いない。
話がついたところで彼女が気になってきたのは、このアーチャーというサーヴァントの正体だ。聖杯戦争において真名は隠すもの、だとされていたが終わった今となってはこだわらなくてもいいだろう。
理子は少々勇気を出して、尋ねた。「聞きそびれていましたが、アーチャーの真名を聞いても?」
「そういえば「アーチャー」としか名乗っておらなんだか」
スーツの姿が板についた挙措優雅な中年の男性は、あくまで穏やかに、余裕を持って答えた。
「私は
先程のアーチャーの差配通り、理子とキリエがダブルベッドで、別室のツインルームで一成とアーチャーが眠ることになった。無論理子が一成やアーチャーと同じベッドで眠るのは言語道断なので、この組み合わせは当然の成り行きではある。
備え付けの上下のシルクの寝巻に着替え、海のように広々としたキングサイズベッドの上で、理子はすぐ隣のキリエを横目で見た。
(まさか、あいつが魔術師なんて)
二年以上もその事実に気づかなかったことには恥じ入るしかないが、そも一成があまりにも魔術師としての気配を感じさせなかったことが原因である。魔術師の気配を感じない理由としては二つあり、強力な魔力殺しの礼装を身につけられるほどの家の魔術師か、単に一般人に近いレベルの魔術師かだ。一成の場合は後者のようだ。
(土御門、っていっても、どの土御門なんだか)
理子の家の魔術は神道であるが、土御門の陰陽道とはあまり関わりがない。かつて榊原はとある退魔の血族に近しかったのだが、現在日本において両儀以外の退魔の一族はほぼ壊滅状態であり、榊原も別の道を歩んでいる。
話がそれたが、榊原と土御門とは深いつながりはない。
ただ土御門の家は分派が多いため、全く繋がりがないわけでもないが、一成と近しいかというと違うのだ。
(……それに、聖杯戦争。参加してるなんて全く思ってなかったわよ)
彼らにとっては八か月も前に、その熾烈な戦いは終わっている。ゆえに先ほどの場では、結果として大聖杯が破壊されて終了したことしか話に出なかった。だが理子にとってはサーヴァントが今だ現界を続けていることも、同級生が参加者だったことも今知ったことなのだ。
「……キリエ、さん?」
「何かしら、リコ・サカキバラ。あと呼び捨てで結構よ」
淡々と、冷静に眠る仕度を整えるキリエスフィール・フォン・アインツベルン。小学校低学年としか見えぬ幼い容貌、流れるような黒髪に、
「そう、じゃあキリエ。興味で聞くけど……春日聖杯戦争って、勝者は誰なの? どんな英霊が召喚されたの?」
キリエはベッドの上に足を投げ出し、寛いだ様子で話す。「……勝者は碓氷、サーヴァントはセイバー。召喚された英霊は
「……クラスは七つ、けどあなたは八人の名前を上げた。どういうこと?」
「……模造品であるがゆえのイレギュラーね。幸い、追加召喚はアーサー王、一般の常識が通じる英霊だったから、神秘の漏えいなどの大事には至らなかったわ」
春日の聖杯は、冬木の聖杯の模造品。本家冬木の聖杯戦争も、色々なイレギュラーが起きていたと耳にしたことがある。また勝者が管理者の碓氷というのも、妥当の範囲内だ。
外部から見れば、春日聖杯戦争は至当の終焉を迎えたのだ。
「そう……最後にひとついい? ――春日聖杯は、本当に如何なる願いを叶える代物だったの?」
「……叶えたでしょう。碓氷の手を借りれば、もっと確実にね」
キリエは眠いのか、口を手で覆いあくびをするともぞもぞとベッドにもぐりこんだ。理子は布団の上から、眼を閉じた彼女へと礼を言った。
「話してくれてありがとう」
正直、理子は少々面喰っていた。この少女の名はアインツベルン。理子とは縁がないが、それでも千年を超える名家であることは既知だった。その魔術師の中の魔術師である彼女が、もう終わってしまった儀式とはいえ、内容を真面目に教えてくれるとは思っていなかった。
魔術とは秘するもの。他家にその秘伝を開示しない。ゆえに理子は感謝と、同時に不信をこの小さな娘――魔術世界において歳と能力は比例しないが――に抱き、しかし何かをされる心当たりは全くないことを思いつつ、同じベッドで眠りについた。