亜種特異点 神性狩猟区域 フォート・ジョルディ   作:仲美虚

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第五節『Run through the dark』

それはファーストオーダーが発令される二年前の事だった。

 

身体検査、調整、学習……同じ事が繰り返される毎日。マシュは外の世界に強い興味を抱いていた。特に読書。伝記、童話、小説、何でも読んだ。本を読むことでその世界に没入し、心が動かされる。その感覚にこの上ない心地よさを感じていた。

 

そんなマシュに本を貸し出していたのは、カルデアの医療部門のトップを務める青年、ロマニ・アーキマン。通称ドクター・ロマンだった。

 

いつものようにロマニの部屋へ本を借りに行くマシュ。既に本は用意されており、テーブルの上に山積みになっていた。

 

普段はサボりが目立つロマニだが、今回は珍しく真面目に仕事に取組んでいるようで、PCの画面から目を離さない。その状態のまま、「好きな本を持っていくといい」と促す。

 

マシュもその言葉に従い、適当に一冊の本を手に取り、ぱらぱらとページを捲り、中身に軽く目を通す。しかし、慌てた様子のロマニにその本は取り上げられてしまった。

 

曰く、その本は間違って出したもので、少々過激(・・)な内容故に、マシュにはまだ早いらしい。結局、その日は胸にもやもやを抱えたまま、別の本を手に自室へ戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

『――思い出しました。フォート・ジョルディという街。オスカー・ワイルドという酒場。それらの既視感の正体……。かつてドクターに借りそこなったダイムノベル、《ANGEL BULLET》にそれらすべての名がありました。あなたはその主人公の一人、クラウス・スタージェスさんですね?」

 

「……!」

 

 

アヴェンジャーの表情に驚愕の色が浮かぶ。

 

 

ANGEL BULLET

西部開拓時代が終わった頃、アメリカで発刊された、作者不明のダイムノベル――定価十セント(一ダイム)の小説――で、公開劇場は限られていたものの、映画も制作される程の人気作だったという。

 

主人公は行方をくらました父親を追ってフォート・ジョルディまでやってきたカウガールの少女と、牧師の青年――クラウス・スタージェス。その二人が異色のタッグを組んで、怪物だらけの西部の街で賞金稼ぎとして奮闘する物語だ。

 

物語の冒頭でクラウスが少女に渡した指輪。それにクラウスが魔力を籠めることで、少女の弾丸に魔を払う力が宿るという設定で、そうして西部の街を脅かす怪物たちを斃しながら、二人は少女の父親の行方と、怪物騒ぎや死人帰りの真相を追ってゆく。

 

 

しかし、実は全ての黒幕の正体は主人公の少女の父親であり、生者と死者の反転を目論んでいた。――死んだ娘を蘇らせるために。

 

そう、少女は既に死んでいて、少女もまた死人帰りによる怪異の存在だったのだ。

 

少女はその事実にショックを受けるも、己が目的のために西部の仲間を傷つけんとする父を許さなかった。

生と死の反転した世界を維持しているのは目の前の父。それを殺してしまえばどうなるか……それをわかっていながらも、少女は父を撃った。

 

それにより西部を脅かす悪は潰えたが、代償として少女の命は再び(・・)失われてしまった。

 

クラウスは恨んだ。世界の理不尽さを。たった一人の少女の幸せさえ許容できない神を――

 

 

『――それから、あなたは少女の形見である二丁拳銃とガンベルト、指輪を持って復讐の旅に出た。そして今、その復讐を完遂しようとしてる』

 

「まさか、その主人公の女の子って……!」

 

 

マシュの説明を聞いた立香が、セーラの方を見やる。セーラもまた察したようで、わなわなとその身を震わせていた。

 

 

「え……それじゃあ、わたし……わたしは、一体――」

 

『……っ』

 

 

明らかに動揺している様子のセーラの声色に、マシュが口ごもってしまう。そこに、新たな声が横やりを入れた。

 

 

『キミが言えないのなら、私が話そう。これははっきりさせておかなくてはならない事だ』

 

『ホームズさん!』

 

 

そう、肝心なところで出しゃばってくる、今やカルデアのいつものメンバーとなったその人。シャーロック・ホームズだ。立香の腕の端末のモニターが切り替わり、ホームズの姿が映し出される。

 

 

『その前に……まずはマシュ嬢の推理の訂正から始めようか。――まず、彼はダイムノベルの登場人物ではない』

 

『そんな!? では彼の真名は――』

 

『いや、それは合っているだろう。先程の彼の彼の動揺っぷりから見て、間違いないと言えるね』

 

 

ではどういうことか。マシュの疑問にホームズが答える。その推理に、思わず西部のアヴェンジャーも息を呑み、耳を傾けてしまった。

 

 

『そもそもの彼の目的についてだ。彼の望みは神への復讐。これについては、彼が件のダイムノベルの作中通りの人物であるならば納得だ。しかし、彼の望みはもう一つある。自身を英霊の座から退去させる事だ』

 

「……あれ? でもそれって――」

 

 

ホームズの言葉に立香が疑問符を浮かべる。それにホームズが補足を入れるように、再び説明を続けた。

 

 

『そう、神に復讐をするだけならば、自身を座から抹消する必要は無い。しかし、先程私も流し読みさせて貰ったが……主人公の少女が消える前、クラウス・スタージェスはその少女とある約束をしていたようだ。――生まれ変わっても一緒になる、と』

 

「――!!」

 

 

ホームズの語る約束の内容。それに対し、西部のアヴェンジャーが明らかな反応を見せる。しかしホームズはそんな彼を気にすることなく、淡々と説明を続ける。

 

 

『であれば、そこから予想できる答えは簡単だ。――彼は輪廻の輪に戻る事を望んでいる』

 

『ま、待ってください! それは彼が《ANGEL BULLET》の主人公、《クラウス・スタージェス》であった場合の話です。小説の登場人物が自身を英霊の座から抹消したところで、輪廻の輪に乗れるわけがありません! その説明ではまるで――』

 

『ダイムノベルの中の出来事が、過去に実際にあったかのよう。かい? 確かに、西部開拓時代に怪物騒ぎだの死人帰りだの、そんな大規模な事件が起こった記録は存在しない。――この世界では、ね。そういった話には心当たりがあるようじゃないか。マスター君』

 

「……まさか!?」

 

 

かつての女性の宮本武蔵との出会いを立香は思い出す。剪定事象。いずれ滅びる枝葉の並行世界。そこから来た彼女の事を。この瞬間、すべてのピースが繋がった。

 

 

『そう。彼、クラウス・スタージェスはかつて並行世界からやってきた存在で、生前、自身の体験した事を《ANGEL BULLET》というダイムノベルにして出版し、生活していたのだろう。しかし、どういう訳か彼は座に登録されてしまった。そして今度こそ約束を果たすために、自身を座から抹消しようとしているというわけだね。――さて、ここからが本題だ。以上の事を踏まえて、セーラ嬢の正体について語ろうか』

 

「っ!」

 

「!? ――やめろ……」

 

 

話が切り替わると同時に、セーラがびくんと反応する。同時に、西部のアヴェンジャー――クラウスの表情に焦りの色が出てきた。

 

 

『彼がここまで転生に躍起になっているということは、恐らく彼の慕う少女は座に登録されていない。もしくはそう確信しているのだろう。ならば、サーヴァントとして召喚されることはない。当然、既に死んだ身であれば、人間として活動する事もない』

 

「やめろ……!」

 

『加えて、この固有結界。どうやら、ダイムノベルの舞台を再現する宝具らしい。そしてキミの存在は彼にとっても予想外だった。それらの点から考察するに、セーラ嬢。キミこそがその物語の主人公の少女、セーラ・V・ウィンタース。そして――』

 

「やめろ!!」

 

 

『――キミは、彼の所持する聖杯が自動的に願いを察知し、固有結界と連動して生み出されたまやかしだ』

 

 

「……え? うそ。そんな、わたし……っ!」

 

 

セーラが膝から崩れ落ちる。ホームズの語る衝撃の真実に、立香やサーヴァントたちは固まり、言葉を発する事ができなかった。――クラウスを除いては。

 

 

「――うわああああああああああああ!!!!!!」

 

 

突然のクラウスの絶叫に皆が振り返る。ただ一人、セーラは地面にへたり込み、顔を伏せたまま。

 

 

「知られてはいけなかった!! 彼女には!! またあの時と同じ苦しみを!! 恐怖を!! 彼女に与えるというのか、神は!!」

 

 

半狂乱になり、喚き散らすクラウス。ひとしきり叫んだところで急に静かになり、先程とは打って変わって、静かに口を開いた。

 

 

「……もう……もういい。思えば、あれはただのまやかしに過ぎない……。そうだ。これもきっと神とかいうあの腐れ外道の仕業に違いない。ああ、そうに違いない。あれが俺の邪魔をしている。クソッ! 漸く神を殺し、復讐を果たしたと思えば直後に別の世界に飛ばされ、死後は英霊の座なんぞに登録され、挙句サーヴァントとして現界してなおこんな障害にぶつかる。そうやって、またこうして俺を、俺たちを弄ぶ。つくづく神という奴は……!!」

 

『まさか……! 彼は生前、人間の身で神を殺したというのか!? なんてやつだ!!』

 

 

通信の向こうでダ・ヴィンチが驚愕する。クラウスの洩らした独り言。それは、小説の中では書かれなかった出来事。彼は生前、復讐を完遂し、神を殺した。そう言ったのだ。

 

クラウスが立香たちの方へ向き直る。立香が肌で感じられる程、クラウスの魔力が上昇し、地響きが起こる。

フォート・ジョルディの街はずれの大地が裂け、そこから禍々しい巨大な城が出現した。

 

 

「……これこそが俺の固有結界、《紅き幻想の魔界(フォート・ジョルディ)》の真の姿。だが、その真の力はこれからだ」

 

 

地面から這い出るように、大量のゾンビやワーウルフが出現する。その数はゆうに百を超えている。そして――

 

 

「おいおいおい……あれってもしかして、僕……? しかもそっちは――」

 

 

ビリーの視線の先には、口元を赤いマフラーで覆い隠した長身のガンマン。あちら(・・・)の世界のビリー・ザ・キッド。その隣に立つ女性もまたあちらの世界の存在。こちらのビリーの知る姿とは違うが、よく知る存在、《カラミティ・ジェーン》。そしてもう一人の男。同じくあちらの世界の存在ではあるが、彼もまた西部のアウトローでは知らぬ者はいない、世界で初めて銀行強盗を成功させた男。その名は《ジェシー・ジェームズ》。西部の名だたるアウトロー三人が集結していた。

 

 

「……別の世界の僕と、あの災害娘、果てはあの西部のロビン・フッドを同時に相手にするなんて……笑えないね」

 

 

流石のビリーも、これには顔を引きつらせるしかない。サーヴァントの力を以てすれば、ゾンビやワーウルフのような雑多な敵はどうとでもなるが、本来ならば英霊の座に登録されている程の有名なガンマンを再現したものが目の前に三人もいる上に、その後ろには正真正銘のサーヴァント、クラウスも控えている。しかも、こちらはメルトリリスだけは絶対に死守しなければならない。まさに絶体絶命の状況だ。

 

 

「そこの神もどきを始末して、今度こそ俺はセーラとの約束を果たす!! だがその前に――まずはおまえだ!! 消え失せろ、まやかしが!!」

 

 

その言葉を皮切りに、敵が一斉にサーヴァントたちに襲い掛かる。直後に響く発砲音。鳴ったのはクラウスの持つ(レマット)。その銃口が向く先は、未だ俯いているセーラの脳天。

立香がとっさにセーラを庇う。勢いをつけたおかげで二人とも弾道から大きく逸れる事はできたものの、立香の脇腹を銃弾が掠めてしまい、傷を負ってしまった。

 

 

「――ッ! ……大丈夫? セーラ」

 

「わ、わたしは大丈夫……。でもリツカが……!」

 

「これくらい平気だよ。ほんの少し掠っただけさ。どうやら神性を持つサーヴァント相手じゃなきゃそこまでの威力は出せないみたいだ」

 

 

ほら、と傷口を見せる立香。その言葉は強がりではないようで、決して軽い怪我ではないが、肉を多少抉る程度で済んでいる。

 

 

「……下がってて、セーラ。――ジャックとメルトリリスは固まって戦って! エレナは二人の支援! ビリーと巌窟王は接近戦組が戦闘に集中できるよう、周囲のばらついている敵を各個撃破!」

 

 

了解。その確認の言葉が無くとも、五騎のサーヴァントの意識がシンクロし、迅速に立香の指示に従い行動する。同時に敵の攻めにも勢いが付き、陣形を崩さんとする。

 

しかし、数の差で圧倒的に押されている。特にビリーはアウトロー三人衆に目を付けられたようで、集中攻撃を受けており、いっぱいいっぱいの様子だ。

そこでジャックが取り出したのは骨董品のようなランタン。そこから濃霧が噴き出す。ジャックの宝具、《暗黒霧都(ザ・ミスト)》が発動し、硫酸の霧が辺りを覆い尽くす。視界が霧に遮られ、互いに目標を見失って一瞬膠着状態となるが、やがてワーウルフたちのうめき声が聞こえだした。

本来ならばこの状況下で使うべき宝具ではない。いくら敵だけに強酸性の硫酸によるダメージを与えられるといっても、敵の殆どを占めるゾンビ相手には効果が無い。その上、敵味方問わず視界を奪うこの宝具は、自ら陣形を崩しかねない。しかし、それでも、発動するだけの価値はあった。

 

ひとつはゾンビ以外の敵。サーヴァントであるクラウスと、彼により生み出された西部のアウトローたち。そしてワーウルフの群れ。それらの目や鼻腔のような粘膜組織を破壊し、ガンマンの視覚。ワーウルフの嗅覚を奪う事ができれば戦闘で優位に立てる。

 

そしてもうひとつ。霧。夜。そして女性(・・)。――これで3つの条件が揃った。

 

 

「――此よりは地獄。わたしたちは炎、雨、力――殺戮をここに。《解体聖母(マリア・ザ・リッパー)》!」

 

 

直後、ごっそりとその形をとどめたままはじけ飛ぶ脳や心臓。続いて赤い飛沫。

これ以上視界を遮るのは危険だと判断した立香が、ジャックに《暗黒霧都(ザ・ミスト)》の発動を中止させる。霧が消え、視界が開けるとそこには目を抑えて蹲るワーウルフたち。視界不良の中返り討ちにされたゾンビの残骸。そして内臓が綺麗に体外に排出され、全ての血液を失った、光の粒子となって消滅し行くカラミティ・ジェーンの死体。

 

これで敵の主要な戦力を削る事ができた。が、クラウスと他のアウトロー二人がダメージを負っている様子は無い。

 

それもそのはず。《暗黒霧都(ザ・ミスト)》が発動した時点でクラウスは一人後方に下がり、目を閉じ、呼吸を止めるなど早々に対策をしていた。

そしてビリー・ザ・キッドとジェシー・ジェームズ。カラミティ・ジェーンもそうだが、彼らは《ANGEL BULLET》の作中では超絶的な肉体と不死性を持って死から蘇った魔人として登場する。《解体聖母(マリア・ザ・リッパー)》のような確実に対象を殺す呪いには耐えられなかったようだが、彼ら魔神にとって、硫酸の霧程度ではダメージの内に入らない。

 

 

「クソ、どうすれば……!」

 

 

状況は良くなったが、相変わらず戦況は不利のまま変わらない。もどかしさから歯噛みする立香。クラウスは隙あらばこちらに銃口を向けようとするが、巌窟王やビリー、間に合わない場合はエレナが妨害してくれているため、今の所最初の一発以外こちらに向けて銃弾は撃たれていない。しかし、この状態もいつまで持つかわからない。立香が頭を悩ませていたその時、おもむろにセーラが立ち上がった。

 

 

「……セーラ?」

 

「……みんながこうして戦っているのに、わたしだけ自分の事でうじうじ悩んで、情けないったらない」

 

「ま、待ってセーラ! 危険だ!!」

 

 

敵陣の方へ歩き出すセーラの腕を掴む立香。しかし、セーラはその手を振り払う。

 

 

「……それに、やっぱりわたし、皆を傷つけようとするあの男、クラウスが許せない。――きっと本当のわたし(・・・・・・)も、こんな気持ちでお父さんを撃ったんだと思う。だから――!」

 

「待っ――」

 

 

立香の静止も聞かず、敵陣に向かって駆け出すセーラ。目指すは一直線。クラウスのもとへ。

 

当然、セーラの気配をどうにか察知できたワーウルフやゾンビの群れが襲い掛かってくる。しかしセーラは恐れない。撃ち尽くす。(だんがん)を。襲い掛かるもののすべてへ。

 

自らが幻想だということを自覚――いや、受け入れてから、弾丸の威力が上がった。弾切れも起きない。身体がずっと軽くなった。駆ける脚が馬車よりも速く感じる。やはり自分は人間ではなかったとより実感するが、悪い気はしなかった。自分が信じるもののために戦えるのなら。

 

 

やがて、クラウスのもとへたどり着く。交差する視線、先に言葉を発したのはクラウスの方だった。

 

 

「……自ら死にに来るとはな」

 

「……うるさい」

 

「どういう心境の変化か知らんが、手間が省ける」

 

「……うるさい……!」

 

「それとも……ああ、真相を知って絶望したか。自らが、あそこで戦うビリー・ザ・キッドやジェシー・ジェームズのような、本来ならば言葉も発せない虚無の存在と同一だと知って。自害を手伝ってやるという意識は無いが、利害も一致することだ。そういう体でやってもやぶさかでは――」

 

 

「――うるさい!! 御託は良いからさっさと銃を抜け!! あんたの言葉は全部『うんこ』にしか聞こえない!!」

 

「……!!」

 

 

クラウスに向けられた下品で稚拙な罵倒。それはクラウスの心を動かした。生前、クラウスとセーラが知り合って間もない頃、セーラがクラウスに向けて言い放った罵倒そのものであったからだ。

傍から見ればコントじみた馬鹿らしい会話だったかもしれない。事実、彼自身が執筆したダイムノベルや映画では、コメディシーンとして描かれた。しかし、彼にとっては紛れもない、大切な思い出のひとつだった。

 

 

「……偽物が……まやかしが……その顔とその声で……! その言葉を言うなあッ!!」

 

 

クラウスとセーラ。両者が同時に同じ二丁の銃を抜く。撃つタイミングに寸分の狂いも無く、同じ動作で回避する。

 

聖杯を経由しているとはいえ、クラウスの固有結界から生まれた存在には変わりはないセーラ。身体能力上のスペックだけで見るならば、セーラがクラウスに敵う道理など無い。しかし、その勝負は拮抗していた。

 

激しい攻防の中、クラウスは目の前のセーラを目で追い、思考する。

迷いも捨てた。目の前のセーラの姿をしたナニカも斃すべきものだと割り切った。では何が足りない。徐々に憤りが蓄積していく。

 

 

「ふざけるな……! 俺は……()は……! セーラとの約束を果たさなければならない!! これ以上彼女を待たせる訳にはいかないんだ!! そのためにサーヴァントを! 神を! おまえを! 邪魔をするものすべてを殺す!!」

 

「……なんですって……?」

 

 

蓄積された憤りはやがて爆発し、クラウスの心情が決壊したダムのようにあふれ出る。対照的に、セーラは応戦の手を休める事無く静かな怒りを見せる。

 

 

「約束を果たす? 待たせる訳にはいかない? 結構な事ね。ただ……あんた、愛する女の子との約束を果たすために、いろんな人に迷惑かけて、その手を血で汚して、それでその子にどんな顔して会うつもりなの!? 大事なことを見失うな!! ふざけるなはこっちのセリフよ!!」

 

 

徐々に口調が強くなっていくセーラ。それに合わせ、セーラの身体が徐々に強く発光する。

 

 

「な、なんだ……?」

 

 

動揺を隠せないクラウス。そんな彼などお構いなしに、セーラの発する言葉と光の勢いが増していく。

 

 

「あんたってやつはいつも(・・・)そうやって……! ちょっとはわたしの気持ちも考えなさいよ! バカーーーーーー!!!!!!」

 

 

光が最高潮に達し、その光が雲を突き破って天に伸びる。あまりの眩しさにその場にいた全ての者――セーラの目の前にいたクラウスから、最も離れた場所にいた立香までもが目を伏せる。

 

 

「これって、素戔嗚尊やケツァル・コアトルが召喚された時と同じ……!?」

 

 

ここ数日の間で二度見たそれを思い出す立香。この地で神霊が召喚された時と酷似した現象が今起きている。

 

暫くして、徐々に光が弱くなっていく。クラウスは光が止み切らない内に目の前のそれ(・・)に反応を見せた。

 

 

「そんな、まさか――!?」

 

 

目の前の光景に驚愕するクラウス。光が止んだ後そこにいたのは、クラウスと同じ指輪をグローブの上から左手人差し指に嵌めたセーラ。そして――

 

 

「…………」

 

 

――小奇麗な牧師服に身を包み、肩からカバンを下げ、首から十字架を下げた、もう一人の(・・・・・)クラウス・スタージェスだった。

 

 

 




今回は文章量がいつもに比べて多めです。もう少し色々なキャラの見せ場を作れるように工夫したいですね。
敵勢力にテクムセやウィリアムが出なかったのは単にFate側のキャラとの絡みに困ったからです。できればみんな出したかったので残念です。


次回、決着です。

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