Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】 作:たたこ
アルトリアは一階の掃除機掛け・雑巾がけ、ヤマトタケルは二階の掃除、一成は台所回りの清掃の割り振りとなった。地下室もあるが、そこは魔術礼装などがたくさん積まれている工房であるため、放置しておいてほしいと明に言われているらしい。
途中、買ってきたパンを三人で食べる休憩をはさんで、再開。
一成はシンクの水垢やコンロの焦げとりまで実施して一息ついた。台所の角の窓を開くと、むわっとした熱気が一気に雪崩れ込んできた。確か碓氷明がイギリスへ旅立ったのは、今年のまだ寒い二月頃だったから、半年ぶりの帰国となるのか。
よくもまあ、あのセイバーズでこの春日が平穏無事だったものである。ヤマトタケルのストッパーとしてアルトリアがいるものの、彼女も結構前のめりなところがあるため、不安要素がないとはいいきれないと思っていたのだ。
一成が台所の清掃を完了したころ――屈んで足元の保存蔵まで清掃し終わった頃――、突然にヤマトタケルが顔を出した。
「土御門、料理はお前に一任する。腕によりをかけろ」
「は? お前も別に料理下手じゃねえだろ、ちょっとは手伝え」
ぶっちゃけた話、そんな複雑な料理を作るわけでもないので一成一人で全く問題はないのだがつい勢いで言い返してしまった。それから一成は顔を上げると硬直してから、首を傾げた。
「……お前、その恰好何?」
「どうだ。現代の常識的に変なところはないか」
「……」
繰り返しになるが、二千年近く前の日本を生きた人間が何故身長百八十センチを超えるのか問い質したい。どうなってんだ古代日本の栄養状態。
最強Tシャツジャージ姿はどこへやら、今のヤマトタケルは上下とも黒のスーツに白のワイシャツ、赤のネクタイが決まった精悍な青年だった。柔和な微笑が似合うハンサムというより視線の鋭い男前である。
最近やっと身長が百七十台に乗った一成としてはうらやましい事この上ない。
「変じゃねーよ。むしろ似合いすぎて変だよ。というか、何お前その恰好」
「? マスターの父君にお会いするのに変な格好で出られるわけがないだろう」
「お前碓氷の何!? 結婚を申し込む彼氏か!!」
「阿呆なことを言うな、俺は明のサーヴァントに決まっている……というわけでコレを着てしまった以上、料理はできない。後は任せた。俺は予行練習をしてくる」
「何の予行!?」
ツッコミを待たずに敏捷Aで去ってしまったヤマトタケルを見送って、一成はこれからどうすべきか思案した。もうヤマトタケルに手伝わせる考えはない。
少々早いが、夕食の支度をしておくことにした。冷めても温め直せばいいことだし、水信玄餅は固める時間が必要だから丁度いいかもしれない。
「よし」
一成はテーブルの脇の棚の中にある黒いエプロンを引き出して手早く身に着けると、台所に踏み入った。自分で掃除したのだが、ピカピカのシンクを今から使うのかと思うと微妙が気分になる。
メニューは昼にアルトリアと決めた通り、一汁三菜でアジの南蛮漬け、筑前煮、大根の味噌汁、わかめメインの海藻サラダに加えてデザートに水信玄餅・スイカ。
スイカは買い物の後にアルトリアが思い出してあると言われたので、バケツに水を張ってつけておく。本当は川の流水や井戸水が最高で、一成は実家ではそうしていたのだが碓氷邸には望めまい。また冷やし過ぎると甘味が半減するので、冷蔵庫に入れるのは食べる一二時間前の予定だ。
「スイカはこれでよし。つかスイカあるなら水信玄餅は要らなかったんじゃ……まあいいか」
スイカの入ったバケツを台所の隅においやり、一成は水信玄餅にとりかかることにした。
台所を見渡し、頭上の棚を開けて、買い出しで購入したシリコン製の丸い製氷機とアガーを取り出す。アガーとは海藻やマメ科の種子の抽出物からできたゲル化剤のことで、ゼラチンや寒天の親戚だと思えばよい。
まずアガーを少量の水でふやかし、同時に鍋でお湯を沸かす。沸いたところでふやかしたアガーを投入し、二分ほどそのままにしてから火を止めて水を張ったボウルに鍋を沈め、二三分粗熱を取りながらダマにならないようにかき混ぜる。
そのあとシリコン製の製氷機に入れ、冷蔵庫で冷やすだけだ。黒蜜ときな粉を掛けて食べるのが今から楽しみである。
それから下処理としてアジは一枚三等分のそぎ切りにし、付け合せや筑前煮や味噌汁のために鶏肉や、野菜を手際よく処理していく。あと海藻サラダ用の海藻を水で戻すことも忘れずに。筑前煮の野菜を煮はじめたころ、同時にフライパンに油をたっぷりと注いで中温(百七十~百八十度)になるまで待つ。また、南蛮酢のためにしょうゆやお酢、砂糖などを書きまぜて合わせておく。
手を動かしながら、一成は改めてキッチンを見回した。明がイギリスに旅立ったとき、キリエもついていったために碓氷邸はアルトリアとヤマトタケルのみになった。キリエは飽きたのかそれとも何か事情があったのか、二か月ほどで春日に帰ってきて、それからは碓氷邸・アーチャーのホテル・大西山の屋敷と気分で宿を変えている。
「よし、これは後煮るだけだな」
筑前煮のアクを取り鍋に蓋をし、アジに片栗粉をつけてフライパンの油へ投入。適度にひっくり返しながら二分ほど揚げてからキッチンペーパーで軽く油を取り、先ほど合わせた南蛮酢に細切りにしたにんじんときゅうりと共に揚げたアジを投入し、あとは野菜がしんなりするまで十五分ほどつける。
酸っぱい匂いが食欲をそそり、早くも腹が減ってきた。あとは味噌汁を作りたいのだが――。
「……にぼしとかこんぶのこと、完全に忘れてたな」
仕方がない、手抜きだがだしはほんだしでとらせてもらおう。だしを投入して鍋に細切りにした大根と角切りの豆腐を入れる。煮立ったことを確認し、元々冷蔵庫にあった合わせみそを溶けば出来上がりだ。
最期に水で戻した海藻に加え、かにかまぼこを裂いた。サラダは大ボウルに入れて分けて食べようと考えているので、クルトンは最後に乗せよう。
ワンルームの一口コンロかつ対象が自分だけではやりがいも強制力もなく、日がなカップラーメンを貪ってしまう一成だが、やはり広いキッチンだと話は違う。
そういえばご飯を炊くのを忘れていた。時間には余裕があるし、今から炊けば……と思ったところ、食堂――食堂と台所は扉一枚で繋がっている――からちらちらと金髪のあほ毛がこちらを窺っていた。
「……アルトリアさん?」
「ハッ……! いえ、よい匂いがしてきたのでつい……。一階の掃除は終わりました」
つい、というか物欲しそうな顔である。ヤマトタケルもなかなかの胃袋と食欲を持つが、アルトリアはその上をいっている気もする。
少々煮込み不足ではあるが、筑前煮は食べられる。
「実はまだ米を炊いてないんだけど、アルトリアさん頼まれてくれるか? あと、筑前煮煮てるんだけど適当に味見して硬さを確かめてくれ」
「わ、私はそこまでお腹が減っているわけでは! ……しかし、味見は任されましょう」
ふんす、と胸を張って請け負うアルトリア。生前は一国を統べた王様だとしても、今は日常を楽しむ少女である。一成は味見だけではなく米炊きもだと念を押して、休憩をしようとリビングへと向かった。
*
長い夏の昼も終焉を迎える十七時半。アルトリア、ヤマトタケル、一成の三人は緑茶を飲みながらくつろいでいた――その時、家の呼び鈴が鳴った。
時間的に間違いなく明とその父の帰宅だ――三人は一斉に立ち上がると、急いで玄関から飛び出した。
そして目に飛び込んできたものは――夕方の橙をバックに、青い大きなスーツケースと、同サイズの黒いスーツケースを引きずった女性の姿。英国へ旅立った半年前と比べてみたが、髪の毛が伸びて背中までの長さになっていた。洋服は季節柄半袖のブラウスにスカーフ、ワインレッドのスカートに黒のストッキングだった。
彼女に加え、途中で行きあったのか、傍らには小さな淑女――白いワンピースを纏う冬の令嬢、キリエスフィール・フォン・アインツベルン。こちらも夏ならではのリボン付の白いつば広帽を身に着けていた。
二人は玄関から飛び出してきた三人を見つけると、綻ぶように笑った。
「ただいま」
「ただいま到着したわ!」
「……碓氷、待ってたぞ!」
スーツケースを引きずる明に駆け寄り、一成とヤマトタケルはそれぞれ荷物を受け持った。一成の足もとにはキリエもまとわりつき、にぎやかさは二倍にも三倍にもなった。
「アキラ、おかえりなさい。イギリスはどうでしたか?」
「あ、アルトリア。え~っと、イギリス自体はよかったよ。日本ほど蒸し暑くないし……それに料理についてはすごいビビッてたけど、食べられはしたかな」
「……! なんと……我が故国の地にも食の変化が……!?」
衝撃を受けるアルトリアと、明を挟んで反対側に並んだのはヤマトタケルだった。勿論、あのばっちり決めたスーツで。
「明!」
「あ、うん……で、でかい……」
「でかい?」
何故か驚いた様子の明に首を傾げるヤマトタケル。明ははっと首を振ってから話題を変えた。
「というか、何その恰好? 要人警護のSP?」
「何とは何だ。お前の父君にお会いするからには下手な格好ができないだろう」
「何? セイバーは碓氷タケルにでもなるの?」
「む。ヤマトは名字ではない。今も皇族には名字はないはずだろう?」
一成はそこかよと突っ込みなおしたい衝動に駆られながらも、面倒だったので黙っていた。しかしもう一人いるはずの人物の不在については突っ込んだ。
「碓氷、その親父さんは?」
「あー……一緒に来るはずだったけど、ちょっと調べものするって言ってたから今日帰ってこないかも」
春日の現管理者は明ではなく父たる影景である。ただ明の父は一年のほとんどを留守にするため、実質明が管理者の仕事をしているが、自分自身が春日にいる時はそれなりに管理者をしている様子だ。
というわけで、ヤマトタケルのスーツは無事空振りに終わったわけだ。
「じゃあまだ暑いし、早く中に――って、あれは何?」
そう、目ざとい――目ざとくなくても気づくが――庭の一角に鎮座する、蒼い屋根の小さな小屋。前方に出入りができる丸い穴があいて、そこから首をだしてお座り状態で眠っている真神三号の姿。
そう、アルトリア
「……」
明は沈黙したまま、じっと犬小屋と犬を見つめていた。彼女は、アルトリアとヤマトタケルがどうしたのか何となく察した。
だがそれよりも、驚愕に眼を見開いていた。
「……えだまめ……?」
「「えだまめ?」」
明は吸い寄せられるようにふらふらと、次には小走りで真神三号の小屋へと向かった。真神三号は眠っているので、彼女は起こさないように優しい手つきで頭を撫でていた。
「え~……うそ、えだまめ……」
「お~い碓氷、えだまめって……何だ?」
明の後を追いかけた一成とセイバーズは、座り込んだ明の背後からそろそろと声をかけた。彼等から見ても明は真神三号に釘づけであり、おそらくえだまめとは三号のことだとわかりながらも謎はある。
明ははっと我に返ったように振り返った。
「あっ……いや、うん、なんでもない。この犬については後で聞くよ。暑いし、早く中に入ろう」
屋敷には、既に夕食の匂いが満ちていた。早速食事にするべく、一成たちは荷物の片づけを後にして食堂のテーブルに着席した。
一成とヤマトタケル、アルトリアは手分けして、炊いた白米をよそい主菜や味噌汁を盛り付けて用意し、歓迎される側の明は黙って座って待つスタイルだ(何故かキリエも歓迎される側カウントである)。
それぞれの目の前にアジの南蛮漬け、筑前煮、大根の味噌汁、海藻サラダのボウルが置かれている。キリエは箸づかいをもっと鍛えたいようで、スプーンとフォークを渡そうとした一成はにべもなく断られていた。
明、ヤマトタケル、一成、キリエ、アルトリアの五人で着席。行儀正しくいただきますの挨拶のあと、夕食は始まった。
「ああ~~日本食って感じの日本食だ! 嬉しい……」
明は半ば泣き出しそうな勢いで端を握り、白米をかみしめている。先程アルトリアに「食べられはしたかな」と言っていたくせに……いや、食べられはした? それは……要するに。
「……お前、英国のメシ、不味くないって」
「食べられはするかな」
碓氷明は笑顔だった。すごい笑顔だった。これは思った以上に闇が深そうだと察した一成は、この話をやめた。多少強引だが、話を変えることにした。
「そういやなんでキリエと一緒なんだ?」
「アキラとはたまたま行きあっただけよ。タクシーでも使えばよかったのに、アキラったらわざわざ駅から歩いてきたそうよ」
「……ほいほいタクシーに乗って贅沢に慣れたくないからね」
ここが生粋のお嬢様セレブリティたるキリエと明の差である。一般からみれば明も十分お嬢様の部類だが、流石に城を持つ家は格が違う。
その時、話の区切りを読んだわけではないだろうが、ダブルセイバーズは一成に空になった茶碗と御椀を両手で出した。御飯と味噌汁のお代わりの要求である。
もういちいち文句を言うのも億劫な一成は、それを受け取るとキッチンに戻りよそった。地味に多く作りすぎたので、お代わりは寧ろありがたい。明父の分はラップにかけて冷蔵庫にとってある。
食堂では明とヤマトタケル、アルトリアが話を続けている。
「春日に変なところはない?」
「……今日買い出しに出た時に、何者かにつけられていました」
「外に誰かがいるような状態は今も続いている。害そうという意思を感じないから放っているが」
「……一瞬アルトリアのストーカーかと思っちゃったけど」
「ストーカー……TVで見たことはありますが、ないでしょう」
アルトリアにストーカーするなど命知らずもいいところだが、彼女の場合はストーカーを懲らしめる時にも手心を加えてくれるであろう安心感はある。
「いやストーカーは冗談だけど……それは気にしなくて大丈夫だよ。平気平気。一応、知ってる相手ではあるし」
明は能天気に片手を振って、一気に味噌汁を飲み干した。セイバーズは顔を見合わせたが、マスターがそういうのならばと引き下がった。知り合いならば素直に訪ねてくればいいのではないかと、アルトリアは思った。
ヤマトタケル、一成も釈然としないために怪訝な顔をしていたが、明はもう素知らぬ顔だ。
「そんなに気にしなくても平気だよ。で、それより、私はあの犬が気になるんだけど」
犬の話になったとたん、妙に畏まったヤマトタケルが早口で言った。「あ、あれか。この屋敷の前に捨てられていたから拾った。飼ってもいいか」
「いいかっていうか既に飼う気満々じゃん。あれ一匹ならいいけど、これ以上拾ってこないでよね」
明はやれやれと溜息をついてから味噌汁をすすり、筑前煮のごぼうをかみしめていた。
「……つまり、それは飼ってもいいと……」
「いいよ。だけど変に繁殖されても困るし、一回病院連れてって病気とか調べて去勢も……「よかった……」
アルトリアは「ほら、そんな心配する必要なかったでしょう」と横目でヤマトタケルをみていたが、彼は一仕事終えた後のように大きく息を吐きだした。
「え? 何? 飼っちゃダメって言いそうだと思ったの?」
「いや……前にお前が他の人間に飼われている犬を見たときに「前犬うちにいたけど、魔術に使っちゃった」と……」
一成は白米をよそいつつああ、と何とも言えない顔をした。
魔術によっては動物を生贄にするものなど掃いて捨てるほどある。陰陽道にも壺に毒を持つ虫を大量に放り込み共食いをさせ、最後に生き残った虫を使用する蠱毒と呼ばれる、限りなく呪術に近い魔術がある。犬を魔術に使われてはたまらないと思い、ヤマトタケルは気にしていたのだろう。
「ああ、それ……。私、犬だけじゃなくて熱帯魚とかハムスターとか、小学校くらいの時に飼ってたけど、その時黒魔術に嵌ってたお父様に全部生贄にされたからねえ……骨も残さず本当にエコに使い切ったからお墓すらないよ」
「? ウスイの家系は
「いや違うよ。でもお父様は研究の肥やしになりそうだと思ったら、他流の魔術でも首を突っ込んでいくから……そのときは黒魔術にハマってた」
「ほらよお代わり」
一成からのお代わりを受け取りつつ、ヤマトタケルは声を出した。「と、とにかく飼っていいんだな。世話は俺とアルトリアでやるから、お前は気にしなくていい」
「……いや、面倒は私も見るよ。生贄事件があってから飼っていないけど、犬は嫌いじゃない。それにあの子、えだまめに似てて懐かしくて」
先程、真神三号を優しげに撫でていた明。進んで動物を飼う気はないようだが、本来動物好きなのだろう。
「えだまめに似てる犬ってどんな犬だよ」
「食べる枝豆じゃなくて、生贄事件前に買ってた犬の名前がえだまめ。あの犬すごい似てるからさっき見たときびっくりした。色といい、大きさといい、目つきといい……」
明は懐かしそうに目を細めていた。女の子が犬が戯れている姿、とても絵になる。アルトリアさんが世話してるのもかわいいと、一成は自由な妄想を広げていた。
「えだまめ、じゃないあの子の名前は?」
「真神三号」
「真神……大口真神ね。そのネーミングはヤマトタケルだね?」
「ええ……色々ありまして」
穏やかに食事を楽しんでいたアルトリアが若干剣呑な雰囲気を発したが、触れてもいいことはなさそうだと察し、明はスルーした。
「俺が生前助けられた狼の名だ。そのうち人語もしゃべり存在だけで魔術を壊すようになる」
自慢げなヤマトタケルにそれはない、と明が突っ込んだ。現代と神代に片足突っ込んだ時期を一緒にしないでほしい。とにかくセイバーズの中で最大の懸念案件だった犬の件が片付き、まったり食事が再開されたのだが、まだヤマトタケルには気になることがあった。
「ところで明、……お前の父君はどういう人物だ?」
筑前煮の汁を白飯にかけつつ、明は訝しげな声を出した。「は?」
「いや、一応知っておきたいと言うか……どんな方なのか」
一成も、実はそれに興味がある。ただ、聖杯戦争中の碓氷明の有様を見て、なおかつそれを放置し続けていた魔術師の父であり――正直、あまりいいイメージを持っていない。それに今の「娘のペットを勝手に魔術に使って殺した」という新情報で、魔術師としてはともかく人間としてのイメージは悪化している。
「う~ん……。魔術師としては凄いけど、人としてはダメだと思う」
「……」
キリエと明以外の全員が思わず箸を止めた。魔術師然とした祖父をもつ一成にはなんとなくわからないでもなかったが、ヤマトタケルは渋い顔をした。
「あまり父をけなすというのは……」
「でもそうとしか言いようがなくて……。えっと、だからそんなおろしたてのスーツ着るとか、気合いれなくてもいいよ。むしろあとで「なんで俺はあんなのに気を使おうと思ったんだ!」って思うよ」
ヤマトタケルはまだ憮然とした顔つきで味噌汁を啜っていた。彼は彼で生前は実の父に「死んでしまえばいい」と思われ故郷を追われたくせに恨み言のひとつもないのだから、極端な方ではある。
「俺が威儀を正すのは、こちらの誠意を示すためだ。だから俺はきちんとした格好でお前の父に会うぞ」
「……まあ、いいけど」
明は困惑していたが、かといって無理強いはできないと諦めているようだった。一成は、明がセイバーズを父に合わせたくないと思っているのかと感じた。なんとなく予想以上にややこしいことになりそうな気配を感じて、喋る代わりにアジ一切れを丸ごと食べた。
明の父については雲行きが怪しかったものの、帰国を祝うささやかな食事会は恙なく終了した。
デザートのスイカ・水信玄餅も大好評で、一成は食後に明とアルトリアを交えて水信玄餅の作り方を教えることまでしてしまった。キリエは自分で作る事には興味がないらしく手持無沙汰にしていたが。
洗い物はアルトリアが引き受けてくれたので、一成はキリエと共に碓氷邸を後にすることにした。一成としては自分のアパートに帰ろうと思ったのだが、自分の家には粗末なサブふとんしかない。流石にキリエと一緒にシングルの折りたたみベッドはよろしくないと思う。
とすれば、行き先は一つだ。
「……アーチャーんとこに行くかー」
「夜は危ないわ、紳士なエスコートをお願いするわカズナリ」
「夜が危ないってどの口が言ってんだよ……」
「暑い季節には変質者とか変質者とか変質者が湧いて出ると聞いたもの。危ないわ」
もう慣れた仕草で、一成は差し出された手を握り返す。玄関から出て空を見上げると、とっぷりと日は暮れて空には星が瞬いていた。夜陰となっても空気が湿気を孕み蒸して不快であることは変わらない。
歩けば駅まで三十分、私鉄を使えば五分もない……キリエには申し訳ないが、こちらは一円を惜しむ貧乏学生である。貧乏人は時間を金に換えるのだ。
「よし、腹ごなしに歩くぞキリ「待ちなさい土御門!!」
一成たちの背後から飛んだ声――その鋭さに、一成は思わずキリエから手を放し、振り返って彼女を護るように何者かの前に立ちはだかった。
「!? ……変質者かっ!?」
「誰が変質者よっ!!」
「はっ?」
聞き覚えのある声。
しかし、何故ここに――観念して正面を見据えた一成の眼に飛び込んできたのは、クラスメイトかつ元生徒会長の榊原理子だった。
サブタイ「碓氷さん家の今日のごはん」