Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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2日目 管理者の帰還
昼① 管理者の帰還・前


「ファッ!?」

「なんじゃその声は」

 

 目の前にはつやつやした白米の盛られたお椀、わかめの味噌汁、焼き鮭、おしんこ、納豆という健康的な日本の朝食。当の本人はお椀を左手に、箸を右手に食事をしていたはずなのだが――「ああ、悪い、なんかボーっとしてた」

 

 食事を再開した一成の手元に、何故か納豆の器が増えている。隣には同じ食事をしているはずのキリエスフィールが、しれっとした顔で告げた。

 

「カズナリ、納豆が好きで好きでたまらないあなたの為に、私の納豆をあげるわ」

「嫌いなだけだろーが! 好き嫌いせずちゃんと食え!」

「こんなねばねばしてにちゃにちゃしてくさいもの、人間の食べ物じゃないわ!」

 

 練習の結果、ある程度箸を扱えるようになったキリエであるが、食の好みまではそうそう変わらない。陰陽師の血が入っているとはいえ、彼女は三十年以上ドイツの深い雪の城で過ごした女性である。納豆はつらい。

 一成は甘やかしていいものかと思いつつ、しぶしぶ納豆を受け取った。ハンバーグに練り込むなど工夫を凝らすか、もしくは最近品種改良でねばりの少ない納豆を勧める必要があるかもしれないと思った。

 また、目の前のアーチャーは昨日と同じくアイロンのびしっとかかったワイシャツとズボンに身を包み、新聞を読みながら同じ食事をとっている。

 ビジネスマン姿、板につきすぎである。

 

「食事をしながら眠るとは器用な男であるな」

「うっせ高校生は忙しいんだよ。日頃の疲れってやつだ」

「そなた今からそのようなことを言っておっては、私と同年齢になるころには死んでおるぞ」

 

 昨日はホテル内のバイキングで食事をとった一成だが、今日はアーチャー・キリエとともに和食の朝ごはんだ。ランクの高い部屋に宿泊する黄金律Bのアーチャーである。

 朝食をルームサービスで和食にしたいなら、電話一本でスタッフが飛んできてくれる。

 

 ……そういえば、サーヴァントはマスターさえいれば食事も睡眠も不要の存在であり、ぶっちゃけた話戦争のない今は暇人のはずだ。少し前まで図書館に入り浸っていたアーチャーだが、最近はますます現代人風の振る舞いをしている。

 

「そういやお前、昼は何やってんだ?」

「うむ。金など寝転がっても入ってくるのだが、暇は暇なのじゃ。現代文学を楽しむのもよいが、そればかりではメリハリがない。ゆえに●●して、現代の戸籍を手に入れ投資や起業に手を出してみようと思うておる」

「……って何だよ!?」

「いつの時代でも金を積めば色々としてくれる人間がおるでな?」

 

 なー、と何故か示し合わせたかのようにキリエと視線を合わせるブルジョア平安貴族。ブラックかグレーなことをお構いなしにするあたり、本当に権力者である。まあ、一成よりもはるかに勝手はわかっていそうであり、あまり口出しできないが現代の法に触れることは控えてほしい。

 

「黙っても金あるのに金稼ぐとか、お前そんなに金が好きなのか?」

「私は金が好きなのではなく、権力を好むゆえに金を稼いでいるのじゃ。マネーイズパワー、これは平安も現代も変わらぬ。……ただこの行為が、私が「王朝政治の最高到達点としての貴族」として呼ばれているがゆえの業だと言われると反論もできぬが」

 

 人が集団で生活する以上、不可避に発生する権力。アーチャーが「権力」を愛するのは、人の営みを愛することと同義であり、権力が目に見えるカタチをとったものが金と言う形態との解釈である。

 要するにこの男、必要に迫られてではなく「趣味で」金稼ぎをしているのだ。全く最高権力者はわからん、と一成は味噌汁をすすった。

 

 おいしい遅めの朝食を終えると、一成はホテルのパジャマから学校の制服に着替えた。学校に行くのではなく、制服しかなかったのである。

 今日は昨日喫茶店でヤマトタケルと軽く確認した通り、碓氷明の帰国祝いをする。午前中から碓氷邸に出向き、家の掃除や料理の準備をするのだ。手早く準備を済ませた一成を追いかけて、キリエの声が響いた。

 

「カズナリ、お帰り会は何時からだったかしら」

「あー……たぶん五時とか六時とかだな」

「わかったわ。それまでには碓氷邸につくようにするから」

 

 軽く頷くと、一成は最後にアーチャーに声をかけた。

 

「アーチャー、お前は来ないのか?」

「遠慮する。そなたたちで楽しんでくるがよい。碓氷の姫にはよろしく伝えてほしい」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ホテルは春日駅徒歩一分の立地であり、春日駅から碓氷邸までは歩いて三十分かかる。現在時刻は十時半過ぎ、容赦ない太陽が照りつけている。一日で最高気温になる時間は十四時だというから、今から真昼間が思いやられる。

 蒸し暑い空気を吸いながらも、一成は碓氷邸の門まで辿り着いた。

 

 主が留守にしている庭は、それなりに刈られて整えられてはいた。ただ手入れの方法がヤマトタケルによる宝具「全て翻し焔の剣(くさなぎのつるぎ)」による草焼きのせいでやや雑で、燃やしてはいけないところまで燃やしていたり、チリチリになっていたりしていた。

 ちなみに「我が身を焼く焔などなし――全て翻し焔の剣(くさなぎのつるぎ)!!」と絶叫しながら焼いているせいで、ご近所さんからは「碓氷さんちの新しい使用人さん、変な人」とちょっと遠巻きにされているが、本人は気づいていない。

 

 しかし今、碓氷邸の庭は荒れ果てた箇所は微塵もなく木々や芝生も刈りこまれて整っている。宝具による焼き草ではなく、人の手で整理された庭――プロが行ったわけではないが――それでも往時の碓氷邸に近づいていた。

 一成はその庭に感心しながら、インターホンを押そうとしたが、それよりも早く門の内側から声がかけられた。

 

「カズナリではありませんか。早いですね」

 

 麦わら帽子に軍手、「あんたが騎士王」と毛筆調にかかれた白いTシャツ、三本ラインの入った長ジャージ。手にはチリトリと外用の箒。輝く金髪に碧眼、髪の毛はまとめて帽子の中に入れているのか、ショートに見える――珍しい姿のセイバーことアルトリア・ペンドラゴンだった。

 

「あ、アルトリアさん! お、おはようございます!」

「おはようございます。もう門は空いているので入れますよ……それに私に敬語はいりません」

 

 てっきりセイバー(ヤマトタケル)が作業しているのかと思っていた一成は、思わず上ずった声を出した。「セイバーだとヤマトタケルと紛らわしいので、アルトリアで構いません」と言われているのだがどうにも慣れない。

 見た目は年下の美少女だが、中身は三十歳超えのお姉さん、その上アーサー王ですと言われたらなおさらである。もう何度も敬語はいらないといわれているのに、ふとしたときに敬語になってしまう。

 

 と、その時、アルトリアの足もとに駆け寄ってきた白い物体が目に入った。白くてもふもふした、柴犬くらいの大きさの犬。

 

「……? 野良……じゃないよな?」

「はい。碓氷邸の前に捨てられていたのを拾ったのです。名前はマカミ三号」

「へえ~」

 

 犬は大昔にさかのぼれば夜行性だったようだが、家畜化されるにあたり人間に合わせて昼行性になったとか。犬はアルトリアの足もとをくるくる回っていて、彼女はかなり懐かれているらしい。

 

「野良でこんな真っ白なのも珍しいな……というか、飼うのか?」

「私たちはそのつもりですが、アキラの許可はまだです。世話も私たちがしますし、彼女ならいいと言ってくれると思うのですが……何故かヤマトタケルはアキラが拒否すると思っているみたいです」

「碓氷、動物嫌いだっけか?」

「いや、特に聞いたことは」

 

 明に言えば犬の一匹くらいは赦してくれると思う。ただ、一匹ならいいがこれからもほいほい拾ってこられたら困るだろうが。

 

「そういえばセイバー、あ、いや日本武尊の方は?」

「ヤマトタケルなら朝から室内の掃除と洗濯をしていますよ」

「ふーん」

 

 丁度庭の掃除が終わったところなのか、アルトリアは玄関近くに溜めていたゴミ袋を回収し、掃除道具を片付けてから一成とともに屋敷へと戻った。流石はサーヴァント、この暑い中そこそこの時間庭を掃除していたと思われるのに、汗はあまりみられない。

 

(……なんで俺、日本武尊の方をセイバーなんて言おうとしたんだ?)

 

 約八か月前にここ春日で開催された聖杯戦争において、管理者の碓氷明はサーヴァントとして日本武尊とさらにアーサー王を召喚し、二人のセイバーを使役してこの聖杯戦争に勝利を収めた。

 途中から明と共同戦線を張った一成だが、ただ「セイバー」と呼んではどちらかわからないため、敵と対峙している時以外の時は真名で呼んでいたはずなのだ。

 

「カズナリ、どうしました?」

「あ、いや何でもない。ちょっとボーッとしてた」

「土御門か、早いな」

 

 玄関から入ってすぐのホールで、かごいっぱいに洗濯物を入れた噂のセイバー・ヤマトタケルが二人を発見した。こちらは黒地に白字で背中に「史上最強」と書かれたTシャツに、アルトリアと同じく三本ラインのジャージを身に着けていた。

 

「……? ヤマトタケル、先ほどからずっと洗濯をしているようですが、この家にそんなに多くの洗濯物はありましたか? 私とあなた、それにキリエだけのはずですが」

「……俺たちの分だけでなく、明の服も洗濯していて量が増えた……」

「?」

 

 何か言いよどんだ様子のヤマトタケルは、何か別のことが気になっている様子だった。彼は言うべきか言わないべきか迷っていたが、やっと口を開いた。

 

 

「明の部屋で、明を見かけたような気がした」

「は?」

 

 彼曰く、ずっと箪笥にしまわれたままの明の服を洗濯しようと彼女の部屋に入り服を回収して出て行こうとした時、明の姿を見たという。ヤマトタケルもまさかと思ったが、次の瞬間に彼女の姿は煙のように消えていたという。

 

「……一応家の中を捜してみたが、結局見つからなかった……俺の気のせいだと思うが」

「変な話ですね。あなたがそう勘違いするとは思えないのですが」

「とにかく、変に明を捜していたこともあって洗濯が終わっていない」

 

 二人は業務的に会話をしているが、なにとはなく話を聞いていた一成はヤマトタケルの抱える衣服の山に視線を釘づけにしてしまった。あれは……薄桃色にフリルのついた下半身用の下着と、碓氷明のふくよかな胸部を包んでいるであろう下着である。

 

 ……わかんないけど……でかくね?

 

「カズナリ、どうしました?」

「い、いやなんでもない!! そうだアルトリアさん、買い出しまだだよな!? 行こうか!?」

「? はい、カズナリがいると心強いです」

 

 彼女も彼女で人生を男として生きてきた経歴のために、細かい機微には疎いところがある。アルトリアにきょとんとした顔で見られてしまったが、詳しく説明するのはただの墓穴と一成は少々強引に、思春期の動揺を悟られまいと当初の予定その一である買い出しに、アルトリアとともに出かけることにした。

 

 

 

 

 

「メニューはもう決めているのですか?」

「あー……碓氷は日本久々だし日本食で魚がいいかなって。……魚ならアジとかアユ、高級なとこならシタビラメかな」

 

 暑さは増す一方のである日本の夏。一成は碓氷邸にあったエコバッグを片手に、アルトリアは麦わら帽子だけそのままに、服は黒いリボンのついた白いワンピースに、歩きやすいサンダルに着替えていた。

 明が中学生の時のおさがりらしいが、彼女自体の洋服が育ちのいいお嬢様風であるために、アルトリアにも良く似合っている。

 

 現在、あの碓氷邸はヤマトタケルとアルトリアの二人暮らしだ(キリエはアーチャーのホテルにいることの方が多い)。

 美人のマスターに美少女の仲間ってアイツマジ何?リア充は爆発しろと一成は思っているが、ヤマトタケルとアルトリアの関係はキャッキャウフフムーチョムーチョには程遠い。

 聖杯戦争中、一時は仲間割れで春日が吹っ飛ぶかと思っていたが、よく二人で同居生活ができるまでになったというべきか。

 ショッピングモールへ向かって歩きながら、アルトリアは嬉しげに話した。

 

「カズナリも和食が得意のようですし、私も期待しています」

「も? ヤマタケも和食が得意なのか?」

 

 今の碓氷邸にて料理はほとんどヤマトタケルがしているとは聞いている。案外彼自身が料理に吝かではないことと、またアルトリアの料理は「なんか雑」ゆえにそうなったらしい。

 

「ヤマトタケルですか? いや、彼の料理は最優、とは言えますが……何が得意というのはないと思います……?」

 

「最優の味」流石セイバー。何を作ってもそれなりにおいしいものができるのか。

 しかしアルトリアは一体「誰と比較して」和食が得意と発言したのか、自分でもよくわからないようで首を傾げていた。

 まあ、こんなに暑ければ勘違いもするだろう。

 

 

 

 

 道すがら話していた結果、ショッピングモールに到着する頃には大体メニューが決定した。アジの南蛮漬け、筑前煮、海藻ときゅうりの酢の物、大根の味噌汁……それに何かいいものがあればデザートをつけようということになった。

 現在の碓氷邸冷蔵庫には、ニンジンとピーマンが少々、きな粉と大したものは残っていなかった。逆に自由に作れていい。

 

 一階のスーパーは午前中にもかかわらず、妙に人が多かった。親子の姿が目につくのはやはり夏休みだからだろうか。一成が必要な材料を集め、その間にアルトリアがいいデザートを捜す運びになった。

 

 今日御帰り会のメンバーは自分、ヤマトタケル、アルトリア、明、明の父、キリエ。六人分とは作り甲斐があるが、大人数を作るのは久々だから勘が鈍ってないといいが。アジ、鶏肉、ちくわ、わかめ、などをかごに放り込んでいく。

 と、その時、一成は何か気配を感じて振り返った。

 

「……?」

「カズナリ」

「ふぁい!?」

「デザートはこちらをお願いしたいです」

 

 どことなくわくわくした瞳とともに見せられたものは、チラシ――否、無料で配布しているレシピだった。そこに載っていたものは透明な信玄餅――水信玄餅だった。

 透明なボールにきな粉と黒蜜をかけて食べる、実に夏らしいスイーツである。碓氷邸には型を取る用の器がないが、こんなレシピを置いているくらいだ、このスーパーで一緒に売っていることだろう。それに水信玄餅は作るのも難しくないため、一成は二つ返事でアルトリアの案を採用した。

 

 

 ついでに昼ごはん用に併設されているパン屋に寄っていくことにした。忘れずにヤマトタケルの分も買っていく。育ちざかりの高校生と健啖家のセイバーズの食事だ、明太子フランスパン、パニーニ、サンドイッチにカレーパン、おやつにあんぱんやクイニーアマンまで買い込んだ。

 買ったものはアルトリアと手分けして持ち、ナマモノがあるために真っ直ぐ碓氷邸に戻る。じわじわと聞こえる蝉の音、吹き出す汗に、屋敷に戻ったら着替えたい欲がすでにある。

 

 暑い暑いと言いながら碓氷邸に戻ったあと、二人は手早く食材を冷蔵庫にしまった。昼ごはん用のパンだけ食卓に置いておき、屋敷の掃除に取り掛かろうとする。

 大掃除とまでは本格的に行わないが、何分広い屋敷である。三人くらいいたほうが捗るだろう。

 一成とアルトリアが食堂にて一息ついていた時、洗濯物を干し終えてからのかごを持って、玄関からヤマトタケルが戻ってきた。

 彼はいつも無愛想ではあるが、輪をかけて愛想がない顔をしていた。

 

「ご苦労だった。……おいアルトリア」

「わかっています。……カズナリ、ショッピングモール買い物をしている間、そして碓氷邸に戻るまで、私たちは何者かにつけられていました」

「は?」

 

 一成は全く覚えがなかったがゆえに変な声を出してしまった。とても平和な買い物だったと思うのだが。

 

「ただ害意は全く感じられなかったのでそのままにしておきましたが……。この気配、昨日はありませんでした」

 

 碓氷はこの土地の管理者という立場上、魔術師として土地の霊脈の力を利用できるなど様々なアドバンテージを持つ。それを奪おうと、外様の魔術師が襲撃を仕掛けてくることはままあるのだ。

 それに何より、現在管理者本人が不在であり、かつ八か月前の聖杯戦争でライダーの断絶剣(フツノミタマ)により碓氷の結界本体――碓氷邸の結界は一度引きちぎられている。

 碓氷明曰く八割方修復は終わっているそうだが、そこを突こうとする輩はいる。

 

 ただ管理者の不在はむしろ襲撃者の不幸と言えなくもない――留守を預かるのはマスターより「碓氷の地を荒らす者は抹殺すべし」との命を受けたセイバー・日本武尊なのだから。

 

 ヤマトタケルはふむ、と頷く。

 

「幸いにして今日明が帰ってくる。害意がないなら、マスターに相談してからでいいだろう。……あまり殺すと怒られるしな……」

 

 ……もうマスターに忠実と言うより単に尻に敷かれているのでは……。とにかく、ここにいない明の方針は一成と一致していると思う。やはり神の剣、放っておくととかく殺しがちになる――今はいざとなればアルトリアが止めてくれるが。

 

「じゃ、碓氷に相談するってことで……とりあえず掃除をするか」

 

 二人とも頷いて、今日のお帰り会に備えて家の清掃を始めることとなった。

 




最優の味……何をつくってもそこそこのものができる。

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