Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】 作:たたこ
「……ふむ? ふむ? ふむむむむ?」
夜に暮れた春日教会。教会の礼拝堂には十数人の信者が集っており、礼拝の後に讃美歌を歌っていた。聖杯戦争もない日常において、春日教会は結婚式を執り行ったり集会や礼拝を実施したり、季節であればクリスマス会も開く。
だがしかし、今この教会にまします神は、彼らが崇める救い主ではなく、権能たる国生みの槍であり雷の一柱の
彼が立つ教会の屋根から遠く北に、春日駅周辺の明るさが良く見える。
再開発進む春日駅周辺は、夕食時はもちろん終電近くなっても人気がある。都会の夜景でも楽しんでいるのか、彼の恰好は白地の甚平に黒い下駄という夏祭りに行くかのような格好だった。
「どうしたのよイワレヒコ。ただでさえ妙なのにさらに妙な顔しちゃって」
「何だお前か。そうだ
彼に話しかけてきたのは、人ではなく――一振りの剣だった。反りのない直刀が宙に浮いて、イワレヒコ――ライダーの周りをくるくると回っていた。女口調だが、何処から出ているかわからない声は野太い。
「……ここは、変だな?」
「変って何が?」
きょとんとした顔(顔はない)をした剣――
「ふむ、が、しかし。よいか」
「あっ」
すうと音もなく、ライダーの頭上へ何かか落下する――彼は紙一重でそれを躱し、何かは屋根へべちゃりとあたり白く、ところどころ黒い半固体の物体を付着させた。
烏のフンだった。しかしこの烏は腐っても神の化身、今は宝具であり、生理現象としての排便は当然存在しないので厳密に言えばウンコではない。
その身に蓄えた魔力を練って結晶化するほど高濃度にウンコっぽく加工して落しただけなので、魔力ウンコ結晶である。摂取すれば魔力補給にもなる。
ライダーは上に一度も顔を向けていなかったが、読んでいたのか華麗に躱した。
「やはり公の主目的は芸能界に殴り込みをかけること。金は
「ね~~ほんとにそんなことするのバカレヒコ?
「バカを言うな、お前がいなくてどうする。魔法少女にはマスコットキャラがつくのは日本開闢以来の鉄板である。多少武骨すぎる見た目だが赦そう」
「キャッ、マスコットだなんて……! 褒めても何も出ないわよお!」
「それに公は聖杯戦争では召喚も遅く戦局も終盤、戦闘して消滅というもの寂しさだ。たとえ幻のような今であっても、人生としては歌って踊って殺せる開闢の帝として名を馳せた公である、芸能界を焼野原にしなければな」
魔法少女なんてどこにもいないとツッコんではいけない。芸能界を焼野原にしてどうする気なのか全く意味不明だが、何故かライダーと宝具はノリノリである。
また魔力ウンコ結晶が降ってきたが、ライダーは華麗に回避した。
「神々は信仰を喪えば精霊に格落ちする。芸能人も人気を喪えばただの人。何だかんだ神代から今も信仰を得ている公は既にスーパースターといって相違なかろう。よし
その時教会から飛び出してきたのは、修道服に身を包んだ美琴だった。今の今まで礼拝堂で讃美歌を謳っていたため、片手には楽譜が握られていた。
「……ライダー! うるさい! ちょっと静かにして!」
「む? なら公も喉ならしに讃美歌を歌うか。若い妻にはいいメシを、古い妻には安いメシを~!」
「讃美歌じゃないし、SNSで炎上しそうな歌を歌うのはやめて!」
ちなみに、春日教会は表の顔用の宣伝としてツイッターアカウントとフェイスブックアカウントを持っている。勿論礼拝や集会の予定を告知したり、イベントで撮影した写真を乗せるなど平和なものである。更新は美琴担当である。余談ではあるが、ライダーの歌はあまりにもストレートすぎて逆に炎上しないと思われる。
ライダーとフツヌシはひらりと屋根から飛び降りて、甚平のポケットを漁ると何かを掴むと御冠の美琴へと渡した。
「そう怒るな。ほら飴をやろう」
「あ、ありがとう……いやそれより静かにしてくれればそれでいいんだけど!」
「ゴメンネ~美琴チャン! 剣からもバカレヒコには言っておくから!」
「フツヌシも結構うるさいけど……変なことしたいのなら他でやって!」
しっかり飴はもらい中途半端にごまかされた感を抱いた美琴であるが、信者たちを放っておくわけにもいかず、すぐに教会内に戻った。ふと、ライダーは一瞬赤い目を細め、教会の奥に意識を払った。
「さて、何やら公に来客の模様だ。気の早いファンかもしれないな? さて一般人にお前を見せるわけにはいくまい。さっさと散った散った」
「むぅっ。何なのよその態度! イワレヒコのバーカーバーカ!」
こちらもない眉毛を吊り上げて、ぴゅうとこの場からいなくなってしまった。
そして残されたのは甚平姿のライダーのみ――温い風が吹いて、彼の白いポニーテールを揺らした。
己の剣の気配が消えたことを確認してから、ライダーはカラコロと下駄を鳴らして石畳を歩き、教会の脇をすり抜けて裏の勝手口から外に出た。教会の裏手から歩いて数分の場所には、春日教会が管理する共同墓地がある。
夜に墓参りに来る者はおらず、沈黙の死者たちによる静寂が空間を包んでいた。
土の足もとにおいて下駄は音を立てない。墓地の半ばまで進んだライダーは、振り返らずに――「さて何用か?」
その問いかけが終わる方が早いか、それとも剣の方が早いか。ライダーは軽く身を躱したが、直前に彼がいた場所――墓石に鋭い音を立てて、闇夜から飛来した太刀が突き刺さっていた。柄の尻から宝玉がひもでつながれ、柄は勾玉を模した玉が連なって装飾されている、研ぎ抜かれた黄金の太刀が震えながら突き立っている。
現代までの知識を得るサーヴァントたる今――否、そうではなかったとしても、その刀のをライダーは知っていた。
大通連。天女・鈴鹿御前が振るったとされる三振の宝刀のうちの一つ。数多の物に姿を変えるとされる黄金の太刀である。
「さて、天魔の姫がいるとはとても思えないが――」
ライダーが軽くバックステップを取ると同時に、先ほどまで彼が立っていた場所に容赦なく刀が降り注いできた。
墓石にも刃こぼれひとつなく突き刺さったそれらは、童子切安綱・鬼丸国綱・数珠丸恒次・三日月宗近・大典田光世と――誉れ高き天下五剣だ。月光を反射する刀身はほれぼれするほどに美しいが、童子切安綱以外は赤く燃え上がってボロボロとその場に崩れて消え失せた。
ちりん、と鈴の音が響き渡った。
それは、残った童子切の柄を乱暴に掴むと横なぎに振るい、墓石ごと両断してライダーの首をも狙っていた。
「――」
一筋の残像しか残らない、あまりにも早すぎる一閃。ライダー本体より慣性で遅れた白い髪が一筋落ちる。しかしライダーは、相手がその武器の手練れではないと見抜いていた。
振りぬかれた剣はただ一度で刃こぼれを起こしている――そして、剣の持ち主はあっさりとそれを投げ捨てた。
神風の如き勢いをそのままにライダーにせまり、右ストレートの拳を顔面に叩き込んだ。だが顔の前で交差した腕によって、ライダーは直撃を免れていた。だが衝撃は殺し切れず、そのまま墓を破壊しつつ、ライダーは距離を取るべく余計に後ずさる。
突如攻撃をしかけてきた男はライダーより若干高い身長に、服装は白いTシャツにGパン、サンダルという現代のラフな服装だった。
しかし右目には白い眼帯が取り付けられ、腰に巻かれた黒いベルトには黒塗りの鞘に収まった剣がぶら下げられていた。だがその剣は抜くことはないとばかりに、黒葛の蔦でがんじがらめに封印されている。
腰元の剣は鞘から抜かずに鈍器として使うのが常なのか、左手にまたどこからか取り出した別の剣を持ち、右手に鞘に収まったままの剣を手に、男は地を蹴った。片方を防いでも片方で斬られる、集中を切らすわけにはいかぬとそこへライダーの背後から襲い掛かるのが――最初の大通連。
襲撃者の取り出した剣は全て灰燼になってきたが、ただ一振り残っていた剣。それは目の前の男の意思により墓地を浮遊し、虎視眈々と刺すタイミングを計っていた――!
「……公もフツヌシで同じような手を使う!」
空気を切り裂くように、ライダーを中心に猛烈な雷が迸った。ライダーの一撃は雷を纏う――魔力放出(雷)によって大通連を弾き飛ばし、さらには剣自体を燃やし尽くした。
男は少々距離を取ったが、恐れた様子は微塵もなく――またもや手には全く違う武器――笹型の穂先を持った槍があった。男はまるでその槍の究極の一の担い手であるかのように、槍を振り回して構え、切っ先をライダーに向けた。
月光に輝く笹の穂先。それは天下に名高き武者の得物。それを我が物とし、ライダーの前に立ちふさがる男は降格を釣り上げた。
「――この槍、掠れば死ぬぞ」
ライダーも生前は自ら戦場にあった者、ただの一撃で易々と心臓をくれてやることはない。が、
そして迫る敵はその魔力を穂先に凝縮させ、真なる名を披露する。
「『
戦国最強と謳われた兵の愛槍。留まっただけの蜻蛉を真っ二つにした謂れをもつその槍は、たとえかすり傷であってもまさしく傷つけたのであれば、「かすり傷をつけた」事実を「急所を貫いた」という事実に書き換える――!
青い魔力光を放ちライダーを狙う必殺の槍。生き延びるには完全回避しかありえないが、双方の距離は十メートルに届くか否か、髪の一房、服の裾、鎧への瑕疵さえ命取り。にもかかわらず、ライダーはもうその場から一歩も動かなかった。
風を切り、音を切り、天下の名槍がただ一筋に狙うはライダーの心の臓。神速の穂先を前に、開闢の帝は何事かをつぶやいた。
「――」
ぞぶん、と槍は確かに標的へと突き刺さり、内腑を抉った。槍の獲物だった体は、音さえ超える速度の槍に貫かれるとその勢いのままに真っ暗な闇の中に放物線を描き、墓石を壊して地面に落ちた。
赤い血が、地面にしみ込んでいく。槍の男は歩くたびにちりん、と鈴の音を鳴らしながら動かないライダーへと近づいた。
微動だにしないライダーの鼻先に、赤く染まった切っ先を突き付けた。
「いつまで死んだふりをしているつもりだ」
ライダーは手で槍をのけて、よっこらしょとじじくさい動きで上半身を起こした。宝具の槍は右肩をざっくりと突き刺してはいたものの、致命傷、急所を貫いたとは言えない。
「全く真っ白の甚平はなかなかなかったのだが」
流血による汚れは諦め、できるだけついた土をはらってライダーは腰を上げた。当たりさえすれば急所を貫いたことになる『絶てぬ物無き蜻蛉切』が不発に終わった理由は二つ。それは槍の持ち主も理解している。
一つは、眼帯の男が蜻蛉切の「究極の一」ではないため。真なる担い手でないにも関わらず曲がりなりにも真名解放できるのにはそれなりの理由はあるが、「究極の一」届かない。
そして二つは、ライダーの魔術――厳密に言えば魔術が生まれる前のモノ――である。神代文字によって、自己の内側世界の変革を行ったのである。蜻蛉切の「事象書き換え」の呪いは、傷がついた「対象」内のみで完結する事象であるため、神代文字による自己暗示によって呪いを相殺した。
元々神代文字――ヲシテ、
固有結界を外界に展開するよりも自己の体内という世界だけで展開した方が長持ちしかつ有効に使用できることがあるように、ライダーも「世界を変革」する文字を体内に限って使ったのである(現代にそれに見合う発音はないため、聞き取れぬ発音となった)。
蜻蛉切を投げ捨てた眼帯の男は、渋い顔でつぶやいた。
「キャスターの真似事か」
「何を言う。公は生前、朝寝ながら神霊を奉り昼飯を食いながら神霊を奉り、夜寝ながら神霊を奉り、巫女がいなければ手近にいた
ヤマトタケルと呼ばれた男――眼帯の男は鞘つきの剣を腰のホルダーに納め、軽く片方の目を見開いた。
「……用というほどのものではないな。強いて言うなら機嫌伺いだ、先輩」
「ほう? お前は大事な相手に剣を振り回す……公には八つ当たりといったところだろうが、よい。何を窺いに来た? 忌憚なく申せよ
眼帯の男・ヤマトタケルは舌打ちをした。彼自身、ライダーと戦う意味がないことは承知である。そしてライダーが
だから今までのやり取りは茶番にして八つ当たりである。第二代神の剣だったものから、初代神の剣への。
吹く風は温く、先ほどまでと比べれば弛緩した空気が頼っている。墓地の墓石に刻まれた名も読み解けるほどに、月は明るいが、ライダーからみてヤマトタケルは逆光にあり、その姿は薄暗い。
ヤマトタケルは黒塗りの鞘を腰のベルトに引っ掛け納めると、真顔で問うた。
「ライダー、お前は世界を滅ぼすつもりはあるか?」
「ない。公は芸能活動に精を出さねばならぬ」
即答どころか、半ば言葉の最後を食った勢いでライダーは答えた。ヤマトタケルはその答えを薄々察してはいたものの、肩をすくめた。ライダーは口角を上げつつ、暗い影を纏う男へ問い返す。
「逆に聞き返すが、そういうお前はどうだ?」
断絶剣「布津御霊剣」――神霊・
先程、ライダーが抱いた違和感に対しフツヌシが大した答えを返さなかったのは、フツヌシが何も感じていないからではない。ライダーが見えているものがフツヌシに見えないことはない。
常に複数の世界を見ていることが当然のフツヌシにとって、何が起きていようと「どうでもいい」もしくは「そういう世界もある」程度の認識であり、違和も不思議さも感じないからだ。
ライダーは断絶剣フツヌシの担い手であり、かつ本人も神霊の
ライダーのことを知るヤマトタケルが、偽る気など最初からなかった。誤魔化す意味のない相手に対し誤魔化そうとするのはただただ滑稽であるから、彼も最初から宝具による偽装をせずにこの墓地へと至ったのだ。
だから返された問いにも、ヤマトタケルは誤魔化さない。
「……帝たるもの、世界平和を望むモノだろう?」
「公は一回も望んだことはないがな。しかし後輩、ある意味お前はさっさと死んだ方が身のためかもしれないぞ? そのままでは自分の意志で死ねなくなる」
「何をいまさら。
ライダーは鼻で笑うと、土を払って腰を上げた。因果を辿って辿って辿り続ければ大源へと至り、枝別れした可能性を辿れば別の世界へも行きつく。千里眼ならぬ千里眼を以て、既に目の前のヤマトタケルがナニかは了解しているものの、ライダーは彼を咎めもせずに放置する。
そもそも彼は自称案山子のサーヴァントにして、観戦者である。
――そしてこのヤマトタケルがどう出ようと、終焉は何ら揺らぐことなく立っている。
花は遅かれ早かれ枯れるもの。ライダーにはそれを手折る趣味がないだけ――誰かが全力で手折ろうとするなら、それも一興と協力することもない事もないが。
「……白かろうが黒かろうが難儀な男だ。行き場を失った憎悪を抱えて平和を願うのは、なかなかに苦行であろう」
遠く、狼の遠吠えが聞こえる。風も吹いていないのに、ざわざわとさざめく木々の奥に、ひとつふたつみっつよっつ――と、炯々と輝く赤い目がある。生臭いほどの獣の匂いが漂い、呪いと、憎悪と、悪意の眼差しがライダーを遠巻きに囲っている。それらを統べるかつて大和を滅ぼした最強は、開闢の帝に対して堂々と立ちふさがる。
「――
既に復讐に合理も理由もない。大本は明確な復讐対象があったとしても、それは既に消え失せた。今残るものは尽きぬ憎悪と復讐心のみ。その憎しみから生まれる
「――それは福音だと思うがな?」
だがそれを「良し」と、このヤマトタケルは嗤う。彼は肩をすくめて、遠巻きに獣たちに囲まれながらも先程と全く変わらない様子でライダーに声をかけた。
「さて先輩への挨拶もおわったことだし、俺は帰る」
「挨拶回りと言っていたが、他は何処を当たる予定なのか?」
「重要さでならあとは碓氷明だけだ。他は趣味でやるさ」
ヤマトタケルとしてはこの現状を見るに碓氷明に会う必要はないとも考えていたのだが、彼自身が碓氷明に興味があった。白い己が敬愛するマスターとあれば、たとえ何ら関係がなくてもちょっかいの一つや二つをかけてみるのにもやぶさかではない。
「俺もお前と同様精々楽しむさ。じゃあな、せ・ん・ぱ・い」
現在公開可能ステータス
【クラス】????
【真名】日本武尊???
【性別】男性
【身長/体重】183CM/体重:78kg
【属性】混沌/悪
【クラス別スキル】
【固有スキル】
魔力放出:B+
自己改造(偽装):A+
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